鎮守府のイージス外伝集   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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皆様お久しぶりです。久しぶりに外伝に載せたいと思える話を思いついたので、投稿したいと思います。今回は秋月が主人公です。

※本編(無印)で言うと、「第六章:パラダイムシフト(中編その2)」で描かれる現代化改修プロジェクトで、秋月が改修を受けてから演習に臨むまでの間くらいのタイミングのお話になります。
※過去2話とは違い、第三者視点で描いています。

※みらいも出てきますが、今回は脱ぎません。
 繰り返します。みらいは脱ぎません(大事なことなので2回言いました)。


秋月とみらい

 早朝。総員起こしのラッパが鳴り響いてから間もない鎮守府の一角で、朝の海辺の寒さにも負けず人を待つ一人の少女の姿があった。そのいでたちは白と濃い灰色を基調とした、セーラー服姿。見た目から推察される年齢は、大体中学生くらいだろうか(もっとも実際のところ、彼女のような存在に対してこのような推測は、あまり意味を持たないのだが)。まだ時間帯的にも周りに人は少なく、その姿は傍目には色合いに反してやけに目立つ。

 やがて少女の目に、「お目当て」の人物の姿が映った。岸壁の向こう側から歩いてきたその2人が、少女に気づいて向こうから手を振ってくる。間違いなく、少女が出会うのを待っていた2人組だ。それぞれ、和のテイストを醸し出す白い巫女服と、少女自身も身に着けることのあるこれまた白い海軍制服がトレードマークの、彼女にとっての憧れの存在でもある綺麗なお姉さんたち。

 「Hey, アッキー! Good morning!」

 「おはよう、今日もお互い朝早いわね」

 巫女服のお姉さんが、人懐っこい満面の笑みを浮かべながらブンブンと手を振り、連れ立っている海軍服姿の女性もフレンドリーな笑みを浮かべて語りかけてくる。その、事前にある程度は予期していた通りの反応にどこか安堵しながら、アッキーと呼ばれたその少女、秋月型防空駆逐艦1番艦「秋月」はこれまたいつも通り、恭しく頭を下げるのだった。

 「おはようございます。金剛さん、みらいさん」

 

 3人が所属する、ここ日本国防海軍横須賀鎮守府。みらいをはじめとする、ゆきなみ型3姉妹と秋月が顔を初めて合わせたのは、3人の着任セレモニー直前に行われた顔合わせにおいてだ。この鎮守府における最古参である、金剛型戦艦1番艦「金剛」に引き連れられて自室にやってきた、見慣れない艦娘3人組への第一印象は、「大人っぽくて綺麗な人たちだなぁ」というものだった。

 彼女たちが名乗った、「ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦」という聞きなれない艦種名や艦級名には、正直言ってその時はあまりピンとは来なかった。だが、彼女たちが自分と同じく艦隊防空を得意とする船であること、そしてこの3人が身にまとう、それまでに自分が出会った艦娘たちとはどこか違った空気感だけは、強く印象に残ったのは事実だ。

 そんな3姉妹への見方がガラリと変わったのは、舞鶴で彼女たちが初めて戦闘演習を実施した時の映像を、他の艦娘たちと一緒に見せられた時のこと。

 正直に言えば、彼女たちの演習相手が川内型軽巡洋艦3姉妹と一航戦コンビに決まったと知らされた時、「やけに最初からハードルを上げるな」と秋月は内心感じたものだった。川内型も一航戦も、いずれも横須賀鎮守府では主戦力として確固たる地位を築く猛者揃い。本来なら、まだ実戦に出てすらいない新人にあてがうような陣容ではない。特に一航戦コンビの実力は、防空駆逐艦である秋月にとっては身に染みたものでもあった。

 元々備えていた天才的な対空戦闘能力と、着任してからずっと続けてきたたゆまぬ練度向上の努力(秋月の魅力は、いついかなる時でも向上しようとし続けることができる、その真面目さにある)の甲斐あって、秋月は着任以来ずっとバディを組んできた高雄型重巡洋艦3番艦「摩耶」ともども、たいていの空母相手なら最早相手にならないほどの、圧倒的な実力をやがて手にするようになった。川内型3姉妹がそれぞれ率いる水雷戦隊において、「殴り込み部隊」の旗艦としての地位を確立しているのと同じように、摩耶と秋月もまた対空戦においては右に出る者がいないと言われるほどの存在に、いつしかなっていたのだ。

