鎮守府のイージス外伝集   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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こんにちは、R提督です。前話で登場した荻島薫二等水兵が、その後夢を叶えて整備士になった後の話を思いついたので、描いてみました。

※今回は軍事ものとして、前回よりはミリタリーに関する話が増えていますが、引き続きお色気描写多いです。ご容赦ください。


整備士・荻島薫

 「全艦、艤装解除完了。艦隊収容終わり」

 「了解、ご苦労さん」

 ここは、日本国防海軍横須賀鎮守府内にある出港ゲート。出撃を終えて帰投した私たちの耳に、いつものような軍人たちの手短なやり取りが聞こえてくる。

 「おう、みらい。お前が中破して帰ってくるなんて、珍しいこともあるもんだな」

 この場を仕切っていた尾栗康平少佐が、引き上げようとする私に目をとめて声をかけてきた。この尾栗少佐、かつて私が海上自衛隊護衛艦だった時は、三等海佐の階級で私の航海長を務めていた人物である(厳密には、お互いに違う世界に生きる同一存在の別人同士だけど)。この世界に生きる今はかつてとお互いの立場は違うが、同じ国防海軍の一員同士として仕事を離れればフランクに接する間柄だ。

 まぁ、確かに今の私の姿は、彼からすれば思わず声をかけたくなるのも仕方ないかもしれない。元々夏の間の正装として国防海軍でも使われ、私たちゆきなみ型にとっては戦闘服でもある幹部常装第三種夏服は、今回の出撃で負ったダメージでズタズタに破れてしまっている。戦闘で私が中破まで追い込まれるのもずいぶん久々なので、その意味でもインパクトは小さくはないのだろう。

 「アハハ…、本当はここまでやられるつもりはなかったんですけどね。不覚を取りました」

 苦笑いしながら応じると、尾栗は一度私の全身を一瞥してからこう命じた。

 「まぁ、それだけ元気な返事が返ってくるなら、大したことねぇんだろうけどな。あいにくルールはルールだ、ダメージチェック行ってこい。サボるなよ」

 「はい、了解です」

 私は素直に頷く。が、その時は珍しく彼のある言葉が引っ掛かった。

 「尾栗さん、そういえばいつもダメージチェックに行く艦娘には『ルールはルール』って言ってません?」

 「そりゃまぁ、そういうことも言いたくなんだろ。…、必要な仕事だが、お前らにとっちゃもしかしたら精神的な負担になってるかもしれねぇしな」

 「別に気にしてませんって。…、もしかして『整備課の奴らは役得で羨ましいな』とか思ってたりして」

 ケラケラ笑いながらからかうと、尾栗は思わず顔を赤らめつつ声を荒げた。

 「馬鹿野郎、幹部をそうやってからかうんじゃねぇ!!いいからさっさと行ってこい!!」

 「アッハッハッハ!!はーい、行ってきまーす」

 予想以上に面白い反応に、私はより一層大きな声を上げて笑いながら、ダメージチェックを担当する整備課の検査室が入っている建物へと向かった。立ち去る私の耳に、尾栗の「ったく…」という声が聞こえたが、私は大してそれを気にすることはなかった。

 

 「整備課の奴らは役得」。私が尾栗少佐に対して言ったのは煽りの意味もあるが、実はある一面においては真実でもある。それは、彼らが手掛ける仕事のやり方が理由だ。

 建物の2階にあるロッカーに入ると、中は私以外無人だった。がらんとした空間の一角に、入渠ドックの脱衣所にもあるような大きなバスケットが置いてあるのが目に入る。私はそこで立ち止まると、ズタズタに破れて既に服としての機能を失いかけている三種夏服を脱いで(脱ぐというよりも、身体にかろうじて張り付いている布の塊を剝がしていくと言った方が正確かもしれない)、そのバスケットに服だったものの残骸を収めていった。

