終わらせる禁忌   作:Damned

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カルペディエム

「ど、どうして……」

 目を見開いて、フェルトはニールを見上げる。

「お前さん、ソレスタルビーイングの人間だな?」

 その瞳に先程までの温もりはない。ただ世界の秩序を乱すものを憎悪し狙い撃つ、冷徹な狙撃手の目だった。

「そこの男だ。俺は彼の声を知ってるんだよ、騙し討ちみたいになって悪いな」

 表面だけの笑顔を浮かべるニールに、刹那は尋ねる。

「分からないのか、俺が」

「悪いが、分からないね。分かりたくもない。だが、お前たちはソレスタルビーイングで、世界を平和から遠ざけるものだってことは、ちゃあんと分かってるさ」

「ならば、お前は誰だ」

 乱れた心のまま、刹那は続けて訊いた。

 ニールは冷静に、己の所属と名を告げる。

「地球連邦軍の独立治安維持部隊、アロウズ所属。ロックオン・シューター特務大尉」

 その名前にか、刹那の表情が鋭いものになる。しかし彼の瞳は驚きにか、揺れていた。

 刹那の様子が演技か本音か。それをこの場で考えるような甘さはニールには無かった。

「彼女の命が惜しければ、一緒に来てもらおうか」

「ああ、わかった。……済まない、フェルト」

「うん」

「薄情なんだな、ソレスタルビーイングってやつは」

 感情を殺した声で、ニールは言った。「じゃあ、さよならだ」

 そして、突き付けられたままの拳銃のトリガーが、引かれる瞬間──不意に襲った脇腹からの衝撃にバランスを崩した。

 身のこなし、場馴れしていない挙動から非戦闘員であると油断していた。普段ならばびくともしないであろう非力な少女から突き飛ばされてよろめいたのは、ニールとしては不覚だった。

 その隙に、フェルトはニールから離れて刹那の元へと走る。そして刹那は、人質を失ったニールに向かって銃を抜く。

 チッと舌打ちをしてニールは銃の入った金属のケース取ろうと足を向ける。何を、とニールを目で追おうとした刹那にフェルトが叫んだ。

「刹那! そのケースを開けさせちゃダメっ!」

「了解した」

 刹那がその言葉に従い走る。そしてナイフを手に、こちらにケースを開けさせる暇を与えない。その選択は正しいが、最前ではなかった。

 ドス、と凄まじい衝突音の後に、刹那が吹っ飛んで地面に叩きつけられる。

「か、はっ……」

 肺からごっそりと酸素が抜けていくような感覚。絞り出す声は声にならず、地に伏した刹那を見下ろして、ニールは笑った。

「はは、悪いね。中身だけじゃねえ。こいつも、俺の得物なんだ」

 狙撃銃の入ったケースごと、ニールは全力で振り回したのだ。その重量は銃だけで七キロ近く、ケースは外側が金属製。弾倉も含めて、ざっと十キロと言ったところか。そんな質量の塊をまともに受けて、立てるはずはない。

「油断しちまったよ、抵抗する術はもう無いってな。もう機会はねぇ、君を殺した後に、彼も殺す」

「ロックオン」

 まるでそちらのほうが慣れているというように、澱みなくフェルトがニールを呼んだ。だがそれは逆効果だったようで、不快そうな表情でニールは改めて彼女に銃口を向けた。

「……じゃあな、マレーネ。今度こそ──さよならだ」

 しかし今度も、引き金を引くことはできなかった。

 路地から隙を伺い、待機していたティエリアが、その手に持つ銃を撃ったからであった。

 破裂音のあとに、ティエリアが口を開く。

「今のは、威嚇だ。次は当てる」

「お前……? ──いや、」

 しかしその銃口は、僅かに震えていた。対するニールの表情も驚きに満ちていたが──瞬時に感情が抑制される。

「当たらねえよ。そんなに震えてちゃなあ?」

「次は当てると言った……!」

「ああそうかい。……ま、三対一は流石に不利だ」

 そこを通してもらおうか、と告げる。

「動くなっ」

「おー怖い怖い。やるのか? 最低でも二人、道連れにしてでも殺すが。それに、お前たちと違って俺は仲間も居る。最中に来たら……分かるよなあ?」

「……っ」

「って訳だ。次会うときは殺す」

 そう言って、ニールは逆光の中笑った。

 

