月明かりの欠片   作:いくらう

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『隠れ里:ネメシス』

 

 【迷宮】を擁し、故に世界的に見ても一線を画した実力者が集う迷宮都市【オラリオ】。その西方に、ある神が君臨する一つの国家がある。

 

 【ラキア王国】。緑豊かな肥沃なる領土を有し、巨大な王城と栄えた城下街を有する都市国家。しかしその実態は、その主たる神と彼を妄信する王によって、数多の国に戦火を広げ続ける戦争国家である。

 

 またの名を、【アレス・ファミリア】。この世界にいくつか存在する、『国家系』と呼ばれる超大規模ファミリアの一つだ。総勢数十万とも言われる眷属の数と所有する強大極まりない魔剣の力によって、驚異的な勢力圏を誇るファミリア。

 

 ……と言っても、その力はオラリオに駐するような超精鋭の冒険者たちに対しては――――極一部の者を除いて――――遠く及ばない。『迷宮都市最強』たるオッタルや、彼に肩を並べるとされる【黒い鳥】であれば、単独でラキア王国の兵の多くを相手取って見せることも不可能ではないだろう。現にラキアのオラリオ侵攻は、過去幾度も幾度も、オラリオの誇る大ファミリアの戦力の前に惨敗を重ねている。

 

 故に、【アレス・ファミリア】はオラリオの神々からすると軽視されがちだが………………それは単に相手が悪いという話であり、その他の外に住まう者たちにとっては、圧倒的な脅威であることに間違いはない。

 

 

 

「…………そんな相手にたった数十の手勢で戦いを挑んで壊滅、か。笑い話にもならないな」

 

 

 

 ラキア王国の遠く北西。人の立ち入らぬ、鬱蒼とした森林地帯。夜闇に包まれた未開の森の、誰も知らぬ隠れ里の一角。みすぼらしく寂れた里の中でも最も()()な作りの小屋の中で椅子に腰かけながら、黒い髪の、学徒じみた装束を纏った男は言った。

 

「本当に、自分たちの運に感謝するべきだ。兵士たちが追撃を諦めたのも、結局道中での脱落者が出なかったことも」

 

 燭台に立つ蝋燭の火にぼんやりと照らされながら、机に両方の肘を着き指を組んだ男はその厳しい視線を机の向かい側の椅子に腰かけた女に向ける。

 

「ラキア最強……唯一オラリオの最上位冒険者とも渡り合えるって言う【天帝(プロビデンス)】の不在を狙ったまでは良かったんだけどね。やっぱりそもそもの戦力が違い過ぎたなあ」

 

 対して、彼の視線を向けられた女――――周囲の闇との輪郭さえも定かではない、黒々とした長髪を持つその女神は、少しばかり申し訳なさそうに笑って、机に乗せられた冷めた水のコップを手に取りそれを口へと運んだ。彼女の言葉に、男は呆れたように小さくため息を吐く。

 

「……そんなこと、いくら何でも最初から分かっていただろう? 幾ら魔法に長じたエルフたちとは言え、数十程度で国一つ相手どれるものか。にもかかわらず何故挑んだ?」

「皆がそう望んだから、だね」

 

 男の問いに、コップを置いて女神は答えた。

 

「私は【ネメシス】、『応報』の女神。復讐のための力を与えることがあっても、復讐を止める事は無い」

「それで自分の眷属が死に絶えてもか?」

「それでも、ね。皆がそうしたいと言うなら、私は笑顔で送り出すよ…………気分は、全然よくないけど」

「理解できんな」

「神様だもの」

 

 くすりとどこか寂し気に、あるいは諦めたかのように笑って、ネメシスはそっとコップの縁をなぞる。その様子に黒い髪の男はうんざりとした様子で唸り、そして彼女の闇の中でも輝くような(かんばせ)に、しかし苛立ちを隠さぬ瞳を向けた。

 

