ありふれていない『天の鎖』で世界最強 作:如月/Kisaragi
というわけでEp.5です。
なるべく納得のいくような文章にしているつもりなので、よろしくお願いします。
前回のあらすじはなしです。それでは本編の方、よろしくお願いします。
暗雲が立ち込んでいる住宅街を走り抜ける。遠くで雷の音が鳴っているが、そんなのは知ったことかと聞き流して雫のことを探し続ける。
歩みを止めて探すのを諦めた瞬間に雫がどこかに行ってしまうかもしてないという恐怖と、何か言葉で言い表すことが難しい責任感を抱え込み、俺はひたすらに走り回っていた。周りからは奇異の視線で見つめられている。しかしそんなことを気にすることができるほど、俺の心に余裕はなかった。
ぽた、ぽた、と。
水滴が落ち始める。
春先になって暖かくはなったとはいえ、まだまだ雨が降ると寒い季節である。
こんな状況下でずっと外に居たら身体も壊してしまうだろう。また一つ、俺の心に雫のことを見つけ出さねばいけないという責任感と恐怖が増える。悲鳴を上げて必死にこの責任につぶされそうになっている心に再び火を灯し、雨によって冷え込み始めた初春の住宅街を走り始めた。
最初は弱かった雨も今では土砂降りの豪雨になっている。
その雨はまるで、雫の心が悲鳴を上げて泣いているようにも見えた。寧ろ、俺の目にはそうにしか見えていない。
躰が重くなっていくのを感じる。雨を吸い、すっかり躰に張り付いている洋服の不快感から目を背けるようにして走り続ける。ただ、友人を救うために。
雨に濡れた洋服のせいか。自らが出している汗と雨が混ざり、さらに不快感が増しているように感じられた。
雨降る住宅街を抜けて、遂に俺は橋に辿り着いていた。
そして橋の丁度真ん中あたりのところに、八重樫雫は立っていた。その目はどこか遠い虚空を見つめていて、意識がここにはないように感じられた。
ゆっくりと近づいていく。怖がらせない様に、彼女の傷ついた心に寄り添えるように。
そしてなるべくいつも通りの
「……雫。こんなところで何をしているんだい?このままでは風邪をひいてしまうよ」
心なしか自分の声が上ずっているように聞こえてしまう。
ここで何故雫が苦しんでいるのかも知っているのに、まるで何も知らぬかのような態度を演じているのを自覚して。これでは道化だなと自嘲した。
そんな考えがばれない様に、鉄の仮面を被っていると雫が話し始めた。
「……久鎖李。そっか、あなたにも」
ばれちゃったんだね。彼女は何処かあきらめたように、そしてとてもつらい気持ちを隠すようにしてそう口にした。
聞いただけでその声が泣いた後なのだということを知ることができるほどに、今の雫の声は震えていた。顔にも長い時間泣きはらした跡が残っていた。
「最初は、ばれない様に頑張っていたの。貴女にばれたら、香織たちにばれたら、大変なことになると思って、耐えていたの」
聞いているだけでつらい気持ちになる。
心を鷲掴みにされたような感覚を受けながら、雫は話を続けていく。
「……でも、我慢できなくなっちゃった」
彼女は何処か狂ったように、そして疲れ切ったかのように微笑みながらそう言った。
いつもは美しくて、そして可愛い彼女の
「光輝に相談してみたの。光輝ならきっと、正しい正義感の下で彼女たちを叱って、守ってくれるって。そう思っていたの」
光輝に相談した。それは原作と同じ末路であった。
自らの正義を疑わない天之川光輝という男は、このいじめの件でも自らの信じる正義を疑わなかったのだろう。そうでなければ、今目の前で泣いている理由がなくなってしまう。
「……光輝は、私にこう言ったのよ。『きっと悪気はなかった』って。『みんないい子たちだよ』って。……『話せばわかる』って。光輝は、私のことを助けてくれなかった。ずっと私はいじめられていたの」
救われることを諦めたかのように、雫は力なく言った。その声には光輝への絶望が感じられた。
光輝はやはり、自分の正義を疑っていなかった。泣きながら話す雫の声を聞いただけで、
