終わらせる禁忌   作:Damned

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雪崩るが如く

 新型の一つであるアイアスの強奪と、パイロットのエイヴィリー・ミシェルの逃亡。

 それに加えてシュネーヴァルツァはゼルデごと葬られてしまった。フォルトゥナの、いや、戦術予報士のマライア・ミルティの失態と言う他ないだろう。

 それでもまだ、ミルティは報告することを躊躇っていた。

 理由は単純。指揮官を信用出来ないからだ。

 敵の補給や休息を許さず襲撃する。その予定だったのに、グッドマンの命令で追撃は許されなかった。

 彼は地位こそ高く、アロウズの実質的ナンバーツーだが、指揮官としてはそれなりで攻撃パターンも多くない。そんな人間が繊細とも大胆とも取れるソレスタルビーイングの指揮官──それもカティ・マネキンに匹敵するほどの優秀さらしい──に適うはずがないのである。

 このままでは虎の子の二基目も、ガンダムに落とされてしまいましてよ。召集をかけた乗員が入室してくるのを見ながら、ミルティは毒づく。

 一方で、招集に応じて司令室に入ったニールは、違和感を覚えて首を傾げた。

 人が少ないのだ。どこかに行ってしまったアッシュとマテリアだけではない。戦術予報士のワーテラーと、ラモールも欠席している。

 二人は遅れてくると伝え、壁にもたれかかって人数が揃うのを待つこと数分。痺れを切らしたミルティがオペレーターに連絡を支持した。

「ワーテラー中尉とフィアー大尉はどうなさっていますの? 呼び出しにも応じないなんて、一体どこに行ってしまったのやら……」

「代わりに、上層部からの連絡です。ワーテラー中尉、フィアー大尉の両名は、現在カタギリ司令により特命を下されていると」

「特命? そんな話は聞いておりませんが……わかりましたわ。会議を始めましょう」

 普段、柔和な雰囲気を纏っている彼女のピリついた空気を感じ取ったのだろう。パイロットを含めたフォルトゥナのクルーたちは、真剣な表情でミルティを見た。

 ミルティの横にあるスクリーンには、監視カメラの映像が複数流れている。いずれもエイヴィリーを映したもので、逃亡の直前であろうアッシュと会話している場面もあった。

「皆さんがご存知のとおり、ミシェル准尉がアイアスと共に逃亡しましたわ。まだ上層部には報告していませんが、これは立派な軍規違反です。彼には他にもカタロンの構成員など複数の嫌疑も掛かっております」

 こちらの被害は、フォルトゥナの格納庫から外はと隔壁が一枚破壊されたことと、アイアスが奪取されたことだけ。しかし彼の行為と、まだ把握はされていないだろうが私用のデータが差し押さえられれば、彼が裏切った理由は自ずと明らかになるだろう。

