星の瞬く宇宙空間で、シュネーヴァルツァが舞うように飛翔した。
白をベースにしたカラーリングと、全身が刃で構成された機体は繰り出される弾幕をものともせずに回避する。スペースデブリを蹴って機体は踊り、前面がビームエッジ、背面が実体剣となった脚を振り下ろした。
あっさりと砕ける敵モビルスーツの装甲すらも足場にしてシュネーヴァルツァは再度跳躍。両腰のGNアンサラーを抜いて瞬時に二機のジンクスを真っ二つにした。
逃げを打つ敵にスラスターを全開にして迫る。しかし、距離が開きすぎていて近接戦に持ち込むには少々面倒で、痺れを切らしたゼルデは右手の剣を腰に戻した。
では何をするかというと──
「えいっ」
ゼルデは背中のビームサーベルを抜くと、逃げるジンクスに向かって思い切り投擲した。
赤い軌跡を描いて飛んだサーベルと、遠くで爆散する機体。直後に眼前が【simulation clear】という文字に埋められて、コクピットの全面モニタが宇宙空間から格納庫に切り替わる。
ゼルデはんーっと伸びをした後、ハッチを開けてコクピットから飛び降りた。器用にも重力下で装甲を蹴って安全な高度まで降り、着地までばっちり決めながら。この艦に来てからまだ三日目、初めて乗ったというのに随分な緩みようである。
「貴方は何をしてるのかしら?」
……そばを通っていた隊員に、見られていたが。
黒紫の髪に赤錆色の瞳を持ったその
小柄なゼルデとは二十センチ近い差があるだろう。作業着を着用した彼を見上げたゼルデはビシッ! と一歩下がって敬礼する。
「グリシルデ・シュミット少尉です! シミュレーションを終えておりてきたところであります! 失礼しましたっ」
きちんと敬礼をしているつもりであろうが、その動作は小動物のようである。
「貴方がこの子の?」
ゼルデの言葉にいいとも悪いとも言わず、男はそう尋ねた。
「はいっ」
「あらぁ。お久しぶりね、ワタシは……」
「マテリア!」
男の返しに割り込む中性的な声。直後に走ってくる人影に気付いて、声の主が誰か理解する。
それから、走ってきた勢いを落ち着けて交わされる抱擁。
「アッシュ。良かったわ、元気そうね」
いつも冷静なアッシュからは想像もつかない、年相応の振る舞いにゼルデは驚いて──次いで、男の口調が不自然なことに気づいた。
かしら、とかだわ、とか。妙に艶のある声音と所作。つまりそれって?
それを指摘する前に、抱擁を解いたアッシュと男の話が続いていく。
「折角同じ艦になったのに、メッセージの返信すら無いから心配していた。そんなに忙しいのか?」
「大丈夫よぉ。気づいてなかっただけなの、ごめんなさいね」
「元気ならそれでいい」
「んもーアッシュはすぐそんな事言う。そういう所も好きよっ」
「……マテリア、ゼルデが固まっている。それに、公衆の面前で抱きつくな」
「貴方だってさっきしたじゃない。私はダメなんて不公平よ」
「マテリアのそれは過剰だ。挨拶程度で済ませろ」
情報過多になり、ゼルデの頭は考えることをやめてしまっていた。アッシュに正面からのハグをして首元に頭を擦り付けている様は飼い犬を思い出させるが、それをしているのは身長百八十を超えた男なのだから訳が分からない。
「ゼルデ」
混乱のあまり微動だにしないゼルデの肩を、抱擁から逃げ出したアッシュが叩いた。
「アッハイ」
「大丈夫か?」
──あんたとあんたに抱きついてたそこの男のせいなんですけど!?
とは言えず、ゼルデは静かに頷いた。
「なんでもないわよ。それにしたって随分親しげな様子ね、何となく容姿も似ているし、兄弟なの?」
「ああ。先程は兄が失礼をした。彼はマテリア・グレイ大尉。僕の二つ上だ」
「マテリア・グレイよ。この艦で整備士をしているわ。貴方の機体も調整することになっているの、これからよろしくね」
ふふ、と微笑んで、アッシュに似たカラーリングの彼は言った。女性のようなたおやかさを感じるマテリアの所作に、興味を抑えきれずにゼルデは尋ねた。
「あ、あの……グレイ大尉は、」
「マテリアと呼んでちょうだい、ゼルデちゃん」
「マテリアは、その……男性、なのですよね?」
「生物学的にはね。だけど安心して、ハートは乙女よ」
──どこに安心していいか分からないんだけど!?
