「ねむい……。」
5時半。ただでさえ寝るのが遅かったのに、こんな時間に起きるのなんて、4年ぶり。アラームを3回かけてなかったら間違いなく2度寝だった。危ない危ない。
「いっちにーさーんし!ごーろーくしっちはーち!……よし!」
軽く体を動かして強引に目を覚まし、緑色のジャージに着替えた。
さすがに何か食べておこうと、たまたま部屋にあったカロリーメイトを口に入れた。
「うっ…パサパサする…。」
そりゃそうだった。。
包み紙をゴミ箱にポイッと捨てて、1階の冷蔵庫に入っていたりんごジュースをコップに注いでゴクゴク飲み干した。上と下がくっつきそうだったまぶたがようやく開ききった。
とりあえずあの光について昼までにできる限り調べて、先輩に報告するつもりだ。多分先輩はウラが取れていない情報は信じてくれない。
改めて気合を入れて、(寝癖直しは忘れず)家の扉を開けた。
「いってきまーす!」
「行ってらっしゃい。」
「わぷぷっ!?」
まさかこんな時間に返事されるとは思っていなかったので、軽く体が飛び跳ねた。
「お…おばあちゃん!?」
「おはよう。まひる。今日はずいぶん早いのね。どうしたの?」
ギクッ。
「あ、えーっと、部活の用事で!」
「あらあら大変ねぇ。お母さんには言ってあるの?」
「あ、うん。夜のうちにLI●Eしといた。」
「そう。それならいいわ。」
それより、私はおばあちゃんの質問をそっくりそのまま返したいんだけど…。
「私はだいたい5時くらいに起きてね、お花に水をやっているのよ。」
心を読まれた!?
「用事なんでしょ?気をつけてね。」
「え?あっ!いってきまーす!」
びっくりしたぁ…。
おばあちゃんに流れ星のことを聞き忘れたのに気づいたのは、家から3分くらい走った後だった。
予想通り、町にはほとんど人がいない。昔はおじいちゃんが一緒にいたけど、1人で走るのは初めてなので、ちょっとだけドキドキした。
浅美にはいつもさんざん無計画とか大雑把とか言われているけど、今回は珍しく、意外と見通しが立っていたりする。
あの流れ星は、ものすごく急な角度で落ちていて、しかもどこかにぶつかったおかげで距離感が掴みやすかった。だから、ものすごくだいたいではあるけれど、ないよりはいいってくらいは落ちた場所を特定した。
それに、ひょっとしたら私と同じようにあれを見た人がいるかもしれない。その人たちの話も聞けるといいな、という期待もちょっぴりある。我ながら完璧な作戦!
軽やかに商店街のアーケードを抜けてすぐの所にある公園の、まだ蕾ばっかりの桜並木に到着。
やっぱり人はいない…?…………いた!
「あのー!すいませーん!」
低めの木の近くで、何やらキョロキョロと周りを見渡している20代くらいのお兄さんに話しかけた。
「……誰だァ?」
「えーっとですね、ちょっとこの辺りで探し物って言うかをしてるんですけど…。」
ん?………なんか雰囲気が怖い…。
「答えになッてないなァ。」
お兄さんは糸目を少しだけ開いた。
カエルを睨む蛇を思わせる、獲物を見つめるような目だった。
「いや、あー……すいません。」
「だが奇遇だな。俺もちょうど探し物をしていた所だ。」
「そうなんですか!いったい何を探してるんですか?」
「知る必要はねェよ。」
またギロッと睨まれた。それは地雷だったのか、お兄さんの機嫌がさらに悪くなった気がした。
「えっと、私は流れ星を探してるんです!」
「流れ星?」
「はい!昨日の夜に、この辺りに落ちたと思うんですけど!知ってたりします?」
「……………知らねェ。」
「そう、ですか。」
今の微妙な間はなんだろうと思った。
でもなぜか、私の中の何かが、それこそヘビに睨まれたカエルのように必死に警報を鳴らしている気がして、これ以上はやめた。
「探し物、見つかるといいですね。」
それだけ言って、走り去った。
「見つけるんだよ。絶対になァ。」
小さく、そう呟く声が聞こえた気がした。。
*
それから、目的地に向かうまでの間、公園には本当に誰もいなかった。早すぎたかなぁ、と首を傾げて、そのまま走っていく。ある意味、その違和感にはまだ気づかなくて良かったのかもしれない。
私が今いるこの公園(結目町にあるから結目公園)は、ありえないくらい広い。ジョギングコースとかサイクリングコースとかでっかい広場とかあって、一周するのも一苦労。そして、極めつけは。
「山あるんだよね…。ちっちゃいけど。」
どうやらこの山の中に遺跡か何かがあったらしく、切り開こうとした役所が、学会に猛反対を食らって工事が中止になったという(先輩が言っていたことだからほぼ間違いないと思っていい)噂だ。
そして、ここが今日の目的地。山にしては小さいけど、木は生い茂って、しかも暗くて視界は悪い。1つのものを探すにはあまりにも果てしない広さ。
改めてしょんぼりしかけた私の頭の中に、少し前に聞いたおじいちゃんの声が響いた。
「どうしようも無くなったら運に身を任せろ!」
なるほど。今は使える!
