やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

46 / 62
姉妹相対する

「よいしょっと」

 

 謎の渦を跨ぎ、朝潮は彼女達の前に現れたのであるが、その後ろから卯月型の艦娘が現れたのである。雪風はあんぐりと口を開けているが、呆けた顔をすると彼女らのペースに呑まれ、収拾がつかなくなることを理解していたので、荒潮は瞬時に表情を戻す事が出来た。

 

「お久しぶり朝潮ちゃん。満潮ちゃんと一緒に横須賀に行ったって聞いていたけれど、どうしたの?」

 

 どうしたのには、なぜここに、どうやってここに、どうやってここに、の意味が含まれている。

 

「はい。今わたしは横須賀ではないどこからか、卯月の力を借りてここに来ました。ちょっと横須賀から遠いところだったので、本当に横須賀に戻れるのかの意味もかねて、ここまで道をつなげてもらったんですが、いやぁ、異常でない艦娘がいなくてよかったですね」

 

「当り前だぴょん。超すごい艦娘のうーちゃんが、そんなミスするわけないぴょん。そんな事を言う口は……ぷっぷくぷー!!」

 

 エッヘンと言うポーズをとったり、いきなり朝潮の頬を掴み、思い切り広げだした艦娘は卯月型の艦娘であるらしい。朝潮ちゃん曰く、彼女の力を確かめるためにここに移動してきたらしく、それに対して大した意味がある訳ではない事が読み取れた。

 

「卯月ちゃん……?」

 

「雪風。うーちゃんの事はうーちゃんと呼ぶ事にって、いつも言っているぴょん」

 

「知り合い?」

 

 雪風に卯月の事を聞くと、彼女は口を開いた。どうやら、彼女は行方不明のはずの下村元帥の艦娘であり、大淀と並んで、彼の懐刀の一人である。とされるが、強さや異常の全貌は謎とされている。

 

「それで、なんでそんな子がここに?」

 

「大した意味はないぴょん。ただ、新たな異常艦娘を短期間で3隻も排出した鎮守府の秘書艦を少し見ておこうと思ったに過ぎない。その幸運にあやかりたいと」

 

 彼女はそう言いながら薄気味悪い顔をしていた。知っている。当然ではあるかもしれないが、彼女には呉第4鎮守府の提督が『異常を発現させる異常』を持っていることをもしくはその疑いのある事を知っているのだろう。

 

「荒潮、どうしたんですか? そんなに怖い顔をして」

 

「それじゃあ、うーちゃんたちは帰るぴょん。他の子に見つかったらまずいからね。ぷっぷくぷー」

 

 彼女達はそう言いながら時空の裂け目に戻っていった。

 

 

「お疲れ、二人ともどこに行っていたの?」

 

 陽炎は朝潮と卯月の帰りを用意された部屋の前でずっと待っていた。と言うのも、田沼提督のブラインドを解除するために少しの間、朝潮たちを待たせていたので、その間に帰り道を見せてあげると卯月が自身の異常で朝潮を別の所に移動させていたのである。

 

「呉第4鎮守府で、荒潮と合ってきました。彼女と話した感じ、彼女は本物みたいで、ここが彼女の異常によって作られた幻影か夢の世界とかではない事を確認できました。となると、不知火とかも本物でしょう」

 

 そう、朝潮が危惧していたのは、ここが卯月によって作られた夢の世界で、彼女らをからかう為にここに呼ばれた可能性である。故に、彼女がおそらくよく知っている霞とか金剛ではなく、全く無名の荒潮の所に飛ぶ必要があったのだった。

 

 そして、さっきの受け答えでワープ先の荒潮が本物であることは確信できた。

 

「なるほど、じゃあ憂いは消えたわね。あとは、不知火をぶっ飛ばして、あの子を連れ戻す。ここからが、私の仕事よ」

 

「卯月、今回は……」

 

「大丈夫ぴょん。大淀に頼んで、今回は両者とも解放艦娘ではない通常状態で戦う事になっているぴょん。と言うより、解放艦娘状態で戦うのはもともと第2戦以降からだから、今回は心配しないで大丈夫」

 

 その言葉を聞いて朝潮は安心した。もともと解放艦娘状態で戦うのは第2戦目の神通からであると事前に聞いていたわけではあるが、対戦相手を朝潮から陽炎に変えると言うわがままを押し通した結果、元帥が激怒し、解放艦娘状態での戦いを強制する可能性があったのだが、杞憂であったのだ。

