モブウマ娘は引退した   作:マンハッタンカフェ実装感謝組

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シンボリルドルフのヒミツ

実は、1度見た相手の顔は忘れない。


あの日から、わたしは

 

 

 

 

 

「卒業おめでとう」

「あっ、……トレーナー……」

 

 卒業式が終わり、皆が思い思いの時を過ごす。

 同学年で集まって記念撮影をしたり、見送りに来た後輩たちにアドバイスをしたり、観覧に来たOGたちとこれからの未来に胸踊らせたり。

 

 

 

 同級生たちが集まる中、わたしはひとりで3女神像の近くにあるベンチでぼーっとしていた。抜け殻のように、何もしていなかった。

 

「……わざわざ、捜しに来てくれたの?」

「うん。だって、わたしが初めて担当したウマ娘だよ? 門出を祝わないと」

 

 そう言うとトレーナーは、わたしの隣に腰を下ろした。

 

 いまは喧騒とは無縁の広場。並木道の桜が、そよ風に揺れている。

 

「……3年間、早かったね」

「……そう、だね。……うん、早かった」

 

 あっという間だった。

 勉強とトレーニングに明け暮れた日々。ちょっとした怪我で大騒ぎして、オフの日はたまにトレーナーと出掛けたりした。

 長かったようで、振り返って見るとあまりにも短いものに思える学園生活であった。

 

「…………ありがとう。スカウト、受けてくれて」

「えっ……?」

 

 思わず、トレーナーの顔を見返す。

 その言葉は全く予想していなかったし、言うにしては今更過ぎた。スカウトを受けた時、お礼は述べていたはずだが。

 

「……今更?」

「今更、かもね。でも、ちゃんとお礼はしておきたかったんだ。あの頃とは違うよ」

 

 ぽつぽつと、トレーナーは語った。

 

 ウマ娘にとってトレーナーという存在は非常に重要なファクターだ。

 デビュー前から二人三脚でトレーニングをこなし、共にレースを駆けて。

 ある意味で、人生のパートナーに相当する。

 重要だからこそ、優秀なトレーナーのいるチームに入りたいと思うのは間違った思考ではない。むしろ大半のウマ娘が考えることだろう。

 

 しかし、3年前も今も、このトレーナーはまだサブトレーナーだ。つまり実績がなく、優秀であることを裏付けるモノは何もなかった。

 一応上司としてトレーナーがメニューやローテーションのことは管轄して見てくれてはいるが、トレセン学園のトップに比べたらまだまだだ。

 

 だから断ることだってできた。

 今後他のチームに声をかけてもらえる保証はなかったが、それでももっと上のチームに入りたいから蹴ることも可能なのだ。

 

 けれど、わたしはスカウトを受けた。

 

「……あなたの走りは、誰よりも輝いていた。GIを勝った娘の走りも見てきたし、教官の時も色んな娘を見てきたけど……心惹かれたのはあなたが初めてだったんだ」

 

 だって、そんなことを言われたら、嬉しくない訳がなかった。

 お世辞で口説くだけでもいいのに、このトレーナーは、心の底から本心を言い切ったんだ。

 

 

 

 運命を感じた。

 

 

 

 後にも先にも、わたしの胸が高鳴った経験は、この時だけだと宣言できる。小っ恥ずかしいから、言わないけど……。

 

 勝ちたかった。勝たせてあげたかった。

 独りよがりだったわたしが、赤の他人(トレーナー)のために走るだなんて、思ってもみなかった。

 

 まぁ、しかし。

 結果は奮わず、トレーナーの実績に書けるような華々しい勝利は上げられなかった。

 これが現実だ。多くのウマ娘が、敗北を重ね、終いにはトレセン学園から夢半ばに去ってゆく。

 

「……3年間、楽しかった?」

 

 トレーナーが、聞いてくる。

 記憶の中のわたしは、こう答えた。

 

「……苦しかったし、悔しかった。勝てなくて、負けてばっかで……、次走るのが怖いって思う時もあった……」

 

 

 

 だから。

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて、答えたんだっけ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると、ルドルフさんと目が合った。

 

「…………なんで、今更なんですか。卒業式の日から、わたし、一言もトレーナーと喋ったことなんてないのに……」

 

