終わらせる禁忌   作:Damned

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確信のストケイオン

 薄暗い自室で、私はベッドに座っていた。

『こちらの報告は以上ですわ。そちらの状況は如何ですの?』

「問題ありません。彼の治療もほとんど完了していますし、行動の指針も先程申し上げた通りです」

『それは安心しましたわ。ですが、気をつけてくださいね。アロウズの艦隊が集結していますわ』

「分かりました。機体調整を続けてください」

『了解致しましたわ。GNW- 021D『テロス』は、最終調整に入っております』

 彼女からの連絡。それは自分への期待を示すものでもあるが、反面、悲しくもあった。

 彼女の期待に応えることは、アッシュやロックオンといったアロウズの仲間たちを敵に回すことになるかもしれないのだから。

 その迷いを読み取ったか、彼女は言った。

『大丈夫ですわ。貴方は、間違ったことはしていませんのよ』

「…………」

『もしこの作戦が失敗すれば、世界はアロウズによって統一されてしまいますわ。カタギリ司令は絶対に、今の政策を崩すことはありません』

「……はい」

『貴方の行動が、無駄な犠牲を減らすのですわ』

「わかってます」

『三日後。貴方の力をお借りしますわ』

 耳を撫でる、滑らかな声。私は、胸に湧き上がる感情を息に乗せる。

『それでは、通信が感知されてはたまりませんから。失礼致します』

 プツリ、と彼女との通信が切断される。

 そうして私は、端末を切ってベッドへと体を預けた。

 

 

 

 ──未来の為に。

 そんな言葉を、プトレマイオスに乗ってから何度も聞いた。未来のために自分が何をすべきか、自分には何が出来るのか。過去に囚われたまま戦い、未来まで殺すのはもうやめた。今は自分が生きていく世界を、未来を変えたい。あの時とは違い、グリシルデ・シュミットはそんな事ばかり考えている。

 エイヴィリー──トロイア・ヘクトールがメメントモリを奪取しようとして重症を負ってから二ヶ月以上が過ぎている。彼の行動は自分が一因であるし、スレイヴの出力ももう少し加減ができたのではないかと反省することはあるが、スレイヴを使用したことに後悔はしていない。

 何故なら、エイヴィリーは生きている。ならば話だってできる。これからの事を、彼と話したかった。

 彼女だってそうだ。傷は癒え、脳波も正常。いつ目覚めてもおかしくはない。

 もう一つのカプセルに眠る、アニュー・リターナーに視線を移す。

 ゼルデには脳量子波がどうとか言われてもよく分からなかった。しかし、きっとまた話せるのだと確信していた。

 イノベイターで、スパイで、ラッセに銃を向けて。マイスター達とも、戦った。エイヴィリーにも言えることだが、本来ならば治療をして貰えるような立場ではないのだろう。

 しかし、ソレスタルビーイングは──プトレマイオスの仲間たちは、助けた。

 彼女にも未来の可能性が出来たことを、喜ばしく思う。どう言う理由であれ、アニューが死んでいれば未来を掴むことは出来なかったのだから。

「こんな所にいたのか」

 その声に振り返る。いつもの様に右手を挙げる彼に、ゼルデは応じた。

「ストラトスさん」

「グリシルデ。スメラギさんが呼んでたぞ」

 何度言っても愛称でなく本名で呼ぶライル──ロックオンは、ゼルデの隣に立ってアニューの様子を見る。

「……結局、起きないままか。折角助けられたんだから、何とかなるといいが」

「何とかって……」

「刹那達が持ち帰ってくれたヴェーダのポイント。あれを奪還したら、きっと何とかなるはずだとさ」

 数日前、刹那と沙慈が得てきたラグランジュ5の情報。それを解析した結果、月の裏側にヴェーダは存在すると判明したのだ。

 ヴェーダ。それがなにか、ゼルデははっきりとは知らない。が、それが自分たちの命運を握っていることは理解出来ていた。なぜなら──ロックオンたちは、これからヴェーダの奪還に向かうのだから。

