ヒリング、リヴァイヴという二人のイノベイターに出会ったニールは、少しだけ不機嫌だった。
見下した態度が気に入らないとか、撃たれそうになったのが気に入らないとかそういったものではない。ただ、リジェネのことを思い出して自分の記憶に不安が過ぎるのだ。
ニールは、自分がソレスタルビーイングにいたのでは無いかという可能性を捨てきれずにいた。そのせいか、最近はきまって悪夢を見る。仇であるはずのガンダムマイスターを殺して、しかしその先には家族の焼け焦げ悲惨な状態となった遺体が転がっている。ゆえに、もし自分がソレスタルビーイングであったのなら。それを考えると自分がここに居る──生きている意味が無くなるような気がして、可能性を排除してしまっているが。
「……よう、マテリア」
シャワールームに響くニールの声は暗い。
「ロックちゃん。……その様子だと、エイヴちゃんも見つけられなかったみたいね」
「ぶっ壊れた残骸しか残ってなかったからな。エイヴィリーもってどういうことだ?」
「実はね、ゼルデちゃんが見つかったのよ」
「……は?」
マテリアの言葉が理解出来ず間抜けな表情を晒してしまう。
「あいつが生きてたってそりゃ……何で」
「ソレスタルビーイングに拾われていたようね。それで、今回メメントモリを破壊するのに彼らが来たでしょう。そのタイミングで逃げ出したみたいよ」
「はあ? じゃあエイヴィリーの行動は全くの無駄に……」
「悲しいけれどそうなるわ」
彼女を失って半ば衝動的に飛び出した彼の行いは、ゼルデが生きているというのならば徒労──というのもおかしいのだが──となる。
彼女の生存を喜んでいない訳では無いが、これではエイヴィリーもゼルデと会えないのだから。
「それで、ゼルデはどうしてる?」
「行方不明よ」
「は……?」
再び、呆けた声を上げた。
「ワタシの考案した新型の話はまだしてないわよね?」
「聞いてないな。お前さん、もう考えてたのか?」
「そうよ。特にシュネーヴァルツァについては重大な欠陥が見つかったから、すぐにでもと思ったのだけれど」
「欠陥?」
「リープユニットは知っているわよね?」
GNリープユニット。シュネーヴァルツァのアーマースカート部の呼称だ。シュネーヴァルツァはそれを蹴っての急旋回、急加速、急制動を行うことで近接戦闘での能力を高めている。
「あれがどうかしたのか?」
「シュネーヴァルツァはリープユニットを蹴る性質上、どうしても動きが読まれやすいのは理解出来るかしら」
「そりゃ、次に脚をつく場所を教えてるからな。けど、あんな速度で移動する物体を捉えられる奴なんているのか?」
「いたのよ。まさかそんな事になるなんて思ってもいなかったけれど……あの羽付き。相当のものよ」
「あれか。アレーティアのシールドをへし折りやがった」
「実際、シュネーヴァルツァを落としたのもあれよ。不安要素を増やしたくなかったから彼女には言えなかったけど、あれとは決定的に相性が悪かったわ」
朱い粒子と共に散ったシュネーヴァルツァを思い出す。ソレスタルビーイングとは数度交戦したのみだが、彼女があそこまで損傷させるとは相当のものだったに違いない。
「ごめんなさいね、話を戻しましょう。完成したシュネーヴァルツァの後継機を彼女に託し、エイヴちゃんを止めるようお願いしたの。新装備もあることだし大丈夫と思ったのだけど……」
「あの様子からすると、共倒れってとこか」
「その可能性もあるわね。いずれにしろメメントモリは破壊されてしまったし……最悪のパターンだわ」
苛立ったように唇を噛んで、マテリアはカゴに制服を放り込む。普段の彼女からは考えられないほどその所作は乱暴だった。
シャワーを浴びるのだったとニールは制服のベルトを緩めながら、数刻前の光景を思い浮かべる。
