鎮守府のイージス外伝集   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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日本国防海軍横須賀鎮守府入渠ドック。戦闘で傷つき、母港に戻った艦娘たちがひととき、その身を休める場所である。しかし時には、そんなさなかでもとある「来客」によって、身体はともかく心は休まらないこともある。これは、ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦「DDH-182 みらい」が、そんなちょっとした「事件」に巻き込まれた時のお話。

どうも皆さまご無沙汰しております。久しく小説を書くことから離れていましたが、久しぶりにリハビリもかねて短編を書いてみました。よろしくお願いします。


湯煙の攻防戦

 入渠。人間にとっての入浴がリラックスのためのひと時であるのと同じように、私たち艦娘にとっては戦いで負った疲れやダメージを癒し、次の戦闘に向けて英気を養うための、欠かすことのできない時間だ。日々、戦闘や教練で目まぐるしい毎日を送る私たちも、この時だけは時間を忘れてゆったりと過ごすことができる。己と向き合い、任務に没頭しているとつい見失いがちな自分自身を振り返る意味でも、このひと時は私たちにとって重要な意味を持っている。

 なのだけど、残念ながら常に「ゆったり」とはいかないこともしばしば起きるのが、ここ日本国防海軍横須賀鎮守府の入渠ドックだ。今日も、どうやらそのパターンに落ち着きそうだった。一人湯船の中でたたずんでいた時、ふと私の周囲で何やら気配がした。戦闘の時とは違って艤装を身に着けてはいなくても、自分のレーダーの性能には自信がある。浴室内に響く重低音に交じって聞こえてくる「物音」に、私はじっと耳を傾けた。

 やがて、その音のする方向に概ねの見当がつく。こっちか。果たして私がそちらの方角に顔を向けたその瞬間、浴室の一角に空いた窓の端から何かが顔を覗かせる。私と目が合ったのに気付くと、「それ」はぎょっとした顔で思わずその場に硬直した。20歳そこそこの、作業服姿の若い水兵の顔がどんどん真っ赤になっていくのを見て、私の口からいつものように苦笑いが漏れる。「相変わらず懲りないな」と。

 

 艦娘としてこの世界に転生する前、まだ海上自衛隊護衛艦として艦艇の姿だった頃、「ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦」という艦種に属する私は、基準排水量7735t、満載排水量9998tという大型艦だった。艦番号はDDH-182、諸外国の海軍で言えば「ヘリ搭載駆逐艦」だけれど、少なくとも第2次世界大戦期の基準で言えばこのサイズは駆逐艦のそれではない(大戦期と戦後では、艦艇の分類方法が全く変わってしまったから仕方ないのだけど)。私自身、日本海軍の高雄型と比較されたこともあったように、当時の基準ならむしろ重巡クラスだろう。

 そんな高雄型重巡洋艦姉妹が、艦娘に転生した結果世の中の男性が注目してやまないグラマラスボディの持ち主に生まれ変わったのと同じように、私たちゆきなみ型もまた人並み以上には恵まれた肢体を持つ女性として、この世界にやってきた。ここ横須賀や、実戦配備前に演習で訪れた舞鶴の入渠ドックで私たちの身体を初めて目の当たりにした同僚たちは、たいてい度肝を抜かれていたっけ。当時はまだ転生して間もなかったせいか、その反応の理由がいまいちピンと来ていなかったのだけど、流石に今はその意味が理解できる。どうやら私たち艦娘の裸は、世の中の男性にとっては多少のリスクを冒してでも拝めるものなら拝んでみたいと思えるようなものであるらしい、ということも。

 もちろんそのリスク、今まさに行われているのぞき行為は世間一般では迷惑どころか立派な犯罪で、もちろん国防海軍においても軍法上も職業倫理上もタブーであることも、私たちは知識として知っている。しかし一方で、いざ実際に自分がその当事者になったとしても、その行為に対する怒りや羞恥心というものがそこまでわいてこないのも、また事実だ(艦娘ではない、国防海軍の人間の女性軍人にこれを言うとたいていドン引きされるか、呆れられるかのどちらかなのだけど、事実だからしょうがない)。

