5月1日、皆が月初めに振り込まれるはずのポイントが来ていないことに首を傾げる中僕は予想が当たったことを嬉しく思う半分、まさか自分が0ポイントになるほどの悪行をしていたとは思えず自分が二重人格なんじゃないかと疑いながら迎えた朝のHRで成績に関係ないと言われたテストの結果を茶柱先生が持ってきた。
当然ポイントのことを生徒が質問すると、先生は今までの無愛想ともいえる態度を崩し、挑発的な口調で僕らがⅮクラス、いわゆる欠陥品が集まる組であることを告げた。そしてポイントが振り込まれず0p表示なのは決して『ガンツ先生』の真似がしたかったからではなくⅮクラスの普段の授業態度や遅刻などにより本来あったはずのポイントを消し飛ばしてしまったかららしい。黒板に全クラスが保有するポイントを書いた紙を黒板に張り出し、歴代でも一ヶ月で0ポイントという数字を打ち出したことを侮蔑する先生に憤りを感じた生徒は多く、クラスの雰囲気は最悪といってよかった。
さらに赤点は退学と告げたすぐさまに茶柱先生は追い打ちのように中間テストの存在を告げ、Dクラスの面々の顔は蒼白赤白黄色と街中に置いとけばイカレた信号機と有名になること間違いなしな有様だった。
言うだけ言った茶柱先生が教室を去ってもその雰囲気は変わらず、事態を呑み込めていない人間も自分が欠陥品と言われたことに納得のいかない人間が出す剣呑なオーラに応じるように赤に染まっていた。悩み、不安という答えのない感情よりも怒りという感情は分かりやすいのだろう。
そんな中、僕は茶柱先生の説明を聞いても、だろうな、という感想を抱いていた。入学当初に思ったように僕がなぜこの学校に入学できたのかという謎は回答を得たと言ってもいい。そして僕が受かるならそりゃDクラスだろうなと納得した。僕らは反面教師として呼ばれたのではないだろうか。他の優秀な生徒の肥やしになるように、と言うのは考えすぎだろうか。
だけど、じゃあ欠陥品を集めてそれを優秀な人間に再教育しようとしているのか、と言うのは違う気がする。
僕は一時期、精神病院に通っていた。そこにはまだ子供の僕に何度もタバコをねだる老人やずっと壁に話しかけているオジサンなんかが居て、当時僕の診察をしてくれていた『先生』は言った。
「ここにいる人たちも病院ではああだけど、意外、といったら失礼だけど社会では『普通』の振る舞いが出来るのよ。ただそれはその人たちにとっては『普通』じゃないことでやっぱりいつか無理がきてここに来るようになる。アタシの仕事はそれを治療してまた社会でも支障なく生活できるように送り帰すことなんだけどさ。」
『先生』はそこで悩むように区切った。
それは言おうか言うまいかで悩んでいるというよりは『先生』の中でもまだ答えが出ていないのだと感じた。
「本人がそれで幸せにならないのに生かすために治す。それを『治療』と呼んでもいいと君は思う?」
「もちろん」
「ダウト」
僕はそれに答えられなかった。少なくとも僕の中では『先生』は先生だったから。
久しぶりに『先生』のことを思い出した、思い詰めて仕事を辞めていなければいいが。三年間は会うことが無いのだから会ったときにニー日先生にでもなっていたらなんと挨拶すればいいのか分からない、もう先生ではないと言われそうだ。
嫌にしんと静まった教室で僕はそんなことを考えていた。
あんなことを言われたばかりなのでさすがにクラスの授業態度は改善されており、そのことを授業担任の先生は何も言わないが内心「ザマミロ&スカっとサワヤカ」とでも思っていてもおかしくはない、今まで授業態度が悪かった生徒も誰かが私語でもするものなら手の平を返したように睨みつけるのだから朝の空気は一向に払拭されない。
それでも、お昼になるころには徐々に緊張も解けて普通に……なんてなるわけもなく犯人捜しの段階に移っていた。
誰のせいでポイントが0なのか、というのは強引でも赤髪の須藤という男子のように、遅刻、居眠りの常習犯が多くのポイントをかっさらったのは間違いない。いま教室はそういう人間を吊るし上げる雰囲気になっていた。須藤は針の筵に耐えられなくなったのか速攻で教室を出ていった。
そのせいか僕の机の周りには綾小路だけでなく池、山内といった普段は綾小路と話す面子が集まっていた。僕が声をかけたわけではない、彼らから遠慮がちに「飯一緒にいいか?」と声を掛けられた。
池寛治と山内春樹という生徒はお世辞にも授業態度がいいとは言えない、少なくとも二人のせいでポイントが減っているのは確実だろう。そんな二人は今のこの教室の雰囲気では十分に吊るし上げられる可能性はある。頭がよく授業態度の良かった人間は少なからず二人のような人間に敵意を抱いてしまうのは仕方ないだろうし、彼らだって罪悪感はあるしその空気を感じ取っている。
だから普段大人しくて授業態度もいい綾小路と僕とグループを作ることで自分たちも『大人しいグループ』に属しているとアピールしたいのだろう。僕と綾小路は体のいい風除けであり、好意的に見れば二人がクラスに振るう白旗というわけだ。そのことに思うことが無いわけでもないけど、わざわざ口にするほどでもない。
一方綾小路といえばこの空気でもいつもと同じ落ち着いた態度で、せっかくの食事も楽しいんだか楽しくないんだか……。今一つ情熱のない男だ。
そんな中で、一ヶ月前の入学式と同じように平田が皆の前で立ち上がった。
「皆、過ぎてしまったことはどうしようもない、大事なのはこれからどうあるべきかという事だと思う。授業態度の改善は勿論、中間テストも力を合わせて皆で乗り切っていきたい。だから放課後皆で話し合う時間をくれないかな?」