 

「フェルト、セツナ……セツナ、ってどんなスペルなんだ? 英語圏の発音じゃないな……」

 不思議と舌に馴染むその言葉を、何度か口に出してみる。部屋に空虚に拡散したその発音を何度も繰り返していても、何かが思い出せるような感覚はしない。

「ストリージ、渡したままになっちまったな」

 フェルトに渡したまま、ストリージの片方はなくなってしまった。おそらくもう、取り戻せる機会はないだろう。

 金属のぶつかる音とノックが、寮の一室に響く。

「どうぞ」

「……ロックオン、テロにあったと聞きました。あれから、体調はいかがですか」

 銃のメンテナンスをしているニールに、部屋の扉を開いたアッシュが声を掛けた。

 VSSを組み直していた手を止めて顔を上げ、アッシュを見る。ハッとしたあとに一瞬間があって、ニールが口を開いた。

「アッシュ、お前やっぱり……」

「僕がどうかしたのですか?」

「いや、なんでもない。お前さんは明日から外に出るつもりだったって? 運が悪かったな」

「そうですね。新しく本を仕入れようと思っていたのですが、それが台無しになったのは残念です」

 アッシュは肩を竦め、片目を閉じて苦笑する。それから真剣な表情になって訊ねた。

「僕と同じ顔の奴に、会ったのですね」

「……っ!」

 何故それを、とニールが目を見開いた。

「僕には分かります。とても動揺しているし、僕を疑っている。

 そして、リジェネ・レジェッタとも同じ顔だから……敵か味方か判断しかねているのでしょう」

 カチャ、と音を立てて、サプレッサーとストックを取り外したVSSが組み立てられる。それをしまって、ニールはアタッシュケースを閉じた。

 ニールの横顔は、厳しいものだった。

「ああ、その程度で上層部(うえ)に報告したりなんてしませんよ、ロックオン」

「アッシュ、」

「彼が敵かどうかは、貴方が判断したらいいと思います……ですが」

 アッシュは微笑み、ニールに向かって手を伸ばす。常であれば身じろぐか、手を払い除けているであろうその行動に、ニールは動揺が勝って動くことができなかった。

 頬に触れるアッシュの手は、氷のように冷たかった。

「ソレスタルビーイングはテロリストで、貴方の仇。そして、平和を遠ざける存在です」

 アッシュの顔からは微笑みが消え、ただ、硬く、引き締まった、アロウズのアッシュ・グレイ准尉に戻っていた。

「突然来てこんなことを言って、すみません。僕はそろそろ戻ります。明日の会議で、また」

「……ああ」

 その表情のまま、アッシュは会話を終わらせて部屋の扉を開け、退室した。

 俺が裏切りそうに見えたのか。浮かんだ疑問に笑う。ニールの笑い声は、室内に虚ろに反響した。

 ロックオン・シューターは言う。

 世界の秩序を乱し、己の手足と家族を奪ったテロリスト共に、情など必要ないだろう?

