陽炎が目を覚ますと、そこは横須賀第1鎮守府の一室だった。彼女らが卯月に飛ばされる前の部屋。そしてしばらくした後、彼女は不知火を取り戻せなかったことを実感し、かけられた毛布に蹲った。
「駄目だな。私……朝潮ちゃんがくれたチャンス……結局無駄にしちゃった」
「陽炎さん。泣いている場合ではありません」
傍らに待機していた朝潮が陽炎に声をかけるが、彼女は朝潮に顔向けできなかった。綾瀬大将の言葉から推測し、戦闘前に実際に見た不知火の砲撃から推測した不知火の異常、それを完璧に対策したはずが、彼女の異常は陽炎の想像を上回っていた。もう打つ手はないのではないか、彼女を取り戻せないのならば、彼女の言うように、多くの人を守るために努力の方向性を変えた方が良いのではないか、彼女は自問自答する。
だって、砲撃だけじゃなくそれ以外のほとんどすべての痕跡を消せる異常をどう攻略すればいいのか、陽炎には分からなかった。ゆえに、
「先ほどの戦いは、いわゆるエキシビション。本当に元帥の試練が始まるのは3日後です。3日間で不知火の異常を攻略しなければなりません。今からその特訓をしますよ」
などと朝潮から言われても、攻略の糸口すらつかめない彼女の異常にどう立ち向かっていいか、陽炎には分からなかった。
「ごめん。やっぱり私には無理だったのよ。私は異常艦娘とそうではない艦娘との差を、軽く考えていたみたい。だから不知火の言う通り」
「私は嫌でしたよ」
「え?」
「私は、誰かのために犠牲にならなければならないと決まった時に、私は自分の立ち位置を守るために戦いました。そんな中霞は褒められた方法ではなかったですが、私を助けるために奮闘してくれました。もし仮にその方法が他の誰かをスケープゴートにする方法でなければ、もしかしたら頷いていたかもしれません」
「いったい何の話をしているの?」
「あなただけです。確かに力の差は激しく、常識的な方法ではどうする事も出来ないかもしれません。でも、ここであなたが下りたら陽炎、あなた自身は一生後悔するはずです。不知火も、本当は自分を打ち負かし救い出してくれることを内心望んでいるはずです。中世の詩人ゲーテは言いました。男には負けると分かっていてもやらなければならない時がある」
朝潮の言葉に、陽炎は胸を撃たれた。そして同時に、
「一応女の子なんだけれどなぁ、私」
そう笑った。彼女の言葉に勇気づけられた陽炎は、もう一度頑張ってみようと思う事にしたのである。
「それでは、不知火対策の特訓を始めるネ。準備は良いですカ?」
どうやら陽炎が寝ている間に金剛に事情を話していたようで、不知火対策を授けてくれるという事で、演習場に彼女達は落ち合う事になった。聞くところによると金剛は不知火の異常を攻略した過去を持っており、その特訓方法も考えて来たとのことだった。
「それよりも、どうやって不知火の異常を攻略するのか? そのロジックを教えて欲しいわね。砲だけじゃなく、砲を向ける動きや反動も見えないんじゃ打つ手はないんだけれど」
陽炎とその後方に朝潮が控えている。朝潮はもし事故が起こって陽炎を引き上げなければならない状況に陥った場合のセーフティーネットの役割としてである。つまりこの特訓にはそう言った生死の危機がある特訓という事になる。
「確かに、不知火の異常は砲を撃つありとあらゆる認識を阻害して、撃ったと言う事実さえも誤認させる事が出来マース。普段は砲身と撃った位置を見えなくする程度でとどめておき、真の強敵を嵌め殺す際には陽炎が体験したレベルまで異常を引き上げてくるノデス。つまりは、陽炎がそこまで不知火を追い詰めるまでの実力があったからこその悲劇とも言う事もできマース」
