ここは2014年のドイツの閑静な田舎町である。町を流れるライン川の景観は素晴らしく、かつては観光客でにぎわっていたが、1970年以降航空機が空から消失してからというもの、この町も観光客が激減し、かと言って移住が必要なほどさびれているわけでもない良い言い方をするならばかつての落ち着きを取り戻していた。
そんな、世界が止まったような田舎町がプリンツの故郷であり、彼女はそんなこの町が好きだった。その当時15歳だった彼女は町一番のカフェの一人娘、勉学の傍ら看板娘としてその仕事を手伝っていた。
世界の裏側である日本では深海棲艦という謎の化け物とそれを退治する艦娘という超兵器が争いを起こしているという噂を耳にしていたが、ヨーロッパにはその魔の手は当時進行しておらず、艦娘の存在も極東の巨大ロボットのような空想上のものとしてとらえられており、誰もそのことに対して真剣に捉えていなかった。
もし、彼らがもう少しそのことを真剣に捉えていたなら、日本の深海棲艦に対抗するための基地を作らせてほしいという要請をもう少し早く認可していたとしたら、この町の人間の5割がなくなるという事態は避けられたのだろうか。
深海棲艦の巣は原理は不明だが、太平洋に集中し、他の海にはほとんど発生しない。そのことが、ヨーロッパやアフリカ大陸の被害がそれまでほとんどなかった理由である。
しかし、物事には例外というものが存在した。季節の変わり目に年4回ほど発生したイベントと呼ばれる海のど真ん中に正体不明のかつての対戦の激戦区を模した地域をそのまま具現化したような島々や陸地が発生し、その周りに新種の深海棲艦が発生する現象が、たびたび起こっており、それは多くは太平洋のムー大陸があったとされる地域に発生することが大半である。
しかし、その季節は大西洋のアトランティス大陸があったとされる場所にそのイベントが、観測を初めて以来最初に発生したいわゆるアトランティスイベントが発生した季節だったのだ。
大西洋に発生した深海棲艦の巣はその容量を溢れ出させ、瞬く間にヨーロッパ、アフリカ大陸を飲み込み、その地域に壊滅的な人的被害を与えた。その規模は、最初に深海棲艦と人類が対峙したいわゆるファーストコンタクトと同等の規模と言われ、もし佐倉中将(現大将)が大本営の命令違反をしてまでヨーロッパまで遠征してイベントであふれた深海棲艦を押しとどめなければ、おそらく9割以上の人間の命が失われていただろう。
プリンツも故郷の町で明日も同じ平和な日が続くことを信じて疑わなかった。その日も休日を実家のカフェでディアンドルを着ながら給仕を行っていた。
「あ、○○! そんなに急いでどうしたの?」
その日、彼女の幼馴染の少年が勢いよく店のドアを開けて店に入ってきた。肩で息をしており、ここまで全力で走ってきたのだろう、プリンツは困惑していた。
そして、彼はプリンツを見つけるなり、彼女の手を掴むとその手を引っ張りながら大声で叫んだ。
「化け物だ!! 化け物が攻めてきた!! 早くここを出ないと、みんなやられてしまう」
店にいた人間は困惑していた。しかし、昼間からの閑静な休日を楽しむためにここを訪れた人間が大半だったので、また少年が新しい遊びを思いついたのかと、少年の話には取り合わなかった。そのため、店を出たのは少年とプリンツだけであった。
それが、彼らの生死を分けた。この町に近づきつつあった深海棲艦の第一射がこの町のシンボルである時計塔に突き刺さったのである。轟音とともに時計塔は崩れ、その近くにあった彼女の家兼喫茶店はぺしゃんこにつぶれてしまった。
彼女らも吹っ飛ばされて意識を失ったが、幸運にも瓦礫の間に挟まった状態で気絶したため、深海棲艦進行第一陣では運よく敵に見つかることはなかった。プリンツの両親、店の中にいた人たちの安否は今も死体すら分かっていない。
彼女が目を覚ますとあたりは地獄が広がっていた。素晴らしい景観の街並みは完ぺきに破壊されており、町のシンボルだった時計塔は蹂躙され見る影もない。彼女の目の前には、少し前に起きていた少年と、手元に落ちていたカードのようなものだけだった。プリンツは反射的になぜかポケットにしまった。