 このバスケットで回収された制服はこの後、検査でのダメージチェックを経て入渠という手順を踏むと、風呂から上がったタイミングで奇麗に元通り復活する。服だけでなく、戦闘で壊されてしまった艤装も同じだ。どういうメカニズムでこうした「復元」が行われるのかはいまだに謎で、誰もその原理を解明できた者はいないらしい。やがてその「作業」が完了し、目の前の壁にかかった鏡に一糸纏わぬ姿の私が映った。

 整備課に所属する整備士が手掛けるダメージチェックには、2つの手順がある。目視による身体表面の傷のチェックと、エコーを用いた身体内部の損傷のチェックだ。エコーを使用する際は滑りやすくするために身体にジェルを塗るので、どちらの作業においてもチェックを受ける艦娘には男性整備士の前で全裸になる必要性が生じる。「お前らにとっちゃ精神的負担かも」という尾栗の言葉の出どころは、まさにこの点に対する懸念だ。

 かつては、「流石にこんなやり方をするのは人権侵害の疑いがあるのでは」という議論が海軍内部でも上がったが、あくまでダメコン(ダメージコントロール)については「人の姿をした船」として取り組んでほしい当の艦娘側が、そのような議論には取り合わなかったそうだ。今でもこのやり方には、一部では賛否両論がなくはないが、私も艦娘の一人として特段の不都合があるようには感じていない。

 バスケットの脇には、バスタオルが山のように積まれている。検査室に向かうまでに身体を隠せるようにという配慮で、海軍側がわざわざ予算を割いて用意してくれているものだが、私はその気づかいに感謝しつつも使わないことにした。移動にかかる距離と時間は大した長さではないし、検査室に入ったら男性整備士の前で全裸、終わった後も入渠中にタオルは巻かないのだ。どうせこの後一番異性に凝視される場所で隠すことができないのだから、よしんば移動中にすれ違ったタイミングで見られたところで、大したこととは思えない。そもそも裸を見られること自体、戦闘でよほど大きなストレスに晒される立場の私にとっては、そこまで大きな問題ではないのだ。

 断っておくけれど、私には決して露出の性癖があるわけではないし、なんでもかんでも無防備でいて平気なわけでもない。ただ、日頃から職務として我々の身体を見ている整備課の人間相手なら、見られても大して気にならないという謎の安心感がある。これは私に限らず、他の多くの艦娘たちも多かれ少なかれ似たような感覚らしい。

 ロッカーを出てから、前を特段隠すこともなく3階にある検査室まで一度階段を上る。今回は幸い(?) 誰ともすれ違うことなく、目的地へとたどり着いた。ドアをノックし、「護衛艦みらい、入ります」と告げる。「どうぞ」の声を聞いてから、私は扉を開けた。

 ほの暗い室内には既に、大きなモニターが備わった医療用機械とベッドが鎮座していた。待機状態にあるらしいそのモニターの脇に、1人の若い整備士が立っている。その男の正体に、私はすぐに気が付いた。

 「お疲れ様です、みらいさん」

 「お疲れ様、荻島三曹。まさかあなたが今回私の担当だったとはね」

 今回の整備士は、荻島薫三等兵曹。今から2年前、当時の上等水兵に課せられた罰ゲームの一環で、私の入浴シーンをのぞきに来た、あの二等水兵である。あれから2年、彼は当時の行為を敢えて咎めなかった私との約束通り、三等兵曹への昇任試験と整備士の技能試験を立て続けに突破。自身の念願だった艦娘整備士として、新たなキャリアを歩み始めていた。

 「他の艦娘たちから評判は聞いてるわよ。あなたのアドバイス、いつも的を射ていて凄く的確なんだってね。前線で戦っている自分たちですら気づけないようなことにも気づかせてくれるって、みんな評価してるみたいよ」