あの場所に散っていたのは青い装甲と赤い装甲、それからなにかの残骸だけだ。シュネーヴァルツァと恐らく同じカラーリングであろう新型らしきものはなかった。先程はああ言ったものの、処刑されるのを恐れたゼルデが偽装工作をしてエイヴィリーと共に逃げた可能性は否定できない。
だとすればどこに。その理念に反する行いをしたため、ソレスタルビーイングではないだろう。結論を出せなくて、ニールは服を脱ぎ捨てるとシャワーブースに入った。
降り注ぐ水の音だけが室内に響く。暖かいそれが身体を伝って、ささくれだった気分が少しだけ落ち着いた。
「……ロックちゃん。最近、あまり調子が良くない様子ね」
パーテーションの向こうから、マテリアがそう言った。事実、ティエリアと切り結んだ後から、否、フェルトと出会った後から、発作は日に日に頻度を増していっている。
「……そう、だな。最近、よく発作が起こるんだ」
水の勢いを弱めてニールは厳しい表情を浮かべ、答えた。
「理由はわからない。だが、前は月に一度起こるか起こらないかだったのに……今は、三日に一回くらい、発作が起きるんだ」
理由に薄々勘づいてはいたが、ニールはそう口にする。
「そう。アナタは一度、診てもらったほうがいいわ。薬があまり効いていないのかもしれないから」
「この戦況で離れるわけにいかねえだろ。何言ってんだ」
「いいえ、この戦況だからこそよ。戦闘中に発作なんて起こしたら、アナタ……死ぬわよ?」
ともかく診てもらいなさいとマテリアは釘を刺す。
「……分かったよ。リジェネに連絡してみるさ」
「それなら問題なく。ワタシもあっちに帰る用事があるから、連絡しておくわ」
衝立の向こうで、マテリアが微笑んだ気がした。
仲間を二人も失い、荒みつつあった精神は、リジェネの同位体である二人によって保たれていると言っても間違いはなかった。
それから、数日後。
電源の落とされたモニタに囲まれたアレーティアで、ニールは一人膝を抱えていた。
メメントモリ二号基が破壊されてから二ヶ月。あれから数度、ガンダムと交戦する機会があった。その度に自分たちの仲間だと言われ、ロックオンと呼ばれ、それを振り払うように銃を乱射し叫ぶ。
自分でもこの記憶が偽りのものであると薄々勘づいていた。けれども、それに代わる何かがある訳でもなくて。
「うぐ、っは、ああぁ……」
まただ。また、頭が痛む。発作の頻度は増して、見兼ねたらしいリジェネに新しい薬を寄越すと告げたのが一昨日。そのついでに君の体を見ると言われ、ニールは単身、アレーティアに乗って軌道エレベーターへと向かっていた。マテリアも同じ場所にくる予定があったようだが、予定が合わず一日後になるらしい。ゆえに、操縦はハロに任せ、ニールはひとり、この狭い世界に篭っていた。
抑制剤を適当に放り込んで水と共に飲み干す。
ニール・ディランディが縋れるのはもはや、偽りのはずのリジェネの言葉だけだった。
ロックオン・シューター特務大尉。AEUの特務部隊からアロウズに引き抜かれた、モビルスーツパイロット。五年前、反ソレスタルビーイングのテロに巻き込まれ、右眼と左脚を細胞異常に蝕まれた狙撃手。
そして、ニールは考えることを恐れているが、ソレスタルビーイングの構成員。
『──ロックオン。なにかあったのですか?』
不意に通信が届いて、ニールはぼんやりと顔を上げる。おそらく、定時の連絡──一時間ごとに連絡するように言われている──を忘れたニールを心配してのことだろう。
アッシュはいつも通りの無表情で、こちらを見ていた。
「……お、う。ちょっと考え事してただけだ。連絡、忘れて悪いな」
『そうですか。あまり顔色が良くありませんね』
「あんまり体の調子が良くなくってな。今回呼び戻された理由だよ」
『お大事に。そちらで数日間お休みになると聞いていますから、ゆっくりしてくださいね』
「分かってるよ。次会う時は、万全になって帰ってくるさ」
ウインドウが閉じる。再び暗く閉ざされたコクピットの中で、ニールは呟いた。
