やがて僕は荒潮に呑まれる   作:ANMC

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新たな戦い

グラーフはこちらを一瞥した後、上空に向かって飛行を始めようとする。

 

「敵味方の識別センサーがいじられて、砲がロックされたんだ。残念ながら、解除するには10分程度時間がかかる……残念だが」

 

「識別センサーをいじるか……過去に彼女が我々と対峙したときに、そんな手を使った記録はなかったはずだが、これから対策をしておこう。しかし、危なかったな。もし、艦載機の攻撃能力を失わせていなければ、全員倒されていたところだった。それだけでも、幸運だった。そう思うことにしよう」

 

 と言う綾瀬大将の言葉と共に、彼女の連合艦隊は解かれ、再び陽炎たちの姿は提督同士の干渉によって見えなくなった。

 

「残念ね……。朝潮姉さん。肩を貸すわよ」

 

 満潮も中破して運動能力がそがれているが、万が一の伏兵に備える意味でも、艤装の展開を止めるわけにもいかず、わたし達は二人三脚で鎮守府に帰っていった。綾瀬大将は依然として私の艤装に捕まっている。

 

 後で聞いた話だが、陽炎は黒潮を鎮守府に戻して、あたりを散策して伏兵がいないか確認してくれたらしく、わたし達は何の問題もなく鎮守府に戻る事が出来た。

 

 そして、旗艦の引継ぎ後、わたし達はドックに艤装を預けて治るまでの間暇が出来たが、司令官たちは他の司令官と10万体の深海棲艦に対しての攻撃にてんやわんやになっている。しばらくすると、熊本大将の鎮守府の方からたびたび轟音が聞こえてくる。

 

「こんな緊急事態だからね。熊手も二度と使うことはないと言っていた熊手砲を使っているようだね。なら、しばらくは安心だ。少なくとも、キミの艤装が治るまでの間に泊地に深海棲艦がたどり着くことはないだろう」

 

 綾瀬大将はそう説明してくれた。おそらく熊手砲とは第1鎮守府の屋上にある巨砲の事だろう。前に阿武隈に聞いたほら話が事実だとまったく思っていないが、多少なりとは数を減らせるものだろう。

 

 わたしの艤装に乗って鎮守府に保護された綾瀬大将は、今回のグラーフの件でわたし満潮と司令官と共に第1鎮守府に状況説明に呼ばれているが、あくまでそれは10万体の深海棲艦の脅威を退けたら、の話である。

 

 その間、彼女はわたし部屋で待機を希望し、それを司令官が承認した形となる。因みに、部屋の周りには数隻の戦艦空母があたりを警戒しており、万が一グラーフが戻ってきてここを奇襲したとしても対応できるようにしてある。

 

「単独で泊地全体を守っていたとかいうアレですか? 眉唾物ですが、まあ、期待しないで待っていましょう。正直、今のわたしに出来ることは、疲労を回復する事だけです。中世の文豪、ゲーテは言いました。休息する時間がなければ継続は出来ない。10万体の深海棲艦を倒すために、休めるときに休んでおきましょう」

 

 そう言って、眠ろうとした時に、満潮が部屋の隅で何かぼぅっとしているのを確認したので、彼女に声をかけてみることにした。

 

「おかしいですね満潮。いつもなら、知らないけれど、ゲーテはそんな事言っていないんでしょう。前言ったゲーテの名言と大体真逆の事を言っているじゃない。とか言うはずなのに、疲れているんですか?」

 

 それを聞いて満潮は嘆息した。

 

「客観的にはおかしいのは朝潮姉さんの方だと思うけれど、でもそうね。すこし、……怖くなったの」

 

「怖いですか?」

 

「そう、私達は深海棲艦と戦うときに、ダメージを艤装がほとんど肩代わりしてくれる。いわば、安全地帯からそれらを駆除していたの。そんな日々の戦いで敵に打撃さえ与え続ければ泊地の人たちを守れる。でも、実際は違った」

 

 敵の艦載機が簡単に人間の命を奪う。たった1隻敵に侵入されただけで数秒のうちに十数人の人間が物言わぬ肉の塊に変えられた。しかもそれは敵の標的が彼女らではないにもかかわらずそうなったのである。

 

「イレギュラーはある日突然に起こる。でも、私達に敗北は許されない。たった1隻泊地に侵入されただけで、私達の守るべきものは簡単に壊される。それを実感してしまったの」

 

 今回はある艦娘の異常と言う理不尽によってそれがなされてしまった訳であるが、これからもそう言った異常事態が起こらないとは限らない。それが起こった時に、また罪もない人々の血が流れる。それが怖くて仕方ない。そう彼女は続けた。

 

「なるほど、考えた事もありませんでした。うーん」

 

 正直、防衛を艦娘に依存している以上、それが失敗したときのリスクは当然背負うべきものだと思っていたが、そう言った思考も視野を広げるという意味では必要かなと、そんな事を考えていた。

 

「朝潮姉さんは怖くないの?」

 

