やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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最高のプレゼントを君に

「ふぅ、話しつかれたわ。一息つきましょうか?」

 

 

「なるほど、師匠の見立てではその時にプリンツさんに異常が発言したと?」

 

 

「ええ、通常の艦娘と解放艦娘の力はとてつもなく大きいことは、深海棲艦type-γと戦った経験のある貴方なら分かっているでしょう? あれに対してのカウンターとしての機能である艦娘の切り札が、拳法一つ程度の優位性で覆るなんてことありえないわ。となると、それ以外の何かがあったと考えられるわ」

 

 

 師匠は頷き、私は感心した。

 

 

「しかし、そのプリンツとその提督は佐倉大将のところでかなり厳しい修行をやらされていたみたいね。確かに彼らにはたぐいまれな才能と、土壇場で異常を発現し危機を脱する運も備えている。……ダンケ仮面、私には何が起こったのか分かったわ。彼、中てられてしまったんでしょう」

 

 

 叢雲の言葉に、師匠は目を反らす。そして、窓の方を向きため息をついた。そして、頭を数度掻いた後、叢雲のほうに向きなおった。師匠があんなにも動揺しているのは見たことがない。叢雲は一体何を言ったのだろうか。

 

 

「ええ、あなたの言う通りよ。解放艦娘に対して一撃を入れれるだけのすさまじい異常、その異常が強すぎて、その異常を発現していた時につながっていた彼女の提督はその影響をもろに受けて、2時間ほどしか艦隊運用できないようになってしまったの。しかし、それは一時的なこと、いずれは慣れて異常艦娘が異常を発現しても耐えられるようになるわ」

 

 

 その現象に、朝潮は心当たりがあった。満潮と第4鎮守府副官の関係がそうである。しかし、叢雲は一体何が言いたいのか何がわかってしまったのか見当もつかない。

 

 

「ビスマルク、あなたはいや、佐倉大将は長門と彼女が攫った提督の卵たちの調査を行うために鎮守府に別の提督を招き入れたでしょう。そして、そいつがプリンツの提督を糾弾したのでしょう。彼の艦隊運用時間が17歳以前の水準に戻ったことでね」

 

 

 叢雲の発言を聞いて朝潮はハッとした。今まで問題ないとされていた艦隊運用能力がある日突然極端に低下したとなれば、異常の発現と言う原因が分からなかった以上、提督本人の問題であると思っても不思議ではない。

 

 

 

「あの日、この『覆水を盆に返す(リアリティ=リムーバー)』を手に入れた時、正直私は浮かれていたの、もしかしたらビスマルク姉さまにも匹敵する力を手に入れられるんじゃないかって」

 

 

 プリンツは自身の持っている箱を抱きながら、回想を始めた。

 

 

「俺……もしかしたら、提督をやめなきゃならないかもしれないんだ」

 

 

 大事な話があると、鎮守府の大きな木の前に呼び出されたプリンツを待っていたのはそんな言葉だった。お互い18になり、少し大きめの事件も解決した。であれば、幼馴染と言う宙ぶらりんな関係性を一歩進めてもいい時期に差し掛かったと思っていた矢先に呼び出されたので、どの程度の事を言われるのかドキドキしながら向かって言われたのがその言葉であった。

 

 

「いい、前も言ったけれど、私はビスマルク姉さまのようにすごい艦娘になるの。そのために努力してきた。提督も同じ気持ちでしょう?」

 

 

 いつもはそう言うと頷いてくれるのに、提督は答えない。何を言われたのか問い詰めると、艦隊運用時間が2時間程度に短くなり、それを超えると急に体調を崩す。そもそも、艦隊運用中に原因不明の吐き気や倦怠感が襲い、まともな艦隊運用が出来ない。こんな君がここにいられるのはプリンツが人間から直接艦娘になった稀有な例であり、彼女の意向で残っているだけだ。能力を評価されての事ではないと。

 

 

「君は俺なんか忘れて、守府のもっと優秀な提督の元で力を発揮するべきなんだ。分かってくれるかい?」

 

 

 プリンツは答えない。彼女はその時に、彼女の言動が彼に対して重くのしかかっていた事に気が付いた。

 

 

「提督、子供のころの事覚えている。私にはすごく大切な人がいるの。彼はいつでも一緒にいてくれて、私が転んだときは自転車で家まで送ってくれたり、深海棲艦襲撃の時には彼がお店に入って連れ出してくれなかったら、今の私はここにはいない。

 

 

 そして、私はそんな貴方のパートナとしてここにいる。ビスマルク姉さまのような艦娘になりたいというのはもちろん大切だけれど、一番は貴方の隣にいることだよ。そのためには、このプリンツオイゲンはどんなわがままも通そうとするし、もしそれがかなわないなら貴方の艦娘をやめて貴方の隣にいます」

 

 

 こうして、私たちはもし、軍を離れたら何をするかの妄想を始めた。幸い蓄えはある程度あったので、以前と同じようにどこかで喫茶店でも始めるといいかもしれない。深海棲艦の届かない内陸で、穏やかで幸せな日々を……。

 

 

 そして、そんな日々を妄想していると、彼は私の唇に口づけをしてきた。

 

 

「ごめん。でも、提督はやめないよ。その人が言うには俺みたいな提督としての力が足りない人間でも提督をつづけるためのそんな装置があるらしいんだ。それの被検体になる。そのための勇気を貰いたかった」

