終わらせる禁忌   作:Damned

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幻影の虜囚

 ゼルデ、と名前を呼ばれた気がした。

 逆光に塗りつぶされ、誰かはわからない。しかしゼルデは、確信を持って人影から目を逸らす。その影が彼の手を取って、

 刹那、その体が歪むようにずるりと滑り落ちる。絶叫し飛び退く彼女の腕を、それ(・・)が掴んで離さない。

「逃げないで」

 それが人の形を失う。潰れた手足、破れた腹、溢れる内臓。守れなかった、彼の、姿。

「にげないで」

 彼が、穏やかに、ゼルデに向かって囁いて。腕を、伸ばす。

 そして、抱きしめるように、首を、絞めた。

「──っ、あ、」

「こんどは、ちゃんと……」

 

 

 

 コクピットに映し出される、果てのない宇宙。白い輝きに混じる、青や赤。その美しさに、ニールは言葉にならない感情を覚えていた。

 ──あなたに聞いたの。

 ──五年前に、宇宙で。

 その言葉が、ニールの中でリフレインする。

「フェルト」

 喪った記憶の手掛かりにならないかと、ニールは呟いた。しかしそんな都合の良い展開が訪れる訳もなく、コクピットにこだまするだけだ。

「フェルト? フェルト?」

 ポッドにおさまったハロが、蓋を開閉しながら反芻した。マレーネと名乗り、自分を知っている風だったあの少女。ライルを知っているから、或いは彼から情報を伝えられていたからあの態度だった、とは思えない。明らかに、以前の自分と知り合いだったのだ。

 彼女はソレスタルビーイングの人間だ。もしかすると、四年前から。そんな彼女がなぜ、自分のことを?

 思案するニールの耳に、通信が届いたことを知らせる音が入った。

「アッシュ。どうした?」

 スーツに着替え、コクピットに乗り込むまでは一緒にいた。故に何かあったのかと尋ねたのだが、バイザーの上がったヘルメットから覗く表情はいつもの無表情だ。

『いいえ。……ロックオン、何か悩んでいるのですか?』

「大丈夫だ。敵に情けをかけるような事はしねえ」

 そう答えるが、アッシュの顔は晴れぬまま。

『本当にですか? 貴方は迷っているように見受けられます』

「それを言うなら俺じゃなくてゼルデだろ。あいつ、ずっと思い詰めてるんだぞ」

『貴方が和らげたようですが』

「気休めだ。俺にあいつをどうにかする事はできねえ」

「デキナイ、デキナイ」

 再び、ハロが復唱した。通信のウィンドウが閉じ、ヘルメットを被ると、シュネーヴァルツァとアイアスが待機しているのが見える。

『リニアカタパルトボルテージ上昇。射出準備完了、アレーティア、出撃です』

「アレーティア、ロックオン・シューター。狙い撃つ」

 機体が傾き、朱いGN粒子が噴き出してアレーティアは発進する。フォルトゥナの六機──ブースターに換装した分収容数が減っている──と、引き連れた輸送艦の十数機。合流すればアーサー・グッドマンの率いる艦の分でそれなりに戦力はある。

 目指すのは、小惑星に紛れたひとつのポイント。そこにソレスタルビーイングは、身を隠していた。

 

「もし、この先で、貴方が記憶を取り戻したとしても」

「絶対、私が討つから」

 その言葉は、とうに決意をしていたような響きがあって。

「だから……」

 その語尾は、通信の音声に紛れて、消えた。

 

 

 

 真っ先に敵の母艦から飛び出してきたのはアリオスだった。高速でアロウズの編隊に接近し、往復の駄賃のようなミサイルの雨と共に離脱していく。そして再びこちらに接近し、尾部に接続されているGNアーチャーと分離。

 撹乱とヒットアンドアウェイを主体とした、高機動機特有の強襲。アヘッドが二機撃ち落とされて、爆散する。

 あのガンダムは私の仇。刻みつけるようにそう言って、ゼルデはスラスターも兼ねた新武装、GNレッグユニットの出力を上げた。

 途端にアッシュから通信が飛んでくる。

『ゼルデ、隊列から離れているぞ』

 ゼルデは答えず、コクピットの右側にあるスイッチを押し込んだ。

 ブースターとして作用したレッグユニットがシュネーヴァルツァを飛翔させ、そして速度をそのままに瞬時に展開する。蜘蛛の足に似たそれが、アーマースカートより飛び出したリープユニットを蹴った。

