格納庫を突破した刹那は、青く神秘的な光を放つヴェーダの本体が眠る場所に足を踏み入れた。
静かな空間。血液の飛散する凄惨なそこで、二人の仲間と対面する。
「あれは……」
疑問に思って近付く。
微重力の中、銃弾を打ち込まれて死んだ、ティエリアの遺体。眉間に黒々とした穴が空き、パイロットスーツのあちこちを血に染めた彼を抱いて気を失っている、ニール。
「ッ、ティエリア……ロックオン……!」
ロックオンは呼吸が安定しているのが見えた。しかし、ティエリアの命が失われているのは、誰の目にも明らかで。
刹那は誰がティエリアを射殺したのかを知らない。故に、彼は瞳を閉じ。
「──仇は、討つ」
悔しげに唇を噛み、声を震わせてそう言った。
だが。
『勝手に殺してもらっては困るな、刹那』
ティエリアの声が、響く。「どこだ」と刹那は辺りを見渡して、彼の姿を探す。しかし、それ以外に誰かがいる様子はなくて。
「どこにいる、ティエリア」
『今、僕の意識は、ヴェーダと完全にリンクしている』
『ヴェーダ……?』
『僕は、イノベイドで良かったと思う。この力で、君たちを救うことができたのだから』
その言葉に、理解する。ティエリアは肉体をすて、データとしてこれに存在するのだと。
ヴェーダとリンクし、意識を移したのだと。
そして、ティエリアがこれから重要なことを語るのだという確信があった。
『僕はヴェーダとリンクすることで、全てを知ることができた。……今こそ話そう。イオリア計画の全貌を』
イオリア計画の全貌を知ったというティエリアの話によると、組織が平和を願いつつも武力による介入を行うという矛盾を孕んだ行動は、世界の統合を促し、人類の意志の統一をする目的があったという。
それは、人類が紛争という火種を抱えたまま外宇宙へ進出することを防ぐためであり、『来るべき対話』のため、人類に滅びではなく変革を促すためのものであった。
分かり合う心と、それを伝える術さえあれば、相互理解は難しいものではないだろう。だが、伝える術を持っているにも関わらず、人はその知性や感情によって些細なことを誤解し、思いはすれ違う。
故に、同じイオリア計画に基づいて行動しているはずのイノベイターたちと戦うことになったのもその弊害に違いない。
刹那は意識のないニールを抱え、プトレマイオスへと帰投しながらそう考える。負傷した彼がいることを、刹那は既に伝えていた。故に、治療の準備は整っているだろう。
同時にケルディムも帰還していたようだ。先に医務室にいたライルはその入口で呆けるように立っている。
「ロックオン。通っても、いいか」
「っ、ああ。悪い……って、に、兄さん……!?」
帰還してから二度目の衝撃に、今度こそライルが固まった。刹那は何事もないようにニールをカプセルに横たえると退室し、その間にも用意をしてくれていたらしい彼女はニールの治療にあたる。不幸中の幸いか、その容態は深刻でないという。
ディスプレイに表示される数値を厳しい表情で見つめていた彼女は、数分経って振り向いた。そこで彼女の顔を見ることが出来たライルは、漸くそれが現実だと理解する。
「ア、ニュー」
呆然と呟くライルに、彼女は微笑む。
「大丈夫よ、ライル。貴方が私にしてくれたように、私は絶対に救ってみせるわ」
「俺は……」
──救えていたのか?
