終わらせる禁忌   作:Damned

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消されたゾーエー

 翌日の昼、ニールたちは会議に呼び出されていた。それぞれのテロに対する事情聴取か、ソレスタルビーイングへの今後の対策であろうと予測して、会議室へと歩いていく。

 ニール、ゼルデ、アッシュ、エイヴィリー、マテリアの五人。昨日のこともありゼルデには酷く心配されたが、なんでもないと流して笑った。

 招集された部屋は司令室と言えるほどの設備のある場所で、大きなスクリーンに通信機器、オペレーターまでもが揃っている。

「全く、休暇を兼ねてこちらに来たのに……皆さんも、災難ですわね」

 ここに居るのはフォルトゥナのクルーと、二人の知らない兵のみ。AEUの兵士は居なかった。

「全員、揃いましたわね。それでは始めましょう」

 ミルティが深刻な表情で告げる。

「昨日の一七三八に、市街地の数箇所で爆発がありましたわ。既にこのテロを起こした集団は殲滅され、復旧も開始しています」

 オペレーターが端末を操作すると、会議室のモニタが複数に分割され、それぞれ映像を映す。監視カメラのものと思しき映像の中で、複数の爆発が起こっていた。

「このテロによる負傷者は三百を超え、死者は五十人以上出ています。幸いと言っていいのか、軍施設に被害は出ておらずなんとかなるでしょう。わたくち達が出る幕はありませんわ」

 それでは本題に入りましょうか、とミルティは告げて、すっと手を伸ばす。

「新しく乗員になる二人ですわ。自己紹介を」

 その言葉に、右端にいた男が口を開いた。

「地球連邦平和維持軍より派遣されました、モビルスーツパイロット。アイリヴ・ファルセイダー中尉です」

「ラモール・フィアー。よろしくお願いします」

 それぞれが名乗り、敬礼をする。ラモール・フィアーはまだ若く、士官学校を卒業したばかりであろう事が伺える。ファルセイダーも尉官としては若い方だが、彼女だけは一回り近く違う。

「要請を受けてくださったこと、感謝致しますわ。では、今後の予定を説明することにしましょう。休暇の予定が大幅に短くなってしまいましたが、補給と整備はあと五日ほどで完了致しますわ。それが終われば──」

 不意に、ミルティの声をさえぎって警報が鳴り響いた。

「何が起こっているのです?」

『海中より出現する戦艦一隻。ソレスタルビーイングですっ』

 壁の受話器を取り、尋ねたミルティになされた報告に目を見開く。

「指揮官はなんと言っていますの?」

『撒いた餌に掛かるのを待てと言っています。宇宙に上がり次第殲滅を開始しろと』

「なんですって? ……分かりました。こちらも、準備を急ぎますわ」

 苛立ったように受話器を戻して、ミルティは唇を噛んだ。それから別の所へ連絡し、睨むようにして窓を見上げて、言う。

「……予定が早まりましたわ。各自、四日後にフォルトゥナに集合。時間は追って通達しますわ。艦のブースターが換装次第出発です」

「了解」

「ワタシは新装備の調整もあるから先に行くわ。よろしいですか? 少佐」

「許可致します。ワーテラー中尉はわたくしと共に戦術プランを。今回はわたくしも指揮を取りますわ」

「分かりました。よろしくお願いします」

 頷いて、その手に持つデータの入ったデバイスをワーテラーがミルティに渡す。

 ざわめきに構わず、ゼルデが唇を引き結んで立ち上がった。

「ゼルデ?」

「……ごめん、一人にして」

 無言で苛立ったようにかぶりを振って、ゼルデはそう言い残して部屋から出ていく。それを追って、エイヴィリーは腕を掴んだ。

「……エイヴ」

 彼女は酷く思い詰めた声で、頼りなく細い肩を震わせて。

「わたし、は」

 助けを求めるようにエイヴィリーに手を伸ばしかけて──それを否定するかのように拳を握りしめ、走って行ってしまった。

「ゼルデ!」

「来ないでっ」

 追おうとした足は、泣きそうな声での拒絶に止まる。

 恐らく。

 ここでエイヴィリー・ミシェルは、グリシルデ・シュミットを追うべきだったのだ。

 そう後悔した時には、すでに手遅れだったというのに。

 