申し訳程度にぶら下がっている立ち入り禁止と書かれたロープを軽く飛び越えて、どんどん中へと入っていく。
視界に入れた物全てをちゃんと見られるように、ゆっくり、ゆっくりと木々をかき分けて進んでいく。
ジャージじゃなかったら絶対足が切り傷だらけになっていた。
光はほとんど無くて不気味だったけど、これから探し物を見つけるためのスパイスにしてしまえばなんてことはなかった。
ただただ進んで、下ばっかり見ていたせいで突然視界が開けたことに気づかず、「ぽぎゃっ!」という変な声をだしながらステーンと転んでしまった。
顔面をモロにぶつけて、ちょっと涙目でも起き上がった。
そこは、さっきまでの暗い森が嘘だったみたいな空間だった。
絵本の1ページみたいな、現実とも思えない場所だった。
大きな大きな桜を中心に、短い草が生えている。切り株すら無くて、長い年月を感じた。
そしてそれは、今の時期には普通ありえない風景だった。
だってその桜は、眩しいくらいに満開だった。公園の並木は、まだひとつも花をつけていないのに。わたしには、この場所だけが、現実から分離されているような錯覚を覚えた。
小さい頃、桜の木に登って、降りられなくなったことを思い出した。その時はおじいちゃんがすごい勢いで登って来て、私を背中に乗せて降ろしてくれた。
心が暖かいものに包まれて、桜の木へと近づいていく。
とにかく、私はその懐かしさに身を任せて、幹に手をかけ、そして足をかけ、少しずつ登っていく。大木ではあったけど、桜の木なのでそんなに高くもない。落ちないように気をつけながら、枝が放射状に広がった所に手をかけて一気に体を持ち上げた。
そこに、眠り姫を見つけた。
茨の森を咲き誇る桜に変えて、人形みたいにキレイな女の子が、木の幹をベッドにしてスヤスヤと穏やかに眠っている。もしかしてここは本当に絵本の中なのかなと本気で考えそうになった。
私の目と同じ紫色の、遠目から見てもシルクみたいな繊細さが伝わってくる髪の毛を、鮮やかな細く赤いリボンでまとめて、そして肌は触れたら崩れてしまいそうな、雪のような白さだった。
服はシンプルな白いワンピースだったけど、そんなこと気にならなくなるくらいキレイだった。どっちかと言うと白雪姫かもしれない。
この子が眠り姫か白雪姫のどちらかだとしたら、私はなんだろう。立ち位置的に、王子様?
そんなことを考えてみると、妙に昔の少女漫画のイケメン風の顔に美化された私が、この子にキスをしようとするという絵面がふっ、と思い浮かんできて、なんか恥ずかしくなって、その妄想は中断した。
私は、一瞬でこの子に一目惚れしちゃったみたいだ。いや、別に変な意味じゃなくて。ただ、友達になりたいって思った。何故かわからないけど、この子を見ているうちに、私の中に、何か、ざわざわとした感覚が生まれていくのがわかった。。
それが何なのか確かめたかったけど、でもこの子があまりに気持ち良さそうで、起こしてしまうのもなんか申し訳ない気がする。。第一、6時にもなっていない時間なわけで。
私は、この子の近くに伸びる枝に軽く上半身に預けて、たぶんもう少しで起きる眠り姫の目覚めを待つことにした。
*
日の光が眩しい。いつの間にか眠っていたみたいだ。多分昨日ろくに寝れなかったくせに朝異常に早かったせいだ。
「ちょっと、いつまで寝てるのよ。起きなさい。」
「んー…。お母さん…。」
「誰がお母さんよ。寝ぼけないの。」
首と肩がありえないくらい痛い。肩をぐるぐる回してから目を開けると、10センチくらいの距離にあの女の子の顔があって、危うく木から落ちそうになった。
女の子のピンク色の瞳がじーっと私の顔を見つめる。ドキドキで眠気が一気に覚めた。
「ねぇ、あなた誰?」
「ほ、星月まひる!今度中二だよ!」
「どうしてこんな場所に?」
「え?いやえーっとそのー…毎日のジョギング?」
「じょぎんぐ……って何よ。」
女の子がジト目のまま身を乗り出して来て、私はひたすらドキドキしながら、追い立てられるように後ずさるしかなかった。
「本当は何しに来たの?」
「えっと…。」
「んんー?」
「うぅー!」
ヤバいもう下がれないこのままだと落ちるー!