「……まあ、神の考えなど最初からどうでもいい。それよりもだな……俺を結局、ここまで連れてきた理由は? 見るに、お前たちは隠れ住む身なのだろう? みだりに己らの住処を明かすなら、それ相応の理由が……」

「お礼を言いたくて」

 

 彼女の言葉に、男は今度は面食らったように目を丸くした。対するネメシスは、どこか嬉しそうに、にこにこと笑って話し出す。

 

「ほらさ、私、『応報』の女神だから。剣には剣で、恩には恩で、しっかりと返していかないとって思うんだ。そういう所キッチリしてないと、私、自分のアイデンティティーに困っちゃうからね」

「……難儀なもんだな」

「神様だもの」

 

 男の皮肉るような言葉に対して、ネメシスは胸に手をやり今度は誇らしげに笑って見せた。その胸は平坦であった。そして、前かがみになるように机の上に身を乗り出して、複雑そうな表情を浮かべる男の前で少女じみた微笑みを浮かべて見せる。

 

「ふふ。本来なら、もっとしっかりお礼をしたいんだけどね。ほら、今みんな怪我とかいろいろで大変だから。それに、君も派手~って感じの歓迎とか、好きなタイプじゃないよねえ?」

「……まぁ、そうだな」

「流石に夜の森に恩人を置いてくなんて私には無理だよ。一晩くらいは、お世話してあげないとね」

「確かに、土地勘のない森を夜中にうろつくほど、俺も物好きじゃあない」

「そっか、よかった。ありがとうね」

「ふん。たまたま、偶然、成り行きでこうなっただけだ。礼を言われることじゃない」

「でも助けてくれたんだものね、私の眷属たち」

「助けたんじゃない。結果として助かっただけだ」

「…………君、ツンデレ? そーゆーのあんまりよくないと思うし、ぶっちゃけて言うと私すごい感謝してるから、ウチの里に何か入用のものがあれば譲ってあげたいくらいなんだけど」

「意味が解らないし、それほどの施しを受ける気もない」

 

 小首を傾げた女神の問いに、男はこれまでで一番深い皺を眉間に刻んで見せた。そして、そのままうんざりしたように溜息を吐き、椅子を引いて立ち上がる。

 

「ひとまずだ、一宿の世話になって、それで等価でいいだろう? 無償の奉仕にならぬよう心を砕いてくれたのは感謝するが、俺はまだ探求の旅を続けなければならん。早朝には発たせてもらうとする」

 

 男の物言いは、女神の信奉者が聞けば目を白黒させるほどに不躾だった。しかし、そのまま背を向けようとする男に対して、女神は根気よく声をかけ続ける。

 

「待って待って、まだ言うほど遅くないよ? 良ければ、貴方の事、もっと教えて欲しいんだけど」

「『詮索好きの犬人(シアンスロープ)が早死にした』という諺がある」

「んー、でも私、犬人じゃないからねえ」

「…………失礼する。良き夢を」

「ごめん、謝るから待ってって!」

 

 退出しようと、戸に手をかけた男に懇願するように女神は声を上げて立ち上がった。それに応じ、男がこの上なく面倒そうな顔で振り返る。その姿を見て、女神は内心で唸りながら部屋の隅のベッドに腰かけて自身の隣をぽんぽんと叩き、彼にもこちらへ来るよう促して見せた。

 

「ねえ、おやすみなんて言わないでよ。お願いだから、もう少し付き合ってほしいかな。ね?」

「いや、折角だが遠慮しよう」

「そんなつれない事言わなくてもいいじゃない、もっと親交を深めようよ。巡り合わせって大事なんだから」

「互いに踏み込まないこともまた美徳だろう」

「あのさ…………ああ、もういいや」

 

 対応こそしてくれるものの、取り付く島もないと言った様子の男に、ついに女神が音を上げた。そして、取り繕うような言葉を排して、自身の意思をもっと直接的な表現で詳らかにして見せた。

 