ゼルデは再び心中で叫んだ。
「真面目な子ねぇ。貴方みたいな子も嫌いじゃないわ」
「その辺にしておけ、マテリア。貴様は整備に来たんじゃないのか」
「やぁねぇアッシュ、今日は顔合わせに来ただけよ。それに、自分の作ったモビルスーツが誰に乗られてるか気になるじゃない? だからここに来たんだけど……いい子が相棒みたいでよかったわ」
「それじゃあ、ワタシはいくわよ。気難しい子だけどよろしくね、ゼルデちゃん」
ひらりとマテリアは手を振る。気難しい、とはどちらの事だろうか。アッシュかシュネーヴァルツァか、いずれにしろ難題だ。
アッシュはというと、シュネーヴァルツァのことだと信じて疑わないらしい。
相変わらずの仏頂面のまま──マテリアとは対照的だ──彼はぽん、とゼルデの肩に手を置いた。
「まだ開発中だそうだが、シュネーヴァルツァには追加の外装があるらしい。これ以上操作が難しくなってどうするんだと思うがな」
「ほんと? これからもっと強くなるなんて楽しみだわ」
「ふふ、楽しみにしていて頂戴。ワタシの設計は世界一よ」
自信たっぷりに胸を張るマテリアに、アッシュは苦笑した。
「ではまた、用があれば連絡する」
「ええ。ワタシは格納庫か部屋にいるわ」
「分かった。……行くぞ、ゼルデ。エイヴィリーが腹を空かせて待っている」
「もしかして……」
ゼルデの表情が焦りに変わる。
「お前が提案しておいて遅れるのはいけないことだと思うが。予定の時間近くになっても現れないから、迎えに来た次第だ」
「ごめええええん! シミュレーションが調子よすぎてっ!」
「自分のミスが理解できたようなら何よりだ」
アッシュが優しく手を引き、マテリアに微笑んでから踵を返す。
「ちょ、あ、マテリア、また会いましょう!」
連行──と言うと本人たちに失礼だろうが──されていくゼルデの声が遠くなっていくのを見守って、マテリアはふふ、と笑いをこぼした。
「面白いわぁ。あの子があんな振る舞いをするなんて。だってあの子のゼルデちゃんへの手の取り方……ふふ、楽しくなりそうね」
その言葉を聞いていた他の整備士がひきつった表情をしていたのは、また別の話。
「ロックオン、ロックオン」
カメラアイを点滅させながら、ハロが床を跳ねる。
ダークグレーのボディを必死に動かしている様は実に可愛いが、ニールにそれに構っているほどの余裕はなかった。
「少し待ってくれよ、もうすぐ終わるから」
「リョウカイ、リョウカイ」
「おりこうさん」
ハロは跳ねるのをやめて、床に転がり沈黙した。
ニールは情報端末のキーを叩く。それは既に半日を過ぎていて、朝食どころか昼時も終わりつつある。ハロが声をかけてくる理由もわかるが、これはどうしても終わらせたいことだった。
何度連絡をしようと返信が無い。今までは一日と経たず無愛想であるが律儀な返事をしてくれていたというのに。ただ忙しいだけだと思いたかったが、今は繁忙期ではない。そもそも、勤めていた会社も辞めてしまっていた。
だからニールは不安になって、唯一の肉親である弟の行方を探っているのだが──数ヶ月前に会社を辞めて以降、失踪。そうとしか言い様のない行方の分からなさに、ニールは言葉にできない焦燥を覚える。もし、あのガンダムに乗っているのが弟のライルだとしたら。十年とは言わない時の経っている幼い記憶でそんな事を考えられるほど、ニールの思考は単純ではなかった。
しかし、無数に飛び交う音声通信の中に聞こえた声を間違うはずがない。同じ髪、同じ瞳、同じ声をした弟。手をとめず、その声だけを探していてようやく、ニールはそれがガンダムパイロットのものであると気付いてしまった。奇遇にも、ティエリアと同じ方法で。
ライルが非合法な活動をする組織に足を踏み入れていることは知っていた。しかし、ソレスタルビーイングなどという世界の統一を邪魔する存在になっているとは、ふざけるな。
「……できれば、傷付けたくないよなぁ」
可能なら、こちら側に引き込めればいい。できなくても、ソレスタルビーイングからは引き離さねばなるまい。手足の一本や二本を奪うことになったとしても。
彼の声は暗く低い。ニールは深く溜め息をついて、キーボードを叩いていた両手をすっとハロに向かって伸ばす。
「ヘーンダ! ヘーンダ!」
臍を曲げてしまったらしいハロは、数度地面で跳ねたあとに腕に飛び込んでくる。そんなハロを撫でながら、ニールは部屋の隅に置かれたアタッシュケースに目をやって。