『グリシルデ・シュミット。戦列を崩すな』

 他のガンダムも出撃しているが、ゼルデの目にはアリオス以外入らない。飛行するアリオスがGNアーチャーと共に弾幕を張る向こうに、ゼルデは一切の躊躇なく飛び込んだ。

『ゼルデ、どうした?』

『ごめんね、エイヴ。私はやっぱり、敵討ちをせずにはいられない』

『何を──』

 心配げに尋ねる回線を閉じる。今日の彼女は、誰から見てもおかしかった。

 任意の場所に移動する足場を蹴って、ゼルデは飛来するミサイルを避ける。避けきれないものはアンサラーとビームサーベルが一閃。極限まで削られた装甲はその破片や爆発に傷が付くものの、暴れ馬のように宇宙を突き進むシュネーヴァルツァを阻むことはない。

 爆炎をかき分け、縦横無尽に駆けるシュネーヴァルツァはアリオス目掛けて右手のビームサーベルを振り下ろす。

 ほとんどの武装が粒子を必要としない分、シュネーヴァルツァのサーベルはアリオスのそれに比べて出力が高かった。

 アリオスはそれを悟って、距離をとる。それを許さぬとばかりにシュネーヴァルツァは接近して左手のアンサラーを切り上げた。紙一重で避けた先にあるのは追撃だ。瞬時に飛行形態に戻ったアリオスは高速で飛翔しながらビームを乱射。

 しかしシュネーヴァルツァは踊る。飛び交うビームをくぐり抜けて、両手の剣でミサイルを破壊して。

 気づけば、シュネーヴァルツァは戦闘中域から大きく逸脱していた。他の三機を相手取る仲間とは違い、プトレマイオスに近い場所へ。

 状況としては宜しくない。自分でもないと思っているが、窮地に陥った時に死ぬのは確実だ。

 しかし、合流はガンダムに阻まれるだろうし、そもそもゼルデは彼らを殺す以外の選択肢が今、頭にない。

 GNアーチャーの腕を斬り飛ばし、回避のおまけとして蹴りを放ったそのとき、凄まじい速度のアリオスがこちらに向かって突貫。

『っ、この……!』

 トランザム状態での飛行形態によるヒットアンドアウェイ。再度の回避に無様なダンスを踊るシュネーヴァルツァのリープユニットはビームに撃ち落とされていく。当然のようにレッグユニットの踏むはずだった場所が空を切ってバランスを崩しかけ、ゼルデは強かに背中を打った。

『っ、ユニットが……!』

 リープユニットが破砕されればされるほどゼルデの行動範囲や速度は減少する。そして超高速で移動するとはいえ実質次に脚をつく場所を教えてくれているそのユニットが、弱点であることは誰にとっても明白だった。そして、アリオスには──アレルヤには、それを認識し、撃墜できるだけの能力がある。

 必然的に機動力の落ちたシュネーヴァルツァはGNアーチャーの攻撃をレッグユニットのブレードの部分で受けながら、アリオスのビームを食らうことしか出来なくなる。弾幕が止んだあともアリオスはこちらに近づくことはなく射撃武装でこちらに攻めてきて、ゼルデは歯噛みした。

『ぐうっ』

 瞬間、背後を取ったGNアーチャーが左腕を肩口から切り落とした。小さな爆発が連なって、衝撃にコクピットに体を強打し声すら上がらない。追い打ちをかけるようにレッグユニットの破損。即座に切り離すが機体に甚大なダメージが発生する。

 痛みを堪えながら状況を把握する。左腕、レッグユニットの喪失。稼働には問題なし。

 不意に、彼の声が聞こえた気がした。なあ、頼むよ。今度は俺を、殺さないで。

『……ええ、分かってるわ』

 そうしたら、貴方は私を許してくれる?