教室の空気を払拭するように平田は努めて明るい声で言った。
「ここにいない人には後で僕から伝える、全員出来れば参加してほしい」
平田の発言を聞いてあからさまにほっとした顔をする生徒は何人かいた。クラスのリーダー的存在が過去を不問にするという意味の発言をしたのだから彼らは救われる気持ちになったに違いない。真面目に授業を取り組んでいた人間も平田が責めない手前、大々的に責めることはしないだろうし。
ここにいない人、の多くは食堂に言った人間のことだと思うけど、須藤のことも含まれているんだろうな、粗暴な須藤の相手を進んでしたがる人間はこのクラスでは平田と櫛田くらいのものだろう。櫛田も頼めば伝えてくれるだろうけど異性に頼むのも変だしな。
かくして訪れた放課後、平田主催のクラス会議には綾小路と堀北、須藤を除いて全員が集まっていた。綾小路はなんか先生に呼び出されていた。
会議が始まってしばらくは空虚な話し合いだった。クラスの人間も意味のある話し合いになるとはそもそも思っておらず、クラスに対する表明のようなものでここにいるのだろう。実際、平田の近くに座ることでステータスを誇示しようとする生徒もいたがそれを察してか、平田は進行役として教壇に立った。しばらくするとまるで最初の話し合いが嘘だったかのように盛り上がり笑顔と意見の絶えない画期的な話し合いが行われ、目を見張るような画策が練られることの反対が行われていた。時間が経つにつれてそもそも話す気のない人間と話すことが1、2個あっただけの人間は沈黙し、平田は風の吹かない会議を進行役としてえっちらおっちらと進めようとしていたが、平田が言うことに反対するどころか、賛成、口を開く人間すら消えて船は進まなくなった。
そんな空気なもんで平田の「帰りたい人は帰っていいよ」という発言とともにメガネの男子が教室を去ったのを皮切りに、皆、沈み行くタイタニック号を見つめる目で居残る平田を見つめ次々と教室を後にした。教室には誰も残らなかった。
目に見えて意気消沈していた平田が頭から離れず僕は教室に戻った、ちょうど平田は帰るのか今から部活に参加するのか、エナメルバックを持って教室を出ようとするところだった。
「どうしたの枝瀬くん、忘れ物かい?」
僕は話したいことがある、と告げ平田に教室に押しとどまってもらった。
「話ってクラスのことかい?」
「そうだ」
「今思いついたのかな?それだったらメールでも……そういえば枝瀬くんとは連絡先を交換するのを忘れてたね。してくれないかな?」
僕は平田とお互いの端末の赤外線を交換し合った。
「それで話って?」
平田は教壇にエナメルバックを置いて促した、僕は自分の机に腰かけようとして、こんなんでポイントが引かれたら馬鹿らしいと思い椅子に座って口を開いた。
「今更言っても遅いけど、平田は救いの手を差し伸べるのが速すぎたと思う」
「……どういう事かな?」
「HRで茶柱先生がCP(クラスポイント)について発言した時、クラスには緊張があっただろ、理由は罪悪感だったり怒りだったりとバラバラだったけど確かにあの時教室にはこのクラスはやばいって気持ちが皆あった筈なんだ」
「……そうかもしれないね。それで?」
「あの時平田は率先して皆の気持ちを代弁して先生に質問してくれた、そこくらいまでは良かったんだけど昼に平田が皆で頑張ろうって言っただろ?あの発言くらいから空気がぬるくなっちゃった」
「ごめん、何を言いたいのかよく分からない」
「つまりさ、平田があまりにもリーダーとして頑張っちゃったから皆が『平田に任せればいいいか』って思っちゃってこと」
「それは……でも自分のことだろう?皆退学はしたくないはずだ」
「いいや他人事だよ、結局赤点になるような人間ばっかりだろ?授業態度が悪いのも遅刻するのも、普通に授業受けて普通に学校生活送ってる奴には退学は差し迫った問題じゃない」
しいて問題を言えばポイントが減るってことだけど。だから皆赤点組をどうにかする必要があったんだけど昼に平田がポイントを減らした人間を庇っちゃうしリーダーぽいとこ見せちゃうから、平田に任せればいいかて気持ちになるし赤点組も誰も責めないなら反省しない、そりゃ多少は気にするようになるだろうけど。
「……」
平田は数舜何かをこらえるような、考えるような間を置いて口を開いた。
「じゃあ、枝瀬くんはどうすればいいと思う?」
「そりゃ赤点組を吊るし上げて見せしめにすれば皆危機意識ぐらいは持つでしょ」
「それは出来ない」
平田はまるで用意していたかのような速さできっぱりと拒絶した。既に思いついていて平田議会で可決されなかったようだ。
「僕はクラスの誰かを見せしめにすることをしないし認める気もない」
平田にしては珍しく強い口調だった。そうすることを許さないという圧を感じる。
「枝瀬くんは皆が真面目に取り組むには僕が手助けをしてはいけないって言いたいのかな」
「手助けというよりは甘やかすかな」
「でも、赤点を取った人もポイントを減らしてしまった人もまだたった一回失敗してしまっただけだ。たった一回の失敗で救いが無くなってしまうほどのことを彼らがしてしまったとは僕には到底思えない」
「……それはそうかもだけど」
僕が言いよどむと平田は気まずそうな顔をした。
「……ごめん、枝瀬くんと言い合いがしたいわけじゃないんだ。どうすれば皆がやる気を出してくれるのかを考えなきゃね」
中途半端なところで区切ってしまいましたがこれは焦らしです、続きが読みたくなるでしょ?