Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
戦闘は終わった。
アサシンは撃破され退去し、彼に従っていた人間たちは離散。
そして、その頃には魔獣たちもパッタリこちらに来なくなっていた。
どういう指示でこちらに向かってきていたのかは分からない。
アサシンが何かしたのか、飼い主がそう指示していたのか。
「―――――」
「モリアーティ?」
緊張をほぐしていた立香が、眉を顰める男を見る。
息を吐いて銃を降ろすツクヨミ。
少しだけ気を抜いて、転身を解除しようとするイリヤ。
そんな彼女を補助しようとする美遊。
アサシンにやり返せなかったことに顔を顰めるオルタ。
―――彼女たちの傍で。
尻尾を丸めて、得体のしれない感覚に震えるカヴァスⅡ世。
魔獣の増援がパタリと途絶えたのは何故か。
飼い主が止めさせたのかもしれない。
アサシンの消滅が切っ掛けで仕掛けが破綻したのかもしれない。
もしくは。
これからここに最凶の捕食者が訪れる、と。
その本能で察していたのかもしれない。
■■■■■■■■■■――――――――!!!
大気が爆ぜる。
それを数値から読み取って、ロマニが声をあげた。
『―――! バレル方面からの衝撃、音波を観測!
ライダーが動き出した……!』
『こちらの観測範囲に侵入……速い、ですがまだ
通常の速度のまま移動していると思われます! 接敵まで3、2……!』
ロマニとマシュの声を聞き、すぐさま二人が動く。
取り出すのはドライブのウォッチ、そしてライダーのクラスカード。
既に戦法は確立している。戦い方は心得ている。
ロボが光速の領域に踏み込んでも、強引に引き戻せる。
「ここでライダーを撃破! その後、バレルまで吶喊し攻略する!
問題はあるか、マスター!」
「無いわ!」
聖剣を両手で握り、魔力を放つセイバー。
彼女の声に叫び返し、ツクヨミがカヴァスⅡ世を背に庇う。
「美遊! プロフェッサー! 私たちの前に!
クロはイリヤの後ろについてあげて、いつでもカバーできるように!
オルタは出来る限りロボの足を止めるように―――」
立香の指示が飛ぶ中、闇夜を切り裂き獣が現れる。
駆けてくるのは灰色の毛並み。
騎乗する首無し騎士の外套が形を変え、刃のように研ぎ澄まされて。
そうして姿を見せた狼が、己の体を赤い甲殻で覆っていく。
巨大な角を張り上げて、止め処なく加速していく凶獣。
〈カブトォ…!〉
「アナザーカブト―――狼王、ロボ……!」
姿を現した、この地上を制する超速の狩人。
その姿が――――瞬間、消えた。
「
例えどれだけ速くなろうとも。
彼のそれは、時間の流れが異なる異界への進出だ。
だからその世界を睨む魔眼であれば、世界ごと彼を停滞させられる。
バーサーカーの上からライダー、メドゥーサを纏い。
ゴルゴーンと化した少女が、その眼を全力で開放した。
どこを睨めばいいか、感覚は既に前回で掴んでいる。
彼女の視線によって停滞する粒子の流れ。
超常の速度を生み出す粒子が、石になったかのように淀みだし―――
「あ、れ―――?」
そこで、気付く。
宝石の魔眼を見開いた少女の視界に、あるべき姿がないことに。
―――
彼女の睨む、時間の流れが違う世界に。
ロボが、いない。
それは何とも、おかしな話だ。
だって彼の最強の強みこそ、彼だけが入れるこの世界。
誰もついてこれない独走空間。なのに、彼はそこにいない。
そもそもここにいないって。
じゃあ、消えたロボはいまどこに―――
『っ!? 駄目です、イリヤさん、退―――』
マシュの警告は遅い。
魔眼に全力を傾けていたイリヤの前で、景色が歪む。
そう。彼は加速なんてしていない。
ただ
異界に入ったロボだけを睨めるように、と。
こちらの世界への影響は最小限になるように、と。
その魔眼の方向性を絞っていたイリヤにそれは追い切れない。
「イリヤさん……!」
蛇の尾がルビーの意志に従い動く。
それが少女に向かって突き出されるカブトの角と激突し、弾け飛んだ。
悲鳴をあげる暇さえなく、イリヤの体が吹き飛ばされる。
