Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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 天の道を往き、総てを司る!
 


亜種特異点I:天魔総司悪道 新宿1999
お兄ちゃん2017


 

 

 

 ガチリ、と大時計の短針が動く。

 そうして動き続ける時間を前にして、彼はゆっくりと本を開いた。

 

 ―――その本に記された文字は、『逢魔降臨暦』。

 

 『逢魔降臨暦』を手に大時計の前で佇むのは、一人の青年。

 ウォズ、あるいは黒ウォズと呼ばれる者である。

 

「この本によれば2018年9月。普通の高校生、常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

 ふわりと首に巻いたストールを翻し、彼が歩き出す。

 するとそこは暗闇の中から、劫火の街へと一瞬のうちに切り替わっていた。

 炎の中で何ともないとばかりに、ゆったりと微笑む黒ウォズ。

 

「だが2015年7月。彼が魔王としての一歩を踏み出す前に、想定外の事態に見舞われた。

 ―――人理焼却。人理補正式ゲーティアが発動した、歴史を灰燼に帰す偉業」

 

 そんな炎に沈んだ街の中に浮かぶ、銀色の仮面。

 顔面に“ライダー”という文字が刻印された、時の王者の新たな姿。

 

 仮面ライダージオウⅡ。

 そう呼ばれる存在が浮かび上がり、その威風にやがて周囲の炎が吹き消されていく。

 炎が消えた後に残っているのは、幾人かの人間。

 

 常磐ソウゴと同じくカルデアに招かれたマスター候補。藤丸立香。

 円卓の騎士ギャラハッドを宿したデミ・サーヴァント、だった。マシュ・キリエライト。

 かつて全能の王であった、しかしただの人間であるもの。ロマニ・アーキマン。

 カルデアに召喚された万能の天才であるサーヴァント。レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 そして途中からカルデアに合流した、オーマジオウへの反逆者。ツクヨミ。

 

 などなど。

 そんな人間たちの姿が揃うのを見て、軽く肩を竦める黒ウォズ。

 

「……そんな異常事態に巻き込まれながら、しかし。

 時の王者たる常磐ソウゴは、人理保障機関カルデアと手を結び、ゲーティアを打ち倒した」

 

 そう言って、彼は手にしていた本をぱたんと閉じる。

 それと同時に消えてしまう、彼の背後に浮かんでいた人影たち。

 

「後は本来の時間……2018年を待てばいい、と言いたいところだが。さて」

 

 残されたのは、炎の消えた街の残骸。

 そこで彼はゆっくりと振り返り、瓦礫の上にいるものに目を向けた。

 

 廃墟に浮かんでいるのは、恐らくまだ子供だろう姿。

 その少年は瓦礫を乗り越えながら、一心不乱に前に進む。

 赦せない、絶対に赦せない、赦せるはずがあるものか、と。

 嚇怒と憎悪に塗れた少年が、ただただ前に進んでいく。

 

 ―――やがて。

 そんな少年の姿が、何か別のものへと変わっていく。

 怪物としか言いようのない姿に。

 

 そんな背中を視線で追っていた黒ウォズが、僅かに目を細める。

 怪物への変生を始めた少年を目の当たりにして、少し思案するように眉を上げて。

 しかし何も口にすることはなく、そのまま踵を返した。

 

「どうやら、我が魔王の戦いはこの1年もまだ続くようです。

 結末は決まっていますが、継承の儀が滞りなく行われるのは私にとっても喜ばしい。

 せいぜい我が魔王の糧になってもらうとしましょう」

 

 最後にそうとだけ言い残し、彼は歩き去っていく。

 

 ―――闇に包まれていくその光景の中。

 憎悪に塗れた咆哮だけが、ただ響き渡っていた。

 

 

 

 

「それってつまり……どういうこと?」

 

 頭を抱えようとして、しかし手が汚れているのでそれもできない。

 なので、ただ胡乱げな視線を隣に浮かぶ物体に向けるに留める。

 

「うーん、そうですねー。

 一言で言うなら、いまのイリヤさんたちは生霊みたいなものなんですよ」

 

「まだ小学生の身空で生霊になるだなんて……!」

 

 厨房でエプロンをして作業しつつ、愕然とする銀髪の少女。

 そんなイリヤスフィールに対し、魔法のステッキは優しく言い聞かせる。

 

「どうやらわたしたちはサーヴァントになってしまっているようなんです」

 

「……サーヴァント、って。クラスカードと同じ?」

 

