Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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敗者復活戦-931

 

 

 

 獣が起きる。弱々しく震えていても、まだ足は動く。

 なら、まだ走らないと。

 こんなところで終わるために、ここまで走ってきたわけじゃないはずで。

 まだ止まれない。ここは彼の止まるべき場所じゃない。

 浅く、多く、酷く荒れた呼吸を繰り返す。

 

 灰色の狼が、自分を殺すものたちに背を向ける。

 逃げる。逃げる。逃げる。

 その意志が、狼の四肢を全力で駆動させた。

 

 

 

 

 そんな、まるで赤子のような足取りで。

 彼らから逃走を図ろうとする狼の背を、皆の視線が追う。

 人が歩くだけで追い付けそうな、見る影もない足取り。

 その歩みに感じるものがあり、言葉を詰まらせて。

 

 そこにビルの瓦礫を押し退けて、セイバーが姿を見せる。

 一発いいのを貰ったが、それで致命傷になるほど彼女は柔くない。

 顔を顰めつつも埃を払い、彼女は地上に戻ってきた。

 

 そうして、彼女はゆっくりとした全力の逃走を試みるロボを見る。

 当たり前のように構える黒い聖剣。

 見逃す理由も道理もない。例え覆せない致命傷を与えられていようとも。

 

 セイバーがちらりとマスターたちを見て。

 軽く息を吐き、そのまま前に踏み出した。

 

 彼女の前に、首無しの騎士が立ちはだかる。

 

「……騎獣。いや、貴様たちの場合どちらが主だったか知れたものではないな。

 どちらにしろ、いい覚悟だ。剣を執れ、その程度は待ってやる」

 

 キン、と涼やかな音色を立て、暗色の刃が翻る。

 黒い聖剣の切っ先を向けられて、しかし騎士は動かなかった。

 

 千切れ飛んだ外套はもはや刃にならない。

 半ばから折れた首狩りの剣はもはや使い物にならない。

 そもそも、もう彼はそんなものを執る気はない。

 

 憎悪を晴らすための刃を手放したのは自分からだ。

 

 彼―――スリーピー・ホロウの伝説。

 首を斬って殺された、彷徨う亡霊。

 その素性からヘシアンと称される、名も無きデュラハン。

 彼がセイバーを止めるように、両手を大きく横に広げた。

 

 彼はただロボに乗っていただけ。

 孤独の世界を走る狼に、ただ乗っていただけ。

 唯一、彼に同道できる乗り手として。

 ロボが憎悪が燃やし続ける限り、彼はただ刃として振るわれて。

 

 ―――その獣が帰り道を探すために走りだした、というなら。

 それが果たされますように、とただ祈るだけ。

 

 だから彼はもうここまで。

 ここから先はついていけない。

 

 ―――それでも。

 彼は帰ることさえできれば、きっとそこに仲間がいるはずだから。

 もう、独りで彷徨うことにはならないだろう。

 

 なら、まあ、目的は果たせたと言えるんじゃないだろうか。

 

 いつの間にやら同道することになった一匹狼。

 なんら関係のない獣であるが、同じ大地で果てた、くらいの縁はある。

 名も無き彷徨者である亡霊に帰る場所はないけれど。

 連れ合いだけでも故郷で終われるならば、それに越したことはないだろう。

 

『……彼は、彼の意志で、ロボに――――』

 

 立ちはだかる騎士はけして退くことはない。

 それをまざまざと見せられて、思わずマシュが声をこぼす。

 

 ただロボを走らせるために混ぜられた幻霊。

 霊基数値を満たすためだけに使われたスリーピー・ホロウ。

 それでも彼は、このヘシアンはロボの騎手だった。

 ロボは認めず、ヘシアンも認められる気がないだろうけれど。

 

 退かない、と理解して。

 セイバーが聖剣の切っ先を上げる。

 その騎手と騎獣の繋がりに思う所があるかないかと、ここで見逃すかどうかは別問題だ。

 

「セイバー……」

 

「―――――」

 

 撃破しなければいけない敵であることには変わらない。

 それは分かっているから止められない。

 だから、セイバーはマスターたちの声に言葉は返さなかった。

 

 彼女自身の意志で早々にケリをつけるつもりで―――

 

