モブウマ娘は引退した   作:マンハッタンカフェ実装感謝組

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マンハッタンカフェ実装記念、というわけではないですが、推しも来たのでこれからも頑張って書きます


忘れられた約束

 

 

 

 

 

 

 新幹線の窓際席に座り、外の景色をぼーっと眺めていた。

 

 

 

 週末。

 わたしは、久方ぶりに東京へと向かっていた。

 

 新幹線に乗るのなんて何年ぶりだろうか。

 旅行も全く興味がわかず、地元で車を乗り回す日々。遠出と言っても精々が県内程度で、県境を跨ぐ移動……それも、公共交通機関を使うのは久々だった。

 が、かと言ってそう新鮮味はない。むしろ、短時間とは言え他人と同じスペースにじっと黙って座り続けるのは苦痛の方が大きかった。

 また、地元から東京へは山間部を抜ける必要があるためトンネルが多い。新幹線特有の高音域ノイズと気圧の変化はストレスだった。気休めにウマ娘用のイヤホンでスマートフォンに入れたリラックス用のピアノメドレーを聞いてはいるが、いつもより気分は優れない。

 

 現役時代は、別にそこまで苦ではなかったはずだ。

 

 車両がまたトンネルに突入する。

 これでは暇つぶしに景色を眺めることすらできやしない。

 

 寝るか、と。

 しばし、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――コンコン、と。

 少し大きなノック音。

 

 ウイニングライブが終わって着替えも済ませ、そろそろ帰ろうかと思った頃のことだった。

 

 どうぞー、と声をかけると、わたしの予想とは打って変わり、珍しい客が控室の扉を開けてきた。

 

「帰り際にすまない。少し時間を貰っていいだろうか」

「あ、オグリキャップ、さん……、」

 

 入ってきたのは、まだライブ衣装に身を包んでいるオグリキャップさんだった。ライブ後も報道陣たちに囲まれて取材に答えていたのだろう。

 わたしという存在にはあまりに不釣り合いな来客に、挙動不審な対応になってしまった。

 

「ど、どっ、どうしたんです?」

「挨拶回りだ。トゥウィンクル・シリーズを走るのは今日で最後だからな」

 

 その言葉を聞いて、納得する。

 『有マ記念』を最後に、オグリキャップさんはドリームトロフィー・リーグへと参入する。今日の『有マ記念』は彼女にとって、有終の美を飾るレースとなったことだろう。

 

「あの、皆に挨拶回りを……?」

「ああ。共に同じ舞台で戦ったライバルたちには敬意を。そういうものだろう? ……まぁ、私もトレーナーにそう言われてそうなのかと思っただけだが」

 

 苦笑するオグリキャップさんを見て、素直過ぎる性格だな、と思った。

 レースで真隣を走った時に見せていた気迫も、今はすっかり身を潜め、名実ともに“アイドルウマ娘”らしい、柔らかい雰囲気だった。

 

「――――ありがとう。戦ってくれたことに、感謝する」

 

 オグリキャップさんは、手を差し出して来た。

 握手だなんて恐れ多いな、とか。わたしなんかが、とか。でも、ここで答えないのもどうだろう、と。

 一瞬遅れて、弱々しく握り返した。

 

「……はい、ありがとう、ございました。ドリームトロフィーでも、頑張ってください」

「うん、そうしよう」

 

 力強く、握り返してくれた。

 じんわりと、熱が伝わってくる。

 

「…………泣きそうな顔をしている」

「へっ? え、あっ、ごめんなさい……っ」

 

 ぼーっとして、ずっと握っていた手を離した。

 いけない。グルグルと、目が回りそうだ。

 

 オグリキャップさんは、輝かしい栄光と共に次のステージへ。

 一方わたしは、静かにステージを降りて、雑踏の中に消えてゆく。

 

 同じ、トゥウィンクル・シリーズから身を引く者同士だと言うのに、あまりに対称的なんだな、と。ライバルと言ってくれたが、わたしはその土俵にはとてもじゃないが立てていない。

 

「すみません、感傷的に、なっちゃって……、」

「『有マ記念』だからな、仕方ない。……だが、君は他のウマ娘とは違う。……ような、気がする。うん、上手く口にできないんだが……」

 

 他のウマ娘たちは、オグリキャップさんと話す時、酷く嬉しそうだったそうだ。

 そりゃ、そうだろう。トゥウィンクル・シリーズを盛り上げたのは間違いなくオグリキャップさんで、そんな彼女と共に走れたのならば光栄としか言い表せない。

 