「こーたーえーなーさい。」
うわわわわわわわわわわわわわわ!
「わわ、私と友達になってください!」
「……………え?」
いや待て私。友達になりたいっていうのは嘘ではないんだけど、なぜこのタイミング!?
女の子は、唖然とした様子で、前のめりになった体を元の位置にストンと戻した。おかげで木から落ちずにすんだ。
「………………。」
(うぅ…………。)
でも私を見つめるのは辞めてくれないので、ドキドキしっぱなしだった。
「あなた、何かを探してる?そういう目をしてるわ。」
「どうしてわかるの!?」
おばあちゃん並に鋭い。
「何かを探してここに来たの?」
「うん。そうだよ…。」
「何を探してるのよ。」
「実は…かくかくしかじかで…。」
私は観念して、この子に昨夜の流れ星のことを洗いざらい話した。
「ふーん。で、この辺りに落ちてきたってことね。」
「そうそう!1人じゃ厳しそうだけどね。」
「はぁ………。無計画ね。」
「なっ!それを言わないでよ!気にしてるのにー!」
「普段から言われてるでしょ?無計画。」
「あぁもう!もっとえぐりにこないでよー!第一、私の名前は無計画じゃないもーん!星月まひるっていう名前がちゃんとあるもーん!」
あ。そういえば、この子の名前を聞いていない。
「ねぇ!あなたの名前は?」
「わたし?わたしは…。適当に呼んで。」
「えっ!何それ!?」
「いいから!もう○○(仮)でいいから好きに名前つけといて!」
「なんで?自分の名前言うだけだよ?」
なんか、様子がおかしい。
「ねぇ、何か探し物してるんでしょ?私でよければ手伝うわ。」
「いいの!?運命的だね!」
「なにそれ。……まぁいいわよ。やる事もなかったし。」
「ホントに!?やったー!」
私は、無邪気に目をキラキラさせて、女の子をギューっと抱きしめた。驚かれて、一瞬で引き剥がされたけど。
あれ?なんか聞くことがあった気が…まぁいっか。
「それじゃ、いつまでもこんな場所にいるのもなんだし、降りよっか!」
「え?…あぁ………そっ、そうよね!降りないといけないわね。」
「?」
私は、ちょっと不審に思った後、スルスルッと数秒で木から降りて、女の子を待った。
今、どうして困った顔をしていたんだろう。何か気に障ることでも言っちゃったのかな。
………………………………あれ?来ない?
とりあえず様子見でもう一度木に登ってみると、女の子が、元の場所から恐る恐る脚を伸ばしているのが見えた。よく見ると裸足だ。
ってスカート!見えちゃうよ!いやそれじゃなくて!まぁそれも問題だけど!
「なんで両眼閉じてるの!?危ないよ!」
女の子は、その言葉を聞いて、左目をうっすらと開けた。その瞬間、光の速さで元の場所へ戻ってしまった。
ますます不審に思ったので、女の子がいる枝まで登ると、涙目でブルブル震えながら幹に掴まっているのが見えた。
「何?どうしたの?」
「………………………どうやって降りたらいいの?こんな高い所。」
「………………………え?」
「怖いじゃない!もしも落ちた時のことを想像したら!」
「いや、でもこの木そんなに高くないよ?桜だし。」
「まさかあなた…日常的にこれ以上の木に!?………恐ろしい……。」
「いやいやいやいや!今回はたまたまだから!気まぐれ!」
まぁでも、高い所が苦手なだけだとわかって、なんか安心した。
むしろ、小さい頃の私を思い出して、急に親しみが湧いてきたくらいだ。そうなんだけど。
「でも、このシチュエーションだと大問題なんだよね…。」
流石にこんなレアケース、おじいちゃんペディアにも載ってる訳が……………………………あった!