「……もう、いいのではないかネ?」

 

「なに?」

 

 だがその言葉が出てきた場所が余りにも意外で、セイバーは振り返る。

 足を引きずり、見る影もない速度で逃げようとする狼。

 その姿に悲痛な顔を向けるモリアーティの言葉。

 

「プロフェッサー……?」

 

 マスターから視線を向けられるのを感じつつ。

 しかしモリアーティは、ロボから視線を逸らさなかった。

 

「霊核は砕けた。アナザーウォッチも砕けた。

 いま消えていないのは、双方の残骸が崩れ落ちるまでのロスタイムだ。

 もう何も出来はしないだろう」

 

 立ちはだかるヘシアン越しに、逃走を図るロボを見る。

 ここで逃がしたところで、ロボにはもう何もできない。

 何よりもう、彼には何かをするための意志がない。

 失ったものを探すためにただ彷徨って、いずれ果てるだけだ。

 

『……確かにもう、彼は長くはないだろう。

 ロボの霊基は、いままさに崩壊した。もう終わっているんだ。

 この新宿にいる人間とさえ戦えないほどの力しかない』

 

 モリアーティの言葉を認めるロマニ。

 それに続けて、更にモリアーティは言葉を続ける。

 

「―――最期くらい、思うように走らせてあげればいい。

 目指すべき場所だけはやっと思い出せたんだ。

 例え辿り着けずとも、向かうことくらいはさせてあげてもいいだろう」

 

「―――――」

 

 それを聞いたセイバーは胡乱げな視線をマスターに向ける。

 ツクヨミも少し戸惑いつつ立香と目を合わせて。

 一瞬だけ小さく目を伏せて、しかしすぐに視線を上げた彼のマスターに頷き返された。

 

「……一体、どういう了見なんですか?」

 

 美遊がモリアーティに問いかける。

 彼はそれに対して小さく苦笑し、視線を逸らす。

 

「そうだネ……罪悪感、だろうか? この道を選んだのは紛れもなく狼王ロボ自身だろう。

 だが同時に、推定悪の私の犯行でもあるわけだ。もっとも、誘導すらしていないだろう。こうなるだろうという確信を持って、ロボという幻霊を選んだだけのはずだ。むしろ彼の望みを積極的に叶えただけ、とさえ言える。だが――――」

 

 そこで彼は一度言葉を区切り、数秒。

 笑い切れずに眉を下げながら、呟くように言った。

 

「……ただ、彼の遠吠えを聞いて、少しだけ私も哀しくなったのサ」

 

「…………………」

 

 彼の返答を聞いて、強く眉を顰めて。

 そうした少女が、離れていくロボの背中を視線で追った。

 少しずつ、狼王は彼女たちから確かに離れていく。

 追い付こうと思えば、いとも簡単に追い付いてしまえるだろうけど。

 

「……バレルに向かおう。もう、時間もないだろうから」

 

 立香がそう言って、周囲を見回す。

 オルタに掴まれぶら下げられたイリヤが、満身創痍の体で小さく頷く。

 ロボを見逃すことに賛成、ということだろう。

 そんな少女を見て眉を吊り上げたオルタが、イリヤをクロエの方に放り投げた。

 

「うひゃ……っ!?」

 

「ちょっ」

 

 いきなり投げられた半身を抱き留める。

 このまま地面に落ちられたらその衝撃はクロエにも共有だ。

 それはもう当然必死になる。

 

「もー! 何をするんですか、オルタさん!

 イリヤさんがキズモノになったらどうしてくれるんです!?」

 

「姉さん、言い方」

 

 すぐさま抗議を開始するルビー。

 彼女の物言いを半笑いで無視し、オルタは粉砕されたビルの方を見た。

 

「ぶっ飛ばされて突っ込んだビルをあれだけぶっ壊しといて、今更キズモノも何もあったもんじゃないでしょ。ビルより頑丈ってことよ、そいつは」

 

「その言い方は心が傷つく……!」

 

 大半は展開されたゴルゴーンの尾が壊したものだが。

 確かにコンクリートより肌が頑丈だったのは事実。

 抱くのはその事象に対する、どこか素直に喜べない複雑なキモチ。

 

