Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
――――斬撃。
頭上からの闖入者に対して、騎士王の反応は一秒と間を置かなかった。
唸る黒い聖剣が、いとも容易く飛竜の首を斬り飛ばす。
理解する暇もなく絶命し、崩れ落ちるワイバーン。
床にどしゃりと音を立てて転がる首に目もくれず、セイバーが振り返る。
「先手は取られたな。さて、どうする?」
キン、と。床に触れた剣の切っ先が小さく響く。
身構えるセイバーから視線を外し、立香が通信先に声を向けた。
「アサシンが……アサシンに限らずサーヴァントが近くにいるかどうか、分かる?」
『いえ、サーヴァントと思しき反応は付近にはありません。周囲にあるのは、新宿の住民の生体反応……と、ワイバーンを含む、幾つかの魔獣の反応だけです』
マシュの答えに頷く立香。
実際どうかは置いておいて、確認できる範囲にはアサシンはいない。
それこそ気配遮断で身を隠しているだけかもしれないが。
思考に入った彼女を見て、モリアーティが口を開く。
「魔獣はここの住民が飼ってるペットだろう。
ワイバーンにキメラ。ゴーレム、バイコーン、ゲイザー、ソウルイーター等々。
裏通りのペットショップの品揃えは酷いことになっているからネ」
「ペット……?」
あれがペット、と。そこでふとソウゴが首を動かし、建物の隅に視線を向ける。
それは突然の乱入に驚き、壁際まで走っていた白い毛並み。
他にも何か起きるのではないか、ときょろきょろしているカヴァスⅡ世。
そんな力ない生き物を見て、セイバーが僅かに眉を顰める。
「―――――」
どういう行動を選ぶにしろ、ここからはカヴァスⅡ世が危険だ。
連れ回すならバレルまで。
そうではないなら、襲撃の最中にあるここに置いていく羽目になる。
だがこちらの選択肢にもそう余裕があるわけでもなく―――
「……どうするかネ? 恐らくライダーの復帰もそう遠くない。
バレル自体の攻略がどれだけかかるか分からない以上、ここで時間を取られたくはないが」
その事実を強く認識して顔を強張らせるイリヤにクロエ。
あえてそれを意識せずに問いかけるモリアーティ。
問われた立香が、一瞬だけ目を見開いて。
悩むように目を細め、
「決まってるでしょ?」
ドライバーを手にしたソウゴが、彼女を見る。
一秒間だけ交差する視線。
そうしてすぐに立香は顔を上げて、大きく頷いた。
「カヴァスⅡ世の安全が確保できるまでここで戦って。
場合によってはここでアサシンとライダーを倒して、時間切れの前にバレルも攻略する!」
そんな真っすぐな答えを聞き、二人の少女が顔を見合わせる。
クロエが苦笑し、イリヤが両手を握り同意するように大きく頷き。
揃って隅にいるカヴァスⅡ世を見る。
セイバーが息を吐き、聖剣の柄尻を握る。
「……なるほど、馬鹿げた回答だ。だが私もそれに乗った。
キュイラッシェには犠牲を強いたが、カヴァスⅡ世まで捨てる気はない」
「そのためには、プロフェッサー! なんか凄い作戦を……」
とりあえずモリアーティに思考を要求した立香。
そこで彼女の言葉を遮る音が店内に響いた。
規則的に鳴り続ける電子音。それは店舗に設置された電話のもの。
揃って皆で顔を見合わせて。
丁度そこで、天井の穴から続くように、キメラやら何やらが雪崩れ込んでくる。
すぐにそちらに向き直り、ソウゴが叫ぶ。
「立香、そっちお願い! ―――変身!」
〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉
発動するジクウドライバー。
形成されるのは黒と銀のアーマーに、マゼンタのインジケーションアイ。
“ライダー”の文字が顔面に組み合わさり、ソウゴの姿を変えた。
ジカンギレードを手にし、前に出るソウゴ。
彼の後ろに続きながら、クロエが声を張った。
同時に彼女の衣装が紅い外套へと切り替わる。
「イリヤはリツカのボディガード、前に出る必要ないわ」
「まあイリヤさんは立香さんのサーヴァントですしねぇ」
「分かってるってば!」