 カレイドステッキ、マジカルルビー。

 その契約者である魔法少女カレイドルビー、プリズマ☆イリヤの相棒である魔法のステッキ。

 そんなルビーの言葉に、チョコレートの香りが漂う厨房の中で難しい顔を浮かべるイリヤ。

 

 ―――サーヴァント。

 かつてこの世界に馳せた英雄だったものたち。即ち英霊。

 彼らを人に使役できるカタチにし、降霊した人理の守護者たち。

 今の彼女たちはそんな存在に変わっている、と告げられたのだ。

 

 何となく手持ちが7枚(クロ込み)揃っているのはおかしいな、と感じてはいたのだが。

 しかし何故おかしいのかはイマイチ記憶が繋がらないというか。

 それも自分が本人ではなく、サーヴァント化していたせいだというわけだろうか。

 

 同じく厨房で和菓子を作っていた美遊が小さく眉を下げる。

 

「……」

 

 ―――起点は恐らく、美遊なのだ。

 彼女の発した“魔法少女の絶望”という感情を拾い、ファースト・レディが動いた。

 本来ならば美遊が、彼女の世界に隔離されるはずだった。

 だがレディの力の低下のせいか。物語の魔法少女の氾濫のせいか。魔猪の王の侵略のせいか。

 

 あるいは美遊がその感情を抱くに至った、本来の彼女たちが置かれていた状況のせいか。

 ―――それら全てが理由の一因であるのか。

 

 原因は絞れないが、とにかく。

 彼女たちはサーヴァントに近しいものとして、この世界にやってきてしまった。

 

「うう……それって、わたしたちどうなっちゃうんだろう」

 

「うーん、まあ夢を見ている感覚が一番近いと思いますが。

 本人は本人ですが、どうやっても本来の時間軸に繋がらない経験をしてしまうと言いますか」

 

「多少の混乱はあるかと思いますが、ケアに関してはお任せください。

 わたしたちは性質上、世界を越える現象による影響に関してはそれなりに理解がありますので」

 

 ルビーの姉妹機、妹のマジカルサファイアがそう言って空中で揺れる。

 そんな姉妹ステッキを見て、イリヤが苦笑した。

 

「そ、そっか。夢、夢かぁ……時間が関係なくなるなら、向こうでわたしたちが行方不明で騒がれてる、って事になったりはしないって事だよね? じゃあ、ゆっくり考えてもいっか……」

 

「おや、意外と冷静な」

 

 意識を作業に戻し、チョコレートを刻みながらイリヤはルビーに答える。

 

「―――多分、レディを通じてわたしたちにそうすることが求められたのかなって。

 魔法少女は助けを求める誰かの声に応えるもの。

 だったら、わたしたちがここにこうして呼ばれたのも、意味があるんじゃないかなって」

 

「ええ! ええ! そうですね、うんうん!

 レディさんの魔法少女パワーを受け継ぎ、成長してくれてわたしも感無量ですよー!」

 

 清々しく魔法少女の清らかさを示したイリヤ。

 そんな彼女に対し、辛抱たまらんとばかりに羽飾りをぱたぱたと動かすルビー。

 彼女がイリヤの頭に、思い切り抱き着いてくる。

 

 そんな突然のタックルに対して、包丁を手にしたままわたわたと慌てるイリヤ。

 

「ちょ、ルビー! 危ない、やーめーてー!」

 

「姉さん、やめてください」

 

 それを危険行為とみなしたサファイアのエントリー。

 ステッキ部分を展開した彼女が、ルビーを強引に殴り飛ばしてイリヤから剥がす。

 撃墜されたルビーに溜め息ひとつ。

 イリヤが包丁を握り直し、チョコレートに向き直る。

 

 そうして、彼女はそんな動作の合間に美遊に微笑む。

 

 ―――自分たちは誰かを助けるためにここにいる。

 ―――誰かの助けを呼ぶ声が、自分たちをここへと導いた。

 ―――だから、何も気にする必要なんかない。

 

 そんな意志が伝わったのか。

 美遊は少し、無理をしながらも微笑んでみせた。

 

「……ところで美遊は和菓子作ってるんだね。

 美遊が何でも作れるのは知ってるけど……一応、バレンタインって名目だったような」

 

「うん。でも聞いてみたら、ソウゴさんは当分チョコはいいやって。

 ロマニさんとか他の人もチョコより和菓子の方が、っていう人たちもいたし」

 

「ああ……」

 

 そう言って作業に戻る美遊。

 向き合っていたのが短時間のイリヤですら、ちょっとチョコに引き気味になるのだ。

 チョコレートの海と長時間格闘していたソウゴはなおさらだろう、と。

 

