出撃した先には、既にガンダムと連邦の正規軍が外壁の破砕を開始していた。飛行形態に変化した羽付きが破片を巻き上げ、粒子ビームによってそれを破壊。その一方で砲撃型が複数を纏めて一掃。彼らの動きは明らかに、ジンクスやアヘッドとは一線を画していた。
ニールは今まで、ガンダムを映像越しに見たことはあっても実際に目にしたことは無い。ゆえに、その目で見たガンダムの性能に『修羅』という言葉があるのを思い出した。
『ゼルデ、エイヴィリー、アッシュ。お前さんらはある程度固まって動け。状況によって臨機応変に頼む』
『了解』
三人揃っての声が返ってきて、ニールは腰部に装着されたGNガンブレードを手に取った。右手にはGNビームライフルが握られている。
『ハロ、回避運動は頼むぜ?』
『リョウカイ、リョウカイ』
耳をぱたぱたと動かして応じるハロに真っ直ぐモニタを睨んで、ニールは最終チェックの終了したアレーティアの操縦桿を握った。
両手に握られるそれは拳銃の形を模している。彼女に提出していたレポートはしっかりと生かされているらしいと呟いて、ニールはトリガーを引いた。命中。外壁が爆散し、破片となって散った。
巨大な外壁が、ゆっくりと落下する。その動きは緩慢に見えるが、みるみるうちに大きくなって地上へと迫ってきた。
銃撃もビームも効果がない。解体される様子もなく落下してくるそれに、アレーティアは肩のGNランチャーⅡを展開した。
『ハロ、チャージはっ?』
『チャージヨシ、ホウコウヨシ、システム、オールグリーン』
『了解。狙い撃つ!』
威力最大。引き出されたスナイプユニットのトリガーを引いて、ランチャーから放たれた長時間の照射によりピラーの外装が削られていく。
だが、それまでだ。ガデッサのGNメガランチャーと遜色ない威力を持ったそのビームでも、外壁を解体するには至らない。
くそ、と毒づいた先でシュネーヴァルツァが飛び出した。その手にはGNアンサラーが握られていて、外壁を切断するつもりなのだろう。
シュネーヴァルツァは射撃武装が一切持たないため、近接武器で破片を破壊するしかない。ゆえに先程まではビームサーベルで破壊をしていたのだが、パージできなかった外壁に痺れを切らし飛び立ったようだ。
『ゼルデっ』
『行けるわよ、私をなんだと思ってるの!』
エイヴィリーのゼルデを案じる声に彼女はそう言った。腰部のスラスターを噴射して反転、外壁を破壊するために張られた弾幕の中に飛び込んでいく。
曲芸のように飛び交うビームを回避、解体されぬまま落下してくる外壁に向かって飛翔する。
撃ち漏らした外壁を蹴ってゼルデのシュネーヴァルツァは更に加速をかける。あの弾幕の中まともに動けるはずはない、とニールが制止しようとしたその時。
一閃されたアンサラーによって、外壁が真っ二つに裂けた。斬る、というより裂けるのほうが似合うその切れ味を何度もゼルデは振るう。
『……なんて切れ味だ』
半分が半分、そのまた半分と外壁が小さくなっていくのを驚きと共に見て、ニールは呟く。
『あっちはガンダムが何とかしてくれてるみたいだけどどうにもならないわ! エイヴィリー、アッシュ! 後はあんた達がどうにかしてっ』
『ああ!』
『わかっている』
シュネーヴァルツァから放たれる蹴り、拳に落下していく破片が破砕される。ビームをまとった打撃を二度三度と繰り返して機体は再度破片を蹴って跳躍した。
『アクティベイト、シールドユニット!』
エイヴィリーの声と同調して、アイアスの腰部から装甲が飛び出す。高濃度の粒子を纏ったその装甲は容易く外壁を破砕した。
しかし、あまりに数が多すぎる破片に撃ち漏らしもある。それをニールの──アレーティアのライフルとガンブレードが撃ち抜いていく。
『大丈夫だ、抜けた破片は俺が撃つ。気負わずにやれ』
落ち着いた声音のニールにゼルデが返して、今度はビームサーベルを抜いた。飛翔し弾幕を回避しながら打撃や斬撃を加えていく様はまるで踊っているかのようで、おまけに被弾はほとんどない。