ルビーを握ると同時に転身を済ませ、イリヤが声を返す。
彼女に付き添われながら、立香が鳴り出した電話に走り寄る。
『電話周辺に異常はない、ね。罠とかそういう様子はなさそうだ』
ロマニに言葉に頷き、彼女は電話を手に取った。
『ああ、Mバーガーか? 大急ぎでデリバリーを頼む。
どんな決着であれ、この特異点ももう長くないようだからな。
場所は新宿の……しまったな、店名を見ていなかった。そこから遠くない書店なんだが』
「…………アンデルセン?」
その声に聞き覚えがあって、彼女はその名を口にする。
いつぞや、ロンドンの時も彼はこちらの本拠地に電話をかけてきていた。
その上で好きに本を読んでいたが、またもそういうことだろうか。
カウンター・サーヴァントがまだいる可能性はあったのだ。
そういうこともあるだろう。
「えっと、いたんだ?」
『いないものと考えてもらっていいがな。特に何をするわけでもない。
今回こうして電話をかけたのは、あれだ。
エドモン・ダンテスを名乗る男からの伝言だ』
「エドモンを、名乗る?」
アンデルセンの言葉をそれはおかしい、と藤丸立香は断定する。
エドモン・ダンテスは謀略によって地獄に突き落とされた船乗り。
彼の結末はエデの愛によって救われた希望の船出。
だからこそ、
彼は永劫の復讐者。
復讐が報われることなく、愛に救われることなく、永遠に彷徨う恩讐の化身。
何より彼自身が、自分のことをそう定義している。
だから、アヴェンジャーがエドモン・ダンテスを名乗ることはありえない。
ハンス・クリスチャン・アンデルセンがそれを間違えるはずもない。
わざわざ彼がそう、口にしたという事は。
『―――お前たちの把握している状況を話せ。
それに応じて、こっちの対応も変わる、ということらしいぞ?』
言い返されるまでもない、と。
そう言わんばかりの語調で、アンデルセンがこちらの情報の開示を求める。
魔術王、の肉体を使っていたゲーティアを前にしてもマイペースを崩さなかった男が。
少しだけ焦るように、そう言った。
『……出せる情報はほぼ吐いた、ということか。
その上で考え得る対処も提案している。なら、信じる以外他にないと。
まあ俺にはその是非は関係ない話だが』
出来るだけ口早に、こちらがつい先程共有した情報を全て開示する。
いまの状況、カヴァスⅡ世を守るためにも今取れる選択肢は広くないことも。
これでアンデルセンが例えばドッペルゲンガー、アサシンだったら目も当てられない。
が、多分それはないだろう。
それこそ、“エドモン・ダンテス”という名への感情の機微。
これを何となしにでも共有できる相手は、そう多くない気がした。
『む――――』
電話先でアンデルセンの声が遠くなる。
まるで受話器をひったくられたように。
『―――ジェームズ・モリアーティが敗北する、というルールには逆らえない。
敗北の実証に地球の犠牲を要求されている限り、滅びには逆らえない』
会話相手が変わる。その声に聞き覚えはない。
首を傾げそうになりつつも、彼女は魔獣へ銃撃しているモリアーティを見る。
黒幕とは違う、もう一人のモリアーティ。
モリアーティがいる限り隕石が落ちるというのなら、彼も脅威の一つになってしまう。
そんな彼女の思考を読むように電話先の男は嘆息し。
「えっと、あなたは」
『ならばどうするか。それはもちろん、
数学者ジェームズ・モリアーティの勝負が成立する前に。
犯罪者ジェームズ・モリアーティの計画を、探偵が暴き立てることで』
数学者としての敗北は、彼の出した“解”が不成立になること。
犯罪者としての敗北は、彼の立てた計画が解明されること。
モリアーティはこの前者を最大限利用して、地球に致死の刃を押し付けた。
だから、それをそもそも使わせなければいいのだと彼は口にする。
『この世界観に保障されたモリアーティの敗北。だが、この世界観に約束されているのは敗北という結末だけだ。最終的に必ず負ける。だが“何に負けるか”はまだ決められていない。
それを利用して彼がこの計画を成立させたように、こちらはそれを利用してその計画を破綻させる。敗北という結果さえ事前に成立させてしまえば、彼の計画を補強するものはなくなる。