 そんなやり取りに溜め息ひとつ。

 セイバーが黒ウォズに視線を向け、問いかける。

 

「……ソウゴはどうだ?」

 

「少々休憩が必要、だろう?」

 

 ソウゴに聞くことなく返す黒ウォズ。

 カブトの継承が終わった以上、もう無理をさせる必要もない。

 アナザーライダーももういないし、スウォルツは離脱した。

 だったらこれ以上、彼を酷使する理由もない。

 

「……いや、何とかするよ」

 

 そう言った意図で吐かれた黒ウォズの言葉を、本人がさっさと否定する。

 疲労困憊ながらも体を起こし、彼は何とか地面に立つ。

 そんな主に困った風に、黒ウォズが肩を竦めて呆れてみせた。

 

『―――ちょっと待った。流石にここからはドクターストップ。

 緊急時はともかく、ソウゴくんはとりあえず変身禁止だ』

 

「ええ……」

 

 ロマニの言葉に弱く言い返しつつ、しかし拒否はしない。

 回復し切った状態でないにも関わらず、燕青、ロボとの連戦。

 負荷の大きいドライブフォームによる加速を長時間使用。

 相手からの攻撃自体も相当に受けた。

 体を休めたい、というのは体の放つ本音以外の何物でもない。

 

「―――では。まずは第一陣、正面から突撃する対アーチャー部隊。

 そちらがアーチャーを抑えている内に、残りのメンバーが第二陣としてバレルに突入。

 とりあえず方針はこれでいいカナ?」

 

 軽く咳払いして、モリアーティがそう言いだす。

 そんな彼の意見に同意するように、マシュが声を小さく弾ませた。

 

『あの名探偵、シャーロック・ホームズさんが動いているのです。

 恐らくモリアーティさんの計画は破れますが、こちらも出来る限りの行動をしましょう!』

 

 聖杯戦争である以上、アーチャーも撃破しなければ完全に解決はしないかもしれない。

 だがモリアーティの計画は聖杯戦争自体とは別件。

 最優先で阻まねばならない事態のはずだ。

 

 モリアーティの天敵であるホームズであれば、まず間違いなく勝てる。

 ここはそういう世界になっているのだ。

 

「私、なんかマシュくんからの信頼さえホームズに抜かれてない?

 ここまでずっと一緒に行動してたのに、電話一本で」

 

『す、すみません……そういうつもりでは……』

 

 何となく悲しい顔をするモリアーティ。

 そんな彼の様子に慌て、マシュが言葉を濁らせた。

 

「大丈夫だよ、悪のプロフェッサーのことだから。

 それより、どうやってチームを分けよう」

 

「……じゃあ、わたしは第一陣。ちょっと確認したい事もあるしね」

 

「そうね。狙撃に対抗するならクロエが一番だろうし。私たちでバレルに突入。ソウゴたちがアーチャーの相手……ソウゴの護衛は黒ウォズにさせとけばいいし」

 

 苦笑しながらの立香の問いかけに、真っ先に意見を出したのはクロエ。

 彼女がアーチャー戦を選んだことに頷いて、ツクヨミが続ける。

 ソウゴとクロエ、ジャンヌ・オルタ。ついでに黒ウォズ。

 彼らにアーチャーとの戦闘を任せる。

 

 そして立香、イリヤ、モリアーティ。ツクヨミ、美遊、アルトリア。

 彼女たちがその隙にバレルに突入する、という流れになる。

 

「私がかい?」

 

「ソウゴの護衛よ? やらないの?」

 

 やらないわけないでしょ? と言外に聞こえるツクヨミの声。

 そんな彼女に対し、黒ウォズが肩を竦めて返す。

 

「まあ、構わないが。我が魔王が素直に休んでくれればいいんだがね」

 

 どうせお守りでは済まないだろう、と黒ウォズ。

 そんな彼を見て、疲労を残した顔で笑いながらソウゴは悪びれもせず断言した。

 

「うん、時と場合によるかな」

 

『出来る限り休むようにね……』

 

 ロマニの乾いた笑い声。

 聞いて貰えなさそうと思いつつも彼はそう告げた。

 

 そうしたやり取りを聞いて、セイバーがオルタに視線を向ける。

 

「おい、ジャンヌ・オルタ」

 