「ええ。リボンズ・アルマークに身体を乗っ取られていたあの時、僅かだけれど、私の意識は残っていた。抗ってみたけれど、私だけじゃ抜け出せなくて……でも、貴方の声が聞こえたわ。私を呼んでくれた、貴方の声が」
優しく微笑んだアニューに、言葉が詰まった。
「貴方を殺していたら、私はきっとそこで死んでしまったと思う。あなたが無事で、本当によかった……」
「アニュー……」
彼女を抱きしめ、静かにライルは息を吐く。
目覚めないのではと不安になっていたライルの心に、その温もりはひどく染み渡った。
涙をこぼすことも無く、ただ、心ここに在らずといった二人をアラートが呼び戻す。
「──っ」
「モビルスーツ? この状況で動ける敵がいるってのか……!?」
ティエリアによってヴェーダが奪還され、イノベイター達の操るモビルスーツが機能を停止したことを二人は知っている。
即座にコクピットへ跳び乗ったゼルデは、先程のアラートの正体を視認して怪訝な顔をした。
『あれは……』
黒紫色に染められたガデッサ。十中八九イノベイターの乗る機体であろうが、どこか今までとは違う雰囲気があった。
『エイヴィリー、アッシュをドックの方へ連れて行って』
『お前、一対一でやり合おうってのか!?』
『大丈夫よ。いざって時は逃げるわ』
先程スレイヴを使用した時と同じく、彼女は何をしたって意見を曲げることはないのだろう。諦めと共に頷いて、ハッチを閉め浮遊しているガラテアを抱えるとプトレマイオスのいるドックに向かって飛んだ。
それと真逆の方向にラヴィーネは飛翔する。砲撃特化らしいその機体はこちらに向かってきて、エイヴィリー達を標的にすることはなさそうだ。
『ならいいわ、私の距離に引きずり込んであげる』
フットペダルを押し込む。直後に極太のビームが横切り、ゼルデは背部のファングが一基破壊されたのを理解した。
シルトファングを分離させ、コンソールを叩く。ターゲットを指定し、周囲を散開しつつ射撃するよう命じてラヴィーネは飛翔。加速したラヴィーネに対し、ガデッサは距離を取ろうと後退した。
当然ながら、高機動機であり発生する粒子を全て推力に回したラヴィーネはすぐさま追いつきアンサラーで斬りかかる。
回避されるのを見越しての一撃目。その予想通り避けられて、次ぐ斬撃もその外見から予想出来ぬ敏捷性で回避された。だがゼルデは動揺せず、回避した先にいる機体を蹴り飛ばす。
蹴りや拳、斬撃を織り交ぜた生身のような近接格闘。ラヴィーネの性能を最も引き出す戦い方だ。
斬り飛ばされた右足の膝から下。パイロットは動揺することも無く抜いたビームサーベルで攻めてくる。それもサーベルのみを叩き落として、破壊。
『その機体の弱点は分かってるのよ』
味方であったから尚更に。
だが。
『避けなさい』
『え?』
『──死ぬわよ』
唐突に突きつけられた言葉に思わず飛び退く。ガデッサとラヴィーネの間を、極太のビームが貫き減衰していった。
『な、なんで……?』
次いだ二射、三射がラヴィーネを追い立てる。拡大した映像の中に映るのは、赤と白に染められたモビルスーツだ。敵であろうパイロットの警告がなければ、今頃ゼルデはその機体塵も残さず消えていたであろう。
何者だと考える彼女に左腕のGNバルカンの連射が降り注いだ。
『よそ見はいけないわね』
そこで、漸く、気付く。
優しく包容力を感じさせる、甘い声。
その声の、持ち主に。
『マテリア……貴方まで』
アッシュがイノベイターと名乗った時から予想していなかった訳では無い。だが、彼女は技術者でありモビルスーツに搭乗するとは考えられなかったし、モビルスーツの機能を停めるらしい『トライアルフィールド』なるものが発生している中で彼女がやってくるのは予想外だった。
『その様子だと、アッシュから話は聞いているようね。ワタシもイノベイター──アナタの、敵よ』
『待って。ヴェーダは奪還されたんでしょう。貴方が戦う必要はもう無いはずだわ』
『この状況下で、動ける機体があるとすれば?』
事実、マテリアのガデッサはトライアルフィールドなるものの中で動いている。他にも動けるモビルスーツがあるというのは考えられることだ。
『それがマテリアたちの統括者ってことかしら。そいつを叩き潰せば、貴方は戦わなくてもよくなるの?』
『ええ。イノベイターを超えたイノベイター……アナタでは彼に勝てないわ』
『やってみなければ分からないでしょう』
連射されるメガランチャーに腰のGNメサーを投擲、破壊して、ラヴィーネはあっさりとガデッサの戦闘能力を奪った。
マテリアは何度もゼルデのシミュレートや戦闘を見ることが出来たはずだが、こちらは初見。その状態でこうもあっさりと捻じ伏せられるなど、
『向いてないわね、マテリア』
襲ってくる肘打ちにその腕も切断する。どうやら打撃武器だったようだ。残るは左腕だけだが、もはやそれを壊す必要も無いだろう。
後退しようとしたガデッサにアンサラーを突きつける。
『ねえ、マテリア。どうしてさっき警告したの』
自らをイノベイターと称するにしてはおかしな言動を問う。
『貴方は本当に、イノベイターとして割り切れているの』
マテリアは、押し黙ったままだ。
『答えて、マテリア』
『……気安く、呼ばないで、頂戴』
その声は震えていた。自分やエイヴィリーのトラウマにつけ込み、操った人間とはかけ離れた声だった。
『貴方の意思は、どこにあるの。貴方は私達に酷いことをしたのに、私と戦っているのに、警告なんておかしな真似をしたわ。貴方は何を考えているの。本当はどうしたいの。
教えて。私と貴方は、話せば分かり合えるはずよ』
『──ワタシ、は』
マテリアはそう、口にした。
そして、止まる。
『マテリア?』
双方が動かない。静かな時間が、いやに長く感じた。
ゼルデが違和感を覚え、身を引いたのと同時に。
抜き放たれたビームサーベルがラヴィーネの左腕を一閃した。
『マテリアっ?』
『言ったはずだよ、気安く呼ぶなと。
全く、アッシュの事といい、今回といい。君の影響にはほとほと困ったものさ、イノベイターの因子すら持たない人間のくせに。分かったような言い方をしないで欲しいな』
その声は確かにマテリアのものである。だが、見下すようないろのあるそれは、彼女のものではない!