例えこの計画が数学者としての知的好奇心であろうとも、それが犯罪的手段で実行されていたのならば―――その悪行を探偵が見抜くことで、破綻させられる』
男の声は強く。
語るモリアーティの計画を、確かに理解していると主張する。
『幻霊
聖杯のブーストを加味しても、当然足りない。
だからこそ彼はこの世界に、これほど大掛かりな仕掛けを施したのだから。
シェイクスピアを使い作ったこの世界で、彼は決定づけられた敗者として成立している。
だからこそ彼は、
そこで一拍置いて、彼はその名を口にした。
『―――私、シャーロック・ホームズが彼の前に立つ。
それこそが彼の完全犯罪を破綻させる、最も確実な決着方法だ』
「……電話、シャーロック・ホームズからだった!」
それを聞いた立香が即座にそう口にする。
戦闘をこなしながら、嫌そうな顔を浮かべるモリアーティ。
ついでにジオウがそういえば前に会ったな、と僅かに頭を傾けた。
電話先から届くのは、小さな溜め息。
『キミね。……そちらにはまだもう一人のモリアーティがいるだろう。
よくまあノータイムでバラそうと考えるね、キミは』
「駄目だった?」
不思議そうに問いかけられて、ホームズが苦笑する。
『いや、構わない。ジェームズ・モリアーティがキミたちに味方しているかどうか、最後の確認は必要だと思っていたところだ。
そして私と彼、現場と電話、どちらの話も聞けるのはキミだけ。
と言ったところで―――私とモリアーティ教授はまったく同じ方法に辿り着いただろう、アサシン攻略戦についてまず話すとしようか』
そう言って彼は、自分とモリアーティを繋ぐ橋となることを立香に要求した。
「こいつらだ! こいつらをあの方に引き渡せば、私たちには栄華が与えられる!
約束してくださったのだ! 私たちにこそ十全たる幸福を、と!」
声を上げるのは、スーツ姿の壮年の男。
彼が指差した先に向けられる、無数の銃口。
それが火を噴く前に、狙った相手の手の中で赤い光が瞬いた。
「が、――――!?」
赤い光弾に撃ち抜かれ、痙攣して崩れ落ちる兵士。
そんな味方の状況を気にかけず、兵士たちは銃撃を開始した。
吐き出される弾丸の群れ、それに立ち塞がるように展開される蒼い光の壁。
美遊の形成した障壁が銃弾を阻み、一発たりとも通さない。
その盾で攻撃を凌ぎつつ、ツクヨミが適宜躍り出て敵に発砲を続ける。
「なんなの、こいつら……!」
『恐らくアサシン、燕青が仕掛けさせているものだ!
どうやら彼は、ここで計画達成までの時間稼ぎをするつもりらしい!』
ロマニの声を聞きながら、美遊の腕が振るわれる。
「―――
一瞬だけ盾を消し、そのままサファイアから撃ち放つ魔力の弾丸。
それの直撃を受けた男が派手に吹き飛び、転がっていく。
すぐさま再展開される障壁が、当然のように銃弾は通さない。
「ちぃ、ガキ二人に何を……ぐぇッ!?」
苛立たし気に構えていた偉そうな男を、一振りされた旗が殴り飛ばす。
意識を飛ばし、そのまま地面に転がる男。
そいつの隣に着地してみせたオルタが、長くなった髪を軽く持ち上げ払った。
気付いた連中は即座に銃口を翻し、彼女に向かって射撃を開始する。
しかし直後に、オルタを囲うように立ち昇る黒い炎。
その熱に呑み込まれ、銃弾が欠片も残さず焼失していく。
「くそ、化け物め――――!?」
今の新宿に残った人間は、世界観に引きずられ真っ当ではないものに変わっている。
が、それでもサーヴァント相手に戦い抜けるようなものではなく―――
「はぁ―――っ!」
それどころか。
オルタに引き付けられた連中の視線を縫い、ツクヨミが背後から一人蹴り倒す。
そのまま流れるように放たれるファイズフォンの銃撃。
二人三人と、次々と卒倒させられていく男たち。
「―――だとしたら。このまま防戦か、ここから一気にバレルまで突撃の二択……?」
「選択肢のように見えてそうでもないじゃない。突撃以外にある?」
旗の石突でアスファルトを欠けさせながら、竜の魔女が肩を竦める。
妙に手慣れた様子で、相手を殺さない火力を維持。
