細長く、真っ直ぐに続く廊下。見渡す限りにあるのは灰色の壁だけ。規則的にドアの存在するそこを、栗色の髪を三つ編みにした男が歩いていた。
呼び出しに応じて出勤した彼は、黒いアタッシュケースを片手にすたすたと歩みを進める。何処までも同じ空間の続く建物の中に迷いそうだと呟いて、男は格納庫への入口に立った。一年しか経っていないここでの生活にも、そろそろ慣れてきていた。
二年前まで、彼は医療用のカプセルの中で生きていた。
数年前、世界を震撼させたある組織との戦いから、ずっと。目覚めるや知らない場所、二年もの年月が過ぎていたと知った時の混乱と衝撃は大きかった。表沙汰に出来ないような仕事をこなす中で紛争に巻き込まれ、失ったとばかり思っていた命が繋がったことは喜ぶべきものであるはずで。
しかし、今の彼には、明るさは見当たらない。むしろ、彼の浮かべる表情は、唇を固く結び、厳しささえ感じさせるものだった。
重厚な壁の横、スリットのあるパネルにカードを差し込む。開いていく扉に一瞬左目を伏せて、そして確かめるように開いた。この場所は、第六ハンガー。
独立治安維持部隊アロウズに所属するニール・ディランディ、そのコードネームをロックオン・シューターといった彼の、新たな武器の待つ格納庫だった。
「やあ、待っていたよ」
強化ガラスに仕切られた、パネルとコンソールの並ぶ一角。
そう言って手を振るのは、アロウズのモビルスーツ開発者……ではなく、紫色の癖毛を弄ぶ青年だ。新型艦への配属が決まり、最後の休日を貰っていたニールに『これから予定が早まるから』と言って呼び出した本人──リジェネ・レジェッタ。
ただし、何処から入手したのか。アロウズの軍服に身を包んでいる。
「お、お前さんね……」
「似合っているだろう?」
「違う。そうじゃねぇよ。そうじゃなくてさ。……念の為に聞くが、それは誰のだ?」
「その辺にいた──」
「頼むからもう二度とするなよ! 恩人が追い剥ぎしてるなんて……本当に信じらんねえ……」
子供が晴れ姿を見せる時のように、リジェネがくるりと回ってみせる。妙に様になっているが、一瞬で疲れた。対モビルスーツ戦よりも精神的にずっと摩耗している。
死にかけの自分を拾い、失った四肢を再生してくれた恩人であるが、リジェネは時折、こういう事をやらかすのだ。
「追い剥ぎとは人聞きの悪いね。予備の制服を借りただけさ」
「剥いでないだけマシなのか……?」
ガラスの向こう、モビルスーツが並んでいる方を見ながら溜め息をつくニールとは正反対に、リジェネは軽い調子で「そんな事より」と言った。
「今日呼び出したのは、君に新しい武器を渡したかったからだよ」
「メッセージでもそう言っていたな。何だ?」
「そう。今の君には必要だろう? ……ロックオン・シューター」
ソレスタルビーイングが活動を再開した今、彼らを倒すためには。
リジェネの言葉に、ニールの瞳が鋭い光を宿す。
彼にとって――ソレスタルビーイングという
設置されているコンソールに、リジェネが指を走らせる。慣れていないようで、幾度か開くデータを間違えながら、複数のウィンドウを表示させていく。
「……これで、いいのかな。ともかくこれが、君の新しいモビルスーツだ」
パネルに表示された画像は、今までに見た事のない、機体。
翼のように稼働する全面を覆うシールドと、肩に装備された巨大な砲。目のように二つに分かれたメインカメラの片側には、レンズのようなユニットが追加されている。
それから両腰には銃、いや――GNガンブレード? アロウズのジンクスに共通して装備されていたGNビームサーベルが排されて、銃型の、しかし『ブレード』と名付けられたものが取り付けられている。銃でありブレード。新しい装備なのだろう。ニールはこんなものを知らない。大方、銃身を刃物として扱えるとか、そんなところか。
そして、この機体は少しだけ……似ていた。
Ⅴ字のアンテナこそないが、ガンダムに。
「名前は『アレーティア』。君にしか扱えない、君だけのモビルスーツ……なんじゃないかな」
「かな、ってどういう……」