およそ彼とは思えぬ程の冷たさで、唇を歪めた。
ニールが作業に一区切りを付け、昼食を取ったあと。
それからさして時間を置かずに、ニールらフォルトゥナの乗員は呼び出された。現在は戦術予報士のアイ・ワーテラーがスクリーンの前に立ち、指し棒を握っている。
「では、作戦を説明する」
「後に質疑応答の時間を設けますから、発言は控えてくださいね」
ミルティの言葉の後に、ワーテラーが平坦な声で説明を始めた。
「まず、ソレスタルビーイングの位置に関してだが、衛星からの解析の結果、ある無人島にて発見された。先日撮影された母艦の動画と照らし合わせ、間違いはないと断定。ガンダムや母艦の状態については不明だが、この数日間で完全なものにはなっていないと見ている。
次に作戦についてだが、ピラー崩壊のこともありこれだけの戦力しか回せないとのことだ。モビルスーツパイロットが七名。このフォルトゥナには現在それだけの戦力しかないが、この作戦でならば十分に勝算があると考えている」
かつんと軍靴を鳴らして、ワーテラーはスクリーンを指した。
「アヘッド、ジンクスの三機は正面から。アイアスを先頭にして攻撃を防ぎつつ、砲撃型を引き付ける。アイアスと交戦次第散開、シュネーヴァルツァは二個付きまたは羽付きをやってくれ。どちらと戦うかは相手の出方に任せる。アレーティアはこちらを狙ってきた狙撃型を妨害。
そしてこちらが本命だ。──ガラテアは島の森林地帯に潜伏し、母艦をハッキング。殺すなとは言わないが、できるだけ人員も生きて捕らえろ」
グレイ准尉、とワーテラーは鋭い視線でアッシュを射抜く。
母艦のハッキングが本命。つまり、ソレスタルビーイングの抹殺が今回の目的ではないと彼は言っている。抹殺するだけなら、アレーティアの搭載するGNランチャーでも可能だ。ガデッサに比べて取り回しを落としたぶん、威力と連射力は勝るとも劣らないビームを放つことができるのだから。
それをしないということは、母艦ごと鹵獲することが必要な何かがあるということ。
無機質に、アッシュが答えた。「はい」
「私からも頼むわ。あの船、気になることが沢山あるのよ」
「グレイ大尉たっての願いだ。侵入経路を後で渡すから、読み込んでおくように。では、艦長」
ワーテラーの声に、ミルティが口を開く。
「これより作戦を開始します。基本戦略は彼の示した通り。詳細は追ってそれぞれに通達、以上です。今度こそ、ソレスタルビーイングを捕らえる、絶対にですわ」
午後五時。フォルトゥナのパイロット達は作戦前の調整の為、パイロットスーツに着替えていた。モビルスーツの整備をしている乗員たちは慌ただしく駆け回り、あるいは整備をしていて、話しかけるのは躊躇われる。
「作戦開始は
パイロットスーツをラフに着用して──プロテクターも装着していない──エイヴィリーが言った。対してきっちりとスーツを着込んだアッシュは、マテリアを目で追いながら、支給品のレーションを齧っている。
「了解」
「アッシュ、ガラテアごと先に海に落とされるんだって?」
「ああ。海に落下して、そこから潜水して向かうのだそうだ。島に上陸したら、そこからはスクワイアを操作するだけだ」
「だけって、艦一つのハッキングはかなり大掛かりになるんじゃないの? さすが首席は違うわね」
「お前と違ってそれなりになんでも出来るだけだ。ゼルデ、貴様こそ気をつけろ。信じてはいるが、二個付きも羽付きも、強い」
二個付き──ダブルオーの脅威を、アッシュはこの場の誰よりも理解していた。機体の性能、それだけではない。ドライヴを二つ載せた機体は、この艦にも存在する。防御特化のアイアスは性質上多くの粒子を消費するため、ドライヴを二つ搭載しているのだ。だから、GNドライヴを二つ搭載したパワーは理解できる。加えて高い操縦技術。アッシュはダブルオーのパイロットを、ゼルデと同等かそれ以上の能力を持つと分析している。
故に、士官学校の頃からゼルデを見ているアッシュは落ちるという心配はしていない。心配なのは彼女の心理面だ。
ゼルデは強気に笑って言った。
「知ってるわよ。でも、どんなに強くたって、私には敵わない自信があるわ」
「そうか。エイヴィリー、こいつのフォローを頼む」
「はいよ、お姫様の子守りは任せときなー。そういえば、ロックさんは?」
瞬間、格納庫の空気が数度下がったような気がした。言うまでもないが比喩であって、物理的にではない。
