ツインコネクト!プリキュア‼   作:ふーる41

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第2話後編 心のリボンと繋がる2つ

「る〜ん。る〜ん。ふうす〜いふっうすい〜。」

 

作詞作曲自分の歌を歌いながら、届いたばかりの小さなダンボール箱を開けた。中には、色々な模様とか文字とかが書かれた羅針盤が入っている。

この私、松本浅美は、今回新たな領域に足を踏み入れてみようと思います。

それは、……………風☆水!

いや〜これ本当に高かった。お年玉にすら手をつけない倹約生活を乗り越えて通販で注文して即日発送。さすが仕事が速くて感心感心。………今の言い方益子先輩みたいになっちゃったな。

初心者がそんな手の込んだやつ使って大丈夫なのかって?ノンノン。私はいつも形から入る女。タロットの時もそうだったわけで。

………よし、これを使っていつかまひるの部屋を魔改造してやろ。アーッハッハッハッハ!

 

「浅美ー!うるせぇぞ!誰に言ってんだよ!なんで家の中だとそんなに心の声ダダ漏れなんだよお前は!」

 

コホン。ちょーーっと興奮しすぎちゃったかな。占いにおいて自分の感情が出るのは禁物。多分だけど。お兄ちゃんにどやされる前にさっそく一回目やっちゃおう。使い方は事前に読んでおいたマニュアルと、度重なるイメトレによって完全に頭に入っている。なぜか趣味の方面での記憶力はいいんだよね〜………。

さて…………結果は………………。

 

「………東が良し、か。」

 

東…窓しかない。窓…もしかして外に出ろって意味かな?

 

 

……………お腹が空いた。何回か『ジャンプ』しただけでこれだ。なんて燃費が悪いんだろう。今にも倒れそう。

でも、もうすぐ着くから、頑張って歩こう。

とりあえず、安心できる場所へ行きたい。

 

なのに。

 

「サビてる………。」

 

最悪。もうすぐにでも着く距離なのに、サビて通行止めになっている。振り返って、回り道しようとしたけど、わたしの足は止まった。

 

モイランが突然自己紹介を提案した時、わたしはひどくドキリとした。しかも、わざわざ最後にわたしの順番が来るようにして、先送りに出来ないように意図していたんじゃないかと思えた。

 

世界に、わたしの存在そのものが拒まれているんじゃないかという不安感が心の中を支配する。

 

モイラン…ひょっとしてあなたは、気付いているの?

 

呼吸が荒い。心音も速い。落ち着かないといけないと頭の中ではわかっているはずなのに、心と体は震えて止まらない。

 

そんな思いを、頭を振ってごまかした。

 

きっと、あそこまでなら一回で届くはず。

 

わたしの体が紫色の燐光を放つ。でもそれは線香のように弱くて、今にも消えてしまいそうだった。

 

「…………『ジャンプ』ッ!」

 

そして、わずかに砂ぼこりを上げながら、わたしの姿はそこから消えた。

 

 

あれから、色々な場所へあの女の子を探しに行った。

必死で周りを見回して、紫色の長い髪を探した。

呼び止めるための名前を知らないことが、たまらなくもどかしい。

 

けど、たぶん私はあの子のことを呼んでいた。名前以外の何かで。……なんてね。

 

考えてみれば、私にはあんなにあの女の子に固執する理由なんて何にもない。

たまたま出会って、一緒に木から降りて、一緒に化け物から逃げて、一緒にプリキュアに変身してその化け物を退けて、一緒にクレープを食べただけ。

まだ、あの子のことなんて何も知らない。

 

下唇を噛むと、突然頭の中におじいちゃんが出てきた。

「知らないのが何だ。知ろうとする努力をすればいいだろう。」

それだけ言ってあっという間に去った。

 

「…………………………。」

 

口をわずかに開けて、すうっ、と新鮮な空気を吸い込んだ。

 

そうだ。今知らないことなんてどうでもいい。これからゆっくり知っていけばいい。

 

身勝手なのはわかってる。でも。

 

あの子が走り出す直前の、あの顔だけは、あの目だけは、どうしても忘れることができなかったから。

 

まるで、この世界そのものに恐怖しているかのような、そして、何かを必死で探して、追い求めているような目。

 

それが、私に似ていたから。

 

 

「マッヒー。ストップ。」

「………こっちはダメみたいだね。」

目の前の地面がくすんだ赤に染まっていた。

「回り道回り道〜。」

「うん。……………そうだね。」

「………?どうしたの〜?」

 

突然、頭の中であの子との会話がフラッシュバックした。

 

「………………適当に呼んでってって、さっき言ったでしょ。スフィンクスでもマンチカンでもスコティッシュフォールドでも。何でもいいわ。」

「………………ネコ、好きなの?………じゃなくて名前!おーしーえーてーよー!!」

 

………………なんだろうこの壮絶な違和感。何か、私は見えていないことがあるんじゃないの?

その答えが喉まで出かかった時、ちょうどポケットの中のスマホが震えた。浅美から電話だった。

 

「もしもし浅美?どうしたの?」

『助けてくださーい。まひるの馬鹿力を見込んでの頼みでーす。』

「…………電話切るね。バイバイ。」

『ちょっ!まままっ!待てぃ!マジで!ほホントに助けて欲しいんだけど!』

「冗談だよ。何かあったの?」

『えっと〜…あの〜…大変言いにくいことではあるのですが…。』

「もう。頼まれる方はそれじゃあわかんないよー。」

 

浅美は一瞬ためらって、恐る恐る声を出した。

 

『女の子を拾いました。どうしよ。』

 

…………迷子かな?

