終わらせる禁忌   作:Damned

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リレイタ・レフェロ

 認識に空白がある。一瞬であるが意識が飛んでいたのだろう。

 全身を蝕む激痛に目を開いて、周囲を見回す。入口だったのであろう壁に、凄まじい量の血液が飛散していた。紫色のパイロットスーツを纏う男が浮いている。ぼんやりと、その様を目で追って。静寂の中で、直ぐに自分のした事を思い出す。

「……俺は、テロリストを、撃って……」

 そうだ、敵を撃ったのだ。自分を仲間だと呼びかける、偽物を殺して。いや、違う。彼は本物で、マイスターとしてヴェーダを奪還しに来ていて。

「お、れが……」

 殺したのだ。あれだけ守りたいと思い、幻に囚われるほど心に居着いていた存在を。

 撃ち、殺したのだ。

「ぁ、ああ……あ……!」

 ──その瞬間。

 凄まじい勢いで以て溢れる情報に、ニールはかすれた声を漏らして頭を抱えた。

 ソレスタルビーイングにスカウトされ、初めてハロと対面したあの日。

 成層圏まで狙い撃つという意味で付けられたコードネームに苦笑を漏らした。

 ヴェーダに依存し、それは絶対だと険しい表情で呟く彼。

 ロックオン・ストラトス。その名の通り、成層圏まで狙い撃つ男だと言った自分。

 答えは出たのかよ、と赤銅色の瞳を持った少年に尋ねた。

 敵を討てたかはわからない。ただ、GNアームズの爆発に巻き込まれた所で意識が途切れている。否、あの時──

 そして、ようやく目覚めたのかいと尋ねる、リジェネの表情を。

 繋がった記憶に、目を見開いて赤い涙を零す。全身が重く、進行した細胞異常に痛みを訴えていた。だがそれ以上に、仲間を──ティエリアを殺してしまったことへの後悔と、絶望が心を埋めつくして。

「俺は……俺は……あああああぁぁっ……」

 浮遊するティエリアの遺体を抱いて、喪失の恐怖が呼吸を奪って嗚咽が漏れる。自らの熱を分け与えるかのように冷たい体を抱きしめる。

 そんな彼を見下ろして、リボンズ・アルマークは静かに笑い声を上げた。

「──君は思った以上の働きをしてくれたよ。ニール・ディランディ」

 己の計画を外れ、リジェネが勝手に放り込んだこの不安要素が、まさかここまで結果を出してくれるとは。

 しかし、痛みと後悔に慟哭するニールに、やはり人間は脆いのだと再認識した。

「安心するといい。人類を導くのはこの僕、リボンズ・アルマークだ。たとえイノベイターに進化できない劣等種でも、導いてあげるさ」

 そう、口角を上げた、その時。

 リボンズは不思議な感覚に包まれた。否、リボンズだけではなく、ニールもそうだった。GN粒子の奔流が脳量子波を乱す。目を細め、何事かと見上げた瞬間、ヴェーダを囲む中空モニタが全て、その光を赤く変えた。

 彼の両目に灯った金色の輝きが消える。

「ヴェーダが僕とのリンクを拒絶した……?」

 この時、リボンズは知らぬ事だったが、刹那がトランザムライザーに隠された力を完全解放していたのだ。

 純粋なイノベイターである刹那の脳量子波がツインドライヴと連動し、人々の意識を拡張させる。

 ──リボンズ。

 ──君の思いどおりには、させない。そうだろう?

 どこからか、そんな声が響いた。気のせいではない。これは。

「……リジェネ?」

「リジェネ・レジェッタ……!」

 ──ティエリア。

 彼の声に応じてか、徐に、死んだはずのティエリアの瞳が見開かれる。その様に、リボンズの背中にひやりとした感覚が走った。

 そこからの展開は、あまりに急速なものであった。

 アレーティアに装甲を粉砕されたセラヴィーからセラフィムが分離し、トライアルフィールドが発動する。

 それによって、擬似トライアルシステムとでも言うべき作用を齎そうとしていたガラテアが──否、ヴェーダとリンクしていた全ての機体が、その機能を停止。ヴェーダに接続されていないガンダム及び、ラヴィーネとテロスには一切の影響はなく。

 戦場は、一瞬で沈黙に包まれた。

 