 そうしている間に復帰してくるルビー。

 ふよふよと浮遊しながら、ステッキの体を左右に振る彼女が言う。

 

「それにしてもソウゴさんは面白そうな運命をお持ちですねー。わたしたちも実は、その運命の渦とでも言うべきものに巻き込まれたのかもしれませんよー?」

 

「……ルビーはとりあえず、包丁持ってる間は隅に引っ込んでて」

 

 しっしっ、と軽く手を振って追い払う。

 そんな彼女の前で、サファイアが小さく頭を下げるような動作を見せた。

 対してぷんぷんと怒っていますとでも言いたげな様子を見せるルビー。

 

「イリヤさん、なんということを!

 魔法のステッキがない魔法少女なんて、キュウリのないカッパみたいなものですよぅ!」

 

「レディはステッキ持ってなかったと思うけど……

 っていうか、ルビーって自分のことキュウリみたいなものだと思ってるの……?」

 

 今は魔法少女じゃなくて料理少女だし、と。

 面倒そうに肩を落としながらのイリヤの言葉に、ルビーが軽く横に傾いた。

 

「え? カッパがわたしで、キュウリがイリヤさんですよ?」

 

「わたしのこと食い物にしてるって意味!? ほんとどうかと思う!」

 

 それだけではなく好物かつ代名詞的な大いなる繋がりだ、と。

 短絡的な発想に心外そうにゆらめくルビー。

 

「安心してください! イリヤさんのことはわたしが一番おいしくいただけますから!

 ところでカッパの頭のお皿って見ようによってヒマワリに見えません? 頑張ればビームとか出そうだと思うんですけど」

 

「心配してないしそんな事言い出すルビーの存在が一番安心できない!

 そしてカッパとヒマワリを何だと思ってるの!?」

 

 きゃーきゃーと喚くコンビを後ろに放置し、作業を進める美遊。

 カルデア職員は業務の割に数は多くない―――聞いた話では、人理焼却と同時に発生したテロ行為で、多くの人員が帰らぬ人となったかららしい。そんな中で戦い続けてきた今の職員たちも、様々な手続きをしている途中でここから出る自由もないそうだ。

 

 そんな鬱屈とした雰囲気のせめてもの慰めに、と。

 少女たちは厨房を借りて、バレンタインチョコに類するものの製作に取り組んでいた。

 日付としては少し早いが、まあその辺りはいいだろう。

 

 ほぼほぼ終わりつつある菓子の大量生産。

 そこで小さく息を吐きつつ、美遊がサファイアに視線を向ける。

 

「そういえば、クロは? サファイア、知ってる?」

 

「クロエ様は映像記録を見たい、と。

 ソウゴ様と立香様に付き添われ、管制室に行っているはずですが」

 

「映像記録を……」

 

 全てを閲覧したわけではないが、美遊も幾らか目を通している。

 七つの特異点を巡る戦い。未来を懸けた、時代を駆け抜ける聖杯戦争。

 

 イリヤやクロに見せて欲しい、とねだられたロマニの顔はとても微妙なものだった。

 言うまでもなく、とても機密性の高いものだからだろう。

 だからイリヤも美遊も遠慮して、あまり見てはいないのだが。

 

 クロはそういう事を気にせず、がっつりと見るつもりらしい。

 何か引き寄せられるものがあるのだろうか。

 単純に貴重を通り越した体験映像なのは間違いないので、おかしくはないが。

 

 思考を止めないまま、危うげのない手つきで最後の仕上げを進めている美遊。

 そんな彼女がふと、食堂の入り口へと視線を向けた。

 

「お疲れ様、手伝う事ある?」

 

「あ、ツクヨミさんにマシュさん」

 

 そこにいるのは、マシュと連れ立って食堂に入ってくるツクヨミ。

 そんな彼女に向き直り、美遊が小さく首を横に振る。

 

「問題ありません。このくらいの人数分であれば、わたしひとりでも」

 

「カルデアには結構な人数がいると思うのですが……」

 

 そう口にしつつも、マシュは美遊を中心とした厨房の状態に目を瞠った。

 短時間で大量に仕込まれた和菓子の数々を前に、どう反応すればいいのかと迷う。

 傍目からでも分かるほど圧倒的な調理手腕。

 本業かと見紛うその実力を前にして、下手に手伝っていいものかと気後れしたのだ。

 

 彼女たちも人理を取り戻す旅路において料理を手伝ったりはしていたのだが。

 あくまでも手伝いレベル止まりの彼女たちでは、手を出せるレベルじゃなさそうだ。

 