 

「うーん。もうちょっと詳しく。」

『いや〜私、色々あって東へ歩いてたんだよ。』

「まずそこからツッコミたいんだけど。」

『そしたら行き倒れてる女の子を見つけてね〜。なんか、ここどこ〜とか、失敗した〜とか、ブツブツ言ってて。』

「ふーん。って言うか、迷子なら交番に連れていったら?」

『いやムリ!絶対ムリ!』

「なんで?」

『だってこの子、すぐ気絶しちゃって、今意識がないんだよ。』

「やばいじゃん!救急車!呼ぶの私じゃなくて救急車だよ!何か病気かもしれないでしょ!?」

 

叫んだら周りの人達に変な目で見られた。

 

『いや、多分お腹が空いてるだけ。グゥ〜ってめちゃくちゃでかい音でさぁ。あと、足に擦り傷がいっぱいあるけど大したことないかな。救急車レベルではないね。』

「そっかぁ。よかった。…でもなんで交番行けないの?おんぶして行けばいいと思うんだけど?」

『そうそれ!それが問題!』

 

浅美はコホンと咳払いをして、急に改まった口調になった。

『問題。世のか弱き乙女は、三、四十キロ前後の、自分と同じくらいの大きさの物をス〜イスイ運べる。マルかバツか!』

「マルでしょ?」

『これだから!まひるはもう!』

……え?私今変なこと言ったかな?

 

『正解はバツ!んな事できるの私の知り合いじゃ、まひるしかいないから!』

「ウソでしょ!?」

『ウソじゃないっての…。まず、この子幼児じゃない。私らと同じくらい。』

「えっ?そうなの?どんな見た目?」

『えーっと、紫色の長い髪で、白ワンピ着てて、なぜか裸足で、あと、まひるがよく行くクレープ屋の…抹茶味のやつ持ってる。食べかけの。気絶する前にそれを食べさせようとしたんだけど、なぜか頑なに口閉じちゃってね。

…にしても、キレイな顔してるわこの子。』

 

…………………………ん?

 

『……あ、でも救急車じゃなくて警察呼べばいいか。ごめんねー。電話切るわ。じゃ。』

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁあ!」

『え?え?何?びっくりした。』

「待って!呼ばないで!そこで待ってて!」

『いやなんで急に乗り気に……?』

「いいから!今どこ!?」

『私の家を出てまっすぐ東。どれくらい歩いたかはわかんない。』

「オッケー!待ってて!動かないでね!」

割と一方的に電話を切って、丁寧にアキレス腱を伸ばした。そして、小石が足にめり込む痛みも気にせず走り出した。

 

 

四方八方が、ステンドグラスに囲まれたような場所だった。どこからでも光が入って来て、中の物を色とりどりに照らしていた。

本当だったら、とても美しい場所だった。

けれど、グラスはそこら中で割れて、欠片は辺り一面に転がっていた。

わたしはその場所で、ただひたすら戦っていた。腹の底から雄叫びを上げて、ふらふらになって、それでも手を掲げて、襲ってくるものを追い払い続けた。

それでもやがて力尽き、虹色の玉座に叩きつけられて、床にうつ伏せに倒れ伏した。

コツ、コツという靴の音と、シャラシャラとガラスの粉がまき散らされる音が聞こえた。

足音の主は、笑いながらわたしの頭を掴んで、片手で持ち上げた。

顔はモザイクがかかったようにぼやけていたけれど、ニヤリと歯を見せて笑う口だけはなぜか見えた。

わたしの顔は涙でぐしゃぐしゃになって、震える手を必死で動かした。

 

怖い。怖い。怖い。怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖………

 

ふっ、とわたしの視界が暗転した。

 

肩で息をしながら、ガバッと飛び起きる。

あ、夢か、と気付いた瞬間、その記憶は泡のようにあっけなく消えた。

力が一気に抜けて、後ろに倒れ込んだ。ぽふっと柔らかいものがわたしの体を受け止めた。頭がぼーっとして、まぶたも開けなかった。

 

「あっ!起きた!水持ってくるからちょっと待ってて!」

聞き覚えのある声が聞こえた気がしたけれど、部屋から早々に出ていってしまった。

それとほぼ同時に、もう一つの人影が口を開いた。

「話、ちょっとだけ聞いたよ。あなたがまひるの次のターゲット?あのまひるが名前を聞き出せないなんて珍しいこともあるもんだねぇ。しつこかったでしょ?昔からそういうヤツだから。悪気はゼロなんだけどね。」

「ここは…………どこ…………?」

「私の部屋。まひるったら、あなたをおんぶして、ここまで走って運んできたんだよ?ホンットになんで手ぶらの私より速いんだか。人間なのかたまに疑いたくなる。しかも、なんで有無を言わせず他人のベッドに寝かせるかなぁ…。一応、足は拭いてくれたけど。でも、まひるまで裸足だったのはマジで謎。」

「まひ………る……………?」

 

 

「たっだいまー!さ、飲んで飲んで。」

戻ってきた人影は、毛布をめくって、わたしの上半身を丁寧に起こして、そっとコップを近づけてきた。

「ちょっとずつ飲んでね。いきなり詰め込むと、お腹がびっくりしちゃうから。」

水を一口分だけ、喉の奥へ流し込むと、それが食道を通って、胃の形が露わになるような独特の感覚がした。

途端に喉の渇きが一気に目覚め、思わずゴクゴクと全部飲み干してしまった。

少しだけ軽くなったまぶたを開けると、オレンジ色の髪の、ものすごく見覚えのある顔があった。

「おはよ。また会えたね。」

「ッ!」

後ろに飛び退いて、盛大に壁に頭をぶつけてのたうち回った。

わずかに目に涙を浮かべながら顔を上げると、あの子がジト目でこっちを見てくる。絶対怒ってる。いきなり逃げたわたしが悪いわけではあるけど。

あの子はわたしの手を取って引き寄せる。怖くなって、目を閉じた。

 