 目を伏せて、ゼルデは呟く。

「そのヴェーダってやつなら……」

「ああ。ヴェーダを奪還できればわかるかもしれない。──ま、アンタは操舵に集中すればいい。出ることがなければいいけどな」

 ぽん、とライルが肩を叩く。彼の表情に、ゼルデの表情も柔らかくなった。

「……でも」

「ん?」

「私に操舵なんて、任せていいのかしら」

「オーライザーの強奪を阻止したのはアンタだろ。信頼されてんだよ」

「……元は敵よ。それにあの男のこと、私はまだ許せてないわ」

「それでもアンタは、ソレスタルビーイングに協力する意思がある。それだけでいいんじゃねーの」

 ニールと同じ顔、同じ声。しかし言動は別人で、ゼルデにそんな言葉をかける。

 憎しみは消せないのかもしれない。けれどゼルデは、未来を掴むことを選んだ。

 ロックオンもそうなのだ。彼女と共に未来を掴むために、戦う。きっと、望む未来は同じ。

「じゃあな。そろそろ行かなきゃならない」

「ええ。気を付けて」

 もう一度アニューを見てから、ライルは格納庫に行くため壁を蹴る。ゼルデも眠るエイヴィリーを見つめて、祈るように手を組み目を閉じた。

 ──大丈夫。

 ──きっと、目覚めるわ。

 私たちには足がある。どんな障碍があろうとも、どんなに厳しい道でも、二人ならば歩いて行ける。そう呟いて、ゼルデはプトレマイオスのブリッジに向かった。

 

 

 

「グッドマン准将からの打電です。特務艦が撃沈しました」

「了解しました。各自、対応はプラン通りに。ここからが本番ですわ。配置をプランA-10へ変更」

 フォルトゥナのブリッジで、ミルティの声が響く。

 GN粒子を拡散させるアンチフィールド。

 それが広がった今、GN粒子を使ったビームやシールドは効果が激減しているに違いない。あとは実弾装備のモビルスーツを投入し、圧倒的な数で以て殲滅する──それがグッドマンの立てた作戦だ。

 ほとんどの武装がGN粒子を使うガンダムには有効な作戦と言えよう。しかしミルティはソレスタルビーイングの指揮官を過剰と言われるほど危険視していた。

 故に、アンチフィールドを突破した機体を叩くため、ミルティたちは遠方に位置している。行き交うミサイルがまるでリボンのように尾を引いて、戦いの光だと言うのに宇宙を煌びやかに彩った。

 その光をオリエンタルブルーの瞳に映しながら、彼女は自身の抱える端末に視線を向け、この先の『手筈』について思案した。

 

 プトレマイオスのブリッジも焦りが見えつつあった。

「なぶり殺しかよ……!」

 実弾の雨に晒されながらラッセがこぼした言葉を拾う余裕はない。ゼルデはフィールドを出るべく舵を切り、厳しい顔でモニタの向こうを睨んだ。

 アンチフィールドを抜けなければ数に圧倒されるだけだ。最大加速で離脱しようとしているというのに、未だ果てのないフィールドに歯噛みする。操舵手としては経験は短いがしっかりとプトレマイオスを操れている。故にこれは広域に展開されたアンチフィールドのせいだ。

 攻撃に揺れる艦の中、厳しい顔でモニタを見つめる。既にモビルスーツの出撃したフォルトゥナがいて、そこにガラテアとアレーティアがいないと気づいて眉を顰める。

 一際大きく、プトレマイオスが揺れ、ミサイルで迎撃できなかったジンクスが眼前にいた。

「っ……!」

 ゼルデにそれが見えていなかった訳では無い。掻い潜ってきたアヘッドが驚異的なだけだ。アヘッドはミサイルをこちらに向け、射出しようとしたタイミングで──リニアライフルの弾丸が、赤い機体を襲った。

「これは……!」

 反連邦勢力カタロン。その全戦力だった。

 窮地を脱し、ゼルデは安堵の息を吐く。ほかの乗員も態度には出さぬがそんな概ね同じ心境だったが、スメラギは何かを考えている顔で戦場を見据えていた。

 カタロンの武装は、全て実弾兵器だ。ということは、アロウズの戦術を予測していたというわけで。この作戦を指揮しているのは、まさか。

「ラッセ、シュミットさんを出すわ。操舵をお願い」

「ノリエガさんっ?」

「シュミットさん、急いで。ミレイナは発進シークエンスを」

「了解です!」

 スメラギに急かされ、立ち上がったゼルデは格納庫へと走る。リフトグリップを握って廊下を移動するのがもどかしかった。開いているコクピットへ飛び込んで、ハッチを閉じるとほぼ同時に機体がカタパルトへ移動しミレイナの声が届いた。