近接格闘が得意などと言う言葉だけではおさまらない操縦技術。これで十六歳、パイロットとして新米なのだというから、この先彼女はどこまで強くなるのだろう。ただ落下するピラーの破片を蹴り砕き抉り破壊する彼女は修羅のようだった。
ニールは壊し損ねた外壁を撃ち抜きながら、アッシュのほうをちらりと見る。彼は換装したライフルとミサイルポッドでピラーの破片を撃墜しつつ、ゼルデに死角から飛ぶビームを伝えていた。
その搭載されたセンサーの数や『何でもできる』という談からどのような機体か判断しづらかったが、おそらく情報支援機であろう、とアッシュのガラテアを見て判ずる。
『何とかなりそうだな』
落ちてくる外壁は無数であるが無限ではなく、着実に減っていきつつあった。いくら市民を守るためとはいえ、テロリストと共闘するのは不本意ではあったが──ニールは安堵に溜め息をついた。
それから、数時間後。
空は赤く染まっているが、ピラーの破片や粉塵によって翳り暗く澱んでいた。
ニールの声も、それと比例するように暗かった。
『……何とかなったな。機体の損傷はあるか?』
『損傷軽微。問題ありません』
『シールドユニットを喪失しました。通常の挙動に問題ありません』
『損傷なし。武器を換装次第戦闘も可能です』
『そうか。先に艦へ戻っていてくれ』
ニールはアレーティアのライフルを腰に納め、肩のランチャーの砲身を再度、展開する。
『ロックオン?』
『なに、ここで少し牽制しておこうと思っただけさ。ハロ』
『リョウカイ、リョウカイ』
コクピット上方に掛けられている、GNメガランチャー専用の銃を模したユニットを引き下ろす。そのスコープを左眼で覗いて、狙撃の体制を取った。
スコープから見えるのは、ライフルを持った、緑色のガンダム。重装備のガンダムと共にいる。
『ロックオン! 何して……』
ゼルデの訝しむ声をニールは無視した。
威力は最小。ビームピストルよりも弱いパワーに設定したランチャーのトリガーを、先程まで共闘していたはずのガンダムに向かって──引いた。
真っ直ぐに伸びるビームはV字のアンテナをすれすれで掠めなかった。緑色のガンダムは咄嗟に避けたようだが、その上でのことだ。
『よかった、外れた……』
『外したんだよ』
『貴方なんてことを……! 戦闘になったらどうするんですか!』
エイヴィリーが安堵を、ゼルデが批難の色を滲ませて糾弾する。ガンダムを撃つなという命令が先程伝達されたばかりでのこの行動は明らかに命令違反だ。
『大丈夫だ。奴らの母艦は手負いだ、ここでは絶対に戦わない』
『だとしても命令違反です!』
『なあに、お前さんが言わなきゃ何とかなるさ』
アロウズで数多の反乱分子をある時は生身で、ある時はモビルスーツで狙い撃った男とは思えない発言に、ゼルデは眉間に深い谷を刻んだ。
『…………い』
ゼルデの声をマイクが明瞭に拾ってくれず、ニールが聞き返す。
『何だって?』
『貴方は軍人に相応しくないわ!』
悲しげな声でゼルデは叫んだ。それから、アンサラーをこちらに向けて告げる。
『理由を聞かせてください。なぜあんな事をしたんですか?』
ニールは口を噤んだ。先程までの饒舌さが嘘のように。
『ダンマリなの?』
声色がキツくなる。破天荒に見えてゼルデは命令に忠実なようだ、とニールはくだらない事を考えた。
『貴方がそんなことをするとは思わなかった。……やっぱり、答えなくても構いません。ロックオン、貴方は今すぐアロウズから消えてください。そうすれば、殺しはしません』
『やめろ、ゼルデ』
『恒久和平実現を掲げるアロウズが、こんな所で躓くわけにいかないでしょ。そもそも、命令に違反する上官なんて上官じゃないわ』
アッシュの静止にもゼルデは耳を貸さない。
