モブウマ娘は引退した   作:マンハッタンカフェ実装感謝組

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気づいたらバーに色が。ありがとうございます。

相変わらず話は鬱々してます。


予期せぬ謁見

 

 

 

 

 

 ハセさんちの居間を借りて、卓袱台を挟んでルドルフさんと向かい合う。

 ハセさんの奥さんが朝早いというのにわざわざお茶まで淹れてくれて、本当に頭が上がらない。

 

「突然押し掛けた挙げ句、お茶までいただいてしまって……、お気遣い感謝いたします」

「いえいえ〜、まさかシンボリルドルフさんが来られるなんて思ってなかったから〜。こんなものしか用意できずごめんなさいね〜」

 

 ぱたぱたと手を振って上機嫌な奥さん。ルドルフさんにサインも貰ってご満悦らしい。

 

 奥さんが下がって、温かいお茶をお互いに一口ずつ。

 やがて、ゆっくりとルドルフさんが口を開く。

 

「朝早くからアポもなく申し訳ない」

「ああ、いえ……びっくりはしましたけど、別に……。あっ、そう言えば、娘さん――――トウカイテイオーちゃん、皐月賞おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。……レースはテレビで?」

「後々のニュースで、ですけど……すみません、勤勉じゃなくて」

「いや、謝ることはない。君にも都合というものがあるだろう」

「…………まぁ、そう、ですかね……」

「………………………………」

 

 気まずい、と冷や汗が背を伝った、気がした。

 

 レースのことは考えたくなかった。

 引退してから時折ニュースで見る以外に、わたしはレースのことは全くと言っていいほどノータッチだ。

 

「……すまない、今更だが……あまりレースのことは触れない方が良いだろうか?」

 

 少し伺うような目線で、ルドルフさんが聞いてくる。

 このひとは、本当に鋭い。生徒会長職務を遂行するのなら、これくらいの観察眼を持たなければ務まらないのだろうか。思わず舌を巻く。

 

 さて、どう取り繕うべきか。

 一瞬、悩んだ。

 

「……すみません。親に迷惑をかけた挙げ句、大した活躍もできずに戻ったので……トラウマ、みたいなものなんです……」

「…………『有マ記念』、か」

 

 ずばり、ルドルフさんは言い当てた。

 

 そうだ。

 オグリキャップ。

  地 方 (ローカル・シリーズ)から 中 央 (トゥウィンクル・シリーズ)へやってきて、ウマ娘のレースブームの火付け役となった、偉大なる芦毛の怪物。

 

 

 

「…………11着ですよ。バ群に飲まれて、良いとこ一切なし。せめてもの救いはビリッけつじゃなかったことくらい」

 

 乾いた笑いが、口から漏れた。

 今じゃあただの笑い話だ。後悔と反省、失敗と挫折に塗れた現役時代のどろどろした感情も、年が経つに連れて忘れてゆく。

 

 あの日の主人公は、間違いなくオグリキャップだった。

 誰もが彼女の走りに夢中だった。

 

 わたしは?

 

 わたしは、石ころだ。

 道端に落ちてる、誰一人見向きもしない、ただの石。

 

「……レースのことは、嫌いか?」

 

 問い。

 

 ルドルフさんの視線は、少し悲しそうだった。

 

「好きか、嫌いか……まぁ、嫌い側になっちゃうんじゃないですかね。走りたい、とは時たま思いますし……毎日仕事終わりにはランニングしてますけど。でも、自分からレースを見ようとは、欠片も思わなくなりましたね……」

 

 不思議だな、と。今はそう思う。

 現役時代は勝ちたい意欲で食い入るようにレース映像を見直していた。自分のも、自分以外のも。休みの日も、そうでない日も、空き時間を見つけて動画を眺めていた。レースにこだわり続けた。

 

 それが今はこうだ。

 睡眠の質が悪化しかねないことから、レースからは逃げる日々。中央を走っていたウマ娘とは思えない生活だ。

 