「手伝えるとしたら、包装でしょうか」

 

「凄いのね……家が和菓子屋さんだった、とか?」

 

 並べられた豪奢な菓子に感嘆する両名。

 そんな彼女たちに見られて、何かを思い出すように美遊が目を細める。

 

「いえ、ただ料理はいつも―――」

 

 ただそこでぴたり、と。

 なぜか自分で口にした言葉に止まる少女。

 その様子に対して、ツクヨミは不思議そうに首を傾げる。

 

 完全に動きを止めた美遊が、自分の言葉に続きを探す。

 だが自分でも意想外なほどにそれが見つからず、黙り込むことになった。

 誰もが困惑するしかない、どこかいたたまれない空気。

 それに何となく堪え切れず、イリヤが声を荒げた。

 

「ル、ルヴィアさんのところでメイドさんをやってたくらいだもんね!

 料理から掃除まで何でもござれ、的な!?」

 

「メイド……?」

 

「―――その、ええと、はい」

 

 誤魔化すようにするイリヤたちに不思議そうに。

 しかしそれ以上何を言うでもなく、ツクヨミが動き出す。

 職員に配るための包装なら手伝えるだろう、と。

 彼女に続くようにマシュもまた動き始めた。

 

 

 

 

「―――もういっかい、いい?」

 

 画面に釘付けになった少女が、そう言って指を立てる。

 

「ああ、構わないけれど」

 

 彼女の要求に従って、ロマニは映像を巻き戻す。

 いま映し出されているのは、冬木における戦闘のデータ。

 シールダーだった頃のマシュと、キャスターとして呼ばれたクー・フーリン。

 それが冬木のアーチャーと戦闘している場面だ。

 

「そういえば、クロ……っていうかレディが使ってたのと同じ武器だよね。

 あの時のアーチャーが使ってた剣とか、矢とか」

 

 黒白の双剣に、凄まじい貫通力を持つ矢。それは確かに冬木でも見たものだ。

 その時はソウゴもジオウの力を得る前で、前には出ていなかった。最終的にはアーチャーの攻撃をマシュが防ぎ、その隙にクー・フーリンの宝具がアーチャーを呑み込む事で決着。

 

 1年以上前に体験したことを改めて見直しながら、ソウゴは息を吐く。

 

「……ええ。わたしの中のクラスカード、アーチャー。

 それに内包されているのがあのアーチャー、ってことになるわけね」

 

 難しい顔をしながら、クロエが手を顎に添える。

 

「アーチャーだけじゃなくて他にも結構同じなんだよね」

 

 立香が横で、少女たちから聞いた情報を纏めたメモを見る。

 セイバー、アーサー王。ランサー、クー・フーリン。ライダー、メドゥーサ。

 アサシン、ハサン・サッバーハ。キャスター、メディア。バーサーカー、ヘラクレス。

 

 そんな一覧を思い浮かべつつ、ソウゴが先程映像で見たサーヴァントの影を思い返す。

 

「俺たちが最初にあったあのサーヴァント、ライダーで呼ばれたアナだったんだ」

 

 彼らが経験した最初のサーヴァント戦。

 影化したサーヴァントでしかなかったライダー。

 その真名がメドゥーサだったのだと認識して唸る。

 

「意外と世界って狭いね」

 

 感心した様子で大きく頷く立香。

 苦笑しているロマニの横で、クロエは珍妙なものを見る表情を浮かべた。

 

「あなたたち、その感想でいいの?」

 

 アーサー王とクー・フーリンも言うまでもなく。

 メディアとヘラクレスには、第三特異点における海洋で激突した。

 ハサンがどのハサンなのかは分からないが、その多くと第六特異点で共に戦った。

 メドゥーサは第七特異点で仲間となり、そしてゴルゴーンが敵となった。

 

 そう考えてみると、未だ正体すら判然としないアーチャーは不思議だ。

 一体どこの英雄なのだろう、と首を傾げつつ。

 

「あ、冬木に呼ばれたサーヴァントなら、ソロモンのカードとかないのかな」

 

「それならドクターでも使えたり?」

 

 カードを持って変身するロマニを思い浮かべつつ、期待の視線を向ける。

 そんなものを向けられて、とんでもないという顔をする彼。

 

「いやいや、使えないよ。ボクには魔術回路なんてないって知ってるだろう?