「なによ、アルトリア・オルタ」

 

 喧嘩腰の返事をスルーして、神妙な顔を浮かべるセイバー。

 彼女の態度に面食らいつつも、オルタはしかし腕を組んで渋い顔。

 端的に告げられる彼女の目的。

 

「私もあの男に用がある。陣を変われ」

 

「はあ? ―――まあ、別にいいけど。

 どうせならアーチャーより、あの悪そうな髭面を燃やす方が愉しそうだし」

 

「酷くないかネ?」

 

 そっぽを向きながらの返答。

 それからの飛び火に、何とも悲哀のある表情を浮かべてみせるモリアーティ。

 ふと、そんな提案をしたセイバーを見て、クロエが眉を顰めた。

 

「……そういえば、冬木で?」

 

「―――さてな。

 それで、どうだ。最終的に決定するのはマスターであるお前たちだ」

 

「それはいいけど……」

 

 ツクヨミがソウゴに視線を向ける。返されるのは肯首。

 メンバーとしてはアルトリアとジャンヌ・オルタが交替。

 

 それぞれが動き出す。

 彼らが目指すのは最終決戦の地、魔都新宿に聳えるバレル。

 

 ―――最期の地に向かって、彷徨う狼を追うものはどこにもいない。

 

 それをよろこべばいいのか、かなしめばいいのか。

 

 狼を害そうとする連中が別の方向を見たことに安堵するように。

 とうに限界だった首のない体が、ゆっくりと崩れ始めた。

 解れ、金色の光に変わっていく黒い鎧。

 

 彼を見上げるのは、白い毛並みの犬一匹。

 

 そうしていた彼女が尾を振りながら、己を庇護してくれた者に振り返る。

 彼女にカヴァスⅡ世という名を与えた王が、その顔を見て僅かに目を細めた。

 一瞬だけ瞑目し、しかしセイバーはすぐに言い放つ。

 

「……好きにしろ。その歩みでどこを目指すかは、誰しも自分で決めること。

 走りたいなら走り出せ。どこかで止まりたいと思うまで、想いのままに走るがいい」

 

 わん、と一声。カヴァスⅡ世が走り出す。

 消えかけたヘシアンを通り過ぎ、彼女はどこかへ向かう狼に追従する。

 それを―――その獣だけは見過ごした後、黒い鎧が完全に消え去った。

 

 彼だった残滓越しに一匹の野良犬を見送って。

 最後の決戦に向かうべく、騎士王は踵を返して歩き出す。

 

 

 

 

 バレルの中枢部で静かに時を待つモリアーティ。

 その中枢部に、わざとかやたらと足音を立てて入ってくるアーチャー。

 彼は静かに待つ男を見据えると、呆れ顔で口を開いた。

 

「ライダーが撃破された。お優しいことに、トドメは刺さずに放置したようだが」

 

「ほう、セイバーがついていたのにかね? それはまた、情け無用だ」

 

 討ち取ってやった方がまだしも苦しみは少ないだろうに、と。

 モリアーティが小さく笑う。

 お前の口添えだ、ということは口にせず、アーチャーはただ眉を顰めた。

 

 黒幕は計画が最終段階を迎えたことに笑みを一つ。

 

「では。最後の時間稼ぎをお願いするよ、アーチャー。

 上手く誘導し、勝利者で敗者たる私の咽喉を切り裂いてみせるがいい」

 

 その言葉により酷く顔を顰めて、しかし舌打ちするだけに済ませアーチャーは退室する。

 

 この世界で物語の影響は大きい。

 だからこそ、アーチャーでは何もできない。

 彼は全てが終わった後の掃除屋。

 彼が活動するということは、“既に終わっている”という事実を裏打ちする事だ。

 

 アーチャーがモリアーティを排除しようと思えば、だ。

 自分の行動は最小限に、誰かにモリアーティを討ってもらうしかない。

 その上どっちをどう倒せばいいかも分からないときた。

 まったくもって、彼にとっては酷い仕事だろう。

 

「長かった……そう。感じ入っているかな、私は」

 

 そうして誰もいなくなった彼の居城。

 空を見上げながら、モリアーティは小さく息を吐いた。

 

