Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
瓦礫の山を目掛け、開始される銃撃。
殺到する弾丸の雨は、積み重なった瓦礫の隙間を潜り抜けて。
―――そうして、怪人の装甲に力任せに防がれた。
「ム」
「なんだか知らんがこりゃ助かった!」
アナザーウィザードと化したアサシンが立ち上がる。
瓦礫を跳ね除け姿を現す怪物と、眉を顰めるプロフェッサー。
そしてどちらも睨みながら剣を構え直すセイバーのサーヴァント。
彼女は一呼吸置くと、仕方なしに怪物の方を向く。
切っ先をアサシンへと向けながら、口から吐き出すのは呆れ果てた声。
「まったく、どういう状況だ。なぜ貴様がカルデアと同行している」
「―――それはもう、採用試験に受かったからではないかネ?」
「馬鹿げた話だ、何も試していないのと変わらんな。貴様のような奴が試験場に現れれば、採点するフリをして立って寝ているトリスタンでさえ警戒に目を開き、妖弦に指をかけるだろう。
……まあいい。それがカルデアのやり方ならば、文句をつけても仕方あるまい」
―――呼気を入れる。
瞬間、セイバーを取り巻く空気が爆発する。放出される魔力の嵐。
そんな魔力を噴き出す英雄を前に、宝石の怪物が腕を胸の高さに挙げた。
「……恐らく君では倒せないヨ。アレを倒せるのは特性上、常磐ソウゴくんだけだ」
「それはあのままでは倒せないというだけだ。ダメージを蓄積させれば変身は解除される。
その後に改めて斬り捨てればいいだけだろう」
プロフェッサーの言葉にそう言い返し、セイバーが大地を蹴った。
魔力放出によって即座に到達するトップスピード。
「―――完全に追い詰められてたのは事実だがな、その物言いは流石に見過ごせない。地に足をつけての打ち合いで、この俺がそう簡単に討ち取れるとでも思ったか。
まして、だ。今の俺はどうやら――――」
対するアサシンが拳を揺らし、
肘から先が完全に消失するアナザーウィザード。
「―――――!」
「ちょいと
その光景を見て、セイバーが下した判断は完全に正解。
己もまたよく知る手段であるが故に、その行為には即座に思い至り。
―――それ以上の何かを感じる直感に従って。
踏み込みの軌道を放出する魔力で強引に捻じ曲げた。
直後、何かが空を切って進む音が耳に届く。
鋭く速いそれが、拳士の誇る己が拳であろうことには疑いなく。
だがセイバーとアサシンの間には、拳どころか剣が届かないほどの間合いがある。
だとするならば答えは一つ。
着地しつつ舌打ちし、彼女は腕の見えない怪人を睨む。
「……拳を透明化し、伸ばしてきたわけか。なるほど、厄介だ。
武器を隠されるというのは余り面白いことではないな」
「そりゃどうも! 龍に翼を得たる如し、って感じだ!」
肩の動きからして、伸ばした腕を引き戻しているのか。
物理的に視覚から失せ、影さえも追えぬ無影の拳。
拳がどこにあるのかさえ分からないのは流石に不味い。
彼女とてクロスレンジで拳法家と真っ当に打ち合う事の危険くらいは理解している。
拳を消すだの、腕を伸ばすだの、そんな手品染みたあれこれはどうでもいい。
そんなものは圧力をかけるためのただの牽制でしかない。
ただの腕を振るって無影であるが故に、あれは傑物なのだ。
魔力で細工した小手先の技など、大した脅威ではありえない。
正しく研鑽を積み上げて、神懸かった技量を修めた者だからこそ、腕を不自然に伸ばして殴るなどという、異形の技を体得しているはずがないのだから。
気を付けるべきは、正しい距離で彼の技量が十全に発揮されること。それを見過ごした時、セイバーこそが葬られる。そう考えていい、と彼女は正しく確信する。
「―――ほう、それで空舞う翼を得た気分か?