「…………日本のウマ娘はレースにこだわる。何故か。その理由は、君にはわかるかい?」

 

 ふと、ルドルフさんがたずねてくる。その問いに、わたしは首を横に振った。

 

「ウマ娘の存在意義、生まれて来た理由はレースにこそある。皆が無意識に、そう思っているからだ」

「それは……間違い、ではない、のでは……?」

「…………本当に、そう思うか?」

 

 わたしの心を見透かすような視線に、思わず喉が鳴った。

 何故だろう。言葉にできない思考が、わたしの奥底で渦巻く。

 

「……確かに、レースで活躍したウマ娘たちには富と名声が集まる。有名になればメディアの露出も増え、生活するに事足りる資金も手に入る。生きていくならばレースに勝てれば問題ないというわけだ」

 

 だが、

 

「…………だが、レースに勝てないウマ娘たちはどうだ?」

「っ」

 

 肩が、震えた。

 

「……レースは残酷だ。勝者か、敗者か。頂点に立つのはただひとり。勝者よりも敗者の方が圧倒的に多い。敗者となったウマ娘たちの存在意義は、何だ?」

 

 アメジスト色の瞳が、酷く濁って見えた。

 あのどろどろした感情は……怒り、だろうか。それとも、失望、悲哀?

 

「…………()()()()。彼女たちに、レースを辞めて行ったウマ娘には」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウマ娘は、ただの人間とは違う。

 外見は人間の女性と然程違わないが、彼女らの持つ膂力は人間の手に余る。

 時速65kmで駆け抜ける脚力が、如何に危険なものか。人間と同じような脚に、どれだけの力が備わっているのか。

 

 だからこそ、人間と同じようにウマ娘を扱うのは大きな危険を孕んでいる。

 

 ゆえに、規制する必要があった。

 法律で縛り、規則で縛り、常識で縛る。

 

 レースで好成績を納めたウマ娘には、引退後に年金が支給される。額は勝利したレースが多く、かつ格式が高いほど多額となる。

 なお、あまり活躍できずとも年金は支給される。必要最低限の生活を送るには困らない程度の額だ。わたしにも、独り暮らしで家賃光熱費を賄える程度にはお金が振り込まれている。

 

 

 

 それは、何故か。

 

 

 

「……URAにとって、レース以外でウマ娘が活躍されると困るからだ。だから、レース以外で働かずとも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()、生きていけるようにしている」

 

 

 

 曰く。

 レースによる経済効果が最大限URAにとって還元されるように。

 

 

 

 例えばの話だ。

 引退したウマ娘が芸能人に転向したとする。

 バラエティやドラマ等の役者として活躍すれば、自ずとファンがついてくる。

 アスリートとしての彼女にではなく、芸能人としての彼女に。

 

 レースに出るウマ娘のために浪費されるお金は、巡り巡ってURAの懐へと入る。次のレース、次のウマ娘たちのために。

 

 芸能人のウマ娘のために浪費されたお金は、URAの元には入らない。

 

 

 

 

 

「端的に言えば、独占だ。“ウマ娘”という価値を最大限引き出すために、URAはレース以外でウマ娘が活躍することを忌避している」

 

 ルドルフさんが、また一口、お茶を飲み込んだ。

 気付けば、湯呑は空になっていた。

 

「無論、組織の運営に資金は重要だ。この世の中、予算が無ければ事は始まらない。……しかし、URAが守ろうとしているのはレースという興行であり、()()()()()()()()()。…………学園から卒業して、初めてそれを実感した。私は、レースを走るウマ娘のことしか、考えられていなかった……。ウマ娘がレース以外で活躍できる場がなさ過ぎることを、初めて知ったんだ」

 

 その表情は、その声音は、酷く悔しそうだった。

 

 

 

 シンボリルドルフは、ウマ娘たちの理想だった。

 彼女自身、そうあろうとしてあらゆる手を尽くしていたし、宣言していた。

 高過ぎる視座に目眩がして、ついていけないなと肩を竦めた日を思い出す。

 