 わたしにだって、光栄なことだ。

 彼女とレース本番で肩を並べるなんて、思ってもみなかった。

 とりあえず登録はしてたが、元々枠は他のウマ娘で埋まっていた。

 わたしはたまたま、出走を取り消したウマ娘の代わりに走れただけだ。他にも選ばれていい子はいただろうに、わざわざ引退するわたしに枠が来た。お情け、なんだろう。無名のわたしに、せめて思い出だけでもくれてやろうという腹積もりだったのかもしれない。十中八九そうだろう。そうとしか、考えられない。

 

 酔狂なファンもいたものだ。

 重賞連対率が高いだけの勝ちきれないわたしに、なんだって票を入れたのだろう。期待に答えるなんて、出来っ子なかったのに。

 

「…………わたし、今日で引退するんです。来年からは、大学に……」

「そう、なのか。……もう走らないのか?」

「はい……。やれることは、全部やりきりました。結果は出なかったけど……まぁ、わたしはその程度のウマ娘だったので……」

 

 …………なんで、オグリキャップさんにこんなことを打ち明けているのだろう……?

 ただ、口は閉じれなかった。意に反して、饒舌に口が回った。

 慰めてほしかったから? バカにしてほしかったから? 共感してほしかったから?

 

 いや、違う。

 

 わかってほしかった。

 夢敗れ消えてゆくウマ娘もいるのだと。

 

「…………ごめんなさい。こんなこと、あなたに言っても意味ないですもんね……」

 

 視界が、歪んでいた。

 頬を伝う雫が、止まらなかった。

 

 恨み辛みを述べたところで何も変わらない。ましてやぶつける相手が致命的に間違っている。

 

 でも無理だった。

 レースを走るウマ娘として、自分を縛り続けてきて、それが、今日無くなった。もう、自分の本心を吐露してもいいんだ、と。

 

 

 

「――――それを、トレーナーには伝えたのか?」

 

 

 

「えっ……」

 

 

 

 わたしの独白はそこで止まった。

 

「なん、で……トレーナーは、関係、ないじゃ、ないですか……」

「関係なくはない。トレーナーは、ウマ娘と共にレースを走る。二人三脚、一心同体、いつだって共にあるべき、と私は思う」

 

 シャワーとかは別だが、と真面目に言うので、わたしは押し黙った。

 

「……楽しいことも、悲しいことも、……時には嫌な気持ちも、同じ気持ちを分かち合うのがトレーナーとウマ娘というものだ。現に私はそうしてきた。トレーナーには色々打ち明けて、色々教えてもらった」

 

 そうやって打ち解けて、強くなった。

 オグリキャップさんは、そんなウマ娘だ。

 

「……もしトレーナーに話していないなら、打ち明けるといい。それで気持ちが晴れることもある。……ない場合は、まぁ、そうだな。共にトレーナーと考えればいい。まだ卒業まで時間はあるのだろう?」

 

 若干最後は投げやりながらも、オグリキャップさんはそう提案してきた。

 苦笑しながら、そうですね、と。投げやりに返した。

 

 

 

 この、ずっと貯め続けて来て気持ちを、今更?

 これをトレーナーに伝えてどうなると言うのだ。

 もうレースを走れないウマ娘が御託を並べたところで、できることなんて何もないのに。

 全ては過去。もう終わってしまった時間は取り戻せない。

 

 

 

「…………トレーナーとすれ違うこともあるだろう。私だってあった。言われるがまま、何も打ち明けず、真にお互いを見なかった。……それは、悲しいことだ。だから後悔しないためにも、君はその本心をトレーナーにぶつけるべきだろう。例え、もう終わりが近くてもだ。そうすれば、…………うん、トレーナーも、本当に心から、語ってくれるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――後悔なく、過ごせるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――間もなく、終点、東京です。東海道新幹線、山手線、京浜東北線、――――、』

 

 

 

「…………ん……、」

 

 

 

 車内放送のチャイムが鳴った。

 新幹線が減速してゆく感覚。

 

 思考がまとまらず、もう一回、しばらく目を閉じる。

 

 がやがやと、イヤホン越しに乗客たちが動き回っているのが聞こえた。

 

 終点。この窮屈な移動時間も終わりだ。

 

 数分して、ようやく正常に脳が回転を始めた。

 

 懐かしい、夢を見ていた気がする。

 だだ、内容は朧気で思い出せない。覚醒するほど、削れてゆく。

 悪夢は死ぬほど見てきて脳裏にこびりつくが、そうでない夢はあっという間に忘れてしまう。これも、そう。

 

 誰かが、何かを、言っていた。

 

 もう、思い出せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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