 

「なるほど、安心しました」

 

 そう言った会話をしていると、ドアが2回叩かれ、大淀の声が聞こえて来た。

 

「準備はよろしいでしょうか?」

 

 陽炎がその言葉に頷くと、陽炎は、下に落ちた。

 

「きゃぁ!! 何!?」

 

 彼女の悲鳴が聞こえたと同時に、朝潮たちのいる部屋にあるものすべてが透明になり、陽炎が落ちて行った3メートルほど下に海が広がっていた。そして、50メートルほど先に、不知火の姿が見えたのだった。

 

「戦いはこの人工海域で行われます。海域の広さは大体5キロメートル四方で、どちらかが大破させられるかもしくは、人工海域の外に出ると終了し、条件を満たした艦娘が敗北となります」

 

大淀がそう言うと、陽炎の艤装レーダーに現在地と、敵までのおよその距離、マップが表示された。通常であれば、提督の力の干渉とやらでそう言ったものは艦娘側には見えないとされており、実際陽炎も初めて見る光景であったが、呆気に取られている時間はなかった。

 

 

「そう言う事です陽炎。そのまま後ろに3キロほど下がれば、傷つくことなく戦闘が終わります。これが最後の忠告です」

 

「不知火。アンタは異常によって、たくさんの政府要人を暗殺したって本当?」

 

 陽炎がそう言うと、彼女はここに来てから崩さなかった表情を初めて崩した。唇をかみしめた後、

 

「安い挑発ですね。そんな言葉で不知火の手元を狂わせる作戦ですか? 弱く思われますよ。まぁ、実際弱いんですが」

 

「私はアンタに怒っているんじゃないわ。そんな闇の中に妹を放り込んでしまったあの日の私のふがいなさに怒っているのよ。私はアンタを取り戻す。私もアンタを傷つけたくないわ。言葉を返すは、そのまま後ろに下がって海域から脱出するなら止めはしない」

 

「なるほど……、まだ力の差が分かっていないようですね。良いでしょう。大淀さん、始まりの合図を」

 

 こうして、戦いの火ぶたは切って落とされた。

 

 

「ほとんど無茶振りのように陽炎を戦わせたのですが、彼女はこの為にいろいろと準備してきたようですね。私が不知火対策と思っていた事を彼女はすべて行っています」

 

 朝潮が不知火に対して行おうとしていた対策、それは不知火がこちらに狙いを付けた瞬間に射線を外す、と言う単純なものである。例え異常艦娘といえども、艦娘の砲撃のルールである敵に当たる位置でなければ主砲を撃つ事が出来ない。

 

 これは守るべき対象や味方に対して誤射や艦娘自身の反乱を防ぐために用意されたものであるが、この機能によって回避先に砲撃を置いておくと言った芸当を防いでいる。

 

 もちろん、敵の射線をずらすような動きをしていてはこちらもバランスをとれず、敵に対して満足に砲撃を加える事が出来ない筈であったが、彼女は以前に綾瀬大将から不知火の異常の正体を知らされており、その対策として特訓したのだろう、崩れた体勢からでも不知火のそばに的確に砲撃を加えて行っていた。

 

「なるほど、無策で戦いを挑んだわけではなかったようですね。安心しました」

 

 不知火の射線を躱しながら放った一撃が、彼女のほんの数センチ手前で炸裂し、水しぶきが彼女を濡らす。陽炎は敵の砲撃を躱しながらもじりじりと不知火に対しての距離を詰めていった。

 

「当り前じゃない。私はアンタを取り戻す。その為に私はここに立っているの。さあ、後数メートルで私はアンタを捕まえる」

 

「その意気です。頑張れ、陽炎さん!!」

 

 しかし、その数メートルは果てしなく遠い。艤装に本来の戦闘の数倍程度の無茶をさせながらじりじりと距離を詰めているが、不知火もそれに合わせてゆっくりと間合いを離している。不知火は誘っているのだ、陽炎が焦って一気に間合いを詰めようとする瞬間を、その一瞬が訪れた時、彼女は敗北するだろう。

 

 その戦闘を見ていた大淀が、眼鏡をクイッと上げながら、朝潮に話しかけて来た。

 