 というのも私たち艦娘には、戦闘で中破以上のダメージを負うと着ている服が破れ、肌が露になってしまうという性質がある。そして、大艦巨砲主義全盛の時代に艦艇として建造された大日本帝国海軍出身の艦娘たちは、私たち海上自衛隊出身者とは対照的に装甲厚にも自信を持っており、戦闘においてのモットーは「中破上等」だ。年頃のうら若き乙女が戦闘後、あられもない姿で野郎どもの前に帰ってくるというのは、この世界の海軍においては別に珍しいことでも何でもないのである。

 しかも、中破以上の状態で帰還した艦娘には基地への帰投後、戦闘で負ったダメージの分析と状態把握のためにダメージチェックが課せられる。戦闘そのもので強いられる「露出」はせいぜい半裸で済むが、この時は入渠の際と同じく全裸。チェックを担当する整備士は特別な技能職とあって周りは男性ばかりだが、こちらも人間が医者にかかるようなものと割り切って、お構いなしで丸出しである。

 つまり、何もわざわざ入渠をのぞくようなリスクを冒さなくとも、「お目当てのもの」を彼らが拝める機会は一応あるわけだ。もっとも整備士の倍率は馬鹿みたいに高いので簡単にはなれないし、よしんばなれたとしてもスケベ心を払拭せずに務まる職でもないし、そもそも大破ともなれば拝むのはエロ画像というよりむしろグロ画像に近くなってくるので、私たちの側も奇麗な体を見せてあげられないのは少々心苦しいのだけど。

 そんな職場環境に慣れてしまっていること。深海棲艦との戦闘中に砲撃や雷撃に晒され、命の危険と隣り合わせになるストレスに比べれば、異性に裸の一つや二つ見られたところで精神的なダメージなんぞ皆無であること。そもそも、人間の女性の姿はしていてもあくまで「自分たちは船である」というアイデンティティを持っていることなどが重なって、私たち艦娘はこうして入浴シーンを見られたとしても平然としてられるのである。本気で頭に血が上るのは、私の姉妹艦でもあるあすか姉さんくらいだろう。

 被害者であるはずの我々が大して騒ぎもしないのは、鎮守府内での綱紀粛正を任務とする警務隊には申し訳ない話だけれど、まぁそれはそれとして取り締まり自体はきちんとしないといけないのですよね。仮にも軍隊である以上、体面だけでもこういうところを野放しにしておくわけにはいかないので。

 

 さて、どうしたものか。私は、緊張と困惑と気恥ずかしさとで硬直したままのその水兵の顔を見た。見た感じ、そこまで国防海軍の雰囲気にもまれている感じもない。まだ教育隊から部隊配属になって、そんなに経ってもいないのだろう。プルプルと震えてさえいるその姿は、悪意をもって自らのぞきを働いてやろうという輩のそれには見えない。

 とりあえず、黙ったままでは具合が悪いのでおしゃべりでもしてみようか。

 「フフッ、こんばんは。私に何か御用?」

 笑みを浮かべながら言葉を投げかけると、明らかにキョドった様子の水兵は思わず私から目を背けつつ、あたふたしながら言葉を絞り出した。

 「えっ、あのっ…、こ、こんばんは…」

 視線だけは明後日の方向に向けたまま、ぺこりと私に向かって頭を下げる。

 「そ、その…、みらいさん…、ですよね…?えっと、あの…」

 「はい、みらいですよ。で、どうしたの?」

 「そ、その…。…あ、あなたが、にゅ、入渠してるところを、のぞきに来ました…。」

 私は思わず盛大に吹き出した。いや、素直かよ。どれだけ正直なのよあなた。私が心配してあげる義理もないけど、警務隊の人間に聞かれたらぶっ殺されるわよ。そこはせめて、今まで似たようなことをやらかしてきた他の水兵たちみたいに、「たまたま近くを通ったら目に入った」とかうまいことぼかせばいいのに。まぁこのお風呂、「たまたま艦娘が入渠している姿が目に入る」ような位置には、もちろん窓なんかないんですけどね。

