帰還、第15鎮守府
「ここが私の城ね。まあ、この叢雲様を迎えるには少しだけ貧相だけれど、いいところじゃない、気に入ったわ」
呉に戻った朝潮たちは、彼女らが所属する第15鎮守府に入った。以前あった15鎮守府は朝潮が異常を使って沈めてしまったので失われたが、おそらく予備にあったものをどこからか取り寄せたのだろう。通常の鎮守府間の半分程度の大きさになっているが、基本的にはグラーフの信奉者たちの襲撃に備えるための最低限の設備しかいらないと朝潮は考えていたので、朝潮はどうでもよかった。
問題は、叢雲のほうが自身の待遇に不満を漏らす可能性を危惧していたが、そういった不満はないようであり、そのことは朝潮を安心させた。
「なによ? 何か私の顔に何かついているのかしら?」
「かつてのドイツの文豪ゲーテは言いました。住めば都。もし仮に鎮守府に不満があっても、住んでしまえば多少住んでいる場所が気になっても、慣れていくものです」
「そうね。弘法筆を選ばず。良い司令官というのは例え立地が良くないところに拠点を構えさせられても、そこに配属する艦娘の練度が低くても、求められた仕事をするものよ。しかし、あんたは最高級の筆みたいだから、ほかの多少の不手際には目をつぶることにしたわ。それ以上を求めるのは、いくら私が良い司令官だといっても、我儘というものね」
彼女はさらりとそんなことを返してきた。
「もしかして、叢雲。私のことを高く評価しているんですか?」
「私の方針では良いものは良い。悪いものは改善を促すように言う事にしているわ。それが司令官としての私の責任でもある。その改善を促す努力をしていく中で、全体の流れとしての都合上、任務遂行のために練度や心構えが足りない状態で任務に当たらなければならないことは往々にして存在するの。そう言った時に、頭をひねるのも私の役目。まあ、これは私が所属していた鎮守府の司令官の受け売りだけれどね。
あなたのように、たとえ偉人から借り受けた言葉でも、それが他人の行動を動かすことが出来たならそれは、素晴らしいことだと思うわ。でも、あんたのような優れた駆逐艦はそれで満足してはいけない。いつか自分の言葉で人を動かせるようにならないとね」
などと言う良い感じの言葉を並べるので、自分のゲーテの名言が実際はゲーテがそんなこと言っていない名言であることを言えずにいた。突っ込み不在の会話って怖いなとわたしは思い、早々に話を切り上げ、執務室に入ることにした。
その時である。執務室にいた人物にわたしは衝撃を受けた。全身タイツの長身に、ダンケの名を冠するそのマスク。ちらりと叢雲のほうを見るとなぜか頭を抱えているように見えたが、おそらく気のせいだろう。それはわたしの敬愛する師匠だった。
「グーテンターク! 久しぶりね朝潮ちゃん。あなたが、あのプリンツと戦ったと聞いて飛んできたわ」
「ダンケ仮面師匠!!」
師匠は、それを聞いてわたしの耳に手を当て、小声で話してきた。
「ちょっと、朝潮ちゃん。あなたに教えた朝潮示現流は、ほかの人に伝えると、災厄をもたらすわ。当然、私がアナタの師匠ということも内緒よ。私は謎の美少女ダンケ仮面、初対面のふりをしなさい。いいわね」
師匠はなぜかそんなことを言ってきた。そういえば、そうでしたね。しかし、対策はばっちりです。
「はい。朝潮示現流の呪いは、知っている人間が増えると不幸が訪れます。ゆえに、あらかじめ朝潮示現流をみなに知らせておくことで、朝潮示現流の呪いをある程度コントロールできるようにしました。これによって呉第1、4。そして、横須賀第1鎮守府で、その策によって朝潮示現流の呪いを封殺できました」
そう、そして、ここ第15鎮守府でも朝潮示現流の呪いを封殺するつもりであると付け加えると、師匠は体を震わせている。どうやら師匠すらも考え付かない方法であったらしく、感動に体を震わせているのだろう。そうして、師匠は叢雲に視線を向けた。
「まあ、なんというか。あんたにそんな趣味があったなんてね。まあ、彼女の戦力としての大部分を担っているから、深くは追及しないでおくわ。まあ、拡散されてしまったのは気の毒ね」
などと言うわけのわからない発言を聞き、師匠は蹲り奇声を上げだした。そうだった、朝潮示現流の呪いを封殺したなど息巻いていたが、最初の一回はこのように呪いにかかってしまう。その対象が師匠に及んでしまったのだ。敬愛する師匠に何という仕打ちを、許すまじ、朝潮示現流の呪い。
そうして、数十分後朝潮示現流の呪いが解けたのか、師匠は体制を元に戻し、決めポーズをとっていた。なぜか若干、自棄になっているようなそんな印象を受けたが、師匠がそんな心持で行動するはずもないのでどうやら私の気のせいだろう。まだまだ修行が足りない。こんなことでは、新しい朝潮示現流の模索など。
その時、はっとした。ダンケ仮面師匠がいるのならば、わたしの新しい朝潮示現流の形に知恵を授けてくれるのではないか。師匠の用事が終わり次第聞いてみようと心に誓った。もしかしたら、もうすでに朝潮示現流の進化についての考えを持っているのかもしれないのだから。
