Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
『新宿上空に出現した隕石―――停止中……!?
出現位置に固定されているように動きません……!』
バレルの階段を駆け上がりながら、マシュからの報告を聞く。
もうすぐバレルの中枢に辿り着くだろう、というタイミングで突然の隕石出現。
それに目を尖らせていたツクヨミが、疑念の声をあげた。
「動かない? どうして……」
此処に至るまでに邪魔は何も無かった。
雀蜂はほぼソウゴの方のチームへと集められていて、他には何もない。
まるで彼女たちを迎え入れるように、道は開かれていたのだ。
「―――単純に考えれば、動かすためのエネルギーが足りない。隕石を呼び出す事はできても、バレルに装填するために動かせないという事だと思われますが……」
「んー、呼び出せるほどの力があれば、誘導するくらいはどうにでもなりそうな気もします。
というか、流石にまだ予兆のない出現が許されるほどの状況ではないと思うのですが!」
サファイアとルビーの言葉を聞いて舌打ち一つ。
ジャンヌ・オルタが後ろに走るモリアーティへと視線を向けた。
「で!?」
「で!? と言われても。確かに余りにも進行が唐突すぎる。
想定していなかった何かが起きた事は、間違いないだろうとは思うが……」
『その先にサーヴァント反応……! 一騎だ、きっとそれが―――』
ロマニの報せを受けて、全員が階段の頂上を見る。
そこから一直線先にある、解放されきった扉。
言葉を交わすより先に辿り着くため、揃って床を踏み締める足に更に力を籠めた。
十数秒の全力疾走。
その果てに辿り着いたのは、天井の無い大広間。
そして、その中心で一人佇むサーヴァントの姿。
「ホー、ムズ……?」
彼の姿を見て、ツクヨミが構えていたファイズフォンXを下ろした。
いつかアトラス院で邂逅した、世界最高峰の名探偵。
紛れもないシャーロック・ホームズの姿を見て、状況が掴めず唖然とする。
『……シャーロック・ホームズさん、ですか?
確かに霊基はこちらで未観測のもので、モリアーティさんのものとも……違い、ます?』
「じゃあ一体、悪のモリアーティ教授は、どこに?」
突入して得た情報を処理するマシュが、ロマニと顔を見合わせる。
空まで開けた大広間で、視線を彷徨わせる美遊。
声をかけられた男は軽く振り向いて、彼女たちに視線を合わせ。
同道してきたモリアーティを見て、目を細めた。
「―――ん。どうやら辿り着いたようだね、まず謝ろう。すまない。
キミたちに大した相談もないまま突入した結果、隕石の招来を許してしまった」
言いながら、悔やむような表情を浮かべるホームズ。
そんな表情で彼が見つめるのは、手に持っていた眼鏡。
彼はそのままの物憂げな視線を巡らせ、カルデアの面々を見渡した。
「モリアーティ……いわゆる、悪のモリアーティは消滅した。
探偵と悪党の勝負は紛れもなく、探偵が謎を明かす事で解決した。
隕石こそ召喚されてしまったが、今のままならバレルに落ちる事はないだろう」
『流石ホームズさんです……!
