モブウマ娘は引退した   作:マンハッタンカフェ実装感謝組

1 / 6
わたしの代わりになる子はいない。

けれど、わたしよりずっと優れた子たちが、この世にはごまんといる。


プロローグ

 

 

 

 

 

 目の前には、いつも誰かの大きな背中が見えていた。

 

 ひとり、ではない。

 ふたりも、さんにんも。

 

 ずっと、ずっと。

 

 

 

 

 

『先頭はオグリキャップだッ!! オグリキャップだッッ!!!! オグリキャップだッッッッ!!!!!!!! オグリキャップ優勝ーーーーッッッッ!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 年末大一番。

 夢の舞台、『有マ記念』。

 

 ゴール板を駆け抜けたのは、オグリキャップだった。

 

 復活のラストラン。

 

 大歓声が中山を揺るがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今なお、オグリコールが聞こえる。

 地下バ道の奥に行っても、ずっと。

 

「お疲れさま」

 

 ふと、声をかけられた。

 無心で俯きながら歩き続け、目の前の人影にすら気付かなかった。

 

 立っていたのは、トレーナーだった。

 

「……がんばったね」

 

 くしゃりと、彼女は笑った。

 

「最後まで、全力で、かっこよかったよ」

 

 そう言うとトレーナーは、そっと腕を背に回して、抱き締めてくれた。強く、強く、今までになく。

 

 鼻をすする音。

 トレーナーの肩が跳ねる。

 

 そこで、ようやく。

 

 嗚呼、トレーナーは、わたしのために泣いてくれてるんだと、気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしをスカウトしてくれたのは、とある中堅チームだった。

 そして、そのチームの中でわたしに付ききっきりで過ごしてくれたのが、サブトレーナーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とんでもない倍率を誇るトレセン学園へ入学した田舎者。

 地元では脚が速いウマ娘だったからと言って、身の程知らずは野蛮にも中央へ行くと意気込んだ。

 

 

 

 周りはエリートばかりだった。

 わたしのように脚の速いウマ娘なんか、当たり前だった。それよりも、もっともっと速くて強くて賢いウマ娘がたくさんいた。

 

 だから、入学半年で1回心が折れかけた。現実の壁の高さに、わたしは絶望したんだ。

 

 だけど、そこで諦められるほどの勇気を、わたしは持ち合わせていなかった。

 都会に出て一人で過ごすわたしのために、父や母はとんでもない苦労をしていた。お金を集めて、入学費用に引っ越し、学費、お小遣い。貯金を崩して、奨学金の申請まで。

 

 苦しかっただろうに。

 

 大変だっただろうに。

 

 けれど、結局は笑顔で、わたしを送り出してくれた。

 

 

 

 そんな両親を裏切れるはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 せめて、せめて何か少しでも結果は出さなければ。

 

 3冠なんて無理なのはわかりきったこと。

 

 GIに出ることすら夢のまた夢。

 

 重賞で、1勝だけでも。

 

 

 

 

 

 一回目の選抜レース。

 ダート1400mで、18人が出走。

 結果、11着。

 スカウトは、なし。

 

 

 

 二回目、16人中の14着。

 ダートを走ったが、言わずもがな、チームは未所属のまま時は過ぎる。

 

 

 

 三回目、14人中7着。

 芝のコースで、ようやく掲示板が見えた。わたしは芝コースの方が脚に合う。

 

 

 

 けれどこの時点で、わたしのプライドはズタボロだった。

 

 次でスカウトが無ければ、退学しよう。

 何となく、そう決めてしまっていた。

 

 才能ある同い年のウマ娘たちは、とっくの昔にスカウトをもらって、トレーナーのもとで個々に合わせたトレーニングやデビューに向けた身体作りを始めている。

 つまり、まだ選抜レースに出ているわたしは、トレーナーたちのお眼鏡に叶わなかった余りものに過ぎない。

 チームトレーニングに向かう同級生たちを見送って、教官の元でただただマニュアル通りの基礎トレーニングをする。

 

 

 

 特別な刺激はなかった。

 ただ逸る気持ちが積もり続けた。

 

 スカウトを受けたウマ娘たちは、みるみるうちに成長していった。

 身体付きも変わって力強く、素人目に“強く”なっている様がよくわかった。

 

 

 

 わたしたちは、何も変わらない。

 焦りはどんどん加速した。

 

 

 

 全体トレーニングの時間は苦痛に変わった。

 やる気を無くしたもの、何とかスカウトをもらう為に続けるもの、わけもわからず入れ込んで怪我をするもの。

 

 余りものには福がある、なんてことわざもここでは通用しない。実力不足は純然たる結果として示されていた。

 

 派手な喧嘩も珍しくはなかった。

 やる気なく練習するものが目障りで、一生懸命がゆえに不愉快さが陰口を漏らす。

 不運なことに、それが耳に付けば、やれ何を言いやがったとストレスが簡単に堪忍袋の緒を切ってしまう。

 ウマ娘同士の喧嘩などたまったものじゃない。とてもじゃないが教官やトレーナーのような普通の人間には無理矢理仲裁できるはずもなく、仕方無しに周りのウマ娘が止めに入るしかないのだ。

 