命令ではなく、統一の為だったか。彼女はどうやら、人一倍平和への思いが強いらしい──認識を誤っていたことに気づく。
アンサラーを突きつけたままのゼルデを、アッシュが冷静に諭した。
『貴様がどういう境遇なのかも、平和を強く願うことも僕は知っているが……だからといってここで彼を殺してどうなる』
『だって……!』
『だって、何だ? いくらロックオンが命令違反をしたとはいえ、お前も殺してしまえばタダではすまない。それに』
貴様は理想のためにアロウズに来たんじゃないのか。
アッシュの言葉に、ゼルデは唇を噛んだ。
『ああもう、わかったわよ。……悪かったわねロックオン』
苛立ちを孕んだ声と、物を叩くような音が響く。
『……い、いや。俺の方こそ……』
『マネキン大佐にだって言いやしないわよ。これで満足?』
言い方が刺々しい。事実として命令違反を犯したニールは、彼女の目には裏切り者として映っているに違いない。
ふん! と分かりやすく機嫌を損ねたゼルデは、踵を返してアヘッドの集団の方に行ってしまった。『ロックさん、すみません』とエイヴィリーもそれを追う。
『……それで、どうしてあんな事をしたんですか』
呆れの混じったアッシュの問い。
『あのモビルスーツ、射撃のクセが知り合いに似てると思ってな。当たるならそれまでだったが』
『それだけの理由で命令違反を犯したと?』
『それだけ……と言えばそれだけになっちまうな。おかげで俺の指針も定まった』
『指針?』
あの撃ち方、あの挙動。
十年以上前のことだ。しかし、ニールの記憶にそれは焼き付いていた。
『アッシュ。あのガンダムとやることがあれば、絶対に鹵獲しろ』
『それは、なぜ?』
『ちょっとな。俺に考えがある』
それは明らかに私情だった。だが、上下関係を必要以上に割り切ったアッシュは『承知しました』と返すだけだった。
「合流せずに追う?」
怪訝そうな声がブリーフィングルームに響く。
フォルトゥナからの帰還命令を聞いて戻ってきたニールらに伝えられたのは『ソレスタルビーイングを追え』という連絡だった。
「一体どういう事かねぇ。マネキン大佐の船と合流するんじゃなかったのか?」
「分かりません。私が受け取った命令は『大佐の艦と合流せず、このままソレスタルビーイングを追う』。それだけですわ」
フォルトゥナの艦長であるマライア・ミルティ少佐が無機質に告げた。
「恐らくですが、ロックオン。ソレスタルビーイングが再び宇宙へ上がる可能性を考えてのことでしょう」
「それは分かっているが、……奴らの船は手負いなんだろ? 万が一を考えて合流するが正解なのではありませんか?」
「私が受け取った命令はこれだけです。そんなに知りたいなら、上層部にでも聞いてくださいな」
アッシュの示唆と、ぴしゃりと叩きつけるような回答。──だが、正論だ。下っ端──という程下っ端でもないが──に命令の理由を考える必要はない。
不機嫌なままのゼルデがぼそりと呟く。
「あんたなんか命令違反で処罰されればいいのよ」
「何か言ったか、ゼルデ」
「なんでもありませんよーだ。すぐに合流するんですか? ミルティ少佐」
「ええ。作戦開始はすぐですが、半日ほど時間があるから休んでいらっしゃい。
以上で解散です。船の中だけれど、ゆっくりね」
それだけ告げて、ミルティは踵を返し部屋を出ていく。他のパイロットたちも退室していくが、ゼルデは微動だにしない。
ニールはそんなゼルデを一瞥したが、先程の衝突もあり自分が声をかけるのも難しい。しかしこのまま放置しておくわけにもいかないだろう。そう思い一歩踏み出した時、エイヴィリーが二人の間に立つようにしてゼルデに声をかけた。
「ゼルデ、お疲れ様。ちょっと休憩しようぜ」
無言のまま、しかし素直に応じたゼルデと共に二人はブリーフィングルームから出ていった。
残されたニールはほっとすると同時に違和感を抱く。
(いくら幼馴染だとは言っても、あんな追い払うような行いはするのか?)