 その2人を以てしても、いまだ芳しい成績を残すには至らない数少ない空母こそ、一航戦こと第一航空戦隊を構成する「赤城」と「加賀」の両名なのである。かつて、艦艇の姿だった頃から大日本帝国海軍においては看板戦力の一角であったこの2人だが、その後身にあたるここ日本国防海軍でもやはり金剛に匹敵する古参で、「人外」とさえ恐れられる練度を演習でも実戦でもいかんなく発揮してきた。

 秋月たちの実力が伸びた今でこそ、一航戦相手でもある程度互角と呼べるレベルには近づきつつあるが、着任当初は何度挑んでもまるで歯が立たず、どれだけ涙をのんだかしれない。まさに摩耶と秋月のコンビにとって、一航戦は乗り越えるべき高い壁であったわけだ。

 そんな彼女たちをいきなり演習相手にあてがわれたわけだから、いくら「大丈夫」が口癖なポジティブ思考の秋月と言えど、先行きに一抹の不安を感じたのは当然のことだろう。もちろん同時に、この見慣れぬ艤装を背負う新しい艦娘がどのような戦闘を見せるのかにも、興味がわいていたのは事実だ。そんな、相反する2つの感情の間で揺れ動きながら見届けた彼女たちの戦いぶりは…。

 

 衝撃だった。もはや、目の前で何が起きているのかすら理解できないレベルの。

 

 経験豊富な川内型3姉妹の砲撃を、全て余裕の笑みさえ浮かべながら躱しきる圧倒的な機動力。たった一門しかない主砲から放たれる、1発につき1機の航空機を叩き落せるほど正確で、連射能力も尋常ではない砲撃。背中に背負ったコンテナが放つ、空中を素早く飛翔し敵機に襲い掛かる白い魔弾や、パラシュートと一緒に空中を舞う空飛ぶ魚雷。どれもこれも、それまで秋月が見たことも聞いたこともない、想像すらつかないような代物だったのだ。これは本当に自分と同じ艦娘が戦っているのか、とさえ疑ったほどだ。

 とりわけ、一航戦コンビが登場した後半戦での戦いは、同じ防空艦である秋月にとっては衝撃そのものだった。艦隊の主戦力としての地位を確固たるものにした今でさえ、演習でほぼ互角には戦えても自分たちでさえ圧倒することなどできない怪物・一航戦コンビを、まだ実戦に出てすらいない新人がそれも初見で一方的に押し込んでいるのだ。あまりの衝撃に、現地で見学していた友人たちは眼前の光景を理解できずに失神しかけたらしい。おそらく、秋月も現地で目撃していたなら同じことになっていただろう。

 だがやがて、秋月がその戦闘を見る目は驚嘆から彼女たちへの羨望へと変わっていった。そのきっかけは、ギャラリー誰もが絶句するようなあり得ない戦いぶりを繰り広げる当事者たちが、涼しい顔で戦い続けていることに気が付いたことだ。第三者の目から見れば常識外れでも、戦っている彼女たちからすればごく自然なものであるらしかった。

 もちろん艦娘としての戦闘経験やそれによって得られる練度で言えば、いずれも百戦錬磨の川内型や一航戦の方が、当時のゆきなみ型よりも圧倒的に上のはずだ。だがこの演習を見る限り、この全く新しい艦娘3姉妹は練度という次元で戦ってなどいなかった。そもそも、積んでいる基礎的なスペックが我々とは完全に別の次元なのだ。それも、あの一航戦でさえも歯牙にかけないレベルで。

 そんな思考を正確に言語化できていたかはともかく、秋月はゆきなみ型3姉妹の鮮やかな戦いぶりに、いつしか感動を覚えるようになった。凄い、こんな戦いができる艦娘がまさか実在するなんて。この人たちのことをもっと知りたい。そして、この人たちのように自分も強くなりたい。

 舞鶴での演習後、幸運にもこの3姉妹と満州への船団護衛任務で一緒になった際、そんな純粋な思いを秋月は彼女たちに素直にぶつけた。そして、3姉妹から返って来た反応はいたって好意的なものだった。優れた戦闘能力の持ち主である彼女たちは、1人の女性としても素晴らしい人格の持ち主でもあったのだ。

