やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

60 / 62
決別

 日が明けると佐倉大将による大規模な鎮守府狩りが行われていた。欧州内にあるすべての鎮守府に対して彼の艦娘が差し向けられ、ボックスを使用したと判断された提督は即座に拘束された。彼らが鎮守府狩りを命じてから僅か6時間で310個のボックスが改修され、ボックスを使用していないことが確認された15の鎮守府では大規模な配置換えが行われたのだった。

 

 

「驚いたな。貴女から本気でボックス狩りを行うと聞いた時には、少なくとも数週間はかかると予想していたが、まさか半日足らずで終わるとは」

 

 

「あなたのおかげよ。長門」

 

 

 先日、プリンツと死闘を演じていた長門はビスマルクに呼ばれ佐倉大将の元に召喚されていた。そこには提督たちから押収したボックスが山のように積まれており、その横でビスマルクは簡素な椅子に座りながら彼女のほの方を向いている。

 

 

 長門はプリンツに敗北し拘束された後、尋問された際にボックスを使用している疑いのある提督とボックスが組み込まれているであろう艦娘のリストを作成しており、それをもとに初雪と接触していた。

 

 

 そして、そのリストをもとに佐倉大将は迅速に提督たちからボックスを回収することが出来たのだった。しかし、大規模な犯罪を撲滅したというのに、ビスマルクは浮かない顔をしていた。長門は雰囲気を変えるためにも話題を反らそうとした。

 

 

「そういえば、私と戦ったプリンツとその提督は確かここの所属と聞いていたが、彼らはどうしているんだ? できれば彼らのような前途ある子たちには今回の一件はなるべく耳に入れないほうがいいと思うんだが?」

 

 

 長門がそんな事を言った瞬間、彼女の首が落ちた。いや、実際にはそんな事はないのだが、ビスマルクから身の毛もよだつような殺気を浴びせられ、彼女は反射的に自身の首がまだ体についているか反射的に確認した。

 

 

 しかし、殺気を感じたのも一瞬で、彼女は目をそらし、「ああ、そういえば言っていなかったわね」とぼそりとつぶやいた。そして、ビスマルクは口を開いた。

 

 

 長門は、なぜ佐倉大将がボックス狩りを行ったのか、理解した。

 

 

「……」

 

 

 長門は何も答えられなかった。二人の間に数秒の沈黙が流れるが、それは部屋に入ってきた一人の少年に破られることとなった。

 

 

「長門お姉ちゃん!! 会いたかったよ!!」

 

 

 その少年は、プリンツと長門が死闘を行った際に、彼女を解放させた提督の卵であり、彼女を拘束した際に別館にて匿っていたのであるが、今回用があってビスマルクが呼んだのだった。少年は長門に人目もはばからず抱き着き、彼女も目を丸くしていた。プリンツと対峙し敗北した後、彼が長門を解放出来ることが知られてしまった今となっては彼女が長門を少年に合わせることはないだろうと考えていた。

 

 

「一体なんで?」

 

 

「長門お姉ちゃん? どうしたの?」

 

 

「いや。すまない、今生の別れだと思っていたんだが、もう一度会えることになるとは思っていなかったんだ」

 

 

「ぼくね、さくらたいしょうに言われて、ていとくのお仕事のお手伝いをするんだ。長門も一緒だって」

 

 

 と言う信じられない言葉が少年の口から発せられ、彼女はビスマルクの方を向き直った。一体何のつもりだと彼女に問いただす前に彼女は口を開いた。

 

 

「今回、佐倉大将は大規模なボックス狩りを実行したけれど、今回押収したボックスを悪用すれば人手不足の解消と彼の息のかかったものを大量に提督にする事が出来るわよね。それをさせないために、大将の手元に私と敵対していた人員を置いておき、私達を監視させることが適任であると、彼はそう考えているわ。その任務をあなた達にお願いしたい」

 

 

 今回の事で彼女らは教訓を得ていた。力を持った人間は自身の地位や力を守るためならどんな残酷非道な行いでも自身に都合よく解釈する。佐倉大将自身もそうならないために、敵である長門にそれを監視させようというのだった。しかし、そうであるなら。

 

 

「了解した。出来うる限り私たちはあなた方の敵として、あなたのその想像が現実にならないように注視しよう。しかし、そうであるなら、他に適任者がいるのではないか? この鎮守府のプリンツは提督をボックスに変えられている。彼女にボックスを回収しない特例を与えることで今言った任務を命じることが出来るのではないのか? どうせ、プリンツのボックスは回収せずにそのままにしておくつもりだったんだろう?」

 

 

 しかし、ビスマルクは答えない。無言で立ち上がり、部屋を出ていく、その時に長門にぼそりと、

 

 

「ボックスはすべて回収するわ。そこに例外はあってはならない。そうでなければ、他に示しがつかない」

 

 

 

 りんごを空中に放る。受け止める。放る、受け止める。プリンツは一日中そればかり繰り返していた。昨日、彼女は部屋に入ってきたグラーフの手を取り、そして、放した。

 

 

「私の気持ちとしては私はその手を取りたい。でも、ビスマルク姉さまを信じたい。だから、その手を取ることは出来ません」

 

 

