『こちらガラテア。敵艦を確認、動きがあり次第連絡する』
『了解。気をつけてくださいね』
ミルティが応答した。
ガラテアのスクワイアが取り付くまで、アッシュに出来るのは周囲の警戒のみだ。
アッシュは静かにスクワイアを操り、プトレマイオスへと飛翔させる。ガラテアから少し離れたところで、狙撃型とアレーティアが着陸したのが見えた。状況がどうであれ、ガラテアの──アッシュの取るべき行動は、変わらない。
呼吸を整えて、鋭く、任務遂行のために感覚を研ぎ澄ませていく。
一瞬にも永遠にも感じられる時の中、その時は訪れた。
『目標に到達。侵食を、開始する』
了解の旨だけが複数、返ってくる。
『敵艦、反応無し。回路を展開』
アッシュの声が生物としての温かみを失う。ただの部品としての、声だった。
コンソールが複数せり出し、アッシュは手を伸ばす。大型の鳥のようなスクワイアがプトレマイオスに接触、ハッキング用の回路を形成した。
GNZ‐006『ガラテア』。その基盤はガデッサと同様であるが、コンセプトは全く異なる。
情報の送受信による支援及びハッキング。専用の装備であるGNスクワイア、GNヒートロッドを介し、『ドミネイターシステム』を操り敵機の制御を奪うことも可能だ。
アッシュの万能さ──といえば平凡に聞こえるが、常人を大きく上回るオールラウンダーぶりはここにも発揮されていて、そのスキルは随一。凄まじい速度でコンソールを叩き、システムへの侵入を完了した。
『火器管制、掌握。抵抗するのですか。だが、その程度で僕に勝てると思わないでください。なかなか優秀な人材がいるようですが……掌握。重力制御、制圧』
無意識に敬語で喋りながら、アッシュはプトレマイオスのシステムに介入していく。気圧制御、通信システム。次々とクリアし、手足を奪うようなその行いに、プトレマイオスの人員は焦っているはずだ。
あっさりと目標をクリアしていくことに『つまらない』と内心呟いて、次の行動へと移る。
その瞬間。
凄まじい衝撃が、ガラテアを揺るがした。
『──何ッ!?』
アッシュは眼鏡の向こうで瞠目する。広範囲に渡るビームの直撃。行動は可能だが二基のスクワイアが損傷していた。コクピットに映るのは小型支援機──アッシュは名を知らぬが、GNアーチャーと呼ばれる機体である。
上空から、赤と白──シュネーヴァルツァと似たカラーリングのそれが、GNビームライフルをこちらに向けていた。
『この僕が……!』
降り注ぐビームを受けながらも、地に伏せていたガラテアを起こし飛ぶ。完全に予想外の出来事であった。
何がどうなっている。情報を整理しながらヒートロッドを抜いたガラテアに複数の光が瞬く。
『アッシュ? おいアッシュ、どうした!』
エイヴィリーが声を掛けるが、アッシュに答える余裕はない。こちらの武装が少ないのを感じ取ってかGNアーチャーは変形し飛翔する。
『ゼルデ、聞こえるかっ。アッシュと合流しろ!』
『了解っ』
GNアーチャーが飛び回りながらビームを発射する。咄嗟に回避した直後にプトレマイオスに取り付いていたスクワイアの帰還を阻まれた。肩に四基あったスクワイアはもう一基のみとなってしまった。
高度を上げ、不規則に飛ぶガラテアの横をビームが突き抜けていく。粒子が散って鮮血のように機体から漏れ出る。いつまでも逃げ回っている訳にはいかないが、スクワイアが一基しかない今、これを失えば完全に任務が失敗する。
こんなことが。完璧たる僕にこんなことがあるなど、許されない。
強迫観念に囚われたアッシュに向かって再びビームが閃いた。
『GNウィング、最大展開。ミサイル、射出』
アッシュは脚部よりミサイルを放ち、こちらに飛び込んでこようとするGNアーチャーに向かう。それは機動力のあるGNアーチャーには威力を発揮出来ぬ武器だが、足止めをするには十分なものだった。
GNアーチャーはビームと高い操縦技術でミサイルを全て回避する。それによって出来た数秒の時間で、シュネーヴァルツァが二人の間に躍り出た。
『アッシュ!』
『ゼルデ。なぜここに?』
どうやらアッシュには一連のやり取りが聞こえていなかったようだ。ゼルデは『エイヴィリーに呼ばれて』と短く告げて、追随していたGNリープユニットをアーマースカートに戻した。
『状況は?』
『ハッキングに失敗した。小型の羽付きと交戦中』
二人の会話は、復帰したダブルオーとGNアーチャーを相手にしながらのことである。
『気にしちゃダメよ。ともかく撃墜』
『ああ。スクワイアを失ったが、このまま戦える』
いつも通りのゼルデに、内心取り乱していたアッシュはようやく平静を取り戻す。
残るジンクスとアヘッドの数は三。当初の半分まで減らされてしまっているが、
『僕達ならいける』
『私たちならいけるわ』
二人は同時に言った。
『ロックオン!』
果たしてどちらを呼んだのか。
いや、彼はアレーティアの搭乗者を知らないためライルだ。同時にアレーティアが素早く左へ飛ぶ。その空間を粒子ビームが通過し、トレースする様にアリオスが駆け抜ける。
『アレルヤ!』
アレーティアは高速で飛翔しビームを放つアリオスをものともせず、広げていたシールドで機体を覆い回避。しかし肩のランチャーは展開されたまま。精密な移動の間に、ランチャーからビームが一筋走った。
飛行形態のアリオスのスピードを捉えられるはずがない、そう思った直後、アリオスがビームに突っ込むような形で被弾する。更に飛んだ先をGNガンブレードの連射が襲った。
見切られている!?