「はい。わたしは朝潮として生きる。それが、わたしの生きる意味です。その使命の中には深海棲艦から人間を守る事も含まれていますが、使命を全うしてもなお、わたしだけの力だけではどうにもならない事柄は存在します」

 

 朝潮として生きる事すら許されなかった2年間が、満潮や他の艦娘と考えを決定的に変えた一因だろう。彼女らは当たり前のように彼女らとして生き、そのうえで、自分にできる許される範囲を広げていった結果、理不尽な事象に対しても、そのうえで成功できるか不安などと口走っているのである。

 

「まずは、そう言ったイレギュラーな事態に陥ったらどうしようと思考するより、日々の戦いの中で、力をつけるのが一番です。満潮、あなたは一人ではないのです。司令官や艦隊の仲間、もちろん私も手伝いがあって初めてイレギュラーな事態に対処する事が出来るのです。かつての文豪ゲーテは言いました。三人寄れば文殊の知恵」

 

 などと、適当なことを言うと、彼女は絶対ゲーテっていう人そんな事言っていないでしょう。と、いつもの調子で突っ込んできた。それを見ている綾瀬大将のにやけ顔は気になるが、たぶんろくなことを考えていないので無視する事にしよう。

 

「うん。そうね。私、目的を見失うところだったわ。ありがとう朝潮姉さん」

 

 そう言うと、満潮は緊張の糸が切れたのか、すぐにすやすやと眠ってしまった。

 

「さて、思い出しました。大将、わたしはあなたに言わなければならない事がありました」

 

 わたしはそう言って、大将の方を向いた。大将は「なるほど、私に感謝の意を表したいと」などと言って、胸に手を当ててなにかぶつくさとしゃべっているが、わたしは頭を大きく振り、彼女のおでこに渾身の頭突きをくらわした。

 

ゴチィンと言う鈍い音を立てて綾瀬大将はのたうち回り、額には5センチほどのたんこぶが出来ている。

 

「朝潮示現流。超頭突き。わたしはあなたがわたしのスパゲッティーを食ったことを忘れていませんよ。天誅です」

 

 そう言えば……今日の襲撃も、朝潮示現流の技をかけ、彼女が朝潮示現流を知った後に起こった事で、まさか朝潮示現流の呪いが今回の襲撃を引き起こしたのではないか。恐るべし、朝潮示現流の呪い。

 

 

 

 いつの間にか眠っていたらしく、艤装修復完了時間に合わせたアラームによって起こされたわたしは懐に一枚の紙が挿されている事に気づいた。広げてみると「朝潮ちゃん、起きたら執務室に集合してね。2-5の部屋が執務室よ」と、荒潮の筆跡で書かれていた。

 

 わたしはそれを見て、くしゃくしゃになった服を脱ぎ棄て制服に着替えた。その間に、一緒に寝ていた満潮や頭突きをくらわせた大将がいない事に気づいたが、満潮の艤装は私の艤装よりも治りが早いので、わたしよりも早く艤装を取りに行ったのだろう。綾瀬大将は綾瀬大将だからいいか。そんな事を考えながら、部屋を開けた。

 

 外には見張りの戦艦がいたので、挨拶をする。高身長で金剛型特有の改造巫女服を着た灰色の髪の女性で、金剛型3番艦榛名である。この艦隊の中では長門に次ぐ練度第2位の戦艦で、大将を護衛するために、司令官が遣わせたのだろう。

 

「こんにちは、榛名さん。……綾瀬大将見ませんでしたか? わたしが仮眠をとる前の記憶では、彼女はわたしの部屋で待機していると記憶していましたが」

 

「はい。それであっていますよ。でも、大体2時間くらい前でしょうか、じっとしているのは性に合わないしつまらないから、熊手の所に行ってくる。そう、熊手に伝えて欲しいと言われて、それを見越して待機していた第1鎮守府の艦娘に連れられて、この鎮守府を出発しました。それで、私も出撃艦隊のローテーションに加わるように提督に進言したのですが、朝潮ちゃんが起きたら彼女と執務室に来るように提督に命令されました」

 

「なるほど、それでは行きましょうか」

 

「はい。榛名は大丈夫です」

 

 そうして、わたし達は少し速足で執務室に向かった。その間に、榛名から泊地の現状を聞くと、彼女は快く答えてくれた。

 

 呉には20の鎮守府が設置されているが、その内の10艦隊が空母や戦艦で構成された長距離砲撃部隊を編成し、進軍してくる敵の足止めをし、中央を制され突出した両翼に主に水雷戦隊で構成される足の速い艦隊が左右に4艦隊ずつ、各個撃破を意識しながら敵の戦力を削いで行く、それを各鎮守府の戦力差、疲労などを考慮しながら絶妙なタイミングで交代し、敵艦隊に対して連戦連勝を果たし敵艦隊数は5万まで減少したらしい。

 