彼女の撃ち放つ黒い炎の剣が、襲撃者たちの手から銃を吹き飛ばしていく。
「突撃女にはそう見えるだけで、面倒な状況だ」
無手になった連中が、飛来してきた黒い疾風に吹き飛ばされた。
それぞれビルの壁にしたたかに打ち付けられ、意識を失って崩れ落ちていく。
そうして連中を薙ぎ払って登場したのはセイバー。
彼女に対し、オルタが視線を向ける。
「来たわね、こんな連中より先にアンタと決着つけてやるわよ」
「そんな事はどうでもいい。おい、そちらのマスター……ツクヨミ、と言ったな」
「え? ええ」
「私と契約しろ。このまま決戦だ」
絶え間なく増員され続ける人員。開始される銃撃。
それを軽く切り払いながら、彼女はそう口にする。
分かった、とツクヨミが返す前に口を挟むのはジャンヌ・オルタ。
「は、人の突撃に文句つけといてそれ? 猪らしさ全開じゃない」
「――――はぁ」
至極面倒そうに溜め息ひとつ。
そんな反応を返されていきり立つオルタを宥めようとするツクヨミ。
彼女たちがそうしている間に、後ろから立香とモリアーティが現れる。
セイバーを追ってきたのだろう。
「ツクヨミ! 美遊! オルタ!
ソウゴの転移でできるだけバレルに近付いて、そのまま一気に突っ切る!
こっちに戻ってきて!」
雨のように降り注ぐ銃撃を、棺桶から放たれる火線が迎撃する。
銃弾を銃弾で撃ち落としながら、モリアーティが顔を顰めた。
「やれやれ。銃弾を銃弾で撃ち落とすなんて、馬鹿げた話だヨ」
「分かった! いったん退いて、一気に敵の本丸を攻めましょう!」
言いながら発砲を繰り返すツクヨミ。
彼女が美遊と視線を合わせ、頷き合う。
後退しつつ、相手を撃墜し続けるような動き。
それをサポートするように弾幕を張るモリアーティ。
彼を一瞬だけ見たセイバーが身を翻し、聖剣を腰だめに構えてみせた。
「退く前にここの連中をそこそこ程度に吹き飛ばすぞ! 追撃されたら面倒だ!」
「……ちっ、後で覚えておきなさいよ」
そう言ってオルタがセイバーに倣う。
二騎のサーヴァントが前のめりに、雑兵相手に動き出す。
立香が彼女たちに肯首して、モリアーティの背に隠れるように動く。
チンピラたちを薙ぎ払い、サーヴァントが帰還したのを見計らい。
追撃を防いだところで全員揃って店の方に戻る。
そうして準備していたジオウの力により転移し、バレルを目指す。
それが彼女たちの示した方針であり―――
彼の待ち望んでいた、隙である。
誰が吹き飛ばしたのかも分からないような位置。
そこで倒れ伏していたチンピラ一人が、まるで糸人形のように跳ね上がった。
「まずは前提を確認しよう。アサシンの目的は時間稼ぎだ。
世界観の更新、バレルへの弾丸の到着。あるいはライダーの戦線復帰。
彼が無理をする必要はさほどない」
『そして、そのために選んだ手段が一応は一般人と言える人間の登用。
この世界観に強化されているとはいえ、キミたちが強引に突破した場合、生命の危機に瀕するだろう弱い兵隊だ』
モリアーティの言葉を立香が電話口に繰り返す。
すると電話の向こうで続けるようにホームズが喋り、それを立香が再度繰り返す。
結果として、あたかも彼女が全てを推測して語り上げる者であるかのように。
「力任せに倒しづらい、というだけで君たちは動きづらくなる。
とはいえ効果は知れたもの。私たちの戦力を鑑みれば、突破自体は容易だがネ。
今回はカヴァスⅡ世くんのことがあるから効いているが」
『カヴァスⅡ世という犬をキミたちが庇っている、という事実をアサシンは知らない。
だから当然、余計動きづらくなっているという事実を彼は考えない。
この襲撃を受けたキミたちの行動を、ごく普通の範囲で予測して行動している』
打てば響くように言葉が繋がることに、嫌そうな顔を浮かべるモリアーティ。
聞いている立香からして、ホームズもさほどいい気分ではなさそうで。
「―――そう。アナザーウィザードである彼が、だ。
相手にしづらい弱い人間と、相手取るには面倒な魔獣。
これを同時に、周囲に大量にバラ撒かれたらどうするのが手っ取り早いだろう?」
『―――彼はキミたちが転移によって脱出する、と考える。
