いつもの起床する時間に起きたわたしは久しぶりの休みと言うこともあり、二度寝をすることにした。と言うのも、昨日満潮から、
「朝潮姉さん。明日の休暇だけど、30分前に起こしに行くから、それまで寝ていてよね。今回は朝潮姉さんを休ませるための休暇なんだから、起きて訓練していました。とか、そんな事を口に出したりしたら、ぶっ飛ばすわよ」
と釘を刺されたためである。まったく、姉の行動を完璧に予測できるできた妹である。姉として徒に彼女たちを心配させるのは本意ではなく、たまには彼女の言う事に従う事にした。それだけの事である。
そして、わたしはいつの間にか意識を失っていたらしく気づいた時には部屋のドアをノックする音が聞こえた。私自身では余裕があると思っていたのだが、自分でも気づかない内によほど疲れていたのだろう、時刻を確認すると1100、あと30分で鎮守府を出発しなければならない時間になっていた。
「朝潮姉さん。入るわよ」
そう言って入ってくる満潮を、わたしはベッドで横になりながら出迎えた。
「時間どおりです」
「驚いた。てっきり訓練行っていますとか、そんな感じの置手紙が置かれて、部屋に誰もいないとかそう言った類の事は覚悟していたけれど、ちゃんといるじゃない。さあ、行くわよ。おすすめのスイーツとか、かわいい洋服のお店とか、回るところはいっぱいあるからね」
満潮はなんだかうれしそうにしていた。まったく、姉への信頼が薄い妹である。無論、彼女の心配していた事は二度寝によって妨げられていなければ、当然実行されていた事ではあるが、この際おいておくとしよう。そんな事を考えながら布団から出ようとした時、わたしは大切なことを忘れていることに気づいた。
「ちょっとだけ待ってください。そう言えば師匠によそ行きの服を何着か頂いていたのを思い出しました。その中でもとっておきの服を着ていくので、少し待ってください」
「師匠って……姉さんに謎拳法を教えたっていう」
「そう、朝潮示現流伝承者である、謎の美少女戦艦ダンケ仮面師匠です」
そう言うと、満潮は露骨に嫌そうな顔をしている。そうして、満潮は数秒程度考えた後、わたしのほうに向きなおった。
「朝潮姉さん。やめて」
「どういう事ですか? なるほど、わたしがよそ行きの服を着ているのに、満潮は普段着と言うのは悔しいのですね。その気持ちは分かります。しかし、師匠から譲り受けた服を披露するまたとない機会かもしれないので、譲るわけにはいきません」
「そうじゃなくて……うん、もぉぉ!! その師匠の事だから、奇天烈な服を用意しているんでしょう? あんまり恥ずかしい服だと、一緒にいる私も恥ずかしくなるの。分かる!?」
彼女は何やら誤解しているようだった。その誤解を解くために、わたしはその今回着ていこうとする服を見せた。とある有名な洋画のヒロインが着ていた事でその当時話題になった白いシャツにフレアスカートウエストを主張する太いベルトと言ったかなり無難な服である。
「……予想したものとは違うわね」
「満潮の事だから、師匠が全身タイツにマントと言った服を用意したと思い込んでいたのでしょうが、そんなものは用意されていません。あの格好は迷える伝承者候補と対峙する師匠のみが許される格好であり、わたしが朝潮示現流の伝承を受け継がせる資格を得た時に改めて授けられるものです」
わたしはえっへんと胸を張り、満潮は何か言いたそうな顔をしていたが、それを押し殺しているようだった。そうして着替えを済ませたわたし達は、鎮守府の入り口に向かった。
「はい。朝潮ちゃんに満潮ちゃん。今日の外出の許可は出ていますよ。しばらく待ってくださいね。一応、艤装の機能の一部制限やデータの照合等で、ほんのしばらくだけ待ってください」
鎮守府の入り口の校門には任務娘の事務所のようなものが備え付けてあり、たまに通る時にはいつもパソコンをカタカタと叩いているのだが、話したのはこれが初めてである。因みに、熊本大将と来たときは無人になっていたので、その時は事前に避難させられていたのだろう。
彼女は、どこの鎮守府に所属しているかの名札と、位置情報を追跡する腕輪を渡して、それに対する簡単な説明をしてくれた。実際はその他もろもろの書類を提出することが必要であるが、その手の手続きは荒潮が全部やってくれたと満潮が耳打ちしてきたので、その書類確認やらの間、満潮と雑談することにした。
「前の事故で、出撃が難しくなった荒潮は、そう言った雑務や書類仕事をこなして、艦隊の役に立てるよう頑張っているの。まあ、そうなる前にもこの鎮守府の秘書艦として、一通りは教えられていたみたいだけれどね」