 ニールは黙って、ミルティの言葉を聞いていた。

「ですから、これを──」

 不意に。

 スクリーンに映った画像が乱れる。

「何事です?」

 ミルティは映像を出していたオペレーターに、眉をひそめて尋ねた。

「ち、違いますっ。外部からの不正干渉です!」

「不正干渉?」

 みるみるうちに彼女の表情が険しくなった。普段微笑みを浮かべているミルティのそんな表情に、オペレーターが肩を跳ねさせた。

 ひどく不安になる。肌が粟立つを感じて、ニールは思わずその身を抱いた。

「……っ、」

 ノイズの混じった映像が安定する。機体のコクピットを背景に、何者かがヘルメットのシェード機能をオフにした。

 グリーンの瞳。浅黒い肌。きりりとした太めの眉。

「なん、で」

 ニールは、この期に及んでもまだ、エイヴィリー・ミシェルが仲間であるという認識を捨てられずにいた。

 これではまるで──本当に、エイヴィリーがスパイのようではないか。

 彼はニヒルな笑みを浮かべて、口を開いた。

『ミルティ少佐。聞こえてますか?』

「ミシェル准尉! 今、何処にいるッ!」

 優しく穏やかなフォルトゥナの女艦長という仮面も忘れて、ミルティが怒鳴った。その声には怒りだけではなく、本心からの心配も含まれているのをニールは感じた。

『そんなに怒らないでくださいよ。早速だけど、本題に入りますね。グッドマン准将はいらっしゃいますか?』

「准将でしたらここには居ませんわ。現在ここで指揮を執っているのはわたくしです。お話を聞きましょう」

『メメントモリは俺がいただく。理由は言えませんが、承諾しないのならば武力の行使も厭いません』

「なんですって──」

『一分です。一分以内に、艦隊をメメントモリから離してください。しなければ……わかりますね?』

 暗に、『メメントモリを渡さなければアロウズの艦隊を消滅させる』とエイヴィリーは言った。

「愚かですわね。メメントモリを貴方に渡したとしても、直後に破壊されることがないとは思わなくて?」

『あと四十秒ですよ』

「ッ、やめろ、エイヴィリー……!」

 半分悲鳴のように、ニールは言った。否、驚愕の余り声は掠れて声になっていなかった。その向こうで、装着しているインカムへ入った連絡にミルティが再び怒鳴る。

「大量のミサイル? 良いから落ち着け! そのくらいではメメントモリは壊れません。……構わんッ、とにかく時間が無い、そこから離れろ!」

 それからミルティは複数の指示を出し、睨みつけるようにスクリーンを見上げた。

『退避は終わりましたか?』

 騒然とした室内に、静かなエイヴィリーの声が響く。メメントモリから離れていく部隊を見つめながら、ミルティが乱暴に机を殴った。

「ああ終わっているっ。お前に心配されることではない!」

『分かりました。それでは』

 静寂の中で、コンソールを叩くような音が響いた、直後。オペレーターの向き合っているモニタを凄まじい光量が満たしていった。

「……な、」

 それがおさまり、元の宇宙空間が映るようになったあと。

 広がっているのは、まさに『惨状』というほかない光景だった。巡洋艦とモビルスーツだったものが散らばり、半分以上の戦力が消滅してしまった。

『待避させれば撃たない、なんて言ってませんから』

「てめえ……!」

 そのやり口に、湧き上がった怒りが言葉に変わった。エイヴィリーのやったことは、テロリストと変わらない。

『これで俺の本気が分かっていただけたかと思います』

 それにも動じず、エイヴィリーは続けた。

『今の映像を見れば、どういう意味か分かると思いますが。今から十分以内に、メメントモリの起動コードを送信してください。

 俺が乗っているのが『トロイアイアス』であることをお忘れなく』

「待てよ、エイヴィリーっ」

 それだけを告げて、エイヴィリーはスクリーンから姿を消した。引き留めようとした声よりも先に映像が元に戻る。

 唇を噛み締め、苛立ったように情報端末を掴んだミルティに追い打ちをかけるように、非常警報が鳴り響く。

「今度は何だ!」

「大変ですっ。ソレスタルビーイングが現れましたっ。距離四千!」

「ソレスタルビーイング? 残っている戦力は」

「巡洋艦一隻、モビルスーツ六機です。基地からの出撃を含めても、先程の半分以下になります!」

「こんな時に、冗談じゃない……! まさか、タイミングを合わせて?」

 並ぶパネルの映像を睨んで、ミルティはクルー全員に告げる。

「総員、戦闘配備。パイロットは格納庫より出撃、先に出撃しているモビルスーツと共にガンダムを迎え撃ってください。対応はプラン通りに、わたくしはこちらで指示を出しますわ」

 了解の声と共に、フォルトゥナのクルーたちは退室していく。極度に高まった緊張の中で、あいつ、と呟いた声は低く拡散していった。

 

 

 

 スメラギがメメントモリ二号機の破壊ミッションの実行を決めたのは昨日の事だった。まだ整備の完全ではない今、アロウズから逃げ回りながらでは限界もあった。

 アロウズであるはずのゼルデも、衛星兵器の破壊には賛同していた。ソレスタルビーイングの活動の是非はともかく、関係の無い一般市民を巻き込んでの虐殺は到底許されるものでは無いと。アフリカタワーでの事件──世間には、ブレイクピラーと呼ばれるようになっていた──もメメントモリによるものだと知って、憤ってすら居た。

 おそらくはかつての仲間と殺し合うことになるだろう。賛成したゼルデの中に葛藤がなかった訳では無い。

 飛行できる程度には修繕されたシュネーヴァルツァを見上げ、ゼルデは溜め息をついた。働かざる者食うべからずの精神でガンダムの整備を手伝ったのはゼルデだ。衛星兵器の破壊がなされるまでと自分に言い聞かせて、格納庫に併設されている待機室のベンチに腰掛ける。

「エイヴ、大丈夫かなぁ……」

 そこまで酷い怪我ではなかったこと、再生医療を使えたことによって、ゼルデの体は殆ど元のとおりに動かせるようになっていた。そんな状態の今、メメントモリが破壊されれば何時までもここにいる訳にはいかない。