 

 

「はい。これ食べて。カロリーメイト。」

「……ふぇ?」

 

あの子は、手にビスケットを載せてきた。

「あ、でもパサパサするから新しい飲み物持ってくるね。牛乳と麦茶とオレンジジュース、どれがいい?」

「すっかり我が物顔でウチの冷蔵庫を…。」

「えっと…じゃあ牛乳で。」

「りょーかい。コップ、持ってくね。」

「え、えぇ。」

「あと、はい、モイラン。」

 

怒ってないの?と尋ねる暇すら与えず、わたしの太ももにモイランを載せて再び部屋から出てしまった。拍子抜けして、なんか置いていかれたような気分だ。モイランは眉ひとつ動かさずに話しかけてきた。

(もしも〜し。元気?…ではなさそうだね。)

「まぁ、色々あってね…お腹は減ってヘトヘトになって最悪よ。もぐ。」

あの子の言った通り、口の中が一気にカラカラになって、水を残さなかったことを後悔した。

(なのにワタシのクレープは律義に持っててくれたの?)

「まぁ、それは当たり前よ。わざとではないけど、わたしが持って行っちゃったのは事実なわけだし。」

(じゃあ逃げなきゃよかったのに〜。)

「うっ!」

 

 

「…………(何でぬいぐるみと話してるんだろこの子。)」

……後から聞いたことによると、この時のわたしはとても不気味だったらしい。でも、わたしがそれに気付くことなんてあるはずもなかった。

 

 

「…………あの子、怒ってなかった?」

(怒るというより、心配が先に来てる感じだったよ。)

「そう…。どっちにしろ悪いことしたわ。」

(なんか、言ってることとやってることがちぐはぐだね。)

「それは……………!」

痛い所を突かれて、一瞬言葉を失った。

 

「………ところでモイラン。どうしてさっきから顔を動かさないの?声だけは聞こえるからちょっと気持ち悪いんだけど。」

(あ、それワタシも思う〜。でもマッヒーに絶対動いちゃダメって言われちゃったから…。)

「そうなの?なんでそんなこと言うのかしら。」

首を傾げて考えてみても、答えは見つからなかった。

 

あの子の友達は、突然カードの山を取り出してシャッフルし始め、1枚引いた。

「……ふ〜ん。『魔術師』か。」

「…?」

(もしかして、あれがタロットカードって言うやつかな?)

「タロッ……ト?」

「…!!知ってるの!!?」

自分に話しかけていると思ったのか、急にその目を輝かせ始めたので、慌てて首を横に振った。

「今、あんたとまひるのことを占ったんだけど。…ふ〜〜〜〜ん。『魔術師』かぁ…。今日会ったばっかり?」

「そうよ。あの子から聞いたの?」

「ぜんぜん。まひるったら、何にも話してくれなくてさ。」

「じゃあ、どうしてわかったの?」

「わかったって言うか…私じゃなくてカードが言ってることを独自に翻訳して伝えてるだけなんだよね。だいたい八割、相手のことを知ってれば八割五分くらいは的中するかな。たまに外れちゃうんだよね〜。あはは。」

「はぁ………。」

呆然としていると、バン!とカードが突きつけられた。

「ちなみにこの『魔術師』は始まりを暗示するカード。あとはまひるの性格と照らし合わせて推理するの。」

「…えっと、それだけで?」

「う〜ん。あとは…昨日の『運命の輪』……かな。」

「………?」

「なんでもない。それにしても、まひる遅くない?」

そう言って笑うその顔は、わたしではなく少しだけ遠くを見つめている気がした。

 

扉が開いて、あの子が入ってきた。牛乳が入ったコップだけじゃなくて、クッキーがのった大きなお皿を持っていた。

「噂をすれば…かな。って言うか何そのクッキー。おいしそう!」

「浅美のお兄ちゃんが焼いてくれたんだよ。みんなで食べよ。」

「ナイス兄ちゃん!」

 

あの子の友達が、部屋の隅に折りたたまれていた小さなテーブルを取り出して、クッキーのお皿を載せた。星型、ハート型、花型、人形型、色々な形のクッキー。空腹も手助けして、とてもおいしそうに見えた。

 

「「いっただっきまーす!」」

「い…いただきます。」

 

牛乳と一緒に、あの子がくれたビスケットをあっという間に平らげて、星型のクッキーに手を伸ばした。

モイランが、ちょっと羨ましそうな目をしていた。

 

「もぐもぐ……そうだ浅美。ちょっと占って欲しいんだけど。」

「ひゃみふぉ?(何を?)」

「この子について。」

ゴクッと、口の中の物を丸ごと飲み込む音がした。

「はいはい。言うと思った。……あんたはいいの?やっちゃって。」

あの子の友達が、じっとこっちを見た。わたしが小さく頷くと、カードの山を素早くシャッフルし始めた。

正直、タロットに興味があると言えばあった。どれくらいわかるのか確かめてみたかった。

あの子の友達は、山札を3つに分けた。真剣な目だった。

「この3つからそれぞれ一枚ずつ引いて。」

「…えぇ。…一枚目。」

「過去。『悪魔』の逆位置。苦痛からの解放。」

「…二枚目。」

「現在。『月』の正位置。先の見えない状態。」

「…三枚目。」

「未来。『審判』の正位置。急速に進む物事……か。う〜ん。なかなか解釈が難しいなぁ…。」

「ありがと。…ホントは現在だけ知れれば十分だったんだけどね。」

「え〜。何それー。」

 