「リジェネ、ズルッコ! リジェネ、ズルッコ!」
不意に割り込んだのは、ニールにとっても慣れ親しんだ機械的な声。ぱたぱたと耳のように左右のユニットを動かし、開いた扉から跳ねながらこちらに向かってくる様は可愛らしい。
「ロックオン、ロックオン」
「おお、ハロ。メンテナンス、お疲れ様」
ハロと呼ばれた黒い球形のロボットが、開いた両手に向かって飛び込んでくる。ハロはアロウズ入隊以前から、ニールのパートナーだ。二年以上も共にモビルスーツを操縦している。ここまでなら可愛らしいのだが、このハロは──
「ツカレテナイ、ツカレテナイ」
本当にAIなのか疑わしいほど……時折あまのじゃくになるのである。
腕から抜けて、ハロはまた床で跳ねる。それを微笑ましく見守りながら、ふとハロの言っていたことを思い出してニールは尋ねる。
「リジェネがズルした、ってどういうことだ?」
「作ったのは僕じゃないんだ。この機体についても、あとで正式に連絡が来るんじゃないかな」
「……お前さんね。本当に何がしたかったんだ?」
「紹介したい子たちがいるんだ」
リジェネがニールの横を歩いて、扉をスライドさせる。それが本題なら、それならどうしてここに呼んだんだ。
再び溜め息をつくニールにリジェネは振り返って、「それと、なんだけど」
「ん?」
「アロウズの制服も悪くないね」
……さいですか。
場所を移して、アロウズの会議室。どこかへ行ってしまったリジェネに伝えられたよう、ノックをして入室の伺いを立てて扉を開ける。
リジェネが何をしたいのか検討もつかないまま、部屋に入った先にあるのは大きなスクリーンだ。映っているのは総司令・ホーマー・カタギリで、そしてその前にあるソファに座り三人の男女がいた。
ぴょんぴょんと跳ねるハロがそこに飛び込んで驚きの声が上がる。ニールの操縦をサポートするロボットではあるが、オリジナルらしく一般には知られていないものだ。「ハロ、ハロ!」と自身の名前を呼びながら床を転がるハロを、三人のうち一人が抱え上げた。
「えっ、何この子。かわいい」
「どっからきたんだ?」
「…………」
それぞれの反応が個性的でわかりやすい。ホーマーが「待たせたな」と声を掛けると、彼らがこちらに振り向いて──それから、バッと立ち上がって敬礼。
「失礼しましたっ。グリシルデ・シュミット少尉です!」
「エイヴィリー・ミシェル准尉と申します」
「アッシュ・グレイ准尉です」
グリシルデと名乗った女性──いや少女と言っても遜色ない容姿だ──が「よろしくお願いします!」と言った。
『楽にしてくれたまえ』
ホーマーの声に、三人が腕を下ろす。
「ロックオン・シューター特務大尉です。お待たせ致しました、カタギリ総司令」
『休日に呼び出したのは私だ。早速本題に入らせてもらうが、君に彼らを任せたいと思ってね。こうして呼び出した次第だ』
「コウハイ、コウハイ!」
「はいはいちょーっとお静かになハロ。失礼しました……任せる、と言いますと?」
跳ねながら騒ぐハロを腕に収めて、訊ねる。
『そのままの意味だ。君に彼らの教育を頼みたいのだよ。皆、AEUの士官学校を卒業した優等生だ』
「承知しました。しかし、よろしいのですか? 入隊して一年、まだ経験の浅い私になど」
『君色に染めてもらっていい。それに君は、優秀だ』
直接的な、賞賛の言葉。当然これにも裏があるのだろうが、ニールはそしらぬ表情で頷いた。
「光栄です。必ずや成果をご覧にいれてみせます」
『頼んだぞ。シュミット少尉、ミシェル准尉、グレイ准尉』
返事とともに三人が再度、敬礼をした。
『自己紹介もまだだろうが、君たちにはマネキン大佐らと合流してもらう。迎えがそろそろ来るだろう、頑張りたまえよ』
「はい。それでは、失礼します」
通信はそこで切れ、アロウズのマークがスクリーンに浮かぶ。それと同時にノックの音が聞こえて、ニールは「どうぞ」と告げた。
カタギリ総司令の言った『迎え』とやらであろうかと立ち上がり、扉のほうに視線を向ける。
扉が開く。そこに立っていたのは、一人の女性。ニールはその顔を、知っていた。
彼女は流麗な所作で礼をして、口を開く。