 彼はそのまま瞑目し、これまでの過程を追想する。

 何もない、静かな時間だ。

 ただゆったりとしていると、そこで空気が震動したかのような感覚を覚える。

 

 カルデアがもう攻めてきただろう。

 外では恐らくアーチャーが対応に入った。

 彼は常に手遅れになる者であるが故に、敵対したままにカルデアを導く必要がある。

 

 まあどちらにせよ、戦力的に抜かれるのは目に見えている。

 いま外で行われているのは、狙撃手に対する牽制だろう。

 これから恐らくセイバー辺りがアーチャーを抑えている間に、カルデアによる突入作戦だ。

 

 もう十分も待たず、ここに彼女たちはやってくる。

 

 そこに、再び響いてくる足音。

 アーチャーが引き返してきたわけじゃない。

 当然、カルデアが早々に到着したわけでもない。

 

 更なる来客に微笑んで。

 モリアーティは目を開き、そちらへと視線を向けた。

 

「―――ようこそ、名探偵。

 申し訳ないが、せっかくの客人をもてなす準備もできていなくてね。

 これでは悪の首魁としての度量も知れたもの、と思われてしまうところだが。

 せめて満足できる成果を君が此処で得られると、こちらとしても喜ばしい」

 

「歓待を受けにきたわけではないさ、モリアーティ教授。

 私が望むのは謎の解明であり、それは同時にキミの計画の破綻となる。

 事件の解決をしよう。探偵と、悪党らしくね」

 

 侵入してきた男がインバネスコートを翻し、バレルの中枢に到着する。

 男の名はシャーロック・ホームズ。

 最高峰の探偵にして、彼ことジェームズ・モリアーティの宿敵。

 

 ホームズの背後から展開される、無数のレンズ。

 それらが放つ光が周囲ごとモリアーティを照らした。

 

 光を浴びながら、モリアーティは柔く微笑む。

 余裕というよりも、穏やかでさえある顔。

 それに眉を上げるホームズの目前で、彼の指が眼鏡のブリッジを軽く上げた。

 

「さて。生憎だが、今回の私の行動は数学者としての一手だ。

 勝負したいのであれば、君も論文の一つでも上げてきたらどうだろうか」

 

「それも一つの手ではあったね。隕石の威力を極力落とす、という意味では。

 勝利者である私がキミと論文を戦わせれば、私のそれが勝利する。

 だがそれにしたって巨大隕石が落ちてきても何の被害も出ません、では通らない。

 この世界の物語は現実を歪めるが、それにしたって限度はある。

 なら、素直に隕石を落とされることを防ぐとするさ」

 

 モリアーティの笑みが深くなる。

 それに対して目を細めるホームズ。

 お互いにその場で足を止め、ただ彼らは視線を交わす。

 

「ジェームズ・モリアーティ、魔都新宿の黒幕。

 魔弾の射手を宿し、幻霊にまつわる事件を起こした犯罪者」

 

「いきなり犯罪者呼ばわりとは穏やかではない。

 一体何の話だと言うのかね、シャーロック・ホームズ」

 

 おかしげな彼の言葉に反応を返さず、ホームズは言葉を続ける。

 

「シェイクスピアによる世界観の侵食。

 それによって存在させやすくなった幻霊の利用。

 幻影魔人同盟を名乗り、この世界を改変し、実行された数々の行動。

 地球の存亡を試す終末式。

 これはもう、好奇心を満たす実証実験ではない。

 ――――ただの犯罪だ」

 

 パタパタとレンズの向きが変わり、全ての光が一人の男に集約していく。

 明かされるのは悪のカリスマ。

 人呼んで犯罪界のナポレオン、ジェームズ・モリアーティ。

 この期に及んでも態度を崩さない相手に対し、ホームズが手を向ける。

 

「故に私は此処に告発する。

 キミが、この星を殺す犯人である、と」

 

「………………」

 

 僅か、モリアーティが目を細めた。

 彼の体に漲っていた魔力が低下を開始する。

 発生する現象はそれに留まらず、保有魔力どころか霊基数値ごと減衰していく。

 

 その影響はモリアーティ本人だけには留まらない。

 融合した魔弾の射手の能力の強度もまた、それによって低下していくのだ。

 

「―――なるほど。解き明かされる、というのはこういう感覚か」

 

