さよなら私のファンタジスタ 作:ベンチ街
美咲が練習に参加してから2日経った。練習の後は、幼馴染である希にしつこく自主練に付き合う。完全なオーバーワークである。
そして、翌日の学校では2年の女子サッカー部全員に囲まれ連行。またも、練習に参加。ここまで参加しているのだから体験入部など認めないと能見奈緒子が言い、無理矢理サインさせようとするが断固として拒否。
結果的には、まだ体験入部のままである。
(………あぁ、死ぬ。腕痛いし、足痛いし最悪)
パチン、パチンと足の爪を切りながら美咲は自身の傷ついた脚に目をやる。
(………生傷、増えたなぁ)
明日、能見が練習試合を組んだと言っていた。きっと、碌なところではない。どうせ自分のコネでも使ったのだろうと、美咲は勝手に考えてしまう。
(………浦和か久乃木のどっちかだな。浦和なら桐島、久乃木なら梶か。それに、確か久乃木は鷲津さんが監督やってるんだっけ?)
果たして止まっていた自分が久乃木に通用するのか?
そんな考えが頭によぎる。
(………世代No.1なんて言われてたけど今は違う。少しずつ戻ってきてるとはいえ、まだ試合感は紅白戦でしか分かってない)
サッカーは1人ではできない。
それが、暗黒期とも呼べる中学時代から学んだ美咲の答え。
スペシャルな1人がチームにいたとしても、それは数で潰せる。自分1人では勝てない。
(………あれ、勝とうとしてる?)
パチン。
「っ〜!!」
滲むような痛みとともに疑問が吹き飛ぶ。そして、切りすぎてしまった足の指へと視線を移した。
深爪。幸いにも出血はなく、痛みも軽い。明日になれば何も感じなくなる程度である。
「どうしたの!?」
少し騒がしくしてしまった為か、妹である越前佐和が美咲の部屋にノックもなく入ってくる。佐和は、心配そうにおろおろと美咲の様子を伺っている。
「ちょっと深爪になっちゃっだけよ。」
美咲は、自分を心配する妹の様子に少しだけ笑いそうになる。
「もぅ、心配したよ」
今思えば、佐和はいつでも美咲の味方であった。美咲がサッカーを離れることになっても、佐和はそれをよしとした。
本当は、続けて欲しかったはずだ。
(カッコ悪い姉ちゃんでごめんね)
「………でも、懐かしいなぁ。試合の前の日は今みたいにいっつも爪切ってたじゃん」
「そうだっけ?」
「うん、ルーティーンっていうのかな?それで、よく深爪になってた」
「ぜんぜん記憶にないんだけど」
「自分より他人の方が案外見てるもんだよお姉ちゃん」
「………そういうもんかな」
「お姉ちゃんがまたサッカーしてて私も嬉しいよ」
「………はぁ、佐和。私、楽しそうに腕立てしてた?あれはサッカーじゃなくて筋トレよ」
笑う妹、戸惑う姉。
ひとしきり談笑した後、佐和は美咲の部屋から出て行こうとする。
「………でも、ううん。なんでもない。明日、頑張ってね。お姉ちゃんおやすみ」
「うん、おやすみ佐和」
(姉妹だからなんとなくわかる。きっと、今の私は佐和に気を遣わせてる。理由は、なんとなくわかる。
今の私は、勝負から逃げてる)
昨日の紅白戦。以前の美咲なら仕掛けていた。比較的に守備の軽い希を抜いたあと、サイドから中に走り抜ける周防に渡せば一点取れていたはずだ。
きっと、周防もそうだと思っていた。結果的には追いついたが、ベストなタイミングであれば彼女のスプリントの破壊力はとてつもない。
「………って言っても、たらればなのよね」
前を向いた瞬間にパス。
間違っては無かった。
その証拠に攻撃は完結した。
だが、最適解では無かった。