 彼の気配に声を上げた一方で凍えるような恐怖はいまだニールを支配していた。

 恐ろしかった。仲間を躊躇いなく撃った自分が、彼を彼だと認識しておきながらあってはいけない姿だと決めた自分が、抜け落ちていく体温が。

「……、──っ、な。俺、は……」

 不意に咳き込んで、押さえた口から血が噴き出したのを認識する。

 不意に、眠くなってきたような気がした。諦めにも似た絶望感に、もう眠ってしまいたい──そう思った時、ニールは黒い癖毛を、視界の端に捉えた。

「せつ、な……?」

 その真っ直ぐな瞳で、刹那・F・セイエイがこちらを見ているような気がした。それはおそらく幻であり、この先に起こることだったが、

「ぁ、…………だ、には……れた、か……?」

 そのまま意識は、薄れていき。

 誰かの呼ぶ声を、聞いた、気がした。

 

 

 

『エイヴィリー、私の後ろにいて。貴方を巻き込むかもしれないから』

 ティエリアがアレーティアと交戦している向こう、絶え間のない特攻兵器の波を破壊しながら、ゼルデは痺れを切らしたかのようにそう言った。

『はぁっ? 何言ってんだよっ。あれを全部、自分で撃ち落とすつもりか?』

『そうよ。これだけ粒子が残ってたら、問題ないわ』

『お前、あの兵器を……!』

 エイヴィリーの問いに答えず、ゼルデはアリオスへ通信を飛ばす。時間が無いのだ。粒子残量のこともある。あと数分の間にこれをしなければならない。

『アレルヤ・ハプティズム、聞こえる? スレイヴを使うわ。カウントゼロと同時に、迎撃を一旦やめて』

『了解。何時でも大丈夫だよ』

『お願い』

『待てよゼルダっ。粒子が尽きたらお前は……』

『そうならない為の貴方でしょ。お願い。もう、時間が無いわ』

 エイヴィリーの眼を通信越しに見つめて言う。損なゼルデの表情の中に梃子でも動かぬことを感じとったのだろう。不承不承といった風ではあるが、エイヴィリーは頷いた。

『分かった。死ぬなよ!』

『──リレイタ・レフェロ』

 瞬時に、ラヴィーネのコクピットで網膜認証が行われる。

 私は、伝えられたことを伝えるのだ。

 

『カウントを始めるわ。五、四、』

 三。

 ゼルデがシルトファングを呼び戻す。

 二。

  テロスが背部に回って、GNボウで特攻兵器を撃ち抜く。

 一。

 ラヴィーネが胸の中心に刺さる杭を掴む。

 ゼロ。

 その言葉と同時に、胸部のGNスレイヴが、引き抜かれた。

 圧倒的な量の赤い輝きが機体に抱え込まれた全ての粒子を奪い取って、逃げ道を求めて暴れ回る。粒子は蛇のごとくラヴィーネの腕にまでまとわりつき、うぞり、と外へ這い出した。