 再び乾いた笑いが部屋に響くのを、通信端末の着信音が遮った。立ち上がり、机に置いていた端末を手に取ると、音声のみでの通話リクエストが来ている。

 発信元はゼルデ。出身が同じだと考えることも似るのか? と笑いをこぼして、ニールは通話を繋いだ。

『こんばんは、ロックオン。私です』

「俺だ、ゼルデ。どうした?」

『体調はどうかと思いまして。それに、貴方もテロに巻き込まれたとも聞いてます』

「その節はどうも。テロに関しちゃストリージを一丁失ったが、それ以外に損害はないさ。というか、お前さんも巻き込まれたんだろ?」

『そうですね。マテリアと出かけていたんだけど、見繕った服が台無しになったのは残念です。それから、私もマテリアも、擦過傷程度の怪我しかないわ』

「……そうか。良かった」

 ニールは安堵の声を漏らす。なんだかんだといって、彼にとってゼルデは可愛い後輩だ。近接格闘では無類の強さを発揮すると聞いていても心配にはなる。

『それで、明日のことなんだけど、マテリアから提案があって、皆で朝ごはん食べないかって』

「……そう、だな。エイヴィリーにも伝えておくさ。部屋に帰ってくるだろうから」

『分かったわ。で、時間なんですけど、──』

 ああ、とニールは返そうとして。

 そこでようやく、声が出ないことを認識した。身体から力が抜ける。眼前が暗く歪んでいく。細胞異常の発作では、ない。思考も闇に落ちていき、何も考えられなくなる。

 崩れていく意識の中、ゼルデの声だけが響く。

『──っていうのはどうですか? ロックオン、聞こえてる?』

『ねー、ロックオン、聞こえてる? 通信環境、良くないのかなぁ』

 その言葉の意味すら認識が出来なくなって、あらゆる感覚が、遠ざかって。

『ロックオン! ねえ、ロックオンっ!』

 意識は暗い闇の中、完全に途切れた。

 

 

 

 ハロが自分を呼ぶ声が聞こえていた。

 俺の耳には、母艦の通信と、応答しないティエリアのノイズだけが聞こえていた。

 暗い宇宙に星が煌めく中で、俺は何度も彼を呼ぶ。

『……くは、……………………た、のか』

 微かな声。世界が変わる様を俺たちは見ていた。崩れていく世界と、陥った窮地を見ていた。言い伝え(ジンクス)の名を与えられた者達の姿を、目にしていた。

 戦力バランスも、平静も、なにもかもが狂っていく中で、呼ばれた声に応えないティエリアに不安が渦巻いた。

『ティエリア、どうした? ティエリア!』

 いやな、夢だ。早く、目覚めなくては。

 何度も瞬きを繰り返す。次の瞬間には、右眼がブラックアウトしていた。

 そして気付く。俺の手には、愛用しているVSSが握られている。

 周囲を見渡す。どこかの島の、浜辺。夕暮れの光が、左眼を灼いた。

「ソレスタルビーイングを、倒すんだろう?」

 唐突なそれに、振り返る。西日に照らされて、彼が立っていた。死にかけていた俺を拾い、テロリストに復讐する術をくれた恩人と──同じ顔をした、誰か。

「君の家族と、君の身体を奪ったテロリスト達を。皆殺しにするんだろう?」

 彼が冷たく尋ねる。──そうだ、俺は。己の生きる理由を理解した瞬間、頭を刺すような痛みが襲った。導かれるように視線を前に向けると、パイロットスーツ姿の男が肩を震わせているのが見えた。

「お前らさえ、いなけりゃ……俺はっ」

 ニールはテロリストへの怨嗟を込めて吐き捨て、VSSのセーフティを解除する。位置取りを変えて、砂浜の奥に伏せてガンダムパイロットを狙う。

 動きを先読みする思考が、研がれたナイフのように冴えていく。紫を基調としたスーツとヘルメットが夕焼けに色づいて、ニールはVSSのトリガーを絞った。発射された9×39mm弾は正確に心臓を貫いて、撃たれたテロリストはあっさりと倒れる。

「は、はは……」

 昏い喜びに、口の端から笑いが零れる。やったのだ。ついに、殺したのだ。自分の眼と手足を奪ったテロリストを、ガンダムパイロットを。しんと耳に痛い静寂の中で、撃ち殺したそいつに歩み寄る。

 そこに──テロリストの死体があるべき、そこに。

 三つの死体ががあった。

 どれもぐちゃぐちゃに損傷していて、瞳は光を失い虚空を見ていた。ひび割れたアスファルトの上に肉片が散り、さらりとした砂の上には鮮血が溢れて、夥しい量の血液が赤く染めていた。

