屋代島周辺の海域を横切る時、総勢10艦隊の艦載機と長距離砲撃による長距離攻撃を見る事が出来た。その艦隊に搭載されている砲塔は通常の艦隊専用の砲撃ではなく、特殊海域用に改造された砲塔で、艦隊すべての攻撃能力を集約する機能がある、俗に艦隊決戦要支援艦隊と呼ばれる機能を使用していると、阿武隈から説明があった。
彼女が言うには当たるか当たらないか分からないおみくじのようなものであり、基本的にはそれ単体で敵艦隊を撃滅しようとするには力不足である。が、当たれば戦艦や空母だろうが一撃で轟沈させるような砲撃が射程外から飛んでくる事は敵の進軍を相当ためらわせるようで、今のところそれは上手くいっている。
私たちの目的地はそこではなく、そこから西方に60キロほど向かった先になるが、ここに立ち入った目的は島の南東に敷設されたある装置を利用して短期間で目的地に着くためである。何しろ、予定ではあと20分ほどで目的地につかなければならない。
わたし達は、予定のポイントにたどり着くと、艦隊全体が光に包まれた。
あたりは17時ころにも拘らず、太陽は真上にあり、真っ昼間のようである。この場所はいつもこの時間に設定されており、たとえ夜でもこの中は昼間である。これは深海棲艦が作り出す彼らの巣『海域』の原理を応用して作られたもので、艦娘の艤装に反応し離れた位置に短期間で行く事が出来る。
深海棲艦の『海域』は艦娘以外が踏み抜くと、脱出できないこの世の落とし穴であるが、これは艦娘以外が通過したとしてもこの空間入ることはないという点で安心である。度重なる実験の結果、深海棲艦もここには入って来られないらしく、ここを通じて鎮守府にいきなり奇襲されるという事は起こっていない。
「司令官、予定通りワープポイントに到着しました。只今から、目標のポイントに進軍します。海域のルート指示をお願いします」
そして、それを艦娘が悪用できないように司令官の指示通りに進まないと目的の位置にはたどり着けないようになっている。そのルートはかなり複雑であり、やみくもに進んだ場合ワープゾーンから弾かれて、登録された司令官のいる鎮守府近海の海域に出ることになる。
「了解。いまから、データを送る」
司令官からのルートが届き、後は艤装の自動操縦に任せ、後10分ほどで目的地に着くはずである。そのデータが届く数秒前に、5回ほど何かルーレットのようなものが回る音が聞こえたのは気のせいだろう。
「ふう、時間ギリギリですね。熊本大将の読みが正しければ、ここを抜けたら真ん前に敵艦隊が展開されているはずです。全艦、砲撃準備」
「任せておいて、飛龍も準備は良い?」
「もちろん、2航戦の力を見せてあげるね」
と、各艦が各々の準備を始める。わたしはそんな彼女らの視点にカメラを切り替えて不備がないかを確認した後に、主砲、魚雷、機銃、爆雷等を準備し、それらのロックを外す。
「朝潮ちゃんに満潮ちゃん、街に出た時に敵の強襲にあったと聞いたけど、その敵がわたし達とおんなじ艦娘だって聞いたけれど本当なの? そこに生存者を救出に行った夕立ちゃんの話では、生存者からは金髪のそれを飛んだ艦娘から攻撃を受けたって聞いたらしいけれど?」
艤装の準備が完了し、後数分で海域を抜けると言った時に、阿武隈がそんな事を聞いてきた。わたし達は生存者をその近くにあったシェルターに避難させて、その後彼らの生存確認をしないまま鎮守府に帰還したので、一抹の不安を覚えていたが、無事だったようで安心した。
強襲した敵が艦娘であることや、その艦娘が空を飛んでいた事に対して何ら口止めされたわけでもなかったので、私は正直に答えた。
「はい。その場にいた綾瀬大将を狙い、敵はわたし達に対して攻撃を加えてきました。その場にいた第12艦隊の艦娘と共に、彼女の攻撃能力を奪いましたが、すんでのところで逃げられてしまいました。大将が言うには今回の深海棲艦大量進軍は彼女が引き起こしたものであるらしいです」
「ちょっと、朝潮姉さん?」
「そして、わたしが危惧していることは、敵が綾瀬大将の拉致を諦めていなかった場合、戦線を崩壊させるために何ら頭の策を打って来る。それを阻止する為にわたし達がいるのです」
そう言った直後に、海域の出口が見えて来た。3、2、1。艦隊は光に包まれ、時間どおりの傾いた太陽が輝く海上に出ると、数十メートル前に深海棲艦の大群の後背が眼前に現れた。数は30、わたしは叫んだ。
「全艦、前方の敵艦に向けて攻撃開始!!」