「周りをよく見ろ!打開のヒントはそこにある!どうしてもダメだったら運に(以下略)」
その言葉通りに、とりあえず枝を見回した。1人ずつ降りれば余裕で持ちこたえてくれるはず。
変えないといけないのは、こっちの方だ。
そう思い立って、女の子をマジマジと見つめた。「な、何よ…。」って言って照れてるのがなんかかわいいけど、今はそんなこと気にしない。
すると、良さそうなものが目に留まった。
「これだ!………ちょーっとゴメンね。」
「え?ちょっ!何よ!顔が近い!」
私は、女の子の顔に自分の顔を近づけて、その後頭部で揺れる赤いリボンをスルッと解いた。女の子が怪訝な目で私を見た。
「何する気?」
「いいからいいから。ちょっと手、出して。」
「……………?……えぇ。」
軽く鼻歌まで歌って、女の子の右の手首にリボンを結んで、次に私の左手に結んだ。なにかの回路を繋いだような、静電気にも似た感覚が走った気がして、少しだけ首を傾げたけど、気のせいかと思って放置した。リボンは思ったより長くて、2つも結び目を作っても50センチは余裕があった。
「これでよし!」
「………なにこれ。」
「一緒に降りよう!」
「………はい?」
「ほら、登山とかでさ!他の人と紐を繋いで、万が一落ちたりしそうになっても支えられるようにしてたりするでしょ?そんな感じ!」
「??…………よくわからないけど。」
「わからないかぁ…………………。」
私って説明下手なのかなぁ…。
「とにかく!落ちそうになったら私が支えるから!大船どころか泥舟に乗ったつもりで!」
「大船にしてよ…。不安だから。」
「さぁさぁ!行って行って!」
「え!?わたしから行くの!?」
「そりゃそうだよ?下、見たくないんでしょ?私が枝の位置は教えるから。」
「あぁ…なるほど。」
女の子は、イザという時は絶対支えてね!という言葉を添えて、必死の形相で上を向きながら少しづつ降りていく。
私も、それについて行くように、右手で枝に掴まって体を支えながら女の子を上から導いた。このまま上手くいきそうだ。
…………とその時は思っていた。
考えが甘かった。完全に。
「どう!あとどれくらいで降りられる?」
それはもう1メートルちょっとだからこの子は大丈夫。。はっきり言って私がこの子ならジャンプして行っちゃうくらいの高さ。問題があるのは私の方だ。
木の下側に来ると、しっかりとした枝が全くない。つまりこのままだと、脚を掛ける場所が無くて、右手1本で自分の体と、それだけじゃなく左手を引くこの子の体重まで支えなければいけないという、非常に厳しい状況になってしまう。
かといって、私が今いる位置は、飛び降りるには高すぎる。
リボンはぴんと張って、左手を動かすことはできない。方向的に、空気しか掴めない。
私の無計画発動の瞬間だ。
私は一瞬だけ考えて、女の子に向かって言った。
「もう少しで降りられそうなんだけど、ちょっと私が厳しいから、作戦が3つあるんだけど!」
「そうなの!?…………それは何?」
「うーん…。正直全部微妙なんだけど……。
①1回あなたを引き上げる!で、それからどうやって降りるか考える!
②リボンを切る!
③多少危険を犯してでも私がなんとか降りる!」
「なんとかって?」
「うーん…………頑張って飛び降りるとか?」
「論外よ。わたしのせいなのにあなたが危険じゃない。それに、怪我でもしたら探せるものも探せないでしょ?」
意外と優しい。
「②はやっぱりダメだよねー。」
「それは………そうね。」
「じゃあ①でいこっか。」
一番下の太い枝に脚を掛けて、左手に力を込めて、女の子に下を見せないようにしながら引き上げた。
地面からだいたい3メートル。
「さっきよりだいぶ低くなったけど、こっからなら大丈夫?」
「ムリ。ぜーーーーったいムリ!」
「じゃあリボンほどくのもムリか…。」
困ったなぁ…。ここまで来ると脳内おじいちゃんもネタ切れ…。
「④俺が強引に吹き飛ばす。」
「「え?」」
「ワァーーールズ!ギィーーーールプ!!」
砲弾のような風に吹き飛ばされ、私たちはまとめて空中へ投げ出された。女の子が何かに手をかざしているのが一瞬だけ見えた。
地面がどんどん近づいてくるのが見えて、反射的に目を閉じた。
リボンが、熱い。
地面にぶつかる感覚。でも、不思議と痛みは感じなかった。だから一瞬自分が死んだのかと思ったけれど、目を開けてみたらなぜか無傷だった。