 

 

『受信データを確認したよ。ご苦労さま』

「珍しいですね、貴方が連絡をくださるとは。お送りしたデータはそれ程までに有用だったのですか」

『──有用も何も』

 電話口で、クク、と笑いが零れる。彼は、恐ろしく上機嫌だった。

『純粋種』

 短く、そう呟いた。

『しかし、危なかったよ。うっかり彼が抑制剤を忘れてしまうとはね。危うく撃墜されるかもしれなかっただろう』

「コパイのハロがいなければ、そうなったかもしれませんね。台無しになるところだった……と言えるでしょう」

『君の働きは、僕の目的に大きく貢献している。安心してもらって構わないよ』

 自分が裏切り者であることは、まだ仲間にも、アロウズにも気づかれていない。友の信頼を逆手にとることに罪悪感はない訳では無いが、俺に残された道はこれしかない。

「はい。俺はただ、俺の存在意義に基づいて行動しているだけです。それに、彼が抑制剤を忘れてしまったのはこちらの落ち度です」

『君は欲がないのかい?  まあ……絶望を知った人間には、生きていることこそが最上の喜びになるのかもしれないけど』

「そこまで無欲ではありません」

 苦笑する俺に、彼も笑う。それから、聖職者の如く柔らかに、しかし冷たい声で、彼は囁いた。

『大丈夫だよ。僕たちが望むものは、イオリア計画の完遂なのだから』

「…………」

『僕は、君の望む世界を約束する』

 彼女しかいない今の俺には、それだけが希望だった。

 

 

 

 地面が遥か遠くに見える。モビルスーツを駆り、自らが飛べるようになっても、受動的にもたらされる景色と感覚はまた違っていた。

 フォルトゥナの中で一人遠くの席に座り、地面を見下ろすゼルデはひどく苛立っていた。

 脳裏にあるのは、罪のない人間に対しての命の蹂躙。しかしそれ以外にも、彼女の目に見えているものがあった。胸中に湧き上がっている感情があった。感情が自らを支配していく。感情の沼に飲み込まれる。それらはもう絶対に忘れることのない──

復讐の決意。

 普段の天真爛漫なグリシルデ・シュミットの仮面を被ることができないほど、ゼルデは苛立っていた。

 数日前に、その感情を呼び起こされた。士官学校の二年間と、アロウズで過ごした時間のせいで、忘れかけていた。父も母も彼も、彼らに殺されたのだ。なぜ自分だけが生き残ったのかはわからない。が、これが神の悪戯だというのならば。それならば、死ぬまでの間、戦って戦って戦って戦って、道連れになってでも殺してやる。