「俺は、ロックオン・ストラトスじゃない。アロウズの……ロックオン・シューターだ……っ」
暗示にも似たその言葉に、答えるものはない。
ハロは無言で目を点滅させるだけだった。
心ここにあらずといったふうに宙を仰ぎ、その虹彩を金色に輝かせる。
アニュー・リターナーのそんな姿を目にした時から、そんな予感がなかった訳では無い。その現象が起きたあとには、必ずアロウズの襲撃にあっているのだから。しかし、そこには彼女の意思は介在していない様子だ。その尋常でない様子を、仲間たちは知らないはずだ。
故にライルは、イノベイターを叩き潰せばこれ以上アニューが利用されることは無いはずだ、と誰にも告げずにいる。
メメントモリ二号基を破壊したあと、たった二ヶ月での二十近い襲撃を退けながら、ライルはそう誓ったのだが──『その時』がやって来るのは早かった。
予定の進路から外れた進路へ向かうプトレマイオスにラッセ・アイオンが声をかけると、両目を金色に輝かせたアニューが彼に発砲したのだという。
捕虜──リヴァイヴへの尋問を行っていた際に起きたそれと同時に、艦内のシステムがダウン。非常用の電灯が灯る廊下を刹那と共に走る。彼は何かの確信を持っているようにこっちだと言い、ライルはそれについて行った。
その先で、二人の人影が銃を突きつけあっているのが見える。
ソーマとアニュー、そして彼女の人質となったミレイナだ。
ライルは思わず言った。「やめとけよ、アニュー」
「ライル……」
「俺を置いて行っちまう気か?」
動揺を押さえ込んで、そう尋ねる。今の彼女の瞳は金色でもなければ、ぼんやりとしている様子でもない。これまでのことが演技にしろなんにしろ、意識があるのならば説得は出来るはずだ。
「私と一緒に来る? 世界の変革が見られるわよ」
「オーライ、乗ったぜ。その話。おまけにケルディムも付けてやるよ」
軽くそう応じると、彼女は二人きりの時に見せてくれたような優しい笑みを浮かべた。
「きっと、あなたのお兄さんも喜ぶわ」
不意を突いて出てきたその言葉に目を見開いたその瞬間、ソーマから拳銃を奪い取った刹那がアニューに向かって引き金を引いた。
「……っ!」
弾き飛ばされる銃に驚いたアニューからミレイナを奪い返す。彼女は踵を返し、格納庫に向かって消えた。
直後──大きく艦が揺れ、連続して衝撃音が響く。
「敵襲か!」
「オーライザーはっ」
彼女は格納庫へと向かっていったのだ。ツインドライヴシステムの解析のため、オーライザーを奪取するのだと推測するのは容易。
「大丈夫です。既に彼女がいます」
その言葉にほっと息をついて、しかしそんな事をしている暇は無いのだと思い出す。
艦内システムがダウンした状態での襲撃に思わず天井を見上げる。
アニューの走り去った通路に一瞬目を遣って、そんな場合ではないとライルはケルディムのもとへと向かった。
手動でハッチを開き、ケルディムは出撃する。艦内システムが使えない以上、ここでプトレマイオスを守らなければライルたちに待つのは死のみだ。
予想通りと言うべきか、襲ってきたのはアロウズではなくイノベイターたちのモビルスーツであった。ガデッサ、ガラッゾの二機とダブルオーライザーが交戦。
スナイパーライフルを構え、ダブルオーの援護をしようと照準器を覗いたそのとき、プトレマイオスから飛び出してきた小型艇が目に入った。
『アニュー……』
それを追おうとケルディムが飛翔するが、ガデッサの砲撃がそれを阻んできて、ライルはハロに回避運動を任せながら小型艇を狙う。
『戻れっ、アニュー。アニュー・リターナー!』
通信を飛ばしたが、応答はない。
くそっ、と毒づく。モニタは既に小型艇をロックオンしていることを示していて、トリガーを引くだけでお終いだ。
『俺は……ッ!』
震える手で、ライルは引き金を絞った。
だが──ケルディムの放ったビームは、小型艇に着弾する前に散る。
『な、』
自分の認識を疑う。今、何が起こったんだ?
