馬太郎   作:おおおユウゴ

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その初恋が紛い物だとしても 中

  

 

 

 

    

 

「ネコや、ボクぁねえ、別に異性とつきあいたいわけではないんだ。所謂──個人間における、清らかな愛情の交流というやつさね、それをしたいのだ」

 

 そう云いながら俺は長閑な縁側で、自分のあぐらした足の上で丸くなる黒猫の頭をなでてやった。すると黒猫はニャアと鳴いた。鳴いてからつまらなそうに大きくアクビをしてみせた。真っ黒な全身の中で鮮やかな紅色(べにいろ)の舌ばかりがチロチロと目立った。

 

「しかしながら実際にこう、触れ合わざるを得なくなると……女体の魅力が、或いは異性という未知なるものへの俺のパッションが──下半身のジョン万太郎がどうにも鎌首をもたげるのだなコレが!」

 

 猫のゆっくりと、大きく振られる尻尾が視界の端を時折かするのを漠然と見つつ、考えた。こればっかりは下半身で考えるべきではない。というか、件のメールがきて以来俺の下半身のジョン万太郎はいうほど役に立っていない。怯えて縮こまってしまっているまでもある。

 

 しかしながら俺の性的な異性に対する関心は依然としてあり続けている。性懲りもなくである。つまりは件の“初恋”の少女について考えてばかりなのだ──何故か?

 

 ──つまりは若さというやつなのであろうな?

 

 そう俺は自問した。

 

 ──いや、どちらかというのならキューリオシティというやつではないのかな、性差による生物的構造の差異が生み出す性格や好みやらの違いというやつに俺は興味をいだいているのではないのかな。だから異性たる少女と交流したいのではないだろうか。

 

 そうも自答した。

 

「……なにを俺様の猫に吹き込んでいるのだね」

 

 そうしていると縁側の向こうから着流し姿の猫の主人がやってきた。先生であった。手には何匹かの煮干しがある。

 

 俺はこれ以上黒猫を独占すると、いかんせん先生の唯でさえ気難しい性分がさらにヒドくなると思い、猫のつややかな黒毛の生え揃った背中をソット撫でるように叩いた。

 すると猫のやつもすっくと立ち上がって、随分あっさりと先生のほうへといってしまった。腹が減っていたのかもしれぬ。

 

 すると先生はナニやら僅かにびくつくようにしながら、まずは猫の鼻頭(はながしら)に自分の手にやり匂いをかがそうとした。

 だが猫はそんな方には見向きもせず、ぴょんと跳ねて先生のもう片方の手にある煮干したちを素早くせしめてみせた。

 

 先生はアッという顔をしてみせたが、ときすでに遅く猫はそのまま縁側の向こうの暗闇の何処かへと去っていってしまっていた。そんな一種、鮮やかとすらいえる猫の所業に先生はムッとした面構えになりつつも、そのまま俺の横にどっかと腰を下ろした。

 

「まだ名前は無いんですね、猫」

 

 俺は先程先生の娘さんが淹れてくれた、まだ温かいほうじ茶を啜りつつ言った。

 

 ──此処は先生がトレセン学園から数駅ほど離れた町の一角に構える、古風な平屋の日本家屋で、その庭に面するようにしてある縁側に我々はたむろっているのであった。

 俺はこれ迄にも幾らか、小説の原稿について先生と語り合うために、或いは何かしらの用事にかこつけてこの屋敷を訪れていた。お陰で先生と屋敷に同居している可憐な娘さんとは幾分か親しい仲であり、気が利く優しい彼女は時間が許すのならこうして手ずから御茶を淹れてくれたりするのである。

 

「ああ、キューリオシティを縮めてキュリオにしたらどうだと(アイツ)は云うのだが、なぁ?」

 そう言って先生は苦笑してみせた。珍しく機嫌がいいらしかった。

 

「ははぁ、それはまた……」

 

 なんとも。その猫がこれまたまっくろくろすけな黒猫とくるもんだ。

 

「つけられた名前に殺される*1ようじゃあ、アイツ化けてでますよ、それにブラック・キャット*2だ。先生は奥様とアレでしょうに。……まずいですよ」

 

「──言ってくれるね、だが(アレ)は名前も無けりゃ、両目ともども健在だ。お前さんこそ、黒猫は恋の病に効くそうだぜ……、ま、あの懐かれようじゃあ心配御無用かな」

 

「それは、……残念ながら病人はボクじゃあなさそうなんで、そうもいかんのですよ」

 

「フム、偏愛狂にして詳細不明、されども君の子細を把握している──そんな相手か」

 

「ええ」……頼むから、実は野郎でしたっていうオチだけはなしにしてくれ。

 

 そんなことを思いつつ、先生の言葉に相槌をうつ。

 

 例のメールが届き、またそれについてダイワスカーレットという自分よりも年下の少女に頼るという、今となってみれば大分俺も冷静ではなかったのだなと思わせるような対応をとり、俺が得た結論は自分の手には到底負えないから警察か、或いは誰か頼れる大人に相談しようというものだった──この結論も今考えてみれば随分と性急きわまりないものだ。

 

 だがどうにも冷静さ、もしくは希望的発想を失い、初心者ペシミストとなった俺はそんな頼りになる大人というのを知り合い──親しい大人だと勘違いし、こうして先生のもとへとこの問題を持ち込んだのである。

 

「君には確かに手の付けようがあるまい。だが俺様にはもう大体のことは分かっている」

 

 そうして今、俺が先生に相談してから数日しかたっていないのに、先生はこともなげにそう言い切ってみせたのだった。

 

「エッ」

 思わずそんな間抜けな声が俺の口から漏れた。

 

「ナニ簡単だったよ。今度君と同じ学年に編入してくる一人のウマ娘がいる。そうして道産子だという──君の幼き頃の女遊びの相手に違いあるまい」

 

 そうして彼女がメールを送った張本人かどうかは、君自身が確かめるかどうか決めるべきコトだな。そのお相手らしい娘の細かなことは教えちゃられないが、ま、健闘したまえ。

 

 先生はそう言ってつまらなそうに欠伸をしてみせた。

 

「君のウマ娘を引きつけるという体質とやらにも問題もあるが、基本生徒間のプライバシーには我々教職員は口出しできんからね。どちらかというなら其れは生徒会の仕事だ──我々が関与できるようになったということはそれは即ち、手遅れというコトさ」

 

 ──つまりは言外にこれ以上のことがしたければ生徒会を頼れといっているらしい。

 

 ……体質。そう、この俺の忌まわしき体質がこのトレセン学園という場所へと俺をひきつけたのだった。

 

 

*1
(ことわざ)Curiosity killed the cat.

*2
エドガー・アラン・ポー作 《The Black Cat》より

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