「あなたが、陽炎を対戦相手に指名したときは、何を血迷ったかと思いましたが、対策は十分させていたという訳ですね」

 

「いいえ。わたしは何もしていません。ただ、陽炎は不知火を取り戻す。その為にここに来たんです。だから、彼女なら何とかするだろうと信じていました。わたしのライバルを自称するならばこれくらいはやってもらわなければなりません」

 

「なるほど、彼女を信頼しているのですね。しかし……それは甘いと言わざるを得ません。あなたは異常艦娘と通常の艦娘の力の差を分かっていない。あなたは通常の艦娘が束になって熊本提督の霞に勝てると思いますか?」

 

 朝潮は怪訝な顔をした。確かに、ここから状況は少しずつ不利になっていくと予想されるが、現状では陽炎の方が圧倒的に有利な状態で戦闘を進めている。陽炎のハイレベルな身のこなしによって、不知火はその的を絞れず、砲撃を放てないでいる。

 

 たとえ、砲身や弾自体が見えないとしても、砲撃するときの硬直や反動を隠せるものではない。故に、大淀がそう断言する意味が朝潮には分からなかった。

 

「あと、30センチ!!」

 

 陽炎は1時間の死闘の末に、無限に続くと思われた緩慢な鬼ごっこはついに不知火をその射程のすぐそばまで納めることに成功した。不知火の見えない砲撃の性質上、果たして陽炎は何発砲撃をもらっているのか予測もできないが、ここまで彼女はミスをしていなかった。故に、砲撃を加える以外の不知火自身の硬直や、反動から陽炎は自身が無傷である事を確信していた。

 

 ここからあと30センチ、陽炎はその集中力を維持できるのか? それは出来ると彼女は確信している。彼女は不知火と別れてからほとんどの時間、彼女を取り戻す為に費やし、彼女を取り戻す為なら、元帥の所在に忍び込むことまで考えていた。

 

 故に、このチャンスを焦りから不意にすることはない。

 

「驚きました。想像以上です。まさか異常を持たないあなたがここまでやれるなんて」

 

 不知火はそう称賛の言葉を投げかけると、陽炎に向けて背を向けた。陽炎は呆気にとられ困惑していると、陽炎の艤装が爆ぜた。

 

「これは、一体……艤装の不調!! くそ! こんなところで、うごいて……うごいてよぉぉ」

 

「5発です」

 

 この世の理不尽にみるみる戦意を喪失する陽炎に対して、不知火は彼女に背を向けながら淡々と言葉を紡ぐ。

 

「何を言って?」

 

「私の異常は砲撃を見えなくさせる異常と言いましたが、その対象は砲身自身や弾、着弾地点の状態に限定されるものではありません。あなたに狙いを定めた腕や砲撃の反動などもあなたには認識できなくなる」

 

 彼女がそう言うと、陽炎の艤装の状態が暴かれる。完全に大破し、何とか浮力を保っている状態で、まかり間違っても戦闘を継続などできる筈もない。それは誰の目にも明らかだった。

 

「なによそれ……そんなの一体どうしたらいいのよ……」

 

「だから最初に言ったじゃないですか? 異常を持たないあなたでは私に勝つことは出来ないと、陽炎あなたは素晴らしい艦娘です。私の異常の対策をし、それをミスなく実行した。私の異常があなたの思った通りなら、私は敗北していたでしょう。単純な練度と言う意味ではあなたは私よりもはるかに勝ります」

 

 彼女は陽炎に称賛の言葉を投げかける。それは決別の言葉を意味していた。自分を救うために敵対する対戦相手に対する言葉ではなく、純粋に数年ぶりに手合わせして確かな実力をつけた自分の姉に対する誇らしさ。

 

「だめ、それ以上は……言わないで……」

 

「陽炎、私や異常艦娘の事は忘れて、表の世界で多くの人々や仲間を守ってください。それが、呪われた異常を持ち、表の世界に残れなかったあなたの妹不知火の純粋な願いです。頼みましたよ、お姉ちゃん……」

 

 世界が暗転し、陽炎の意識がこの世界に留まる事を拒む。

 

「駄目よ。……だってあなたは……そんな、まるで遺書みたいな事言わないで。行かないで不知火……」

 

 こうして、陽炎の意識は途切れた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。