「さてと、カッコいい姉ちゃんである為にも頑張りますか」
パチン、パチンと爪を整えながら、元至宝は静かに闘志を燃やすのだった。
***
翌日。美咲たちは久乃木学園にいた。彼女の予想通り練習試合の相手は久乃木学園らしい。久乃木学園とは、去年の春と夏を連覇した強豪。今、日本高校女子サッカー界で最も強いチームと言っても過言じゃない。
希は久しぶりの試合に胸を躍らせ、面子を知っている曽志崎は絶望し、美咲は近づいてくる少女に対して不敵な笑みを浮かべ近寄っていく。
近づいてくる少女の名は、梶みずき。
女子日本代表U17の主将。
曽志崎の代表時代の先輩である。
だが、ここでは曽志崎よりも美咲の方が因縁深い。彼女が飛び級で上の年代で呼ばれるまでは梶と2トップを組んでいた。
ピッチを出れば仲は悪くないが、一度笛が吹かれると彼女たちは豹変する。調和を重んじる梶と、個として確立されている美咲。
ハマれば手がつけられないほど暴れるが、一度でもリズムが狂うと途端に点が取れなくなる。代表時代『混ぜるな危険』などとコーチや監督から言われており、洗剤コンビなどと揶揄されていた。
「久しぶりね越前」
「…………なんだ梶か。ジジイだと思ったわ」
美咲がジジイと呼んだのは鷲巣兼六。常勝久乃木学園の監督にして、なでしこJapanを率いたこともある名将。コートの外から顔を真っ赤にして起こり続けることから、異名は『泣かない赤鬼』。
そして、美咲を世代代表に呼んだ張本人である。ちなみに、美咲は鷲巣のことが嫌いである。なんといっても顔が怖い。
「プハッ!それって鷲巣先生のこと?」
「それ以外誰がいるの?」
元なでしこの監督として名を馳せていた鷲巣は、今でも協会には太いパイプを持っている。その鷲津から、無理矢理世代代表にねじ込まれたのが美咲である。
全て実力で黙らせたわけだが、振り払う火の粉が多かったのは全て鷲巣のせいだと美咲は思っている。
「鷲巣先生が聞いたらきっとブチギレるね」
「ふっ、望むところよ」
「軽口は相変わらずね」
ひとしきり談笑した後、梶は真顔に戻り美咲に確かめるように問う。
勝てるのかと。
「あ?」
「サッカーから離れてたアンタに勝算はあるのかって聞いてるのよ」
「さぁね」
「1年前のアンタは、確かにウチらの世代で1番強かった。でも、今は私が1番よ」
「じゃあ、アンタぶっ倒して王位を簒奪することにするわ」
試合前、彼女たちにとって見慣れた応酬。
2人と共に代表を経験した久乃木の者ですら久しく見ていなかった為、少しだけ張り付いてしまう。
全く耐性のない蕨青南の面々は冷や汗が出でくるほどだ。
「「あっはははは!」」
2人は笑う。
「「はははははは!!」」
笑う。
目の前の相手に負けぬように。
「「はははははは!!!」」
笑う。
「「「………………」」」
「「やってみろ」」
2人は互いに背を向けて、お互いのチームメイトの方へ戻っていく。
「って、いう事だからよろしくね。ワラビーズ」
美咲が笑顔を向けるチームメイトはやや暗い表情である。約1名を除いてだが。
連携もまだままならない。このチームの本格始動したのは1週間前。そして、美咲が入ってから今日で3日目。とういうか、まだ入部届すら書いていない。
部長の田勢ですらこの状況に口を開かない。
(私たちは弱小なんだよ。それなのに勝つ気でいるの?)
そう、県内最弱である蕨青南が最強の久乃木学園に挑むのだ。どうしてそんなに強気でいられるのか田勢には分からなかった。
(チームの雰囲気は最悪ね。私が鷲巣監督と喋ってる間に何があったのよ。というか美咲でしょこれ!)