 その牙を。

 破壊の輝きを。

 ゼルデは、雲霞のごとく溢れる特攻兵器たちへ、振るう。

 全てを飲み込むような光のあぎとに敵は消えて。

 同時に機体の制御が失われ、ラヴィーネは無防備になる。それを理解しているエイヴィリーは彼女の前に出ようとして、

『な──』

 直後、遠距離から伸びてきたビームが、ラヴィーネに降り注いだ。

『きゃあっ』

『ゼルデ!』

 第二射、三射と連続して放たれるビームにテロスが前に出る。スレイヴの柄に直結されているケーブルを引き抜いて、テロスのドライヴ近くにある端子に突き刺した。

『新手かよ……!』

 ラヴィーネを庇い、粒子をチャージしながらテロスはそのビームを防御する。

『ゼルデ、チャージまでの時間はっ?』

『あと二十秒。持ちこたえられる!?』

『持たせる! くそ、誰が一体……!』

 連射されるビームは低威力であるが、こちらを正確に狙うものだ。粒子供給の最中であるが故に交戦もできないため、盾でビームを防ぎながらその時を待った。

 粒子の残量が九十パーセントまで上昇したところで、ゼルデはケーブルを外し胸部へと接続し直した。

 ゼルデはテロスの庇護下から抜けて、敵機へとその身を晒す。その瞬間こちらへ飛んできた巨大なビームに、ラヴィーネはシルトファングごと母艦の表面に叩きつけられた。

『ゼルデ、大丈夫か!』

 特攻兵器がアリオスとGNアーチャーのみで撃ち落とせる程度に減ったのを確認してエイヴィリーは飛ぶ。

『ゼルデ……!』

 返事は無かった。衝撃で意識を失っているのか。あるいは、防御が間に合わず撃墜されて。最悪の想像が脳裏を過り、そこに──

『生きているさ。残念ながらな』

 滑らかな男性の声が、エイヴィリーの耳に届いた。

 頭部にかかるセンサーと、背中に畳まれた翼。膝までかかるアーマースカート。その手に握られた、機械の杖。ふわりと広がる、朱いGN粒子。

 機械仕掛けの使い魔を両肩に止めた様は鷹匠にも似ていて、抱えていたGNビームライフルを腰に固定し、向けられた杖は魔術師のようで。

『アッシュ、なのか……?』

 声が、震える。その状態で、通信に映像が映った。バイザーの影に隠れて見えるのは口元だけだ。

 彼は口角を上げて、笑う。

『イノベイター、アッシュ・グレイ』

『お前、なにを言って……ゼルデに、何をした!』

『言葉通りの意味だ。彼女は強いからな、無力化する必要がある』

『ふざけんなっ。ゼルデは俺達の仲間だろ!』

『そして、出来ることなら、エイヴィリー。お前とも、戦いたくない。私が受け取った命令は『ガンダムマイスターの抹殺』。二人のことは、含まれていない。引いてくれないか』

『……っ、なら私は、あんたを止めるわ。勝手なこと言わないで!』

 復帰したらしい、ラヴィーネが飛翔しガラテアの武装を奪わんと斬り掛かる。

『ああ、そうだろうな。そう言うと思っていたさ。──ファング!』

 ガラテアが芸術的とすら思える機械仕掛けの杖を振るう。アーマースカートから飛び出した金属の牙が編隊を組んで襲いかかり、こちらが迎撃しようとした瞬間その軌道を縦横無尽に変えた。

 ぐっと加速し、ゼルデがアンサラーで斬り掛かる。相手が近接戦を得意とするゼルデであるが、アッシュは一切の無駄なくサーベルで受け止めた。もう片方の剣が振り下ろされる前にガラテアの杖による殴打でラヴィーネが吹っ飛ぶ。

 その様子に、援護しようと腰部のランチャーからビームを放とうとしたエイヴィリーは眉を顰める。この状況での打撃に、普段のゼルデなら反応できた。むしろ、脚部にビームエッジのあるラヴィーネならカウンターすら狙えたはず。

『あなた……何を、したの?』

『……はは。流石だな、グリシルデ・シュミット。やはり今の貴様を操ることはできないようだ。だが、いくら貴様が強くとも、これ以上僕の脳量子波を受け続ければ、身が持たないと思うが。このままでは狂ってしまうぞ』

 僕は脳量子波を受け取れない分、GN粒子に強い脳量子波を乗せることができるのだとアッシュは笑った。そしてその脳量子波は、他人の心に影響をもたらすのだという。

 マテリアはもっと強力な暗示をかけられる様だがな、と呟く彼に驚愕した。

『本当に、何言ってんだよアッシュ。今なら冗談で済むぞ』

『おかしいと思わなかったのか? ゼルデがアリオスに一人で突っ込んで行った時も、貴様がメメントモリを奪いに行った時も。何故あそこまで強い感情に襲われたのか不自然に思わなかったのか』

『そんな、アッシュ……』

『まさかあんな風に作用するとは思わなかったがな。それより少し前に、悪夢を見たんじゃないのか?』

 嘲るように笑ったアッシュに、エイヴィリーは呆然とし、ゼルデは激昂する。

『あんたは!』

『悪いが、私は急いでいるんだ』

 咎めるゼルデに、敵意を込めた、しかしいつものように冷たい声で答える。

『ティエリア・アーデを止めなければいけないんだ。死にたくないのなら、通してくれ。──それだけでいい』

『私を騙して、エイヴのトラウマに踏み込んで、弄んで……ッ。あんたは、何とも思わないのっ?』

『……『私』には使命がある。ここまで来た以上、それを遂げる為なら、心なんて捨てる。いや……とっくに、捨てたんだ』

 無機質な硬い声に、彼の覚悟が見えた。当然ながら二人には受け入れられない。振るわれたヒートロッドに、飛び回るファングが一斉にラヴィーネを向いた。

『ねえ、アッシュ。その使命って、なんなの? アッシュはいつも私達と一緒にいてくれたし、エイヴを止めるのにラヴィーネを渡したのは貴方じゃない!』

『あれはエイヴィリーと共倒れになってくれればいいと思ったからだ。貴様が生きていたのは嫌な誤算だ』

『嘘っ。あんたはいつも全力だった。未来を作るって言ったアッシュのおかげで私は変われた! ラヴィーネを渡すのだって、軍規に違反したことよ! あれが私達を騙す為の打算だなんて私には思えないわ!』