では試してやろう。貴様の拳が、翼を持つに相応しき竜の爪牙に足るかどうか」
距離さえ見誤らなければ必殺はない。
擦り減った直感を全開に、不意と呼べる自分の隙を塗り潰す。
その両手で聖剣を握り締め、セイバーはより表情を険しく引き締めた。
彼女が纏うのは、飛び掛かる数瞬前に獅子が見せる王者の覇気。
相手には必殺を許さない不壊の鎧。
どう足掻いても削りという行為が必要になる。
だが距離を詰めた上で長時間は戦えない。
削り終えるまであの拳を凌ぎきれる、などとは思い上がらない。
相手が生身であれば、拳に砕かれる前に斬り捨てると考えるだろうが。
であるならば、放つべきは全霊の一撃のみ。
魔力放出を全開に、全力で突撃し。
聖剣に全力で魔力を乗せて斬撃を放ち。
一撃を見舞った相手を思い切り吹き飛ばす事で、強引に距離を維持する。
相手が斃れるまでこれを繰り返せば、それで勝利だ。
馬鹿げた難事であるが―――それを為し得てこその英霊だ。
そうして構えた彼女を前に、アナザーウィザードが視線を逸らした。
「いやぁ……そっち、そんなこと言ってる場合か?」
「なに?」
―――世界が弾ける。
物理的な衝撃を伴って押し寄せる、獣の咆哮。
それにより、罅割れていた周囲の建造物に致命傷が齎される。
止まっていた歌舞伎町の崩落が再開し、加速した。
歯を食い縛り、セイバーがその音源の方向へ視線を飛ばす。
「ライダー……ッ!」
「―――これは不味い。そっちも退く気かな?」
「そりゃあな。ここにいたらライダーは俺ごと噛み砕くだろうし。
俺は俺の仕事に戻らせてもらうさ」
プロフェッサーにそう言い返し、アサシンが背後に魔法陣を浮かべた。
アサシンに向かってスライド移動する、赤い魔法陣。
光に呑み込まれて、彼の姿が消えていく。
「おや、カルデアに与するサーヴァントである私たちの処分は仕事ではない? 君には優れた鎧もあることだし、このまま足止めするだけで随分とそちらの有利になる筈だがネ?」
「―――残念だが、俺の得にはならないからなァ」
そうとだけ言い残し、消え失せるアナザーウィザード。
一瞬それを睨み、プロフェッサーはすぐに踵を返した。
セイバーは既に踏み込み、プロフェッサーの相手をする時間さえ惜しいとばかりに、咆哮の発生源を目掛けて疾走している。
「さて、どうやって振り切ったものか……!」
そもそもライダーの行動指針さえ解き明かせていない。
どうすれば退けられるのか。
あるいはもはや倒す以外に方法が存在しないのか。
それさえも分からない中で、プロフェッサーは腰を押さえつつ棺桶を抱えて走りだす。
世界が違う。会敵し、交錯し、改めてそれを理解する。
行動している空間がもはや違うのだ。
位相がずれている、とでも言えばいいのか。
ディケイドアーマードライブフォームが走行する。
疾走すると共に空気を取り込み、発揮される爆発的なブースト。
重力を振り切り加速するジオウを前にして、獣が僅かに目を細めた。
疾走する赤い甲殻に覆われた四足獣。
剣を構えた騎手こそ背に乗せているが、獣はそれを考慮する様子もない。
アナザーカブトが突き出す角。
すぐさま反応し、振るうのはライドヘイセイバー。
激突する互いの一撃。
弾かれた反動にアーマーを軋ませるジオウと。
軽やかに反転し、危うげなく着地を決めるアナザーカブト。
(速い、だけじゃない。軽いんだ……!)