 いっそ破壊ミッションのタイミングでシュネーヴァルツァと共に放り出して貰おうか。適当にそんなことを考えていると、格納庫側の入口からアレルヤが入ってきた。

「お疲れ様」

 シミュレーションを終えたのだろう。パイロットスーツ姿の彼は少しだけ微笑む。無愛想にゼルデは「貴方も」と返して、またガラスの向こうを眺める。

 彼は少し離れたところに座って、ちらりとゼルデを見ると口を開いた。

「あのね」

「何」

「少し、聞きたいことがあるんだけど。……いいかな」

「答えられる内容なら答えるわ」

 アレルヤの声色は至って真剣だ。ゼルデは再び、素っ気なく答えた。

「君はさ、自分が何なのか……知っているのかい」

「アロウズのモビルスーツパイロット、グリシルデ・シュミット。あんたに復讐を誓った女よ」

「違う。所属とか、そんなのじゃなくて……本質というか、根源というか……」

「訳わかんないこと言うわね」

「ごめん。怒らせたかった訳じゃないんだ」

 この様子だと、ゼルデは自分がどういう存在なのか知らないのか。攫われて超兵としての人体実験をさせられたアレルヤと違って、遺伝子レベルからパイロットになるべく作られた彼女はその事実を知ったらどんな反応をするか分からない。

 極めて平静を保ってアレルヤは話題を変える。

「……ゼルデさんは、ロックオンのことをどう思うの」

「ストラトスさんのこと?」

「違う違う、アロウズの、……君の仲間の」

 ニール・ディランディという名前を呼ぶことを躊躇い、しかし他に言い方を思いつかなくて、アレルヤはそう言った。

「そう、ね。私たちに気さくに接してくれて、精神面にまで気を使ってくれる……戦闘の時も含めて、いい上官だと思うわ」

「……うん、ありがとう。じゃあもう一つ聞くけど、あれが……アロウズにいるのが、彼の本心だと思うかい?」

 刹那も、ティエリアも、十年以上会っていないライルですらも、割り切れていないように感じられた。

「ええ、本心よ」

 ゼルデはそう言い切った。

「当然、仲間だったあんた達は信じられないでしょうけど。あんた達の知ってるロックオンが全てって訳じゃないのよ」

「そうだね。人には多面性、ってものがある」

 性別、年齢、立場。対面する人物が違えば、見せる言動に違いは現れる。

「……僕達は、彼の一部分しか知らなかったんだろうね」

 目を伏せて、アレルヤは呟いた。

「いつも明るくて、頼もしい兄貴分でまとめ役。それだけの人間が、ソレスタルビーイングになんて来るわけないんだ。僕は、彼が仇を取ろうとしたときいて初めて、それに気づいたんだ」

「貴方……」

「勿論、僕らに見せていたあれが嘘だとは思わないよ。でも、彼はきっと、本当の自分を見せていなくて……」

「その結果が私の知っているロックオンだというのね」

 アレルヤは、頷いた。そういえば、とゼルデは伝えたことの無い事実があることに気付く。

 これを知らぬから尚更。かつての仲間であった彼らはそのギャップに戸惑っているのではないか?

「ロックオンは……記憶を、無くしてるわ」

「……うん。ロックオンから聞いたよ」

「貴方達が武力介入を始めたのより、数年前から。AEUの特務機関にいたと言っていたの」

「一体誰がそんなことを……」

「イノベイターだ」

 いつの間に居たのだろうか。ティエリアが入口に立ち、そう断言する。

「ティエリア。君をシミュレーションを?」

「いいや。僕は彼女を呼びに来ただけだ」

「グリシルデさんを?」

「それで、アーデさん。イノベイターというのは何ですか? よく貴方達の会話から聞こえているけれど」

「連邦を……世界を、アロウズを裏から操っている存在だ」

 怪訝そうにゼルデはティエリアを見た。それもそうだろう、世界を裏から操る──そんなスケールの大きな話をされて、おまけにイノベイターなる存在を示唆されれば誰だってそうなる。

「アロウズの非道な行為が表に出なかったのも彼らが工作をしたからだ。君も知っているだろう、ブレイクピラー事件がテロリストの攻撃によるものだと世間に公表されていることを」

「ええ。つまり、ロックオンの記憶がないのも、彼らの仕業というわけ?」

「その可能性は十分にある。だが、彼を前線に出すのは多大なリスクがある」

 その言葉に、ゼルデはふと「自分の認識に齟齬があるのではないか」と思った。

 彼がアロウズにいるのはイノベイターなるものの総意ではなく、一部の独断ではないか? だとすれば、納得が行くことも多い。

「ねえアーデさ……」

 艦内に、フェルトの声が響く。王留美からの緊急暗号通信が入ったという旨の言葉だ。実際には彼女と結託していたリジェネからもたらされた情報は──ソレスタルビーイングのエージェントの一人、トロイア・ヘクトールの逃亡と、その彼がメメントモリ二号基の奪取に向かったというものだった。