 それにしてもクラスカードか……一体どういう設計思想で造られたものなんだろうね」

 

 そんな話題を広げてくれるな、という抵抗だろうか。

 強引に話を変えにいくロマニ。

 

 ―――儀式『英霊召喚』。

 それは人理を滅ぼす獣性から、世界を守るために実行されるもの。

 人類史に名立たる英雄に頂点を示す冠位を与え、守護者として降臨させる。

 そんなものを下敷きに造り上げられたのが、儀式『聖杯戦争』だ。

 

 『聖杯戦争』に『英霊召喚』を取り込んだのは、マキリ・ゾォルケン。

 彼が願いを叶えるための儀式に、世界を救うための儀式を組み込んだのは何故か。

 ロンドンの地で見かけた彼は、最終的に人理焼却に身を捧げてしまった。

 だが、その時の様子やダ・ヴィンチちゃんの語る彼の人物像から察するに―――

 

「……『聖杯戦争』の原型は、世界を救う―――人類を存続させるという願いを叶えるものである『英霊召喚』だった。だからこのカードを使って行われるだろう別種の『聖杯戦争』も、世界を救うために設けられたものだ、って?」

 

 ロンドンの映像はないので口頭で幾らか内容を聞いていたクロエ。

 彼女がアーチャーの戦闘シーンを見直しながら、肩を竦める。

 

「さて。それはどうか分からないけれど、可能性はあるかもね。

 並行世界であっても、英霊の存在を前提にした『聖杯戦争』と呼ばれる儀式がある。

 だとしたら、そう言った枠組みも同じくしているかもしれない」

 

「っていうか、そもそもカードは聖杯戦争とは―――」

 

 そこまで口にしたクロエが口を噤み、視線を彷徨わせる。

 不思議そうにする視線を集めつつ、溜め息をひとつ。

 イマイチ自分が持っている情報が繋がらない、何かズレた感覚。

 

 冬木のアーチャーのサーヴァントを見て、自分の中の何かが噛み合うような、もう噛み合っていたのを思い出しているだけのような。そんな気持ち悪さが、表面に出てきて。

 

「大丈夫?」

 

「……へいきよ、へーき。あー、何か考えてもどうしようもないわね。

 ま、元からわたしはサーヴァントみたいなものだし、あんま変わってないし。

 せっかくだし、一足早い冬休みと思ってこっちでの生活を楽しませてもらうわよ」

 

 そのままひょいと手を伸ばし、ロマニの横から適当にパネルを操作する少女。

 止める間もなく行われたその動作に、モニターが目まぐるしく入れ替わる。

 今までカルデアが体験してきた戦いが、幾つか同時に表示された。

 

「ちょ!」

 

「それにしても、苦労してこんな戦いをしてきて世界を救った、ってのに今のあなたたちって実質軟禁状態なんでしょ? 理不尽よね。この映像もそのうち消すつもりなんでしょ?」

 

 そんな複数の映像をぼんやりと見つめながら、クロエがそうぼやく。

 

「……何を残して何を消すかまだ所長と議論中だからね。

 全て消してしまったら問題になってしまうし、全てを偽造するのは流石に難しい。

 虚実入り混じる内容に再編する予定だけれど」

 

「勿体無いわね」

 

 どこか遠くを見るような顔で、そう言って苦笑するクロエ。

 彼女の言葉に対し、神妙な顔で頷くソウゴ。

 

「確かに。編集して映画とかにしたら売れそう。所長のお金稼ぎになるんじゃない?」

 

「そういえばレイシフトで映画作ったら凄そうって話もしたね」

 

「そういう話してるんじゃないんだけど?」

 

 いい加減にしろと言わんばかりに腰に拳を当て、クロエがむっつりとした様子を見せる。

 きょとんとした立香とソウゴが顔を見合わせ、首を傾げた。

 

「はぁ……あなたたちが世界を救ってきたんでしょ? だったらもっとこう……何かないの? どんな大変な戦いだったか、ちゃんとみんなに知って欲しいとか。何でただでさえ押し付けられた運命を勝手に無かったことにされなきゃいけないの、みたいな」

 

「うーん。無かったことにはなってない、かな。

 知っていてくれる人はいて。憶えてくれている人もいて。

 そして何より、私たちは絶対に忘れない。だから、()()()()()かなって」

 

「……そりゃ、そうかもしれないけどね」

 

 むすっとして顔を背けるクロ。そんな彼女を心配そうに覗き込む立香。

 クロエは向けられる視線にムムム、とばかりに顔を顰めると、ささっと踵を返した。

 そうして管制室を後にしようとした少女の背中が、

 

 ビー、ビーと。

 突然のサイレンに晒されて、胡乱げな表情で振り返る。

 

「……大事件は解決して、もう何もなかったんじゃなかったっけ?」

 

