やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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対決 朝潮VS満潮

満潮が一通りの訓練を終わり夕食をとっていると、電が話しかけてきた。

 

 

「夕食後も少し訓練をしようと思っているので、資料室の奥の部屋に来てほしいのです」

 

 

「資料室の奥? そんなところで一体どんな訓練をするの? もしかして知識をつけるとかそんな話?」

 

 

 電は答えない。ただ、それは部屋に入ってからのお楽しみと言ってその場を後にした。満潮は食事後も訓練があると聞いて若干げんなりとした表情を浮かべたが彼女が訓練を急ぐ理由を理解していた。艦娘が異常を発現した後、それを自在に使用できるまでには数か月単位、下手すれば数年の訓練が必要であり、それをたった数日で行おうというのだ。

 

 

 電が鶴崎大将からどれほどの無茶な命令を言われたのか考えると、満潮は自分の考えを態度に出すことはできなかったのだった。そして、食事を終え資料室の中に入ると、戸棚の奥に立ち入り禁止の張り紙がしてある部屋を見つけた。

 

 

「ここね? 立ち入り禁止の張り紙がしてあるなら事前に言いなさいよね」

 

 

 と、ドアノブに手をかけゆっくりと扉を開けると、そこは真っ暗な部屋だった。電はまだ来ていないのかと思考していると、満潮の右前方から気配が感じられた。

 

 

 とっさに満潮は右前方の気配に向けて意識を伸ばす。すると、満潮に向けてダーツか何かを投げるような軌道を描きながら、何かが移動しているのが知覚できた。満潮の異常、それはものを認識しそれを任意の方向に移動できる異常であるが、現在の満潮の異常の練度ではそれをうまく扱う事は難しいと電は判断した。

 

 

 その理由は単純に出力不足である。現在の満潮の異常の出力では艤装を身に着けた艦娘やその主砲から放たれる弾の軌道を変えることはできない。とは言っても満潮もそのまま『モノを動かすには何の役にも立たない』モノを動かす異常という控えめに言って役立たずの状態のままにしておくつもりはないが、異常の出力が満潮の望むくらい強力になるには前述した通り数か月かかるだろう。

 

 

 ゆえに、電が注目したのは、物を動かす際の力の支点の存在である。満潮の異常でものを動かす際に動かすものに意識を向けることでその位置や速度向きを把握することが出来た。以降マーキングと呼称するが、満潮は別々の位置3点にマーキングを施す事が出来たのである。

 

 

 満潮はそれを使って彼女に向ってきた何かにマーキングを施し満潮にあたる軌道に合わせてそこに左手を置いた。パシッという音とともに、それがゴムボールであることが分かった。

 

 

「これが訓練? 電、マーキング訓練ならこんなところでしなくてももうちょっとましな場所にして欲しいんだけれど?」

 

 

 彼女がそういうと、電と提督の卵が姿を現した。

 

 

「ああ、あんたもそこにいたんだ? どう?そっちのほうは訓練進んでいる?」

 

 

 満潮と提督の卵は日中別々の訓練を受けていた。満潮は自身の異常の制御と使用方法を模索するために、提督の卵はなんか体を鍛えさせられていた。

 

 

「ああ、何とか生きているよ」

 

 

 相当つらい訓練だったのだろう、彼は目に見えて疲労困憊といった表情を浮かべており、それを満潮に感じさせまいと明るく振舞おうともしているようだった。そうしていると電がゆっくりと口を開いた。

 

 

「先ほどの話ですが、これは次の訓練に進むための試験のようなものなのです。次の訓練をするためにはある程度異常を使えないとただボロボロにされるだけなのです。一応、合格ですが、二人ともこの先の訓練を始めるともう逃げられなくなりますが、本当にいいのですか?」

 

 

 電は心配そうな表情を浮かべていたが、満潮たちは力強くうなずいた。それを確認した後、電は彼らを部屋の中央に行くように促した。

 

 

「ここ? ここに一体何があるの?」

 

 

 満潮がそう言うと、満潮たちが立っている半径1メートルほどの地面が下にゆっくりと下降していく。満潮は悲鳴を上げた。

 

 

「ここは解放艦娘用の訓練場なのです。敵がボックスを使う以上、それから守るためには解放艦娘の力が必須。司令官の卵さん、降下している間に満潮ちゃんを解放艦娘にしてあげてください」