 それから──アロウズ艦隊に勧告する、というハスキーな女性の声。

『我々は決起する。悪政を行う連邦の傀儡となったアロウズはもはや、軍隊ではない』

『リニアカタパルトボルテージ上昇、射出タイミングを譲渡するです!』

『オーケー。ラヴィーネ、グリシルデ・シュミット。出るわよ!』

 言葉に応えてゼルデは加速し、揺れて不安定なプトレマイオスから飛翔した。

『世界の行く末は市民の総意によってのみ決められるものだ。我々は貴様らの蛮行を断罪し、市民にその是非を問う!』

 直後にこちらへ向かって射出ポッドを向けるアヘッドにアンサラーを一閃。手足を破壊して、戦闘能力を奪う。

 ゼルデはアロウズに反旗を翻すにあたって、殺さなければやられるという場面以外では戦闘能力を奪うにとどめるようにしている。

 腰部のブースターから粒子が舞う。ランスを構え突進してきたアヘッドを蹴り飛ばして反転し、背後から襲ってきたジンクスを切り裂いた。振り向きを捉えようとするもう一機は左足のビームエッジの餌食になる。

『道は作るわ。阻む者は斬るから……だから!』

 敵が多い。アンサラーを納刀し、こちらに向けて放たれんとする大量のミサイルを見て左腰の実体剣の鞘を掴む。ラヴィーネはぐっと腰を落とし、右手で柄を握ると、瞬時に鞘から抜き放った。

 粒子は使用されない。目にも止まらぬ速さのそれに、ミサイルのほとんどが撃墜された。

『早く、この戦いを、終わらせて!』

 GNレールブレイド。

 胸部のGNスレイヴと同様、ラヴィーネに搭載された新兵器だ。リニアライフルの転用で使用される居合専用の武器で、その刃渡りも相まって広範囲にダメージを通すことが出来る。

 二の太刀で残ったミサイルを切り裂く。レールブレイドを納刀して、再びラヴィーネは二刀を握り飛び立った。

 距離をとっても無駄だと悟ったのだろう、ポッドを破棄したジンクスがランスを振り下ろしてくる。しかしガードせずに横に剣を振るった。真っ二つに裂けた槍に驚愕する相手の四肢を切り落とし、ゼルデは道に立つ機体を撃墜していく。

 爆散したミサイルの破片がラヴィーネへ降り注ぐ。その破片ですら、今の彼女を傷つけるには敵わない。

『グリシルデ・シュミット!』

 自分のことを知っている者がいたらしい。裏切り者と認識された彼女へ、一機のジンクスが襲いかかった。

『この裏切り者が!』

 その言葉は正しい。あれだけガンダムを憎んでいたはずのゼルデは、言うならば『テロリストの妄言に惑わされた裏切り者』だ。

『──っ、私は』

 それを再認識したゼルデは一瞬、ラヴィーネを操る手を止めてしまう。それだけでよかった。その僅かな隙で、ラヴィーネの眼前でランスが振り下ろされた。

『グリシルデ・シュミット』

 GNソードiiがその切っ先を受け止める。ジンクスから放たれたのと同じ言葉、しかしその作用は全く違っていた。

『セイエイさんっ』

『迷うなっ。道を開くんだ』

『了解!』

 蝗の群れのようにこちらに向かってくる赤いモビルスーツの大軍。アンサラーを納刀したゼルデは再びレールブレイドによる居合を放つ。

『あと、三回……!』

 レールブレイドは高速で抜刀する性質上、機体にかかる負担が大きく五回が限度、それ以上は機体が耐えられず分解する。おまけに連続で使うと熱で刀身がへし折れるとのことで、おいそれと使えるものではないようだ。十機近いアヘッドとジンクスをまとめて叩き斬って、そのままアンチフィールドの外へと脱出する。

 待機しているであろうと思ったその先に、フォルトゥナの影はない。昨日の作戦通り移動したのだろう、そう思って銃撃戦の中アンサラーを振るう。

 その横をダブルオーが翔け抜ける。トランザムによって高まった威力でのビームにより、旗艦はあっさりと撃沈した。

 しかし──。

 アロウズの艦やモビルスーツから放たれる攻撃が止む気配はなく、戦闘は続いている。

『何でよ……指揮官が居なかったら、どうしようも……』

『──全部隊に告ぐ!』

 オープンな回線で響く刹那の緊迫した声に。攻撃の手を休めぬまま、今まで聞いた事の無いほど焦った彼の言葉に、ゼルデは危機感を覚えた。

『即座に回避運動を取れっ。来るぞ……攻撃が来る! 禍々しい光が……!』

 はっきりとしないその物言いに、ゼルデは眉を顰める。だが、何か彼の危惧することがあるのだと理解して、ゼルデは進行方向を変える。

 直後。

 凄まじい光の束が、敵味方の区別なく宇宙を貫いていった。

 刹那の警告がなければ、ゼルデを含めたもっと多くの人間がその光に呑み込まれていただろう。

 サッと血の気が引くのを感じた。ビームの乱入に、ソレスタルビーイング、カタロン、正規軍の反連邦勢力だけでなく、アロウズも混乱していた。だが、それを上回る衝撃が、この場にいた全員に走る。