「あのね、私は君の事誘ってるの。分からない?」

「何?」

「だーかーら、一緒に寝ようって話。そこまで言えば分かるよね?」

「はぁ………………」

「面倒臭そうだね」

「違うな、面倒極まりないんだ」

「同じようなものでしょ?」

「程度が違う」

「もしかして、童貞?」

「ではないが」

「本当に?」

「神が人に真贋を問う意味があるか?」

「まあ、それはうん、無いかな」

 

 悪びれず言うネメシスの姿に、男はまたうんざりしたように溜息を吐く。あまりにも聞き分けがない。とんだ頑固者だ、と男は考えた。どうしたらこの女神を説得できるか。考えるも、名案は浮かばない。

 

 このような手合いは、下手に遠ざければ逆により執着されるのだと、男は経験上知っていた。それは彼の本意ではない。ならば、彼女の提案に乗って、一夜を共にしてやるか? いや。それは面倒であったし、そもそもそういう気分でもない。

 

 何よりも、自身の成した事柄とつり合いが取れない。彼女の言う通り恩に対して恩で報いるのが間違っているとは思わないが…………それを行うのであれば、互いに納得のいく、見合った大きさの報酬であるべきだ。男は、そういう所が妙に律儀であった。それゆえに、男は探るように、眼前の女神に向け問いを投げる。

 

「……応報の女神」

「ネメシスね」

「……ネメシス。一つ聞きたいのだが、なぜ自身の体を差し出すような選択に至った? 俺は偶然、逃げるお前の眷属たちを追うラキアの兵に絡まれて、それを追い払っただけの事だ。そこまでされるほどの恩を売ったつもりはないぞ」

「ええ……?」

 

 事ここに至って、自身と男の間に断崖の如き認識の隔たりがあることに気づきネメシスは困惑に表情を歪めた。彼女にとっては、男は眷属たちの命の恩人だ。応報の女神であり、あるが故に、死地に向かう彼らを止めることは出来ずとも、心底より大切に思い、その無事を心から祈っていた。

 そして自身の眷属を追撃するラキアの兵を追い払い、彼らをどうにか逃げ延びさせてくれた。そんな相手に、できうる限りの感謝をせずになんとするか。

 

 だが男にとっては、降りかかる火の粉を払っただけの事だ。謙遜しているのではない。本気でそう思っているのだ。

 

 とんだ偏屈者だね、とネメシスは考えた。自身の成した功績に対する報いに対し、正しく釣り合うだけのものを求めているのはわかる。だが、自身の成したことを過小評価して首を横に振られては、『応報』の女神としてはやりづらい事この上ない。

 

 だったら、どうすればいいのだろう。ネメシスは自分の顎に撫でるように手を添えて、首を傾げて考えた。すぐに、わからないという結論が出た。

 

 何せ、出会ってまだ数時間も経たぬのだ。男の目的も、嗜好も、考えも何もわからない。だからと言ってとりあえず『男』の喜びそうなことを提案してみたら、うんざりとした顔をされて首を横に振られてしまった。ならば……。ネメシスはほんの少しだけ悩んで、少々憮然とした顔で目の前の男の仏頂面を睨みつけた。

 

「やっぱり、君の事をもう少し教えておくれよ。何が好きで、何が嫌いで、何を欲しがっていて、何が要らないのか。でなきゃこっちも、礼のしようがない」

「俺は一晩の寝床があればそれでいいんだが」

「だーかーら。それだけじゃこっちの気が済まないと、そう言ってるんだけどね」

「……ダメか?」

「ダメだね。応報の女神として、譲れないよ」

「偏屈者め」

「君が言うかい、それ」

「はあ………………分かった。他に無いのか? 何か礼になるようなものは」

 

 言い争いに近い言葉の応酬。それを制してようやく引き出した言質に、口を尖らせていたネメシスは、再び、その表情を最初に見せていたような楽し気な笑みへと戻した。

 

「そうだね……さっきも言ったけど、この里にあるものなら大体譲ってあげるつもりだよ。遠慮せずに言ってくれ」

「そこまでしてもらわなくてもいい」

「それこそいいから。とりあえず、君が欲しいものを何か挙げてみてくれないか」

「ふむ…………」

 