 振り返って見れば、管制室はアラート全開。

 突然の事態に泡を食って確認作業に移り出す職員たち。

 そんな姿を見ながら、立香が腕を組んで眉根を寄せる。

 

「その予定だったけど」

 

 それこそ彼女たちと出会ったレディの世界も、異常事態だったのだ。

 問題が出た事に何か言ってもしょうがない。

 必要ならば何度だって動くだけ、である。

 

 ソウゴがロマニに視線を送り、問いかけた。

 

「準備してきた方がいい?」

 

「はは、その余裕は心強い。とりあえず、まずは状況の整理からかな。

 まずは観測した特異点の位置と時代の特定を急ごう。

 それと、所長にも説明だ。レオナルドの持っている回線に連絡をつけてくれ!」

 

「はい!」

 

 ロマニの指示が飛んで、俄かに騒がしくなる管制室。

 赤く染まったアラート画面が、即座に情報を集めるために切り替えられていく。

 

「キミたちもマシュたちに状況を伝えて、一応準備をしておいてくれ。

 準備ができしだい、再度ここに集まって欲しい」

 

「わかった」

 

 ソウゴと立香が顔を合わせて、走り出した。

 

 そんな背中を眺めつつ、クロエが軽く息を吐く。

 緊急事態があっても随分と落ち着いたものなのだな、などと。

 随分と感心しながら、彼女も彼らの後に続いた。

 

 

 

 

「意外と次々と問題は出るんですね……」

 

 人理焼却という大事を解決した経過観察、という状況だったはず。

 だが、問題となるアラートは二回目だという。

 一度目は無論、イリヤたちがカルデアと出会ったレディの国の話だが。

 

「実際どのくらいの問題なんだろうね、今回は」

 

「それより大きな問題だったとして、レイシフトできるのかしら」

 

 久しぶりのようなそうでもないような。

 私服からカルデアの魔術礼装へと着替えたマスターたちが、首を傾げる。

 

「……前回のレイシフト結果に関しての追求もまだ終わってないでしょうから。

 もしレイシフトを行う場合、所長やダ・ヴィンチちゃんにまた無理をしてもらうことに……」

 

 どうなるものか、と視線を伏せるマシュ。

 

 そんな彼女の肩の上にいるフォウが、ふと視線を上へと上げる。

 そこでは、ルビーがイリヤの傍で何やらステッキの持ち手をくねらせていた。

 隣のサファイアは、そんな姉に呆れた様子。

 

「フォー?」

 

 ステッキを見上げて首を傾げるフォウ。

 そんなフォウの方を見て首を傾げるマシュ。

 

 不思議そうにしている彼女たちの隣で、立香がソウゴに問う。

 

「もしもの時の黒ウォズ作戦は?」

 

「まだ一回分残ってるかな」

 

 問われたソウゴが、ディケイドウォッチと龍騎ウォッチの組み合わせを考える。

 それに変身すれば、まあいつも通りに黒ウォズは出てくるだろう。多分。

 そうして呼び出した黒ウォズに連れて行ってもらう、という手段はある。

 が、今まで通りそういうのは基本やらない方針になるだろう。

 あくまで最終手段だ。

 

「ところで、何であの人は黒ウォズって呼ばれてるの?

 もしかしなくても、黒いウォズってことでしょ?」

 

 そういえば、魔猪との決戦の時に何やら突然現れた人がいたな、と。

 本を持った青年を思い浮かべ、クロエが問いかける。

 

 彼女の疑問に対して、顔を見合わせる面々。

 

「白ウォズがいるからかな」

 

「……もしかして、そっちは服が白いから白ウォズ?」

 

「そうだよ? わかりやすいでしょ」

 

「人の名前って、わかりやすさより優先しなきゃいけないものがあると思うけど。

 そこんとこ、どーなのよ」

 

 あっけらかんと告げられた言葉。

 それを聞いたクロと名付けられた少女が、どことなく沈痛な面持ちでそう呟く。

 つい、と彼女から微妙に視線を逸らすイリヤ。

 

「クロにクロって名付けたのはリンさんだし……」

 

「わたしもイリヤのことシロとか呼ぼうかしら?