いえ、もちろんモリアーティさんが劣るという話ではないのですが!』
妙に嬉しげにホームズの勝利を喜んでみせているマシュ。
そんな彼女に目を白黒させつつ、美遊が横目でモリアーティに視線を送る。
今までであれば拗ねるような表情を浮かべていただろう男。
そんな男の顔が、ホームズを前にして僅かに眉を上げていた。
しかしまあ、生前の自分を殺した男と直接顔を合わせれば、そうもなるだろう。
注意を向けつつも、彼女はホームズの方に視線を戻す。
―――直後、モリアーティが足を進め始めた。
どこか緊張するかのような面持ちで。
ゆっくりと、ホームズに詰め寄るかのように。
「……プロフェッサー?」
「言葉が足りないな、ホームズくんともあろうものが」
背にかかる立香の声に応えず、彼はホームズへと声をかける。
「今のままなら隕石がバレルに落ちる事はない。
確かにそうだろうとも。だがそれは魔弾の射手が誘導しきれずに、ということだ。
隕石が存在する限り、バレル以外に落ちる可能性がある。
この状況を解決するには、隕石を破壊、或いは消滅させる必要があるだろう?」
「………………」
距離を詰めてくるモリアーティに対し、ホームズは答えない。
彼の重い声を聞き、どこか感じる不安からイリヤが声を上げた。
「消滅……って、一体どうやって」
「……あれは空間を超越して出現したもの。
その原因さえ取り除けば、消滅、というより元々あった場所に回帰―――」
ルビーが、状況から見て今の状態を推察し。
まず辿り着いた結論は、今がこちらのモリアーティも消滅しなければいけない状況。
どうあれこれはモリアーティが計画した事件だったのだ。
隕石を呼び出す計画も。それを誘導するための魔弾の射手も。
全てはモリアーティが執り行ってきた事のはずだ。
だから、悪のモリアーティが消滅した事によってその全てが頓挫したのだろう。
だからいま、隕石落下が宙ぶらりんになっている、と解釈した。
そうなれば残っているやるべき事は後始末。
悪のモリアーティの片割れ、善のモリアーティの処分だけ。
いま隕石が中途半端な状態なのは、彼がまだ存在しているからとしか考えられない。
そうならないように、と考えていたが。こうなってはどうしようもない。
そのために、彼は自らホームズの元へと歩み寄ろうとしているのだろう。
最後に必要になった自分の消滅。
介錯してくれるだろう好敵手に向けて、歩み出したに違いない、と。
そう、解釈して。
「――――ちょっと、待ってください? あの隕石、一体どこから?」
しかし。あの隕石がどう消えるのか、という思考が彼女に待ったを言わせた。
彼女の問いかけに反応し、顎に手を当てたロマニが言葉を漏らす。
その間にも、モリアーティの歩みは止まらない。
『……そうか。黒ウォズの言う事を信じるなら、あの隕石は1999年に渋谷に落下したカブトの歴史のもの。バレルに誘導されなかったとしても、地球に落ちるという事は変わら、ない……?』
「―――それは……その歴史は、美遊様があのライドウォッチを成立した時点で消える、というのがあの力の理屈だったのでは?」
そう、本来はそういう理屈のはずだ。
だから1999年に地球に巨大隕石が落ちるなんて歴史があるはずもなく。
では一体、いま頭上で停止しているあの巨大隕石は何だ、と。
「そう。仮面ライダーカブトの歴史は既に常磐ソウゴの手の中にある。
本来ライドウォッチにされた歴史はある意味では消えたものになるのだろう。
が、そのためのシェイクスピアの舞台劇だったのだよ」
「……ちょっと待ちなさい。
―――――足を止めろ、って言ってんのよ!」
歩みを止めない男に対し、地上を這うように黒炎が奔る。
この状況を通したらいけない、という本能的な判断。
だがそれを選んでどうにかできる状況には程遠い。
モリアーティを倒せばいい、という考えはとうに遅い。
歩みながら微笑むモリアーティに迫る炎。
そんな彼を守るように、ホームズが周囲に展開していたレンズが動く。
激突する炎と硝子。
しかし黒炎が硝子を溶かし切る、というような結末には至らない。
それは一瞬前までレンズだったとは思えないような変貌を遂げていた。
束ねられた無数の触腕。折り重ねられた腐肉の柱。
ホームズが伸ばしているものが、そんなものに変わっていた。
「なによ、こいつ――――!」
「あなた……ホームズじゃない!?」
炎を防がれたオルタが目を尖らせて。
即座にツクヨミが手を動かし、ホームズだと思われていた相手に発砲した。
しかし赤い弾丸を前に触腕がもたげ、銃撃からの盾となる。
銃撃を受けてもその腐肉の塊に損傷はない。
『ホ、ームズさ……シャーロック・ホームズ、だったと思しき霊基変動!