 「す、すすす、すいませんっ…!まさかこんなにあっさりバレるとは思わなくて…」

 「そりゃバレるでしょ。最新鋭イージス艦のレーダーをなめてもらっちゃ困るわよ。まぁ、今は艤装を身に着けてないから、あいにくSPY-1には頼れないけどね」

 ひとしきり笑った後、私は涙をぬぐいながら答えた。明らかに気まずそうな様子の水兵に向かって呼び掛ける。

 「大丈夫よ、今はここに私一人だし、私は別にこんなことでいちいち騒ぎ立てたりしないから。安心して。むしろ、話し相手がうまいことできてちょうどよかったわ」

 「えっ、あ、あの…。あ、ありがとうございます…?」

 予想もしなかったであろう私の反応に困惑しつつも、素直にまた頭を下げる水兵。彼の方からは、デコルテから下が水面下に隠れて見えない状態のままで、私はさらに問いかける。

 「ところであなた、所属と名前は?」

 「えっ…?」

 水兵の顔が途端に青ざめる。また私の口から苦笑いが漏れた。

 「違う違う、警務隊に告げ口なんかしないわよ。私たち、初対面でしょ?初めましてだから、どこの誰か知りたいだけ」

 「ほ、本当ですか…?」

 「本当よ。そんなことしたって、私には基本的に一文の得にもならないもの」

 まぁ、本来は艦娘の入渠に対するのぞき行為は内規違反には違いないから、もちろんどうなるかはあなた次第だけどね。私は割とこの手の事案には鷹揚な方だけど。

 「に、二等水兵、荻島薫です。横須賀教育隊66期、今月から横須賀鎮守府業務隊整備課に配属になりました」

 整備課。さっき説明した「ダメージチェック」を担当する部署だ。つまり、その中でもしかるべきポジションについた軍人は、業務の一環として我々の身体を堂々と拝める特権を手にできるということでもある。もちろん、整備士になれるチャンスがあるのは特別な技能試験に合格した、三等兵曹以上の士官または下士官なので、教育隊を出たての二等水兵にはかなわない話だが。

 「荻島二水、ね。なるほど。もう私は自己紹介の必要もないだろうけど、国防海軍第1艦隊所属、護衛艦みらいです。よろしくね」

 いやまぁ、こんな状況でよろしくも何もないのだけど。

 「で、荻島二水。今回は誰の差し金?」

 「へっ…?」

 驚いて目を見張った荻島に、私は問いかけた。

 「見た感じ、あなたが自発的にのぞいてやろうと思って来たわけじゃないんでしょ?誰か煽った人間が他にいるんじゃないの?」

 「な、なんで分かったんですか…?」

 「下級兵が入渠をのぞきに来るのなんて、たいていそんなものだから。警務隊が厳しく取り締まってる割には定期的に来るのよね、こうやって気楽に話せるようにさえなれちゃうくらいには」

 そう、そんなものなのだ。下級兵たちによるこうした「度胸試し」は、もちろん健全とは言わないがそれなりに恒例行事となってしまっている。たまに、陸海空自衛隊でも曹士がやらかして懲戒処分を受ける事案は起きるが、日本国防軍でもその辺の事情は同じようだ。まぁ、年頃の若い男が集団生活を強いられ、しかも海軍に限れば若く美しい女性が同じ鎮守府内で日々隣り合って暮らしているとなれば、ある意味起きるべくして起きることなのかもしれない。断じて「それでいい」とは言っていないが。

 「実は俺、仲間内での競争に負けまして…」

 「競争?」

 首を傾げる私に、荻島はなおも目を逸らしたまま答えた。当初と比べれば、発する言葉はずいぶんはっきりしてきている。

 「今日、朝の筋トレの時に同室の中野上水(上等水兵)に、どちらが先に腕立てと腹筋30回ずつをこなせるか、競争させられまして。負けた方が入渠をのぞくという罰ゲーム付きで。入隊早々に警務隊につかまって処分なんかされたくないし、俺は正直やりたくなかったんですけど」