 「俺は自分なりに思ったことを、そのまま伝えてるだけですよ。評価してもらえるのは嬉しいし、励みになりますけど」

 荻島は笑った。整備士の仕事の意義は、単に艦娘が負ったダメージを分析することだけではなく、そこから得られた情報をもとに「次の戦闘で同じような負傷をしない」ためのコンサルティングやアドバイスをすることにもある。これは海軍内部でも非常に重要な任務とされており、ダメージチェックでフィードバックされた内容は、いわゆる軍令(作戦時の指揮系統)を司る司令官や戦闘オペレーターにも共有される。直接戦闘には関与しないけれども、その意味で艦娘整備士というのは海軍においては重要なポジションの一つなのだ。

 「まぁ、今までいろいろな艦種の艦娘を担当してきましたけど、正直言うとみらいさんを今回担当できるの、俺としては結構楽しみなんですよ。こんな言い方すると、中破を期待してるようでなんだか不謹慎かもしれないですけど」

 「あら、ありがとう。そうなの?」

 「まぁ、俺にとっては初めてのイージス艦娘なんで。帝国海軍出身の艦とは設計思想も違うし、必ずしも今までの常識が全て通じるわけじゃないのは、ちょっと怖さもありますけどね。そこが楽しみでもあります」

 荻島はそう言うと、そこで一瞬私の身体の方に目をやってからちょっと気恥ずかしそうに「それに…、みらいさんの裸を拝めるのは『2年ぶり』ですし」と呟いた。二等水兵だった時と変わらないそのどこか初々しい言動に、思わず私の口から笑みがこぼれた。

 「アハハハ、まぁね。もう『あれ』から2年だもんねぇ。正直あなた、あれからよく頑張ったと思うわよ。結局あれ以来一度も『再犯』せずに、ちゃんとこうして夢を叶えたわけだから。あの時秘密にしておいてよかったわ」

 「あんまり大声では言わないでくださいよ、俺にとっては一応黒歴史なんですから…」

 「別にいいじゃない、そういう意味でも『楽しみ』にしてもらえてるのは、私としては嬉しいのよ?」

 苦い顔をする荻島。そんな彼に対して、私は一転して真面目な表情で告げた。

 「今回の戦闘ではね、本当は私としては中破するほどのダメージを食らうつもりじゃなかったの。にもかかわらず、私の予想を裏切る形でここまで追い込まれた。だから、私としてはちゃんと掘り下げてその原因と、今後の傾向と対策をしっかり知りたいの。この検査は、私にとってはすごく重要なものになると思ってる」

 私の言葉に、荻島も表情を引き締めた。

 「荻島三曹。あなたがあの時の約束を忘れずにここまで来たように、私もあの時の約束を忘れてはいないわ。時間に糸目はつけなくていいから、あなたの気が済むまで調べてほしい。よろしくね」

 

 室内の照明が明るくなり、さっそく目視による身体表面の傷のチェックが始まった。起立の状態で立たされた私の首から下を、荻島が真剣な表情を浮かべながら調べ始める。

 (しかしまぁ、覚悟はしてたけど本当にめちゃくちゃ一生懸命凝視してくるわね)

 私は内心呟いた。本人の顔が完全に仕事モードなのであれだが、間違いなく2年前に入渠をのぞかれた時よりも、私の肢体への視線は強烈に感じられる。「デリカシー?何それ美味しいの?」状態だ。もっとも、それが不快なわけでは別にない。その熱視線が、業務への集中力からくるものなら仕事熱心で結構なことだし、私の女としての魅力が原因ならそれもまたむしろ喜ぶべきことだ。

 思えば艦艇の姿だった頃から、兵装や艦体のフォルムがかっこいいという評価は当時の海自ファンからいただいていたし、艦娘に転生して以降も三種夏服姿がかっこいいと褒めてもらえることがあり、それはそれで嬉しいことではある。ただ、経緯はどうあれせっかく人間の女性の姿に生まれ変われたのなら、そういう部分に一切頼らない素の姿の部分でも魅力的と、私は言われたい。それは、艤装や制服のかっこよさを褒めてもらえるのと同じか、それ以上に嬉しいことだ。