チッ、と舌打ちが聞こえた。さっき声をかけたヘビみたいなお兄さんだった。
そしてその傍らには、見たこともないくらい大きな化け物。軽トラみたいな形のボディで、タイヤと車体の間から、3対の黒い翼が生えている。
正面の顔(それが顔なのかはかろうじてわかるレベル)に目はなく、男の子向けの変身ヒーローの複眼にも似たものに覆われていた。それは左右非対称で、変な形にくぼんでいる。そして、角のように左右に向かって伸びていた。
その顔の下には、妙に生々しい口が開いて、白い歯がのぞいていた。
「お前か。まさか先に探し物を見つけられるとはなァ。」
その人が糸目をわずかに開いた。赤い、冷たい目。殺意とか、敵意とかがにじみ出る目。
私は、女の子の無事を確認してから、お兄さんと化け物から遮るように立ちふさがった。
化け物が、ジリジリと近づいて来る。
「さァ、渡してもらおうか。」
「あなたは何者なんですか!」
「知る必要がオマエにあるのか?」
その目がスっと歪む。お兄さんが脚を踏み出した瞬間、私は反射的に女の子の手を取って走り出して、林の中へと突撃していく。
「追え。ワルスギルプ。」
「イェッサァーーーー!」
後ろから腹まで揺らす声と、大きな羽音が響き、暴風が吹き荒れる。枝が揺れて、かえって視界がひらけていて、行きよりもスムーズに進めた。
道路に降りると、異様な、ジャリっとした感触が伝わった。それだけじゃない。周りのほとんどのものが、錆びたみたいに赤茶けたものに覆われている。でもそれに気を取られる余裕なんて少しも無くて、ただただ走った。
この手の汗は誰のものだろう。リボンがあるのはわかっているけど、女の子の手から離れるのがたまらなく怖い。そう思えば思うほどますます怖い。何かの負のスパイラルにハマってしまったみたいに。脚は動いているはずなのに、2メートルすら遠く思える。
後ろから化け物が、そのタイヤをフル回転させて、弾丸みたいなスピードで向かって来る気配がして、とっさに曲がり角へ避難する。1回でも当たったら確実に死ぬという予感が頭の中を駆け巡って、声すら上げられない。
それを何度も何度も何度も繰り返して、自分がどこにいるのかわからなくなるくらい走って、やがて知らない神社の鳥居が見えてきた。
化け物が曲がり角から飛び出して来ないうちに、階段を駆け上がって、そして半分くらい登ったところで横の林にそれて、身を隠した。
すぐ近くから化け物の叫び声が聞こえる。きっとどこかに消えた私たちを探してるんだ。
止まってみて、ようやく自分の体が震えていることに気づいた。呼吸は荒いし、心臓の音もはっきり聞こえる。無茶な走りをしたせいで、1度座ったら多分もう立てない。
深呼吸して落ち着こうとしても、なぜか何かがつっかえたみたいに上手くいかない。
ぎゅっ、と左手に柔らかい感触。ハッとしてその方向を見ると、女の子がこっちを見ていた。
戸惑っているような、私と同じように怖がっているような、そんな目。脚は、枝がかすった傷と、走った時に着いた汚れであふれていた。
その時、私の中の何かが弾けた。
右手で自分のほっぺたを思いっきりビンタした。深呼吸なんかよりずっと落ち着いた。
「……?」
「…………ねぇ。」
「…………何?」
女の子が驚いた様子で私のことを見てくる。
「さっき、言ったよね。イザという時は絶対支えてね、って。」
「それが、どうしたの?」
「………ごめんね。」
「なんで謝るのよ。あなたは全然悪くないでしょ?」
「ううん。違うんだよ。」
私は、赤いリボンを手近な木のささくれに引っ掛けた。
「さっきの3択問題が続いてるんだとしたら、答え、①じゃなかったね。」
「何言ってるの?訳が分からないわ!」
「私の答えはね……②と③の両方、なんだ。…………だから。ごめん!」
引っ掛けたリボンを、ひと思いに引きちぎると、肘をぶつけた時みたいな、刺すような痛みが腕に走った。女の子の背中をムリヤリ押して、「逃げて!」と叫びながらそちらに背を向けて駆け出した。
階段を登りきると、そこには思った通り化け物がいて、追いかけっこが再び始まった。
何度もギリギリで避け続ける。さっきの疲れなんてみじんもなかった。
さっきと違って一人なのに。リボンは切れているのに。怖くない。
これは私のためじゃない。あの子のためだから。そのためなら、どこまでだって走れる。いつまでも逃げてやる!