 中でも、特に秋月に優しくしてくれたのが末っ子のみらいだ。演習では特に川内型に対して挑発的な姿も見せていた彼女だが、話してみると正体は明るく気さくでフレンドリー。同じ場を共有できることからくる興奮のせいか、時折拙くなる自分の話にもにこやかかつ真摯に耳を傾けてくれる、とても優しいお姉さんだった(あれは演習で勝つための戦略上やむを得ずやったことで、素の姿はこっちなのよ、と本人は苦笑いしていたが)。

 艦娘としての鮮やかすぎるほどの戦闘能力と、女性としての魅力を兼ね備えるみらいと話し込むうち、秋月が(本来第1艦隊では自分の方が先輩であるにもかかわらず)同じ防空艦としていつしか彼女を慕うようになるのは、自然な帰結だったかもしれない。

 

 「お2人とも、普段からよく一緒にいらっしゃいますよね」

 一緒に連れ立って歩きながら、秋月がみらいに話しかける。この日みらいと金剛は、鎮守府内を一周する恒例の早朝ウォーキングの真っ最中だった。みらいたちの着任前、金剛がたまたまみらいに声をかけて2人で始めたものだ。歩くコースや時間は大体いつも一定なので、普段の傾向を知っていれば捕まえるのはそれなりに容易いものではある。今日は、秋月もそれに飛び入りで参加した形になっている。

 「そうねぇ、金剛は横須賀鎮守府で初めてできた友達だし、ずっと色々とよくしてもらってるからね。確かに一緒にいる機会多いかも」

 「えへへ、仲良しさんだヨー♪」

 みらいの言葉に呼応して、足を止めた金剛が満面の笑みを浮かべながら彼女に抱き着く。その姿は、まるで飼い主に無邪気にじゃれつく大型犬か何かのようだ。2人とも鎮守府でも屈指の美形なので、一緒にいるとその様子はやたら絵になる。

 抱き着かれたみらいの方も、「うわっ、びっくりした」と口では言いながらも、特にそれを嫌がる素振りなどは見せない。日頃から「同じ鎮守府で生きる者はみんな友達」と言ってはばからず、他人と仲良くなることにかけては誰が相手でも天才的な才能を発揮する金剛だが、この護衛艦ともうわべだけではなく、本当に仲が良いのだろう。

 「それにしても秋月ちゃん、ずっとあそこに立ってて寒くなかった?私たちのこと、わざわざ待っててくれてたんでしょ?」

 「はい、大丈夫です。お2人とも大体あれくらいの時間に来られるかな、という目星はついていたので」

 みらいの問いかけに秋月が答える。

 「まさかあそこで秋月ちゃんが待ってるとは思わなかったけどねぇ。元々あなたはこっちから誘ったわけじゃなかったし。もちろん、飛び入り参加は大歓迎だけどね」

 「私は、アッキーなら何となくこういうことやりそうな感じすると思ってたヨ。アッキーもみらいのこと大好きだもんネー」

 みらいから腕を振りほどいた金剛が、ニコニコしながら今度は秋月をからかう。それに呼応するように、みらいも相好を崩した。

 「あら、そうなの?嬉しいこと言ってくれるじゃない♪」

 「えっ!?あ、えーと、その…」

 突然の予想もしないブッコみに慌てたのと、事実をいきなり指摘されて面食らったのとで、とたんに秋月は赤面しつつしどろもどろになる。

 「き、嫌いというわけではもちろんま、全くないんですけど…」

 「ないんですけど?」

 お姉さん2人が、ちょっぴりいたずらっぽい笑みを浮かべながらわざとらしく首を傾げる。その反応に、早朝からますます秋月の顔が赤くなった。

 「ご、ご本人の前でそういうことをあけすけに言われるのは、は、恥ずかしいです…」

 そのピュアさ全開の返答に、金剛とみらいは思わず「可愛い…」と揃って呟いた。この純粋で嘘がつけず、人を疑うことも知らない性格故に、秋月は時折こうしてからかわれつつも鎮守府の誰からも愛されている。真面目で素直で礼儀正しく、健気で何事にも一生懸命な頑張り屋とくれば、とりわけ金剛やみらいのような面倒見の良いお姉さんからすると、可愛がらずにはいられなくなるタイプなのだろう。

