『ゴブニュ・ファミリア本拠にて:真改』
――――長い戦いとなろう。
月もない丑三つ時。もはや誰の姿もない【ゴブニュ・ファミリア】本拠の一角で、火の灯されぬ炉の前で胡坐をかき、瞼を伏せて、真改は静かに深呼吸を繰り返す。
それは真改にとって必要不可欠な作業。ただの精神統一ではない。人間である真改を、鍛冶師真改へと変じさせるための一つの儀式だ。
吸う。己の中の雑念を削ぎ落とし、肺の中の空気に混ぜ込んでゆく。
吐く。胸の中から余計なものを吐き出して、己の魂を、刀のように研ぎ澄ませてゆく。
それを既に三時間。しかしなお炉に火も入れず、彼はひたすらにそれだけを繰り返している。
炉の傍には並べられたあらゆる機材。そして、オラリオで手に入れる事の出来るあらゆる資材。薪、鉄、ミスリル、アダマンタイト。数は少ないものの、オリハルコンすらもそこにはある。
既に、周囲は作業を始めることは出来る形になっている。だが真改は、自分自身が作業を始められる状態にあるとは微塵も考えていなかった。
理由はひとつ。此度、アンジェに依頼されたのは今までのような、わかりやすい刀剣ではない。
彼女が見たという、左義手の男が垣間見せた『究極の斬撃』。それに未だ己を未熟であると理解する彼女が辿り着くための、指針であり、下駄であり、杖だ。
……ただの剣では不足。それは何かを斬るためのものではなく、高みへの道を切り開くためのものであるが故に。故に、未だ道半ばの、生半な己では到底足りぬ。
少なくとも、自身の知るあらゆる技術をつぎ込まねばなるまい。彼女が求めるものを満たすのに、どれほどの苦労が必要かなど定かではないが…………己の全てをかけて尚、形にすることが出来るか叶うか否か。それだけは、彼も理解できている。
真改はそこで、また己の内に生まれ出た雑念を搔き出すように深呼吸を行った。
己の中の魂の輪郭を知覚する。真改という人間。そこから、鍛冶師として不要な思考を、感情を取り払う。己が普段こなしている様に、数多の金属から、研ぎ澄まされた刃を、刀という存在を生み出すように――――己自身を、己自身の魂を研ぎ澄まし、鍛冶師である自身の輪郭をより強固に、鮮明にしてゆく。
そして、脳裏に描き出す。彼女が究極と呼んだ斬撃。そこにたどり着くための指針、身の丈に合わぬ下駄、断ち切るための杖、その輪郭を。
…………真改は瞑っていた眼を開いた。そして淀み無く手近な薪の、その中で適切なものを掴み上げるとそれを炉の中へと放り込み、放り込み、放り込む。
そして、火を灯す。
闇の中にあったその空間の中で、炉から漏れ出す輝きが赤々と闇を払って真改を照らした。
だが、その目に燃え上がる炎の輝きは写っておらず、見ておらず。
その先にある、究極の斬撃を成しえる剣だけをただ見据えて、真改は鍛冶師たる己の戦いへとのめりこんでいった。