 ……シロは駄目ね、お兄ちゃんと被るし。うーん、そう考えるとシロウとクロエって名前、兄妹としては綺麗な並びな気がしてきたわ」

 

「は!? 全然関係ないじゃない! クロと違ってお兄ちゃんの名前は色関係ないし!」

 

 からからと笑いだすクロ。

 そんな彼女に対し、何かが逆鱗を刺激したのかイリヤは突然がなる。

 

「つけた理由じゃなくてシロとクロの並び(コントラスト)が綺麗だな、って話だもの。名付けの理由はイヌかネコかクマかみたいな適当さだったけど……こうしてみると、結果オーライね」

 

「イヌやネコはともかくクマにそんな名前つけないでしょ!? まず飼わないし!」

 

「人間にクロってつけるよりは、シロクマにシロって名前つける方がまだアリでしょ」

 

「た、確かに……! そ、そういわれると……アリ、なのかな?」

 

 クロエの言葉に何故かやり込められて、悩み込むイリヤ。

 そんな彼女の隣を歩きながら、美遊が何とも言えない表情を浮かべる。

 

「……士郎さんの名前の話だったんじゃ?」

 

「そ、そうだった!

 クロがクロだから名前がお兄ちゃんと兄妹らしいとかそういうのないから!」

 

「なんだか混乱してますねー」

 

「二人にはお兄さんがいるんだ?」

 

「ええ、名前から何からわたしと相性最高の兄がひとり……」

 

「だから名前とか関係なーい!」

 

 両手を振り回してクロの意見を却下する事に必死さを見せるイリヤ。

 彼女の隣で立香が考え込むように視線を彷徨わせた。

 

「兄妹かぁ。私にはいないけど……」

 

 ―――立香はそうして話を拾おうとして、しかし。

 

 それを拾っても広げられないな、と即座に小さく首を横に振った。

 自分にもソウゴにも兄弟はいないし、ツクヨミは自分の家族構成が分からない。

 マシュに限ってはそう呼べる生命がいたかもしれないが―――と。

 

 そう気を遣わせた、と理解して少し申し訳なさそうな顔を浮かべるマシュ。

 

「美遊にはお兄さんとかお姉さんがいたの?」

 

「―――姉代わりになってくれる、と言ってくれる方ならいました」

 

 その質問を予期していたのか、あっさりとそう言い返してくる美遊。

 必要以上に感情が消えた声にこれも失敗だったと声を詰まらせる。

 

 硬くなった空気の中、ルビーが羽飾りを動かした。

 まるで自分の手で自分の口を塞ぐように、五芒星に触れる羽飾り。

 

「……もしや皆さま、家族構成が地雷原なのでは?」

 

「いまどうやってそこに極力触れないように話を変えるか考えてたのに……!」

 

 ぷかぷかと浮いているルビーを半眼で睨むイリヤ。

 

「私はそうでもないんだけど……」

 

「そりゃ一般人だったならそうでしょ。ミユのことはともかくとしても、魔術師なんて家系図が全部導火線みたいなもんなんだから、触らないのが正解なのよ。

 特に古臭い歴史のながーい家なんかは要注意」

 

「うん、気を付けるね……」

 

 苦笑いして言葉を探す立香を、クロエが軽く笑い飛ばす。

 歴史の長い家、と言われて。

 彼女たちが真っ先に考えつくのは、最も関係の深い魔術師だ。

 

「確かに所長もお父さんの話は割と避けたがるよね。

 あとはそういえば、ロマニもダビデと結構他人のフリしたがってたかも」

 

 ソウゴがぼんやりと、そう思い返しながら口にする。

 アニムスフィアの家とは無関係でいられないのがマシュだ。

 彼女も何とかその流れで決起して、自身の出生に絡む話に乗ってみせた。

 

「ドクターの場合は更に特殊なケースだと思われますが……わたしも、先輩から話題を振れない雰囲気を出してしまったことを反省です。

 実は……兄や姉は、わたしにもいたと言えると思われます」

 

「そんな血を吐くような家族構成の告白は誰も望んでいないと思います!」

 

 どこか苦しげに吐き出されるマシュの告白に、イリヤがブレーキをかけようとする。

 そもそも別に自傷告白大会をしたいわけじゃないのだ。

 管制室に向かいながらの、ちょっとした日常会話だったはずなのに。

 

「イリヤだってイリヤの知らないところで別の姉妹が廃棄されてたりするかも……?」

 

 にやにやとしながらイリヤを見つめるクロエ。

 ただのからかいの言葉なのか、あるいはちょっと本気が混じっているのか。

 それが判然としなくて、反応に困ったイリヤは口元をひくつかせた。

 

「こ、怖いこと言わないでよ!?」

 

「―――話はここまでにしましょう。

 ソウゴも人の地雷に対して、変なこと言い出したりしないようにね」

 

 そう言ってぱんぱんと軽く手を打ち合わせるツクヨミ。

 