 モリアーティが腕を横に伸ばす。

 壁にかけられていた白い棺桶―――超過剰武装多目的棺桶“ライヘンバッハ”。

 それが彼の意志に従い動こうとして、がたん、と床に倒れた。

 彼が持つ魔弾の射手としての能力が、それほどに低下したのだと。

 その事実を認め、モリアーティは片目を瞑った。

 

「やるものだね。流石だよ、ホームズ君。

 どうやら今の一声は、魔弾の射手の力も消えるほどの一撃だったらしい」

 

「―――そして、私はこれを連続性のある事件だと考える。

 ロンドンでチャールズ・バベッジ氏から託された情報を加え、私はそう推理した」

 

 計画の要を失ったというのに、したり顔。

 そんな仇敵を前にホームズは表情を崩さず、言葉を続ける。

 

「聖杯の使用はまだしも、幻霊の融合などという技術をキミが持っているはずがない。

 魔術について多少の知識を持てたとして、実践にたる技術を備えているはずがない。

 生前から意図して魔術を遠ざけていた節があるキミにそんなものがあるはずがない。

 それをキミに与えた更なる黒幕が後ろにいるはずだ。

 人理焼却におけるソロモン王のような、魔術的に卓越した存在が」

 

「―――――」

 

 そこまで聞いたモリアーティが、おや、と目を開いた。

 まるで心底驚いた、とでも言うかのように。

 

「バベッジ氏は魔霧計画に巻き込まれ、狂わされる以前に、確かに現状の算出を終えていた。

 “人理焼却が例え解決したところで、別の要因によって人類に2017年より先の未来はない”

 人理焼却に匹敵するだろう未知の事件。この特異点こそ、その先駆けではないだろうか。こうしているキミが見せる今の余裕も、バックにいる者に保険を取っているからこその―――」

 

「残念、そこからは外れだ」

 

 ―――天空が震撼し、空が罅割れる。

 

「な……!?」

 

 盛大な破砕音を立てて空間を打ち破り、バレルの上空に現れる巨大な隕石。

 燃える岩の塊が突如現れたことに対し、ホームズが目を見開く。

 その反応を愉しむようにモリアーティが口角を上げ、かけていた眼鏡を外した。

 

「ああ、私の敗北だ。認めよう、シャーロック・ホームズ。

 数学者としての実証の前に、私の犯罪計画は確かに君に見抜かれた」

 

「隕石を引き込むだけの力はもうないはず……! 一体何を……!」

 

「―――利用した情報の差だよ、ホームズ。この世界に隠された情報などどこにもない。

 君がわざわざ解き明かすまでもなく、正解はそこにあった」

 

 モリアーティがそこまで口にしたところで、ホームズが振り返る。

 彼が視線を向けた先はバレルの外。

 いま正にこちらに向かっているだろう、カルデアの面々がいるだろう方向。

 

「仮面ライダー、カブトの歴史……!」

 

「ああ、そうとも。元々落ちる予定はそこにあった。

 新宿と渋谷の位置関係くらいなら誤差で済む」

 

 そもそも隕石自体の落下を誘導する必要がなかったのだ。

 バレルに装填するための誘導は必要だ。

 だが、“隕石が地球に落ちる”という事実は導く必要性はなかったのだ。

 

 1999年、渋谷に隕石が落ちるところから仮面ライダーカブトの歴史が始まる。

 だから隕石の落下という現象を起こすだけなら魔弾の射手の力すら必要ない。

 

「だが、その歴史は……!」

 

 ソウゴがライドウォッチを回収した時点で、無かったものになった筈。

 そう口にしようとしたホームズに先回りし、モリアーティが答える。

 

「ああ、消えたね。1999年、隕石が渋谷に落ちる。この歴史は常磐ソウゴがカブトウォッチを手に入れた時点で消えた。厳密にはあのウォッチに格納された、かな。だから貴様はそれを脅威から外したな、ホームズ。常磐ソウゴが歴史を回収すれば、渋谷隕石の存在が消える。ああ、その通りだとも。だがそのためのシェイクスピアとこの世界だよ。