隣り合うように、まったく別の反応の霊基反応が発生しました……!』
『この、反応は……!?』
無数のアラートに溢れるカルデア管制室。
そこで声を張る二人の声を流しつつ、モリアーティがホームズの元に辿り着く。
彼と並んだホームズが、噛み締めるように言葉を吐き出す。
「そこには確かに歴史がある。なら、本や舞台を再現するのと変わらない。
幻霊という本来無いものを実体化するのに比べれば、実に容易い事だよ」
そう言ったホームズに対し、モリアーティが手を伸ばす。
彼が視線を向けているのは、ホームズが手にしたままの眼鏡だった。
「―――それは私のものだろう? 受け取ろう、シャーロック・ホームズ」
「ああ、お帰り。ジェームズ・モリアーティ」
受け渡される眼鏡。
それを受け取った彼は小さく目を細めて、一秒間だけ動きを止め。
そのまま、己の顔にかけた。
「……ただいま、我が好敵手にして共犯者」
たったそれだけの動作と共に、モリアーティの装束が変わった。
変貌し、溢れ出した魔力で織り成される瑠璃色の外套。
それを肩に引っ掛けて、彼は堂々と振り返り、悪意に満ちた声を張る。
「―――そして。改めてご機嫌よう、世界を守るカルデアの諸君。
私の名はジェームズ・モリアーティ。この魔都新宿における黒幕だ」
『いまのは、霊基、再臨……!?
どうして、今の物体がモリアーティ教授の霊基を―――』
「……っ!」
美遊がすぐさまそこにサファイアを向ける。
放たれる魔力の弾丸はしかし、全てホームズの触腕に阻まれた。
尋常ならざる魔力を漲らせるその腕に、通常の攻撃は通らない。
いとも容易く攻撃を跳ね除けられた蒼の主従が状況を推察する。
「――――恐らくは膨大な魔力リソースによる後押し、聖杯です!
正面から押し切るには、高ランクの宝具による一撃でなくては……!」
「シャーロック・ホームズが聖杯を……! つまり、最初から共犯……!?」
「え、と、と……!? つまり、どういう状況!?
モリアーティさんが裏切って、ホームズさんも実は悪者で……!?」
ルビーを握り締めながら、イリヤが目を白黒させる。
ここに到着してからの流れが急激で、思考がついていかない。
何故隕石が。何故モリアーティが。何故ホームズが。
この状況をどうにかするには、一体自分は何をすればいいのか。
そんな悲鳴を上げた少女に向けて、モリアーティが微笑んだ。
ホームズが視線のみを彼に向ける。
が、仕方ないとでも言うかのようにすぐに小さく目を伏せた。
「―――少し、種明かしの時間を設けようか。君たちもどんな罠にかけられたかくらいは知りたいだろう。
まずはロマニ・アーキマンへの返答だ。厳密に言うとこれは、欠けた部分が戻っただけだよ。あれは記憶と共に分離していた霊基の一部。実際、再臨したとはいえ、大して存在規模の拡張はされていないだろう?」
そう言って、彼は眼鏡越しの視線をマスターとして選んだ少女に向ける。
「―――――」
少女が自分を無言で見つめ返してくる光景。
そんなものを目にして、彼は小さく苦笑らしきものを浮かべた。
「此処で裏切っていたのか、と問い詰めない君である事が良いのか悪いのか。
今更ではあるが、一応自分の口から告げておこう。私は君たちを欺いていた」
複合兵装、ライヘンバッハが起動する。
勝手に起き上がった棺桶に手を置いて、彼は頭上に見える隕石に視線を投げた。
「だが、君たち風に言うならば……自分の想いだけは裏切っていない。
私は、私にだけは誠実であるために、君たちを利用しただけだ」
『それは、一体どういう……!』
「――――こういうことだ」
モリアーティを問い詰めようとするマシュの声。
それを遮る声と共に、突如ホームズの体が膨れ上がる。
膨れ上がっていく霊基反応。変貌していくホームズの肉体。
聖杯だけでは説明のつかない異常な反応の数値を見て、観測しているロマニが眉を顰めた。
『―――この、霊基反応、まさか……!?』
「
我らは貴様を理解しない。貴様は我らを顧みない。
私たちと貴様の間には、最早何の繋がりもありはしない。
我らは人間と戦った。我らは人間に敗北した。この地獄に、断じて貴様が入る余地はない」
腐り落ちた触腕を束ね、人型を作り出し。
零れ落ちた眼を結晶化し、空中で繋ぎ合わせて輪を描き。
それはいつか見た魔神によく似た何かへと、はっきりとカタチを変えた。
そんなものと向き合った立香が。
思わずかつて対峙した王の名を口にする。
「ゲーティア―――じゃない……?」
『―――バアルだ……!