 「もう、アッキーは本当素直で可愛いネー♪」

 金剛が満面の笑みを浮かべながら、秋月の頭をわしゃわしゃと撫でる。「第六十一駆逐隊」の文字が入った額のペンネントが、その弾みでズレそうになった。

 「あうう、あんまりからかわないでくださいよぉ…」

 頭を撫でられるのは嫌がらないながらも、真っ赤になりながら俯く秋月。素直な性格の持ち主と知っているとはいえ、想定していたよりもガチな反応を返すその姿に、みらいは思わず苦笑いを浮かべた。

 「ごめんね、からかったりして。いきなり私の前でそんなこと言われたら気まずいわよね」

 秋月が黙ったまま一度頷く。

 「でも、そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫よ。どんな理由であれ好きって言ってもらえるのは、私は嬉しいから。ありがとうね」

 「私からもごめんネ」

 「は、はい…。ありがとうございます」

 2人からの謝罪を受け入れ、こちらも素直に頭を下げる秋月。そんな彼女に、みらいはふと話題を変えるように問いかけた。

 「ところで、何でわざわざあんなところで私たちを待ってたの?もしかして、何か私たちにもっと大事な話とかあったんじゃない?」

 「へ?あぁ、えぇと、はい」

 唐突な話題転換に少々戸惑いながらも、秋月は姿勢を正してみらいの顔を見据えた。その表情が、一転していつもの真面目なものに変わる。

 「実は、同じ防空艦としてみらいさんに是非、教えていただきたいことがありまして」

 「教えてほしいこと?」

 「はい。戦闘時の武器選択と目標の脅威度判定について、イージス艦であるゆきなみ型の皆さんがどのようにやられているのかを、お聞きしたいんです。私も、現代化改修でミサイルを運用できるようになったので、少しでも知恵を取り入れたくて」

 その言葉に、みらいは興味深そうに「ほう」という表情を浮かべた。ちょうどこの頃、横須賀鎮守府では旧来の艦娘たちに現代兵装を搭載する、「現代化改修プロジェクト」が進んでいた。秋月自身も、みらいと同様にシースパローやアスロックといった各種ミサイルを積み、性能的には「艦娘の姿になった護衛艦あきづき」と呼んでも差し支えないスペックを手にしたばかりだった。

 それにしても流石、仕事への真面目さがトレードマークの艦娘だ。これまた思っていたより「ガチ」な質問である。

 「うーん、そうねぇ…」

 しばし思案する彼女の顔を、秋月は内心ワクワクしながらも黙ってじっと見つめる。金剛もお互いの様子に興味津々だ。やがて、みらいは何かを決心したように一人頷くと、秋月に視線を向けた。

 「うん、いいわよ。私の説明で、正直どこまで参考になるかは分からないけど」

 「本当ですか!?」

 「もちろん。私も、仲間の相談には基本的に乗ってあげたいもの。でも、正直言って立ち話でするような話題でもないのよねぇ」

 みらいは思案顔でそこまで言うと、笑みを浮かべながらこう続けた。

 「というわけで、これが終わったら一緒に朝ご飯行きましょ。秋月ちゃんも今日は確か非番よね?」

 

 24時間365日、国防の最前線で稼働し続けることが求められる日本国防海軍では、戦闘員たる艦娘も後方支援を担当する人間の軍人も、部隊の別を問わず出勤すべき日がカレンダー通りではないシフト勤務が通例である。ちなみに他軍種では、独自の艦隊を運用する海兵隊も、この点については全く同じ。陸軍と空軍は自衛隊と同様に月~金の勤務で、上官に許可された者のみが週末に営外に出られる、というシステムを採っている。

 この日、秋月とみらいは幸運にも非番で、一日中一緒にいることも可能なタイミングだった。出撃予定こそないものの、訓練のため上番が必要な金剛と別れた後(出勤予定者は食事に長々と時間をかけるわけにいかないので、同じ鎮守府内でも出勤する者と休みを取る者では、必然的に食事は別行動となるのだ)、2人の防空艦娘はトレーに乗せられた朝食を手に、食堂内の一角にある座席に腰を下ろした。この日の朝食は白米に豆腐とわかめの味噌汁、焼き魚とだし巻き卵に漬物。典型的な日本食の朝ごはんだ。