「半年ぶりですね、特務大尉。貴方たち三人は、初めまして。シュミット少尉、ミシェル准尉、グレイ准尉ですわね?」
「はい。久しぶりですね、少佐」
ミルクティー・グレージュのロングヘアを後ろで括り、オリエンタルブルーの瞳でこちらを真っ直ぐに見つめてくる彼女の名は──
「申し遅れましたわね。わたくし、トルネ級戦艦『フォルトゥナ』の艦長を努めさせていただいております、マライア・ミルティ少佐と申します。シューター特務大尉以下三名を、お迎えに上がりましたわ」
「また勝手なことをしているようだね、リジェネ」
滑らかなテノルの声が、咎めるような色を帯びている。
しかしリジェネは怯むことも無く、非難した彼──リボンズ・アルマークに落ち着き払った様子で肩を竦めた。
「ちょっと彼に縛りを課しただけだよ、リボンズ。彼は元々、ソレスタルビーイングでは兄貴分のような存在だったそうだから。これで彼がアロウズを離反することも出来なくなるんじゃないかな」
──たとえ記憶が戻ったとしても、彼は憎悪に我を忘れることはあれ、情というものを捨てられない人間である。リジェネはそれを理解したうえで、彼をアロウズに行かせたのだ。
「ガンダムマイスター達も、彼の影響を多大に受け、成長している。彼の言葉に救われることもあった……違うかな?」
「それはそうだね。だけど、そもそもロックオン・ストラトスをあの場所から拾い、再生医療を受けさせた上にアロウズに送り出したのは、明らかに計画の邪魔だと前も言っただろう。おまけに彼の設計したモビルスーツを渡すなんて」
「あの程度、計画を阻害したりはしないよ。ロックオン・ストラトス──いや、ロックオン・シューターは、かつての仲間を……ソレスタルビーイングを憎んですらいるんだから」
「今は、ね。今後記憶が戻れば、あちら側に離反する可能性だってある」
リボンズがやれやれとかぶりを振ったのに、リジェネはふふ、と笑ってみせた。
「だからこその三人だよ。それに、アッシュなら
「……その程度で縛っておけるとでも?」
「縛っておけるよ。僕には分かる……彼を拾って、
室内に、沈黙がおりる。
重苦しいそれに、リボンズもリジェネも、それきり言葉を発さなくなった。
トルネ級戦艦『フォルトゥナ』。
モビルスーツ十機を収容でき、擬似太陽炉を二基搭載した戦闘艦は、実験的な理由もあり半年ほど前から稼働していた。外観は黒いベースに青いラインが走っており、落ち着いた印象がある。左右に設置されたカタパルトやそのシルエットは、どことなくソレスタルビーイングのスペースシップを思い出させる。
「こちらがフォルトゥナですわ。あなた方四人も通達はあったと思いますが、本日付でフォルトゥナの乗員となりますの」
そう言って微笑むマライア・ミルティ少佐をよそに、ニールは黒い戦艦を見上げた。
「こいつは空を飛ぶのか?」
「ええ。宇宙での航行と、地球の重力下での飛行がなされていますわ。海上での運用はまだですが、いずれ可能になるはずです」
「……そいつはすげえな」
「フォルトゥナの開発目的は『ソレスタルビーイングの戦闘艦を再現する』ことでしたからね。流石に現代の技術レベルの数歩先を行く彼らには追いつけなかったようですけれど」
それで雰囲気が似ているのか、とニールは一人納得した。カラーリングや全体的な幅は違えど、正面から見れば二つのカタパルトもあいまって『再現』と言えるだろう。
「そういえば三人は……」
元気そうな少女の声も、それを窘める落ち着いた声も聞こえないことに気付いて、ニールは辺りを見回した。三人の影はすぐに見つかり、迷子ではないことに安堵する。
「……全くあの子たちは」
ミルティは困ったように微笑む。三人は格納庫に入っていく機体を見ているようだ。興味深げに見上げる彼女らに肩を竦めて、ニールはミルティを呼んだ。
「姐さん」
「そう呼ぶのはおやめなさいな、特務大尉」
間髪入れずに指摘が飛んでくる。
「ミルティ少佐、搬入が終わるまで三人をいさせてやってくれないか?」
「そんな事ですか。構いませんわ。出航までに時間がありますから、終了し次第艦を案内する事に致しましょう」