 だから人によってもちろん考え方は様々あるだろうけど、私はこういうシチュエーションでは気を使って目を逸らされるより、素直に食いついてきてくれる方が嬉しい。しかも、どうせならできるだけ一生懸命見ていてくれる方がいい。自分が幸運にも、女性としての魅力あふれる姿に生まれることができたという事実を、再確認させてもらえるから。

 決して露出の趣味はないと言ったけれども、私はそういう相手が望むなら、時間が許す限り喜んで「鑑賞会」の延長に付き合ってあげるだろう。これだけ熱心に見ていてくれるのであれば、さっさと切り上げる方がもったいなくすらある。ここではそれは目的ではなく手段だけれども、少なくとも合法的にそれをやれる空間なのだ。

 と、そんなことを考えていた時に急に荻島が顔を上げた。何事か、という考えが頭に浮かぶまもなく、彼の視線と私の目が合う。

 「あの、みらいさん」

 「どうしたの?」

 私が聞き返したのに対して、荻島は何やら言いにくそうに口を開いた。

 「めちゃくちゃ変なこと聞くようであれなんですけど…、みらいさん、今日って本当に中破して帰ってきてます?」

 「へっ?」

 予想もしなかった問いかけに、思わず目を丸くする。

 「いや、当たり前でしょ。そうじゃなきゃ、わざわざダメージチェックなんて受けに来ないわよ。流石の私でも、いくらあなた相手だからってチェックにかこつけて露出プレイなんかやりに来る趣味はないもの」

 私の言葉に、荻島は「別にそこまでは言ってませんけど…」と頭をかいた。

 「いや、不思議だなと思って。っていうのが、見た感じ表面の傷がまるで見当たらないんですよ。他の艦娘の皆さんは、多かれ少なかれ中破でも痣とか焦げた跡とか作って帰ってくるものですけど」

 あー、なるほどね。そういうことか。まぁ、そういう疑問であれば実はちゃんと理由があるのだ。

 「今回は、中破したとはいっても直撃弾を食らったわけじゃないからね」

 「…、至近弾?」

 「そう、至近弾」

 私は頷いた。今回、いつも通り艦隊防空のため出撃した私の三種夏服をズタズタに切り裂いたのは、敵の戦艦ル級から飛んできて間近で炸裂した至近弾だった。帝国海軍出身の他の艦娘とは違い、設計思想の関係上装甲には重きを置かない私は、敵の射程外からのアウトレンジ攻撃を主体とする。今回も、決して自分は敵から被弾しないはずの距離をとって迎撃に当たっていたはずなのだけど、一瞬のスキを突かれて夾叉されたのだ。曲がりなりにも戦艦の砲撃、直撃していたらひとたまりもなかっただろう。

 「それで中破まで行っちゃったんですか…。話に聞いちゃあいましたけど、流石に装甲薄すぎません?話聞いてるだけで不安になってくるんですけど」

 「装甲を固めたところで、私の場合機動力が落ちるだけだし、そもそもレーダーだって守れないんだから意味ないもの。それに装甲が薄くとも、私の海自仕込みのダメコンは優秀よ?実際、中破してもそこまで攻撃力が落ちることはないしね」

 私の言葉に、荻島は「マジで今までの経験、全く参考にならねぇな」と頭を抱えた。今まで彼が担当してきたのであろう他の艦娘たちも、私が扱うオートメラーラ54口径127㎜単装速射砲をはじめとする、現代兵装へと装備を換装する「現代化改修」を受けているので、装備体系そのものは私と彼女たちでそう変わることはない。ただ、乗っかる装備が変わっても基本的な艦としての設計は別物なので、こういう時には差が顕著に表れるのだろう。

 「実艦と艦娘では違いもあるとはいえ、そういう意味じゃよく帝国海軍出身の人たちに混じれますよね。同じタイプシップの、ゆきなみ型の皆さん同士で固まるならわかりますけど」