「そう言ったお世辞は良いから」
陽炎がそう言うと、金剛の普段の笑みが消え、彼女に向き直った。
「ふむ、どうやら本気のようデスネ。確かに、ありとあらゆる砲撃を知らせる状況は異常によって認識できなくなりマース。しかし、彼女が認識していない領域、彼女が砲撃のためと認識していない癖などを見極める事が出来れば、攻略は可能デース」
「なるほど……しかし、癖かぁ? そんなものをどうやって」
その刹那、陽炎の頬を何かが掠めた。それは金剛からの砲撃であったが、それに彼女は撃たれるまで気づくことはなかった。
「しかし、貴女に叩きこむことはそこではありまセーン!! 相手の癖を見抜いてもそれに合わせて攻撃を回避するスピードがなければ、全く意味がありまセーン!! この3日間で私の癖を見抜き、回避できるようにする。それが、今回の特訓の目標デース!! アンダスタン?」
陽炎はその言葉を聞いて、艤装をフルに稼働し、全力で旋回し始めた。しかし、
「では、最初の内は分かりやすくしマース!! 3,2,1」
金剛が0と言った瞬間、また砲撃が陽炎の頬を掠める。ほとんど後方にいたはずの陽炎を彼女は後ろ向きのまま砲撃した。砲撃を向けた瞬間はおろか、陽炎の場所を認識する、陽炎に砲を向ける、主砲を撃つ、主砲を撃った後に砲を仕舞い、手をもとの位置に戻すという少なくとも5動作を行っているはずが、そのいずれもが認識すらできない。
はたから見れば念力か何かで陽炎の頬が切り裂かれているようにしか見えないだろう。それが、砲撃によるものであることを確認できる理由は、
「ファイトです。陽炎」
陽炎の後方で彼女にピタリと張り付きながら、陽炎を掠めた砲撃を朝潮が跳弾させて弾いているからである。そう、金剛も艦娘である以上艦娘のルールで陽炎に対する砲撃を狙ってはずすことは出来ない。故に、金剛は陽炎の後方にいる朝潮を狙う事で、その通過点にいる陽炎に対しては主砲が外れるような攻撃が可能という事である。
これは、陽炎の不知火に対しての特訓であるとともに、朝潮の異常の経験値を貯める一石二鳥の訓練であった。
「はぁ……はぁ……」
3時間ほど戦闘し、金剛は2分ごとに一発砲撃を加えて来るが、一発もその攻撃をかわすこともできなかった。と言うより、この特訓不知火の難易度、実際に不知火に対抗するよりも難しくないかな。そんな事を陽炎は思っていた。何せ、彼女がカウントする1のタイミングで思い切り射線を切っても、金剛は確実に砲撃を当ててくる、正確にはすれすれを狙ってくる。
「陽炎、違う違う、違いマース。相手の砲撃を避ける訓練ではありまセーン。私に砲撃を撃たせないほどの切り返しをするデス。撃つタイミングはこちらから教えているはずなので、後は全力で飛ぶデス。無論、それ以外の方法があればどうにかなりマス」
と言われたものの、1と言った瞬間に飛んでもそれを見て砲撃の角度を合わせて来るので、必ず打たれる。もし、彼女の言うように砲撃を完全にかわすためには、1と言った瞬間に避けているようではだめだ。撃つ瞬間を、撃ったと同時に躱さなければならない。
「陽炎、主砲を金剛さんに向けてください。相手を倒す気で行かなければ、あの攻撃をかわすことは出来ません。相手を見すえて、当たる瞬間を見極めるんです」
後ろから朝潮の声が聞こえる。その言葉に、一理あると思い、陽炎は主砲を向けた。これは訓練なのだ。訓練中何度失敗してもいい、最終的に成功すればいい。最終的に身になっていればいいのだ。
「いい覚悟デス」