 それまで何も無いように見えていたその場所に、巨大な建造物が出現したのである。

『これは……』

 衛星のようにも見えるが、おそらくこれがイノベイターたちの母艦と言うべきものだろう。そう、直感する。

『──各艦に通達します。我々、ソレスタルビーイングはこれより敵母艦へ侵攻し、そこにある量子演算システム、ヴェーダの奪還を開始します。ここに、これまで協力していただいた方々への感謝と、戦死された方々へ哀悼の意を表します』

 スメラギは進路の変更を指示する。ヴェーダを奪還、最悪破壊してでも敵母艦を止めるのよと言った。

 ダブルオーが、ケルディムが、アリオスが、セラヴィーが、飛翔する。プトレマイオスも、それに続く。

『私も、行きます』

 ゼルデは強い眼差しで、聳え立つ威容を見据える。

『シュミットさん、今ならあちらに戻れるわ。彼だって、』

『私も貴方達と戦います。エイヴィリーの為に……未来の、為に』

『……いいのね?』

『はい。だから絶対、ヴェーダを取り戻してください』

 その覚悟を汲んで、スメラギが頷いた、直後。

 プトレマイオスと共に飛翔したガンダムたちは驟雨のごとく降り注ぐビームの洗礼を受けていた。

『本艦は侵入ルートを探査しつつ前進。各機砲台を叩いて進行ルートを確保』

 了解、と各々が返して、砲台を破壊していく。ライルはトランザムによって多数の砲台を狙い撃ちながら、キリがないと吐き捨てる。

『シルト!』

 遠距離射撃のできないラヴィーネは、その背面にある遠隔操作武器──シルトファングを分離させ、コンソールを叩いて砲塔へ差し向ける。翼のように背面に広がるアーマーから飛翔したそれは的確に砲台を貫いて駆け巡った。

 徐々にではあるが進行ルート上にある砲台は破壊され、敵母艦との距離はそう遠くない。警戒すべき第二射は未だなく、チャージに時間がかかっているのかとスメラギは眉をひそめた。

 ようやく敵の本拠地に手が届くとゼルデは安堵する。しかしそう簡単には行かないようで──敵の母艦から躍り出るモビルスーツに驚愕していると、それは虫かなにかのように増殖しモニタを埋め尽くすほどの群れとなった。

『な、何よこれっ……!』

 シルトファングを呼び戻し迎撃しながら、その機体が今までのものとは違い全高が極端に低いことに気づいた。上半身は通常のものと遜色ないが、下半身はなく腰から上にバーニアを取り付けたかのようなアンバランスさを持っている。

 その不気味なシルエットに、言い様のない不安を覚え。

 そして──先頭の一機が赤く発光したのに応じるが如く、他の機体も赤く染まる。飛躍的にスピードを上げてこちらへ向かってくる様はまるで津波だった。

『まさか……!』

 攻撃をする訳でもなくこちらに突進してくるそれらに、スメラギが確信の声を上げた。

『トランザムシステム……』

『特攻兵器か!』

 敵にデータが持ち出されているというのなら、こういった状況も考えていた。しかし、イノベイター機に付与されるだけならまだしも、このような特攻部隊を編成していたとは。

 五人がビームやミサイル、サーベルで応戦する中、それを潜り抜けた一機がトランザムによる推進で突破しプトレマイオスに特攻した。

 それを好機とモビルスーツが殺到し、次々に取り付いていく。

『大型砲塔がこちらを捉えましたっ!』

『ラッセ!』

 フェルトの悲鳴に近い声が告げる。敵母艦にあるリングから巨大な砲塔が滑りこちらに砲口を向けてくる。

 十二分にチャージされた破壊の奔流が、プトレマイオスのモニタを埋めつくした。

 ガンダム各機は散開し、既に回避している。だがプトレマイオスは、ラッセが操舵したものの回避は間に合わず──

 祈るべき神はいない。ただ、スメラギは白の中に確信を見る。

 太陽を直接見た時のような、暴力的な光の中にあるたったひとつの、黒点。

 否。

 それは、黒ではなかった。

 夜の闇のような、青。

 GNW- 021D。両肩の盾を重ね、プトレマイオスの前に立つ、終焉(テロス)であった。

 

 

 

 

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