 「でも、仮にも階級が上の相手だから断れないし、そのうえ負けたと」

 「…、元々筋トレはあまり得意じゃなくて…。教育隊時代にできるようにはなったんですけど」

 やれやれ。これはまたずいぶんくだらない理由でやらかしたもんだ。思わずため息が口をつく。なんだろう、この荻島くんを責めたいという気にはならないが、やはり気持ちのいいものではない。少なくとも、仕掛け人の中野とかいう上等水兵には、それなりの目には遭ってもらわないといけなさそうだ。

 「まぁ、だとしたらあなたもある意味被害者ってことよね」

 私の言葉に、荻島の口から小さく「えっ」という言葉が漏れる。

 「だってそうでしょ、元々あなたがやりたいと思ってやったわけじゃないんだから。のぞき自体はよくないことだけど、事情を聴いたらあなたを責める気にはならないわよ」

 まぁ、今回やらかした相手が私でまだよかったなとは思う。同じゆきなみ型でも、あすか姉さんが相手だったらこんな寛容な対応はされてないはずだからだ。艦娘の中では珍しく、一般的な人間の女性と同じくらい裸を見られるのを嫌がるあの人なら、煽った仕掛人はもちろんのぞいた当人相手にも、500㎞彼方からお仕置きのトマホークをブチ込んでいたかもしれない。艦娘サイズとはいえ、艦艇用と変わらない殺傷力を持つれっきとした兵器だから、人間相手に本当にやったらシャレにならないことになるけれど。

 「まぁ、あなたに対して何かしようとは敢えて考えないけど、その中野って上等水兵には一応お灸をすえておかないとね。とりあえず、今回は初犯ってことであなたのことは見逃してあげるから、警務隊に捕まらないうちに早めに帰りなさい。その代わり、中野先輩はしっかり捕まえておいてよね」

 可能な限り、寛容な解決策を提示してあげたつもりだった。自分で言うのもなんだけど、誰が聞いても「みらいの対応は優しすぎる」と言われるような提案だったと思う。それでも、素直にこの男が飲んでくれさえすれば、私は本当にそれ以上この行為を責めようという気はなかった。…、ところが。

 「すいません、みらいさん。まだ、帰るわけにはいかないんです」

 荻島は首を横に振った。

 「え、なんで?あなた、今の状態でも警務隊に見つかったらただじゃすまないわよ?」

 「そ、それは、その…、え、えっと…」

 また、顔を真っ赤にしながら口ごもる荻島。

 「み、みみみ、みらいさんの裸をちゃんと見てからじゃないと、帰れない約束なんで…」

 「はぁっ!?」

 ちょっと待ちなさい。そうなると話が変わってくるわよ。百歩譲って、今の状況ならまだ言い訳が効くけれど、そこからもう一歩進むと状況によっては擁護しきれなくなる。

 まぁ、正直に言うと仮に本当に荻島二水に裸を大っぴらに見られたところで、さっきも言ったとおり私自身には別にほとんど実害はない(既に水面越しに見られてるようなものだけど)。ただ、その状況を警務隊が知れば入隊早々の懲戒処分は不可避、もう後戻りはできないのだ。私とのかかわりでそんな目に遭う軍人が出てほしくはないが故の温情でもあるのに、この男はそれを自ら無にするのか。そもそも、それが目当てだとしてものぞいた当の本人にそれを言っちゃうってどうなのよ。

 「あのね、荻島二水。あなた今の状況をちゃんと分かってる?私はそこまで抵抗感ないから、こんな状況でもあなたと普通におしゃべりできちゃうけど、一応今あなたがやってることはれっきとした内規違反なんだからね?」

 私は努めて冷静に語りかけた。

 「私も艦隊の一員として遠征にも参加する身だからね。わざわざ勇気を振り絞って来た手前、『成果』なしで帰れない気持ちは分からないでもないわよ。でもね、あまりあなたが長居して結果的に見つかっちゃったら、私だってあなたのことは庇えなくなるの。今なら私が黙ってさえいればまだ何とかなるんだから、バレないうちに早く帰りなさい」