ゼルデは一昨日の一件から、ニールの事を避けるか、睨むか、あるいはフン! とそっぽを向くかのどれかだった。彼女からすればニール/ロックオンは憧れの対象で、命令違反などしない人間に映っていたからに違いない。
所謂失望、というやつだ。
なんならその前まではロックさんに尻尾ぶんぶん振ってる子犬みたいだったし──そうエイヴィリーが思った時、ぽん、と肩を叩かれて振り向いた。
「おう、呼んだか?」
「ロックさん。お疲れ様です」
その先には薄く色の入った眼鏡を掛けたニールが立っていて、アッシュが小さく会釈する。普段は眼帯を付けているため、その右目がレンズ越しとはいえ晒されているのは珍しい。
ゼルデはどうしてもニールと同じ空間にいたくないようで、壁に引っ掛けていたヘルメットを掴んで踵を返す。
「先に行くわ」
露骨に不機嫌そうな顔をして、ゼルデが二人の前を通り過ぎる。
「きゃ、」
否、通り過ぎようとした。
「まだ一時間ある。そう急ぐな、グリシルデ・シュミット」
スーツの首元を掴んで、アッシュがそう告げる。不意打ちを食らったゼルデは派手につんのめるが、持ち前の身体能力で耐えて不平を言う。
「ちょっとアッシュ! 離しなさいよ!」
「聞こえていなかったようだな。ゼルデ、出撃まであと一時間あるんだ。ゆっくりしていけ」
「何でよ! 助けなさいエイヴィリーっ」
「アッシュの言う通りだぜ。なんでこうせっかちなんだよゼルデはさー」
エイヴィリーもそれに同調する。ゼルデの味方はここにはいなかったようだ。首根っこを掴まれたまま暴れていたゼルデは、観念して二人の方を向く。
……ただし、「裏切り者」と言わんばかりの目で。
「あんた達なんて嫌いよ……」
「ロックさんとギクシャクしたまんまで作戦始めるなんて嫌だろ。これが今生の別れになるかもしれないんだぜ?」
「縁起でもないこと言うなよ。賛成はするけどな」
肩を竦めて笑うニールに、アッシュが「それで」と口火を切る。
「ゼルデはどうしてロックオンを避けるんだ?」
──言いづらいことド直球に聞いたよこいつッ!
思わず飛び出そうになった感想に、エイヴィリーは慌てて口を押さえる。
だが、ゼルデが答えるよりも先にニールが言った。
「すまなかった」
頭を下げて、ストレートな謝罪の言葉。ニールの本心でもあった。ゼルデを怒らせたのは自分の行動で、それは間違ったことだったから。
しかし、ゼルデにとってはそうではなかったようだ。
なんとも言えない表情で、ゼルデはニールの顔を眺める。
「……別に、もういいです。私も半分意地みたいなものでしたから」
「そうか……。ありがとう」
「はい……あー、その、だから……」
バツが悪そうに視線を逸らす。
「これからは、ちゃんとしてくださいね。ロックオン」
「ああ」
返事を聞くと、満足したようにゼルデは微笑んだ。
「ああ。ところで、ロックオン」
「なんだ?」
歩き出そうとしたニールに、アッシュが声をかける。
「なぜあんなことを? 先日尋ねた際には、答えてくださらなかった」
──そういえばそうだ。
ニールの行動には違和感があった。
いくらガンダムが憎いとしても、撃つなと命じられた直後にいきなり銃を向けるなど正気ではないし、命令違反で処罰を受けてもおかしくない。
「……あいつは、昔の知り合いに似てたんでな」
どこか遠くを見つめるようにしながら、ニールがぽつりと言う。
「昔?」
「ああ。まぁ、昔の話だよ。もう十五年以上も前の事だし、顔も合わせてないから二度と会うことはないと思っていたんだが……」
懐かしむような口調だった。しかし同時に、怒りを帯びた声色だった。
「そうですか」
「悪かったな。あの時は、変なこと言って」
「いいえ」
いつもの通り冷静に答えたアッシュに、そういえばとニールは耳打ちする。
「なあ。失礼だとは思っているんだが……あの二人、付き合ってるのか? お前さんから見てどう思う」
「いいえ、全く」
即答であった。
「じゃあお前さん、あれを見て何も思わないのか?」
ややあって、アッシュは呟いた。
「イチャイチャしやがって、と思わないでもありませんが」
「ほう?」
意外な返答に興味深げに身を乗り出すニールだったが、アッシュの次の言葉を聞いて固まってしまう。
「僕達の作戦に支障が出なければ、それで構いません」
「意外だねぇ」
「何か問題でも?」
「いいや。ただ俺はもっとこう、恋愛感情的なアレだと思っただけさ」
「僕にそんな下世話なものを求めないでください」
淡々と返されてしまい、ニールは苦笑するしかなかった。