尋常ならざる速度で吹き飛び、ビルを突き破り、粉塵の中に消えるゴルゴーンの姿。
「イリヤ!?」
「こん、の……!」
まんまと抜かれたクロエが即座にそちらに刃を向けて。
―――その瞬間、今度こそロボが独走を開始した。
「く……ッ!」
すぐさまジオウがウォッチを入れ替え、加速に入った。
軋む体。完全に回復したとは言い難い状態で、再び体に過負荷をかける。
発現するドライブの力を得て、疾走する青いボディ。
〈ファイナルフォームタイム! ド・ド・ド・ドライブ!〉
―――狼王を引きずり下ろせるのは、ただ一人。
その力を持つ少女はいまの一撃で吹き飛ばした。
仕留めきれずとも、すぐにまともな戦闘行動には戻れまい。
だからついてこれるのは、ただ一人。
いいや、その青い高速の戦士さえも何とか追い縋っているだけ。
誰もついてこられない。誰もついていけない。
誰にも、ついてきてもらえない。
全てに取り残された孤独な狼が、速さの極致の中で咆哮した。
「イリヤ―――!」
「ミユ! そっちは後……! 無事よ、多分……!」
叫び、イリヤが吹き飛ばされた方に向かおうとする
膝を落としそうになるのは、クロエ。
イリヤから逆流してくるダメージを負いつつ、彼女はそれを利用し半身の無事を確かめた。
それを理解して美遊も、必死に自分を抑え込む。
「ジャンヌ・オルタ! イリヤスフィールの方へ行ってこい!」
「は、ァ――――チィ……ッ!」
はぁ? と言い返しそうになって。
しかしそんな場合ではないと、オルタがセイバーの指示に従い疾走した。
それを送り出した後、セイバーが鋭く目を細め殆ど軌跡の見えない戦闘を注視する。
「―――透明化。別の幻霊を溶かし込んだのかネ?
いや、今更それはいい。とにかく、いま必要なのはロボを止める手段だ」
モリアーティが棺桶を持ち上げながら眉を僅かに上げる。
一応は敵の存在を認識している。
発砲すれば弾丸はロボを追うかもしれないが、撃ったところで弾速が足りない。
ジオウの邪魔になる可能性を考慮すれば、撃たない方がマシだ。
彼の銃撃は戦闘の余波で撒き散らされるコンクリートの残骸の撃墜に終始する。
『―――イリヤさんの無事を確認しました! ですが、流石に……!』
『彼女が動けるようになるまで時間がかかる……!
ソウゴくんが戦えるうちに撤退を―――!』
「プロフェッサー!
イリヤが復帰して動けるようになった場合、ロボはどうすると思う!?」
通信先の二人の声を聞き、立香が老爺の背に問いかける。
銃撃を続行しつつ、彼による即座の返答。
「もちろん最優先で狙うだろう。
―――その上、仕留めきれないと判断した場合、恐らくは撤退する」
ロボは獣だ。
道理に合わない狩り場であるが、それでも行動自体は獣のそれに準じる。
自身の危機が訪れれば、迷いなく撤退する。
その上でその敗北の分を上乗せして憎悪を燃やし、再襲撃をしてくるだろう。
彼は確実に獲物と定めた彼女たちを狩り殺す。
だがそれは今のロボの行動を縛らない。
最終的に絶対に殺す。
それが達成できるのであれば、何度退くことも戸惑わない。
「……イリヤが復帰する前に、ソウゴに限界が来たら」
「イリヤスフィールくんがロボをこちらに引きずり出せれば、だが。
相手がアナザーカブトとはいえ、アルトリアくんなら十分対抗可能だ。
―――だが、例え加速していなくとも、逃げに徹されてしまえば誰にも追いきれない」
こちらに勝機はある。アナザーカブトを倒す手段はある。
だがそれはソウゴとイリヤが同時に戦闘できる状況が前提だ。
イリヤを欠いたまま戦闘を続けるソウゴには、やがて限界が来る。
ソウゴが倒れた後にイリヤが復帰してもロボを倒せない、逃げられる。
もうロボは少しずつこちらを削っていくだけでいい。
襲撃も撤退も、彼は好き放題繰り返すことができる。
ソウゴの体力はそうやすやすと回復し切るものじゃない。
イリヤだって無限にロボを抑えていられるわけじゃない。
狩りは、既に決着していた。
そんな事実を前に、銃を下ろして。
ツクヨミが美遊の方に向き直った。
マスターの視線を受けて、少女が渡されていたブランクウォッチを意識する。
