終わらせる禁忌   作:Damned

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霞んだ咎人

「……エイヴちゃん」

 営倉入りを命じられたエイヴィリーに、マテリアが声をかける。

 暗く淀んだ瞳を開いた彼は、マテリアを一瞥したが答えることは無い。

「いいわよ、何も言わなくて。好きだったのでしょう、彼女のこと」

「…………」

「どうせ誰が何を言っても、自分を変えられるのは自分だけよ。心配しないで」

「…………」

「今はそれどころじゃないかもしれないけれど、ミルティ少佐の戦術予報よ。気が向いた時でいいから、目を通しておいて頂戴」

 情報端末に挿すメモリーカードを、マテリアは食事のトレーと共に部屋に置く。

 エイヴィリーは、やはり答えない。

 

 

 

 曖昧な意識の中に、誰かの声が響いていた。

「……で連れてきちまったんだ」

「……、あのままにしておくなんてできないよ」

「僕たちの現状を理解しているのか? 追われているんだぞ」

「わかってるよ。でも、機体もパーツごと回収しちゃったし、まだ生きてるなら……あっ」

 うめきながら、何度か瞬きをして目を開く。見慣れぬ天井が飛び込んできて、フォルトゥナの医務室にでも運ばれたのかなとぼんやりと考えた。

 皆怒ってるかなぁ。任務よりも私怨を優先したことも、命令違反した事も。少なくとも、アッシュからはお説教間違いなし。おまけにレッグユニット壊して破棄しちゃったからマテリアからも怒られちゃうかな。

 ぼうっとした認識のままで首を動かして、ゼルデは首を動かした。心配そうにこちらを見下ろすのは見慣れた顔だ。

「ロ──っ、痛……ッ!?」

 跳ね起きた身体に激痛が走る。ライルは優しく肩を押してゼルデを寝かせて言った。

「まだ寝てろよ。アンタ、まだ重症なんだから」

 その物言いに違和感を覚える。アンタなんてロックオンは言わないし、こんな突き放すような雰囲気は出さない。しかし顔や声はロックオン・シューターそのものでゼルデは混乱する。

 よく見れば彼は眼帯をしていないし、服の端から覗く傷跡もない。だが、別人にしては似すぎている。

「ロックオン……?」

「は?」

 疑問を込めた声でロックオンに似た男が声を上げた。

「ここ、フォルトゥナの中なの? それにロックオン、この人たちは……」

「どうして彼の名を知っている」

 紫色の髪を肩で切りそろえた青年が尋ねた。やけに高圧的な物言いだが、こんな男がフォルトゥナのクルーにいただろうか。この青年もどこかで見たことがある様な気がする。一体どこで? という感情を抱いた時、それが仲間であるアッシュ・グレイのものであることに気づいた。

「あれ、アッシュ。髪の色、染めたの? それに眼鏡も変えちゃってる?」

「何をとぼけた事を言っているんだ。質問に答えてもらおうか」

「え、だって、……アッシュじゃないの?」

「誰と勘違いしているかは分からないが、違う。もう一度聞く。君は何処で、ロックオンの名前を知ったんだ」

 ますます訳の分からぬ問いと、仲間と同じ顔をした二人の男。明瞭になった意識の中で、部屋にはもう一人の男がいることに気づいた。

「えっと、だってロックオンはロックオンじゃん……。でも……あれ? 眼帯とか眼鏡とか、どうしたの……?」

 眉間に深い皺を寄せたアッシュに似た青年の肩に、もう一人ことオッドアイの青年が触れた。

「……多分、ロックオン……ニールの事だよ、ティエリア」

「そんな、まさか……」

「僕はアレルヤ・ハプティズム。君は?」

「……グリシルデ・シュミット。独立治安維持部隊アロウズ、シュネーヴァルツァのパイロットよ」

 アレルヤと名乗った青年は、気弱げに眉を下げる。

「ここが何処か教えて貰える?」

「ティエリア」

「構わない」

「プトレマイオス。ソレスタルビーイングの母艦だよ」

 ソレスタルビーイングという言葉にはっと気づく。この青年が纏う服は、羽付きのガンダムとカラーリングが一致する。

 ということは、つまり。あの後自分は、連れ去られてしまったということだ。

 そして──己の仇が今、目の前にいる。

「あんたがっ」

 負傷による激痛が吹っ飛ぶほどの怒り。急激に体を起こした事により体がふらついたが、全力で拳を振り抜く。

「い、いきなり立ったら危ないって、」

「うるさい……!」

 顔面に叩きつけられそうになる拳を、アレルヤは右手で受け止める。それだけだった。力の抜けた身体はアレルヤに受け止められて、痛みと苦しさに浅く呼吸を繰り返す。

 こんなに目の前に、仇が、いるのに。私は。

「エイヴの痛みは……こんなものじゃ……ない……」

 吐息と区別がつかないほど微かな呟き。アレルヤはそれを理解したようで、悲しげにその目は細められた。

 パシュ、と音がして部屋のドアがスライドする。起き上がれないままそちらを振り向くと、女性が一人、美しい銀髪を揺らして入ってきた。ゼルデのものとは違い生来のものと思われるその銀色と明るい黄の瞳の持ち主を、彼女は知っていた。