『君のような邪魔者には、そろそろ退場して貰わないと。君だけじゃない、刹那・F・セイエイにも』
『セイエイさんが何よっ?』
苛立ちに眉根が寄る。
『アッシュがどうしたっていうの? 今回って何よっ。分かったようなことを言ってるのはあんたじゃない』
先程までとは全く動きが違う。たった一本のビームサーベルによる攻撃を、二本のアンサラーでなければ防げない。
全く逆の状況であった。圧倒的な見切り、鋭さに防戦一方になりながら、ゼルデは糾弾するように叫んだ。
『あんた、マテリアじゃないわね? 誰よ!』
捌けなかった攻撃がアンサラーを弾き飛ばす。
『マテリア・グレイ。君も知っているじゃないか』
『あんたには言ってないわよ!』
ビームサーベルを抜くより先に、その腕にガデッサが飛びついた。
『ここで君を道連れにするのが、これに残された使い道だ。さようなら、グリシルデ・シュミット』
『ふざ──』
その言葉も意に介さず、ガデッサのGNドライヴが強く輝いた、直後。オーバーロードした太陽炉が臨界を越え、膨れ上がるような錯覚を覚える。反射的に、その腕ごと切り離すが──
爆散した機体から舞う粒子が、宇宙を朱く彩った。
『ゼルデ、アッシュをトレミーに移動させた。状況は?』
その装甲は粉砕され、右半身は原型を留めておらず。
当然ながらコクピットにも、影響は及んでいて。
状況認識に時間がかかる。右手、喪失。両足が全壊。シルト、右半分が全壊。全面モニタも砂嵐が酷い。戦うどころか、機体を動かすことさえ不可能だ。
『ゼルデ、聞こえるかっ?』
虫の知らせがあったのだろうか。ガラテアをプトレマイオスへ運んだエイヴィリーは、ゼルデに通信を飛ばした。
彼の声がやけに遠い。直ぐには反応が出来ず、ゆっくりと口を開く。
『ゼルデっ』
『……んなに、呼ばなくても。聞こえてる、わよ……』
『うそ、だろ……っ。そんな、そんな……!』
彼女の反応に、全てを理解した。
咄嗟にプトレマイオスへ通信を飛ばす。あそこには医務室があって、彼女の負傷なら恐らく何とかしてくれるはずだと。
『ミス・スメラギ……!』
『貴方は……トロイアさん?』
応答したのはスメラギではなくアニューだ。しかし、それにリアクションするよりも先に必死にゼルデの容態を伝えようと喋る。
『リターナーさん……っ。ゼルデが……!』
要領を得ないエイヴィリーの説明でも、彼女が負傷したということは理解出来たのだろう。アニューは『着艦してください』と告げると通信を切った。
スクラップと化したラヴィーネをできるだけ揺らさないようにと抱く。
到着まではすぐだった。格納庫に収まったラヴィーネとテロス。その横にガラテアがあるのを見て、心がざわつく。
ラヴィーネのコクピットは、ハッチを開ける必要が無いほど損傷していた。そこからゼルデを抱いて、エイヴィリーは声を掛け続ける。
「なあ、こんな事ってねえだろ! ゼルダ!」
「……あは、は。ごめん、ね? 今度こそ、無理、かも……しれない、わね……」
「嫌だっ。無理なんて言うな! 死ぬなよ……ッ! くそ、俺は、また守れないってのか……!」
着艦したテロスと、ケルディムと変わらないほど損傷したラヴィーネ。コクピット部分も溶解していて、凄まじい攻撃を受けたのだろうとアニューに付いてきたライルは理解する。
これ程までに損傷していて、パイロットが無事で済むはずがない。ケルディムも、コクピットが破損していないからライルは無事なのだ。
「ゼルダ、ゼルダ……っ。死ぬな、頼む……一人に、しないでくれよ……」
意識が朦朧としているらしいゼルデを抱きしめるエイヴィリー。その力なく垂れ下がった右腕が二の腕の半ば程から欠損しているのを見て、ライルは息を呑む。それだけではない。右半身は血に染まり、ルビーレッドのパイロットスーツを深紅に変えていた。
流れる血が格納庫に浮き、その出血の多さに不安を覚えた。
「大丈夫よ、トロイアさん。必ず私が助けるわ」
「リター、ナー……さ、ん……」
ゼルデの顔は青ざめ、生きることを諦めたように目は伏せられていた。
「もう、大丈夫よ。貴方は死なないわ。私たちが、貴方を、死なせないから」
手早く処置をしながら、アニューがそう告げた。強い覚悟を宿したその声に、僅かにゼルデの瞼が動いて。
彼女の頬に、心做しか赤みが差したような気がした。
「トロイアさんの為にも。もう少しだけ、頑張って」
ゼルデは、僅かにそう頷いた。
(何だ?)