 これは他の鎮守府の話で、わたし達の艦隊は別の任務がある。それは、敵はこの状況を打破するために、別動隊を大きく迂回させながら敵と味方の間に艦隊を展開させることによって、中大破した艦を戦場に孤立させる。それによって戦況の立て直しを図る筈だと。その別動隊を叩くことがわたし達の艦隊の役目である。

 

「なるほど、わたし達が戦況を有利に出来ているのは、損傷した艦隊や補給をスムーズに行えるからで、いったん補給線を絶たれてしまえば、そこから戦線の負担は増大する。そうなれば、絶対数で勝る敵の方が有利と……しかし、意外でした。てっきり熊本大将は全艦突撃とか、真正面から敵を受け止めろとかそんな感じの無茶な命令をするような人だという、勝手なイメージがありました」

 

「確かに、そんなイメージがありますが、彼は呉の守護神と呼ばれた素晴らしい提督です。大群に対しての戦闘で、彼の右に出る提督はそうはいませんよ」

 

 そうこう話をしているうちに、わたし達は執務室にたどり着いた。その中には提督に阿武隈の他に、黄色い着物に緑色の着物を着ている艦娘がいた。彼女らは2航戦と呼ばれる空母であり、黄色い着物の方は飛龍、緑色の着物の方は蒼龍である。

 

「朝潮、艤装の復旧が完了しました。これより、第一艦隊に復帰します」

 

 わたしが敬礼をしながら部屋に入ると阿武隈が口を開いた。

 

「朝潮ちゃん、今から提督よりこの後に行われる作戦の説明がされるわ。見ての通り、艦隊の構成は朝潮ちゃん、私、榛名さん、飛龍さん、蒼龍さん。そして、最後の一人は……」

 

敵の別動隊を見つけてそれを叩くという作戦目標上、別動隊を速やかに見つけ出し、それを迅速に処理しなければならず、そのために索敵長距離攻撃のために戦艦1隻と空母2隻、わたしと阿武隈はもし潜水艦がいた場合の処理のためだろう。そんな事を考えていると、後ろから人の気配を感じた。

 

「最後の一人はこの私よ」

 

 後ろを振り返ると、満潮が腕を組みながらしたり顔でその場に立っていた。どうやら、先ほど私に吐露していた恐怖感や不安と言った感情に折り合いがついたのだろうか、自信にみなぎった顔をしている。

 

「満潮……もしかして、わたしが執務室に来るまでの間ずっとスタンバっていたの?」

 

 と言う、当然の疑問を投げかけると、彼女は顔を真っ赤にして、

 

「そうよ!! 悪い!!?」

 

 と、涙目になりながらそう答えた。わたし達の無駄口に対して司令官はそれを咎め、一喝した後、彼から作戦行動の説明がなされた。

 

 敵艦隊は佐賀関半島付近の海域に本隊がいると思われ、それを屋代島に臨時鎮守府を移転した第10個艦隊総出で航空戦力と長距離砲撃によってその進軍を抑えており、それを逃れてそのまま屋代島に進軍する左翼とおそらく日本海側から下関を通り別ルートから進軍してくる右翼、それを各4個艦隊で押さえている状況であると、いう感じの説明がなされたが、よく分からなかった。

 

「と、今の状況はこんな感じだ。ここまでは理解できたかい?」

 

 司令官は話をつづける。特に右翼を抑えている見方の方は高練度の艦隊で構成されており、そのまま下関の海域を抑えそれによって2方向から攻められている状況を打開するというのが、今回の作戦だが、熊本提督の読みでは敵は徳山周辺の入り組んだ海域に伏兵を忍ばせており、戦線の伸びきったタイミングに右翼の背後をつくことで、味方を孤立させるのが敵の狙いとのことだった。

 

「予測では1700、あと30分で敵が出現し、右翼の後背を突くべく進軍を開始するだろう。それを僕たちの艦隊が逆に後背を突いて撃滅する。今回の作戦に失敗は許されない。失敗すれば戦場に取り残された4個艦隊の命運だけではなく、呉そのものが壊滅する危険性がある」

 

 わたし達の艦隊を出撃させる理由は、行ってしまえばただの勘であり、敵がいなければ、右翼の味方艦隊を支援して下関を抑えた後、反転して本隊への攻撃に加わればいいと付け加えた。艦隊全員に緊張が走ったが、わたしは声を上げた。

 

「大丈夫です。かの有名な文豪のゲーテは言いました。吾輩の辞書に不可能の文字はない。わたし達は不可能を可能に、最悪の状況を打破するために今まで備えてきたはずです」

 

「その言葉、ゲーテじゃなくてナポレオンでしょう? そのくらい私でも知っているわよ」

 

「そうね。そのために、私たちは訓練してきたんだもんね」

 

 そう言って、艦隊の皆は口々に不安を自信によって塗り替える。それを聞いて、司令官は手を二度叩く。

 

「作戦会議は以上だ。全艦!! 出撃準備!!」

 

「呉第4鎮守府第1艦隊、旗艦朝潮。抜錨します」

 

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