「助かる。あいつら、初めてなんだろ? 部隊に配属されるのは」
ええ、とミルティは頷いた。
「彼らは新造されたモビルスーツのテストパイロットでしたから。士官学校を卒業してすぐに、機体のテストをしていたようです」
「そうだったのか。道理で、数ヶ月経っているにしては戦っている人間の気配がない訳だ」
「とはいえ、戦闘能力は一般兵としてはかなり異質と言えますが……」
彼女は既に、三人に関するデータを共有されているのだろう。カタギリ総司令からは『優秀』、ミルティは『異質』。全く違う双方の評価に、ニールは怪訝な顔をする。
「異質なあ……」
「ええ、そんな三人を任される貴方はきっと大変だと思いますわ。困ったことがありましたら、相談してくださいまし。貴方もフォルトゥナのクルーなのですから」
「そう言って貰えるとありがたいな。それにしたって、カタギリ司令はどうして俺なんかに新人を任せたのやら……」
その呟きは、強い北風に乗って消える。気付けばそれなりの時間が経っていて、もうしばらくで出発するようだった。
「時間が来ましたわね。わたくしたちも艦へ行きましょう」
こちらですわ、と先導されてニールは続いた。その過程でゼルデ達も呼ばれ、フォルトゥナのタラップを登って行った。
それから二十分ほど経って、軍施設を出発し、飛行が安定してからのこと。
艦内をミルティに案内された四人であったが、自由にして構わないと彼女が告げたあとも、解散することも無くまとまって行動していた。
「ゼルデ、エイヴィリー、アッシュ。よし、覚えた。これからよろしくな」
銀髪のショートカットの少女──十六歳との事で、本当に少女だった──がグリシルデことゼルデ、黒い癖毛の青年がエイヴィリー。灰紫の髪に、眼鏡をかけている、中性的な顔立ちのアッシュ。
もう一度確認して、ニールは頷く。
「改めて、ロックオン・シューターだ。まだ到着まで少々あるようだから、少し話でもしよう。なにか聞きたいことはあるか? 俺の事でもいい」
「シューター特務大尉の狙撃について聞きたいです!」
はいはい! と発言したにゼルデに右手を振る。
「ロックオンでも何でも、好きに呼んでくれて構わない。二人もな。具体的にどこを?」
「私、すっごく射撃が下手なんですよっ。すぐ目の前の相手でも外しちゃいます」
優秀という言葉の意味を脳内辞書で引き直す。ホーマーは『士官学校の卒業生で皆優秀』と言った。優秀とは、他より一段と目立って優れていること。射撃が下手なのは許されることなのだろうか?
「……士官学校の優秀な卒業生だと聞いたんだが」
「ロックさん、射撃に関していえばそいつは一般人以下ですよ。なぁゼルデ」
「はい!」
エイヴィリーから友好的な呼び名と共に放たれた衝撃の一言と、自信満々のゼルデ。では何故優秀と言われているのか。ほかの何かが突出しているからに違いない。
「逆に何が得意なんだ?」
「近接戦闘です! 今までモビルスーツだけじゃなくて生身でも教官に負けたことは無いです」
「へえ。これは珍しいもんだ。見かけによらねえってやつ?」
ゼルデの身長は多く見積っても百五十五センチがせいぜい。細身で、筋肉が多い方とも見えない。この体で筋骨隆々であろう士官学校の教官に勝つとは、相当体の使い方が『上手い』のだろう。
ぷくー、と音が出そうな様子で頬をふくらませたゼルデは反抗的に言い返す。
「特務大尉……じゃなかった、ロックオンだってそんなにゴツくないじゃないですか!」
「こう見えて脱いだらすげえんだぞ? 着痩せってやつだ」
「ホントですかー?」
唇を尖らせたままそう言ったゼルデに立ち上がって、ニールは歩み寄る。反射的に立ち上がった彼女に速度を緩めずに近づくと、ニールはその腕を優しく取った。
「わ、ちょ、何するんですかっ」
「細いな。ちゃんと食ってるか?」
流石に女性ということもあり配慮はあるのだろう、無遠慮に脇腹や腰を触ることは無かったが、顔を真っ赤にしてゼルデがもがいた。
「食べてますよっ。仕方ないじゃないですか、食べても太らないんですから! ギャ! 凝ってる肩を解そうとするなーーー!」