ジオウがいま、出力する速度を支えているもの。
グラビティドライブエンジン、コア・ドライビア。
仮面ライダードライブの動力源であるそれが重力を制している。
彼の圧倒的速度はそこから発生するものであり―――
倒れるほど前のめりに、全てを速度を傾けたもの。
ともすれば反動に耐え切れず、砕け散りかねないほどの加速力だ。
それを無理矢理行使しているジオウと、アナザーカブトはまるで違う。
相手は無理をしていない。
絶対的な速さを発揮しながら、挙動が普段のそれと外れていない。
速度に見合わない軽やかさ、あるいは柔軟さ。
目の前の獣には、それがある。
〈ヘイ! キバ!〉
〈キバ! デュアルタイムブレーク!〉
着地から流れるように跳ぶアナザーカブト。
その突進を前に、未だに体勢を立て直し切れないジオウが地面に刃を立てる。
斬ったアスファルトの大地に広がっていく、透明な波紋。
拡大していく無邪気な罠。
―――その光景を前にして、獣は即座に縦に跳んだ。
本能で何かを察知したのか、地面には足を置かない。
ビルの壁、建物だった残骸を足蹴にし、宙を翔けるアナザーカブト。
彼は当然のように、水棲の狩人が張った罠に踏み込まない。
「く……っ!」
「■■■■■■■――――ッ!!」
罠を飛び越え、躍りかかる獣。
すぐさま剣を引き抜いて、それに対抗する姿勢を取る。
〈ヘイ! 電王!〉
〈電王! デュアルタイムブレーク!〉
ヘイセイバーを覆う黄色いオーラ。
その光は激突を前にして、マサカリを思わせる形状に姿を変える。
正面からぶつかり合う、赤い角と光の戦斧。
拮抗は数秒に満たず、互いに弾かれるように吹き飛んだ。
吹き飛ばされる動作でさえ超速で。
それが原因となりかかる負荷に、ジオウの装甲が強く軋む。
対して同じような速度であっても、アナザーカブトの足取りは軽い。
獣の行う身のこなしは、衝撃による負荷を感じさせないもの。
「―――このままじゃ押し切られる、なら……ッ!」
〈ヘイ! カブト!〉
軋む体をおして、地面を踏み締め、上半身を持ち直す。
流れるように指で弾くセレクター。
時計の針が一つ進み、ヘイセイバーの刀身が赤い燐光に包まれる。
光の剣はまるで幅広の大剣の如く。
「■■■■―――――!!」
それが、己の命に届き得る刃と理解したのか。
ライダーは僅かなりとも、しかし確かな反応を見せる。
だが、それが止まる理由にはなりはしない。
より加速して踏み込む獣に対し、繰り出すは
突き出される角に向け振るわれる深紅の刃。
疾駆するアナザーカブトと、ヘイセイバーの繰り出すカブトパワー。
それらが正面から激突する、寸前に。
アナザーカブトに騎乗していた首無し鎧が動く。
その亡霊もまた、アナザーカブトと変わらぬ世界にある。
動きに淀みはない。速度を乗せた分体にかかるような負荷も感じていない。
彼はただ一人、獣が踏み込んだ世界に付き従えるもの。
そんな剣士が振るう剣が、先んじてジオウの剣と交わった。
必殺の剣撃を止めるには足りない。それでも、そのデュラハンは死力を尽くして。
ほんの僅か、突き出される刃の軌道を浮かせた。
「■■■■■■――――――ッ!!」
浮いた剣撃を、アナザーカブトの角が掬い上げるようにかちあげる。
逸れた一撃を引き戻すよりも、ライダーが首を下ろす方が遥かに速い。
作り出された大きな間隙。
それにマスクの下で歯を食い縛り、ソウゴは左腕を全力で振り下ろす。
「……ッ!」
〈ド・ド・ド・ドライブ! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉
ドライブフォームの踵が唸る。地に着けた足がジオウの体を強引に動かす。
ターンアクションから、最速で繋ぐドリフト回転。
彼の体勢は力尽くで持ち直され、ジオウはそのまま独楽のような回転を開始する。
直後、今度こそ二つのカブトの力が正面から激突した。
空気が弾け、爆発的に膨れた突風が駆け抜けていく。
そんな現象を背後に感じつつ、クロエが着地する。
超高速戦闘の余波に唖然としていたイリヤが、すぐに彼女の許まで降りてきた。
「クロ!?」
「退くわよ……って言ってもどこまで退けばいいのか……!」
―――国道から極力離れた場所? 建物の中? 下水道、あるいは地下鉄?