話の流れは単純だ。このままでは全滅する。
だから、それを脱却するための力が必要になっている。
それこそが美遊が黒ウォズに渡されていたもの。
ブランクウォッチに刻まれるはずの、カブトの力。
「美遊……黒ウォズは、あなたならそれを変えることができる。
そう考えて、そのウォッチをあなたに渡した。
私たちがこの場で、状況を好転させられる確率が一番高い手段はきっとそれ」
ツクヨミが言いつつも、視線を横に巡らせる。
先程祝福のために再出現した黒ウォズは、戦闘に参加しない距離で戦場を眺めている。
もっとも今の高速戦闘は彼にも見えてないだろうが。
そんな彼は美遊にウォッチを渡しながら、それ以上の干渉をする気も見せない。
「美遊様……」
「わたしがこれに……力を、与える?」
歴史を記録し、その力を現出させるライドウォッチ。
それはいい。とても強い力だ。
けれど理屈が分からない。
なぜ、何の関係もない美遊がそれを創れることになるのか。
持っていればいい。それで出来る、というなら持つ事に否やはないけれど。
だから創ってみろ、と言われてどうにかできるものでもない。
『……美遊さん。たぶん、それは、そんなに難しいことではないんです。
ただ―――狼王ロボに対して、あなたが強く感じ入っている想いがある。
それを示してあげたい、と思えればきっと』
いつか、同じように想いをウォッチに乗せたマシュ。
彼女の言葉に、美遊が手にした黒いウォッチを見る。
「チィ――――ッ!」
そんな中、目を尖らせていたセイバーが爆進する。
直後に体勢を崩して蹈鞴を踏み、そのまま膝を落とすジオウが見えた。
完全に限界。それでも必死に立て直そうと、震える体で立とうとして。
「ソウゴ!」
そこにトドメを刺さんと踏み出したアナザーカブト。
その両者の間にほんの一度だけ。
彼女は超高速の突進に確かに割り込んで、ジオウへの一撃を防いでみせた。
「ぐ……っ!?」
引き換えに、先程のイリヤスフィール以上の速度で弾き飛ばされる騎士王。
彼女の体がビルに激突し、砕けたコンクリートを砕き散らす。
「セイバー……!」
ツクヨミの声に、ビルに沈んだセイバーからの返答はない。
ジオウもまだ立て直せない。
舌打ちしつつ棺桶の照準をロボに向けようとするモリアーティ。
即座に周囲に剣を無数に浮かべ、壁を兼ねた弾幕を形成するクロエ。
「――――――」
そんな、当たるはずもない弾幕が張られるのを見つつ。
それより突撃に割り込まれた事実に、一瞬だけロボが目を細める。
しかしさっさと気を取り直し、そのまま突撃を続行しようとして。
わん、わん、と。
本来なら届かないはずの、遅すぎる世界からの声が聞こえた気がした。
思わずロボが振り向いて、そちらを見る。
そこにいたのは、白い毛並みの野良犬。
彼女は己の世話をしていたセイバーが吹き飛ばされた事実に、思わず吠えていただけ。
白く柔らかな毛並みの獣に、狼の思考が止まる。
光速の世界の中で、彼は完全に足を止めて唖然とした様子を見せた。
そんな事実に、彼の背に乗る騎士が剣を握る腕を僅かに揺らす。
ついでのように蠢く彼の外套。
それがモリアーティとクロエの放つ弾幕を全て斬り捨てる。
完全に彼が止まった事で、皆で揃って足を止めたアナザーカブトを見る。
その視線が向けられているのは、カヴァスⅡ世。
「―――――……あぁ、やっぱり」
狼王ロボにはつがいがいた。白い狼、ブランカ。
彼を捕らえるために罠にかけられ、殺され、利用された、一匹の狼。
何より大切だっただろう、彼の愛する同胞。
疾走者の足を止めることができる、唯一の心残り。
美遊の視線が足を止めた迷い子を見据えた。
戻りたいだろう。取り戻したいだろう。
それがもう叶わないことだと知っていたって、想いは消えないだろう。
気持ちが分かる。
置いてきてしまったものが大切なほど、苦しさは加速する。
無理矢理引き剥がされて得た苦しみの分だけ、憎しみは加速する。
復讐を選んだのは彼だ。彼自身の意志で、その道に踏み込んだ。
その結果は全て自業自得で、救われるものはないのだろう。
―――でも。彼はいま、足を止めた。