「なんで俺?」

 

 別に何か言ったわけでもないはず、と首を傾げるソウゴ。

 なので、ツクヨミはいつかサーヴァントから聞いた話を彼に確認する。

 地雷なら踏んで爆発させればなくなる、みたいな対処法はよろしくないのだと。

 

「モードレッドとはこういう話題で喧嘩したって聞いてるけど?」

 

「モードレッドの方から喧嘩売ってきたからだよ、それ」

 

「そうなの?」

 

 つけられた文句にどことなく不満げに眉を顰めるソウゴ。

 確認の意味を込めて向けられた視線に立香とマシュが揃って苦笑気味に首を傾げた。

 

「ところでツクヨミはどうなのよ。

 せっかくだし空気を変える意味でもなんかない?」

 

 そんな彼女たちの後ろで、イリヤが美遊をちらちらと意識していて。

 しかしどう声をかけるかに悩んでいる。

 そんな少女に肩を竦めつつ、クロエが問いかけた。

 

「私? 私は家族の事、憶えてないから。一緒に戦う仲間は……いたけれど」

 

 それもまた口にし辛い話だ、と思いつつ。

 家族の事よりも、既に喪われた仲間たちの事を想って言葉にする。

 彼女が元いた時代では、多くの人間がオーマジオウに葬られた。

 ちらりとソウゴの方を見れば、彼は感情を窺わせないような顔をしている。

 

 あの時代で反旗を翻し、レジスタンスとしてオーマジオウに挑んだこと。

 この時代でソウゴたちと共闘し、人理焼却に挑んだこと。

 それはツクヨミにとっては同じこと。

 

 いつだって彼女は、理不尽に誰かを苦しめる相手に立ち向かう。

 オーマジオウが苦しめる側だから立ち向かい、ソウゴは助ける側だったから共闘した。

 きっとそれだけなのだろう。

 

 オーマジオウや黒ウォズ―――ひいてはソウゴに恨みがあるかというと、そうでもない。

 戦いの中で喪われた仲間を悼む気持ちはあっても、最初から敵を恨んではいなかったと思う。

 

 憶えていない家族のことといい、敵への憎しみはないことといい。

 もしかしたら自分は薄情なタイプの人間なのだろうか、と思わなくもないが。

 

「……ただ何も憶えてないからこそ、私としては。それがその人にとって、良い思い出だから思い出すのが辛いのか。あるいは、悪い思い出だから辛くて思い出したくないのか。それだけは知っておきたいかもしれない。

 多分そこが、相手の心に踏み込む判断をするにしても、踏み込まない事を選ぶにしても、一番大事な部分かと思うから。知らなきゃ、何も選べないものね」

 

「教え……」

 

 ツクヨミの言葉に反応して、口を開くソウゴ。

 彼はしかしすぐに黙りこんだ。

 そのまま言葉を続けるようなら、口を塞いで止めようとしていた立香。

 彼女の動きが止まる。

 

 教えてくれないってことは踏み込んでほしくないって意思表示でしょ、と。

 そう言おうとしたのを止めたのだ、と。言い切られずとも分かった。

 

 踏み込んでほしくない、といまさら言い切りたいわけじゃない。

 ただ踏み込まれた時、どんな反応を返せばいいのか分からないだけ。

 

「……兄が、いました」

 

 それでも、伝えなければいけないと想えたのは。

 レディたちの事を見ていたからだろうか。

 

「ミユ……?」

 

「もう会えないけれど、兄がひとり。大切な、けれどもう会う事のできない人。

 それを苦痛に思う気持ちも、多分、レディに拾われていたから……」

 

 彼女の態度から知っていた。

 しかし、そうして確かな言葉として聞くのは初めてだったと思う。

 イリヤが少し驚いたように、美遊に視線を合わせる。

 

「大切な人がいて、その人にもう会えない事を辛いと思う。

 そう思っているのに口にしないのは、誰より自分を傷付ける事。

 ……もう言葉を交わせない大切な人の心も、傷付ける事。

 レディを見ていて、そう思えたから」

 

 そこで彼女は呼吸を整えるように大きく息を吐き。

 そうして、前を見据えて言葉を発した。

 

「―――わたしには、大切な兄がいた。

 イリヤたちには、それだけはちゃんとわたしから言っておかないと、って」

 

 詳細を話すには憚られる。問われたってなんて返せばいいか分からない。

 何より彼女自身が、自分の中のものを消化しきれていない。

 だけど、そこだけは口にしておかないといけない。

 

 そう口にしてから、美遊は静かに瞑目した。

 

 

 

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