まるでゼルデを守る番犬──というと失礼かもしれないが、あの時一瞬だけ、鋭い視線でもって牽制されたのは、気のせいではあるまい。
「なんだかなぁ……」
釈然としないまま、ニールもまたその場を去るのであった。
ニールが部屋に戻り戦闘データを解析し始めた頃、プトレマイオスのある場所にだけ、重い沈黙がおりていた。
人口密集区域への被害を免れたことに安堵する雰囲気が広がる中、彼は手放しに喜ぶことができなかった。しかしそれは、恩師たるセルゲイ・スミルノフ大佐を討たれたソーマ・ピーリスではない。
「そんなはずはない。……そんなはずはない、はずだっ」
セラヴィーのコクピットの中で、ティエリア・アーデはその身を抱えていた。
スクリーンの点灯していないそこは薄暗く、あるのは静寂。動揺と混乱がティエリアの頭の中を渦巻いていた。
「あの動き……、あの声……。そんなことは有り得ない。あの状況から、彼が生還して……その上、あんな場所にいるなど……」
戸惑いに揺れる声はひどく頼りない。いつも毅然としている──自他ともに評する──彼らしくなく、言いようのない感情に端正な顔を歪めた。
「
統一世界による恒久和平の実現。アロウズを組織した名目を、当然ながらティエリアは知っている。だが、そのやり方は武力弾圧と情報統制を用いた強引かつ偽りのもので、ソレスタルビーイングにいたロックオン・ストラトスが共感するとは考えられない。
ソレスタルビーイングの武力介入とは違い、暴挙としか言えぬその行為を、テロを憎む彼が肯定するなど、ティエリアには信じられないのだ。
しかし、交差する通信の中、『ロックオン』と呼ぶ誰かと、応じる男の声。そしてケルディムをすれすれで撃ち抜かなかった一筋のビームと、それを放った新型のモビルスーツ。そのモビルスーツの動きには覚えがあって、その声は聞き慣れていて。
深緑と黒で塗装された機体がそれを行ったということにも驚愕した。深緑をパーソナルカラーにした狙撃型のモビルスーツといえば、嫌でも彼のことを思い出すから。
初代ロックオン・ストラトス。テロで家族を喪ったことからソレスタルビーイングに所属し、その仇を命と引き換えに討とうとしたガンダムマイスター。そして、己の精神的支柱であったヴェーダを奪われてからの指針を作ってくれた、ティエリアにとっての恩師。
「それでも、僕は……」
もしも、あれに乗っているのが彼だとしたら、彼が生きているのだとしたら。
ティエリアの中では、ニール・ディランディの生存を肯定する声の方が強かった。
あの射撃は何のためにされたのだろう。自身を知っている者に向けての発砲になんの意味がある? 助けを求めるため? 自分はここに居ると認識させるため?
それとも──。
「敵なのか……? 彼は……」
答えてくれるものは誰もいない。かつては自分の拠り所であったヴェーダも、全ての黒幕であろうイノベイターに奪われてしまった。
コクピットの中で、ティエリアは膝を抱えて苦悩する。
その可能性を、誰にも話せないまま。