 当人らを止めて事が済めば良いのだが、そうも行かないのが年頃思春期の女子。

 仲裁に入ったものの、あまりに暴れるもので手がつけられず、変に拳が流れ弾の如く入ってこようものならば火に油を注ぐ結果になるのは目に見えていた。ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのことである。

 最終的に10人近くが乱闘騒ぎとなって、あわや理事長まで慌てて出てくる始末。あの時は空気が最悪だった。

 

 当時は渦中より離れて呆然と眺めていたが。

 

 結果、乱闘騒ぎを起こした者たちは停学処分。退学まで行かなかったのは不幸中の幸いなのか、しかし彼女らは約10日間の停学で自宅謹慎となり、貴重なトレーニング時間を棒に振った。

 

 

 

 

 

 気付けば今年で最後の選抜レースの日を迎えていた。

 残っている顔ぶれは、入学当時から減っていた。

 チームに合流していったのもそうだが、ドロップアウトして去ったウマ娘もいた。

 

 このときのわたしは、既にどこか諦めがついていて、とりあえずやりきろうと逆に調子は上がっていた。ここでダメなら何やってもダメ。切り替えてもっと別の道を探そうと決心していた。

 

 ドロップアウト組への合流も遠くない。そう思っていた。

 

 

 

 結果、アタマ差で2着。

 先行から最終直線で一瞬抜け出したが、最後は最後方からの追込に差される形となった。末脚を残していた訳ではない。きっちりゴール板まで使い切って、この様だった。

 

 悔しさも、嬉しさも、何もなかった。

 

 

 

 ただただ、清々しい。

 もうこれ以上、自分から出し切れるものはなくなった。絞り切ったのだ。

 結局のところ、余りものの中ですらこの体たらく。所詮はイキった年頃の娘が、現実に打ちのめされただけの話。

 

 足取りは軽くなる一方で、わたしはクールダウンのストレッチをしようと、グラウンドの端へと向かった。

 木陰の麓に水筒を置いて、ゆっくり座り込む。

 まだ中央の方では選抜レースが続けられているが、それを見守るトレーナーやウマ娘の数は少なかった。めぼしいウマ娘は既にスカウト済み、ならば余った頭数は見る必要もない。

 そこにいるのは目的のウマ娘をスカウトできなかったトレーナーや、まだ実績がなくスカウトを断られ続けているトレーナー、はたまた、物好きで見に来る者たちだけ。

 

 少し雲のかかる晴天のもと、頬に当たる風は気持ち良かった。

 ストレッチをしながら、ぼんやりと、選抜レースの行く末を見守る。

 

 

 

「こんにちはっ」

 

 

 

 ふと、横合いから聞き慣れぬ声がした。

 誰だろう、と振り向いてみれば、そこには初めて見る女性がいた。ワイシャツに袖なしのベスト、黒のスラックスとブーツ。

 何より目立つのは、襟元に着けられているトレーナーの証――――トレーナーバッヂ。

 

 

 

 一瞬、思考が停止した。

 

 

 

 咄嗟に吃りながらも挨拶を返せたのは運が良かったのか。

 ストレッチも終えて息も整え終わり、さて帰ろうかと思っていた矢先のことである。

 

 

 

 ここが、分岐点だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 端的に言えば、わたしはとあるチームにスカウトされた。中堅どころの、ありきたりなチームである。過去にGⅠ勝利はないものの連帯したウマ娘も所属する、平凡で特筆することもなかった。

 

 そして、わたしに声をかけてくれたのは、そこのサブトレーナーだった。新人の若い女性で、わたしと歳は10も離れていない。

 

「あなたを、スカウトしたいなぁ、って」

 

 ちょっと照れくさそうに、頬をかきながら言った。

 

 なぜ、と。わたしは自然と口にしていた。

 こんな、最後の選抜レースにまで残って、それでも勝ちきれないウマ娘を、今更。もっと強いウマ娘だっているのに、わざわざ、わたしを?

 

 言い訳のように、吐き出した。

 言葉は止まらなかった。

 

 

 

 やっと、やっと決心したのに。

 このまま声がかからなければ、わたしは心置きなくターフをされたのに。

 

 別の道に進んで、進学して、就職して……普通の人と何ら代わり映えのしない日常を送っていけるはずだったのに。

 

 

 

 わたしは、どんな表情(カオ)をしていたんだろう。

 

 濁流のように溢れ出した、わたしの本心。

 

 それをサブトレーナーはただ黙って聞いていた。

 

 やがて、わたしが言葉を出し切って、肩で息をすると。

 サブトレーナーはこう言った。

 

 

 

「――――最後まで、全力だった。それが、とても眩しく見えたんだ」

 

 

 

 真っ直ぐな瞳をしていた。

 初めて目が合った気がした。

 

 ヒュッ、と。喉が締まり、か細く息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 風の噂によれば。

 

 トレーナーとウマ娘の出会いは運命である、と。

 

 曰く、その運命の糸を手繰り寄せた先に。

 トレーナーは、光を見るのだと言う。

 

 ウマ娘。

 

 風を切り地を駆け抜ける、その少女に。

 

 

 

 

 

 だからきっと、そう。

 この、サブトレーナーとの出会いは。

 

 

 

 わたしにとって、運命だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




モブウマ娘にも()生があるんだろうなぁ、と妄想しました。輝くことなく引退して行って、その後はどうなるんだろうって。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。