「あなた、は……」

 ハッとアレルヤが目を見開き、新台にゼルデを寝かせてあわあわと狼狽した。

「何をしている?」

「そ、それは、その……彼女が……」

「お前が仇と言ったところだろう。違うか、グリシルデ・シュミット」

「え……」

 心当たりは、いくつもある。アレルヤは──ガンダムマイスターは、幾度も武力介入を行ってきたのだから。

「……四年前の超人機関への武力介入。あんたはそこで、私の父さんや母さんを、殺した。それだけじゃなく、私の好きだった人まで……っ」

 苦痛に溢れる涙にも構わず、ゼルデはアレルヤを睨む。

「ぼ、僕は……」

「シュミット少尉、少し眠った方がいい。今の貴方には、休息が必要だ」

「中、尉。そんなこと……言われても。わたしは、そいつをころさな、きゃ……」

 ソーマの手が、優しくゼルデを撫でた。ゆっくりと、眠気が強くなってくる。

 確かに、何をするにしてもこの状態では満足に動けまい。ならば怪我が治るまでは、ここで休むのも手か。

 決して油断している訳では無い、と自分に言い聞かせる。誰かが微笑むのを見たような気がして、ゼルデの意識は深く沈んでいった。

 

 

 

「あの機体を解析してみたが、アロウズの開発者だけじゃない。イノベイターも絡んでるぞ、こりゃあ」

 左足と右手だけになってしまったシュネーヴァルツァの解析を終えてイアンが言ったのは、予想範囲内のことだった。

 全身が実体剣となった、あまりに特殊な新型。アーチャー・アリオスとの戦いでぼろぼろになったそれを回収したのはアレルヤだ。コクピットをハロに開けさせ、気絶しているゼルデを運んだのも同様。撤退していったアロウズの部隊はこれを救出する様も見せず、やむなしと言ったところだったがクルーの殆どには呆れられていた。

「型番がGNX-461T、パイロットによるとシュネーヴァルツァ、って言ったかぁ? こいつの設計者はワシの想像も超えた特化仕様のモビルスーツを複数作ってると思っていい」

「そんなに珍しいんですか? こういう設計」

 沙慈は吊られたシュネーヴァルツァを見上げてそう尋ねる。始めは流されて、今は自分の意思でプトレマイオスに居るものの、彼はモビルスーツに造詣が深い訳ではない。

「使用者が限定されとる。アロウズはウチのガンダムマイスターみたいに少数じゃないからな、普通に考えれば予算の無駄遣い……に、なっとるだろう」

「狙撃特化……先代のロックオン・ストラトスが乗っているというモビルスーツに、地上でトレミーのシステムを乗っ取ろうとしたものと、セラヴィーのビームを弾く盾。設計者は同じと考えるべきかしら」

 腕を組んで、スメラギが眉間の皺を深める。

「そうだな。あんな機体、作るのに一体どのくらいの費用や時間が掛かるか分からん。調整にも相当な期間がかかっとる。最近まで出てこんかったのも納得出来る」

「高機動偏重の超近接特化型……と言っていいのかしら?」

「それもパイロットを選ぶ。刹那でもアレルヤでも乗りこなせん」

「そんなものに乗っていたなんて……やっぱり、気のせいじゃないのね」

「何があった?」

「……あの子の身体を調べたわ」

 痛々しげに歪められるスメラギの顔。身体検査をした、という言葉に加えてのこの反応にイアンはまさかと呟いた。

「彼女はあの機体に乗るために調整された存在。そう思って間違いないと思うわ。それに加えて、アレルヤから聞いたのだけれど……超人機関の武力介入に巻き込まれたそうよ。家族を失ったとの事だから、恐らく両親は研究者ね。超人機関にいたくらいだから、自分の子供をそういう(・・・・)風に遺伝子操作するなんて非人道的な真似もしないとは言えないわ」