どこを選んだとしても、もし追ってきたら袋のネズミ。
最も安全なのは、飛行だろう。ライダーの跳躍力を計算し、それ以上の高さまで飛ぶ。
それならばあるいは、というところだが。
相手との速度差が問題だ。
相手から見て風船よりもゆっくり上昇、なんてしている余裕があるはずなく。
「―――逃げる選択が取れないなら戦うしかない、けど……!」
ファイズフォンを手にしたまま、そう言って顔を顰めるツクヨミ。
当たれば効果があるかもしれないが、当てる方法が存在しない。
ジオウとアナザーカブトの戦闘は、彼女たちの目には影しか映らない。
音と破壊痕を追って、そこで何かがあったと後から理解するしかない状況。
「……とにかく、せめて敵を捕捉できる状況を!」
そう言って美遊がホルダーから引き抜き、目の前に翳すランサーのカード。
彼女の行動にはっとして、イリヤもまたカードを引き抜いた。
「
即ち、ランサーとライダー。
彼女たちが高速戦闘に長けた戦力として分けたクラスカード。
青い衣装に真紅の槍、クー・フーリンを己で再現する美遊。
彼女に続き、鎖を垂らした短剣を手にする魔眼を眼帯で封じる黒装束のイリヤ。
そんな二人を―――イリヤを見て、オルタが目を細めた。
その状態で戦場を見やった美遊が、微かに唇を噛み締める。
「これ、は……多分……!」
「―――恐らく、宝具を使用しても。
いえ、そもそも狙いが定まらず、宝具の発動条件を満たせるかどうかさえ……」
―――“
カルデアの戦いを幾度も助けてきた、クー・フーリンの持つ呪いの魔槍。
一度放てば必殺必中。相手を確実に貫く、最強の魔槍の一振り。
それを今手にする美遊が、その威力を確かに発揮できる少女が。
しかしどうしようもないと眉根を寄せた。
自分の目では相手をそもそも補足できない、狙えない以上投げられない。
それを確信して、美遊とサファイアが揃って言葉を詰まらせた。
オリジナルのクー・フーリンであれば、可能だったかもしれない。
だが彼女ではあの獣の戦場へと踏み込めない。
「……ねえ、マシュ。あれ、アイツらの戦い、状況が分かる?」
そこでオルタが、戦場であろう場所を睨みながらマシュに問いかけた。
『―――すみません、戦闘の内容までは流石に……!』
「じゃあそう、ライダーの方。アイツが周りをどれだけ壊してるか、分かる?
ソウゴが壊したものは除いて、ライダーが壊したもの。
ビルの残骸とか、足場とか、アイツがどれだけ壊してるか―――分かる?」
戦場の破壊痕をなぞるように、虚空に指を這わせながら。
破壊よりも後にやってくる轟音を聞きながら。
彼女はそう続けた。
『え、と……! ドクター、すみません。手伝ってください……!』
『ああ―――と、これ、は』
数秒、カルデアの方で情報が求められる。
オルタに要求された方針で掘り下げる情報収集で集まるもの。
それを目にしたロマニとマシュが微かに目を細めた。
『……これ、は。周囲の被害はほとんどが、ソウゴさんの攻撃の余波……だと思われます。
ライダー、アナザーカブトは、余計な破壊は恐らく一切……』
「―――そう。やっぱアイツ、それで済ませる余裕があるわけね」
ジオウは全てを置き去りにする加速の中で走っている。
周囲にさえ気を配る余裕がないほどに、相手に集中している。
だが、アナザーカブトは違う。
そうと言われたことに唖然とするイリヤ。
「それってまだあれで本気のスピードじゃないって事、ですか……!?」
「違うわ、多分ね。いえ、なりふり構わなくなればまだ速くなるかもしれないけど。
今の話で出た余裕は、きっと違う理由がある」
「え、っと? じゃあ……」
「……待って、それって……」
ツクヨミが今の会話を聞いていて、そのまま地面に視線を向けた。
相変わらず戦闘はほぼ見えない。ただ戦闘の余波のみが戦いの状況を彼女たちに伝えるだけ。
―――丁度そこで、地面に