「なるほど、海域に出撃するだけが艦娘の仕事ではないですからね。中世の文豪ゲーテは言いました(言っていない)。縁の下の力持ちと、出撃ばかりしていると、そう言ったことには目を向けられ難いですが、重要な事です」
「分かっているじゃない。それを心に刻んでおかないと足元をすくわれるのよ。朝潮姉さんはがんばり屋である事は分かったけれど、もしも、事故が起こって出撃できなくなってもいじけたりしちゃ駄目よ。……荒潮もそうなったときの顔、見てられなかったわ」
「満潮……」
と言ったところで、任務娘から外出の許可が下りたので、話そうとしていた言葉は切られてしまった。わたしも若干気恥ずかしい言葉を駆けようとしていたので、目的地に着くまでちょっとした雑談はするものの、先ほどの続きの言葉をかけるタイミングを見失ってしまったのである。
満潮は呉の郊外のお洒落な店にわたしを連れて来た。わたしとしては、お好み焼きや牡蠣と言ったものを期待していたのだったが、ここのパスタが絶品と言う事だったので、胸を躍らせながら店に入ろうとした時に、その前に見知った顔を見つけた。彼女のプレートを確認すると、呉第12鎮守府所属陽炎と書かれていた。
「あ、陽炎さん。お久しぶりです。と言っても先日演習でお会いしましたから、お久しぶりと言うのは少しおかしいかもしれませんね」
「うん? ああ、第4の朝潮ちゃん。いつもと違って、なんというか昔の映画の女優みたいな恰好をしていたから一瞬誰かわからなかったわ。朝潮ちゃんも休暇?」
「はい。中世の文豪ゲーテは言いました。時を短くするのは何か、活動。時を堪えがたく永くするのはなにか、安逸。たまの休暇とは言え、鎮守府で休息をするのでは、真に体は休まりません。活動楽しみ、刺激を受ける事によって、真に体は休まるのです」
「また、朝潮姉さんの、ゲーテの言っていない名言?」
「いいえ。これはゲーテが言ったとされる名言です」
とわたしが胸を張って言うと、満潮はあっそと言ってそっぽを向いてしまった。
「なんや? 陽炎姉さん、知り合いかぁ?」
どうやら陽炎も姉妹艦と休暇を楽しんでいるようだった。彼女はおでこが光る黒髪の関西弁の特徴な少女で、陽炎型駆逐艦3番艦の黒潮である。
「うん。この子は第4鎮守府の朝潮ちゃん。前に言った私の永遠のライバルよ」
そう言って陽炎はわたしの肩に腕を回してくる。彼女の様なハツラツとした性格の少女に言われると悪い気はしないが、いつの間に永遠のライバルにされてしまったのだろうか。わたしは敬礼の姿勢を取った。
「はい。わたしは呉第4鎮守府所属、朝潮型駆逐艦朝潮、わたしの後ろにいる彼女は同じく朝潮型駆逐艦、満潮です。陽炎さんのような練度も経験も素晴らしい艦にライバルと呼ばれて、とても光栄です」
「ええんよ。陽炎姉さんとこれからもなかようなって欲しいわぁ。ウチは陽炎姉さんの妹艦の黒潮。よろしゅうなぁ」
と言う風に挨拶を終わらせた後、立ち話もなんだからと、一緒に食事どう? と提案されたので、今回はその提案は遠慮させてもらうことにした。
「すみませんが、今回は満潮との……」
「おごるわよ」
やはり、他の鎮守府との交流を深めたり、戦術や戦略に対しての議論を深めることはいざと言うとき、自らの命だけではなく艦隊の生死を分ける選択もつながる有意義な時間がもてると考えます。と何かそんな事を言った気がする。
満潮は頭を抱えていたが、わたしの提案も間違っていないだけに、納得して相席に同意した。そうして話を始めると、満潮と黒潮はすぐに仲良くなった。
「んでなぁ、陽炎姉さん。ここ2週間ほど鍛えなおすとか言って、今までとは考えられんようなハイペースで出撃を繰り返してなぁ、そいで艦隊のみんなと話し合って、無理やり休暇を取らせっちゅうわけや」
「分かるわ。うちの朝潮姉さんは荒潮が悪戯してみんなが困っているときに、なんて言ったと思う? 荒潮が悪戯して受ける罰を自分が受けるなんてこと言いだしたのよ。まったく、心配するこっちの身にもなって欲しいものだわ」
主に、姉を心配する妹艦会議として……。
「しかし、陽炎さん。何で私をライバル認定しだしたのでしょうか? 正直に言って、あの日のわたしは落第点の旗艦でした。航空戦酔いして、航空戦をサポートするために機銃の掃射すらできず、なすがままに随伴艦は全滅。私自身も中破し、最後の幸運がなければ、そう、あの日のわたしは運が良かった。それだけなんです」
「いやぁ、キミはあの現象を運と考えるんだね。キミは自分のしたことをまるで理解していない」
そう、彼女は言った。いや違う。陽炎の言葉ではない。いつから、このテーブルに座っているのか。わたしは彼女の方向を向いた。そこには、高校生くらいの少女に見える金髪の女性が座っていた。
「やぁ、私は綾瀬イブ。キミの『異常(オリジナル)』について話していこうかな」