復讐のためだけに走っていたはずの足を、望郷の念で。
帰りたいだろう。帰りたいに決まっている。
だって、そこが自分の全部だったから、いまこんなに苦しいんだから。
苦しいだろう。苦しいに決まっている。
彼は王だったのだから。群れの長だったのだから。
―――
兄は守れた。彼女は守ってもらえた。
けど―――ロボは守れなかった。
守るための疾走が何も守れなかった時、歪んでしまうのは当たり前だ。
ただずっと当たり前に走っていけばいいと思っていた道を見失って。
彼は彷徨った挙句に、全てを殺す道に乗ってしまった。
辛いだろう。辛かった。
自分の許に辿り着いた彼を見た時、嬉しいだけなわけがなかった。
自分を助けようとした誰かが、苦しむばかりの道を選んだことが辛くないはずがない。
もう彼を止められるものはどこにもいない。
彼が守ろうとしたものだけが、彼の心を止められる。
止まる事を失った彼は、燃え尽きて崩れるまで止まれない。止まらない。
どれだけ憎悪に染まろうと、連想するものを見つけただけで止まってしまうくらい。
それほど想っていたものは、もうこの世界のどこにもないと分かっている。
―――いいや。だからこそ、だ。
いま彼は自分で証明した。
彼は止まれないけど、止まりたくないわけじゃない。
止まりたいのだ、本当は。止まれなくなってしまっただけで。
だったら、止めてあげないと。
止めてあげられる者はもう誰も彼に追い付けない。
もう彼の視界に映ることはない。
だからこそ、ここで止めてあげないと。
これ以上、彼が戻りたい場所から離れないように。
せめて、せめてここで止めてあげないと。
「―――美遊様、それを……!」
サファイアの声に反応して、咄嗟に腰に手を伸ばす。
そこにあるのは、提げた袋の中で熱を帯びたブランクウォッチ。
それが熱に燃えるように赤と銀に変わっていき―――紋章が浮かぶ。
「……っ、サファイア! これを飛ばすのを手伝って!」
「はい――――!」
変わったウォッチを放り投げ、空中に固定する。
それをジオウの許に飛ばそうとして―――
しかしその瞬間、ロボが再び動き出す。
それを阻むためにジオウもまた死力を尽くした加速を開始した。
消える。見えない。
渡すために足を止めさせてしまえば、ロボの蹂躙を止められない。
―――瞬間。
イリヤが吹き飛ばされていたビルの壁が爆発した。
溢れ出す漆黒の炎。溶解していく壁面。
フロア数段、まるまるスプーンでくり抜くように纏めて溶かし切って。
それを成し遂げた女が、振り返って叫んだ。
「開いてやったわよ、やってやりなさい白ガキ!」
「――――……
立てさえしない、床に這いずる満身創痍の蛇神。
それでも少女はその死力を尽くし、顔を上げ、その眼で開けた視界の先に臨んだ。
外にまで視界が開ければ、後はその先を睨むだけ。
視覚を通じて脳が焼ける痛みを振り切って、イリヤが確かに魔眼を開く。
光の速さで流れる粒子。タキオンの流動を、石化の魔眼が停滞させる。
独走していた狼の疾走に陰りが訪れる。
だがそれは一瞬だけ。今のイリヤが魔眼を維持できるのはほんの数秒足らず。
その上出力も足りないのか、減速の度合いも先のそれより少ないくらいで。
彼は僅かに重くなったくらいの体で、目標に向けての歩みを続ける。
数秒後、再び彼は誰も追い縋れない光速の世界に帰還するだろう。
だが、ほんの数秒でも猶予と呼べるものが得られたことで。
「ミユ! 狙いを合わせなさい!!」
弓がしなる。言葉で細かな位置を指示する余裕はない。
クロエが番えたただの矢が、瞬く間に発射される。
彼女はサーヴァントとしてマスターの位置を把握している。
その情報を元に彼女が答えを出した、二秒後にジオウがいる場所。
それこそが、クロエがいま矢で狙った場所で。
「いけます、美遊様――――!」
「――――
即座にそれに合わせ、サファイアが誤差を修正。
魔力で包んだウォッチを、狙うべき場所に向けて撃ちだした。
飛来するライドウォッチ。
それを確かに認識して、ジオウはロボの前に立ちはだかりながら掴み取る。
「……お願い、思い出させてあげて……!