 「で、聞きたかったのは戦闘時の武器選択と目標の脅威度判定について、だっけ」

 食べ始めてすぐ、みらいが秋月に問いかける。

 「はい!!イージス艦の皆さんが、どういう風にやられているのかを詳しく知りたいんです。私、今までミサイルの運用は全くやったことがないので、ゆきなみ型の皆さんにお聞きするしか方法がないですし」

 「どういう風に、か…。もう少し具体的に言うと?」

 「皆さんは、目標を捕捉してから攻撃準備を完了させるまでが、物凄く速いじゃないですか。どうやったらあんなにスムーズに動けるんだろうって、ずっと知りたくて」

 秋月の返答に、みらいはしばし何事かを考えこむ仕草を見せた。その様子を、また内心ワクワクしながら見つめる秋月。だが、やがて口を開いたみらいが投げかけた答えは、秋月が予想していたものとは違っていた。

 「うーん…。そういうことであればさっきも言ったけど、やっぱりあまり参考にはならないかもしれないわね。私たちの場合、基本的に武器の選択や脅威度判定を自分でやってるわけじゃないから」

 「えっ…?」

 秋月は、想像もしない答えにピンとこず、首を傾げた。

 「自分でやっていないって、どういうことですか…?」

 「詳しく説明すると難しい話なんだけどね…。私たちの場合、武器の管制方法が大きく分けて3つあってね。普段はその中で、『セミオート』と呼ばれるモードを主に使っているの」

 「セミオート?」

 「簡単に言うと、発射のタイミングだけは自分でコントロールするけど、目標の捕捉から脅威度の判定、武器の選択、照準を合わせるところまでの段階は、全部イージスシステムが勝手にやってくれる、という方法よ」

 「全部システム任せなんですか!?」

 秋月は目を丸くした。

 「そういうこと。戦闘の時はそうするのが、一番スムーズに対応できるし効率がいいから。発射まで全自動でやってくれる『オート』モードもあるけど、自分の意思に関係なく勝手にどんどん弾薬を消費しちゃうケースもあるから、補給が大変なのよね」

 「じゃあ、逆に今までの私たちみたいに、全部手動でやる方法もあるってことなんですか?」

 「『マニュアル』モードね、あるわよ。艦艇だった時に使ったこともあるし。ただ、全部自分でやるとどうしても反応速度が一番遅くなるから、私は出来るだけ使いたくないし、今は戦闘ではあまり使わないようにしてるのよね」

 みらいによる実戦でのマニュアル射撃と言えば、サミュエル・D・ハットン中佐率いる空母ワスプ航空隊との対空戦闘、いわゆる「1対40」が有名だろう。反応速度が一番遅いとは言っても、基礎的なスペックが太平洋戦争中の機体とは雲泥の差であるイージス艦は、それでもなお圧倒的な実力差をアメリカ海軍に見せつけた。少なくとも途中までは、たった1隻の巡洋艦(彼らの目から見れば)相手に、40機の空母艦載機がまるで歯が立たなかったのだ。

 だが、生身の人間の反応速度に頼るが故の対応の遅さ、そして本当の戦場というものを知らず、専守防衛の原則に縛られて訓練を積んできた自衛官としての限界が生み出した一瞬のスキを突かれ、装甲の薄いみらいは一矢を報いたハットン機に多くの乗員を奪われることとなった。その悲しい記憶を艦娘となった今なお持ち続けているからこそ、現在のみらいはマニュアル射撃といういわば「舐めプ」を意図的に忌避するようになったのだ…、演習での戦略上、やむを得ない場合を除けば。

 「秋月ちゃんは、私たちの実戦での武器選択や脅威度判定が尋常じゃなく速いから、どうやってるのか知りたくて聞いてくれたんだけど、処理速度が速いのはある意味当たり前なのよ。機械が代わりにやってくれてるわけだから。多分、マニュアルでやったら私たちだって同じような速度では対応できないと思う」

 「そう、なんですか…」

 「もちろん、秋月ちゃんも新しいシステムを現代化改修で積んだから、それを使えば今後は間違いなく処理速度は上がるわよ。なんだっけ、FCS-3A?」

 みらいの問いかけに、秋月が頷く。

 「まぁお互い、攻撃のやり方そのものは防空システムとして共通する部分もあるけど、コンセプトからして全く別物だから。運用思想が違う以上、同じミサイル艦と言っても私たちに聞いたところで、参考にできる情報を共有するのは難しいかもしれないわね」