 ゼルデの問いに答えるものはない。だが、彼女にはもう、そんな物は必要なかった。彼を人でなくした存在を壊せば、自分を抱きしめてくれるような気がしていた。相変わらず射撃武装のみで攻めてくるアリオスにフットペダルを踏み込んで右脚で蹴り飛ばす。ビームサーベルの転用であるその機構はあっさりとアリオスのビームシールドを粉砕して、同時にシュネーヴァルツァの左脚が破壊された。

 単純に二対一、あちらはまだトランザムを解除したあと。まだ戦える、戦わないと、彼の心は報われない──。ゼルデはシュネーヴァルツァを駆り執拗にアリオスを狙い続ける。

 目の前で向けられる兵器、放たれたミサイル、炎に呑まれる建物のことは今でもハッキリと思い出せる。彼の悲鳴も、彼の血の温かさも、その色も、ぐちゃぐちゃになった彼の形も、弱々しい呼吸も、再び焼き付いたそれは二度と、消えることは無い。

 だが、デブリを蹴っての高機動も限界に達していた。片脚はなく、右脚だけでの戦いではもう、結果など知れている。

 それでもゼルデはビームサーベルを腰に格納し、代わりに残ったアンサラーを抜いて。

『……うん。そう、ね』

 彼女は訳の分からぬ言葉を呟き、微笑んだ。

 発生する粒子を全て機体制御に回した状態での一閃。損傷から考えれば信じられないほどのキレでの機体の動きに、アリオスは──アレルヤは、一瞬反応が遅れた。

 シュネーヴァルツァは残った右足だけでデブリを蹴ってアリオスへと突き進む。己の距離へと引きずり込もうとする。

『これからは、……ずっと、一緒だよ』

 飛行形態に変化し回避、その先に返す刀での切り上げ。ビームシールドの大部分が切り落とされ、機体のバランスが変わったアリオスは僅かにその動きを鈍らせた。

 しかし──再び走る衝撃。コクピットへ当たったビームは薄いシュネーヴァルツァの装甲を容易に破壊し、火花が散った。

 バイザーにヒビが入って、頬が深く裂かれる。打ち付けた頭部にぐらりと意識が遠のいて。

 全ての音が、色が、消え失せていく。

 そんな中、ゼルデが悟ったのは。

 家族の元へは行けないという、現実、だった。

 

 

 

 あの日のことは、今でも克明に思い出せる。

 両親に会いに、幼馴染と職場に来ていたあの日。最後の、平和な日。あの重苦しい空気を、私のために笑った彼の強がりを、繋いだその手を、それを奪われた感覚を。

 ガンダムは紛争幇助の対象として私たちのいたコロニーを襲撃した。超兵と呼ばれる戦うための道具を作る機関を破壊するために、やって来た。泣きながら逃げる私も、彼も、その犠牲になった。だけど私は、彼に庇われた。

 焼けたアスファルトの色を覚えている。そこに飛散する、血液の紅を。

「いいんだね、本当に」

 十三歳になったばかりの私に、医者の一人はそう言った。

「覚悟は決めてます。やってください」

「……彼にとってもリスクのない話じゃない。再生医療だけじゃ間に合わず、手術しなければ死んでしまうとはいえ、失敗する可能性だって考えられる。それでもいいのかい?」

「試すみたいなことを言わないでください。私は彼が助かれば、それでいいんです」

「そうだったね。安心してくれて構わないよ、絶対に成功させるから」

「……お願いです。必ず、成功させてください。そしたら、私は……」

 なんだってしてやる。戦って戦って戦い続けて、テロリストを根絶やしにしてやる。

 私はガンダムを憎んでいた。あの日からずっと、気が狂うほどに憎悪していたのだ。

 私達から未来を奪った存在を。

 彼を人から逸脱させた存在を。

 

 

 

『ロックオン、ゼルデがっ』

『くそっ』

 アリオスとGNアーチャーの二機を相手取って戦うゼルデは遠く離れている。エイヴィリーのシールドユニットでも届かない。敵艦とモビルスーツ二機による集中砲火を浴びるシュネーヴァルツァの損傷は蓄積していた。

『距離がありすぎる……っ』

 後付けされたファングをヒートロッドで誘導しながら、アッシュは歯噛みした。突っ走った彼女を咄嗟に止められなかったのは自分だ。あの時に止められていれば、こんな事にはならなかったものを。