 実際には、別に拝ませてやったってそれ自体に個人的には特段の問題はないのだけど、それが発覚した時の面倒を避けるために敢えてそれには触れず、あくまで早期の退散を促す私。ただ、それでも荻島は頑なに首を横に振った。

 「すいません、みらいさん。自分でも、めちゃくちゃなことを言ってるのは分かってるんです。でも、どうしてもやらないわけにいかないんです」

 「どうして?いくら上の階級だからって、そんなにその中野先輩の命令は重いものなの?所詮相手は上等水兵でしょ?それとも、もしかしてあなたってなんだっけ、むっつりスケベってやつ?」

 私の問いかけに、荻島は「どっちも違います」とまた首を振った。

 「どうしても必要なんです。その…、将来三曹以上に昇任して、整備士になるために」

 「整備士になるため?どういうこと?」

 「俺、海軍にはもともと整備士になりたくて入ったんです。戦闘オペレーターと比べたら地味かもしれないし、みんな『整備士になりたい奴はどうせ艦娘の裸目当てだ』なんて言うけど、違うんです。一番直接的に、艦娘の皆さんの助けになれるポジションだから…」

 首を傾げた私に、荻島は一生懸命説明し始めた。元々、私が海自に所属していた時代と同じように、かつてはこの世界でも海軍においては人間が艦艇や航空機に乗り組み、自ら訓練や任務に従事していた。だが10年以上前、深海棲艦の襲来と私たち艦娘の出現をきっかけに、艦娘が戦闘員として彼らにとって代わるようになって以降、彼ら人間の軍人の役割は戦闘員から後方支援へと変わった。人間が戦闘で自ら命を落とすこともなくなった代わりに、陸軍や空軍、海兵隊と違って軍種の主役となることもなくなったのだ。

 そんな中で、一般的に「新たな花形」と見られがちなのは、陸上から戦闘に関する情報を海上にいる艦娘に伝達し、戦闘をサポートするオペレーターだ。かつての護衛艦で言えば、船務長の仕事がその役割に近いかもしれない。それと比べれば、戦闘に直接かかわるわけでもなく、ともすればスケベ目当てと誤解されがちでもある整備士は、倍率が高いとは言え日陰に位置しがちな役回りと言える。当事者である私たち自身は、別に彼らの仕事に対して偏見は持っていないしダメージチェックだって苦にもしないけれども、それでもどうしても彼らを複雑な目で見てしまう女性軍人がいることも知っている。

 その整備士になりたいと、荻島は言ったのだ。たとえ縁の下の力持ちでも、海軍にとっては欠かすわけにはいかない役回りだから、と。

 「俺たち海軍軍人は、ある意味恵まれてるんです。だって陸軍や空軍、海兵隊の奴らとは違って、軍人になったからってめったなことでは戦争で死ぬわけじゃないんだ。そのリスクは、ほとんど全て艦娘の皆さんが負ってくれてるから…。でも、皆さんだって戦場に出て戦って、それで終わりじゃないでしょう」

 戦って傷ついたなら、そのダメージは次の戦いに備えて、しっかりと取り去らなければならない。そうでなければ、いつ終わるのかもわからない深海棲艦との戦争など戦い抜けないのだ。彼らに対抗できる勢力は、私たち艦娘以外には存在しないのだから。

 そして、その攻撃で受けた傷を心身に残すことなく、完全に回復させるためには単にこうして入渠ドックで風呂につかるだけでなく、その前段階として実際に受けたダメージをしっかり分析し、次の戦闘で同じように傷つかないようにするためにはどうすべきかを考えることが必要になる。そのヒントを私たち艦娘に与えることこそ、特別技能職たる整備士の役割なのだ。

 「俺は、そういう形で皆さんの力になりたくて、海軍に入ったんです。もちろん三曹への昇任試験も、整備士の認定試験もまだ先の話ですけど…。でも、それ以外にも一つ大きな問題があって」