あの子は、すうっ、と一度深呼吸をした。あの子が、何か違うものに変わっている気がした。

 

「………質問させて。ひとつだけ。」

 

「……………何よ。」

 

わたしは、思わず唾を飲み込んだ。

気圧されていると、はっきりわかった。

その紫色の澄んだ目が、わたしの全てを洗い流して、内側の何かを露わにしてしまう気すらした。

 

「どうして…あの桜の木に登ったの?降りる時、あんなに怖がってたのに。」

「何言ってるの?わたしが木になんか登ろうとするわけ……………。…………………………!!」

 

目を見開いて、慌てて口をつぐんだ。木に登らなければ、あの場所にいるわけがない。そんなの当たり前だ。でもわたしは、嘘なんてついてない。

あの子の顔に動揺はなかった。まるで集めたパズルのピースを数えているような、奇妙な落ち着き様だった。

閉じ込めていた秘密の箱を、無理矢理こじ開けられるような、言葉にならない恐怖がわたしを包んだ。

 

「さっきね、突然頭に浮かんできたんだ。それで、わかった気がしたんだ。どうしてあなたがそんなに名前を言おうとしないのか。突拍子もないけど、もしそうだとしたら、全部のつじつまが合っちゃってさ。だから、今のはちょっとした確認みたいなものだったんだよね。

………………正解だったみたいだけど。」

 

やめて。それ以上言わないで。

 

「あなたは名前を言わなかったんじゃない。言えなかった。違う?」

「えっと…つまり…どゆこと?」

「つまり…自分の名前を知らないんじゃないの?」

「いやいやそれはないでしょ。いくらまひるでも名前を聞き出せないことくらいあるって。

ねぇ?」

「…………………………。」

「待って。マジなの?」

 

沈黙は肯定。そう頭ではわかっていても、言葉が何も出てこない。

 

「…正直に答えてね。どうして靴を履いてなかったの?」

「…………………………わからない。」

「どうしてお金、持ってなかったの?」

「……………………わからない。」

「あのリボンは何?」

「………………知らない!」

「さっき、どうやって消えたの?」

「………自分でもわからないわよ!」

「あなたの名前は?」

「わからないって言ってるでしょ!!」

 

思わずテーブルを叩いた。それから、自分が何を言ったのか気づいて、「あっ。」と小さく声を上げた。

 

「……えっ?ウソ!?マジにマジ!?」

「やっぱり…ね。」

そこまで行けば、わたしの秘密に気付くのは簡単だったんだろう。

 

「記憶、無いんだよね。多分、あの桜の木で目覚めるよりも前の。」

「………。」

「証拠は他にもあるよ。モイランが私の名前を知っていて、あなたの名前を知らなかったこととか、クレープの時、あなたはクレープを食べるどころか見たこともないって感じだったこととか。」

「…………………………それだけ?」

「あとは………『月』かな。浅美の占いよく当たるし。あとは勘。」

「………それ私の占いより不確かじゃない?だいたい信頼置きすぎ。昔の人か。」

「えへへ〜。」

過程はどうであれ。

「でも、間違ってた?私の言ってること。」

 

何も、…………………間違っていなかった。

 

「…………………そうよ。わたしは自分が誰かわからない。目が覚めたら目の前にあなたが寝てたの。だから話しかけた。でも、わたしのことは何も知らなかった。周りを見ても、自分が知っているものが何一つないのよ。そのせいで、わたしの居場所なんてどこにもないんじゃないかと思えてきて…………………。」

「…怖かった………?」

あの子の顔に、一瞬だけ暗い影が落ちた気がした。

 

「それってさ……………。」

 

わたしはあの子の次の言葉を待った。

 

「運命的だよ!」

 

「……………は?」

 

影から一転、顔をぱぁぁっ、と輝かせて、あの子はテーブル越しに両手でわたしの両手を包み込んだ。

 

「いや、だって!記憶喪失ってことは、これから記憶を取り戻す流れだよね!だよね?浅美。」

「え?そこで私に振る?うーん…まぁ、『審判』が出てるし、あるかもね。」

「そうそう!根拠はないけど大丈夫だよ!」

 

わたしはただ、握られた両手を見ていた。その手が、さっきよりも少しだけ温かいような気がするのを、気のせいとは思えなかった。

 

「ちょっ!大丈夫?なな泣いてる!?」

「えっ!?わっ!ホントだ!私ティッシュ持ってくる!お兄ちゃーーーーーん!」

「ふぇっ?……あっ!」

 

いつの間にか涙が流れていて、手を慌てて解いて拭き取った。でも、拭けば拭くほど、どんどん溢れてきて、自分でも全くコントロールができない。

 

「ご、ごめん!何かマズいこと言っちゃったかな?」

あの子は慌てに慌てて、残像が出るくらい手をブンブンとあらぬ方向に振り回した。

「ち、違うの!これはその…えっと…ごめんなさい!」

…あれ?なんでわたし、謝ってるんだろう。

 

「「…………………ふふっ。あはははは。」」

 

お互いをキョトンと見つめて、同時に笑い出した。

 

「……やっと見れた。」

「……何を?」

「あなたが、思いっきり笑ってるところ。」

 

ぽちゃん、と、心の中に温かい雫が一滴降ってきた気がした。

また涙が出てきて、あの子は慌てふためいて、でもわたしは、大丈夫と首を横に振った。

 

「………ごめんなさい。こんなにあっさり受け入れてくれるとは思ってなくて。」

「何?わたしがこれくらいで拒絶すると思った?」

「……………………まぁ、そうだけど。」

「うっ!…それはそれでちょっとショックだなぁ…。」

 

あの子は、わたしの頭をぽんぽんと軽く叩いて、そして撫でた。

 