その起点となるのは仮面ライダージオウ、常磐ソウゴだ』
ソウルイーター、と分類される魔獣が走る。灰色の四足獣が躍る。
が、それは先に戦ったロボに比べれば何ということもない。
ソウゴは探偵と犯罪者の言葉に耳を傾けつつ、腕のホルダーからウォッチを外した。
〈ダブル!〉
手慣れた様子でドライバーに装填し、流れるようにユニットを回転。
ドライバーのメーンユニット、ジクウサーキュラーが装着されたウォッチを読み取る。
ジクウマトリクスが顕現させるダブルの力と歴史。
それがアーマーとなって、ジオウの許へと呼び起こされる。
〈アーマータイム! サイクロン! ジョーカー! ダブル!〉
現れるのは緑と黒、二機のメモリドロイド。
片割れである緑、サイクロンのメモリドロイドが勢いのまま獣の口に飛び込み、顎を砕く。
そこで止まった魔獣に対し。
黒、ジョーカーのメモリドロイドを装備したジオウ・ダブルアーマーの拳撃が突き刺さる。
ソウルイーターを薙ぎ倒し、そのまま流れで両肩にメモリドロイドを装着。
そうしながらも名前を出されたことで、ジオウが小さく振り返った。
彼に頷いてみせつつ、モリアーティは射撃と語りを続行。
「襲撃のタイミング。大体ジャンヌ・オルタが外に行ったタイミングで始まっただろう? まあ恐らくは見ていたのだろう、アサシン本人が。
その結果、敵襲を察知した彼女は真っ先に突っ込んでいってしまい、すぐにそれをツクヨミくんと美遊くんが追い、戦闘が開始された。
つまり、今ここから私たちが転移して離脱するためには、私たちには外に行った組と合流する、という工程が必要になっているわけだネ」
『外は広く、銃弾を無作為に放ち続ける大量のジャンキー。
店内は店内で魔獣が次々と流れ込んでくるが、広くはない。天井に穴こそ開けられたが、対処のために注意するべき方向は随分と絞れるだろう。
では、最終的に転移を敢行するにあたり、どこで合流するのがいいことになるか』
小さく立香が目を細める。
サーヴァントならば、多少強化されてようが銃を持った人間など問題にはならない。だが銃を乱射する大勢の人間がいる開けた空間、というのはマスターにとっては酷く危険な状況だ。
ジオウはそれこそ問題にしないだろうが、立香と、一応ツクヨミにとって危険な場所。
普通に考えて、そこにわざわざ彼女たちを出すことを選ぶだろうか。
「方法としてはジオウが中心にある。この行動指針は要するに、“ジオウのそばに集まる”だ。
だからまあ、自然と外に出た者たちがこっちに退いてくる、というのが無難だ。
こちらもすぐに離脱にかかれるように、店の出入り口付近に移動しつつネ」
『つまりアサシンの狙い目はそこだ。
細かい部分はともかく、大筋はそう外れないだろう行動予測。
そうなるようにタイミングを計った彼は、キミたちの集合場所を狙える』
流れるように繋がっていたモリアーティとホームズの言葉。
それが一瞬だけ途切れる。
何かを嫌がるような、珍妙な顔を浮かべて、モリアーティが言葉を詰まらせていた。
「……狙う相手は必然、もっとも人質にしやすい人間。何故って、彼の仕事は時間稼ぎだからだ。殺す理由がない。殺してしまえば怒りは稼げるが、時間は稼げない。人理焼却ならばマスターを殺すことに意味があったが、今では人類に残された最後のマスターたち、という冠はとっくに意味を失っている。カルデアのマスターの排除は、今回は勝敗に影響しない」
『―――……そう。アサシンが動くタイミングはただ一つ。
離脱を前に気の緩んだ一瞬。カルデアのマスター、藤丸立香を人質として捕える時だ』
モリアーティが言葉を詰まらせた以上の時間、ホームズが思考時間を挟む。
お互いが数秒に満たない時間だけ、話を詰まらせて。
そこから先は、先にホームズが言葉を口にした。
「飛んで火にいるなんとやら、ってな!」
路上に転がっていたチンピラが一人。
突然動き出した人間だったはずのものが、一体。
まるで立体映像にノイズが走ったかのようにブレた直後、姿を変えていた。
『……っ!? アサシンの霊基を確認! ドッペルゲンガーの力か!?