 隔離された歴史と、本や物語に、一体どれだけの差がある? 幻霊に実体を持たせるように、物語を舞台にするように、消えた歴史をこの地に再現しただけだ。そして渋谷から新宿に誘導するだけならば、特に強化されたわけでもない魔弾の射手の力で十分だ」

 

 空間を砕いて空に現れ、やがて地上に落下するだろう巨大隕石。

 それを見上げながら、モリアーティが床に転がった棺桶を軽く蹴ってみせた。

 

「つまり、あの隕石は私の惑星破壊計画とは関係ないんだ。軌道は少しずらしたがね。

 私が関係ないのだから、私をどうこうしたって止まらんよ。

 あの隕石の存在を保障しているのは、常磐ソウゴの持っているライドウォッチ。

 そしてもちろん、シェイクスピアだ」

 

「……ッ、何故! キミの霊基ではもはや魔弾の射手の能力を使う、こと、は……!?」

 

「そう、私にはもう魔弾の射手は使えない。君が()()()()しまったからね。

 だがもう一人いるだろう? 魔弾の射手を宿したサーヴァントが」

 

 口にしている途中で答えに辿り着いただろうホームズ。

 答え合わせをするように白状するモリアーティ。

 両者の視線が再び交わり―――探偵の顔が、苦渋に歪んだ。

 

「―――そう、いうことか……! 黒幕は、背後にいたのではなかった……!」

 

「正直な話、この最後の弾丸を放つ上で一番の問題はシェイクスピアの安否だった。

 カブトの歴史の再演が開始されるまでは、彼を解放されるわけにはいかなかったのだよ。

 歴史の再演が開始される条件は、私が負けること。私の計画という隕石の挙動を左右する現象が消滅することで、隕石が歴史通りの動きを再開した……という顛末だからね。

 つまりは、こうなっては全てがもう遅いという事だ」

 

 ホームズが離脱のために足を動かそうとする。

 彼はモリアーティが相手ならば間違いなく勝てた。

 だからこそ勇み足気味であろうとも、確実に勝てるものとここに踏み込んだ。

 

 ―――だが、その前提条件が覆った。

 取返しはつかないが、この失態をカルデアに報告する必要がある。

 

「だから、助かった。君が勇み足気味に先行し、此処に辿り着いてくれて。

 ああ、ついでに白状するとだね。この計画において何一つ疑わず信じられた、数少ない事柄の一つは―――君のジェームズ・モリアーティに対する警戒心だったとも」

 

 背を向けて遁走しようとするホームズ。

 彼の背を見て穏やかに笑っていた老爺の顔が、崩れ落ちる。

 

 憎悪、憤怒、怨念。

 負の感情が急に噴き出したかのように、彼の表情が歪み切る。

 だがそれはホームズに向けられたものではない。

 此処に至るずっと前に、彼を敗北させた者たちへの―――

 

「私を負かしてくれてありがとう、シャーロック・ホームズ。

 此処が私のスタート地点。此処から先が、私たちの三千年に及ぶ計画の結末だ」

 

 ―――爆発する。モリアーティの肉体が内側から破裂する。

 その残骸の中から溢れ出す、腐肉の触腕。

 ホームズの体はそれに反応し切れない。叩き落とされていく、展開したレンズ。

 それに蹈鞴を踏んだホームズの体が、肉の触手にぐるりと巻き付かれた。

 

「―――――!」

 

「―――貴様は言ったな、私こそがこの星を殺す犯人だ、と。

 その通りだとも。よくぞ見抜いた、名探偵。

 私こそがこの星を殺し、この星に生きる命を燃やし、己が目的を果たさんとした者。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この敗戦によって、貴様はそれを私に真に思い出させてくれた」

 

 ―――彼の霊基数値が減退したのは、モリアーティとして敗北したから。

 そして、それは元の姿を取り戻す過程であった。

 魔弾の射手の力を失う。

 そんなことは当たり前だ。何故ならそれは彼の本来の能力ではない。

 

「もはや幻霊並みに薄い霊基だ。

 よくもまあこんな有様でここまで動けたものだ、といっそ感心する」

 

 腐肉の塊が凝固し、人型に近しいシルエットを描く。

 周囲に浮かべられた連なった水晶のようなもの。

 それらは全て、一つ一つが彼の眼。

 全ての視線をホームズに向けて、魔物は小さく笑ってみせた。

 

「ホームズである以上、モリアーティが相手ならばどれほど弱っても勝てると考えたのだろう。

 それ故の先行であり、それ故の結果だ。貴様はモリアーティには勝利した。それは必然であり、運命だ。だが、その後モリアーティ以外のものになった私に勝つ手段が足りなかったな」

 

「……っ、なんということだ……!

