──あたしはあの男のことをよく“莫迦”と罵っていた。根本的に愚かな男だったから。
でもいつからか、あたしの“バカ”はただのオツムが鈍い“莫迦”のほうじゃなくて「指鹿為馬」という物語からできた言葉のほうの──アイツの馬太郎なんていう名前からしてみれば、名字からしてみてもそっちのほうが自然だったのかもしれないけれど──“馬鹿”になった。。
間違っていたり、理屈に合わないと理解していても、無理に押し通す。そんな“馬鹿”。
判っているくせに、本当はちゃーんとわかっているくせにわからないふりをして、そうしていることこそが一番の安全策だってわかってる。そんな賢い馬鹿野郎。
男の初恋は永遠なんだってアイツは、あの馬鹿はいつしか言っていた。そうしてその“初恋”とやらの女の子に──あのストーカー紛いなヤンデレ女にすら──「お前のせいで俺の
なにが「のだ?!」よ、いつの時代の書生を気取ってるんだか。
結局あんたは自分を否定したくないだけでしょ……なんて言えるはずもない。
だってアイツとあの女は一緒にいるだけで本当に幸せそうで、もしかしたらあの女がアイツのトコロにやってきたのもいわゆる“運命”ってヤツなのかもしれない……、なんて思わされてしまうから。
──いきなり唐突で申し訳ないが、少しばかり大急ぎで俺が“先生”と呼んでいるとある一人のトレーナーについて語っておきたい。
夏目漱石の「こころ」よろしく、その人の本名をここで打ち明けるようなことはしない。これは本人たっての素朴な希望であり、同時に世間体というやつを気にした結果である。しかしながら、よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。だから俺は彼のことを先生と呼ぶ。
──彼に言わせてみれば、別に気にしやしないとでものたまうだろうが実のところは酷く気にするといったメンドクセェ大人なので、あえてこちらが前もって配慮しておく次第なのである。
しかも配慮したら配慮したで其のことを知ったなら、また難癖つけてくるので始末に負えない。ので俺がこうして行う気遣いはもし貴方が彼と相まみえる時があっとしても、あえて先生には伝えないでいただきたい。
さて彼は──先生はまさに現代の夏目漱石といったふうな男であった。立派な口ひげを生やし、地味にハンサムで、よく冴えた、そのくせ神経質そうな瞳をしていた。
俺が先生と面を突き合わせて一対一で人間らしい会話をしたのは、やはりトレセン学園の教員室におけることだった。当時の彼は学園の教官*1たる立場についていたので、多少の教師まがいなこともしていたのである。因みに彼が受け持っていた教科は英語と現代文であった。
「──君、小説を書かないか」
放送でいきなり教員室へと呼び出されて、一体何の了見だと内心びくついていたら、やはり出し抜けにこれである。
俺はなんの冗談だと、あくまでも口上では丁寧に言った。すると先生はそこそこに生えた口髭をさするようにしながら片肘を几帳面に整えられた机にどっかと乗せ、足を組んでこう言った。
「ウン、先月の生徒会月報の
「ハァ」
先生は斜に構えながらも、されども真っ直ぐとした眼差しで俺の目を見据えるように見つめてくるものだから、俺はふと思わず圧倒されてしまいながらもナントカそんな腑抜けた声を出した。
「君、いつ頃から文章を手ずから成すようになったのだね」
やはり微微とも目を逸らすことなく、そう聞いてくる先生に何となく好感を覚えていた俺は最早根性で目を見開き、見返しつつ──またどうしても目を逸らしそうになる自分を恥じ、嫌になりつつも──なんとしても先生を失望させるわけにはいかぬと、できるかぎりの誠意をもって応じた。
「始まりは、きっかけは幼馴染みに寝る前に小咄を聴かせてやるようになったことで──小学生の頃のことですからもう4、5年は前のことになります」
「ほう」先生は静かに応じた。
そうして幾分かの問答を経て、俺は小説を書くことになった。
とは言えども、原作や構想は先生が日々、或いは昔から暖めていたものをつかい、それを紙上に表現するのが俺の役目であった。先生は驚くべき、そうして類まれない記憶力と観察力、そうして感受性に人間性を備えており、それをある種のモチーフや雑文じみた至極の短文ばかりに委ねるのだった。そうして、其処から俺が文章の集合体にして、それより構成される小説というもののようなナニカを書くのだった。
──こんなふうにしていたものだから、俺と先生の関係というものは以前のものとは段々と違うものに変容していった。
小説の表現や展開を時には称賛しあい、時にはけなし合い、各々の考え、人生観というものに影響されあった。
──いや、影響されたのは多感な少年たる俺ばかりであったのかもしれない。なにせ先生は俺を指名した時にはすでにある種の境地に至っていたようにすら思える。俺はそんな先生の思索が凡人にどうすれば伝わるのかを知らせただけに過ぎないのかもしれない。
だがしかしながら、それでも我々はこのときまでには一対一の人間として、お互いに認めあう仲にまでなりつつあった。
教官とはウマ娘たちがトレーナーにスカウトされる、あるいは逆にスカウトするに至るまでで基本的な体力や走法を教授する、いわば橋渡し的な──雑用係のような役職である。普通は担当のウマ娘がいないトレーナーがあてがわれるが、このころは先生ばかりがいっつもやらされていた。