終わらせる禁忌   作:Damned

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#6 鈍色の疑念

 

 

 

 マテリアの言った通り、ニールの異常は『持病の発作』とのことだった。医師のアークはそれだけしか言わなかった。だが、発作というにはおかしな点がいくつもあったし、目から血の涙を流すなど聞いたことも無い。

「……はは、そんなコワイ顔、すんなよ」

 自室のベッドに腰を下ろしたニールが、乾いた笑いを零す。

 その右目につけられた医療用の眼帯が、酷く痛々しかった。

「生まれつきです」

「……アッシュ」

 発作のせいか、ニールの顔は青白く、生気がなかった。だからアッシュは彼が目を覚ますまで安心できなくて、ずっとそばに居たのだが──本人は、会議中に居眠りをしてしまったかのような気楽さで起き上がり、部屋へと戻ってきた。

「ごめんな」

「それは他の乗員に言ってください。僕はスクワイアを失い、敵の策にはまってしまったので、その謝罪を受ける資格はありません」

「そんなことはないさ。お前さんだって、しっかりやってた。ガラテアは武装も少ないのになあ。ありがとな」

「いいえ。それより、貴方は一度医師の診察を受けた方が良い。そんな症状、僕は聞いたこともありません」

「医者にかかったって同じだよ。それに、そんなことで何日も潰される訳にはいかない」

「ではロックオン、僕が艦長に打診して、貴方を基地に置いていきます。それでいいでしょう」

 フォルトゥナは今、MSの整備と補給の為にAEUの基地のひとつであるクライド軍港に針路をとった所だった。

「駄目だ」

「貴方は、」

「俺はあいつらを殺さなきゃならない」

 打たれた薬のせいなのか。いつも飄々としている彼からは想像できない、底冷えのする声を発したニールに不意をつかれた。

「ロックオン、貴方は」

「悪いな」

「そんなこと、思ってもいないでしょう。人が悪い」

「はは。……人が悪いついでに、一つ頼みを聞いてくれねぇか?」

「……何ですか」

 いやな予感がして、アッシュは身構えた。

「サンディの様子、見てきてくれねえ?」

 アレーティアの整備を担当したのは、マテリアとその後輩だ。その際に一度、コクピットにある私物を出す必要があったのだが、それがこの件の原因だった。もちろんニールもその場にいて、受け取った私物──点眼薬と錠剤──を自室に置いて、そのまま出撃してしまったのである。

「お断りします」

 予想通りであったその言葉に即答する。

「アッシュ、俺がぶっ倒れたのは俺が薬を忘れたのが原因だ。それに、あいつは発作のことだって知らなかった」

「分かっています。僕だって、そのことを知らなかったし、不可抗力です。ですが、今彼の顔を僕は見たくない。いくら彼に責任はないと理解していても、胸倉を掴んで殴りそうです」

「……アッシュ、」

「でも今一番殴りたいのは貴方です。こちらは目を覚ますまで生きた心地がしなかったというのに、他人のことばかり……!」

 下手をすればガンダムに撃墜されていたかもしれない。ハロがいなければ、そうなっていた確率は高かった。だというのに、どれだけニールがアッシュに──周囲の人間に迷惑を掛けたかも考えず、他人の心配ばかりしている。