神社の社の裏の森に入り込んだ。後ろからベキベキと木が折れる音が聞こえる。そんなの気にならない。あの子から引き離す!
予想が正しければ、この先にあるはずの坂から下に降りる。あの子がいるのは反対側だから、私はダメでもあの子は残る!
守らなきゃ。絶対に!
でも、やっぱり私の計画の甘さと運の悪さは筋金入りだった。
突然視界がひらけて、街が下に見えた。
私の目の前には、ほとんど垂直の、コンクリートの崖。高さは20メートルはある。
一瞬脚を止めてしまったせいで、化け物に追いつかれた。私の正面で急ブレーキをかけて、軽トラ型の荷台から誰かが降りてきた。
それは、さっきのお兄さんだと、その目を見て直感でわかったけど、その姿は変わり果てたものだった。
服装はそのままで、体の表面は緑色のウロコに覆われていた。顔はヘビと言うよりトカゲのようで、よく見ると尻尾もついていた。
でも、見た目は変わっても、その冷たい殺意の目は変わらない。
「………………。」
「………………。」
けれど私も、その目に負けてやるつもりなんてない。
「……………もう一人はどォした。」
「…………知らない。」
「……………そのリボン、やッてくれたなァ。お陰でよォ、探し直しだよ。アァ?どうしてくれる?」
「…………そんなの関係ない。」
「テメェ!…………選べよ。俺に殺されるか、それともこのワルスギルプに殺されるか。」
「どっちも選ばない。」
「ほォ?ずいぶん強気じャねェか。」
赤い目が刃物のような瞬きを見せた。
それでも私は退かない。
「私は死なない。あなたの思い通りにはならない!私とあの子は、まだ出会って20分も経ってない。
だから!絶対に友達になりたいんだ!せっかく出会ったんだよ!どんな出会いでも、一生に一度かもしれない運命なんだよ!何より私はあの子の名前も知らない!何が好きとか、何が嫌いとか、そんなのほとんど知らない!
それに、一緒に流れ星を探すって約束、まだ果たしてもらってない!私が探してるものは、まだ見つかってない!」
「………………………。」
左手にまだ、あの子の熱が残ってる。離れていても、きっと繋がっている。
「もう一度言うよ!私は死なない!あなたの思い通りには!」
トカゲの口が化け物に命令するより速く、私は後ろの崖へと身を投げた。
その時、誰かが私のすぐ後から飛び降りた。
あの女の子だった。
バカ!どうして逃げなかったの!?という声が出る前に、女の子は私の体を引き寄せて、そして抱きしめた。女の子の温度は、私が出そうとした一言を、小さな嗚咽に変えて、視界を歪ませた。
その時、私たちの身体中に電流が走り、左手首が熱を帯びた。
その電流は、涙で固まった私の喉さえも動かして、2人で同時にあの一言を紡ぐ。
「「キュアモール・ファティ!!」」
世界が、止まった。
私たちを追おうとした化け物の動きが止まった。化け物に驚いて逃げ出す鳥達が、羽ばたいている途中の体勢で止まった。木々は揺れない。木の葉は舞い上がっているのに、空中で止まった。私の涙の粒が、反射する光すらもそのままに止まっている。
私と女の子の心臓の音と、息づかい以外、何も、聞こえない。
気づけば私たちの服は銀色に輝くワンピースに変わっていた。
逆さまになったまま、少しだけ体を離すと、切ったはずのリボンが薄い燐光をまとって、元通り繋がっているのが見えた。
違う。元通りじゃない。リボンの結び目の余った部分が、ひとりでに動いて、全く別の形になっていく。
それは重なり合い、真っ赤なハート形になると、虹色のリングがそのハートを、やがて私たちの体全体を包み込み、回転して光の球になる。その様は、浅美の占いに出た『運命の輪』のタロットを思い出させた。
ハートがほどけて、2つの結び目が互いに引き寄せ合う。スっと、私たちの体が勝手に動き、リボンを結んだ手を前に突き出して、恋人繋ぎのように指を絡ませる。
手首に結んだ赤いリボンは、それぞれ色の違う、2つが一体化した腕輪に変わっていた。
私は、女の子の紫色の腕輪についたピンクの桜の形のクリスタルに手をかざす。女の子は私と鏡写しの動作で、私のピンク色の腕輪についた紫色の星型のクリスタルに手をかざした。
「「ゴールド・コマンド!」」
腕輪と腕輪の間から、2枚の金色のカードが飛び出して、手の中に収まった。それを自分の腕輪の平らになった面にかざすと、ワンピースが銀色から金色に染まった。
「「ダブル・メタル・リベアリング!」」
内側から熱があふれ出る。目を閉じて、体が溶けるような、お湯の中を漂うのにも似た感覚に身を任せていく。
筋肉が、骨が、身体中の何もかもが変わって、そしてワンピースがスカートに、ブーツに、さらに髪型も整形されていく。
それが止んで目を開くと、右目の視界が一瞬だけ金色に染まった。
目の前のデスティニーの左目も金色になっていた。
…………………ん?デスティニーって誰?