ライルが思い、アレルヤ・ハプティズムが言ったのは同じタイミングだった。
機体の一部から黒煙が上がる。援護射撃は味方に当たる可能性があるためできない。一体どうしろと──思案した直後ケルディムにビームが降り注ぐ。ハロがいなければ間に合わなかった。迫るアレーティアの銃撃をシールドビットで受ける。
『く、強い……!』
ニールにその声は届いていない。だが、焦りは伝わっているようで、滑るような移動と共に放たれる銃撃はアリオスを追い詰めた。
無論ケルディムも例外ではない。左右の手にあるガンブレードと肩のランチャーが二人を撃ち抜いていく。その真横を複数のビームが通過し、青い装甲が飛来する。GNシールドユニット。アイアスに搭載された防御兵装だ。
『エイヴィリー、聞こえるか』
『こちらアイアス、聞こえています』
『こっちは大丈夫だ。シールドユニットは他に回せ』
『了解。助けて欲しい時はちゃんと言ってくださいよ!』
装甲は空を翔ける。遥か上空にいるシュネーヴァルツァとガラテアに向かって飛び、GNアーチャーとダブルオーの攻撃を阻む。
『ロックオン、ロックオン』
ハロが蓋を開閉し、目を点滅させて警告した。
地上から太いビームが一筋、空へと拡散する。ハロの声がなければ被弾していたし、警戒を怠ったとニールは自省する。
『サンキュ、ハロ。──ほら、まだまだ行くぜぇ!』
爛々とニールの瞳は輝きを放つ。二機をその双眸で見据えビームを連射する彼は、平時とは段違いの集中力を発揮していた。
いわゆる『ゾーン』のようなものか。ニールはこれを知らない訳では無い。過去に二度、経験していたものと酷似しているから。一度目は学生時代の射撃で、二度目は暗殺業の中で。眼前の敵を、ただ狙い撃つためだけに全ての感覚が集中していく。
ロックオン・シューターは言う。秩序を乱す悪を狙い撃て。
その鬼神のような戦いぶりにライルもアレルヤも圧倒されるままだ。こちらの攻撃はかわされ、あるいは機体のシールドに阻まれる。だと言うのに、アレーティアのビームは正確無比にこちらを捉えてくる。
『〜〜っ、トランザム!』
予測されているかのような動きに耐えられなくなったらしい。機体が薄赤く染まり、アリオスは超高速で飛翔する。
『当たらねぇっつってんだろ!』
ニールは落ちないアリオスに苛立ったような声を上げる。しかし被弾。肩のランチャーこそ守ったがシールドが圧力でひしゃげて可動部から折れた。
『てめぇ、俺のアレーティアを!』
『やらせねぇ!』
ここだとばかりに拳銃を握り襲いかかるケルディム。ニールは声を荒げてガンブレードを乱射し、近寄らせる隙を与えない。
『兄さん!』
『うるせぇっ』
無造作に右手のガンブレードが投擲され、回転しながらケルディムの肩に突き刺さる。直後に振動と共に右腕が落ち、ライルは訳も分からぬままバランスを立て直した。
『何が──』
『テッキセッキン! テッキセッキン!』
ハロが常より大きな声で危険を告げた。先程まで上空で戦っていたはずのシュネーヴァルツァがシールドユニットを蹴ってこちらに迫っていた。GNアーチャーがその恐ろしい速度に追随する。
『よそ見してんじゃねぇよライル!』
退路を断つように、投げたガンブレードを回収したアレーティアが右手の銃を乱射。だがトランザムを使ったアリオスは肉眼で捉えるのも難しいほどの速さで飛んでいる。いくら凄まじい動体視力を持ち狙撃手としての素質があろうと、人間の限界は決まっている。
挟撃しようとしたアレーティアは、降り注ぐビームのためにケルディムから視線を外さざるを得ない。舌打ちをして、アレーティアはアリオスにGNランチャーⅡを向けた。
『邪魔なんだよ!』
砲身を畳んだ状態でのビームの雨に、アリオスは滑らかな動作で回避しながらアレーティアにミサイルを発射。それをアイアスのGNボウから放たれたビームが相殺して、更にセラヴィーがアイアスに砲撃を加える。