「私、あんなにあなたに友達になりたいって言ったんだよ?…しつこかったかなってちょっと反省してるけど…。でも、記憶がないだけで嫌いになんてなる訳ないよ。」

「………もしかして、わたしの悩みって小さいの?」

「小さい小さい。アリンコどころかミジンコより小さいよ。」

 

あの子はわたしの手を取って、そっと皿の上のハート型のクッキーを載せた。

 

「ほら、食べて。普通にお腹も膨れるし、それに涙が出たらヤケ食いが一番だっておじいちゃんが言ってた。」

「……えぇ。ありがと。」

 

「…マ……マッヒー……。」

と、話していたら、ひざの上から消え入りそうな声が聞こえてきた。

「え?モイラン、動いていいの?」

「うーん…。まぁ、今は浅美もいないし、いいかな。」

「クッ…クッキーを…恵んで…。さっきから…みんなが食べてるところ…見てるばっかりだから…お腹…空いた……。」

モイランの表情は、今にも昇天しそうな、どこか恍惚としたような顔だった。

「あ、ごめん。はいこれ。」

「イェ〜イ!ありがと〜〜!」

……何このテンションの差。

 

「にしても、浅美遅いなー。いつまでティッシュ取りに……まさか!クッキーの補充とかあったり!?」

「クッキー!?」

すかさずモイランの目がピカーン!と光った気がした。

「ちょっと私一階に降りて……。あれ?開かない。」

「え?どうして?」

あの子がガチャガチャとドアノブを回して、ドアを引いても、びくともしない。

試しにわたしもドアに手をかけると、ドアノブは簡単に回っても、ドアそのものは1ミリも動かない。

「つ…つまり閉じ込められたって…」

「あ、これ鍵とかじゃなくてドアがどういう訳かへばりついてる感じだね。じゃあ取れそう!」

「え?取れるの?え?ちょっと!?え?」

「さん、はい!」

 

あの子がバコォン!と強引に腕力だけでドアを無理矢理こじ開けると、ゴオオオオオオォ!と、ドアの外へと吸い込まれるような暴風が吹いて、タロットがドアを出て階段の方へ舞って行った。

悲鳴をあげそうになったけれど、その前に風は止んだ。たった3秒くらいだった。

でも、拍子抜けしている暇はなかった。

 

「ワールースーギールゥゥゥゥウ…。」

 

化け物の声が聞こえた瞬間、あの子はドアをバタン!と閉めて、慌てて飛び退いた。

 

「プァァァァァァァァァアア!」

 

ドアが一瞬でサビに覆われるよりも早く、あの子はわたしとモイランを脇に抱えて、二階の窓から飛び降りた。

でも、その下の地面も、もうサビていた。

着地できたとしても、どうなるかは目に見えていた。

 

わたしは息を飲んで、空中でとっさにあの子の手を握った。

 

その瞬間、モイランが、カッ!と目を見開いた。

 

 

「思い出したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

 

 

その叫びと同時に、わたしたちの口はあの言葉を唱えた。

 

「「キュアモール・ファティ!」」

 

わたしたち以外の全てが止まる。モイランの体が文字通り解けて、その姿はあの赤いリボンに変化した。パチリ、と回路のように何かが繋がる感覚がした。そして、リボンは繋いだ手を包み込み、桜色と、紫色の二つの腕輪に姿を変えた。

体が金色の球体に包まれ、服は銀色のワンピースに変わった。

あの子の桜色の腕輪の、星型のクリスタルに触ると、金色のカードが飛び出す。あの子も鏡のようにそれと同じ動きをした。

それぞれカードをキャッチすると、カードから金色の膜が花びらの様にはがれ落ち、紫色の、色々なところに星が散りばめられた服が描かれた表面を露わにした。

 

「「ゴールド・コマンド!」」

 

カードを自分の腕輪にスキャンさせると、ワンピースが金色に染まった。

 

「「ダブル・メタル・リベアリング!」」

 

そこから先は目を閉じて、浮いているような不思議な感覚に身を任せ、体が別のものに変わり、服の形も変わって行くのを待った。

ドクン、ドクン、とわたしの心臓とわたしのものではないもう一つの心臓のリズムが、音叉のように共鳴して、鼓動が一つになっていくような気がした。

 

変化が止まり、目を開くと、左目の視界が一瞬金色に染まった。

 

球体が動き出し、家の入り口へと錆色の瘴気を吐き出すワルスギルプに激突するのと同時に、止まった世界が動き出した。

二つの腕輪がガキンッと音を立てて分離し、その接合部と接合部を繋ぐ赤い紐が現れた。

 

「結ばれた二人の喜び!

キュアディライト!」

 

「繋がれた二人の運命!

キュアデスティニー!」

 

金色の風が吹き、星と花びらが舞い踊った。

 

「「ツインコネクト!プリキュア!!」」

 

ワルスギルプの下から、さっきのトカゲ頭がはい出てきた。

「やはり来たかァ。プリキュアァ…。」

「ギィルプ………。」

球体に吹っ飛ばされたワルスギルプが起き上がった。

 

「あれは………!」

「もう!また来たの!?せっかくいい所だったのにー!………ってサビ!やばくない!?」

「たっ!確かにそうね!」

サビは、わたしたちの視界のほとんど全てを覆っている。わたしは慌てて足の裏を確かめて、全く錆びていないのを見てホッと胸を撫で下ろした。

「浅美………!やばいどうしよう!浅美の家がサビてる!ってことは浅美は………!」

一方でディライトは、自分の心配よりも、わたしたちが出てきた家を見て青い顔になっていた。

「ティッシュ…取りに行って戻って来なかったのってまさか……。」

「そォだ。その家の中にいたヤツらはオマエら以外全員サビた。」

「このっ!」

ディライトは間発入れずに走り出した。

「ワルスギルプ!」

怒りの形相で挑みかかろうとしたディライトの前にワルスギルプが立ち塞がる。それでもディライトは拳を振り上げるのを辞めなかった。

「邪魔!」

「ギィルプ!」

「くぅ……。」

その手はワルスギルプの顔面に命中した。でも、グワァァァンという音がして、逆にディライトの方が大きく後ろに吹っ飛ばされた。

ブワッと花びらが舞いながら、ディライトの足が地面を滑った。

 