「で、そんな事はどうでもいいわ。その、プリンツという艦娘、朝潮に前聞いた時には朝潮示現流に似た拳法を使い、朝潮の兄弟子を名乗っていたそうね。事実かしら?」
叢雲がそう言った時に、わたしははっとした。そうだった、この前呉を襲撃に来ていた……と言う訳ではなく、なんというか襲撃者に合わせて夕立を逃がしていった艦娘、プリンツオイゲンはわたしの朝潮示現流と酷似した拳を使う。そのことに対してあれこれ考える前に、師匠に話を聞くことが速いだろう。
「本当なんですか師匠」
師匠は答えない。ただ少し間を置いたとゆっくりと口を開いた。
「少し昔の話をしましょう」
プリンツオイゲンは夕立を連れて日本外側にある小島の一つに帰投することが出来た。呉から夕立と元第15鎮守府の提督を連れ出す任務を与えられていた彼女は、呉に潜伏し、その機会を2か月ほど待っていたが、最大の障害となる熊本大将とその秘書艦の霞の不在を付き、その任務を成功させることが出来た。
彼女も、最初は熊本大将、それとその協力者であろう、夕立をとらえた作戦の首謀者であることが予測される綾瀬大将が潜伏している彼女らの仲間を一網打尽にするための策略ではないかと危惧していたが、鎮守府艦通しの砲撃戦やその過程での鎮守府艦の沈没といった現象からおとりにしては被害規模が大きすぎる事から、情報の信ぴょう性が保証されたと判断し、秘密裏に夕立と提督の奪還に成功したのだった。
しかし、そこで彼女は欲張ってしまった。霞不在の今が、彼女に与えられていたもう一つの指令、朝潮を生け捕りにするという命令である。これは、その為にグラーフ自らが赴き、切り札を二つも使用してもなお、成功させることが出来なかったものであり、そのことを成功させれば、彼女の組織内の地位を確固たるものとできると欲張ってしまった。
まさか、朝潮が敬愛するビスマルクの弟子であり、彼女の使うゲルマン式格闘術に類する拳法を使うなどとは夢にも思っていなかった。と同時に合点がいった。朝潮はプリンツオイゲンに対するカウンターとして呉に派遣されたのだと。
「ビスマルク姉さま……、なんという悲劇でしょう。あの敬愛するビスマルク姉さまが私に対して刺客を送り込むなんて、そうですよね。私の思いが受け入れられないとは、なんと悲劇的なことでしょう。そうは思いませんか? 夕立ちゃん」
基地につくなり芝居がかった言動を始めたプリンツに、夕立は不信感を募らせながらも、夕立は任務を失敗した身、彼女はそのしりぬぐいをしたという関係性から、あまり彼女に強くものを言えないことにいら立ちを感じていた。
「プリンツに対して、あのビスマルクが刺客を送り込むなんてこと本当にあるっぽい? 確かに、プリンツのダンケ式格闘術を止めるためには、同じような拳法を使うのが効果的かもしれない。でも、あのビスマルクはそんな事しないっぽい」
夕立はそう言った。そして、拳を合わせた朝潮も、私が兄弟子なら倒したくないとも言っていた。刺客として送り込んだにしては、言動が甘すぎる。プリンツは初めはその事に対してプリンツの心を揺さぶって隙を作るための策だと思い激昂したが、彼女が霞間に合ってこちらが絶体絶命の状態で、彼女を逃がしたときにそうではないと思い始めていた。
「朝潮、どうして私を逃がそうとするの? 確かに私は解放艦娘状態だけれど、君を追い続けながら熊手砲の弾丸をかわし続けることはできないんだよ?」
そう、プリンツが絶体絶命になった時に彼女を逃がすように霞に通信を送った時に、彼女にそう尋ねたのを覚えている。その時彼女は、
「確かに、わたしだけなら逃げることはたやすいでしょう。しかし、それをすれば、わたしよりも状況を飲み込めていない満潮たちが代わりにあなたに沈められてしまうでしょう。それはいけません。彼女はこの襲撃を防ぐために人一倍努力し、そしてそれが成し遂げられようとしているのです。そんな彼女が報われない。そんな事があっていいはずがありません」
その言動を聞き、プリンツ自身も彼女が刺客として送り込まれたのではないと思うようにはなったが、それにしては出来すぎていた。ビスマルクが才能のある異常艦娘を呉に送り込み、それに興味を持ったグラーフの仲間たちを倒させる。
それに、今回表舞台にプリンツが出てきたのは今回が初めてであり、彼女がグラーフの仲間になったと知っているのはビスマルクだけである。偶然というには状況証拠が整いすぎているのだった。そんな思考をしていると、グラーフが彼女をねぎらいに出向いてきた。
「ありがとう。プリンツ、君のおかげで夕立と提督を救出することが出来た。確かに、そのあと、朝潮に戦いを挑んだのは少し良くなかったかもしれないが、結果的には無事生還できて何よりだ。ゆっくり休息をとって貰いたい」
「ダンケ! そうよね。私も彼も働き詰めで疲れちゃった。少し休憩するわね」
そういいながら、彼女は彼女の艤装に取り付けてある箱を取り外し、それを撫でながら、自分の部屋に移動した。4日間稼働しっぱなしで、あまつさえ危機を脱するためとはいえ彼に解放まで強要してしまった。少し休ませなければならない。彼女は、箱を抱きかかえながら、ここに来るまでの昔話に思いをはせることにした。