 ネメシスに問われ、男は腕を組んで少し俯いた。その様子を彼女は興味深そうに見上げながら、眷属たちから耳にした、男の戦いの一部始終を思い返す。魔力塊を連射する魔法。夜に輝く魔力の剣を生み出す魔法。そして、皆を逃がす決定打となった、触れたものを蝕む白い霧の魔法。

 

 ――――だけであれば。その3()()の魔法だけであれば、彼女自身もこれほどに彼に惹かれる事は無かった。

 

 音を生み、敵を攪乱させる魔法。それを有効に扱うための足音を消す魔法。世の人々に許された魔法と言う資質は、3つが限度のはずだ。一応、何らかの魔道具(マジックアイテム)や、特別な特殊武器(スペリオルズ)の力を借りた可能性もある。だが彼女は自らの眷属たちの言葉を信じていた。日頃の信頼と、エルフと言う、最も正当なる魔導の使い手たる種族が、魔法の何たるかを見違えるとは思えなかったからだ。

 

 もしも目の前の男が、3つを超える魔法を操るような、例外的な存在だとしたら。そんな『特別』な者を、放っておくことは出来なかった。彼女もまた『神』であるが故に。

 

 などと思案を重ねる彼女の内心に気づかぬように、男は悩んでいる。ネメシスはそれを見て、今度はどこかちぐはぐな印象を抱いた。眷属(子供)達から聞いた話の通りならば、彼は攻撃用と攪乱用の魔法を的確に使い分ける実力者であり、それを効果的に扱うための夜闇に紛れる身のこなしを習得した、明らかに後ろ暗い生き方をしてきたであろう存在だとネメシスは睨んでいたからだ。

 

 しかし、偏屈で頑固ながらもある程度真っ当に筋を通そうとするその姿からは、オラリオでいう所の【闇派閥】に類する者たちが持つような悪意を感じ取れない。ならばその戦い方と力は、望まぬままに身に着けた生き方だったのだろうか。あるいは、そんな生き方の中でも失われないような、得難い善性の持ち主だったのだろうか。

 

 そんな風に目の前の男の中身にネメシスが思いを馳せていると、突然、何かに気づいたように男が顔を上げて、心なしかせわしなく問いを投げてきた。

 

「――――ネメシス。先ほど『この里にあるものは』と言っていたが、ここに住んでいるのはほとんどがエルフたちだな? なら、『魔術』に関する書物はあるのか?」

「えっ……それって、【魔導書(グリモア)】……ってコト?」

 

 ネメシスは思わず目を見開いた。【魔導書】、それを読んだものに新たな魔法を発現させるというとんでもない書物。その制作に希少なスキルと制作者の高い腕前を要求するという性質上、外よりも多くの魔導書が存在するであろうオラリオでさえ一冊数千万ヴァリスは下らないとされる、超が付くほどの貴重品だ。当然、このようなみすぼらしい隠れ里に存在するはずも無い。

 

 だが、それを想起して少しばかり青ざめたネメシスの驚きを否定するように男は首を横に振った。

 

「違う。俺が求めているのは【魔術書(スクロール)】だ」

 

 男の言にきょとんとした顔で、ネメシスは首を傾げて見せた。【魔導書】であれば知っている。しかし【魔術書(スクロール)】と言うのは……? 疑問符を頭の上に浮かべて、彼女は悩まし気に腕を組んだ。

 

「えっと、【魔術書(スクロール)】……? 【魔導書(グリモア)】と、何が違うのかな?」

「【魔導書】は魔法を習得するための書。【魔術書】は魔に関する情報が記された書物の事だ」

「ふーん……歴史書とか……古文書の類かな、うん…………紛らわしいね」

「この名前を付けた先達に言ってくれ」

 

 肩をすくめた男に対して、ネメシスはこの里に彼の言う【魔術書】が存在するか、それについて思考を巡らせてみた。

 