静まり返るチームを見兼ねた能見が鼓舞しようとした瞬間、曽志崎が口を開き美咲に詰め寄る。
「どういうことですか美咲さん!」
「どうって何が?」
「勝てるわけないじゃないですか!顔合わせから3日しか経ってないんですよ!!」
「そりゃ難しい敵よね」
「そうです!ほぼ世代代表の集まりですよ」
「ほへぇ、そういや知り合いいるわ」
「でも、燃えるっしょ。
勝ち目が少ないのはわかるよ。でもさ、ゼロじゃない。同世代だよ同世代。条件は一緒じゃん」
「え?」
「ぶっちゃけ私も昨日今日ボール蹴ってみて、感覚が戻ってないのは分かってる。でもさ、やっぱ思うんだよね。
………私が1番じゃないと気に入らない。
なんか、知らんけど県内最弱?上等じゃない、私がいるのよ。
県内いや、日本最強になるでしょ?」
圧倒的なまでの自意識過剰。
誰もがそう思った。だが、これがこれこそが越前美咲がNEWヒロインと呼ばれた所以である。この演説とも呼べる発言は相手チームにも伝染する。競い合っていた梶は笑い、他にも代表で同じだった者も変わらぬ調子に笑いが出てしまう。
未来の女帝の帰還。
「………まったく、懐かしいものを思い出してしまったな」
鷲巣はぽつりと洩らす。そして、脳裏に焼きついた鮮明な記憶。
『エースは私!!』
まだ、誰にも見つかっていない原石だった彼女カメラマンに向けていった言葉だ。暗に、私だけを撮れといっているような発言。
エースナンバーを付けた少女を鷲巣が見つけたのはたまたまだった。子供がテレビに映りたい一心で言った戯言だと、その場にいる全員が思っていた。
だが、ボールを持てばそれは虚言ではなく事実だということがわかる。
そして、その姿を見た鷲巣は心が躍った。日本にもようやく天才の芽が出たと。
(いかん、いかん。ワシの前に立ち塞がるなら蹴散らすのみ)
そう、力を入れ直して教え子たちの方へと目を向ける。
そして、気がつく。
「………おい、梶」
「はい!」
「伊藤と佃はどこだ?」
「えっ、あ!?」
久乃木学園の問題児2人組。
一年、伊藤春名と佃真央。既に3年を含むレギュラー陣に合流しており、2人とも主力メンバーである。
そしてその2人は蕨青南側のベンチ奥にある草むらに隠れていた。なんなら、彼女たちは先程のやりとりも全部見ていた。そのうち、合流しようかとも考えていたがどうも動ける雰囲気ではなかったのだ。
「なんかすごく盛り上がってたね?」
「アンタのせいで遅くなったのよ」
「………でも、生『能見奈緒子』と生『越前美咲』だよ」
「伊藤2人のファンだったけ?」
「まぁ、そこそこ。佃はやったことあるんだっけ?」
「まぁね」
「どんな感じの人?」
「一言で言うなら………」
「やばっ!」
いち早く気がついた伊藤は数は後ろに下がり飛んでからそれを回避する。
カポーン!
間抜けな音を立てて飛んできたのは二つのカラーコーン。蹴り出したのは、もちろん梶である。そのカラーコーンは避けた伊藤には当たらず、全て佃に直撃する。
「ってぇぇえ!避けたろ伊藤」
「いや、気のせいだし」
2人の口論も鬼の形相で仁王立ちしている主将の前では通用しない。その怒気で、ワラビーズの面々も主将が田勢で良かったと内心思っていた。だが皆の期待も虚しく、田勢は見習おうとしているのは別の話である。
「さっさとこっちきな!!」
「「はい!!」」
梶の背中を追いかける2人と美咲たちがすれ違う瞬間匂いがした。
美咲の最大の
主に比喩で使われることが多いが、こと彼女においてはそうではない。先日、紅白戦時の周防に感じたのもそれに起因している。
得点の場所がわかるわけではない。なんとなく、直接的に点に絡む事が感覚でわかるその程度のものだ。
(………チビの方やるな)
間違いなくチームの中心。1年間サッカーから離れていたとはいえ、これまでの経験が警鐘を鳴らしている。
「………認識が甘かったかもね」
ボールを触る前から分かる。
あれは天才だと。
面白くなりそうだと闘志を見せる美咲に対して、後ろから能見が近づいてくる。
「あ、美咲盛り上がってるとか悪いんだけどあんた最初ベンチね」
「は?」
これには、ワラビーズの面々も目が点である。
「他校の生徒に喧嘩するんじゃないわよ。罰として、前半は出さないからそのつもりで」
たしかに美咲のせいでチームの士気は下がっていたが、盛り返したのもまた彼女のおかげである。それは、越前美咲が『まだ強い』と認識されているからに他ならない。
このままいけば、彼女の調子はそのままチームに依存する。
そして、負けてしまう。
それでは、変わらない。変わらないのだ、美咲を否定した者たちと。それを知っている能見奈緒子だからこその判断。
「はぁ!?あんなこと言った後にベンチはダサいじゃん!!」
「今のあんたはフルで走れないでしょ?」
これまでトレーニングを怠ってきた彼女に40分ハーフの試合は酷である。終盤に足が止まり、チームの荷物になる事が目に見えている。
「………前半のうちにアップしてるわ」
「飛ばしすぎるなよ。あんた、調整下手なんだから」
「うっせいやい!ジジイ向こうのゴール借りるわよ!!」
「あ?」
「すみませんでしたッ!!」
次回、試合編です。
次回の投稿を末長くお楽しみください。