「アッシュ」

 先程よりも弱々しく呼ばれたのにはっとそちらを向くと、ニールは眉を下げていた。

「……俺が悪かったよ。心配させたのに、勝手なことばっかり言った」

 しおらしく言ったニールに、アッシュは顔を背けた。多少感情的になった自覚はあって、彼を見ることが出来ない。

「少し、こっちに来てくれないか」

 そう招かれ、アッシュは逃げ出したいような気持ちになるが、これもニールのせいであると開き直り、歩み寄った。

 すると、ニールは子供が抱っこをせがむ時のように両手を広げ、アッシュを見つめた。

 アッシュが素直に身を屈めると、そのまま背中に腕が回される。体温と確かな脈動。解かれた髪が首筋に当たってくすぐったく、アッシュは目を閉じた。

 少し前まで激痛に悶え苦しみ、意識をなくしていたのだ。命の危険にさらされたあとで、こうやって人の温もりを感じたくなることだって、あるだろう。

 口を開きかけて閉じる。今口を開いたら、堪えている感情が溢れだしそうだった。何も喋らずじっとしていると、ぐっと抱きしめる圧が強まったことを感じた。

「ロックオ、ン」

「ティエリア」

「え?」

「俺は、お前の…………ことを……」

 それを最後に、ニールは口を噤む。伝わる体温、触れ合った場所から、ニールの力が抜けていくのを、アッシュは感じていた。

 やがて、呼吸が緩やかな寝息に変わる。

 アッシュが身体を離し、顔を覗き込むと、穏やかな表情で眠っているのに厳しい表情を浮かべた。

 

 

 プトレマイオスに帰艦したあと、手当てを受けたライルは通信端末の連絡をチェックしていた。カタロンからの定期的な報告、古い友人からの連絡。そして──

『そこはお前のいていい場所じゃない。俺はいつでもアロウズで待ってるぞ、ライル』

 死んだと思っていた、兄からのメッセージ。

「兄さん……」

 俺は、間違っているのか?

 ニールは通路を歩きながら自らに問う。兄の代わりと求められ、己の利だとそれに応え、アロウズを敵として狙い撃つ。ソレスタルビーイングの理念に共感していない訳では無いが、反連邦の意志と、もう一つの自分の立場から、ガンダムマイスターになった。

 そうして、兄の乗るはずだったレールの上(ソレスタルビーイング)にいる。

 兄の言うことが正解だと考えてしまう自分がいた。嫌悪と、畏敬と、憧れの対象であった先代ロックオン・ストラトス──あるいはニール・ディランディ。

 絶対に勝てないと、コンプレックスを抱いた心。

「俺は……」

 兄の言葉に、従うべきなのか?

「ロックオン」

 不意に掛けられた声にはっとする。そうだ。アロウズのやり方は、身をもって体感した。だというのに俺は何を考えている?

 歩いているうちに、いつの間にかブリーフィングルームに着いてしまったようだった。振り向いた先には、真っ青な顔でライルを見つめるティエリアの姿がある。

「……なあ、」

「とりあえず、入らないか?」

 その声にはいつもの覇気がなかった。「ああ」と返してティエリアの後に続くと、刹那とアレルヤ、ソーマ・ピーリスまで揃っていた。居ないのは、オーライザーのパイロットである沙慈・クロスロードのみ。

 部屋の開く音に、アレルヤがこちらを向いた。

「ティエリア、ロックオン」

「アレルヤ」

 通信は彼も聞いていたのだろう。アレルヤは気遣うような視線と共に尋ねた。

「さっきの……ロックオン・ストラトスだって、どういうことなんだい? 刹那」

 感情の見えない瞳で、刹那がアレルヤに視線を向ける。平静を装ってはいるが、彼もまた、混乱していた。

「……言葉通りの意味だ」

 切り捨てるような響きのそれに、ライルは目眩がした。それから口を噤んだ刹那はどう続けるべきかを思案していたようだ、ややあって、再び口を開く。

「あの、スローネの発展系。あれに乗っているのは、紛れもなくお前の兄……ニール・ディランディだ」

「なあ、四年前に兄さんは死んだんだろ」

 詰問するような調子になったのを内心、舌打ちする。これでは兄が生きていることを責めているようではないか。

「ああ。俺はロックオンがGNアームズの爆発に巻き込まれ、消えたのをはっきりと視認していた。周囲を探したが見つからなかったし、死んだものだと断定していた。だが、宇宙空間での戦闘で、俺が見逃したという可能性も無いわけでは──」

「もういい」

 堪らず、ライルはそう告げた。

「生存が絶望的だってのはよくわかった。なら、俺を撃ち、刹那を落としたのは……本当に兄さんなのか?」

 分かっていて尋ねた。だがどうにも信じられなかった。自分と同じ顔を痛々しく傷跡で染め、殺意を剥き出しにしてこちらを撃ってくる兄の姿が、記憶にある彼と似ても似つかなかったから。