 シュネーヴァルツァがレッグユニットを破損した様子がこちらに伝わる。手足に加えてこれではもう、勝てる見込みは無いだろう。

 崩れる隊列、翻弄される仲間たち。このままではまずいと撤退の指示を出すミルティに、エイヴィリーが反論した。

『ゼルデを助けるっ。行かせてください……!』

『ミシェル准尉。人間の命は尊いものです。ですが、必要とあれば……見捨てるべきですわ』

『何言ってんだよ! 仲間を無駄死にさせたくないって、あれだけ言ってたのはあんただろうが!』

『ええ、無駄死には、です。ですが、しなければならないのなら、やるべきですわ。あなたが今彼女一人に拘ることで、他のパイロットに犠牲が出るかもしれない』

 彼女の声は強い意志を宿して、重く、固かった。

『わたくしの願いは恒久和平の実現ですわ。その為ならば何だって致します。今まで、そしてこれからも払うであろう犠牲を無駄にする訳には行きませんの』

『嫌だ、行かせてくれ!』

『聞き分けなさいっ』

 尚も向かおうとするアイアスを、ラモールの乗ったアヘッドが引き留める。ダブルドライヴのパワーを以て強引にそれを引き剥がしたが、他の二機にまで捕まえられれば抵抗のしようも無い。

『嫌だッ。離せ、離してくれ! ゼルダが……ゼルダが、死んじまうッ!』

 その声に、誰も答えない。

 答えられるほど、ここに居る誰もが残酷ではなかったから。

 泣き叫ぶエイヴィリーの声と撤退するモビルスーツの向こう、朱色の粒子が拡がり、散った。

 

 

 

「なんで、なんで、どうしてどうしてどうしてどうして……!! どうしてあそこで、止めたんですか……!」

「じゃないとお前さんも死ぬだろうがっ。頼むから、分かってくれよ……!」

 ブリッジに殴り込む勢いのエイヴィリーを羽交い締めにして、ニールは説得しようと試みる。冷静さの失われた彼の力は普段にも増して強く、暴れるエイヴィリーに腕の力を強めた。

「あの時俺が助けに行けたらあいつは生きていたッ! 俺のアイアスなら、羽付きの攻撃程度じゃ死ななかった! なのにっ……」

「エイヴィリー・ミシェル准尉」

 ひとつの封筒を持ったワーテラーが、機械的に告げる。

「シュミット少尉より預かっている物がある、受け取れ。それから、暫くは、特別室(・・・)に居ろ。始末書は免除してやるから、少し頭を冷やせとの命令だ」

 独房入りを命じる声に、しん、とフォルトゥナのブリッジが静まった。

 

『エイヴへ

 これを貴方が読んでいる時、私はもう死んでいると思う。先に逝ってごめんね。私の愚かな行動で、みんなに迷惑を掛けて死んだんだと思うから。

 羽付きのガンダムは、エイヴと私にとって仇だったの。エイヴには言えなかった。だって、どうしてガンダムが襲ってきたのか、貴方は知らないから。ごめんね、黙ってて。もう隠せないと思うから言うけど、私とエイヴは人革連のコロニーにある、超人機関技術研究所で働いていた私の両親に会いに行った。そこで、武力介入に巻き込まれて貴方は体のほとんどを失った。

 四年間、エイヴと一緒に居られたことは忘れない。私にとっては、失われるはずの時間だったから。

 エイヴが生きていられるのは、生体パーツの殆どを機械に置き換えているせい。再生医療じゃ間に合わなかった部分が多すぎて、どうしようもなかったせい。半年に一度、健康診断を受けさせていたのはこれが理由だったの。エイヴの意思を無視して、執刀してもらった。勝手なことしてごめん。

 もっと言いたいことがあったはずだけど、言葉にできないや。

 それから、覚えてて。私はいつも、貴方の未来を願ってる。

 お願い。生きて。』

 

「ゼルダ……ッ」

 懲罰房に入れられ、事実を知ったエイヴィリーは。

 一人、ゼルデの手紙を握りしめて、泣いた。

 

 

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