訳の分からぬ現象に、立ち尽くしていたライルは首を傾げる。
「ア、」
「ライル、治療室に予備の医療用カプセルが積んであるの。それを出してきて貰える? 直ぐに行くから」
今のはなんだと尋ねる前にアニューが言った。そうだ、今はそんな事に構っていられる余裕は無いのだ。人の命がかかっているのだから。
壁を蹴ったライルの後ろ姿を一瞥して、アニューはゼルデの腕に厚くしたガーゼを当てる。
「トロイアさん、脚の方を抱えられますか?」
「はい……っ」
涙を零しながらもエイヴィリーは言葉に従い足を支える。上半身はアニューが持って、医務室へ急いだ。
医務室では既にライルがカプセルを置いていて、かろうじて意識を保っているゼルデを横たえた。運が良かったのか彼女の言葉のおかげなのか、先程よりは出血が少なくなっている。左腕に輸血用の針を刺して、アニューは止血に専念した。
みるみるうちに赤く染まるガーゼを取り替えることを何度繰り返したか。右腕をあげた状態で止血をすること十分は経ったあと、血の止まった腕に何重ものガーゼを当てて包帯を巻いた。
パイロットスーツから検査着に着替えさせ、機械によるメディカルチェックが始まる。このまま問題がなければ、細胞活性装置による治療が始まるのだろう。
振り向いたアニューはエイヴィリーを呼んだ。
「トロイアさん、貴方も」
アニューの言葉が理解出来ず、首を傾げる。
「気づいてなかったんですか。……ここ、切れてます」
自分の頬を指して言ったアニューに、エイヴィリーは思わず触れようとした。それを制止し「おいで」をされ、エイヴィリーは首を振る。
「いいですよそんな。これくらい」
「駄目です。そこから菌が入ったらどうするんですか」
再度手招きされ、諦めてエイヴィリーはアニューの対面に座った。乾いた血を含めて傷口を優しく拭われる。ゼルデの負傷で脳が沸騰していたものだから、自分の怪我には全く気づいていなかったのだ。
軟膏を塗ったパッチを貼って、「おしまい」とアニューは微笑んだ。
「頑張りましたね。偉いです」
「子供扱いしないでくださいよ」
「痛いのを我慢していたんでしょう? だから」
そう言って頭を撫でるアニューに、先程からあった疑問をライルが口にした。
「アニュー。さっきの……なんだったんだ?」
「……グリシルデさんのことですか?」
応急セットを片付けていくアニューが振り向く。頷いたライルに理解したらしい、セットを仕舞うとパネルのデータを目で負いながら、アニューは答えた。
「彼女は、忘れかけていたみたいだったから」
「……何をだ?」
「自分のことを『死なないで』って思ってくれる人がいるってことを」
「え? でもそれなら……」
──トロイアも言ってたぞ? と疑問に思ったライルに首を振った。
「それとは少し違うの。私は、『私たちが貴方を死なせない』と言ったわ」
ああ、とライルは合点がいった。
私たちが貴方を死なせない。もし貴方が死んだのなら、それは私たちの責任であると──アニューが言ったのは、そういうことだ。
ならばゼルデは、死ぬ訳にはいかない。自分が死んだ責任を、仲間に押し付ける訳にいかないのだから。
「──は、はは。やっぱり凄いな、アニューは」
「……だから、ライルも」
「え?」
「ライルも、生きて帰ってきてね」
彼女は検査結果を見るため、ディスプレイの方を向いたままである。その肩が震えているのを見咎めて、ライルは言った。
「ああ。必ず、帰ってくるさ」
アニューが答える前に、正体不明のモビルスーツが接近していることを知らせる放送が響く。
「トロイア……でいいのか?」
「はい」
「トレミーには絶対に近づけさせないが、万が一ということもある。その時は……頼む」
「勿論です」
ライルの言葉にそう返すと、彼は壁を蹴って格納庫へと向かう。
エイヴィリーは、アニューと同様、組織を裏切ろうとした。操られていたとはいえ、大切なはずのゼルデと殺しあった。
だから、今度は自分が守る番。ゼルデが自分を目覚めさせてくれたのと同じように、彼女が目覚めるまで待つ。だから絶対に、帰ってくるのだ。
そう誓って、エイヴィリーはライルの背中を追った。