 しかし。

 きっと、今目の前にいる彼女はこう思っているのだろう。

 

 レースを走るウマ娘のためだけの理想でしかなかった、と。

 

 

 

「……結局のところ、私の考える世界がいかに狭すぎたか実感したよ。もっと早くに気付けれていればと後悔したが……いやはや刷り込まれた常識を覆すのは難しい」

 

 思い返せば、確かに日本ではレース以外で活躍するウマ娘の名を聞かない。過去に華々しい活躍をしたウマ娘の名前は聞くが、やはり耳に入ってくるのは過去の栄光だけだ。

 

「……すまない、少し愚痴のようになってしまった。これは本題ではないのだが……悔しくてね。何とか改善できないかと色々と動いているんだ」

 

 その言葉をきいて、はぁ、と。なんとも気の抜けた返しをしてしまった。

 たまげた話である。ルドルフさんは、レースから身を引いてなお、ウマ娘のことを考え、ウマ娘のために働いている。田舎でのうのうと暮らしているわたしとは大違いだ。

 

「君はどうだろう。今の境遇について、参考までに聞きたいのだが」

「……別に、困り事とかは、そんなに……。人並みの、一般的な暮らしですよ」

「そう、か……」

 

 ほんの微かに残っていた緑茶を飲み込む。時間が経って温くなり、渋みが増していた。

 

「……それで、本題というのは?」

「ああ、そうだった。君に、会ってもらいたい人がいる」

「わたしに、ですか?」

「うん、そうだ。誰でもない、君に」

 

 ふと、考える。

 特別、わたしがわざわざ会いに行く必要がある人などいただろうか。それも、ルドルフさんが仲介をしてまでの人物とは。全く皆目検討もつかない。

 

「……わたし、別にコネとか持ってるウマ娘じゃないですよ? ルドルフさんみたいな成績も無い、一般的なウマ娘ですから」

「問題ない。そういった政治的な話ではないんだ。ただ…………私は、その人に頼まれて君を捜してここまで来た」

「わたしと、名指しで会いたい人、ってことですか……?」

「ああそうとも。同窓会の記録を遡っても、君の情報は出身地とご実家の家電だけ。今の時代のようにスマートフォンがなかった時代だ、あれだけの手掛かりで脚を使って捜すと言っても苦労したよ」

 

 トレセン学園は卒業時に自動的に同窓会に個人情報が登録される。開示には諸々の手続きが必要だが、ルドルフさんのような同窓生ならそこまで難しい話じゃない。

 引退してレースから逃げたかったわたしは、なるべくもう2度と関わりたくないという一心で、必要最低限に、出来る限り自分に関係する情報は残さないようにしてきた。

 

 …………それなのにルドルフさんは、わざわざ頼まれてこんなモブと変わらないウマ娘を捜しに来たと言う。もしかして実家に電話とかしてるんだろうか。

 

 ……正直な話、あまり実家とはうまくいっていない。

 おめおめと中央から帰ってきたわたしは、とてもじゃないが後ろめたさから母にも父にも顔向けできなかった。

 逃げるように実家から離れて福祉系の大学に入学し、独り暮らしを始め、そのまま就職。もう長らく帰ってないし、電話もしていない。

 

「…………会う人って、誰ですか」

「……君の、元トレーナーだ」

「っ……なん、で……」

「君に会いたいと、そう言っていた。訳あって私が代わりに、ここに足を運んだんだ」

 

 ギリ、と。奥歯を噛みしめる音がした。

 今自分の顔はどれだけ歪んでいるのだろう。

 

「……トレーナーに、会えと」

「急なお願いになってしまっているのは承知している。()()()()()()()()()

 

 ルドルフさんの表情に躊躇はない。確固たる意志をもって、わたしに訴えかけてきていた。

 

 

 

 

 

 

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