 彼は『アロウズは僕を殺せない』と言ったが──やった事は、処刑されてもおかしくない。

『だから分かんないのよ! そのあんたが人を騙したり、弱みに付け込んで操るような事をしたりって信頼関係を壊すようなことをしてるのが! 言いなさい、私達を裏切ってまでアッシュが信じることって、なんなのっ?』

 裏切るという言葉に、アッシュが唇を噛んだのが見えた。放たれたレールブレイドの一閃で杖はひしゃげて折れる。明後日の方向へ向いたファングに感化されたように、彼は緩やかに口を開いた。

『……貴様らに分かってもらおうなどとは考えていないさ』

『アッシュ!』

『貴様の言い分が正しいかどうかなんて、関係ない。僕は僕を作った創造主の命令を果たす。誰になんと言われようと、私はもう前に進むしかないんだ!』

 ヒートロッドを捨て、ガラテアはもう一本のビームサーベルを抜く。そうしてアッシュは、ロッドによる制御を失ったはずのファングを再びラヴィーネへ差し向けた。

『私はその使命がなければ生きられないっ。マテリアだって同じ気持ちで──だから彼も、命をかけているんだ』

 叫びながら、ガラテアは脳量子波で制御したファングでテロスを牽制しラヴィーネと切り結ぶ。

『貴様にだってわかるだろう! 人間の歴史が二千年を超えても、いまだ戦争を繰り返す。戦争を起こしては、その悲惨さに辟易して平和を訴え、それを忘れられるとまた争う。そんな人類に未来はないと! それなら、大人しく僕達イノベイターの言うことを聞いていればいいっ』

 今までなかったヴェーダのバックアップを受けているのだ。それによって、近接戦闘での技術はゼルデと対等に戦えるレベルに引き上げられていた。

『は、ぅぐ……っ』

 高濃度の粒子がGNウィングから拡散され、ラヴィーネの眼前に叩きつけられる。視界がうっすらと赤く染まって、絶望感に似た形容し難い感情が胸の中に沸きあがる。

『やはり貴様はこれを耐えるのか。狂死しても仕方が無いと思って割り切ったんだがな』

『そんな簡単に私がやられると思ったら大間違いよ……!』

 ゼルデは飛んでくるスクワイアを破壊しようとアンサラーを閃かせるが、同じく脳量子波で操られたそれはひらりと攻撃を躱す。ゼルデとの剣戟の合間で乱入するテロスのビームやガンブレードでの攻撃も回避して、アッシュは右手のビームライフルでテロスの右腕を撃ち抜いた。

『貴様らは甘いな。全力で僕を撃ち殺せば決着が着くのに、それをしないとは。……だからといって加減する気はない。そんな余裕は僕にないからな!』

『お前には聞きたいことが沢山あるんだよっ。だから、死なれちゃ困る!』

 パワーならばテロスが圧倒的に上だ。距離をとったガラテアに一瞬で追いついて蹴飛ばし、敵の母艦へ叩きつけた。数度バウンドしてガラテアは止まり、ラヴィーネが動きを止めようと四肢へアンサラーを振り上げる。