 「それが任務だからね、仕方ないわよ。それに、出身が違うとは言っても秋月ちゃんなんかはむしろ合わせやすい部類だし」

 私たちゆきなみ型が着任する以前から、横須賀の艦隊防空の仕事を担っていた秋月型駆逐艦1番艦「秋月」は、火力よりも圧倒的な対空・対潜性能を押し出した戦闘スタイルが、私たちのようなイージス艦と相通じるところがある。今はシースパローやアスロックといったミサイルの類も操り、性能だけ見ればまさに「艦娘に転生した護衛艦あきづき」といった感じだ。この艦隊では彼女の方が先輩なのに、いつも礼儀正しく接してくれて私のことも慕ってくれる、真面目で素直で底抜けにいい子なとても可愛い女の子である。

 「でも、中破する予定じゃなかったのにこうなったっていうのは気になりますね」

 ふと、荻島が真面目な表情で呟いた。

 「自分が装甲薄いの分かってるなら、もちろん敵艦隊からは距離をとって戦ってたわけですよね?」

 「もちろん、それが私のスタイルだから。目視距離では危なっかしくて戦えないし。事前にもらってたデータでは、敵の射程外から攻撃していたはずなのよ」

 「なのに夾叉された?」

 「えぇ」

 私は頷いた。その反応に、荻島の表情がよりシリアスになる。

 「だとしたら、思ったより深刻な事態の可能性がありますね。敵の武装に関するこちらのデータが、役に立ってないということだから」

 「敵の主砲が改良されて、こちらの予想よりも射程が伸びてる可能性がある、と?」

 「もちろんそれもそうですし、こちらのデータにない新兵器の可能性もあります。目視距離で戦ってなかったんなら、みらいさんも相手の装備そのものは視認してないわけでしょ」

 新兵器か。確かに、もしそうだとすれば尋常ならざる事態だ。

 「一度、こちらの手元にあるデータを更新するための、威力偵察の実施が必要かもしれませんね。そこも含めて、後で梅津少将に具申します」

 「そうね、私もそうすべきだと思う。それで、私は次回以降どうすべき?」

 私の問いかけに、荻島はしばし頭をひねった。

 「正直、今の段階では具体的に何かというのは難しいですけど…」

 いや、これだけガン見しといて何もなしは私も困るわよ。仕事の一環でやむを得ないのは分かっているし、裸をガン見されること自体に文句は言わないけれど、とはいえ世の中はギブアンドテイクだ。何かしらの見返りというか、成果は欲しいのだけど。

 「一つ今の段階で指摘するとしたら…、みらいさん、敵艦隊からはどんな感じで位置取りしてましたか?どれくらい距離をとってたか、とか」

 「うーん、敵の射程範囲と範囲外の境界線あたりの、ギリギリ外側くらいだったかな。ミサイルを誘導しないといけないから、あまり離れすぎることもできないし、味方艦隊全体のバランスを考えるとね」

 「なるほど」

 荻島はしばし考えこんだ後、「そしたら、次の戦闘では今回よりもさらに20m後方に下がりましょう」と告げた。

 「20mで足りる?」

 「もちろん、今後の威力偵察の結果次第ではさらに距離を加える必要がありますけど…。今回の位置で夾叉されたなら、それより20m後方ならまず当たらないはずです。それに、20m程度ならミサイルの射程を考えると、微々たる変化ですから」

 まぁ、確かに射程500㎞のトマホークはもちろん、ハープーンですら140㎞先まで飛ばせる代物だしね。20mなんてミサイルからしたらあっという間の距離で、誤差みたいなものだ。射程ぎりぎりで燃料が尽きさえしなければ、の話だけど。