 三年前までは毎日のように呟いていたそれを、ゼルデは久しぶりに、刻んだ。

「ゼールデ」

 眉根を寄せ、拳を握るゼルデの顔を覗き込む氷青色の瞳。

「ロックオン」

「どうしたんだ? 思い詰めてるみたいだが」

 今日のニールは眼帯だった。医療用ではなく、使い込まれて光沢を放つ黒い革のものだ。軍施設や艦にいる時は、大抵これを付けている。

「……いえ。何でも、ありません」

「本当にか?」

 ゼルデの誤魔化しも見透かしたように、隣に座ってニールは飄々とした笑みを消した。

「……なあ。お前さん、何かあったんじゃないか? 一昨日だって、一人でどっか行っちまったし」

 ゼルデは口を噤んだ。普段のように、笑うことができない。心に居着いた黒く粘質な憎悪が、自分を四年前に遡らせる。

 厳しい表情で俯くゼルデの頭に、優しくニールの掌が乗せられた。

「私……」

「そういえば聞いてなかったな、アロウズに志願した理由。聞かせてくれねえか?」

 雑談のネタには重い話を、ニールは振った。彼は気配りをできる人間だ、それ絡みだと気付いているのだろうか。

「私は元々……、AEUの人間じゃないんです」

「お前さん、AEUの士官卒じゃなかったのか?」

「……はい。四年前に、ロシアから、ドイツに移ったんです」

「ロシアぁ?」

 ロシアといえば、人類革新連盟の加盟国の一つだったはず。そこからドイツに移ったとなると──そして四年前、といえば、

「……ソレスタルビーイングが関係してるのか?」

「はい。私の家族は……大切な人は、ガンダムに殺されました」

 眼帯の向こうで、ズキリと右眼が疼く。彼女もまた、あの兵器に沢山のものを奪われたのだ。いつも明るく、お互いに比較的普通の会話をしていたから思いもしなかったが、彼女は復讐鬼なのだ。よく考えれば、アフリカタワーの事件の際に平和への思いの強さを見せていた。

「だから、アロウズに?」

「そうです。私はあいつらが憎い。平和を壊すソレスタルビーイングが憎い。たとえ私が死んでも、あいつらに復讐する。戦って戦って戦って戦って、ガンダムを全部壊して、ぶっ殺してやる」

 ゼルデはそれきり、口を噤んだ。大気圏を突破したあと、広がる闇と星の瞬きを眺めて、ぎちりと拳を握りしめた。

「……やめとけ」

 無意識にそう口にしたニールに何を? と不思議そうな表情でゼルデが見る。気づいていないのか。ゼルデの手首を取って丁寧にその手を開いてやると、案の定手のひらの皮が抉れて血が流れていた。近接格闘を得意とするゼルデの力で握ればこうなるだろう。

 あ、とゼルデは声を漏らし、こわばった指先を開閉して、自虐的に笑った。

「ダメだなぁ、私。もう四年も経つのに。ロックオンは……」

「俺がどうした?」

 ニールの問いに、ゼルデは首を振り、話題を変える。 

「私は、貴方に嫉妬してるんです」

 その声に、敵意はなかった。代わりに、温かみがあって虚ろだった。ぽっかりと空いた穴にくらい何かが響くような、そんな雰囲気があった。

「正確には、ロックオンと、ロックオンの力に。私にそれがあったら、きっと失わずに、…………を守ることだって……」

「私がなんで生き残ってるかとか、なんで力が無いのかとか、そんな事ばっかり考えちゃうんです」

「ピラー崩壊の後だって、貴方の命令違反は建前で、ただロックオンに当たって、八つ当たりして、それで……」

「ごめんなさい、ワガママに巻き込んでしまって。こんな、懺悔みたいな事をして」

 再び俯いて、ゼルデは顔を歪めた。

 数日前の出撃まで、突っかかるか無視されるかのどちらかであったニールだが、この状況でそれを咎めるほど彼は酷い人間ではない。

「……いいさ、それでお前さんが楽になるんなら。俺だって、ゼルデに嫉妬されるような人間じゃねえ」

「そんなこと……」

「俺もさ、テロで家族を亡くしたんだ」

 しんと二人の空気が静まった。周りには誰もおらず、二人きりのようだった。

「もう何十年も前の話さ。両親と、妹が死んだ。それだけじゃない、たくさんの人が、そのテロで死んだんだ。そういう無関係な連中を巻き込むテロが、死ぬほど憎かった。

 だから、アロウズに入る前はAEUの特務機関にいたらしい。とにかく恨みをぶつける対象が欲しかったからだろうな」

 淡々とニールは続ける。

「で、四年前に俺は中東でのテロに巻き込まれて右眼を喪ったって訳だ。まあ、俺の記憶はないから又聞きだが」

「記憶がないんですか?」

「テロに遭った時に頭を打っちまったみたいでな。再生医療のお陰で吹っ飛んだ手足は再生したが、かなり酷かったんじゃないか。お陰で細胞異常まで背負って、定期的に点眼薬を使わなきゃいけねえ位だからな」

 ニールは制服のポケットから取り出した小さな容器を揺らす。光を遮断するためだろう、黒一色に塗られたそれをすぐに仕舞った。

 ゼルデが心配げにニールを見上げる。

「投薬が必要って……本当に大丈夫なんですか」

「そうだなあ、この前は忘れちまって死にかけたから結構不味かったけど。今はそんなことないから安心してくれよ。処方される薬が頻繁に変わるから、その度に点す時間が変わるのが面倒なくらいだ。今使ってるのは二十四時間に一回のやつ。こっちは視力を一時的に上げる効果もあるけど、非番の時はその効果のないカプセルを飲んでる」