「メメントモリが奪取されるって……」

 呆然とアレルヤが呟いた。この場にいる誰もが同じ気持ちだった。

 どうして、と口にしたゼルデの声は拡散し、消えた。

「行こう。ブリーフィングルームに集まっているはずだ」

 その言葉に異論は無かった。三人は立ち上がり、部屋を出る。

 無意識に三人の歩みは早まって、小走りの状態で入室する。既に部屋には刹那とライルが来ていた。

「メメントモリ二号基が奪取されると言うのは本当かっ?」

 焦りを含んだ声で尋ねるのはティエリアだった。スメラギは自分の書いたらしいミッションプランを読み返しながら答える。

「ええ、事実よ。だから……予定より大きく早まるけれど、メメントモリ破壊ミッションを敢行します」

 複数のウインドウがスクリーンに展開されていく。そこに映るのは、両肩に盾を装備した青いモビルスーツ。

 酷く嫌な予感がして、付いてきたゼルデは服の胸元を掴む。

「トロイアに会ったことのあるメンバーはティエリアと、ラッセ位かしら」

 各々が頷く。エージェントというからにこちらに顔を出したことはほぼ無いのだろう。

「私も音声しか知らないけれど、アロウズに潜入していたわ。ソレスタルビーイングにスカウトされたのは三年前ね」

「僕も会ったのは一度だけです。その彼が、なぜアロウズを裏切るようなことを?」

「トロイア・ヘクトール──本名、エイヴィリー・ミシェル」

「──っ、」

 スメラギの言葉は、突き刺すような響きがあった。

「待ってくださいっ。ノリエガさん、なぜエイヴの名前が……」

「彼は私たちの仲間よ。三年前から」

 ゼルデは目を見開いて、──それから、唇を噛み締めると、俯いた。

 スメラギの言葉を否定できる要素は、ない。

 それに彼女は、エイヴィリーがどこかへ連絡しているのを何度も見ていた。なんと聞いても、誰とのものかを教えてくれなかったこともゼルデの記憶に残っていた。

 それでもエイヴィリーが自分の仇に与していたという事実を、ゼルデは信じられなかったが。

 故に、これを実行しようとゼルデはスメラギに問う。たとえ拒まれようとも、許可してくれるまで何度でも言おうという決意を持って。

「ノリエガさん。一つだけお願いがあります」

 

 

 

「……よく帰ってきたな、と言うべきか。もう行ってしまう貴様には、さよなら、という言葉の方が似合うかもしれないな」

 月基地の第七格納庫の中で、アッシュは白いモビルスーツを見上げる。

「ただいまと言っておくわ。軍規に厳しい貴方がこんなことをするなんて思わなかったわよ、アッシュ」

 白を基調とし赤を所々に走らせた、シュネーヴァルツァの系譜を継いだ機体。しかしシュネーヴァルツァと違って全身が剣という訳ではなく、一般的なモビルスーツに近い外観となっている。ただ全く違うものは、背中から伸びるシールドビットらしきものが取り付けられた基盤がある事だ。それから、胸部に刺さった、杭のようなもの。

 新兵器だと予想はつく。また、腰部のリープユニットは排され、鞘に収められた実体剣が一本と、シュネーヴァルツァと同じアンサラーが二本。ビームサーベルも、同じく二本。やはりと言うべきだろうか、射撃兵装は一切無い。

「マニュアルはインストールしてある。読み込んでおけ」

「了解。私はありがたいんだけどね。命令違反は許されないわよ。裏切り者は処刑される──私は少なくとも、そう認識しているわ」

「アロウズは僕を殺せない。だから、安心しろ」

 アロウズの優れたパイロットであり、イノベイターであり、そしてもう一つの理由から──長であるリボンズが、抹殺を許しはしないだろう。それに、メメントモリを奪取するであろうエイヴィリーを止めるという名目もある。

「それにどうして確信があるのかはわからないけど……GNX-462T『ラヴィーネ』。確かに、託されたわ」

 グリシルデ・シュミット少尉。戦死したと思われていた彼女はソレスタルビーイングのスペースシップから脱出し、基地に帰還。しかし、その事実は本部に伝わることはなく、アッシュとマテリアしか知らない。

 アッシュはそれを利用してラヴィーネを彼女に受け渡し、エイヴィリーを止めるよう裏で画策していたのだ。

「また会おう。俺には、奴を止められなかった。……エイヴィリー・ミシェルを止めてくれ──頼む」

「言われなくても。ぶん殴ってでも連れ帰ってやるわ」

 ラヴィーネの装甲を蹴って、ゼルデがコクピットにおさまる。

 スタンバイ状態であったその機体は、朱い粒子を拡散しながら、飛翔していった。

 

 

 

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