 残念な結果に、秋月はがっくりと肩を落とした。立場上は後輩とはいえ、同じ艦隊防空を司る艦娘としてその実力を誰よりも尊敬し、憧れる相手。そんなみらいが一緒に実戦に出るようになってから、主力武器が「長10㎝砲」や「25㎜対空機銃」だった当時の自分は、最新鋭の現代兵器を駆使する彼女にはとても敵わないな、と感じさせられる場面も多かった。

 そんな自分が、現代化改修を経てシースパローやアスロック、SM-2などの真新しい弾頭を手に入れた時、「これでみらいさんにもっと近づける、自分もみらいさんのようになれる」と、彼女は大いに喜んだものだ。自分の艤装ではサイズが小さすぎたのと、イージスシステムそのものが複雑すぎて新規に艦娘サイズに落とし込んだバージョンが作れなかったことで、自分自身はイージスシステムを積むことは叶わなかったが、それでも優秀な対空戦闘システムを代わりに搭載できたことは、喜ぶべきことには違いなかった。だが、結果的に「イージス艦になれなかった」ことは、予想以上に影響が大きかったらしい。武器選択や脅威度判定のやり方さえ、参考にすることができないなんて。

 「ごめんね、せっかくこれを聞きたくて、朝早くから寒い中待っててくれたのにね」

 みらいが、申し訳なさそうな顔で声をかける。こういう時、みらいは相手が秋月であろうがなかろうが、相手のことをきちんと慮ることができる優しい人だ。彼女と日々付き合う中で、秋月はそのことをよく知っている。だから自然と、彼女を心配させまいと秋月も振る舞った。他人のことを考えて動けるという意味では、秋月もまた同じなのだ。

 「いえ、大丈夫です。イージスシステムの話、普段は聞けないことを色々と教えていただけたので、勉強になりました。ありがとうございます」

 礼儀正しく頭を下げる秋月。その姿に、みらいは微笑みを浮かべた。

 「でも、一応後輩の私が言うのもなんだけど、秋月ちゃんは本当に凄いと思う」

 「へっ!?いやいや、そんな…。みらいさんと比べたら全然…」

 思いがけない言葉に、秋月は慌ててかぶりを振った。

 「謙遜しなくたっていいわよ。そりゃ確かに、たまたま船として建造された時代が違うから、兵器のスペックは私の方が上なのかもしれないけど。艦娘として少しでもより強くなりたい、向上したい、日本のために尽くしたいっていう気持ちを、あなたからは物凄く感じるの。そういう部分では、私だって敵わないかなって思うもの」

 みらいの言葉に、秋月は恐縮しきりだった。傍目に見れば、みらいのセリフは結構クサいものにも聞こえるが、それを嫌味なく言えてしまうのはその人柄のおかげか、それともこの涼しげな美貌のおかげだろうか。

 「実際この第1艦隊でだって、私たちが来る前からあなたは摩耶さんともどもずっと対空戦の要だったし、私たちが着任してからもなんだかんだ言って、前線から外されることなんて一切ないじゃない?」

 「そんな、買いかぶりすぎですよ。私なんてまだまだ」

 「そんなことないわよ。実力がまだまだの艦娘を前線に置いたままにしておくほど、国防海軍だって甘いもんじゃないでしょ?まだ着任して数か月の私だって、それくらいは分かるわよ。あなたのことはそれだけみんな評価してるんだから、もっと自信持って胸張ってもいいんじゃない?もちろん、向上心を忘れてないのはいいことだけどね」

 この瞬間、本来の今日最大のミッションを達成できなかったことなど、秋月の頭からは吹っ飛んだ。みらいから直接こう言ってもらえたこと(その口調から、お世辞で言っているわけではないことはすぐに分かった)は、彼女にとってはそんなことよりも遥かに大切で、光栄で、喜ぶべきことだったのだ。

 「あ、ありがとうございます、みらいさん!!」

 思わず立ち上がりながら大声をあげてしまい、周りの目が一気にこちらに向く。それに気づいたみらいが、苦笑いしながら秋月に着席を促した。ハッとした秋月は周囲に対して慌てて頭を下げると、急いで席に腰を下ろす。