 

 

 解放艦娘? 電が何を言っているのか分からなかったが、提督の卵はその指示を聞いて、満潮の艤装に手を当てた。

 

 

「満潮、行くぞ。痛かったら行ってくれ」

 

 

 彼がそういうと、満潮の背中に熱を感じ、艤装からまるで自身が少し宙に浮いているかの要は浮遊感を感じた。艤装の出力が信じられないくらい上がっている。

 

 

「これは一体?」

 

 

「解放艦娘と呼ばれる状態なのです。司令官さんたちは艦隊指揮をするときに視覚と触角の一部を6隻の艦娘に配分して運用するわけなのですが? それを五感に拡張し、かつ1人の艦娘に集中することで、今の満潮ちゃんのような状態にすることが出来るのです。まあ、この機能は個人差にもよりますが司令官さんの近くにその艦娘がいないと具体的に言うと半径5キロ以内にいないとだめなので、満潮ちゃんもこの状態で戦う事になったら、司令官さんの半径5キロより外に出てはいけませんよ」

 

 

 そんなやり取りをしていると駆動音が止まり下の部屋にたどり着いたようで、中は前方に少し広めの体育館ほどのスペースとその奥に25メートルほどのプールが設置してあった。そして、前方の体育館ほどのスペースには叢雲型の艦娘がおり、彼女が朝潮を正座させていた。

 

 

「叢雲、なぜわたしは正座させられているのでしょうか? 叢雲はわたしの話を聞いてわたしの行動に納得したはずですよね。この行為は不当だと思われます」

 

 

「ええ、確かに私はあんたの行動を許すことにしたわ。でも、それは決してあんたの行動が正しかったからではない。私があんたの行動のロジックを理解して飲み込んであげたからよ。あんたのような類は自分の行動を許容されたときに、それが相手の寛容でそうなったのではなく、行動が正しいからそうしたと思う傾向にあるわ。

 

 

 ゆえに、あんたが勘違いをしないように私は罰を与えなければならない。それがあんたの司令官となった私の責任というものよ。分かったら満潮だっけ? 彼女が来るまで正座していなさい。あんたも知り合いにみっともない姿を見られたら少しは反省するでしょう」

 

 

 どうやら、彼女の口ぶりからして、彼女は新しく朝潮の提督となる艦娘なのだろう。実際に見るのは初めてだが、事前に鶴崎大将から提督の力を飲み込んだ艦娘の存在は知らされていたので、驚きはしたものの、事態を飲み込むことはできた。

 

 

 問題は、朝潮のほうである。私たちと別れてたった半日程度の間に提督に正座をさせられているとは、一体何をやらかしたんだ。そして、叢雲は彼女の性格を理解していない。断言するが、満潮に正座させられていることを見られた程度では彼女の行動は変わらない。

 

 

 そんな思考を巡らせていると、こちらに気付いたのか、叢雲がこちらに体を向けてきた。

 

 

「ああ、よく来たわね。私は叢雲、訳合って今度この子が所属する呉第15鎮守府の提督をやらせてもらう事になったわ。よろしく、満潮とその提督の卵と電、あとは金剛……気配を消して付いて来るのはどうかと思うわ」

 

 

 叢雲がそういうと、満潮の背後から金剛が姿を現した。

 

 

「完璧に気配を消したつもりでしたガ、叢雲の腕は鈍っていないようで安心しまシタ」

 

 

「なんで、あんた達って気配を消して近づいてくるのかしら? 霞といい、朝潮姉さんといい、流行っているの?」

 

 

 一体いつから背後にいたのか満潮は全く分からず、それはこの前異常を持たなかった時から全く変わっておらず、そういったいら立ちをほとんど当てつけのように金剛にぶつけていたが、満潮自身はそのことに気づいてはいなかった。

 

 

「あ、満潮。わたしの練習に付き合ってくれるのは満潮ですか!? 満潮も異常を発現したようで、手合わせ楽しみです。わたしの朝潮示現流の技をお見せします!!」

 

 

 朝潮はそう言いながら、立ち上がり中国拳法のようなポーズをとったが、すぐに我に返ったようで、叢雲のほうを向きながら、

 

 