 見誤った、いや、信じられなかった、ということか……!

 本当に、本気で、あの男が、善人を装えた、と――――!」

 

 此処に至り、ようやっと彼は正しい結論に辿り着いた。

 だがそれを誰かに明かす暇は与えられない。

 隕石の登場もあり、カルデアは息巻いてこの場に踏み込んでくるだろう。

 そこが最後の戦いの場であり、彼の意識は参加できない決戦場である。

 

「如何にあらゆる謎を明かす名探偵だろうとヒューマンエラーは避けられない。今回は、貴様の悪党の改心を認めない狭量さが視点を狭めた。

 善なるアレこそがエラーであり、悪を為す私こそが本来のモリアーティとしての姿である。貴様の根底には探偵らしくもないその確信があった。それを衝くための、随分な賭けだったとも」

 

 探偵は疑わなかった。モリアーティが悪である、と。

 善のモリアーティは全力で疑った。

 が、悪のモリアーティが悪のモリアーティであることは疑わなかった。

 疑わなければ、問いかけなければ、如何に名探偵だろうと答えには辿り着けない。

 

 シャーロック・ホームズは、ジェームズ・モリアーティという“悪”を盲信しすぎた。

 

「モリアーティの背後に誰かがいるはず、と言ったな。だがそれは外れだ、名探偵。

 その可能性を考慮しなかった理由はよく分かるとも。

 あの悪党が善心を持つはずがない。アレは常に裏で糸を引くものであるはずだ。

 黒幕に利用されるフリをして、利用してやろうと思っているに違いない。

 お前の思う通り、確かにアレはそういう人間だ」

 

 そう考えて動いた結果として、こうもしてやられている。

 触腕に締め付けられながら、探偵が酷く顔を顰めた。

 

「だが今回ばかりは共闘だった。

 同じ方向性を目指し、結末を夢に見て、方法を思考し、全霊を賭けた。

 紛れもない共犯だった」

 

 言葉を詰まらせる男に対し、触腕が強く締まる。

 ミシリと音を立て、軋むホームズの体。

 弱体化している彼の霊基が、今にも砕け散りそうな悲鳴を上げた。

 

「―――予測通りだ、ここに辿り着いた貴様のその、幻霊にも等しい霊基の薄弱さ。

 これならば、幻霊融合術式で十分に取り込める。

 私の中で眠るがいい、シャーロック・ホームズ。貴様の名は私が借りる」

 

 締め付けていた腐肉の腕が、巻き付いたホームズをそのまま沈め始める。

 瞬く間に取り込まれていく名探偵。

 何とか首を動かした彼の視線が、自身を吸収していく怪物の顔を見据えた。

 

「そう、か……私の、名前、を……並べるため、か……!」

 

「ああ、そうだとも。これにてこれより我が幻影魔人同盟は―――

 ジェームズ・モリアーティとシャーロック・ホームズの共闘、ということになる」

 

 怪物が笑い、そしてその腐肉の中にホームズが呑み込まれていく。

 完全に取り込んだ途端、波打ちカタチを変えていく腐肉の塊。

 

 今までモリアーティとしてそうしていたように。

 またも彼は人の皮を被り、正体を秘匿するように隠していく。

 

「……来い。来い。来い。来い、来い、来い――――!

 我が宿敵、我が怨敵、我が復讐――――!

 俺は、貴様たちに……! 勝つためだけに、此処まで来た――――!!」

 

 だが今度は、必要なのはホームズという外殻、名前だけだ。

 その精神性はもう隠す必要がない。

 その望みを忘却する理由はもう存在しない。

 煮え滾るような感情の激流でホームズの顔を歪め、彼はバレルの中枢に再誕した。

 

 

 




 
 悪のモリアーティは正体暴露でアグニカポイント+2000
 ホームズは乱入ペナルティでアグニカポイント-2000
 
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