「光輝に相談に行くたびに、彼女たちのいじめは暴走を強めて行ったわ。……あるときね、こう言われちゃったの。『あんた本当に女だったの?』ってね」
原作でも書かれていたエピソードである。彼女の心はこの言葉で一段と崩れていったのだろうと当時の俺は読んでいて思った。
雫は誰かに頼るということを原作ではほとんどしてこなかった。その原因がこのことである。
今の俺なら彼女の心を救うことができるのだろうか。今の俺で、彼女の事を救うことができるのだろうか。
「私ね。貴方だけには、いじめに遭っているって気づいてほしくなかったの」
雫から語られる言葉に、俺は驚きを感じる。
友達とは、そういう苦しいことがあった時に助け合う存在ではないのか。前世で友達を持ったことのない俺は、雫の言っている言葉の意味が一瞬理解できなかった。
「あなたに、心配をされたくなかった。優しいあなたに、私がいじめに遭っているなんていうことは出来なかったの」
そんな俺の些細な疑問は一瞬にして崩れ去った。雫は俺のことを心配して、俺にその事実を伝えていなかったのだ。
水臭いな、と思う。しかし同時に、深く納得できてしまった。俺がもし逆の立場だったら間違いなく、雫にこのようなことは伝えていなかったからだ。
それでもやはり、理解はできても納得はできなかった。なぜなら、いじめの原因の一つは重ね重ね言っているが、俺が関わっているからだ。
そもそもの話ではあるが、俺は何故か周りからの視線を集めやすい人間である。天之川も視線が集まりやすいが、俺に集まる視線はもっと多いのである。物珍しさや中性的な顔が原因であるとは思うのだが。
そして俺自身が外部との接触を必要最低限にとどめているというのもある。あまり周りに人を近づけないし、近づいてきても必要以上に会話はしない。
しかし雫や香織、龍太郎に限っては別であった。俺が個人的に関わりたいと思うから、積極的にコミュニケーションを取る。香織は光輝とよくいるからいじめの標的にはされない。龍太郎は体が大きく怖いから手を出しにくい。だからこそ、光輝との関わりが少なく狙いやすい雫がいじめの標的になってしまうのは必然であったのかもしれない。
「あなたのせいではないの。それは心にとどめていてほしいわ。……私が女の子らしくないから、私が可愛くないから、私がっ、……」
そこから続きに言おうとしたことを、雫は話すことができなかった。再び泣いてしまったからである。
心が締め付けられる。自らの無力を呪い、俺も泣きそうになる。
しかしここで、俺が泣くわけにはいかない。彼女の心は今、壊れてしまっている。それをそっと守ってやって、心を直す。それが今、俺にできることだ。
そう判断した俺は両手を緩やかに広げて、雫の肩をそっと抱き寄せた。
一瞬雫はあっけにとられたような顔をした。何で、と言っているようにも見えた。
それを俺は気にも留めず、今にも折れてしまいそうな華奢な雫の肉体を引き寄せた。
「……もっと早く、気づいてあげられなくてごめん。これが終わった後、何でもしていいから。……今は、雫のことをこうやって守らせてほしい」
そう言って、俺は右手をすっと動かして雫の後頭部に腕を回した。
そしてゆっくりと、頭を撫で始める。雫が少しでも落ち着くように、少しでもつらい感情を吐き出せるように。
暫くした後、俺の胸元から静かに鳴き声が聞こえ始めた。
その声を聞くだけでこちらも罪悪感に押しつぶされそうになる。それをぐっとこらえて、頭を撫でる。肩に回していた左手は背中の方に回して、その小さくて悲しみに塗れた背中をさするために使う。
そうしてから一体、どれほどの時間が経ったのだろうか。
永遠にも感じられる長い時間が過ぎ去り、いつの間にか胸元から聞こえてきていた泣き声は小さく眠っている音に代わっていた。
すう、すうと可愛い顔で寝ている雫が愛らしく見えてくる。
しかしこのままだと風邪をひいてしまう。こちらは躰が頑丈だが、雫は生身の人間である。早く家に帰らせて体を温めてあげないと大変なことになってしまうだろう。
ふう、と一息吐く。