「あれ………?さっきあんなに殴ったのにピンピンしてる………?」

 

ディライトの言う通り、ワルスギルプの体にはへこみどころかかすり傷一つない。

 

(そりやそうだよ〜。ワルスギルプは単純な殴る蹴るじゃ倒せないもん。)

「「モイラン!?」」

(聞こえるみたいだね〜。うんうん。よかったよかった。)

腕輪と腕輪の間の、半透明の赤いリボンが、モイランの意志に従って、まるで生きているかのようにウネウネと揺らめいたり、クルクルと螺旋を描いたりした。

「もしかして…このリボンがモイラン?」

(そうだよ〜ディライト。正確には、このリボンと、二人が付けてる腕輪がワタシなんだけどね。)

「でも、さっきはこんなリボン出てなかったじゃない。」

(ごめんね〜。寝てたから。)

「「寝てた!?」」

(睡眠と言うより〜。…冬眠?休眠?)

「どっちでもいい…かな。」

モイランが普通のテンションすぎて、ディライトは軽く笑った。

 

(でもそのせいでロクにパワーの調整ができてなかったでしょ?)

そういえば…ディライトが跳びすぎて顔から落ちてたような…。

 

「デスティニー!今私が着地に失敗した時のこと考えてなかった!?」

「え?なんでわかったの?」

「……うーん。……なんでかなぁ…。友情のおかげ?」

「別にまだ友達じゃないでしょ。」

「えーー!この期に及んでまだ言うの!?」

ディライトは、頬をプクーっと膨らませた。わたしは何となく目を逸らした。

 

「なァ…。いつまで話してんだ………。」

「あっ!ごめんなさい!」

「なんで謝ってるのよ。」

(なんで謝ってるの〜?)

「なんで謝ってンだよ。」

「総ツッコミ!?……でも確かに考えてみればなんでだろう。」

今度は、顔がラクガキみたいになって、それから一気にショボーンとした。さっき顔にかかった影が、現実だったのか怪しく思えるくらいだ。

 

「用意はいいか?俺はさッきのようにヘマをやらかすつもりはないぞ。」

「もちろん!ドンと来いって感じだよ!」

あっという間にディライトの威勢が復活した。

 

(ディライト…。まだ説明終わってないよ…。)

「え?そうなの?」

「俺の名はコモドルガ!ハズアルド三幹部が一人にして、我らが最大の障害たる貴様らをサビの一部にする者だァ!」

(…向こうすっかり臨戦態勢だから、動きながらでもできるだけ聞いてね。)

「もう………。」

「ごめん……普通にごめん……。」

 

またしょんぼりした。

…正直、かわいさだったらディライトの方が上な気がする。見た目的にも仕草的にも。

って、そんなこと考えてる場合じゃないか。

 

「ワルスギルプ!行け!」

「イエッサァ!」

 

それまで動かなかったワルスギルプが、待ってましたとばかりに、タイヤをギュルギュルと回して突進してきた。

 

トントンとディライトがステップを踏みながら何歩か進むと、リボンがたった5メートルくらいで糸のように細くなった。

 

「同じ手を何度も使うと痛い目見るよ。…こんな風に。………………はあああああああああああ!」

 

ディライトは、正面から殴りかかったと思いきや、巨大なアゴを右手で強引に掴んで投げ上げた。

空中で一回転して、花びらを巻き上げながら、ワルスギルプがこっちに飛んでくる。

一瞬、リボンが赤く輝いた気がした。

わたしはディライトの行動が事前にわかっていたかのように、ワルスギルプを両手で受け止め、空中へトス。そこへ跳び上がったディライトが蹴りを入れて地面に叩きつけた。

「ワ…ワァル!?」

「何だこの動き…。ワルスギルプ!立て!」

「イエッ……サァ!。」

ディライトがいる空中へワルスギルプがタイヤを放ち、ディライトは腕をクロスさせてそれをガードする。

「はぁっ!」

その隙にわたしはワルスギルプの方向へ走り、スライディング気味に体の真ん中を足で突き刺した。小さな星が炸裂する。わたしは反動で少しだけ後ろに押し出されてしまったけれど、ワルスギルプの体はそれよりも大きく地面を滑り、火花と土煙を散らした。

 

 

ディライトが、今度はちゃんと着地して、ヒラヒラと花びらを舞い散らせながら、軽く何回かバク転して戻って来た。

「モ…モイラン!どういうこと!?さっきと全然違う!思ったところに跳べたし、思ったように動ける!あとデスティニー!ナイストス!」

「あ…ありがと…。」

 

それより…いや、それもそうだけど…連携の質が一番違うような気がする。

 

(ふっふ〜ん。これがワタシの真のチカラ。ワタシはこのリボンを通して心と心を繋ぐことができちゃうんだよ〜。それを使って、お互いの考えてることをある程度共有できちゃうったりしてね〜。まさに!イシンデンシンってやつだね。

あと、二人の考えをくみ取ってパワーはワタシが調整してるから、勢いが付きすぎちゃう心配しなくていいよ。)

「もしかして…さっきの思い出したってそういうこと?」

(とりあえずプリキュアシステムについて説明すると〜……。)

そこまで言いかけると、突然リボンがビクン!と張ってそれから慌てたようにギザギザになりながら叫んだ。

(気をつけて!来るよ!)