つい一瞬前まで人間の生体反応だったものが、サーヴァント反応に変わった!
サーヴァント反応すら誤魔化せるのか……!?』
燕青が纏っていた外殻、そこらのチンピラの記憶が剥がれ落ちる。
愕然とするロマニの声。自身がサーヴァントである、という事実さえも隠匿する影。
そうして元の姿と呼ぶべき侠客に戻った彼が、瞬時に立香に向けて奔った。
ツクヨミと美遊がギョッとして。
オルタが舌打ちしつつ振り返り。
セイバーが全力で切り返そうとして。
当然、間に合わない。
そういうタイミングで彼が正体を現したのだ。
『―――先輩!』
「ぬ……っ!?」
マシュの悲鳴染みた声。
身を捩り、何とか燕青と立香の間にモリアーティが立ちはだかる。
棺桶をハンマーの如く振るいながら、前に出てくる男。
彼に対して燕青が笑みを返す。
「無駄だぜ、プロフェッサー。アンタじゃ俺は止められないね!」
「だとしても、やらねばならん時もあるサ!」
燕青は止まらない。モリアーティに止められるはずもない。
手甲に覆われた腕一本で。振り抜かれる棺桶をいなし、吹き飛ばす。
繋がったチェーンは手に残っているが、棺桶が勢いよく彼方にすっ飛んでいく。
歯を食い縛り、何とかその場で踏み止まる老爺。
そんな隙だらけの男に笑う燕青。
ここでモリアーティを討ち取ることもできる、が。
それに意味はないし、本命は元々彼でもない。
アサシンはそのままモリアーティを押し飛ばし、背後に庇われた少女に手を伸ばそうとして。
「――――あん?」
モリアーティの背に隠されて、魔力を迸らせるカルデアのマスターを見た。
燐光を纏う服、カルデア式戦闘用魔術礼装。
まるで対燕青のために事前に準備していた、と言わんばかりに弾ける魔力。
……いや、彼女に大した事ができないのは把握済みだ。
多少動けようが、英霊に敵うわけもない。
カルデアの礼装も優秀だろうが、だからといって燕青と立香で殴り合いが成立するはずもなく。
―――だが、彼女はカルデアのマスターだった。
少女の伸ばした腕に弾ける紫電。
展開される魔術式が、モリアーティへと効果を及ぼして。
『モリアーティを護衛に、ミス・フジマルが撤退を告げに外に出る。
それはアサシンからすれば最高の状況だ。何せ教授はバリツでボコボコにして、ライヘンバッハに放り込めるくらいに接近戦が弱い。彼はそれをよく知っている』
「……こんな性悪探偵の言う事聞けるかネ?」
嫌悪感、だろうか。
ホームズ自体よりも、彼が口にするその作戦が気に入らないとばかりに。
モリアーティが本気で嫌そうな顔を浮かべ、天井の穴から顔を出した飛竜を撃ち抜いた。
『……それは、先輩がアサシンを誘き出す囮になる、ということでしょうか』
「だ、だったらわたしもついてた方が……」
眉を顰めるマシュ。そしてサーヴァントとしての使命を口にするイリヤ。
彼女たちに返答を立香を通じて聞き、ホームズはしかしあっさりと否定した。
『護衛が増えればアサシンの動きに慎重さが混じる。