 しかし、再び眼前に炎の如く粒子が揺らめいて。

『ぎ……ッ』

 苦悶の声を漏らしながら、ゼルデは頭を押さえる。直接精神を抉るようなそれに意識が遠のいて、辛うじて繋ぎとめた。

『ゼルダ!』

『素直にコクピットを狙えばよかったんだ。殺さずに確保しようと思ったのか? 貴様の、そういう優しさは!』

 ガッ、と意趣返しのように放たれた蹴りがラヴィーネに叩き込まれる。

『本当に!』

 ラヴィーネを庇うように割って入ったテロスに左手のサーベルを食らわせ、右側のGNボウが破壊された。

『不愉快、なんだよ!』

 悲壮感さえ漂わせるアッシュの絶叫が思考を貫く。頭が痛い。発狂しそうなほどの圧力を持つ悲しみが絶望が後悔が頭を突き刺す。頭が、痛い。死んでしまいそうなくらい。

 心を折ろうとする激痛に叫んでラヴィーネが飛翔する。両手の剣を納めて、左腰の太刀を掴む。

 視線が揺らぐ。視界にGN粒子がちらつく。朱い輝きが踊り渦を描く、その中に意識が吸い込まれそうになる。

 その頭痛を割るように。

『ゼルデ。フェルトです』

 プトレマイオス2からの通信が、凛とした声が、届いた。

『フェルト? どうしたのっ』

『ティエリアさんが敵機と交戦中、ヴェーダまでもう少しだから耐えて欲しい、と』

『……さっき言ってたやつね。耐えるって?』

『こちらにはヴェーダとリンクした機体を止める手段があります』

『分かったわ』

 そこで通信は切れる。飛んできたファングを撃ち落としてゼルデは思いついた嘘を告げる。

『やめてアッシュっ。アーデさんがヴェーダを奪還したわ。だから貴方がもう戦う必要はないの、貴方達の目的は潰えたの。投降して!』

 だがアッシュは──それを見透かしたように、笑うだけだった。

『相変わらず、貴様は嘘をつくのが下手だな。ありがとう。まだ僕にも希望があるということだろう? ……なら、僕も頑張らなければ』

 ガラテアの攻撃が苛烈さを増す。周囲のガガを操ってのそれを避けるが、機体の損傷が増えていく。スクワイアを介しての攻撃は機体の損害を構わずのもので、ラヴィーネの左足が爆発した。

『っ、く……』

 だが、ラヴィーネだけを執拗に狙った攻撃はテロスへの牽制が甘くなり、スクワイアが二基破壊される。

『なあ、アッシュ。自分でもわかってるだろ、俺とゼルデ、二人同時じゃ勝てねぇって事……!』

『だからといって私に諦めることは許されないっ』

 ラヴィーネに斬りかかり、ファングがテロスに向かうも撃墜され。ガラテアの脚がビームエッジに蹴り斬られた。

 二対一で、ロッドもスクワイアも破壊されて。その状態で勝てるほどアッシュの能力は高くない。

『もう終わろうぜアッシュ。俺はお前のこと、殺したくねぇんだよっ』

『ティエリアが母艦内部に侵入しましたっ。もう少しで終わります!』

 わかった、と二人は短く返して、懇願するようにアッシュに告げる。

『アッシュ、アーデさんがヴェーダを取り戻したわ。もう、貴方に戦う意味は無いでしょう』

 彼の薄い唇が、ああ、と震えた声を絞り出した。なんの感情も含まれていない声だった。

『貴様の言うことが本当で、ヴェーダが奪還されるのなら。……僕は、その存在意義がなくなる』

 悲痛な声で呟き、嗚咽するように空虚に笑った。そして、

『──だったら、処分されるだろうその前に、貴様たちを葬って、彼への忠義にするさ!』

 アッシュが飛翔する。そして、コクピットの手の届きにくい場所にあるスイッチに手を伸ばし、並ぶ三つのそれを押した。

『──トランザム』

 その瞬間──紫色の装甲がオレンジがかり、先程の比ではない量のGN粒子が、背面のGNウィングのフィンから放出される。同時に青い粒子の帯がこの一帯を覆ったが、それを上回るほどの濃度で。

『アッシュ、今更何を……』

『粒子供給、規定の一.三倍から一.三五倍を推移』

 まさか、とエイヴィリーが呟いた。

『自爆するのかよ!?』

『いいや違う。君たちは知らないだろう、ガラテアの本当の使い方を。システムに接続、動力をコンデンサに変更』

『アッシュ、やめろっ』

『さっき言った脳量子波で相手に影響をもたらすのは、不完全な私の特性だ。だが、僕がヴェーダより与えられた能力が別としてある。それは、擬似太陽炉を操る力だ』

『それって……』

『そうだ。自爆するのは私ではない。貴様ら二人だ。もし爆発から生き延びたとしても、バイザーはそれに耐えられないだろう。貴様らは空気のない宇宙空間に放り出されるんだ。……脳量子波制御システム、オールグリーン。それでも生き残るというのならば──おめでとう。貴様らは、イノベイターでもない化け物だ』