 「問題?」

 怪訝そうな顔を浮かべた私に対して、荻島はそこでまた決まりが悪そうに呟いた。

 「俺、彼女も全くできたことないし、何とは言わないけど『そういうこと』も実は未経験で…」

 「そういうこと?」

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()一応みらいさんも女の人なんで、直接的には言いたくないですけど、察してください」

 あ、あぁ…。なるほど、ね。流石にこの姿になってしばらく経つと、そういうこともうっすらとは分かってくるものだ。ちなみに、私がそういう経験あるかどうかは聞かないでよね、それこそセクハラで警務隊にタレこむわよ。

 「つまり、艦娘整備士になりたいのにまともに女の子の裸を見たことがない、と」

 「…、ずいぶんあっけらかんと言いますね」

 「だってそういうことなんじゃないの?」

 私の直球の問いかけに、穴があったら入りたいとばかりに俯く荻島。やっぱりやれやれ、だ。追い打ちをかけるわけではないけど、ちょっと意地悪な質問もこの際ぶつけてみるか。

 「で?拝めるなら誰の裸でもよかったわけ?」

 「は?」

 「まぁ、横須賀の所属艦娘はスタイルいい人多いからね。大和とか金剛とか摩耶さんとか。一航戦のお2人なんかもいるし。あぁ、あすか姉さんはお勧めしないわよ。私と体格自体は変わらないけど、のぞきに対しては警務隊以上に厳しい人だからね」

 ニヤニヤしながら一通り名前を列挙する私を尻目に、荻島はまた黙りこくってしまった。よほど気恥ずかしいのか、何やら耳まで真っ赤になってしまっている。こうやって異性をいじる趣味があるわけではないのだけど、こういう姿を見ているとちょっと可愛いな、と思ってしまう。

 「えぇと、その、あの…」

 「何よ、今更この状況でごまかす必要ないでしょ。言ってみなさいよ」

 なんだか一周回って面白くなってきてしまった私の顔を、そこで初めて荻島は改めて直視した。おや、と感じたのもつかの間、彼は過去一衝撃的なセリフを口にする。

 

 「あの、本人にこんなこと言うの、それこそ本当にどうかしてると思うんですけど…。もし一人選べるなら、俺、みらいさんがいいと思ってました」

 

 「…、へっ!?」

 あまりに驚いて、目を思わず見開いた私の姿を見ながら、荻島はまた途端にあたふたし始めた。

 「いや、えっと、その…。みらいさん、すごくこの鎮守府の風呂がお気に入りで、戦闘帰りじゃなくても関係なくしょっちゅう入ってるって聞いたから、単純にチャンスもいっぱいあるかなって思ってて…」

 うん、まぁ確かにその通りだ。入浴という文化自体は、艦艇だった頃の自分にも風呂はもちろんあったから知ってはいたけれど、人間ではない以上自分には縁がないものだと思っていた。そして、艦娘に転生してから実際に初めて自分が入る側になってみて、なんて気分のいいものかと感動したのを今でも覚えている。長期航海から帰った後にやる「甲板流し」と呼ばれる作業のようなものかと思っていたけれど、それよりもずっと快適な何かだ。今だって単に非番で暇なだけで、別に戦闘帰りではないしね。とはいえ。

 「船とはいえ一応女性の姿でいる身としては、私の身体が魅力的だから見たいと思ったって言ってもらえる方が嬉しいんだけどな」

 「も、ももも、もちろんそれが一番大きな理由です…」

 からかい半分のその言葉に、荻島はどもりながらもそう答えた。私の顔に、それまでとは少し質の違う笑みが浮かぶ。彼の素朴でなんだかんだ素直な反応に、私の心の中ではある決意が芽生えようとしていた。

 「なるほどねー。まぁ、あなたの言いたいことは大体分かったわよ、荻島二水」

 私の言葉に、荻島の顔にほっとしたような表情が浮かぶ。そんな彼に、私は湯船につかったままですかさず問いかけた。

 「ところであなた、なんだかんだその状態でずいぶん長居してるわよね。そろそろ警務隊が来ないか、周りを警戒しといた方がいいんじゃないの?」

 私の問いかけに、荻島がハッとした顔をする。思わず、窓のところにいたままで後ろに振り向き、周りの状況を今一度確認する。私も、脱衣所の方に一度目をやった。誰も入ってくる様子はない。それならば。