 「そういえば秋月ちゃん。全然話は変わるけど、最近ご飯はちゃんと食べてるの?」

 場の空気を何とか変えようとしてか、みらいが話題を変えて秋月に問いかける。

 「朝はこうしてちゃんと出していただいたものを食べてますけど…。昼はどうしても仕事優先なので、たいてい戦闘糧食のおにぎりで済ませちゃいますね」

 「夜は?」

 「夜はその分豪華にしてますよ!!麦飯に沢庵、牛缶に…」

 「牛缶に、お味噌汁だっけ」

 秋月が言い終わる前に自分で続きを言ってしまってから、みらいは食事の手も止めたまま一度ため息をつき、黙り込んでしまった。その反応にきょとんとする秋月。

 「そういえば、船団護衛で一緒に満州に行った時もそんなこと言ってたわよね…」

 「な、何か私、問題あることでも言いましたか…?」

 「問題があるというか…、『豪華』の水準があまりにも低すぎるのよね」

 「そう、なんですかね…?」

 秋月は首を傾げた。確かに、みらいたちが着任する以前から、自分の食事している光景を見て首を傾げたり、不思議そうな顔をしたりする艦娘たちは少なからずいた。そんな周囲の反応が、秋月にはどうもピンと来なかった。艦艇の姿で活躍していた当時、既に日本が食糧難の時代に突入しつつあった彼女にとっては、質素倹約は当たり前の思考だったのだ。

 だから時代が過ぎ、現代において艦娘に転生して以降も、秋月にとっては自分が贅沢をするなんてことは、とても考えられなかった。周りから見れば質素に見えるのかもしれない食事こそが、彼女からすれば自分の身の丈に合っていて安心できるものなのだ。それが故だろうか、この時代に生きる普通の日本人なら誰でも知っている料理すら、彼女にとっては縁遠いものが少なからずあった。

 「例えばさ、秋月ちゃんはカツカレーって食べたことある?」

 「カツカレー…?ここの食堂のカレーは、金曜日にいつも食べていますけど…」

 「ここの食堂だと出てこないのよね…。私もこの間上陸(外出)した時に初めて存在を知ったんだけど、カレーライスの上にトンカツが乗って出てくるの」

 「カレーライスの上にトンカツが…!?どっちも豪華なご飯じゃないですか!!それが一緒に出てくるなんて、見たことも聞いたこともないです!!」

 秋月は目を丸くした。その反応に、また苦笑いするみらい。質素な暮らしが身上の秋月から見れば豪華な食事に聞こえるのかもしれないが、カツカレーなんて地元の定食屋やチェーンの蕎麦屋で、1000円弱も出せば誰でも気軽に食べられるような、庶民の味にすぎない。それでさえ、秋月にとっては想像もつかないような、雲の上の世界の食事なのだ。

 「秋月ちゃん、そしたら後で一緒に外出許可取りに行きましょ。今日ちょうど金曜日だし、お昼は外のカレー屋さんに連れて行ってあげる。もちろんここのカレーも美味しくて大好きだけど、美味しいカツカレーが食べられるところ知ってるの。私のおごりでいいからさ」

 「えええええ!?」

 予想もしないみらいからの申し出に、またまた目を丸くする秋月。思わずまた素っ頓狂な大声をあげてしまい、再び周りの視線がこちらに集中する。それに対して申し訳なさそうに頭を下げた後、秋月はみらいに向かってしどろもどろになりながらもかぶりを振った。

 「いや、そんな、みらいさんにわざわざおごっていただくなんて、申し訳ないというか…」

 「申し訳ないなんて、そんなの気にしなくていいのよ。私が秋月ちゃんと食べに行きたくて誘ってるんだから」

 みらいは笑いながらそう言うと、ふと真面目な表情で続けた。

 「これはあくまでも、私の個人的な考えだけどね。私たちが任されてる艦隊防空の仕事って、長時間にわたって高度な集中力を維持することが求められるでしょ?」

 「確かに、そうですね」

 「ってことはさ、私たちほどしっかりとした食事でのエネルギー補給が大事なポジションってないと思わない?仕事への活力って、結局食事でしか得られないものだから。私たちにとってはさ…」

