ビスマルクがプリンツを助けた時間から半日ほど前彼女はヨーロッパ連合の軍総司令部の一室に待機していた。彼女の父親はヨーロッパ連合艦隊司令官であり、ヨーロッパ全域に深海棲艦の群れが近寄ってきているという情報を掴んでいた。彼らは深海棲艦という存在が、想像を絶するほど危険な存在であり、既存兵器で破壊しても大体3時間もあれば元の姿に再生する恐るべき侵略生命体であることを聞かされており、何度も極東にそれに対抗できる兵器、艦娘を駐在できるように要請していた。
が、それに対する条件は到底ヨーロッパ連合では受け入れられるものではなかった。ゆえに、彼らは粘り強く交渉し、妥協点を模索していたのだったが、ついに、深海棲艦がヨーロッパに侵攻する事態に発展してしまったのだった。
その事に対して、ヨーロッパ連合では当初の条件をのむという決定がなされ、不本意ではあるがそのことでヨーロッパ全滅という危機は去ったかに思われた。しかし、彼らはさらに要求を釣り上げてきたのである。そう、もともと彼らを助ける気などなかったのだ。
その為、ヨーロッパ連合は現存する全艦隊をかき集め、深海棲艦の群れに攻撃を加えていた。それが時間稼ぎでしかないとしても、なるべく内陸まで民間人を逃がす。こうして、民間人を一通り沿岸から逃がしたが、予想外の事態が起こった。いや、予測自体はしていたが、そうなればどうしようもないので、考えないようにしていたことだったが、やつらは川をさかのぼり、内陸まで進攻してきたのである。
例え、山奥に隠れ進攻をやり過ごしたとしても、川が汚染されてしまえば、食物が取れなくなり、結果ヨーロッパは全滅してしまう。そのため、ビスマルクの父は頭を抱えていたのだった。
「お父様、この世界は一体どうなってしまうのですか? 極東に対しての交渉はうまくいったんですわよね」
ビスマルクは会議をしているはずの父のいる部屋のドアを開けたが、書類が散乱しており、父以外の人間は誰もいない。当時19歳だった彼女でも、交渉がうまくいかなかったことは明白であったが、彼女は祈るようにそう尋ねた。
これまで、時間稼ぎのために多くの軍艦兵士の命が失われており、彼らが命をなげうったのは、極東から艦娘が派遣されれば、彼らの故郷を守ってくれる。その希望が失われていなかったからである。しかし、現実はこの通りだった。
「おお、愛する我が娘よ。すまない。交渉は絶望的だ。奴らめ、端から我々を助ける気などなかったのだ。車は手配しておいた。絶望的ではあるが、父さんは必ずこの交渉を成立させてお前を迎えに行く。だから待っていてくれないか」
ビスマルクの父は彼女に対して優しい目を向けてきた。父は約束を守れないときにはいつもそんな顔をする。今回も、何とか彼女だけでも逃がそうと咲いてくれていたのだが、
「いや、お父様。私もここに残ります。かつてのドイツの文豪ゲーテも言っていました。自分を信じるだけでいい。そうすれば生きる道が見えてくる。ここで、皆を信じられず、一人逃げ出したのならば、きっと神は私の命を救いはしないでしょう。きっとどうにかする方法がある。その方法を私も考えます」
ビスマルクはそう言って、この場を動こうとはしなかった。彼女はそんなとき、ふと5年ほど前の幼少期のことを思い出していた。父の仕事の関係上1年だけ極東のある街に住んでいたのだったが、その時仲良くなった少年のことを、
日本という慣れない環境で回りになじめずに衝突していた彼女に対していろいろと世話を焼いてくれた少年に、彼女は幼いながら、恋心のようなものを感じていた。別れ際彼に対して、ドイツに来て私を娶ってほしいと、ドイツ語でぼそりつぶやいた後去ったのは、今でも彼女にとっての黒歴史である。
そんな彼が、颯爽と現れてこの危機を脱してくれるなどと言う妄想に一瞬ふけったが、そんな事はあるはずもなかった。彼は私と同じ年齢なのだ。そんな時である。各地で侵攻している深海棲艦の群れが、何者かによって続々と破壊されているという情報だった。
「お久しぶりです。おじさん」
深海棲艦を退けた艦隊の司令官を名乗る人物が2時間後に彼らのもとにあいさつに来た。その傍には14歳くらいの下手すればもっと幼い少女二人が、セーラー服を着ていた。これが、噂の艦娘というやつなのだろうか?
そして、その司令官を名乗る少年にビスマルクとその父には見覚えがあった。彼は、先ほど思い出していた少年だったのだった。
「君は……佐倉中将だったね。支援要請感謝する。しかしどうして、交渉は決裂したも同然という認識だったが?」
その事に対して、佐倉中将は何も答えない。答えないというのは正確ではないなんというか、言葉を選んでいるというかそんな認識だった。そんな中、
「司令官さん、大本営の命令を無視してここに助けに来たのです。ここから帰ったら、多分もう中将でも司令官さんでもない可能性があるのです」
と言う衝撃的な発言が聞こえてきた。
「ちょっと! 電、そんなこと言わなくてもいいでしょう? 司令官がどのくらい向こう見ずで許されないことしたかは、あれだけれど、結果的にこうして救われた人がいるんだから、そんな言い方ってないわよ」
その二人の発言を聞いて佐倉中将は苦笑している。
「と言う事です。なんというか、ここまで命令違反してしまえば、処罰されることには変わりはありません。こうなればとことん、深海棲艦を潰してしまいましょう」
こうして、ヨーロッパ全域に佐倉中将の艦隊が派遣され、半日ほどで各地の深海棲艦は駆逐されたのだった。その最中に、ビスマルクは佐倉中将のもとに向った。
「ねえ、どうして危ない橋を渡ってここを救ってくれたの? 多分、あなたの上司の考え的にはヨーロッパ連合なんて組織が壊滅した後、柵がなくなった状態でゆっくりとここを救えばよかったと思っているはずよ」
「それは、幼い君との約束を果たすため。ここに来たんだ」
その瞬間、ビスマルクの顔から火が出た。
「あ、ああああアナタ、あの日に私が言ったこと覚えていた。ていうかドイツ語で言ったはずだったのに……」
その時、ビスマルクのポケットから何か厚紙のようなものが落ちた。それを拾い上げると、ビスマルクがぴっちりとしたスーツに戦艦を模したような機械を背中に背負い、上部にビスマルクと書かれたカードだった。
「ビスマルク、艤装展開」
彼がそういうと、ビスマルクの服がはじけ飛び、カードに書かれたような姿に変化してしまったのだった。ビスマルクは困惑しながら、自身の変化に驚いていた。
「フロイライン……君も艦娘としての素養があったんだ。驚いたな」
佐倉中将が驚いたが、ビスマルクはそのことに対して驚きよりもうれしさのほうが勝っていた。これで守られてばかりではなく、彼女も自らの故郷を守ることが出来る。そんな中、艦娘が一人部屋の中に入ってきた。
「大変なのです。ライン川上流に深海棲艦の反応を感知したのです。だれか向える艦娘はいませんか!?」
その答えは決まっていた。
「このビスマルクに任せなさい。佐倉中将、あなたのビスマルクが、その深海棲艦を倒してきてあげるわ」
そう言って、ビスマルクは艤装を全力で吹かすと、上空に飛び上がり、ライン川上空まで上空から向かった。あとで聞いた話ではあるが、艦娘の艤装は全力で吹かしても空を飛ぶことは出来ない。ビスマルクは艦娘の中でも特殊な艦娘であることが後々知らされることになった。