ロボが足を止められなかった、本来の理由を……!」
魔眼の効果が活きた数秒の減速の間だけ、速度はジオウが勝った。
結果としてジオウはロボの進行方向の前に割り込めた。
迫りくるロボ。赤い角を突き出した、復讐の獣。
〈カブト!〉
手にしたライドウォッチを起動し、ドライバーに装填する。
空気が融けるように、重力が消えるように、世界が変わっていく。
それこそがジオウもまた光速の世界に踏み込んだ証左。
〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉
流れるように回転するドライバー。
世界に顕現する、ウォッチに刻まれたカブトの力。
〈アーマータイム!〉
肩部に装着される、カブトの角を模したアーマー。
胸部を覆う真紅の装甲。
〈チェンジビートル!〉
そして、アナザーカブトのように、彼の頭部にも角が顕れる。
顎から競り上がるように天を向き、屹立するゼクターホーン。
〈カブト!〉
顔面に嵌め込まれるインジケーションアイ。
その形状は、力の名を示す“カブト”の文字。
そうして変身したジオウが、目の前に迫る孤独の獣に向き直った。
「……本当に」
獣の軌道は、吠える白い犬を目掛けたもの。
まるで、帰れない場所を振り払うように。自分が残した心を噛み砕くように。
「あんたは―――この力で走る道が、その道でいいの?」
「祝――――」
遠く、世界の壁を隔てた場所から黒ウォズの声が間延びして聞こえる。
その祝福の声を背にしながら、ジオウが一歩踏み出した。
彼の手は既に、ドライバーに装填されたウォッチへと添えられている。
〈フィニッシュタイム!〉
ジオウのウォッチを必殺待機状態へ。
そうしている内に辿り着いたアナザーカブトが、ジオウに一撃を見舞う。
叩きつけられる真紅の角が、ジオウのアーマーを削る。
それに対して、ソウゴは何とかその場に踏み止まった。
道を開けない敵に対し、アナザーカブトの咆哮が轟く。
立て続けに繰り出される連撃。
ロボの突撃に加え、彼に跨る首無し騎士の攻撃もジオウへと牙を剥く。
首を狩るための剣と、外套が変化した無数の刃。
それらが降り注ぎ、カブトアーマーを削り落としていく。
一際強い角による激突で、胸部の鎧が弾けるように割れた。
〈カブト!〉
カブトウォッチを必殺待機状態へ。
そうしながら、彼は反撃も回避も行わない。
着実に、劇的に、繰り出される殺意の攻撃に身を削られながらも。
ソウゴはただ、耐えた。
両肩の角が折れ、吹き飛ばされていく。
限界が迫る。限界を超える。
最高に力の高まった状態であるアーマーが、ギリギリのところで存在を維持し続ける。
ジオウの手が、ドライバーのロックを叩く。
回転待機状態に入るジクウドライバー。
ただ一撃のための準備をしながら、彼はただ待ち続けた。
―――ころさないで、と。
そんな、声が聞こえた。
誰の? ……いや、いいや。聞く必要がどこにある。
目の前に立つ白い野良犬。
それに、自分が感情を向ける理由が一体どこにあるという。
そう。彼の大切なものは死に絶えた。もう何も残っていない。
人間に殺された。もう誰も帰ってこない。
止まる理由など、どこにもない。
―――ころさないで、と。
声は続く。
圧縮された時間の中で、間延びした声だったものが。
何故か、鮮明になって彼の耳に届く。
いいや、いいや。そんなものに、心など向けるものか。
死んだのだ、喪われたのだ。
だから―――あんなものに、何を想う事がある。
その間抜けな逡巡ごと粉砕するように、彼は頭を突き出した。
繰り出される一撃に対し、目の前に立つ人間は何も反応を示さない。
真紅の角がジオウを打ち据え、その装甲を砕く。
神速の突撃によって弾け飛び、剥がれていく赤い装甲。