そう思った時には、私たちを包み込む光球が化け物…ワルスギルプに突進して弾き飛ばしていた。
崖の下にふんわりと着地して、光球が割れると、止まった世界が動き出した。
「結ばれたふたりの喜び!
キュアディライト!!」
「繋がれたふたりの運命!
キュアデスティニー!!」
手を放すと、ガキンッという音と共に腕輪も2つに分離した。
「「ツインコネクト!プリキュア!!」」
*
崖から飛び降りた2人の女を追おうとした俺は、突然ワルスギルプの荷台から投げ出されて、墜落した。
そして、目の前の二つの影に戦慄する。
金色の右目を持つ、桜色のプリキュア。
そしてそれと対をなす、金色の左目を持つ、紫色のプリキュア。
その、神々しさにも似た圧力に、俺はたじろぎかけた。
それが再び、この世に現れようとは。
*
「キュア……ディライト………?」
「キュア……デスティニー………?」
私たちはまず自分の体を見て、次にもう一人の体を見た。双子みたいにシンクロした動作だった。
私の体は、ピンク色と白の、フリッフリの服に包まれていた。曲線的でラブリー。ブーツとか、スカートの1番上の部分とか、所々に桜のモチーフがついていた。あと、なんか髪の毛が違う。さっきまでオレンジ色のショートボブだったのに、金髪のサラッサラでフワッフワなロングヘアを、頭の横で留めていた。
一方でデスティニーは、紫色に、少しだけ黒い部分がついた服。私のとはうって変わって(フリッフリではあるけど)直線的で、カワイイと言うよりカッコイイとかキレイとか、そういう言葉が似合う感じ。スカートの縁から規則的にぶら下がる4つの星がキラキラ光っていた。そして、紫色が少しだけ薄くなった髪の毛を、頭の後ろで留めていた。
それより何より。一番の変化。……そもそも身長が違う。高校生レベルに高くなってる気がして落ち着かない。
なんて言うか、ひとことで言うと。
「カワイイ……………!」
「…………え?」
デスティニーが急にジト目になった。荷台から投げ出されたらしいトカゲの人も、は!?とでも言いたげな目。
いや、でもこういうピンク色とか私の好みどストライクの服な訳で…。興奮しない方がおかしい。たぶんだけど。
「あれ……?なんで崖から落ちたのに生きてるの?」
「「今更!?」」
んん?体がなんか異常に軽い気もする……。フワフワして、ちょっとでも力加減を間違えたら立とうとしただけでジャンプしてしまいそう。
試しにホントにジャンプしてみると、一瞬で視界がまるで違うものになっていた。さっきの崖が、50メートルくらい下に見える。
飛びすぎた。思った通り、下から台風級の風が吹いてきて、慌ててスカートを手で押さえ、空中でバタバタしながら真っ逆さまに落下した。ちょうど真下には、面食らったデスティニーの顔。
「あわわわわわわわわわわわわ!」
「うわわわわわわわわわわわわ!」
それがどんどん近づいて、ゴチーン!と顔と顔が激突。その衝撃のせいなのか、桜の花びらと小さな星がたくさん飛び散って、粒子になって消えた。
デスティニーはちょこんとその場に座り込んで、私はバタバタ悶絶して鼻を押さえた。
「ふぁにひてんのよ。ひたいはない。(何してんのよ。痛いじゃない。)」
「ほへん。ひひおいはあって…。(ごめん。勢い余って…。)」
「ふぁあ?(はぁ?)」
「ふぇもさー。まっはーひひたあととはにはらはがふわふわひてほんじゃったりひあい?(でもさー。マッサージした後とかに体がフワフワして跳んじゃったりしない?)」
「なんで会話成立してんだお前ら…。」
硬直していたトカゲの人がため息をついた。ワルスギルプは戸惑った様子でキョロキョロしている。
「もういい。ワルスギルプ。やれ。」
「イェッサァ!」
ギュルギュルとタイヤと地面が擦れる音。私はさっきみたいに、とっさに横に跳んでかわした。ワルスギルプがさっきより遅い。弾丸みたいに思えていたのがウソみたいだ。
あっ!デスティニーが間に合わない!