確実に相手に踏み込ませるためには、常識的かつ油断の混じる構成でなくてはならない。
だからこそ、ミス・アルトリアと教授を伴い外に出た上で。
ミス・アルトリアに少々前に出すぎてもらえば、アサシンは絶好の機会だと判断する』
警戒しすぎてはいけない。だが、警戒しなすぎでは訝しまれる。
だからこそ護衛につけるのは接近戦、あるいは砲撃戦において、この場においてジオウと並び最強であろう騎士王。そうして指名されたセイバーが軽く眉を上げた。
「それで実際どう防ぐ。この男が普通に抜かれましたでは話にならん」
ホームズの言葉をそのまま口に出している立香に、セイバーが胡乱な目を向けた。
ついでのように斬り捨てられるバイコーン。
だがどれだけペットとして用意されていたのか、魔獣が途切れることはない。
常磐ソウゴ、仮面ライダージオウ。
彼は名実共に現状カルデアの最強戦力であり、前線に出す事に否やはない。
先頭にさえ立つ、戦士である。
あるいはツクヨミ。
彼女も流石にサーヴァントと戦闘はどうにもならない。
が、超常の存在にさえ、防戦なりを成立させるだけの立ち回りができる人間である。
銃器を持った連中にも劣らないと理解されている。
前に出ることを心配はされても、懸念はされない。
では、藤丸立香は。
経験は積んできた。尋常ならざる死線は潜り抜けてきた。
それでも、土壇場以外で前に出る選択肢を出される人間ではない。
彼女の定位置は一番後ろだ。
積極的に前には出ない……出るべきではない人間だ。
―――だが、前に出ない人間というわけではない。
セイバーの問いかけをそのまま伝え。
しかしそれでも当然のように、ホームズは意見を揺らさない。
『その男が盾として一瞬でも機能すればいいのです、ミス。
教授が護衛として役に立たないなりに努力し、しかしミス・アルトリアがカバーに入るには少々足りず―――そんな一瞬だけあれば、後は……』
そこまで続けた立香が、何かに気付いたようにイリヤに視線を向けた。
「え、と。それって、まさか……」
その視線を受け取って、少女の方も何かに気付いたようで。
共有しているカルデアの戦法に思いつくことがあったのだろう。
だがそれは、ここで一つ条件をクリアしなくてはいけない。
電話を耳から外し、立香がイリヤを見つめた。
「……私は、いつだって私にできるだけの事をする。
今に生きる人間として―――カルデアのマスターとして。
私がマスターでいいって、そう認めてくれたイリヤの強さを信じてる」
そう言われて、少女がステッキを握り締めた。
逡巡のような表情は数秒無く、少女はすぐに決意と共にマスターを見返す。
「いいよね?」
肯首。
サーヴァントから同意を貰い、立香はジオウにも言葉を向ける。
彼が右腕をゆるりと振ると、緑のメモリが黄色く染まった。
そうして伸ばした腕で魔獣を叩きながら、彼は立香の方に顔を向ける。
「立香がやりたいなら、それでいいんじゃない?