それでも、彼はその状態を維持し続けた。
半壊した鎧のまま、彼は真紅の孤狼の前に立ち続ける。
反撃はない。相手からはその意志さえも感じない。
馬鹿げた話だと切り捨てて、彼は殺意だけを維持し続けた。
それに応え―――それに、応えて。
彼の背中の上に騎乗する騎士が、その手から刃を取り落とした。
放られた刃は落下しない。時間に置き去りにされて、空中で止まる。
時流の加速した世界で、停滞する死神の鎌。
―――なんて、使えない。
彼には殺意しかないのというのに。
その意志にすら追従できないなんて、それを乗せている意味がない。
誰もついてこない。誰もついてこれない。
群れの長なのに。群れの長だったのに。
彼は群れの長なのだから、皆が帰ってくる場所じゃなきゃいけなかったのに。
誰も、彼にはついてこれなかった。
彼が全てを見失ったように、誰もが彼を見失った。
ならば、と。狼王がその四肢に力を籠める。
目の前の敵も、白い野良犬も、纏めて―――
―――ころさないで、と。
心に響く。
やめろ、もうそれしかないのに。
そうでないものは、全て
光さえも置き去りにする時間の流れ。
そうではない、通常の時流の中で風に流れているだろう白さに、目が眩む。
心が、彼の存在と癒着した何かが、訴えてくる。
―――だからなんだ。
奪われた事実は消えない、踏み躙られた現実は変わらない。
死んだのだ。殺されたのだ。
―――ああ、思考が定まらない。
この感情がどっちのものなのかさえ分からない。
ブランカは殺された。己も果てた。
だが、もしかしたら。もしかしたら、彼らの―――
―――ころさないで、と。
体が震える。
動いていないような速さで、ゆっくりと揺らぐ白い野良犬。
その白さに、感情が抉られる。
この世界のどこかに、こんな……こんな、まるでブランカのような。
そんな白さを受け継いでくれた、彼らの仔が生き延びて。
何処かで、生きてくれていたのなら。
「■■■■■■■■■■■■■■■■―――――ッ!!!」
咆哮が罅割れる。
咽喉が裂けるほどに絞り出した声に、千々に乱れた感情が載る。
―――ああ、どうして。
―――どうせ走るのなら、どうして。
―――憎いものを殺すためではなく、愛したものを
―――どこかにいるかもしれない。どこかで血が繋がっているかもしれない。
―――にせものでも、確かにそこにいたかもしれない。
―――そんな、
仲間が安心して帰れる縄張りを守れるのは、彼だけだったのに。
今更気付いたって全てが遅い。
彼と言う獣は人を殺すためだけにこの地に降り、悪逆の限りを尽くした。
狼の縄張りを人が侵して森を切り拓いたように。
人の縄張りに踏み込んで、ただ殺すためだけの殺戮を行ってきた。
彼の手元に残っているのは、誰かを殺すために設定した殺戮場だけ。
仲間と、家族とともに歩むための縄張りなんて、とっくに見失ってしまった。
最後の加速のための一歩に辿り着く。
それを蹴ってしまえば終わりだ。彼の体は最後まで辿り着く。
彼と言う太陽だったものは、二度と昇れぬ地獄の底に落着する。
目の前で背を向ける人間を粉砕し、その先にいる白いけものを叩き殺し―――
そんな、最後の一歩。
そんな、最後の時。
それが、何故か。
―――不思議と、最期まで訪れなかった。
獣が止まる。疾走が終わる。
終点を見失って―――いいや、本来向かうべき終点を思い出してしまったのだ。
彼と言う命が、本当に向かうべきだった場所。
彼と言う太陽が、ずっと照らしていたかった場所。
そんな、あるべき場所を見つけてしまったら。
もう、向かうべき場所などない復讐者ではいられなくなってしまう。
彼方にある灯りの匂いにつられ、獣の足が止まってしまって。
―――ああ、気付いてしまった。気付いたところで、救いなんてないのに。