 それを聞くとグラーフは部屋から出て行った。もし、その手を取って彼女についていったら、どうなっていただろうか。そんな事を、一日中考えていた。仰向けに寝そべりながら、リンゴを放り、それを受け止め、また放り投げる。

 

 

 そんな風に一日を過ごしていると、ドアがノックされ、ビスマルクの「入るわよ」と言う声が聞こえてきた。それに返答すると、彼女はゆっくりとドアを開けた。

 

 

「ビスマルク姉さま。遅かったですね」

 

 

「ええ、プリンツ。今日の朝からヨーロッパ全土の鎮守府を調査して、ボックスを使用していた提督を全員拘束し終わったわ」

 

 

「さすがビスマルク姉さま」

 

 

 プリンツはビスマルクのその超常的な力と佐倉大将の手際の良さに驚愕していた。まさか、昨日の今日で問題が解決するとは彼女も思っていなかったのである。故に、昨日言っていた彼女の提督はどうにもならないという言葉は真実であることが実感できた。

 

 

「そして、プリンツ。許して、あなたからもボックスを取り上げなければならないの。ボックスは少なくともこのヨーロッパでは使う事を許さない。もし、あなたと言う例外を作ってしまえば、人手不足を理由に、ボックスを使う事を容認する風潮に反対することが難しくなる」

 

 

 プリンツは立ち上がり、窓の方に移動しながら「はい。ビスマルク姉さまの言いたいことは分かります」と言うと、彼女はほっと胸をなでおろしたようだった。

 

 

「分かってくれたようね。大丈夫、絶対に悪用されたり廃棄されたりさせない。少年の遺品ともいえるそれを、誰にも冒涜させない。そして、彼と同じような犠牲者がこれ以上でないようにする。そのためには、ボックスをあなたに預けたままにすることは出来ないの」

 

 

 そう、ビスマルク姉さまはそんな人だ。気高く強く、そして……私とは違って、私の提督がボックスに変えられたことを死と認識できる。過去にできる、そして、それを教訓にして、新たな犠牲者が出ないように考えられる。私はそうではない。

 

 

 ビルマルク姉さまは私の提督の仇を取り、彼らがほかの人間に食い物にされないように、精いっぱい考えてくれている。しかし、それは私にはどうだっていい。私は、窓のふちに座った。

 

 

「理解はしましたが、彼を奪う事を容認は出来ません。さようなら、ビスマルク姉さま」

 

 

 プリンツはそう言って窓から身を投げた。ビスマルクはそれを見て窓から飛び出し、落ちていくプリンツに向って腕を伸ばす。

 

 

「プリンツ!! 貴女一体何をやっているの!!」

 

 

 彼女がプリンツをつかみ取る瞬間、プリンツは目を閉じた。

 

 

「覆水を盆に返す(リアリティー=リムーバー)」

 

 

 彼女がそう言うと、ビスマルクとプリンツは重力に逆らい、窓のふちに急速に撒き戻るように浮かび上がり、そして、彼女が窓枠に座った時にいた位置に戻ると、ビスマルクはまた再び窓枠から外に飛び出していった。プリンツはそれを確認した後、ゆっくりとドアから部屋を後にするのだった。

 

 

 

「プリンツ……一体?」

 

 

 ビスマルクは困惑していた。2年間の暮らしの中で、彼女を慕うプリンツなら、彼女の考えを理解してくれると信じていた。ボックスを取り上げた艦娘たちから、助けたはずの彼女達からビスマルクは非難を浴びていた。

 

 

 私達から提督を奪わないで、提督は人々を守るためにこんな姿になることを選んだの。そんな彼の意思を踏みにじることをしないで、そう言った言葉は彼女を苦しめた。ボックスを利用して、不当にその力を搾取する人々から彼らの提督を解放したのだ。感謝されるとは思っていなかったが、ほとんどすべての艦娘から非難されるとは思っていなかった。

 

 

 プリンツは彼女達とは違う。私の考えに納得してくれて、今回の事件を教訓に今後はこんなことが行われないように協力してくれる。そう信じていた。まさか、窓の外から身を投げるとは、そして、彼女をつかみ取ろうとした瞬間、彼女はまるでそれが幻だったかのように彼女の手からすり抜けたのだった。

 

 

「プリンツ!! どこ!!? 出てきなさい!!」

 

 

 彼女は、あたりを見渡す。彼女のこの現象には心当たりがある。彼女は解放艦娘と化した長門から、勝利した経験があることを知っている。そして今回の件、プリンツはどのタイミングかは知らないが、異常艦娘になったのだろう。異常の正体は恐らく幻影を見せる事、長門の時は恐らく敵との距離を誤認させて先に拳を当てたのだろう。

 

 

 今回も恐らく、窓から飛び降りると誤認させて、窓から水平方向に跳んで、遠くに逃げたのだろう。そう推測した。そんなには遠くには行けないはず、ビスマルクは飛び上がり、プリンツを探した。

 

 

 

 プリンツは、故郷の町に戻っていた。深海棲艦に破壊され、住人が残っていないその町を彼との思い出を胸にゆっくりと歩く。学校や公園、商店街、それを思い出しながらゆっくりと、そして、自分の家だった場所にたどり着いた。

 

 

「待っていた。君ならここに来ると思っていた。もう一度問う、私達とこないか?」

 

 

 プリンツは彼女の手を握った。今度はそれを離さなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。