 ふつふつと。

 喉の奥から溢れてくる。

 

「だって、今のわたしと会ったって、トレーナーには何の得もないじゃないですか……トレーナーは、もう立派なトレーナーなんです。1人でチームを率いて、GI勝利だってしてる、あの頃とは比べ物にならないくらい凄い人に成長したんですよ」

「……、」

「それに、トレーナーは、…………彼女は、()()()()()()()()()()()()()()です。今期クラシックで間違いなく3冠を獲る逸材……ルドルフさんと親子初制覇を期待されてる……わたしが必要な訳がないじゃないですか……っ」

 

 トレーナーは、いよいよ日本ダービーに手をかけようとしている。ダービーウマ娘と同じように、ダービートレーナーになろうとしている。

 自身初、チーム初。クラシックの頂点に立とうとしているのだ。

 

 それなのに。

 

 ダービーを控えたこの大切な時期に、わたしを呼んで何を?

 

 ダービーを勝ってみせたという自慢?

 こんなにすごいトレーナーになったと見せびらかすため?

 ただの親切心で誘っただけ?

 

 だったら、行く意味なんて――――、

 

 

 

 

 

「違う」

 

 

 

 

「ぁ、っ……、」

 

 殺気かと、思った。

 重圧。気圧が変わったのかと思うほどのプレッシャー。

 濃く濃密なシルエットが、眼光を光らせた。

 

 “皇帝”だ。

 

 絶対的強者の瞳が、わたしを射抜いていた。

 

 冷や汗が一瞬で全身から吹き出し、息が詰まる。

 

 

 

 

「……君のトレーナーは、そんな人ではない。それは君自身が一番理解しているだろう。彼女は利益や下心なんかではなく、何があってもウマ娘に寄り添い続けるという純然たる想いを持った人間だ」

 

 ふと、さっきまで部屋を満たしていた圧が消え去った。

 あれだけ黒く大きな影だったルドルフさんも、ただのウマ娘に戻っていた。

 

 あれが、“皇帝”。現役を退き長い年月が経ってなお風化しない、強者の証。

 

「…………君は、逃げたいんだろう。レースから、トレーナーから。あのターフに近付きたくない。違うか?」

「ち…………ぅ……、」

 

 

 

 違う。

 

 

 そう言おうとして、口が動かなかった。

 

 いいや、違うもんか。

 

 わたしは、ずっと逃げ続けてるだけだ。

 あの時の記憶に向き合えない。心の奥底に封じ込めて、思い出したくない。

 わたしの黒歴史、何も成せなかった苦い思い出。苦しんで、心が折れて、もう2度とレースなんか関わりたくないと願った。

 

 トレーナーのことは、嫌いじゃない。

 いや、むしろ、トレーナーのことは好きだ。大好きだ。

 運命なんだ。

 闇の中で足掻いていたわたしに光を見せてくれた。

 あの人がいなかったら、わたしはとっくの昔に塞ぎ込んで引き篭もっていたはずだ。

 トレーナーが手を差し伸べてくれたから、わたしは走り続けた。

 

 違わない。何も違わない。

 

 

 

 

 でも、違わないからこそ、会えない。

 

 あの人に何もしてあげられないわたしに、あの人に会う価値なんて、ない。

 

「……ここまで来ても、か」

 

 ルドルフさんが、目を伏せた。

 

 わたしには、首を縦に振れる勇気がなかった。

 

「本当に、ダメなのか」

「…………………………………………、」

「どうしても、なのか」

 

 悲しげなルドルフさんの表情を見てしまい、無意識に視線を下げた。

 きれいで埃一つない卓袱台の面に、わたしの顔が写っている。

 

 誰が見ても、その顔に生気は宿っていないと言えた。

 

「……どうしてルドルフさんは、そこまでしてトレーナーの肩を持つんですか。娘さんのトレーナーだから、ですか?」

 

 ただ、疑問だった。

 本来なら、ルドルフさんはトレーナーと面識があっても、わざわざ行方の知れないわたしを捜しに行かせるような関係になるとは到底思えない。

 

「……数年前、私はトレーナー資格を取った。教官業務を数年、次はチームのサブトレーナーとして、トレーナー業務の経験を積む。……私は、君のトレーナーのチームの、サブトレーナーになったんだ」

 