「お、凝ってるのか。体調管理も基本だぜ?」
「ぴしっと座ってたら誰だってなるでしょう! わーーーーっ! 頭撫でないでください恥ずかしいですって!」
「なーんかほっとけねえんだよな。お前さん、昔の仲間に似てるのかな」
その馬鹿正直な反応が面白いのか、ニールは声を上げて笑った。
「ロックオン、そのあたりにしておいた方が宜しいかと。あまりやり過ぎると戦闘中に撃たれますよ」
「なーに言ってんだ、スキンシップスキンシップ。撃たれるなんてオーバー……」
わしゃわしゃとゼルデの頭を撫でていたニールは、エイヴィリーの顔を見たと同時にその言葉を途切れさせた。彼は『にっこり』という表現が相応しい笑みを浮かべると、口を開いた。
「どうかなさったんですか、ロックオン・シューター『特務大尉』?」
ただしその目は、笑っていないが。彼の瞳に宿る感情を正確に理解したニールはゼルデから手を離し。
「……わりぃな、からかって」
「え? まぁ、気にしてないですけど……」
ニールはそう謝罪して、椅子へと座り直した。チームワークは大切である。これから指揮を執るにあたって、上官である自分がうっかり修羅場を作る訳にもいかないだろう。
一連の流れを理解していないゼルデは首を傾げて謝罪を受け入れる。その動作は体格もあって小動物のようだ。
ゼルデは隣に座るエイヴィリーにこそこそと話しかけている。もう少し鍛えたがいいのかな、いやそんなことねえよ、と話している二人にアッシュが割り込む。
「やめておけ。特にお前たち二人は成長期だ、規定されているトレーニングはこなしているのだろう。誰にでも個人差はあるものだ」
「はあーい」
聞き分けのいい子供のように返事をすると、二人の話題は別のところに移ったようだ。
「アッシュとは年齢が違うのか?」
「はい。二人は十六、僕は十九です」
道理で落ち着いているわけだ、と納得する。情勢のこともあり、現在の士官学校なら多少歳をとっていても、或いは若くても入学を認められるのだろうか。というよりは、ゼルデとエイヴィリーの年齢が若すぎるのだ。
「なるほどな。じゃ、二人の得意なことも教えて貰っていいか?」
「大抵の事はできます。ゼルデほど近接戦闘は得意ではありませんが」とアッシュ。
「空間認識なら間違いなく俺が一番です」エイヴィリーはにかっと笑う。
「なるほどなぁ。専用の新型が全員に宛てがわれるくらいだからそりゃそうか」
頭の中にあるのはリジェネが間違えて開いていたウィンドウだ。そこには三種類の知らないモビルスーツの図があって、おまけに汎用性が全くないデザインだった。
「ご存知でしたか」
「ちょっとな」
名前まではわからなかったが、今の話を聞けば三人にそれぞれ適性がある機体だったと分かる。
「俺たち期待されてるんだろうなー。新兵なのに、研究所でも変なの見るみたいな周りの目が痛かったし」
エイヴィリーのぼやきにゼルデがばんっと肩を叩いて言った。
「もぉ、そんなこと言わないの。自分だけのモビルスーツってなんかワクワクしちゃいますよね、ロックオン!」
ゼルデの言葉には同意見だ。自分のために開発されたモビルスーツに期待しない訳がない。ましてや狙撃特化となれば、ニールの期待も高まっている。
「テストもやったんだってな。配属されるのも初めてだって聞いてる」
「そうなんですよ。訓練はしてるとはいえ、まだ複数部隊での戦闘もしたことはなくて。でも、ガンダムにも負ける気だってしません」
「自信があるのはいいことだ」
ほらほら、と端末の画面を見せてくる。映っているのはいくつもの剣を装備した純白に黒と赤の機体。やはりゼルデのモビルスーツだったかとニールは頷く。
「機体番号GNSV‐461T。シュネーヴァルツァっていうんですよ。かわいいでしょう?」
腰部から後ろに広がるミニスカートのようなユニット──アーマースカートとはなにか違いそうで、ニールはこれを見たことがないので用途も分からない──、鋭く伸びる肩、足、背中のエッジ、すらりとユニオンフラッグと同じくらい細いフォルム。脚部は尖っていて、地面から少し浮いている。
かわいい……のか?