それだけ。
だがそれに対峙している筈のアナザーカブトにそれはない。
「―――ライダーの足跡、強引に止まった痕みたいなものが……ない?」
道路を睨んでいた立香が、呆けるようにそう呟く。
見間違う筈がない。
今のジオウが刻む轍は言うまでもなく、タイヤのそれに似たシューズ痕。
四足獣であるアナザーカブトのものと勘違いなどする筈がない。
獣の四肢らしき痕跡はどこにもない。
見えないながらも両者の戦闘は、ぶつかり合い、弾け合い、そしてまた激突する。
そんな正面からの衝突が何度も繰り返されている。
だというのに、
獣の柔軟な四肢が可能にした、と流すにはあまりにもおかしいだろう。
あの速度で走る物体の脚部に幾度となく踏み締められているのだ。
超高速で攻撃をぶつけ合い、超高速で弾かれて。
そこから体勢を立て直すためには、尋常ではないエネルギーが必要だ。
地面を踏み締めて減速し、再び加速するために地面を踏み切る必要がある。
どう足掻いたって熱を持つのは避けられない、はずなのに。
まるで、
「―――固有時、制御……? いえ、違う、多分……
アイツだけいる時間が―――
―――固有時制御。
自身の体内だけ時間の速さを弄り、自分だけ世界に流れる時間とは違う時流で活動する奥義。
その名前を口に出して、しかしクロエは即座に否定した。
それならば、加速しているアナザーカブトの痕跡が地面に残るはずだ。
つまり、
彼だけが加速した場合、どうやったってその異常な速度によって世界に痕跡は残る。
そうではない、ということは。
―――あれはそもそも加速ではなく、
通常より速い時流の中で彼が普通に動いているだけ。
「どういった理屈か分からないけど、ただアイツが速いんじゃない……!
この世界でアイツだけ、時間の流れが速い場所で動いてる―――!」
「えっと、それで、つまり、どうすれば……!?」
結局どうすればいいのか、と。
分かったところで何ができるのか、と。
そう口にしようとしたイリヤの肩を、がしりと掴む手があった。
「―――決まってるでしょ」
「え?」
少女の肩に手をかけたのは、ジャンヌ・オルタ。
彼女が視線を向けているのは、メドゥーサの魔眼を封じている眼帯。
オルタの様子を見て、ツクヨミがいつかの光景を思い描く。
二人の女神がその魔眼をぶつけ合った、バビロニアでの戦い。
「イリヤ……メドゥーサの眼?」
「そう、それしかないわ。
あの速さに対して何かできるとすれば、こいつだけ」
誰も追い付けない。誰にも見えない。
そんな速さの極みにいる相手へ、何ができるのか。
できるとすれば、何があるのか。
何かができるとすれば、それは誰なのか。
その思考に答えを出したオルタが、じいと少女を見下ろした。
「……でも、視れなきゃ魔眼の効果は発揮できないんじゃ」
『―――魔眼の影響で、その“時流の速い世界”に干渉する……って事かい?』
ロマニの言葉に頷いて、そのままイリヤを見つめるオルタ。
「そういうこと。むしろ助かったわ、だっていまアイツだけ別世界にいるのよ。
その眼なら、他の何にも影響を及ぼさず、ライダーだけを睨み据えることができる」
メドゥーサの魔眼が影響するかどうかは、もはや直接視認するかどうかではない。
そこで視ているという事実だけで、世界に圧力をかける。
だからこそ、個人に収まらず世界を睨める魔眼だからこそ、此処で意味がある。
「いい、白ガキ」
「シロガキ……」
「クロさんがクロガキになるんですかねぇ」
短剣からルビーの声、それを無視して。
少女の肩を握った竜の魔女が、その眼の持ち主の在り方を語る。
「―――その眼は呪いよ、世界を呪う恩讐の熱。滅ぼしたい相手を石にするための便利な武器なんかじゃない。
「世界を、睨む……?」
メドゥーサ―――ゴルゴーンの瞳は全てを滅ぼすもの。全てを滅ぼしたもの。