「そういえば、今回の訓練は解放艦娘状態で行うと先ほど聞きました。しかし、艦娘を解放するにはある程度長い期間艦娘と絆を結ぶ必要があると聞いています。叢雲にはわたしを解放することが出来ません。これは大問題です」

 

 

 そんな心配をよそに、叢雲は朝潮の艤装に手をかけ、気合を入れると朝潮の周りに解放艦娘特有の力場が形成された。朝潮から歓声が上がる。

 

 

「私を誰だと思っているの? この叢雲様をそんじょそこらの司令官と同じと思ってもらってわ困るわ。では、朝潮、さっさと持ち場に付きなさい……そうだ忘れていたわ」

 

 

 彼女がそういうと、朝潮の艤装から主砲と魚雷が外され、その場にドスンという鈍い音が響き渡る。

 

 

「主砲と魚雷は外しておくわ。そうしないと相手にならないものね」

 

 

「人を舐めるのも大概にしなさいよ!!」

 

 

 叢雲の言葉に満潮は激昂したが、彼女たちの真意は理解していた。朝潮のヴィクトリーストライクは持っているだけで満潮の主砲を封じてしまう。そうなった時に、接近戦においてほとんど打つ手のない満潮は彼女に一方的にやられるだけである。

 

 

 これでは訓練にならないと言う事、その為に叢雲は朝潮に主砲と魚雷を外させたのだった。しかし、そうと理解しても演習を行うときに主砲と魚雷を外してこれなら互角の戦いができるでしょうという発言を理解はしても納得することはできなかった。

 

 

「ぎゃふんといわせてやる!! 全力で行くわよ」

 

 

 そう言って25メートルプールに乗り込もうとした満潮の手を金剛はつかんでいた。

 

 

「何よ」

 

 

「このままではダメデース。満潮、このまま戦っても一方的に吹っ飛ばされて終わりマース。残念ながら、今の満潮と朝潮とでは実力差がアナタの想像以上に離れていマース。正直、異常を全力で使ったアナタと全く使わない朝潮とでは後者のほうが圧倒的に有利で、それは主砲や魚雷の有無程度ではひっくり返りマセーン。

 

 

 彼女は曲がりなりにもあの熊手の霞と互角に戦い、そして勝利した経験がある稀有な艦娘の一人デース。アンダスタン?」

 

 

 容赦のない言葉に、満潮は冷静になった。そして、金剛に対して口を開く、

 

 

「そうね。冷静さを欠いてはいけないわね。ただ敗北するだけなら実力が足りないと割り切れるけれど、冷静さを欠いて何もできずに敗北するのは我慢ならないわ。金剛さん、何とかして朝潮たちをぎゃふんといわせる方法があったら教えてくれない」

 

 

「イエス。そのためにとっておきの策を授けるネ」

 

 

 そう言って金剛は口を開いた。

 

 

 

 まず、金剛に言われたことは金剛が朝潮示現流の弱点に対する諸々いったことはすべて忘れるという事だった。朝潮示現流の速度に対しての弱点はそもそも艦娘のトップスピードを維持しながら砲撃や回避運動を行える艦娘がそもそもほとんどいない。そう言った移動速度に異常を載せられる上位層での戦いを想定しての話であり、そうでない今回の戦いで朝潮示現流の弱点が速度だと思って戦うと瞬殺されてしまう。

 

 

 ゆえに、その速度を殺すための立ち回りをする必要がある。幸い満潮のマーキングで軸足の左足、右手左手にマーキングを施す事で、朝潮の動きを把握することが出来る。これによって朝潮が接近してくるタイミングを狙って砲撃を打ち込めば、もしかしたら倒せるかもしれないという作戦である。

 

 

「なるほど。いい作戦ね」

 

 

「問題は叢雲デース。おそらく、この程度の策は一撃で看破するデショウ。ゆえに、ぎゃふんと言わせるタイミングはおそらく一回しかありまセン。頑張るネ」

 

 

 というプレッシャーをかけられながら、満潮は25メートルプールの所定の位置に移動した。そうすると、電が何かのスイッチを入れると、空間が歪み、25メートルプールだったはずの背景は水平線が広がり陸地が見えないほどの広大な人工海域に変化していた。

 

 