「眼鏡を掛けているのはそういうことなんですか?」

「いんや、あれは眼帯の代わりだ。右目晒すの、なんか落ち着かなくてな。それに……ずっと見えてると、忘れちまいそうだから」

 一体、何を忘れると言うのか──

 その言葉の意味を聞くより先に、フォルトゥナ内のアナウンスが基地へ近づいていることを告げる。視認できるほどに基地は近く、あと十分と言ったところか。

 窓の向こうを見ていると、いつもの無表情でアッシュがこちらに歩いてきていた。うつむくゼルデに少しだけ眉を動かして、彼はニールを呼んだ。

「何かあったのですか?」

「いいや、何も。ちょっと昔の話をしてただけだ。エイヴィリーは?」

「彼なら、誰かから連絡が入ったようで。自分の部屋に帰りましたよ」

「そうか。なあゼルデ、エイヴィリーは……」

「……すみません、ロックオン。私も部屋に戻ります。もう席を立ってもいいみたいですから」

「わかった。じゃあまた、任務の時に会おうな」

「はい。アッシュ、エイヴのことは頼んだわね」

「……? 了解した」

「ゼルデ……? おい、待てって!」

 訳の分からない彼女の言葉に、同室であるアッシュは頷いたが、ニールは何かを感じ取ったようでゼルデを呼び止める。

 しかし、ニールの声は彼女を制止することはできず。

 ──小さな背中は、ドアの向こうへと消えた。

 

 

 

「お前さんらがやり合ったっていうこの機体だがな……こいつぁ間違いなく、スローネ系統のフレームだ」

 ブリーフィングルームのスクリーンを見下ろして、イアンがそう頷く。

 そこに映し出されているのは、ダブルオーとケルディムに残された戦闘の記録だ。黒と深緑を基調にしたそのモビルスーツは、鬼神のような戦いを見せている。

「ヴェーダを掌握しているのなら……それも可能でしょうね。

 でも、どうしてわざわざ、デュナメスのような外見を?」

 その機体はV字のアンテナやその下に隠れたカメラこそないが──代わりに、右目に露出している──、全面を覆うシールドや、カラーリング。誰が見てもデュナメスに酷似していた。

 ただしその手足や胸部、右肩のランチャーはスローネの後継のようで、恐らくはデータが流用されているのだろうと察する。

「パイロットが望んだのかもしれんな。だが、これは可動域が狭まることから、ケルディムには採用されんかった。恐らくデュナメスよりもシールドは頑丈だろう。圧力で可動部だけが壊れて破壊されてるみたいだからなぁ」

 アリオスのビームでフルシールドの一部がおかしな方向に開き、吹っ飛んでいく様子が見える。直後に両手に持つピストルが乱射、それから投擲され、ケルディムの肩に突き刺さる所で停止された。

「それに、こんなモンを目にしちまうと……」

「これがどうかしたのか?」

 ライルはケルディムが初めて乗る機体であるため、以前からこうなのだと思うのも無理はない。イアンが首を振って答えた。

「デュナメスはピストルと別にビームサーベルを装備しとったんだ。が、それが実戦向きでないと提案されてな。これの基盤を作ったのはお前さんの兄貴だよ」

「……それは」

 厳しい顔で、ライルは呟いた。

「やっぱりロックオンは脅されてるんじゃ……」

「兄さんがそんなタマかよ。俺は兄さんと話した時、自分の怪我は四年前にテロで負ったものだって言ってた。大方、記憶が吹っ飛んだか弄られたかってとこだろ」

 アレルヤの言葉を否定する。逆に言えば、それでこの発想に至ったということは、このパイロットはやはりニール・ディランディであるということ。

 それを思い知らされて、スメラギもイアンもマイスター達も、暗い表情になる。

 

 宇宙を航行していたプトレマイオスが補足され、アロウズからの襲撃にあったのはその数時間後であった。

 

 

 

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