「……俺は、接触通信で会話をしただけだ」

「声なんていくらでも変えられるだろう」

「だが、言い回しや戦闘スタイルは間違いなくあいつだった。あれ程正確に真似ができる者がいるとは思えない。それに、お前は話したんだろう。ロックオンと」

「……ああ。俺はコクピットから降りて、兄さんと話したさ!」

 苦々しい表情で、ライルは答えた。

「あれは……兄さん、だ。ソレスタルビーイングは間違っていると、敵対の意志を示しているが、でも、あれは兄さんだ」

「お前が言うなら間違いないだろう」

「でもそれって、ロックオンの意思なのかい?」

「そうでないと思いたい。けど俺の目には、兄さんが強制されているだとか、洗脳されてるだとか、そんな風には見えなかった。兄さんは自分の意思で、アロウズにいる」

 相変わらず、いや、昔よりも思考回路はイカれてたしな──その言葉は、飲み込んだ。

「やはりロックオンは彼の弟なのか」

 その言葉に、全員が振り向いた。今まで沈黙を保っていたソーマが言葉を発した上、とんでもない事を口にしたのだから当たり前だ。

 眉を下げたままのアレルヤが訊いた。

「マリー、やはりって?」

「ソーマ・ピーリスだ。……私はアロウズに居た時、貴方と同じ顔の男を見た。纏う雰囲気は全く異なっていたが」

 ──シューター特務大尉。

 ソーマはそう、呟いた。

「シューター……?」

 ライルは眉をひそめ、腕を組んだ。冷静なフリをしているが、自分も焦っているのだろうと他人事のように分析する。

「ロックオン・シューター特務大尉。それが、彼の名前だ。偽名であろうことは公然の秘密。私は同じ部隊に配属されたことはないが、『隻眼のスナイパー』などと呼ばれていた。私の聞いた限りでは、狙撃用にチューンナップしたアヘッドを操っている。狙撃用の新型に乗っていてもおかしくは無いと思うが」

「じゃあ彼は本当に……」

「だろうな。ここまで来て否定するような真似はしねえよ」

 地球に突き落とされ──比喩ではない──ピラーの倒壊、アロウズの襲撃ときて、ニール・ディランディの生存だ。再び交戦すれば勝機はないと見て、スメラギ・李・ノリエガは宇宙に上がるという方針を示している。

「ロックオン」

「やるさ。じゃないと、撃たれるのはこっちだ」

 ティエリアの声に、頷く。彼を撃つことをためらえば、その代償は己の命となる。兄さんは敵なのだ。ならば、撃つしかないじゃないか。

 感情論で否定してしまいそうになるのを捩じ伏せて、ライルはそう返した。

「ともかく、新型四機のデータは端末に転送した。あとはイアンが解析してくれるだろう。それに」

 ロックオン、お前は早く傷の治療をしてこい。

 刹那が言って、応急処置しかしていないライルの四肢を見遣った。ライルの両肩、両足はそれぞれ撃ち抜かれ、全身にはいくつもの銃弾が掠めたあとがある。応急処置を行い、戦闘後の興奮状態にあるため感じていないのかもしれないが、あとで苦しいのはライルだ。

 それに、準備さえ整えばすぐにでもプトレマイオスは宇宙に上がる。戦闘が起こるのは必至、万全の状態にして置かなければならない。

 ひとまずは、と意識を切りかえ、マイスターたちはそれぞれ出ていく。ティエリアと刹那はフェルト・グレイスと共に買い出し、ライルは怪我の治療、アレルヤはソーマとプトレマイオスの護衛。やるべき事は沢山ある。

 自分以外が部屋を出ていくのを見届けながら、ライルは自身の心に影が差していくのを感じた。

 兄が生きているのはきっと、喜ばしいことだろう。しかし、顔を合わせて、おまけに鉛玉までプレゼントされて、ライルにとってニールは訳の分からない存在となっていた。

 俺は本当に、兄さんを撃てるのか?