「その話、アレルヤにはしたのか」

「ええ。聞かれたら、答えるしかないでしょう」

 皮肉なもんだとイアンは言う。作られた存在に家族を殺され、自身も両親に作られた存在でありながらモビルスーツを駆って復讐する。これでは余りにも不憫だと思わないか。

 しかし、対面したのがアーチャーアリオスでなければ危険だったと言えよう。特にセラヴィーでは、近接格闘が難しい上にGNフィールドが意味をなさなず、ケルディムではインファイトでの相性が悪い。そういう意味では、運が良かったとも考えられる。

 アレルヤにとっても、ゼルデにとっても。

「……あの嬢ちゃん、どうすんだ?」

「帰せないわね。少なくとも、この戦いが終わるまでは」

 もしゼルデを帰せたとして、彼女の心理状態を考えれば間違いなく新たな機体に乗ってこちらを襲ってくる。それが分かっていて誰が帰すものか。それに、帰す手段はないに等しい。

「けどなぁ……。聞いてるところじゃだいぶ気が強いんだろ? 大丈夫か? 特にアレルヤは」

「難しいわね。アレルヤに対しては特に突っぱねるような態度だわ。軟化してくれればいいのだけど」

「無理だろうな。けど、いずれ疲れて来るだろう。気を張ってるのも限界がある」

 遠からず、と言ったところか。

「ミレイナ。しばらくは、フェルトと一緒に彼女の所へ行ってくれる?」

「了解ですぅ」

 ハロに指示を出し、機体の整備をしていたミレイナが振り返って言った。彼女は恐らく、ミレイナと同じくらいの年齢だ。接しやすいところはあるだろう。アレルヤ以外には不器用ではあるもののちゃんと会話をしてくれていることをスメラギは知っているというのもあった。

「シュミットさんは、優しい人です」

「どうしてそう思うんだ、ミレイナ」

「だって、この前会った時もちゃんとお話してくれたですぅ。ハプティズムさんにはすごく突っ慳貪ですけど、それも家族のことが大事だったからです。きっと冷たくしようとしてるのに、優しいからできてないです」

「ミレイナがそう思うならそうだなぁ」

 ライルから離れてきていたオレンジのハロが跳ねて、「ヤサシイ、ヤサシイ」と繰り返した。

「ハロもわかるですか?」

「ツンデレ、ツンデレ」

「そんな言葉どこから仕入れてきてんだハロ……」

 イアンは頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はいつだって、お前を守りたかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュミットさん、こんにちはですっ。食事を持ってきたです!」

 ぴょこんとツインテールを跳ねさせて、ミレイナはドアの端から顔を出した。食事のトレーをベッドの脇に置いて、起き上がったゼルデの隣にしゃがんだ。

「……貴方、いつも元気ね。どうしてそんなに明るくいられるの?」

 ソレスタルビーイングに捕らえられてから、ゼルデの生活は殆どが睡眠と治療、食事になってしまった。ただの捕虜にここまでする義務はなかろうに、明らかにその待遇を超えていた。

 監禁される訳でも、拷問をされるわけでもなく、十分な睡眠と食事が与えられる。おまけに、頻繁にミレイナという少女が訪ねてきて賑やかだった。

「ミレイナはミレイナだからですぅ」

「……答えになってないよ、ミレイナ。グリシルデさん、困ってる」

「ゼルデ」

 短く、ゼルデはそう告げる。

「ゼルデ、って呼んで。……呼び捨てで、いいから」

 言いにくそうに発された言葉に、フェルトは頷いた。

「私たちに、そんなことを教えていいんですか?」

「……あんた達は直接手を下した訳じゃないし。私の仇は、あの男だけよ」

「シュミットさんは言い聞かせてるように見えるですぅ」

「ミレイナっ」

 慌ててフェルトが窘める。「いい」と首を振ってゼルデは俯いた。

「わかってるのよ。でもね、私はそれでも……あの男を憎まずには、いられないの。あいつのせいで、私の大切な人は、人じゃなくなったから」

 でも、とゼルデは呟く。

「あの時どうして、あんな無謀な行動をしたんだろうって……わからないの」

「それは、どういう……」

 重い振動が走る。複数連なる揺れに、ゼルデは「砲撃……?」と天井を見上げた。

『敵艦隊を補足、アロウズの戦闘艦だ。ミレイナ、フェルト、至急ブリッジへ』

 不意に割り込んだのは当直を代わっていた刹那の声だ。

「貴方の服はそこに入っているわ。着たらブリッジに。……荒っぽいことになるから起きておいて」

 二人が慌ただしく部屋を出ていく。砲撃はやむことなく艦を揺さぶっていた。

 おそらく、仲間が戦っている様を目にする事になるだろう。それが分かっていても、ゼルデは拒むことができなかった。

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