 完全に、偶然だった。

 抽選で割り振られたチームが、たまたま彼女(トレーナー)のいるチームだったのだ。

 

「つまり、私のトレーナーとしての先生だ。長く接しているうちに、彼女の様々な面に触れた。 主 人 (私の元トレーナー)が一番だという想いは変わらないが……彼女もまた立派なトレーナーだ。自然と彼女の人柄の良さと、ウマ娘に対する真摯な態度に、私は惹かれた。サブトレーナーとして彼女の役に立てないかと、そう思ったよ。本当に、お世話になっているんだ」

 

 そう語るルドルフさんの瞳は、わたしが初めて見る感情の色を表していた。

 

 羨望。

 

 敬愛。

 

 恐らくは、きっと。

 

 だとしたらそれは、なんと、

 

 

 

 なんと、素晴らしいことなのだろう、と。

 

 

 

 トレーナーは、素晴らしい人だ。

 

 いや、素晴らしいなんかじゃ物足りない。

 それくらいすごい人なのだ。

 

 だって、運命の人なんだ。

 いつだってウマ娘のために尽くそうと、心の底から考えて、動いて、語ってみせる。

 

「……誇らしい先生(トレーナー)だ」

 

 ぽつりと、ルドルフさんは呟いた。

 

 同時に、悲しげに視線を伏せた。

 

 

 

 

「だからこそ」

 

 と。

 

 ルドルフさんはおもむろに立ち上がると、対面からわたしの真隣にやってきて、

 

 

 

 

 

「だからどうか、彼女に会いに来てほしい……っ」

 

 

 

 

 

 

「ぅえぇっ、ちょっと……ッ!?」

 

 

 

 

 

 膝を着いて、額を床に押し当て、土下座をした。

 

「なっ、何してるんですかっ!?」

「見ての通り、土下座だ。私には、ただ君に訴えるしか方法がない」

「だからって、あなたみたいな方が……」

「それほどのことなんだ。彼女の望みを叶えたいと、そう思うほどに、私は彼女を慕っている。だから……頼む。お願いします」

 

 ルドルフさんは頭を上げなかった。

 わたしの返事を待つように、じっと動かず、身動ぎ1つしない。ただ耳だけが、わたしの声を聞こうとこちらに向けられていた。

 

 

 ルドルフさんをここまで動かす原動力は何なのだろう。

 

 いや、考えるまでもなく。間違いなくトレーナーが原因だ。

 

 わたしに会って、何を伝えたいんだろう。

 ……興味は、ある。

 ただ、それを受け入れられるだけの覚悟はない。

 

 でも、ルドルフさんに協力を仰いで、彼女にここまでさせる願いというのは……。

 

 

 

 

 

 たっぷりと、悩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………ぁー、その…………わかり、ました……。今日は、無理ですけど……週末なら……」

「本当か……。ああ、ありがとう……良かった……」

 

 ようやく、わたしが首を縦に振ると。

 ルドルフさんは酷く安堵した表情で、大きく胸を撫で下ろした。

 彼女にここまでさせるというのはきっと、トレーナーにとって重要なこと……なのだと、思う。そして、それだけルドルフさんもトレーナーを慕っているのだと、実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはトントン拍子で話が進み、今週末に府中へと向かうこととなった。

 交通費や宿泊費はルドルフさんがどうにかすると言っていた。別にひとり暮らしで貯金しかして来なかったから都内に行くくらい自分で出せるのだけど、そこは無理を言ったからという理由でルドルフさんは頑なに意見を変えなかった。

 

 仕事についてはハセさんからあっさりと許可が出て、たまには恩師にきっちり挨拶してこい、と言われてしまった。何も言い返せず、頷く他にない。

 

 話を終えて、ルドルフさんは府中へと帰って行った。日本海側に来たのはデビュー戦以来で、もう少し観光をしたがっていたようだが叶わないらしい。当日は駅まで迎えに行くよ、と言って別れた。

 

 

 

 

 

 わたしは、どんな顔をして、トレーナーに会えばいいのだろうか……。

 

 

 

 

 

 




本当は先週投稿したかったんですが、あまりに仕事忙しすぎて唯一の休みだった昨日もぐったり寝てました。人間に休日は3日以上必要だと思うので週休7日にしませんか?
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