 この里は元来、ラキア王国によって森を焼き出されたエルフたちを受け入れてきた場所だ。中には生まれ故郷からどうにか持ち出した貴重品を、大切に保管している者もいる。その中に、彼の望むような書物が紛れている可能性は…………長命であり、歴史ある自らの出自を誇るエルフたちだ。言うほど低くはないだろう。ネメシスはそう結論付けて、男に向けて頷いて見せた。

 

「うん、わかった。とりあえず皆に話を通す必要があるから、明日の朝以降になるだろうけど……皆の命を救ってくれた君の頼みだ。私が頭を下げてでも、譲ってもらえるよう皆に頼んでみるよ」

「いや、譲ってもらうほどではない。読ませて貰えれば、それでいい」

「えっ、それでいいのかい?」

「構わない」

 

 ネメシスの疑問に男は迷うことも無く首を縦に振った。言葉にも嘘は無い。男は本当に読むだけでいいのだろう。ネメシスは、男の旅の目的が何となく読めた気がした。

 

 知識の探求、歴史の探求。魔法、否――――()を扱う()――――魔術の探求。その身に纏っているのは学徒()()()服装なのではない。正しく学徒だからこそ、それに相応しい服装をしているのだろう。

 

 

 

 …………ともかく、交渉は済んだ。ネメシスは小さく笑みを浮かべるとベッドから立ち上がり、椅子に再び腰を下ろしてぬるくなった水のコップを手に取りそれに口をつけてから満足げに笑う。

 

「うん、わかった。なら、それで決まりだね」

「ああ。恩に着る」

 

 頷いたネメシスに向け、対する男は今までの態度が嘘のように丁寧に一礼をする。ネメシスはそれに一瞬面食らって目を丸くしたが……すぐに、不満げに眉をひそめて、これ見よがしに溜息を吐いて見せた。

 

「だからね…………さっきから思っていたんだけれど、君は自分がどれだけの事をしたかわかっているのかい? 今この里にいる者の殆どは、君が居なければ今生きていないんだよ?」

「助けようと思って戦ったわけじゃあないんだ。俺は、あくまで、自分の身を守るために……」

「私は今結果の話をしてるんだよね」

 

 男はうんざりとした表情ではなく、本気で困ったような複雑な表情を浮かべていた。その印象の変わりようにネメシスは小さくくすりと笑いを零すと、ごまかすようにコホンと咳払いをしてから肩をすくめ、目を閉じたまま薄く微笑んだ。

 

「まぁいいや……それについては、また明日に話そう。ああ、その【魔術書】とやらを探すとなると、朝方に君にここを発たれると困るんだけど……」

「いや、書が見つかる前に里を出るのもおかしいし、そもそも【魔術書】を読むのは手間だ。モノによってはかなりの時間がかかる。だから今しばらく、この里に滞在したいんだが」

「当然、いいよ。むしろそれだけ? 何か他に望む事は無いのかい? 毎日酒を飲ませてくれだとかね」

「酒はいい。酔うのは好きじゃないんだ」

「そ。その辺も追々話し合おっか。すぐに【魔術書】が見つかるとも限らないしね」

「わかった」

 

 言い終えると、男はネメシスに背を向けドアの取っ手に手をかけ、扉を開く。しかしそこで、ネメシスは思い出したかのように声をかけて引き留めた。

 

「あ、そうだ。最後にいいかい?」

「なんだ?」

「名前、聞いてなかったね。良ければ教えてもらえないかな」

「ああ、そんな事か」

 

 ドアの取っ手に触れたまま肩越しにネメシスに視線を向けた男は、彼女の頼みに気安く応じて振り向くと、腰に下げていた、魔を宿す宝石や精緻な装飾を持たないシンプルな木彫りの杖を左の手で手に取り、彼女に向けて示して見せた。

 

「――――俺は、【オーベック】。【竜学院(ヴィンハイム)】の【オーベック】だ」

 

 

 

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