 「もちろん、みらいさんだけが下がると艦隊の陣形に影響が出てしまうので、他の皆さんも含めて今までよりも下がり目の位置取りをすべきでしょうね。現代化改修を経ているとはいっても、今までの癖で皆さん全体的に相手に接近しすぎるところがあるようなので。せっかく今は長射程で攻撃できる能力があるわけだから、それを生かさない手はないと思いますよ」

 荻島はそう話を結んだ。

 

 「みらいさん。艦娘のお1人として、率直なご意見を聞きたいんですけど」

 身体表面の傷のチェックが終わり、フェーズはエコーを使用しての内部の損傷状況のチェックに移行した。うつ伏せでベッドに寝ている私の背中に潤滑剤のジェルが塗られ、その上からエコーマシンを荻島がモニターを見ながら滑らせていく。ジェルはひんやりとして、しかもその上を走る機械は非常にくすぐったい。

 「ん?どうしたの?」

 寝そべったまま、顔だけを彼の方に向ける。

 「ぶっちゃけ、俺らの仕事についてどう思ってます?」

 「別に特段偏見とかはないわよ。艦隊運用を考えるうえでも、大事な仕事でしょ」

 お世辞を言ったつもりはない。あくまでも本心を言っただけだ。実際、こうして検査を受けてみて改めて感じるが、艦娘整備士というのはとんでもなく高度なことをやっている。当人たちはもちろん、実際に戦場に赴くことはない。目の前にいる艦娘が負っている怪我の状況と彼女たちの証言、その2種類の情報だけを頼りに頭の中で大まかに戦況を再現し、それを踏まえて次の戦闘に向けての傾向と対策を伝えなければならないのだ。しかも、実際に出撃した艦娘たちが納得できる程度には正確な水準で。特別技能職の1つとして指定されているのも、もっともだと感じる。しかし。

 「やっぱり、周りからはいろいろと言われることもあるんだ?」

 「えぇ、まぁ」

 荻島は頷いた。

 「もちろん、賛否両論のある役回りなのは知ってましたし、整備士を目指すと決めた頃から覚悟はしてました。ただ、うちの鎮守府にいる女性軍人はなにも艦娘の皆さんだけじゃないんで…。自分たちが真面目に仕事をすればするほど、周りから心無いことを言われる機会も増えるんですよね」

 「そりゃ、ある程度誤解を受けるのは仕方ないんじゃない?仕事のやり方を考えたらさ」

 彼の深刻そうな言葉にも、私はあっけらかんと笑った。荻島が「えっ」という表情で私の方を見る。

 「だって考えてもみなさいよ。横須賀鎮守府に限らない話だけど、そもそも艦娘なんて美人か美少女しかいないのよ。そんな可愛い女の子たちを検査の名目で拘束して、着てるもの全部脱がして素っ裸にして、長時間身体を隅々まで観察するんだから。はたからその様子を見ていたら、その目的や意図を誤解する人が出ても、全く不思議じゃないと思わない?」

 「それは確かに、そう言われてしまうと反論できないですけど…」

 そう答えつつも、流石にショックな様子でがっくりとうなだれる荻島。今まさに自分がチェックを担当している艦娘にそれを言われてしまっては、その反応も当然かもしれない。そんな彼に向かって、私は彼が思いもよらなかったであろう言葉をかけた。

 「でも、当事者の1人として言わせてもらうけど、それの何が悪いわけ?」

 「…、へっ!?」

 予想の斜め上から飛んできた私のカウンターに、荻島が目を丸くする。キツネにつままれた表情の彼に対して、私は思いのたけを畳みかけた。ここからは、私もシリアスモードだ。

 「だってそもそも、あなたたちは私たちにセクハラがしたくてそういうやり方をしてるの?違うわよね?これが『人の姿をとる船』である私たち艦娘の損傷状態を知るうえで、一番合理的なやり方だからでしょ?私たちはそれを分かってるからこそ、こうして一言も文句を言わずにこのやり方に付き合ってあげてるし、それどころか他ならぬ国防海軍が他のやり方を検討しようと声を上げた時に『変えなくていい』と先輩たちがわざわざそれを断ったんじゃない」