耳をつんざく轟音と共に、艦載機と戦艦の砲撃によって、敵艦の半数が瞬時に消し飛び、反転攻勢しようとする敵艦に向かってわたしと阿武隈が突撃し、その側面に砲撃を叩き込む。満潮はソナーを起動させ潜水艦がいない事を確認するとわたし達の突撃に加わった。
そこからは混乱し指揮系統を失った敵艦は瞬く間にわたし達の砲撃の餌食となり、海の藻屑に消えていったのだった。
深海棲艦と艦娘の戦力は深海棲艦が深海領域を展開してようやく互角と言うそんな力関係で、深海棲艦と戦う場合はそれを展開する前に索敵して沈めてしまうのが手っ取り早い。無論、海域にいる深海棲艦は初めから深海領域を展開しているので、こんな状況でもない場合、全く関係のない事ではある。
「しかし、ラッキーだったね。深海領域を展開する前に、敵艦隊を半壊に追い込めた。これで、下関奪還の味方にほぼ無傷で合流する事が出来るわね」
そう阿武隈が言った時に、わたしはある事に気づいた。この、海域の出口は、近くに深海棲艦の巣の一つである『北方諸島海域群』の入り口があるので、何度かこの海域出口を使用したことがあるが、今回わたし達が通った出口は、本来の出口から東に1キロほど手前である事に気づいた。
もし、本来の出口から出ていれば、後背を突かれたのはわたし達の方で、下関に大破したわたし達が友軍に助けを求めるという最悪の状況になっていただろう。つまりわたし達は敵艦隊に待ち伏せにされていたのである。ここから、考えられる状況は……。
「呉の提督の中に、深海棲艦に情報を流している裏切り者がいると言う、熊本大将の読みは正しかったようだね。それを逆に利用して、日時と通るルートを流してやれば、敵の行動予測はしやすくなる」
と言う司令官の声が、わたしの疑問に答えてくれた。他の艦娘のリアクションを見るに、この通信はわたしだけに送られてきたものらしい。
「提督であれば、今回ターゲットになった綾瀬大将が外出するという事を知る事が出来る。そして、僕の艦隊がここを通る事を知らされているのは、この場にいる艦娘を除けば、提督たちだけだ。信じたくない事ではあるがな」
「つまり、司令官はこうおっしゃりたいわけですか? わたし達の作戦は敵に筒抜けになっており、もしかしたら今から向かう友軍の中に裏切り者が紛れ込んでおり、艦娘同士の乱戦にもつれ込む可能性もある」
それに対して司令官は何も答えない。ただ、友軍に対する攻撃があった場合の砲撃のロックする機能を一時的に解除した。
「友軍に対する砲撃ロック解除を申請してそれがなされるまでの時間は10分ほど、それは無抵抗の友軍3個艦隊が裏切り者の艦隊になぶり殺しにされるには十分すぎる時間だ。そうなる前に裏切り者の艦隊を大破させて攻撃能力を奪う。それが今回の真の目的だ」
もし、裏切り者がいた場合、今から行く右翼の味方艦隊に紛れ込んでいる可能性が高い。他の艦隊に裏切り者が潜んでいたなら、熊手砲の射程内にいるそれは次の瞬間には瞬く間に大破させられてしまうだろう。裏切り者は熊手砲の射程外の下関に行くというのが熊本大将の考えらしい。
無論、状況証拠しかなく、提督一人一人を尋問して裏切り者を探す時間もないので、こんな危なげな作戦を立ててしまったが、大将の気のせいだったらそのまま何事もなく下関を抑えて事態を収束して鎮守府に帰還するだけなので、それが一番楽だと司令官は笑っていた。映画や小説で言うところのフラグをたてるような会話は慎んでもらいたいものである。
その時、満潮が瀕死の深海棲艦イ級に近付いているのが見えた。キュウキュウと言う鳴き声を出して、助けを懇願しているのだろうか、わたしはそれに近付き、それに向かって機銃を斉射し、それを沈めた。満潮は信じられないものを見るような目でこちらを見つめて来た。
「朝潮姉さん……何するの!? もう瀕死だったじゃない」
「満潮、かつての文豪ゲーテはこう言いました。窮鼠猫を噛む。追い詰められた敵は何をしでかすか分からない。敵に対してそれをかわいそうに思う。それは素晴らしい事ではありますが、それで油断したあなたに一矢報いるべく逆襲してくる可能性もありました」
そう言って、わたしは、下関に向かって進み始めた。我ながら少し神経質になりすぎている。これから、艦娘同士の殺し合いが始まるかもしれない。そう考えると、そしてそれを下関に着くまでにどう伝えようか。其ればかりに神経を割いて、満潮に対するフォローを怠った結果、彼女がその場で泣き出してしまい、他の艦娘に慰められている事に、その時のわたしは気づかないでいた。