この陽炎の覚悟を金剛も感じたらしく、彼女は陽炎を見据え、またカウントを始める。1を金剛が言った瞬間、陽炎は気を引き締める。彼女の癖を、撃つ瞬間を、何とか見極めるのだ。そして、その刹那、陽炎の主砲に衝撃が走る。
金剛の主砲が直撃した衝撃ではない。ただ、その衝撃によって、陽炎は主砲の向きをほんの少しずらして砲撃を放ってしまった。ガチィィン!!! と言う鈍い衝撃音と共に、金剛の主砲が爆発した。
「ホワッツ!!?」
何が起こったのか分からない。しかし、陽炎は金剛の砲撃の瞬間を偶然とらえてしまった。あの瞬間、金剛の右腕がほんの少し、下に動いたのである。これが金剛の砲撃の癖。掴んだと思った瞬間、金剛はこちらに全速力で向かってくる。
偶然とはいえ、彼女に反撃をして主砲をおじゃんにしてしまったのだ、陽炎は彼女に感謝しているし、この後に大目玉を食らう覚悟もしていた。
「何をしているデス!! 後ろ!!後ろを見るネ!!」
陽炎はその言葉を不審に思い、後ろを見るとそこにいたのは全身が切れたような傷を負い、そこから血液を垂れ流した、血まみれの朝潮だった。陽炎は、朝潮に駆け寄り彼女を抱き寄せるが、息をしていない。彼女は陸へ急ぐ。
「どういう事よこれ?」
「彼女の異常デス。彼女はあなたがワタシの攻略の糸口を見つけ出すために、アナタの体で異常を発現させまシタ。先ほどアナタが放った砲撃、それはヴィクトリーストライクだったのデス」
「そんな事が出来るの!!?」
「イエース。しかし、彼女のヴィクトリーストライクは敵の攻撃を跳弾させて敵に砲撃を加える技、跳弾した後の弾丸予測と言う、本来制御が困難で、ほとんど未来予知めいた攻撃を加えることは提督の力の修正によって撃つことすら出来マセン。例外的に本来の持ち主の朝潮本人であれば、その未来予知めいた計算を提督にフィードバックして撃つことは可能なようデスガ……それを他人にやらせた場合の代償はこうなるみたいデスネ」
自分の異常を他人に使わせる。他人の異常使用によるダメージを他の艦が肩代わりした例は報告されているが、ここまでひどい状態になった例は金剛の記憶にもなかったので、もしかしたら朝潮の異常は金剛の想定以上の何かとてつもない秘密が隠されているのではないか。そう、ふと頭によぎったが、彼女はその思考を呑み込んだ。
「ここは?」
わたしが目を覚ますと、そこは知らない天井だった。金剛の特訓で解決の糸口を見つけられないでいる陽炎に、ヒントを与えるために、妖精を使って彼女の体内で異常を発現させて、攻略の糸口を与える。
他人の体で異常を発動できることは、荒潮曰く、わたしがtype-γの体にとらわれている間に妖精を使って行ったと聞いた事があったので、それを試していたのだ。まあ、試みていたのは1時間くらいの間であるが、どうやら敵に向けて砲を向けていないと駄目らしく、痺れを切らしたわたしは、彼女に砲を向けるよう言ったのだった。
そして、砲を撃つ瞬間、異常を発動した。が、その後の事を思い出せない。とりあえず寝かされたのはドッグだったので、何らかしらのアクシデントがあって、わたしは倒れたのだろう。おそらく跳弾させた陽炎の弾丸が、後ろにいるわたしに直撃したのだろうか。そんな事を思考していると、陽炎と金剛、そして満潮が部屋に入って来たのである。
「朝潮姉さん!! 無茶な事するなって言ったでしょう!!」
満潮が邂逅一発目に、そう言った言葉を投げかける。しかし、今聞きたいのはそう言った類の言葉ではない。わたしは陽炎の方に目をやると、口を開いた。
「陽炎、攻略の糸口は見つかりました」
彼女は頷き、わたしは満足して目を閉じた。