魔神の序列一位、ソロモンの魔術式として配置された機能は覗覚星……!
思考と理論を編み、結果を推論するもの―――だから、幻霊を……!』
ロマニの声が、敵の姿に唖然としていた立香とマシュの意識を引き戻す。
己の名を嫌う男に告げられたのが余程気に障ったのか。
バアルが至極嫌そうに首を回し。
しかし彼の言葉に同意するように、確かに彼がそういうものであると認めた。
「我が名はバアル。かつて王の魔術式であったもの。かつて人理焼却式であったもの。
その役割は、確固たる結末を持たぬモノの結末を推論し、実現させる事。
故に私は幻霊に着目した。放り捨てられた登場人物に、私は私の望む結末を決定する。
顕現したこの異界、悪性隔絶魔境・新宿こそが我が思考と理論を実践する実験場」
「それは……私たちを、殺すために?」
バアルと対峙する立香。
体を揺らしていたバアルが動きを止め、彼女と正面から視線を交わす。
魔神の裡から無尽蔵なまでに滲み出す、憎悪と殺意の乱流。
それを受け止め、彼女は歯を食い縛り、より強く魔神を見返した。
「―――時間神殿において敗北してから、私は全てをこの計画のために使った」
溢れ出す無限の感情が、バアルが口を開くと同時に薄れて消える。
それに困惑する立香たちの前で、魔神が視線を横に向けた。
彼の問いに対し、モリアーティが肩を竦めて返す。
「……私はあの敗戦の折、あそこから三千年の時を遡った。
貴様たちに復讐を成し遂げるためには、準備する時間が必要だと考えたからだ」
「三千年、遡る……?」
『……時間神殿ソロモンは、存在する限り遍く時間に連なっている。
あの空間は、発生した時間から終了した時間までの間であれば、常に全ての時間に存在しているんだ。レイシフトの必要さえなく、あらゆる時間に行ける。もちろん通常の人間の場合そんな自由は効かないけれど……魔神なら、ソロモンが存在している間であれば』
イリヤの疑問に答えるロマニ。
彼に注釈されるのが余程苛立ったのか、バアルが顔を顰めるような反応を見せる。
「時間神殿の存在が確定している範囲は、ソロモンが発生した紀元前十世紀から、ゲーティアが消滅した2016年。あの時、ゲーティアが完全に機能を停止する前、私は策を仕込む時間を確保するため、可能な限り時間流を遡った。
あの時から今に至るまで、人理焼却にかけた時間と同じだけ、ただ貴様たちを殺すために、それだけのために、全ての時間を積み重ねてきた……!」
魔神が全身を震わせる。
渦巻くのはあらゆる感情が綯い交ぜになった、最早自身でさえ理解できない何か。
それは嚇怒の震えであり、悲哀の震えであり、歓喜の震えでさえあって。
そうして言葉を失った相方に対し、モリアーティが間を取り繕うように口を開く。
「―――ああ、そうだ。隕石が何故止まっていたか、訊かれていたね」
「―――――」
視線を向けられ、臨戦態勢のジャンヌ・オルタが身構える。
そんな態度に微笑み返し、彼はゆっくりと指を伸ばして腕を挙げた。
指差す先にあるのは天で止まったままの隕石。
「そう難しい話ではない。原因はただ一つ。
隕石は今にも落ちようとしている。だが、
魔弾の射手という誘導力が弱まっていた間、新宿と渋谷の双方に引かれていた。
だから。私が
「――――クソジジイ!」
オルタの振るう剣に伴い、展開される炎の槍。
呼吸の間も置かずに放たれる禍炎。
合わせて魔力弾を撃ち放つ美遊と、慌ててそれに合わせるイリヤ。
撃ち落とすのはバアルの展開した無数の触腕。
頑強なるバアルの腕に阻まれて、モリアーティには一撃たりとも通らない。
そうしている間にも彼は、天を指していた指を一息に振り下ろした。
―――隕石が動き出す。
今までの停滞が嘘のように、加速が一瞬で最高潮に達する。
誰もが数秒後、バレルにあの弾丸が装填される未来を幻視して。
〈カ・カ・カ・カブト! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉
地上から空に目掛け舞う、極彩色の翼を見た。
「ソウゴ!」
彼方のビルから飛び立って、ジオウが隕石に向けて突撃する。
夜空を切り裂く虹色の光は一直線に隕石を目掛け。
数秒と待たず、空中で二つの飛来物が激突した。
同時に、バレルの床を高らかに踏み鳴らし。
一人の男がその場に踏み込んでくる。
「祝え!! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!!