「あんまり声を出すなよ。この町を襲った化け物は、まだ近くにいるかもしれないんだ。あたりが暗くなったら隣町まで助けを呼んでくるから、君はここで待っていてほしい。約束できるね」
「いや! 私も一緒に行く。こんなところにいるほうが危険だよ」
その言葉に少年は少し困った顔をしたが、すぐに彼女に向き直り、怪物に出会っても、叫び声をあげたり、してはいけないし、もし見つかったら僕が時間を稼ぐから、その時は後ろを振り返らないこと。その事を彼女に約束させた。
夕闇に紛れ、町の入り口まで行くと、偶然無事な自転車を発見したので、少年はプリンツを乗せて自転車をこいだ。道中、彼女は少年にもたれかかり、
「前も君に自転車に乗せてもらったことあったっけ、たしか、道で転んだ時に通りがかった君が私を自転車に乗せて家まで連れて行ってくれたんだったよね。あの時は、お母さん心配してたな」
そこまで話した後、彼女はあの爆発の瞬間、自宅に両親がいたこと、そして、起きた時には建物が完璧につぶれていたことを思い出した。そして、そのことに対して少年が全く彼女に話さないことから、おそらく少年は事前にその建物の下を確認していたのだろう……。彼女お目から涙があふれだしてきた。
「ごめん。少しの間背中借りるわね」
「うん」
少年は、彼女に対して何もかける言葉を持ち合わせていなかった。
隣町も、彼らの故郷と同じく瓦礫の山が広がっていたが、彼らの町を滅ぼした深海棲艦が一体残っていた。生き残った人間を拾い上げ、それに対して口から何か注射針のお化けのようなものを差し込んでいる。
「やめ!! がぁぁぁぁ!!!」
それを差し込まれた男は痙攣し、すさまじいうめき声をあげると、体が塵のようになって消滅したのだった。その光景を物陰で見ていたプリンツは、それに対して悲鳴を上げてしまった。
少年がプリンツの口を押えるがもう遅かった。敵はこちらに向けて体をゆっくりとむけてくる。少年はプリンツの肩を抱いた。
「僕が時間を稼いでいる間に、君は逃げてほしい」
そう言うと少年は落ちていた木の棒を握り、物陰から姿を現した。
「やい。化け物!! 町をめちゃくちゃにしやがって!! この僕が相手だ!!」
プリンツはそんな彼を止めようとしたが、足が動かない。化け物はその光景をニタニタと観察しながら、先ほどの注射針のお化けのようなものを少年に向けていた。そして、……プリンツは神様に祈った。その時である。
「最後まであがいたものにこそ、救いは訪れる!! 頑張ったわね!! 少年」
そんな声が聞こえたかと思うと、一人の女性が、はるか上空から降ってきたかと思うと目の前にいた化け物が爆散した。二人があっけにとられていると、彼女は二人のほうを向き、自身の胸に手を当てた。全身のぴっちりのスーツと短いスカートはかつて昔見たアメリカあたりのヒーローを思わせるような風貌、そして、軍艦を模した機械を背中に背負っている。
「私は、戦艦ビスマルク! 艦娘と呼ばれる存在よ」
二人があっけにとられて何も答えられないでいると、彼女はプリンツのポケットに入っているカードが光っているのを発見した。彼女はプリンツのポケットをまさぐり、カードを取り出す。そのカードには先ほどまでには何も書かれていなかったはずであるが、絵柄と名前が書かれていた。絵柄のほうには、わたしがビスマルクと呼ばれた女性と同じような軍艦を模した機械を背負っている姿が描かれており、上のほうにはプリンツオイゲンと書かれていた。
「驚いた。君、私と同じように艦娘の素質があるようね。いいわ、力の使い方を教えてあげる。その前に、少年。これを持って艤装展開と言いなさい」
少年はビスマルクにカードを渡されると、彼女の言う通り艤装展開と言った。すると、プリンツの服がはじけ飛び、絵柄に書かれた私と同じような服装となり、背中には船を模した機械が現れた。
「なるほど、もしもと思ったけれど、少年のほうには、提督の素質があるようね。二人にお願いがあるわ。私とともにこの国を救ってちょうだい」
ビスマルクはそう言って手を差し出した。彼らは全く状況は呑み込めなかったが、故郷をめちゃくちゃにした敵に一矢報いることが出来るのならばと、互いを一瞥してアイコンタクトを取った後、彼女の手を取った。