 

 

 それだけ言うと、彼は手を振りながらその場を後にした。

 

 

 

 ビスマルクの元にプリンツから電話がかかってきたとき、何事かと思っていたが、『提督に呼び出されて、口づけしたんです。これって、もう恋人同士ってことですよね』と言うやたら高いテンションで話してきたので、一通り話を聞いた後、おめでとうと一言言って電話を切った。

 

 

 それは本来喜ばしいことであるが、彼女の事を祝福できる精神状態にはなかった。ビスマルクはこのヨーロッパ全土に蔓延していたある犯罪行為を突き止めてしまったのである。そして、それが軍全体で組織ぐるみで行われ、グラーフの信奉者、少なくとも長門たちはそれを止めるために行動していたことも突き止めた。

 

 

 提督の卵たちは保護され、長門たちは解体されるところをすんでのところで助け出し、情報を聞き出している最中である。一体何人の提督が加担しており、何人が犠牲になっているのかも、そもそも、この国の『提督』が本当は何人いるかも分からない。

 

 

 昔、綾瀬大将と話をしたときに、こんな話題が上がった。『日本の提督の多くが10代から20台に集中しており、高齢の提督は少ないが、そちらでは60代までの提督が多数に存在している何ならその方が多いくらいだ。その矛盾を調査した方がいいのではないか』と、彼女と佐倉大将は過去のいざこざから犬猿の仲であり、嫌がらせでそんな事を言ってきたのかと思っていたが、その時大々的に調査すればよかったと彼女は心の底から後悔した。

 

 

 更に後悔したのは、この時プリンツの話をしっかりと聞いていれば、後の悲劇は防げたことにある。

 

 

 

 プリンツは鎮守府の隅にある一室に呼び出された。なんでも、艦娘の艦隊運用を補助する艤装を取り付けたいらしい。提督の口ぶりでは改造するのは提督の方ではなかったのかと少し疑問に思いながらもその場に急いだ。中には佐倉大将が派遣した提督の補佐をする男だった。

 

 

「私は貴方が嫌いです。私の提督に酷いことを言って」

 

 

 その言葉を聞いて、その男は顔を少しゆがませたが、元の表情に戻り、艤装の説明を始めた。机の上に無造作に置かれたボックスと呼ばれた箱は、その艦娘に取り付けると、その艦娘に対して提督の力がかかった状態にすることが出来、結果提督の力の補助が出来るという説明がなされた。

 

 

 プリンツは男に促され艤装を取り付けると、全身に提督の力と同質のエネルギーを感じ取ることが出来た。なるほど、補助装置と聞いた時にはある程度の効果しか期待していなかったが、ほとんどこれだけでも問題ない。これがあれば、提督は提督を続けられる。

 

 

「ありがとうございます。正直あんまり期待していなかったのですが、提督にこれなら問題なく艦隊運用できると言えます」

 

 

 プリンツは男に一礼した。それを聞いて、男は顔をゆがませ、邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

「そうか。それを聞いて。君の提督も喜んでいると思うよ。君の提督でいたかった彼の願いをかなえることが出来てうれしく思うよ。そんな姿になってまで不良品でしたと言うのはさすがに彼も浮かばれないからね」

 

 

 どういう事? そう思考する前に、男はリモコンを取り出しスイッチを押した。プリンツの体がまるで何かに締め付けられるように、動かない。男は邪悪な笑みを浮かべながら自身のズボンを下した。

 

 

「ボックスを使うときは被検体の艦娘には逆らえないように、こうするのが決まりでね」

 

 

 プリンツは数秒後に訪れる自分の未来に恐怖しパニックになった。

 

 

 

 綾瀬大将の元に一本の電話が鳴り響いた。それは佐倉大将からの元で、彼女は彼が嫌いだったので無視してやろうかとも思ったが、そんな彼が彼女に電話をかけてくるのは決まって最悪の状況であるので、仕方なく電話をとることにした。

 

 

「やあやあ、欧州艦隊司令長官の君が一体何の用かな? 佐倉、手短に話してもらおうか?」

 

 

「綾瀬大将。わたし、ビスマルクよ」

 

 

「なんだ君か? 話してくれ。要件は手短に」

 

 

 彼女からの話を要約すると、欧州の提督たちはほとんどが、提督の力を持たない一般人であり、それを補うためにボックスと言う艤装を使用している。ボックスとは、生きた提督に大量の『ウロニウム』を注入し、脳を艤装化したものを艦娘に組み込めるように改造したものである。提督を『艦娘に提督の力を与えるだけの装置』に変えるものである。

 

 

 倫理的問題から日本では製造使用が禁止されており、それが施されたのは綾瀬大将の父親である『アドミラルレクター』が、処罰されたときに彼の頭脳を後世に残すために施されたのが最初で最後である。

 

 

 そして、押し入ったボックス製造工場からウロニウムを過剰投与されて脳みそを抜かれた子供の死体が数十体とおびただしい量のボックスが押収され、保護で来た子供の数はたった数人だけだった。その事に対して心を痛め、何とか彼らを元の人間に戻る術がないかと藁にもすがる気持ちで電話をかけてきたようだった。

 

 

「残念ながら、そんな方法はない」

 

 

 綾瀬大将はそう言う事しかできなかった。

 

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