形のない島だけで生きていた、その場所だけで完結していた壊れた女神。
そんな彼女にとっての全てである、小さな世界。
それらを全て壊し尽くした呪いの眼こそが、石化の魔眼キュベレイ。
だからこそ。世界を壊したものだからこそ。
その眼は、世界を睨むことができる。
その感覚を理解しきれず、困惑するイリヤスフィール。
そうだろうさとオルタが僅かに眉を顰め、言葉を続けた。
「特定の誰かじゃない。いま襲ってきている、自分を傷つけようとする世界を睨みなさい。
その眼なら、それが出来る……はず!」
「あやふやですねぇ」
「うるさいわね、ぶっつけ本番で本当にできるかどうかなんて分かるわけないでしょ!」
そこまで言って、彼女はイリヤから手を離す。
理解しきれずとも、現状を変えられる可能性がライダーにしかない。
それが分かったからこそ、イリヤは短剣を握り締めて。
後ろから、別の手がイリヤの肩に優しく置かれた。
反応して振り返ってみれば、マスターである立香がそこにいる。
彼女は少しだけ難しい感情を覗かせて、しかし振り切り、決然として少女の瞳を見つめた。
「……ひとつだけ。その眼は確かに呪いの眼かもしれなくて。全てを壊してしまった眼かもしれないけど。同時に―――大切な、守りたいもののこともずっと見てきた眼だから。
あなたが眼を開く時は。壊すものではなくて、守りたいもののことを考えていて欲しい」
「―――はい!」
どうすればそうなるかは分からないけれど。
しかし確かに背中を押すその言葉を受け取って。
イリヤが眼帯に手をかけて、そのまま前に出る。
解放される暗黒神殿。ゴルゴンの怪物を象徴する、石化の魔眼。
それは単純に視たものを石にするだけのものではない。
制御が効いているうちは、圧倒的なプレッシャーで済むだろう。
だが本性は、世界を押し潰すような理性を失った怪物の呪詛だ。
イリヤスフィールはその領域に近付かなければいけない。
ライダー、メドゥーサが使用する範囲では、目の前にあるはずの異界に届かない。
だから、彼女の本性。
大魔獣ゴルゴーンにまで近づかなければならない。
クラスカードでどれだけ再現できるかは未知数だ。
だがそれでも、やらなければいけない。
皆の前に出て、眼を凝らす。
そうして瞼を見開いて、眼球に力を籠めれるだけ籠めて。
それでも。
(……っ、視え……ない……! これじゃ、足りない……!?)
オルタに言われたように、世界を睨む。
特定の個人ではなく、世界そのものを恨むように。
必要とされる性質は
開いた
だが世界を睨めと言われても、具体的にどうすればいいのやら。
別の世界にいる敵を睨むために世界を呪う。
一体それは、どんな感情で望めばいいことなのか。
守りたいものを考えて、とマスターは言ってくれた。
だけど、世界を睨むこととそれが両立しない。
世界が彼女の視線に反応し、停滞していく。
だがそれは
「……っ、ちょっとイリヤ! このままじゃソウゴだけに圧力が……!」
背後からクロの声が聞こえる。
向こうの世界だけ睨めばアナザーカブトにだけ圧力をかけられる。そういう理屈で言うならば当然、こちらの世界だけしか睨めない場合、ジオウだけが被害を被る。
現在でもとっくにギリギリなのに、そんなことになったら―――
「―――――ッ!」
影響を抑えようと、イリヤが瞼を窄める。
解放していた魔眼を抑えつける行為に、眼球の中で火花が散った。
逆流してくる魔力でスパークする脳内。
「―――いけません、一時中断を……!」
「ま、って……! ルビー……!」
自分の権限で打ち切ろうとするルビー。
暴れる魔力を抑え込むことに四苦八苦していたイリヤは、それに逆らえなかった。
彼女の意志に反して、マジカルルビーが強引にクラスカードを排出する。
「イリヤ……!」
カードと同時に、魔法少女装束に戻った彼女自身も弾かれた。
すぐに彼女を受け止めようとする美遊。