走るべき道を、違えていた。
走り始めた時にまだ見えていた故郷の名残はもうどこにもない。
ずっと走り続けた結果、まるで違う場所に辿り着いてしまった。
こんな結末、分かり切っていたはずなのに。
今更、あまりにも今更の話。
「――――――」
足は動かない。最後の一歩が踏み出されることはない。
いまさら泣き喚く意味すらない。彼の咆哮はもう、どこにも届かない。
その獣が突き出していた、赤い角もまた止まる。
ジオウの背中に触れるかどうかという位置。
あと刹那でも停止が遅れれば、ジオウが砕かれていたというような。
―――そんな紙一重を、確かに見届けて。
救いはもうどこにもない。
救いのある道を選ばなかったのは狼王自身だ。
それでも、ここで止まれたのならば。
この道は違う、と思い出してくれたのなら。
その道の先に、彼が還りたい場所までの道を拓けるのは―――ただ一つ。
高みから全てを見下ろす光。
空に輝き、全てのものが歩むべき道を照らし出す太陽の明かり。
あらゆる命が見上げ、従うべき天上の導。
―――即ち、天の道。
ジオウの腕が、待機状態にあったドライバーを掴み、一気に回す。
〈クロック! タイムブレーク!!〉
カブトウォッチから迸るエネルギーが、ジオウの頭部へと昇っていく。
一度カブトの角へと昇った力が、稲妻の如く落ちていき右足一点に集中していく。
その一撃のために生み出される、タキオン粒子が齎す破壊の波動。
「ライダー…………キック」
左足で地面を踏み締め、振り上げられる右足。
天の道を歩む足が跳ね上がり、放たれる上段回し蹴り。
剃刀のように鋭い蹴撃が、確かにアナザーカブトの頭部に届いた。
盛大な破砕音に続き、弾け飛ぶアナザーカブトの大角。
その破片が時流に捕まり、空中で動きを止めた。
罅割れていく仮面の下に現れる、孤独な狼の顔。
だがそれを気にもかけず、ジオウはそのまま振り抜いた足を地につける。
そのまま彼は自分の足元にいる、白い犬へと視線を向けた。
時流に置き去りにされたカヴァスⅡ世にまでは、狼王の殺意は届かなかった。
その事実に僅かにジオウが顔を上げて。
―――そこから、時間が正しく動き出す。
停滞に包まれていたものが、全て纏めて一斉に動き出した。
けたたましい音を立て、地面に転がるアナザーカブトの残骸。
そして地面に叩きつけられ、滑っていく一匹の狼。
彼の上から弾き落とされ、首のない鎧も転がった。
「―――え! 全ライダーの力を凌駕し、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!
その名も仮面ライダージオウ・カブトアーマー!
天上天下に並ぶもの無き覇道を征く王が、新たなる力を継承した瞬間である!!」
腕を振り上げ宣言する黒ウォズの声。
それが全て終わった後に、今更のように響いてきた。
そんな祝福を聞き届けると同時、ジオウの膝が地面に落ちる。
すぐさまそんな彼を受け止める黒ウォズ。
同時に変身が解除されたソウゴを抱き留めつつ、黒ウォズが『逢魔降臨暦』を片手で閉じた。
守れなかった、世界の全てを敵に回してでも守らねばならなかった、家族の帰る場所。
失われたものを奪ったものを追い、彼と言う群れの中の太陽は地に堕ちた。
守れなかったものを取り戻すためではなく。せめて守れたかもしれないものを探すでもなく。
では、いま彼が世界の全てを敵に回しているのは、何のためだったのか。
残っていたものを捨ててまで。呪わしいものに追い縋ってまで。
家への帰り道を見失った、孤独の世界を彷徨う狼。
彼の遠吠えはもはや誰にも届かず、ただ虚しく消えていく。
―――ああ、かえりたい、かえりたかった。なかまのところへ。
―――まもらなきゃいけない、いけなかった。かぞくのところへ。