 朝潮と満潮の3メートルほど離れた距離は200メートルほどに広がり、思い切り主砲を撃っても問題ないようだった。満潮は朝潮の両手と左足にマーキングを施し、開始の合図を待つ。

 

 

「では、始めましょうか」

 

 

 朝潮がそういうと、突然銅鑼のような音が鳴り、それを合図に彼女は時計回りにゆっくりと近づいてきた。そして、20メートルほど速度を上げながら近づいたときに、見えている朝潮と異常によって確認している朝潮の位置が……ブレた。見間違いかと思っていると、見えている朝潮の像が消え、異常によって感知している朝潮は満潮の左150メートルほどの距離で高速で移動している。

 

 

 もし仮に、満潮が朝潮をマーキングしていなければ、彼女の位置を見失い、数秒後には倒されていただろう。朝潮示現流というやつはもしかして分身の術のような忍術めいた芸当ができるのかと驚嘆していたが、とりあえず朝潮を見失ったふりをしておくことにした。

 

 

 こうしておけば、どこかのタイミングで一気に近づくために軸足を硬直させるタイミングが発生するはず。そこを砲撃で叩く、そして後方25度の位置で朝潮は思い切り軸足を踏んだ。かかった!! 満潮はそこに主砲を向け、思い切り引き金を引いた。

 

 

 

「驚きました」

 

 

 満潮の砲撃は朝潮を完ぺきにとらえ、彼女に向けて砲弾は放たれたはずだった。しかし、満潮が砲撃を放つその瞬間、おそらく軸足と逆側の足で海面をけり、体を半歩ずらして砲撃をかわしたのだ。そして、そのまま朝潮は軸足を踏み込み、130メートルほど移動し、満潮の後方に着地した。

 

 

「今の一発で決めるつもりでしたが、いい判断です」

 

 

 もし仮に、軸足を踏み込んだ時に砲撃で邪魔をしなければ、彼女に言っていたことは現実になっていただろう。満潮の後方4メートルに着地した朝潮は満潮が彼女に砲を向ける前に後方30メートルに移動していた。

 

 

 おそらく、満潮の異常が朝潮には知られておらず、不用意に攻撃すると異常によって狙い撃ちにされる危険性があったのだろう。彼女のその賢明な判断が、満潮を生き残らせていた。

 

 

「朝潮姉さんこそ、まさか分身の術みたいなことが出来るなんて知らなかったわ」

 

 

「分身の術? いったい何のことですか?」

 

 

 朝潮はとぼけているのか、どのように作用しているのか分かっていないのか判別はできないが、いずれにせよ状況は好転しない。幸い手の動きや軌道は判別できるのだ。朝潮の一撃をかわしてそこに砲撃を打つ。満潮は覚悟を決めた。それを感じ取ったのか朝潮も動きを止める。

 

 

「いい覚悟です。では行きますよ」

 

 

 朝潮は軸足を思い切り踏み込むが、満潮はそこを狙い撃ちしない。次の瞬間、朝潮は満潮の前方1メートルの地点に瞬間的に移動し、みぞおちめがけて恐らく正拳突きをくりだした。しかし、それはマーキング済みだ。その一撃の軌道に主砲を置き、引き金を引いた。

 

 

 引き金は引けなかった。朝潮は主砲をつかみ、満潮が引き金を引く瞬間に主砲の軌道を朝潮に当たらない軌道にそらしたのである。艦娘の主砲のルール。艦娘に当たらない軌道で主砲を打つことはできない。そして、逆側の手が満潮の顔面に向って突き刺さる軌道を描いているが、それをよけるすべは満潮に残っていなかった。

 

 

 その一撃で20メートルほど吹っ飛ばされた後、人工海域は解除された。まだやれると電たちに抗議をしようとしたとき、満潮は彼女の開放状態が解除されていることに気付いた。そして、そこには鼻血を出しながら気絶している提督の卵がいた。

 

 

「これは一体?」

 

 

「解放艦娘のデメリットなのです。解放艦娘が受けたダメージは、司令官さんにフィードバックされてしまうのです。これが司令官さん達が解放艦娘をほとんど使わないもう一つの理由なのです」

 

 

 提督の卵が大将から厳しい訓練を受けていた理由は、解放艦娘の負荷に耐えるためであるという衝撃の理由が今明かされたのだった。

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