その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマーカブトフォーム!!
光さえも置き去りに進化する絶対の王が、新たな未来をその手に掴んだ瞬間である!!」
「黒ウォズ……!? なんでこっちに―――!」
ライドストライカーのウォッチを片手に、逢魔降臨暦をもう片手に。
大仰にジオウを讃えながら参上する王の臣下。
息を切らしながらも言い切った彼が、咳払いしつつ問いかけてきたツクヨミを見た。
「今はどうでもいいだろう、そんなことは。それよりも、こちらも決着をつけたらどうだい?」
「ふむ。やはりソウゴくんには隕石がくる未来を視られていたのかな?
まあ、だがやはりその程度か。本人の戦闘で使う分には問題ないが、戦略レベルで使うには漠然とした光景しか視れないのだろうね。なんとなく隕石が降ってくる気がする、と」
黒ウォズの登場。
そして空に走る虹色の軌跡を見上げつつ、モリアーティが顎に手を当てる。
彼の崩れない余裕の態度に対し、黒ウォズが眉を上げた。
「随分と余裕だね。計画の要だろう隕石を破壊されるというのに」
『―――いえ、待ってください……!』
この状況に持ち込んだ時点で、隕石が破壊されるという事実を疑わない黒ウォズ。
しかし彼の耳に届くのは、マシュの焦るような声。
それを聞いて視線を上げれば、そこには隕石の表面で押し留められた虹色の翼。
ソウゴが幾ら疲労困憊とはいえ、あれは全身全霊のハイパーライダーキック。
隕石に対し何の損傷を与えられないなどと、そんなはずがない、はずで。
「ソウゴが、隕石に押し返されてる……?」
だというのに。
隕石は何の傷も無くジオウを押し返し、徐々にバレルに迫っていた。
黒ウォズが目を見開いて、その光景に声を震わせる。
「馬鹿な……! 渋谷隕石をディケイドアーマーカブトフォームで砕けないはずが……!
この状況ならば結論はそれ以外にありえないはず―――!」
「―――第一の弾丸、ウィリアム・シェイクスピアの創る世界」
そうして取り乱した彼の前で、モリアーティが口を開く。
「第二の弾丸、愛を手にかけたファントム・ジ・オペラ」
ジャンヌ・オルタが顔を顰めて歯を食い縛った。
空に迫る隕石の弾丸を見上げ、それを止める方法を思案する。
当然のように浮かぶ考えは、モリアーティを倒す事。
しかし、それで本当に解決するのか?
「第三の弾丸、結末を見失った浪子燕青」
イリヤが何とかできないか、とホルダーのカードに指をかけた。
ライダー、キャスター、バーサーカー。
どれを使おうとも、あの隕石に太刀打ちできる火力が出るとは思えない。
何せあれだけの速度で突撃したジオウが手も足も出ていないのだ。
「第四の弾丸、住処を追われた狼王ロボ」
同じくカードを引き抜いた美遊が、その言葉に唇を噛み締める。
ツクヨミがモリアーティに銃口を向けようとする。
が、しかし。バアルの触腕の動きはそれを通さない。
聖杯を有しているだろうバアルに対しては、ファイズフォンXの拘束すら期待できないだろう。
「第五の弾丸、敗北の運命を待つジェームズ・モリアーティ」
立香とマシュが顔を顰める。
状況を整理する。今やらねばいけない事はなに。隕石を止める事。どうやって。
隕石とは何だ。カブトの歴史に付随する、始まりを告げるもの。
それを止める。どうやって。黒ウォズが壊せると確信していたジオウにすら壊せないのに。
「第六の弾丸、運命の転覆に沈んだ魔神―――バアル」
ようやく落ち着いてきたのか、バアルが渦巻く感情を制御し始める。
それでもまだ時間がかかりそうだと見て、モリアーティが言葉を続けた。
「これらこそ、けして手に入らぬ勝利という幻の影に取り付かれし悪魔と人間の集い。
幻影魔人同盟が、君たちに向けて放った弾丸である」