目標全部を叶えるためなら、立ち止まってなんてられないし。
立香たちがアサシンを引っ張り出す。なら、その次が俺たちの出番だ」
更に黒いメモリを青く変えて、ジオウはジカンギレードを銃として手にした。
「一気に仕留めるチャンス、ってことね。まったく、無茶する相棒を持つと苦労するわ」
投げ放った双剣を再度投影しつつ、クロが溜め息ひとつ。
彼女の軽口に反応してマシュが少し言葉を濁らせつつ、しかし。
『それは……はい、ですが、わたしはそれでこそだと思います!』
探偵と犯罪者、二つの頭脳が出した結論に納得できた。
彼女たちは“こうしたい”、と意志を示した。
それを叶える手段はある、とサーヴァントは策を提示した。
なら後は動くだけだ。
その気合の入りように、同意していたイリヤも少し口元を引き攣らせる。
「そう断言しちゃうのはそれはそれでどうかと……」
「イリヤに言えたことじゃないけどねー」
立香がモリアーティに向き直り、問いかける。
「プロフェッサー……モリアーティ。
あなたは、私があなたを信じてもいい、って言ってくれる?」
手を広げ、差し出す。そこに令呪はない。
だがそれが、マスターがサーヴァントに問いかける言葉であるのは間違いなく。
彼女の言葉に、モリアーティが僅かに眉を顰めた。
マスターとサーヴァントであるために、問いかけるべきこと。
それは彼が裏切るかどうかではなく、彼女が信じられるかどうか。
藤丸立香は、モリアーティの提案する策を信じると手を差し出す。
だが、彼はその事実にこそ顔を顰めた。
モリアーティはこの作戦。
藤丸立香が囮になる作戦を自ら口にすることを避けた。
もっとも効率的で、成功する可能性も高く、彼女自身が同意するだろう策を。
それは何故か、というのは。
それこそモリアーティ自身すら何とも、戸惑っている。
シャーロック・ホームズとジェームズ・モリアーティの頭脳のお墨付きだ。
正直、危険はそう無いと確信していると言っていい。
こんなところで、彼女たちは負けない。
それが確信できているのに、どうしてか口にする事を厭ったこと。
あなたの作戦を信じる。そう言って、差し出された手。
それをモリアーティが見下ろして―――
「―――オーダーチェンジ!!」
彼女の従えるサーヴァントの置換が行われる。
空間を超越し、二人のサーヴァントが入れ替わる。
即ち、片割れはアーチャー、ジェームズ・モリアーティ。
「―――は?」
モリアーティと立香が契約を結んでいた。
その危機感の無さには驚くが、まあいいとして。
爆発する魔力。消えるモリアーティ。そこから現れる矮躯。
血気に逸り、しかし力強く眼前を見据える少女。
敵は幼いながらも戦士の意気に満ち満ちて。
しかし侮るなかれ、男の名は浪子燕青。
彼の拳は影さえも置き去りに打ち放たれる、目にも映らぬ高速拳。
例え神話の英傑であろうと、至近距離でその技巧を破れるものなどそうはなく。
―――瞬間、モリアーティがいた場所から岩塊の如き巨大な刃が突き出された。
逡巡する暇すらなく、本能でもって退くことを選ぶアサシン。
突き出された大剣を、拳士の掌が全力で受け流す。
が、その技巧を全て圧し潰さんとする勢いで。
尋常ならざる破壊力をもって大剣が唸る。
受け流しきれるか。否、不意を完全に突かれた一撃。
流石にタイミングが悪すぎて、直撃を僅かに避けるので精一杯。
そんな事実こそが、余りに予想外だった。
「な、に……!?」
技量、技巧、功夫。積み上げた侠客の研鑽。
それらを一蹴する、純粋にして絶対的なパワー。
狂気に理性でブレーキをかけながら、しかし少女はその力を乗りこなす。
発揮されるのは宿した少女の矮躯からは想像もできないほどの、圧倒的な神域の膂力。
「は、ァアアアアアア――――ッ!!」
―――即ち片割れは、キャスターにして、バーサーカー。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンにして、
炸裂するのは、紛れもない大英雄が繰り出す必殺の剛撃。
全力のスイングは確かに、燕青にまで届いた。
「ガ……ッ!?」
衝撃が受け流し切れず。
弾けるように吹き飛ばされたアサシンが、瓦礫に激突して粉塵を立ち昇らせる。
もうもうと吹きあがり、地上を覆う粉塵のカーテン。
少女が振り抜いた大剣が勢い余って地面を抉り、更に撒き散らした。
―――そうして。
不意の必殺を成し遂げた少女が、マスターの前に立ち誇る。
髪をポニーテールに束ね、黒い腰巻を身に着けて。
神殿から削り出した巌の如き大剣を構えた、その姿こそ。
「
大英雄の力を宿した少女が、体内に燻る熱量を吐き出すような咆哮。
狂気と理性を共存させて、力だけを漲らせる。
吹き飛ばしたアサシンの姿を視線で追う少女が、その場に大英雄の映し身として君臨した。
福袋はメリュジーヌだったので私がオーロラです。
オーロラカーテンを自由に使いこなすのは難しいらしい。
なんか戦闘中に短距離ワープや謎の拘束技として使ってた変な人がいるんだが…
教授、これは一体…?