 

「ギィィィルプァァァア!」

ワルスギルプは、今度はその翼を広げて飛び上がった。そしてスゥゥっと空気を吸い込んだ。

「何度来てもおな…。」

「ワルスギィィィィィィィィィィィ!!」

「「わあああああああ!」」

黒い羽根が無数の針になって、全方向にまき散らされた。ディライトは素早く民家の陰に隠れて、針をやり過ごそうとした。

「えっ!?デスティニー!避けないと!」

(デスティニー!)

「あっ!」

ハッとして、横に跳ぼうとしても、もう間に合わない。

わたしはほとんど条件反射で両手を前にかざした。

 

「『ガード』!」

 

わたしの体が紫色の光を放ち、かざした手の前に半球型の透明な壁が現れた。

まだクッキー数枚しか食べていないせいか、何本かは軽く刺さったけれど、わたしの体まで至った針は一本もなかった。

 

「バリア!?バリアも張れちゃうの!?すごいねプリキュアって!」

(あれ?プリキュアシステムにバリアなんてあったかな?)

 

バリアが安定しない。足も少しだけふらついてきた。

幸い、羽根が尽きたのか、攻撃は10秒程で止んだ。

(デスティニー!いっくよ〜!)

糸のようだったリボンが太くなり、体に何かが流し込まれた。すると、足のふらつきが止んだ。

わたしとディライトはアイコンタクトを交わし、同時に走り出して、ワルスギルプを左と右から挟み込むような位置取りになった。

「24番!37番!92番!」

「はああああああ!」

「ギィ!ルル!プワァ!」

ディライトが踊るように拳と足を叩き込み、わたしもそのリズムに合わせた。

無数の花と星が舞い、ワルスギルプの体がベコベコにへこみ、原型を留めないくらい丸くなった。

 

そして、丸くなったワルスギルプをディライトが蹴飛ばすと、土煙を立てながら転がって行った。

「よし!何度来ても私達なら勝てる!」

「………。」

………なんか、上手く行きすぎているような気がする。どうして相手はこの程度で勝てると踏んだのかが全くわからない。

 

(ディライト!油断しないで!あれじゃ倒せてないよ!)

「え?どういう…。」

その予感は的中した。

「ワルスギィィィィィィィィルプ!!」

土煙の中から、ワルスギルプが猛スピードで迫って来る。その形は元通りのトラックの形だった。

「『ガード』!………っ!」

咄嗟に張ったバリアはあっさりと破られて、わたしとディライトは近づくワルスギルプの顔を両手で受け止めた。

「くっ………!」

「モイラン…!なんで直ってるのあれ…。」

(ワルスギルプは、頭を壊さない限り何度でも再生するんだよ!)

「なるほど………。それで……さっき…」

「ギィィィィィィ!」

「くぅ……ディライトがあんなに殴ったのに……傷一つなかったのね………。」

「もうちょっと…早く言ってほしかったかな………。つまり…頭を壊せば!…せいっ!」

ディライトが眉間(?)へパンチ。すると、グワァァァンという音が響いて、またその拳が弾かれた。

(ワルスギルプの頭は、そういう攻撃じゃ絶対に壊せないよ〜!)

「えっ!?待って…………。それって………。」

初めて、ディライトの声が震えた。

 

倒すには、頭を壊さないといけない。でも、頭を壊すことはできない。とんだ矛盾。

つまり…………………目の前の怪物は、どれほど殴ろうと、どれほど蹴ろうと、どんな攻撃をしようと倒せない、絶対無敵の存在ということ。

 

トカゲ頭がニヤリと笑った。

ワルスギルプの力がさらに強くなった。

 

こんなの、どうしようもない。…………そんなの、どうすればいいの?

 

(だいじょーぶ!倒す方法はあるよ!)

「「………………………!!」」

(ワルスギルプの目を見て!何かをかたどってるはずだから!)

 

ワルスギルプに、目と言える部分はなかった。その代わりに、黒い、変な形にくぼんだものが、角と一体化して、仮面のように目を覆っていた。そして、そのくぼみは、見覚えのあるものにも見えた。

 

「左目が鳥で……。」

「右目がトラック!」

 

(それは鋳型だよ!ワルスギルプの素材になった二つのもの!その鋳型を埋めれば、頭を壊せる!)

 

わたしとディライトは目を合わせ、うなづいた。やらない手はない。

 

「「どうやればいいの?」」

(それは……。)

 

「ワルスギルプ!押し切れ!」

「イエッサァァァァァァァア!」

ワルスギルプが口を開き、錆色の瘴気を吐き出した。わたしたちの体は何故か錆びなかった。でも、向こうの力はどんどん強くなっていって、足が少し引きずられた。

 

(手を繋いで!早く!)