 「多分、大丈夫みたいです。すいません、ご心配ありがとうございます」

 「よかった。じゃあ、外を気にするのはそこまででいいわよ」

 私の声に、思わず荻島が振り向いた。そして…。その目に飛び込んできた光景に、驚きのあまり彼の目は大きく見開かれたのだった。

 

 「やっぱり決まってますよね、三種夏服。セレモニーの時だけじゃなく、戦闘の時でも着てるのは解せないですけど」

 「私たちゆきなみ型にとっては、戦闘服だからね。自分でも気に入ってるのよ、これ」

 あなたには、これよりももっといい姿を見てもらったけどね、と茶化すと、荻島は「デカい声でそれ言うの、やめてくださいよ」とばつが悪そうに俯いた。

 入渠を終えた私は制服に着替えてから、その後何事もなかったふりをして外で荻島と再び会っていた。ふりをして、と言ったのは、実際には何事かはあったからだ。もっとも、特別なことを何かしたとは思っていない。その後も、入浴している側とのぞいている側で仲良くおしゃべりしていただけである。ただし違うのは、荻島が外をいったん警戒して再び振り向いてからは、私はずっと湯船から立ち上がった状態だったということだ。そして入渠する時のこだわりとして、私は身体にタオルは巻かない。たとえその様子を異性に見られていたとしてもだ。

 入渠をのぞかれるのは、何も今に始まった話じゃない。そして同じゆきなみ型3姉妹でも、やらかした下級兵に対する対応は実は結構違う。長女のゆきなみ姉さんは、姉妹の中でも一番のダイナマイトボディということもあってか割と平気でお色気的な発言をするし、のぞき魔が来ても追い返すことはそこまでしないが、なんだかんだガードは固く大事なところはそう簡単には見せない。逆に口や態度では一番ガードが堅いはずの次女のあすか姉さんは、下級兵が来ると率先して鉄拳制裁を食らわせようと自分から殴りかかることも多く、その過程でなんだかんだ一番身体を見せてしまっていることが多い。

 そして三女の私。その時の気分にもよるが、やり口は大体2つである。1つは、今回当初そうしたように「黙っててやるから早く帰れ」と言う。もう1つは、わざと身体を隠すことも追い返すこともせず、のぞいた人間を自分の身体にくぎ付けにさせておいて警務隊の人間をおびき出し、犯人を捕まえさせることだ。大捕り物になっている様子が面白くて、いつもそれを見ながらゲラゲラ笑っているので、策士なんて言われることは多い。

 今回、結局最後には荻島に堂々と自分の身体を見せたのも、完全に自分の意思によるものだ。ただし、それは警務隊を呼び寄せるためのトラップとしてではなかった(むしろ雑談を続けながらも、「頼むから絶対に来てくれるな」と本気で祈っていた)。まだ部隊配属されて間もない、国防海軍という組織にも馴染みきってはいない一兵卒だけれども、それでも彼なりにはっきりとした使命感を持ってここに入ってきて、そして自分の夢をかなえるうえで障害となるものを何とか克服したい、という思いを感じ取れたので、それに応えてあげてもいいかと思ったのだ。

 誤解はされたくないけれど、のぞきという行為を働いたこと自体を肯定はしない。私はたまたま「見られただけなら実害があるとは感じずに済む」手合いなので、大目に見てあげられるだけである。他のほとんどの艦娘たちも、実際にはなんだかんだ寛容な対応をとることが多い―警務隊にバレさえしなければ。でも、それを当たり前と思ってはいけないし、ましてや海軍をやめた後に外の世界で一般の女性相手にやろうなんてことは断じてあってはいけない。それをやったら犯罪者にまっしぐらだ。もっとも、整備士を目指す荻島は任期制の軍人という身で終わる気はないようだけど。