―――その前に、彼女の背をマスターが受け止めた。
そうして立香の手が一瞬だけ迷って。
しかし、確かに、前に進めるようにと、イリヤの背中を押し返した。
受け止めるのではなく、背中を押してくれた。
そこで、何となく腑に落ちた。
イリヤの足が立香の手を借りて持ち直す。
すぐに体勢を立て直そうとする彼女。
不思議なことに、自分のすぐ前に巌の巨人が立っている。
そんな幻を見た。
(何を恨めば、何を憎めば、何を睨めばいいのか。そんなの)
戸惑う。戸惑っていた。憎しみの眼光が向けられない、と。
世界を憎んで、その魔眼を発揮しなければいけない。
それは分かっているのだけど、感情がついていかなかった。
彼女の視線が、そのまま目の前に立つ巨人に向かう。
ホルダーの中にあるカードから熱を感じる。
そうでなくともその姿は、いつか見た最強のバーサーカーに他ならない。
(自分を使って戦え、って言ってくれてる……のかな。でも今は―――)
巨人、大英雄ヘラクレスが少女から視線を逸らし、振り返る。
それを追ってみれば、少女の視界では視えない筈の、戦場が見えた気がした。
バーサーカーのカードの力で、大英雄の視界を借り受けられたのだろうか。
本来ならばアーチャーが最適と言われるような大英雄の領域だ。
神速の戦場を彼は、微かとはいえその眼に捉えていた。
広がる戦場。神速の世界を走るライダー。それに追い縋るジオウ。
ジオウが相手を追いきれなくなるまで、もう時間は残されていないだろう。
(―――あの、狼。怒ってるのも、そうだけど……なんだろう、それ以上に)
初めてまともに相手を見た。
速すぎてまともに見えなかった敵が、やっと視界の中に納まった。
そうして感じるのは憎しみなんかじゃなくて。
(哀しんでる……?)
不思議に思って、イリヤは大英雄を見上げる。
彼は巌のような顔で、僅かに眉を寄せて。
困った風な彼の顔に、不思議と納得がいく。
完全に同じ気持ちではないにしろ、目の前の大英雄には共感があるのだ。
ヘラクレスは、あの嚇怒と悲哀と憎悪の雄叫びをけして否定はしていない。
(哀しい、んだ。そっか、あのライダーだけじゃなくて、皆。
あなたも、オルタさんも、ゴルゴーンも、理不尽な世界に何かを奪われて、哀しいから、怒ってるんだ? それが……アヴェンジャー?)
表情は変わらないのにどこか苦笑するように。
バーサーカーはゆっくりと、道を開けるように体をずらした。
―――刹那の間に交わす事になった、誰かとの邂逅。
目を醒ました彼女が、本来の状況に戻る。
ライダーのカードは排出されたが、まだ目の前で飛んでいる。
まだ手を伸ばせば届く距離にそれはある。
「……なら、わたしは。哀しいのに、怒るしかなくなってしまった……!
あなたがいる―――
あの狼はあんなに辛くて、悲しくて、泣きたいくらいに傷ついているのに。
ひとりぼっちで独走するしかない世界にいる限り、止まれない。
だから、あんな孤独の世界は止めてみせる。
いまなら、きっとできるはずだ。
守りたいもののことを考えて、世界を睨むことが。
それを叶えるために、少女の手がホルダーに伸びる。
「イリヤさ……!?」
「
静止しようとするルビーを無視して、それを成し遂げる。
そうして光に包まれた瞬間、少女はマスターに押されて前に飛び出した。
光の中にいるイリヤの手が伸ばされて、空中で飛ぶライダーのカードに触れる。
「
瞬間、世界が震撼する。
大蛇の視線は、確かに今初めてその世界を捕らえた。
絶対に逃がさない、という意志が眼光を燃やす。
「イリヤ!?」
少女が変貌するのは、四肢を蛇の鱗に包み、臀部から蛇尾を生やした異形。
大地にのたくう大蛇。大魔獣ゴルゴーンの似姿。
バーサーカーとライダーを二重にインストールした少女が、その眼を強く見開いた。
「あなたが走るために燃やしてる、その哀しい気持ちを止めるために……!