ライルが狙ったのは小型艇のスラスターだ。推進力さえ奪えば、小型艇を捕えることなど容易。アニューとリヴァイヴを捕虜にして、そうすればヴェーダの所在も明らかになるであろう。
そう思ったゆえの行動だったのだが、一体誰が、どうやって。
実弾であれば、銃弾同士をぶつけ合うという技術が存在する。だがケルディムの握るのはビーム兵器で、おまけに狙いは小型艇ではなくて。偶然と言うにはあまりにもおかしな事象だ。
驚愕するライルの向こうで、小型艇は遠ざかっていく。
そしてそれと入れ替わるように。
紫色のモビルスーツが、ケルディムの前に立ち塞がった。
『ロックオンの片割れ。貴方を行かせはしない』
膝までかかるアーマースカートと、背中の双翼。
さながら魔術師のように杖を振るった機体──ガラテアが、何も気にかけていないとばかりに平然と、通信を飛ばしてきた。
『てめぇ、』
『貴様が彼の半身であるというのは事実だろう』
全身が沸騰しそうなほどの怒りを覚えたライルは絞り出すような声で応答し、畳んだライフルをガラテアに向けた。
『黙れ』
『頭はクールにしておいた方が身のためだ。だから背後を取られる』
ハロの助けがなければ、その物体はこちらと接触していたであろう。鳥のようなそのシルエットは、幾度となく目にしたこちらを乗っ取ろうとしてくるもの。
冷や汗が背中に伝うのを感じる。ふ、と息を吐いたのがライルにも聞こえていて、
『しかし、今ここで貴方とことを構えるのは僕の意思ではない』
『は、』
『ロックオンは貴方を鹵獲しろと命じている。俺は彼の部下だから、それに従う義務がある。だが今は、それが出来ない。時間稼ぎだけにさせて貰おう』
『余裕ぶりやがって……!』
あの様子では、直接の戦闘が得意ではない機体だ。こいつをぶっ倒してアニューを捕まえる。そう考えてライルは二丁のピストルを抜いた。
『戦闘を望むか。──翔べ、スクワイア』
すっと、その手に握るGNヒートロッドが振るわれた。
肩に止まっていた三基も飛び立って、スクワイアがケルディムを狙う。シールドビットとピストルで対抗し、こちらに取り付こうとしてくるそれらを振り払いながらケルディムはガラテアを攻める。
しかしあちらに交戦の意思がないというのは本当のようで、再び向き合うよりもガラテアが踵を返すのが早かった。
『ふざけんな……!』
アニューと同じく、ガラテアも遠く離れていく。ガデッサの放ったであろうビームがケルディムの進行方向を遮って、その後には。
『くそっ』
思わず、コンソールに拳を叩きつける。
愛した女性も、兄の事情に深く関わっているであろうイノベイターも、はるか遠くに消えていた。
ダブルオーおよびダブルオーライザーの強奪には失敗したものの、トランザムやツインドライヴシステムの奪取には成功した。かろうじて及第点と言ったところか、とアッシュは呟いた。
ヘルメットを外し、ぺったりと固定されてしまっている髪を解すように頭を振る。ロッカーには仲間──ヒリングやラモール──もいたが、アッシュは制服に着替えようとした。
そこに、声がかかった。
「及第点? ならあんたが緑のをやっちゃえばよかったじゃない。相変わらず、上官の狗ねぇ」
突っかかるような物言いで、ヒリングが言った。
「分かるわよ。あんたと違って、不完全じゃないから」
「……黙れ」
「これだから脳量子派を使えない人間はやあね。筒抜けよ、あんたの思考」
「そうやって人間を下に見るから二対一でもやられるんだ。相変わらず貴様は馬鹿なのか、ヒリング・ケア。その『脳量子派も使えぬ人間』にやられた気分はどうだ?」
「あんたねぇ……──ま、いいわ。何言われてもあんたが劣化版ってことに変わりはないんだから、アッシュ」
ヒリングの乗るガデッサが撃墜されたことは事実である。だが、アッシュらしからぬ煽るような口調に、ヒリングは侮蔑の色合いを混ぜてそう言った。
脳量子派を使えない──正確には、アッシュは発することしかできない。双方向での会話ができないのだ。故に仲間たちからは半端者として扱われ、ともすれば彼のように見下すこともある。
「リジェネも馬鹿よねえ。こんな失敗作、捨てちゃえばよかったのに」
「貴様……!」
「はいはい。アッシュもヒリングも落ち着きましょうね。こんな所で諍いを起こしてどうするの。次のミッションもあるでしょう?」
ぱんぱん、と手を叩いて、フォルトゥナから移動してきていたらしいマテリアが二人をとりなした。トランザムとツインドライヴの必要性はある意味リボンズよりも分かっているマテリアとしては、ここで二人に争われては戦場でのことも不安になる。
「ああ、すまない」
「……リジェネに作られた駒のクセに」
アッシュは先程の行動が演技のように冷静になる。
ヒリングは不服そうに呟くが、彼女が機体の整備をしていることを理解しているからであろう、仏頂面でロッカーを出ていった。
残るラモールも退室して、マテリアとアッシュの二人きりになる。
「ワタシも今からあっちに向かわなきゃ行けないし……くれぐれも、行動には気をつけるのよ。アッシュ」
「分かっているさ、マテリア」
その、やり取りの意味は──