 アッシュを止めようとゼルデが飛ぶ。しかし、凄まじい粒子の濃度、それに乗ったアッシュの脳量子波(かんじょう)を叩きつけられてゼルデは思わず動きを止める。

『アッシュ!』

 両腕とGNウィングを広げ、ガラテアは放出フィンから粒子を拡散する。

 青と朱。アレキサンドライトのような二色の輝きに埋め尽くされた空間の中で、エイヴィリーも叫んだ。

『頼むっ。お前はそれでいいのかっ? 俺たちが居なくなって、イノベイターが世界を支配して、それで幸せになれるのかよ!?』

『……本当に、馬鹿だな。エイヴィリーは』

 アッシュの唇が、悲しげに歪んで。虫唾が走ると口にして、引き締まる。

 使命を果たさんとする表情に変わって、その虹彩は金色に輝く。

『アッシュ、私はあんたを助けたい! イノベイターで、私たちの敵なのかもしれない! それでも助けたいのっ』

 もう誰も殺させない。失わせない。それがゼルデの願いだった。

『粒子の拡散を確認』

『アッシュ!』

『アッシュ……!』

 死なせたくない。もう誰も、誰一人。

 アッシュの無表情が、一瞬、崩れた。寂しそうな笑みだった。

『……GNジャマー、起動します』

 瞬間。

 唐突に、ガラテアがその機能を停止した。

 機体の制御が失われ、母艦の外壁へ墜落する。

 いやな静寂が二人の間にあって、しかし反射的にガラテアのもとへ機体を飛ばす。

『──こちら、ミレイナですっ』

 その声はやけに明るく響いた。

『セラフィムがトライアルフィールドを発生させたです!』

『ゼルデ、トロイア。生きてる?』

『両方とも、生きて、ます。……アッシュ!』

 ゼルデはラヴィーネから飛び出して、ガラテアのコクピットハッチを開ける。彼は消耗しきった様子で肩で息をしていた。

『アッシュ、大丈夫っ!?』

 彼の赤紫色の瞳が、眠たげに開かれる。その様子に重傷を負った時のエイヴィリーを思い出して、ゼルデは言葉を失う。

 アッシュは息を吐きながら、苦笑した。

『……二人の、勝ち、だなぁ。一瞬、……一瞬だけ、お前達の声に、躊躇ってしまった。それがなければ、間に合っていたのに……僕は、ふり、だけだったはずの友を、殺せなかった』

 かすかに、その口からため息が漏れる。

『なあ、エイヴィリー、ゼルデ。これから、どうするんだ……?』

 使命を果たせず、目標は潰えて。だというのに、彼の語調に無念さはなかった。

『アロウズは解体されて、連邦軍も再編されるだろう。二人でまた、戦うのか……?』

『それはわからねぇな。俺はゼルデが行くところに行くし、ゼルデを守る』

『未来でまた紛争が起こるなら、私は行くわ』

『はは、最後まで、惚気けるな……お前らは。いやに、なるぞ……。でも……』

 アッシュが、微笑む。

『そんな、お前たちなら……ゼルデと、エイヴィリーなら……もしかしたら、世界を……僕、達を……イノベイターの、生きる……未来を……』

 そこで、アッシュの言葉が途切れる。長い睫毛に縁取られた瞼は、下りていた。

『アッシュ?』

『……エイ、ヴィリー。ぼくに、とって。能力を使う事は、命を燃やすのと同義だ。その最中に、バックアップを失って……トライアルフィールドによって、強制、解除の反動を、受けて。生きていられるほど……イノベイターは、強くない……』

 アッシュの体から、力が抜ける。スーツ越しに触れる体温が、冷たくなっていく。

 それが、何を意味するかを悟って。

 エイヴィリーは、泣きそうに顔を歪める。目に見えないものが零れていくのを感じていた。彼の肉体から、決定的なものが喪われているのを理解した。

『アッシュ……っ』

 掠れた声で、ゼルデが呼ぶ。返事は、なかった。

 現状に反応することも出来ず、受け入れることも出来ず。二人はただ、穏やかなアッシュの顔を見つめていた。

 それは、二人の体験した、二度目の親しい者の死。

 本当の意味での、敗北だった。

 

 

 

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