此処は俺が少し頑張る必要性がありそうだ。そう思い左腕を膝裏に、右腕は頭を抱えるようにして雫のことを持ち上げる。俗に言う『お姫様抱っこ』の形である。
雫の荷物を左肩に背負い、自分の荷物を右肩に背負う。両手に雫を抱えた状態で、俺は雨降る住宅街を歩き出した。
これで雫が少しでも救われたのならいいのだが、きっとこれだけでは駄目だ。
それならばどうするか。俺にできることは少ないが、まだできることが残っている。彼女の心を少しでも楽にさせるために、俺は更に歩く速度を上げて八重樫家に向かっていった。
気づけば空から雨雲は消え、空は灰色に染まっていた。
事情を雫の
俺は俺でできることを進めた。学校内部でできうる限りの情報を集めて流し、それを先生たちに伝えていじめが起きていることを周知の事実にさせた。
大人たちは最初から相談を受けていたがそれを黙って聞き流していたことが明らかになったため、生活指導部の教員や校長先生がこのことを知った俺の師範たちにボコボコにされそうになっていた。その後教育委員会にバレてもれなく全員減給と停職処分を受けることになったらしい。
そしていじめをしていた児童たちは保護者を呼んでの三者面談となり、謝罪の後に転校の処分が下された。この程度で済んだのはいじめを受けていた側であった雫がそれで十分であると言ったからであった。
ここから心を入れ替えて彼女たちには過ごしてもらいたいと思った。
しかしその一方で変わらなかった者もいた。それが天之川光輝であった。
彼はいじめを雫が受けていたのが事実であったということを知った後、雫にこう言ったのである。
『雫、何で君は俺にいじめを受けていたと言ってくれなかったんだい……?しっかりと伝えてくれていたら俺が君のことを守っていたのに……』
これを聞いた俺は血管がちょちょ切れそうになるくらい怒りを爆発させそうになった。当たり前である。
この男は歪み過ぎていた。小学校で有り得ないくらいには思考回路が捻じ曲がっており、短絡的で尚且つ自己の偽善を信じて止まない性格になっていた。道場の師範たちは光輝を破門にしようとした。勿論俺だって破門にさせようとした。
しかし天之川はとち狂ったのか、その事実を伝えた瞬間錯乱し俺のことを思い切り木刀で殴ろうとしてきたのだ。
さすがの俺も反応することができなかった。冷静である筈の師範たちも動くことができなかった。何故ならここで動いても危険であることが分かっていたからというのが分かってしまったからである。
しかしその暴挙はとある人物によって止められた。それが八重樫雫であった。
彼女は目にも止まらぬ速さで俺に振り下ろされる進路上に木刀を置き、その一撃を迎撃して見せたのだ。
「……光輝。あなた何しているの?」
「雫!?何故止めるんだ!こいつはお前の父さんを狂わせたんだぞ!?」
最早何も言えなくなるほどの罵倒の嵐がここから続いた。
書くのも億劫なので言わないが、最終的には光輝は破門になった。それは当然の結果であった。
しかしその後も光輝はしつこく道場に通い詰めて抗議をしてきた。その上、学校で俺に会ったら先ず罵倒ということを日常的に繰り返していき、その結果俺と天之川の人間関係は最悪となったのである。
因みに雫はいじめがなくなってから、ずっと女の子らしくなっていった。
短かった髪を綺麗に伸ばし、スタイルがますます女性らしさを増していき、大人らしさを小学校低学年にして表に出すようになっていた。
そして俺の前でよく笑い、よく甘えるようになった。一種の依存のように見えるが、決してそういう訳ではなくただ単に甘えているだけらしい。本当かは疑わしいのだが。
後これは意図してやっていることなのかは分からないが、甘えてくるときによく二の腕あたりに胸を押し付けてくるのだ。
こちらの理性が持たなそうなのでやめてほしいと切実に願う日々が、最近は続いているのであった。
さて、この作品のヒロインタグをつけるとしようか。
※ハーレムにはなりません
次回の話は未定です。シリアステイストか、もしくは何ともない日常の一コマか。
のんびり考えながらやることにします。