ひとりぼっちの世界ではもう走らせない―――!
この眼は、そのために世界を睨めるものなんだから―――――!!」
睨まれた世界、そこに流れる
世界の時流を加速させるものに、直接彼女の魔眼が影響を及ぼす。
彼女が睨んでいるのはその世界だ。速い遅いなどという次元の話ですらない。
粒子が魔眼の圧力で停滞し、クロックダウンが発生する。
〈クロックオーバー…!〉
「――――――――ッ!?」
アナザーカブトが
文字通りに異次元の速度だった状況が消失する。
それを認識した獣が虚を突かれ、一瞬だけ足を止めた。
「オォオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!!」
そこで、ジオウが最後の一撃を敢行する。
とうにフォーミュラの加速限界を迎えていたジオウは全身から火花を噴き散らし。
しかし逆転した状況で決め切るために、最速の一撃を繰り出した。
〈ディ・ディ・ディ・ディケイド!〉
〈カブト! スクランブルタイムブレーク!!〉
最速の踏み込み。それは今のアナザーカブトには対応しきれない速度で。
―――それでも。
ジオウはとっくに限界。ならば、複雑な軌道を描けるはずがない。
全てを乗せた一直線に突撃以外はありえない。
狼が乗せている首無し騎士は、自身の時間が通常に戻る瞬間にそれを想定して。
ジオウが突き抜けてくる場所に向け、手にしていた剣を全力で突き出していた。
刹那の後、粉微塵に砕け散る騎士の剣。
だがそれが稼いだ刹那の隙間で、アナザーカブトが頭の向きを変えていた。
突き出されるアナザーカブトの角。
剣の軌跡はカブトの角のようにY字を描き。
―――衝突した瞬間、二つの影は弾け飛ぶ。
吹き飛ばされたジオウがビルだった廃墟に激突する直前。
投影した網をクロと美遊が支え、その体を受け止める。
対してそのままビルの残骸に突き刺さり、アナザーカブトの体が沈む。
巻き上げられる粉塵で見えなくなる姿。
「やった……?」
『いえ、ライダーの霊基健在……!
損傷はあるようですが、まだ退去していません……!』
「―――――ぅ」
マシュの言葉を聞いた直後、イリヤが膝を落とす。
先程の魔力の逆流でのダメージが消えたわけではない。
それを見た立香がツクヨミと視線を交わし、即座に頷いた。
そうして彼女たちが揃って、受け止められたジオウに視線を向ける。
彼も心得たもので、ダメージに喘ぎながらも小さく頷く。
「撤退! 今の内にさっきまでいた場所に転移して隠れる!」
「マシュ、プロフェッサーの位置は!」
『いまそちらに向かって―――ライダーが動きます!?」
彼女の声に緊張した瞬間、瓦礫を掻き分けてアナザーカブトが姿を現す。
しっかりと見れるのは、これが初めて。
赤い甲殻を纏った四足獣に、漆黒の首無し鎧騎士が騎乗した怪物。
今はそのアナザーカブト最大の特徴。
巨大な一本角に、盛大に罅が入っているのが見て取れた。
ジオウの一撃を受け止めた首無し騎士も、片腕を歪めて力なくぶらさげている。
その怪物が目の前に現れたことで、イリヤが必死に膝を持ち上げる。
即座にこちらに戻ってくる朱槍を構えた美遊。
―――そうした相手を見渡して。
「■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――――ッ!!!」
世界を揺らす咆哮を放ち。
アナザーカブトは即座に転進し、都庁に向かっての走行を開始した。
同じ時間にいても、その速度は圧倒的で。
瞬く間に、その姿は見えなくなるほどに距離を離す。
それを見送りながら、イリヤが再び膝を落とした。
加速の理屈の違い的な。
そういう細かい話はふわっとさせとけばいいから(良心)。
クロックダウンシステムと化した石化の魔眼。
バーサーカーに上書きランサーでオルタニキになれたりするんだろうか。
そしてセイバーでやったら謎のヒロインXオルタに…?