 その疑問が、ライルの胸中で渦巻いていた。

 

 

「──では、これで連絡は終わりです。五日で出港し、宇宙に上がるそうですが、この先に備えてゆっくり休んでくださいな」

 ブリーフィングルームに集合したフォルトゥナのクルーたちに、ミルティが微笑む。

 ソレスタルビーイングが再びメメントモリを狙うことを予測して、ミルティらフォルトゥナの乗員は宇宙に上がることを許された。AEU領の施設であるクライド軍港でのメンテナンス、補給を経てからのことだが、それまでは休暇を言い渡されたのだ。

「解散に致しましょう。……ああ、特務大尉。貴方は残ってくださいな」

 各々が思うように、ブリーフィングルームを出ていく。ゼルデはマテリアに連れられて、アッシュとエイヴィリーはばらばらに。

 残されたニールは床にアタッシュケースを置き、壁に凭れたまま腕を組んで訊ねる。

「……で、なんの用だい? 姐さん」

「そう呼ぶのはおやめなさいと何度言えばわかるのです」

 からかいを含んだニールの言葉に、ミルティは溜め息をつく。

「よろしい、本題に入りましょう。……貴方の、身体のことです」

「俺の?」

「ええ、そうですわ。昨日の戦闘中に起きた『発作』について、わたくし達は把握していませんでしたから」

「ああ、そりゃ悪かった。てっきり伝わってるとばっかり思ってたんでね」

「過去のことをどうこう言っても仕方ありませんわ。貴方の持病というのはなんですの?」

「GN粒子の毒性について、知ってるか?」

「──ええ。高濃度に圧縮された粒子は、人体に細胞異常を引き起こすことがあるのではないかと言われていましたわね」

「俺はその実例だ。常にナノマシンを身体に入れておかなきゃ、身体に障害が発生しちまう。今そうなってるのは右眼と左脚。忘れたらああなる」

「わたくしもそれなりに知識はありますが、まさか細胞異常でそのようなことになるとは知りませんでしたわ。言いにくいことを聞いてしまいましたね」

「昔の怪我だ、自業自得以外の何物でもねえ。今度から、忘れないようにするさ」

 ニールは自嘲するように笑って、アタッシュケースを持ち上げる。ミルティは胡乱な表情だったが、言葉が見つからないというように口を開きかけて閉じた。

「話はこれで終わりかい?」

 この話は、世間話程度の物だった。少なくとも、ニールにとっては。

「……ええ。時間を取らせてごめんなさいね」

「気にしないでくれ。じゃあ、失礼するぜ」

 いつもと変わらぬ足取りで、ニールは部屋を出ていく。ミルティも自身の端末に着信があったのに気付いて、ニールから視線を外した。

 端末のスクリーンには、黒縁眼鏡に冷たい容姿の男──戦術予報士の駆け出し、アイ・ワーテラーが映った。

「はい、わたくしですわ。如何しましたの?」

『ワーテラーです。戦術プランについての質問があり、連絡させていただきました』

「こんな時くらい休みなさいな。上官命令ですわ」

『……申し訳ありません。そうします』

「シューター特務大尉の事でしたら、あなたの気にすることではありませんよ」

 図星を突かれ、ワーテラーは黙り込んだ。ミルティは微笑んだまま続ける。

「彼のことは、わたくしも知らなかったことですからね。把握していなかったわたくしにも責任がありますわ。それに、作戦が失敗しても、戦術が誤っていても、あなたのことを責めることはありません」

『少佐……』

「わたくしはあなたを叱責したい訳ではありませんわ。あなたに成長していただくために戦術の立案を任せているのですから、『わたくしならこうする』と口を出すこともございません」

 ですから、あなたが悔やむことは何も無くてよ──ミルティの言葉に、ワーテラーは頷いた。

『ありがとうございます、少佐。これからも努力して参ります』

「出発までは休むのですよ。あなたも疲れているでしょうから、頑張らないことを頑張りましょう」

『了解』

 すっと人革連式の敬礼をして、ワーテラーが通信を切る。

 さて、わたくしも休むことにしましょうかとミルティは微笑んで、ブリーフィングルームから退室した。

 

 

 

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