シュネーヴァルツァはGNアーチャーの発射したミサイルに駆り立てられながら飛ぶ。その様は[[rb:円舞 > ヴァルツァ]]のようだが追いつかれるのは時間の問題か。追いつかれるより先に、アイアスの増加装甲がミサイルの間に立って凌ぐ。その隙を見逃さず、飛行するGNアーチャーにガラテアがGNヒートロッドを振るってスクワイアを嗾けるが取り付く隙はない。
戦いは乱戦の様相を呈してきた。ライルはくっと歯噛みし左腕とシールドビットのみで交戦する。こういう状況でこそ自分は有利であるとライルは思っているし、それは事実だ。しかし、兄がモビルスーツに乗り己の前に立ちはだかったという事実がライルの心を乱していた。
『アンサラー、ブレード部分のパージを実行!』
シュネーヴァルツァがコマンドに反応してGNアンサラーの刃を発射した。切れ味の落ちた刃をパージする駄賃とばかりにそれはセラヴィーに向かうが、極大のビームを前に消し飛んだ。
何ともないとゼルデはかぶりを振ってダブルオーの攻撃を両腕のアンサラーで受けた。恐ろしい切れ味の反面消耗の著しいそれは、剣とカタナの鍔迫り合いに激しく光を散らす。そんなダブルオーを正確に狙撃するのはアレーティア。だが、ドライヴの付近に着弾するビームは粒子に阻まれて消える。
更にゼルデは飛び回るアイアスの装甲を蹴って反転した。のしかかるGに呻きながら操縦桿を握り直し、ダブルオーに二度三度と斬り掛かる。
ザンッ!
耳にこびり付くような破壊音。目にも止まらぬ速さの斬り合いの結末は、シュネーヴァルツァの右腕の喪失。
『私が負けるですって!?』
ゼルデの焦った声が、接触回線で刹那にも届いていた。確かにシュネーヴァルツァの攻撃は、その全てが正確無比にこちらを追い立てるものだ。だが、極限まで軽量化された機体、圧倒的な手数の代償に、
『──軽い』
その重さは、パワーは、ダブルオーに遠く及ばない。
『ゼルデは羽付きを!』
ニールは瞬時に悟り指示を出す。不服そうではあるが、ゼルデは彼の言葉に従いアリオスに攻撃対象を変更した。
代わってダブルオーに対面するのはエイヴィリーだ。敏捷性こそ低いが、それはコンデンサを兼ねた装甲を纏っていてこそだ。性質上、セラヴィーに似たシルエットのアイアスは二つの擬似GNドライヴでその強固さを生み出している。ダブルオーのようにツインドライヴではなく、ただ二つ搭載しているだけだが、そのパワーは随一だ。
『っああぁらああああぁぁッッ!!』
エイヴィリーが吼える。ビームサーベルを抜き、シールドユニットと共に突っ込んだ。
ダブルオーとアイアス。二機は機体が触れ合うほどの近距離に迫って、
『なっ!?』
瞬間、エイヴィリーの視界からダブルオーが消える。
『そこだ!』
激突の寸前。刹那はトランザムの使用と共に進路を変え、アイアスの側面へ回り込んだのだ。
捻りを加えて与えられるのは左手の剣による一撃。至近距離からのそれにはさしものアイアスも対応出来ず、増加装甲ごと機体が断たれる。
『よくもユニットを……!』
『エイヴィリー、大丈夫かっ?』
『油断した、悪い……問題ねぇ、行けるぜ!』
同じ手は食わないとアイアスは飛ぶ。
シュネーヴァルツァはシールドユニットを蹴り、ガラテアはヒートロッドを振るう。
この状態なら行ける──瞳を輝かせ、ニールがそう判断した、その時。
『……ッ!』
ドクン、と心臓が鳴るのを、ニールは耳にした。
『あ……っ、ぐ、』
右眼が異常を訴える。激しい痛みとともに頬を熱いものが伝う感覚と震える体。ニールはこの感覚を知っている。そしてその対処法も知っている。
『は、っぅ、ぐ、あぁ……!?』