 荻島は、あっけにとられた表情で私の言葉を聞いていた。なおも私からの「反撃」は続く。

 「日本国防軍は、軍隊であると同時に役所よ。ここが国の機関である以上、そこで行われることは例外なく全て日本国の意思として起きること。つまり、今の国防海軍であなたたちのやり方が認められているということは、日本国そのものがこのやり方を追認してるってことなのよ。経緯はどうあれね」

 「国が…、認めてる…!?」

 「そうよ。当事者である私たちがこのやり方に合意していて、海軍や国も認めている。だったら、周りが何を言おうと正当性があるのはあなたたちでしょう。外野の雑音なんて気にする必要ないわよ」

 いきなり日本国がどうのという規模が大きな話に発展してしまい、荻島は分かったような分からないような顔で目をぱちくりさせていた。そんな彼の前で大風呂敷を広げてしまったのをいったん落ち着かせようと、私は一度大きく深呼吸をした。

 「まぁでもね、特に人間の女性軍人の皆さんがこのダメージチェックのことで、私たちのことを気にかけて心配してくれてるのも、それはそれでありがたいことなのよ」

 「そうなんですか?」

 「えぇ。人間のようで人間でない私たち艦娘という種族を、単なる人の形をした兵器としてじゃなく、自分たちと同じ心を持った尊厳のある存在として扱ってくれているということだから」

 私たち艦娘は、姿かたちこそ一見人間と全く同じだが、人間には持ちえない力も少なからず持っている。人体には有害なボーキサイトを食べても平気だし(私は好んで食べるわけではないけれど)、耳元で自分の主砲をぶっ放しても鼓膜が破れることはない。艤装をつければ水の上に浮き、戦闘艦としての任務達成の障害となる食欲や排せつといったあらゆる生理現象を、自分の意思で抑制できる力さえ持っている。そもそも生まれるのだって母港の建造ドックにおいてであって、母親のお腹から出てくるわけではないのだ。

 そんな私たちに、人間社会は海軍(必ずしも海軍だけでなく、海兵隊や沿岸警備隊所属である場合もあると聞くけれど)という居場所を与え、特殊戦闘員という肩書を与え、国民としての名前や法的地位、軍の一員として国防任務にあたることを条件とした免税特権さえ与えてくれた。同じ海軍の軍人たちはもちろん、外の世界の人たちだって艦娘だと名乗っても私たちを差別なんかしないし、それどころか「お疲れ様」「いつもありがとう」という言葉さえかけてくれる。それがどれだけ私たちにとって嬉しいことか。

 もちろんそれは、私たちが日々深海棲艦の脅威からその命を守っていることを、彼らが知っているためかもしれない。それとも、私たちがかつて違う姿でこの国の守護神として君臨していたためだろうか。でも理由はどうあれ、この世界に生きる人々が私たちを自らとは違う存在と知りながら、同じように受け入れてくれているのは私たちにとって喜ぶべきことだ。女性軍人の皆さんたちが心配してくれているのだって、きっと「人間の女の子ならこんな事させられない」という純粋な思いからだろう。

 そんな気遣いには心から感謝したうえで、改めて言いたい。「私たちは大丈夫です」と。もし本当に今のやり方に不都合があるなら、彼女たちに心配をかけるまでもなく私たちの方からやめてもらっているはずだ。現状としてそうはなっていないこと、それこそが私たちの出している答えなのである。

 「あなたたちの仕事は、日本国防海軍にとっては必要なものだと思う。実際、今日ここでだって威力偵察の実施とデータ更新の必要性に気が付かせてくれたのは、他ならぬあなたなんだから。他の職種と同じように、これからも私たちが戦い続ける限り、あなたたち艦娘整備士の役割はなくならないわ。だから、あなたは自信をもって胸を張るべきよ」