「父さん……母さん……エイ、ミー……?」

 ゆめ、だ。

 目の前の光景を信じたくなくて、感情がどこかへ消えた。何も感じられないまま、悲鳴をあげながら、家族だったものをかき集める。

「あ、あぁ……ああああああああぁぁぁ」

 喉から絶叫をほとばしらせて、ただ、家族の欠片をかき集める。名を呼んで、号泣する。思考回路が焼き切れていく。右眼の奥から痺れが広がっていく。

「嘘だ、嘘だ、嘘だ……、嘘だ、うそだ、うそだ、うそだ」

 かぶりを振ってそう繰り返す俺の腕の中で、不意に、その瞳が瞬いた。虚ろな瞳が、しっかりと俺を捉えていた。

「うらぎりもの」

 俺を見つめるその顔を、獰猛に輝く光が覆い尽くしていく。ロックオン・シューターが言っていた。俺の声で、お前の罪だと叫んでいた。

 

 ──さあ、目覚めろ。

 

 

 

「……っ。……ン、……ックオン、ロックオン、ロックオン!」

 重い瞼を上げると、映っていたのは白い天井だった。暗い部屋の中で、ニールは床に倒れアッシュに何度も呼ばれていた。

「ロックオン、大丈夫ですかっ。とても、魘されていましたが……」

「……ィ……、……ア」

 まだ力の入らぬ腕を伸ばして、ニールは声を絞り出す。

「父さん、母さん、エイミー……ッ、俺は……俺は……っ」

 ふらふらと視線と腕をさ迷わせながら、ニールは涙を零した。その様子に何かを感じとったアッシュは、抱きしめて落ち着かせようと試みる。

「どうしたのですか。抑制剤の反動ですか?」

 アッシュの低い体温に我に返る。

「おれ、は。一体……」

 ゆっくりと、周囲を見渡す。太陽の沈んだこの部屋は、AEUの軍施設だ。どこかの島の砂浜ではない。この場所に彼がいるはずがない。

 夢、か。呟いて、溜め息を吐く。

「本当に、どうしたのですかロックオン。どう考えても、眠ったのではなく、倒れたのでしょう?」

 その視線は、床に転がる端末に向けられていた。

 アッシュの質問に、漸く自分が眠っていたのではないことに気付く。

 アッシュと話して、ゼルデから連絡があって。

 それから、俺はどうしたんだ……?

「アッシュはなんでここに……」

「ゼルデに言われたんです。ロックオンの様子がおかしいから、見てくるようにと」

「ゼルデが? ……ああ、電話中だったから、な。心配かけた」

 連絡をいれようと、転がっている端末を手に取る。着信時間を確認すれば、既に一時間近く過ぎていた。何も言わないニールに、アッシュが不安げな表情をする。

「どうしましたか」

「……いや、自分では五分くらいの体感だったからな」

 ちょっと聞きたいことがあるんだが、とニールは言った。

「なんでしょう」

「お前もなんだが……リジェネとマテリアって、どうして顔が同じなんだ?」

 ティエリア、と呼ばれていた誰かを思い出す。眼鏡を掛け、髪型こそ違ったが、リジェネ・レジェッタ、アッシュ・グレイ、マテリア・グレイの三名と、転写したように同じ顔立ちの人間。

 アッシュは首を振って答えた。

「それは、DNAが同じだからです」

「は……?」

 突然出てきた言葉に、眉を顰める。

「お前さんたち、三つ子なのか?」

()達は作られた存在。塩基配列パターン0988をもとに作られた道具だ」

「計画を完遂するため、世界を恒久和平に導くために作られた、生体端末」

「だから顔も、髪の色も、目の色も同じ」

「同位体──と、言っていいでしょうね」

 だとすると、アッシュだけ全体的に灰がかって見えるのはなぜなのだろうか。ニールが疑問を口にする前に、アッシュが答えた。

「正確に言えば、僕はリジェネのクローンです。彼の劣化した存在、ですから」

「……嫌なこと、言わせちまったな」

「いいえ。お気になさらず」

 あの男も、そうなのか? その疑問を口にすることは、できなかった。

 口にしてしまえば最後、この関係が破綻するような──そんな気がして。笑えないほど、ニールは臆病だった。

 

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