空中で後ろを振り返ると、ワルスギルプがデスティニーに衝突して、土煙が舞った。
「デスティニー!!大丈夫!?」
土煙が晴れると、ワルスギルプが止まっていた。タイヤはフル回転させているのに、1ミリも進んでいない。
「どうしたワルスギルプ!押し切れ!」
「ワァルズゥゥウ!」
「さ・せ・ない!」
「ギィルプァァア!?」
空中で回転をかけながら運転席の部分にストレートを叩き込むと、粘土みたいに簡単にへこんだ。桜の花びらが舞い上がる。
デスティニーは、両手でしっかりとワルスギルプを止めていた。
私の拳にひるんだ隙に、その眉間に膝蹴りを入れてふっ飛ばした。
「おお!すごいすごい!体が軽くてめっちゃ動く!ねぇデスティニー!これがなにかわかる?」
「デス………あ!わたしか!ごめんなさいディライト!」
「ディラ…………?」
ディライト??
Q.私の名前は何ですか?
A.キュアディライトです。
いやいやおかしい。……でも考えれば考えるほど自分の名前がキュアディライトに思えてくる。
「あ…私か!ごめんデスティニー!」
私は軽く首を傾げた。
「ワルスギルプ!どうした!本気で行け!」
「イェッサァ!」
仰向けに転がっていたワルスギルプが、その羽根を羽ばたかせて起き上がる。すると、羽が伸びて絡まり合い、拳の形を作り上げる。
今度は拳を振り上げて、ワルスギルプが走ってくる。
私とデスティニーは、目を見合わせて頷く。
私は後ろに、デスティニーは前に跳んで、拳をかわす。
目の前を黒い羽毛の拳が掠めた。
デスティニーが車体の下に滑り込んだのを確認して、崖を踏み台にしてジャンプ。
「ふっ!」
「ワァル!?」
同時に、ワルスギルプの体がくの字に曲がって空中に投げ出される。デスティニーが、体をバネにして下から蹴りを放ったからだ。
ググッと、右拳を握った。ワルスギルプが、口をあんぐりと開けて私を見ていた。
「ぜりゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「ギィル!ルル、プァァァァァァァァァ!」
空中で、ありったけのチカラを込めたラッシュを叩き込むと、どこかへ吹っ飛んで見えなくなった。
「わわわわわわわわわ!」
「おっ、と。」
またも着地に失敗しそうになった私を、デスティニーが受け止めた。お姫様抱っこで。
至近距離で見るデスティニーの顔は変身前の姿をそのまま大きくしたようにキレイさに磨きがかかっていて、、なんかドキドキした。
「チィッ!ヒビワレロ!」
トカゲの人の足元に突然穴が空き、その中へと消えていく。その体が完全に穴に入った時には、もう塞がっていた。
「終わった…のかな。」
「えぇ…そうね。多分だけど。」
デスティニーの腕から降りて、ふぅっ、と力を抜くと、腕輪が外れて、空中で元の通りひとつにくっついた。服が銀色のワンピースになって、そして元のジャージに戻った。
腕輪は太陽みたいに眩しい光を放って、私は思わず目を閉じた。
数秒で光が止んで、目を開けると、そこには何も無くて、さっきの崖しか見えなかった。
「ちょっ!ちょっとあなた!」
「ん?何?」
「あ、足!足見て!」
「?」
確かに微かにズボンの裾を引っ張られる感じがして、下を見ると、真っ赤な猫みたいなぬいぐるみが、スネの辺りにつかまっていた。
「あ、カワイイ!」
「ホント?ありがと〜。」
「にゅわっ!!しゃべった!?」
抱きかかえてみると、やけにのほほんとした声で喋ったので、びっくりして尻もちをついた。
「ん〜とね、ワタシはモイラン!プリキュアを選抜するリボンにして、プリキュアシステムそのもの!と、言うわけで、これからよろしくね〜。」
そのぷにっとした体で、精一杯胸を張った。
「何よそれ!意味わからない!」
女の子が怒鳴る。私はしばらく呆然として、大声を出して立ち上がった。
「運命的だよ!」
多分その時の私の目はこれまでにないくらいキラキラしてたと思う。
すいません。細かい説明は2話に回します。