 私の言葉に、荻島はエコーの機械を握りしめたまま「ありがとうございます」と声を震わせた。その短い言葉には、心からの感謝の念が詰まっていた。自分の仕事をパートナーから肯定され、認められること。それほど、彼にとって意味のあることはないのだろう。私はそんな彼の姿を、笑みを浮かべて頷きながらベッドから見つめていたのだった。

 

 「あの、みらいさん。すみません」

 結局エコー検査でも特段の損傷が確認できず、2つ目のチェックを終えようとしていた時にふと、荻島が私に呼びかけた。

 「どうしたの?」

 「えっと、本当に可能ならでいいんですけど、もうしばらく付き合ってもらえませんか」

 「あれ、まだ何か検査項目残ってたっけ?」

 私が目を丸くしながら聞き返すと、荻島は何やら決まりが悪そうに「いや、検査自体は終わってるんですけど…」と途端に小さな声で呟く。その消え入りそうな声に、反射的に耳を傾けた。

 「そ、その…、せっかくその姿でいてくれてるのに今帰られちゃうの、個人的にめちゃくちゃもったいないんで…」

 どうやら、この手の欲望に素直すぎる発言は私の笑いのツボにクリーンヒットするらしい。今回も当然そうなった。しばしの間、素っ裸のままでその場で笑い転げる私の姿を、荻島がどのような目で見ていたかは分からない。やがて、深呼吸しつつやっとの思いで平静を取り戻すと、私はまだ息が荒いままで彼をからかった。

 「なーんだ、やっぱりあなたもそういう目で私のこと見てたんじゃない、スケベ♪」

 「ウッ」

 軽いノリの言葉もモロにグサッとハートに刺さった様子の荻島を見ながら、私は一転してやれやれといった様子の苦笑いを浮かべてみせた。せっかくいい話で終われそうだったのに、こんな酷いオチが付くなんて。やはりこの世は一筋縄ではいかないのか。

 「まぁ、あなたの気が済むまでやってくれと言ったのは私だしね。それに、あれだけ一生懸命見てくれるって思ったら、こっちもさっさと帰っちゃうの忍びないのよね」

 あくまでもダメージチェックのための手段とはいえ、艦娘の裸を誰にも邪魔されず合法的に堂々と拝めるのは、彼ら整備士の特権のようなものだ。せっかくのその権利を使わないと男としてもったいない対象だと思ってもらえるのは、私としては悪い気はしない。こういう時にそういう目ですら見てもらえない方が、私にとっては悔しいことだから。ここも、人間と艦娘での感覚の違いかもしれないが。思わぬ一言に、荻島が目を丸くした。

 「しょうがない、入渠ドックに空きが出るまでは付き合ってあげるわよ。どうせ私も待ってる間することないし。その代わり、ちゃんと仕事してるふりくらいはしなさいよね」

 というわけでごめんなさい尾栗少佐、彼にはもう少し美味しい思いさせてあげようと思います。2年前、彼の最初で最後ののぞきに付き合ってあげた時、彼が私の身体を見ていた時間は10分ほどだった。今回は既に1時間、あの時と比べて6倍も長い時間が経過している。ここから課業終了まではまだ2時間くらいだ。さて、いつまで続くかな。




この2つの短編、どちらもある意味同じようなシチュエーションのお話になってしまいました。いわゆるCMNFってやつですね。敢えてここではどういう意味かは触れないので、ご存じない方はご自身で調べてみてください。

演出の都合上、前回と今回はみらいにガッツリ脱いでもらいましたが、本来は艦娘は脱がすより勇敢に戦わせる方が好きです(とか言いつつ、本編でも2回くらいヌードシーンありますけど)。実際に艦これをプレーされてる提督の皆さんも、同じ感覚の方が多いとは思いますが。まだ細部が固まってませんが、一般人を観覧でいれた状況での戦闘展示をやる話のアイデアなんかも実はあったりするので、いずれ細部が固まったら書いてみたいですね。それではまたお会いしましょう。
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