 みらいはそこまで口にしてからいったん言葉を切ると、秋月の顔をしっかりと見据えた。

 「ちゃんと食べるべきものを食べることも、任務の一部だと思うのよね」

 秋月は、その言葉にハッとした表情を浮かべた。みらいが言葉を続ける。

 「もちろん、秋月ちゃんは艦艇だった時に活躍していた時期が時期だから、質素倹約が当たり前になっちゃってるんだろうなっていうのは、ここ数か月付き合ってきて何となく分かるわよ。すぐに『自分なんて』って卑下しちゃうのも、多分そういうところよね?」

 図星だった。ドンピシャで言い当てられて何も言葉を発せない秋月を尻目に、みらいの言はさらに続く。

 「でも、私は自分が船の姿だった時代のことにとらわれすぎるのは、よくないことだと思ってる。私たちが艦娘となった今一番考えなきゃいけないことは、目の前にある戦いに勝つためには何をすべきかだから。私も船としては一度沈んだ身、『あの時』と全く同じことを繰り返していたら、また当時の二の舞になる気がするのよね」

 「大事なのは、今…」

 秋月は、小さな声でその言葉を繰り返した。その言葉は、今まであまり自分自身は考えたことのないものだった。だが、確かに言われてみればその通りなのかもしれない。秋月自身も、1944年10月25日のレイテ沖海戦で船として轟沈を経験した身だ。空母「瑞鶴」を護衛していた際の、アメリカ海軍のヘルダイバーによる急降下爆撃。あの時、自分の乗員が事前に満足な補給を受けられていたか否かは分からないが、もし仮にスキを突かれた一因がそこにあったのだとしたら…。

 「それにさ、仮にイージスシステムを積んでなくて、システム的に私と全く同じことが出来なかったとしても、少なくとも同じ艦娘としてこうやって同じご飯を食べることはできるでしょ?私みたいになりたいなら、そこから始めてみるのも悪くないんじゃない?」

 みらいが白い歯を見せて笑う。その表情に、秋月も笑みをこぼした。やっぱり、みらいさんは一緒にいて楽しいと思える人だ。時折見せるその奇想天外な戦法には驚かされることも少なくないけれど、戦場では物凄く強い。でも、戦いの場を離れると明るく気さくで優しくて、いつでもこうやって自分の話を聞いてくれて、そして一本芯の通った自分なりの考えをしっかりと語ったりもしてくれる。横須賀鎮守府では基本的に自分には優しくしてくれる人が多いけど、その中でもこういう人と仲良くなれて、本当によかったなと思う。

 多分、人から褒められた時にすぐに一歩引いてしまうのは自分の性格的なものなので、これからもそこはすぐには変わらないのだろうと秋月は思う。でも、食生活については少しずつでも変える努力をしてみてもいいのかもしれない。艦娘としてより強くなりたいという、自分自身の思いを叶えるためにも。

 「ありがとうございます。そういうことであれば、是非ご一緒したいです」

 「決まりね。じゃあ、食べ終わったらさっそく総務課に行って書類取ってきましょ」

 「フフッ、朝ごはん食べ終わったばっかりなのに、もうお昼の話してるなんて2人とも気が早いですね」

 秋月のその言葉に、明るく笑いあう2人。秋月はみらいとの交流をより深めあいながら、週明けに控えている舞鶴鎮守府での対空戦闘演習に向け、決意を新たにしたのだった。




鎮守府のイージスの世界観では、みらいと金剛は大の仲良しです。みらいと秋月も大の仲良しです。そして、いずれも横須賀鎮守府にはみらいより先に着任しており、お互いに付き合いの長い金剛と秋月も(今作でもそこまではっきりとは描かれてませんが)仲はいい設定です。

金剛って人懐っこくて仲間のことが分け隔てなく大好きなタイプというイメージなので、秋月みたいな素直で裏表のない子は好きだと思うんですよね。あまりこの組み合わせのカップリングって書かれること多くないですが。多分、実艦の方の活動時期もそこまでかぶってないでしょうし(ちゃんと調べたわけではないですが)。

今作の秋月の「みらい大好き」ネタ、艦隊防空についての話、質素すぎる食事ネタと秋月がらみで書ける話の要素は大体盛り込めたのかなと思います。ずっと仕事が忙しくなかなか時間が取れなかったのですが、久しぶりに書いていて楽しかったです。それではまたお会いしましょう。

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