 それにしても、荻島という男はなんだかんだ運がいい。元々乗り気だったわけではなかったとはいえ、最終的には私の裸を10分近く、それも警務隊に一切見つかることなく拝むことができたのだから。最初私に見つかった時にキョドっていたのと同一人物とは思えないくらい、全力で身体の隅々まで凝視されたのには流石に笑ったけれど、私はどうせならそうしてくれた方がよかったし、実際に思う存分熱い視線を向けてくれてむしろ嬉しかった。これでも満載9998tの大型艦、自分でも裸には自信はあるわけで、それを異性からお目当てにしてもらえて悪い気はしない。私も一応年頃の女性ですので。

 あぁ、ちなみに厚意で身体を見せてはあげたけれど、流石に手を出すことまでは許してませんよ。それは私でもおいそれと許せることじゃないので。当人同士が合意してようと、軍人同士の淫行はのぞき以上の重罪だからね。

 「言っておくけど、今回のサービスは特別中の特別よ。流石の私でも、普段ここまではやらないからね。まぁ、思う存分笑わせてくれて、暇つぶしに付き合ってくれたお礼かな」

 「お気遣いわざわざありがとうございます、みらいさん」

 荻島が恭しく頭を下げる。

 「だから、あいにくだけど二度目はなし。私もこれ以上リスクは踏めないしね。大体、いくら整備士を目指してるからって今回のやり方が正しいとは思わないわよ。今回は乗ってあげたけどさ」

 「…」

 荻島は口をつぐむ。その顔は、私の言葉がもっともだと言ってるようにも、二度目のチャンスが完全に消え失せて残念だと言ってるようにも見える。そんな彼に対して、私はこう続けた。

 「でもね、少なくともあなたが整備士になりたいという思い、私たちに対してあなたなりにいろいろと思ってくれてることはちゃんと伝わったわよ。それは立派なものだと思うし、最前線に立つ1人の艦娘としてありがたいとも思ってる。その思いはずっと大事にしておいてほしいかな」

 私の言葉に、荻島がハッとして顔を上げた。

 「だからね…。時間はかかるし大変な試験だろうけど、あと2年したら絶対三曹に上がりなさい。そして、整備士の試験も必ず突破して、国防海軍に欠かせない存在になれるよう頑張って。そしたら…、私が戦闘から中破して帰ってきた時は10分なんて言わず、あなたの気が済むまで何時間でもダメージチェックに付き合ってあげるわよ」

 応援してるからね、と私が差し出した右手を、荻島はしっかりと握り返した。彼が初めてその顔に浮かべた笑みには、これから待ち受けているのであろう困難な道のりも超えて言って見せる、という決意の色が浮かんでいた。横須賀の晴れ渡る空の下、私の心の中には何やら不思議な充実感がずっと残っていたのだった。




作中でみらいも再三触れていますが、この作品はのぞきという行為自体を肯定したり、ましてや推奨する目的のものでは断じてありません。あくまで、「今回のケースではたまたま結果的にうまくいった」というだけです。一応ファンタジーなんでね、創作の中でくらいは夢のある展開になってもいいでしょう。現実ではのぞき、ダメ絶対。まぁそもそもそれを言い始めたら、艦娘や深海棲艦自体がそもそもファンタj(ry

自分の作品のシリーズには挿絵が今のところないため、状況は全て想像で補ってもらうしかないですが、こんなご都合主義な展開が成り立つのもみらいが艦娘として恵まれたプロポーションを持っているから、というのが大きいです。原作でも高雄と比較されるシーンがありますが、艦娘になって以降の姿でも高雄型を比較対象として出してる時点で、どれくらいのレベルかは察していただけるかなと思います。こんな子がDDH(Helicopter Destroyer)名乗ってるの、従来型の駆逐艦娘からしたら理不尽でしかないでしょうね。

短編作品を書いてみたのは今回が初めてですが、また筆が乗ったら改めて書いてみたいと思います。連載しているNeptuneの方もあと2話ほどで完結させる予定なので、早くめどを立てたいですね。それではまたお会いしましょう。
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