 

モイランはそう叫ぶけれど、正直、両手で踏ん張るのが精一杯だった。足も徐々に後ろに下がっている。一瞬でも、片手だけでも力を抜けば、押し返されてやられる。そうなれば間違いなく錆の一部だ。

 

 

「……………………冗談じゃない。」

 

 

そう呟くと、ディライトがちらっとこっちを見た。

 

わたしは、自分の名前を知らない。いつ、どこで生まれたか、どんな生き方を、どんな人生を送ってきたのか。そんなものは何一つわからない。

 

「わたしは、まだ目覚めてから半日も経ってない。それっぽっちで『わたし』を終わらせるなんて真っ平よ。」

「…デスティニー?」

「……………決めた。わたしは、あなたの友達になるわ。」

「……………………………………えっ!?」

ワルスギルプの力が、少しだけ弱くなった。

 

「ただし!条件付きよ!わたしの記憶を取り戻す手伝いをして。……約束!」

ディライトは、少しの間呆然とした後、くすっと笑った。

「…私が断ると思う?………喜んで!」

「じゃあ、早速いくわよ!」

「うん!」

同時に、すうっと息を吸った。リボンが赤く光り輝いた。

「「せーのっ!」」

「ギィ!?ルプァ!?」

ワルスギルプが弱くなったんじゃない。わたしたちの方が強くなってる。

 

「「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」

「ワア!アアアアアア!」

「どうしたワルスギルプ!まだだァ!やれェ!!」

「ルズギィィィィ!?」

「「ああああああ!とりゃあああああ!!」」

 

そして、ワルスギルプの体は大きく後ろに転がった。

 

「いくよ!デスティニー!」

「えぇ!」

 

空中に跳び上がり、腕輪をつけたそれぞれの手を指を絡ませながらしっかりと繋いだ。

ディライトは胸の桜の飾りに、わたしはそれと同じ場所にある星型の飾りに触ると、その中から変身した時に使ったカードが飛び出し、裏返すと、わたしのカードには流れ星、ディライトのカードには桜の枝の絵が描かれていた。

 

 

「「ゴールド・コマンド!リバース!!」」

 

 

変身する時と同じようにカードを腕輪で読み取ると、キュオオン、と金色の二つの小さな球体が目の前に現れ、その形を変えてそれぞれの手の中に収まっていく。

 

 

ディライトの手には、先端に桜の花の飾りが付いた枝のような杖。

 

「チェリーブロッサムロッド!」

 

 

わたしの手には尾を引く流星のような杖。

 

「シューティングスターロッド!」

 

 

同時に杖を掲げ、それぞれの飾りを近づけていく。

 

「桜咲く咲く」「星降る夜に」

 

桜の花と星の飾りが合わさり半回転して、ガチャリと音を立てながらふたつの杖がひとつの弓になった。

 

「「ハート・トゥ・ハートアロー!」」

 

カードを矢に付いたスリットに差し込み、滑らせると、金色の矢が2本現れた。

 

「「ダブル・メタル・スパークリング!!」」

 

矢の射線上に、ワルスギルプの目に、桜と星のマーカーが現れた。

 

「「黄金の心を!ふたりの輝きに変えて!」」

 

肩と肩を、腕と腕を触れ合わせながら、矢をわたしたちの体の間に挟むように引き絞る。

 

 

 

「「プリキュア!

ゴールデン!マグニフィセント!!」」

 

 

 

そして、矢を放った。

 

二本の矢は、それぞれ輝きを増しながらまっすぐ進み、マーカーをくぐり抜けて、ワルスギルプの両目を目指した。

 

矢が目の鋳型を満たした瞬間、爆発のように輝きが広がり、辺り一面を覆っていたサビがワルスギルプの中に向かって集まっていく。

 

「ワアアアアアアアアアアアア!!!」

 

ワルスギルプは苦悶の叫びを上げ、その体はどんどんヒビ割れ、中から液体の金が溢れて、そして頭を残して粉々に消えた。

 

「…ワルスギルプ。」

 

ワルスギルプは、最期にそれだけを呟き、ついに頭にもヒビが入って、砕けた。

残された金は、その鋳型を元に形と大きさを変えていき、さっきまでワルスギルプがいた場所には1羽のカラスと横転したトラックだけが残された。混乱した様子のカラスは、笑顔のわたしたちとしかめっ面のトカゲ頭を交互に見て、いそいそと飛び去って行った。

 

「……ヒビワレロ。」

 

トカゲ頭は、前と同じように、突然現れた穴の中へと消えていった。

 

 

服が元に戻り、腕輪がひとつになってモイランの形になるや否や、あの子はわたしに抱きついて来た。

「……ちょっと。いきなり何?」

「うん?晴れて友達になった記念?」

 

………。

 

「離れなさい。」

「えーーー。」

あの子は、ちょっとだけ頬を膨らませて、いかにも渋々ですよ、といった様子でわたしの体を放した。

 

………………。

 

「…そんなに嬉しい?友達になれるって。」

膨らんだ頬がプシュー…としぼんだ。あの子は一瞬キョトンとした後、満面の笑みを浮かべた。

「うん。嬉しい!」

なんだかその笑顔が眩しくて、目を細めた。不思議と、悪い気分はしなかった。

 

 

「まひるー!ティッシュ持ってき……あれ!?なんでいないの?って言うかなんで窓開いて…………………。

ま……まさか飛び降り!?心中!?まひるってそこまで病んでたっけ……。いやまひるなら飛び降りくらいやりかねない………。うわあああどうしよう!」

 

まひるの友達の声がした。まひるの頬がまた膨らんだ。

 

「浅美…。昔から独り言が大きいんだよ……。本人は心の声って思ってるんだろうけど。」

「ふふっ。そう。」

「もう!笑わないでよ!私、別においそれと飛び降りたりしないからね!」

「飛び降りたじゃない。崖から。」

「だから!それはあなたが危ないって思ったからその………もう!助けてくれてありがとう!…って何言ってるんだ私…。」

 

ため息をついて、まひるは、そっと左手を差し出した。

 

「行こう。心配されちゃってるし、クッキーもまだ残ってるし。」

「えぇ。そうね。」

 

わたしはその手を取って、一緒に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いや、すごくグッジョブなんだけど…。そうではあるんだけど…………ワタシを置いてかないで〜〜〜〜〜〜〜〜!」

「「…ごめん。」」

Uターンして、短足ながらも一生懸命走るモイランを拾い上げた。

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