操縦桿から離れ、伸ばされた腕が空を切った。なぜと疑問を覚えるが痛みに思考が霧散する。ぼろぼろと赤い涙が頬を伝っていく。痛みは全身に波及してニールの身体を揺さぶる。
『あぁぁあぁっ……!』
『ロックオン!?』
異変にいち早く気付いたアッシュがニールを呼んだ。
『ああぁぁ、あっ、ぐ、ぅ──ッ、ぎ、ぁぁあああああ!!』
何故なんで痛い今どうしてこんな時に痛い痛い痛い痛い! 断片的な思考の中でニールは答えようと必死に口を開く。だが漏れるのは悲鳴のみ。握られるのは虚空。隙を捉えたとばかりにアリオスが攻撃をこちらに放ち咄嗟にハロが機体の制御を行った。
いっぱいに見開かれた瞳からは赤い涙が溢れる。ニールがヘルメット越しに右眼を押さえる。
『っ、クソ! ハロ、どういう状況だ!?』
『ロックオン、ホッサ! ロックオン、ホッサ! セントウフノウ! セントウフノウ!』
アッシュが語調を荒々しく問う。ハロの答えに目を見開いて、こちらの混乱など知らぬガンダムのビームをヒートロッドで打ち払った。
『発作ってどういう事よっ?』
ゼルデはそんなこと知らないとばかりに声を上げ、直後にダブルオーに海中に叩き落とされる。
『きゃあっ』
『ゼルデ!』
『私はいいからロックオンを!』
『けど!』
『早くっ!』
その間も、ニールの苦悶の声をマイクが拾って三人に伝えてくる。動揺する二人を他所にアッシュはフォルトゥナに通信を開いた。
『ミルティ少佐、ロックオンが!』
『特務大尉がどうしたのです!?』
『わかりませんっ。ですが、ハロが『発作』と……』
『今すぐロックオンを艦に戻して!』
その言葉に思い当たる節があったようだ。マテリアが普段からは考えられない、緊迫した声で割り込んだ。
『ですが作戦は……!』
『どちらにせよ特務大尉がいなければこの作戦は瓦解しますわ!』
『早くアレーティアを格納庫に! 急いでッ!』
アレーティアが銃撃の合間をくぐってフォルトゥナへと向かう。同時に、撤退信号が上がってアイアスを殿に全機が撤退を開始した。
既に彼の意識はないが、ニールの苦しげな絶叫は、いやに三人の耳に残っていた。
撤退していく部隊をセラヴィーが追おうとするが、ダブルオーがその肩を掴んだ。
『刹那!』
『今は追うな』
『なぜだ! 彼はロックオン・ストラトスなんだぞ……!』
今までそれを分かっていなかったアレルヤが驚愕の声を上げ、ライルは俯く。
あまりの焦りにか、ガラテアはアレーティアを追いかけるように飛行する。そして着艦。ガラテアから飛び降りるようにしてアレーティアに駆けつけた時には、既にマテリアがいた。
厳しい表情を浮かべる彼に倣ってハッチが開くのを待つが、その焦燥は頂点に達していた。心臓がうるさく脈を打つ。
「マテリア、マテリア」
ようやく開いたコクピットの中で、ハロがくるくると回りながらマテリアを呼ぶ。マテリアは今にも飛び出しそうなアッシュを制し、シートに身を凭れさせているニールを連れ出して抱える。
ヘルメットが取り外されると、顔の右半分が真っ赤に染まっているのを捉えてアッシュは驚愕した。そしてニールの整った顔立ちも、苦しさに歪んでいる。息を呑むアッシュを他所にマテリアがざっと全身に視線を走らせた。
「……今のところ命に別状はない。ストレッチャーを待ってる時間は無いからこのまま行くわね」
集まってきた整備士を無視してマテリアがニールを抱えたまま走り出した。まとわりつく重力に苛立ちながら医務室の扉を開く。
「エイス、いるかしら?」
「グレイ大尉、そこにシューターを寝かせろ」
既に治療──その言い方で正しいのかは分からないが──の準備をしていた軍医のエイス・アークが慌ただしく告げ、それに従ってマテリアがニールをベッドに下ろす。
パイロットスーツから腕を露出させ、消毒液と脱脂綿を取ったアークは腕を消毒すると一本の注射器を手に取って針を差し込んだ。