ニールにはよくわからなかったが、ゼルデがこの機体を気に入っていることだけは理解出来た。
「完全に近接用の機体みたいだな。それに速そうだ」
「とっても速いですよぉ。ねえねえ、二人の機体も見せていい?」
ゼルデはどうやら彼らの分の写真も持っているようだ。「好きにしろ」とアッシュが、「いいけど、その画像あとで共有して」とエイヴィリー。
「こっちがエイヴィリーので、こっちはアッシュのです。アヘッドとかジンクスと全然違いますよね」
「特化型なんだろ? なら、そうなるのも仕方ないかもしれないな」
端に名前が記載されていて、それぞれアイアス、ガラテアとある。
彼女の言うとおり、アイアスが両肩に巨大な盾と全身に追加装甲を、ガラテアは木にとまった鳥のような形状をしたユニットをマウントしている。アイアスはともかく、ガラテアのそれは用途が全く分からない。
自分が彼らを指揮するとなればそれらも知っておかねばならないのだろうが──
「だいたいは把握したから、あとは実践で見せてくれよ。それでもいいかい?」
「はいっ」
「はい!」
「分かりました」
三人とも新兵で、おまけに新型機のテストをしていただけで実戦はまだであるが故の若々しいその反応に思わず目を細めた、その時。
バタバタとせわしい足音ともに一人の兵士が駆け寄ってきた。
東洋風の顔立ちの彼の名前は確か……、
「ツシマ──」
「シューター特務大尉ッ」
オサム・ツシマ少尉。自分たちよりも先に配属された乗員のはずだが、この慌てようは一体。
それほどまでに深刻な事象が発生したのだと理解し、ニールの表情が鋭くなる。
彼の顔は真っ青、体はがたがた震えて酷く動揺しているのが見て取れる。今のニールにはまだ、それをフォローするほどの余裕があった。
「落ち着け。……大丈夫か?」
「だい、大丈夫です。失礼しました、シューター特務大尉。それより、アフリカタワーが……」
「アフリカタワー? 連邦のクーデターで占拠されてるっていう……」
「そのアフリカタワーの外壁が攻撃を受けてっ。オートパージされていると言うんです!」
「……なんだって?」
ニールは眉をひそめた。連邦軍のハーキュリー大佐が、数万もの市民と共にアフリカタワーに立てこもって居ることは知っていた。ゆえにガンダムが現れる可能性を考え、当初の予定と違いアフリカタワーのあたりで合流するよう出発直前に命令が出て、ニールは船に乗せられている。
しかしまさか、彼らがアフリカタワーに攻撃を仕掛けるとは思わなかったから、ニールはひどく動揺した。
「成層圏より上の破片はどうとでもなりますが……それ以外の破片は、」
──降ってくるしかない。
ツシマ少尉は言葉を最後まで続けられなかったが、四人の頭には同じ言葉が過ぎった。
「なんですって……そんなの、タワーの近くに住む市民たちは……」
ゼルデの声は震えていた。今にも泣き出しそうな程。
「私は……私は、そんなのイヤよ。どうすれば……っ」
彼女は怯えている。何にかはわからないが、人の面倒を見ることや感情の機微を感じ取ることにたけた彼には、それだけは理解出来た。
不意に、部屋に吊り下げられたスクリーンの電源が入る。
それに映るブラウンの髪の女性は、恐らくソレスタルビーイングの指揮官で。彼女は真っ直ぐに画面を見据えて、口を開いた。
『現空域にいる全ての機体に、有視界通信でデータを転送します。データにある空域に侵入してくるピラーの破片を破壊してください』
同時に、ピラー落下による被害範囲が視覚化された図が表示される。
落下時の被害について言及した指揮官は、媚びるでもなく、命令でもなく、ただそこに居る戦士たちに、故郷あるパイロットたちに、手段は違えど平和を求める同士として、彼女は告げた。
『このままでは、何千万という命が消えてしまう。……お願い。皆を助けて』
そして、通信は途切れた。
その瞬間、世界が音もなく揺らいだような、そんな気がした。
艦内にオペレーターの声が響く。この船は予定を変更し、速度を上げてアフリカタワーへと向かっている。到着時間は約四分後、パイロットは各自コクピットで待機。各機出撃し外壁の破壊を開始せよ。
全員、直後に走り出していた。艦の廊下を駆け抜け、ゼルデは右に、他の四人は左のロッカーへ。手早くパイロットスーツを纏い今度は格納庫へと向かう。
ゼルデはシュネーヴァルツァに、エイヴィリーはアイアスに、アッシュはガラテアに、ツシマはアヘッドに。そしてニールは、実戦もまだであるアレーティアにハロを抱えて。
テストはしていると聞いているが、少々不安はある。しかし勝るのは身体に馴染むコクピットシートと、握る操縦桿への安心感だ。
ニールは起動する機体の中で、三人への通信を開く。
「アッシュ、ゼルデ、エイヴィリー。俺たちの初陣だ、堅実に行こう」
各々が頷き、ニールの抑制された声が、コクピットで響いた。
「ロックオン・シューター、アレーティア。出る」