指で眼鏡のブリッジを押し上げつつ、徐々に高度を落としてくる隕石を見る。
「そして、わざわざ説明する必要はないだろう? 最後の弾丸は既に我々の頭上にある。
――――第七の弾丸。
西暦2000年より数えて七人目の仮面ライダー、カブトの歴史の開幕を告げる魔の隕石」
モリアーティの腕が横に伸びる。
そうして隣に置いたライヘンバッハを指で軽く叩く。
「七つ目の弾丸は魔弾の射手には操れない。だが、裏技はあるものだよ。
私には操れないが……
「だがカブトの歴史の再現ならば……!」
モリアーティが言っているのはカブトの歴史の再現だ。
カブトの歴史を再現する以上、前提であるあの隕石の落下は確定している。
だが、だったら、だからこそ、今のジオウに壊せないはずがない。
「なるほど、ディケイドウォッチとカブトウォッチの合わせ技。
この状況から隕石を砕くならば、最高の組み合わせだろう」
そんなことは分かっている、とばかりに鷹揚に頷くモリアーティ。
彼はそうしてひとしきり同意を示してから、ばさりと。
「―――だが足りんよ」
「足らない、だって?」
一言で否定した。
「単純な話だよ、隕石が壊せるか壊せないかは攻撃の威力では決まらない。
壊せる要素と壊せない要素、どちらが多いかの話だ」
言って、一秒。彼は逡巡するように口を噤む。
だがすぐに持ち直し、言葉の続きを並べだした。
「……魔弾の射手というのは契約なのだ。ただの一発でも撃った時点で契約は成立し、七発目は確定する。当然、撃てば撃つほど払うべきものも重くなっていく。
七発目の弾丸は、撃った者から悪魔へと払うべき対価であり供物だ。もう六発撃った、ということは七発目に対する対価が最高額に達したということ。
だというのに不払いが許される、なんてことはありえない」
だから七発。先に並べた
六発を使用して場を整え、最後に七発目が起動するように整えたのだ。
「七発目に捧げられるものの選定。その条件は二つ。
射手にとって大切なものであり、そして悪魔にとって望むものであること」
そこまで口にして、モリアーティが立香に視線を送った。
「……原点において射撃の名手マックスは大切なものを失うことはなかった。
代わりに悪魔ザミエルが操る弾丸が撃ち抜いたのは、マックスの魂を悪魔に売ろうと画策し、マックスを共犯に仕立て上げた悪党、マックスの友人カスパール。
反映された標的は射手の最も大切なものではなく、ザミエル自身が望んだ生贄だ」
彼の語る言葉を聞きながら、バアルが顔を上げる。
「だが、今回ばかりは話が違う。私と悪魔が鋳造した七つの弾丸。
それは、満場一致で標的を誰にすべきか決定している」
『悪魔、って。そうか、バアル……!
さっき彼が並べた弾丸は紛れもなく、彼らにとって魔弾だったんだ……!』
「――――理解が遅いな、ソロモンだった男。
そうとも。私こそが魔弾の射手たるモリアーティにとりついた悪魔、バアル。
よって、あの弾丸だけは私の意志を反映する」
魔弾の射手たるマックスを取り込んだモリアーティ。
彼と契約し、背後に潜んで力を貸していたザミエルならぬバアル。
この契約形態自体が、魔弾の射手を補強する彼らの陣形だ。
その結果として、七つ目の弾丸だけは今までとは完全に管理が、制御方式が違う。射手たるモリアーティだけでなく、魔弾の性質だけでなく、悪魔であるバアルの意志も反映する。
蠢動する肉体を束ね、バアルが動作を再開する。
その魔神の視線が再び立香を睨み、感情を迸らせた。
咄嗟にイリヤがマスターの前に立ち、ルビーを構えてみせる。
そんな光景を見つつ。
モリアーティがイリヤ越しに立香を見つめた。
「……悪魔の意志がただ一点を狙うのであれば、後は私がその存在を大切に想えばいい。私の照準、魔弾の性質、バアルの意志。それで三重ロックの完成だ。
いやはや、ここが一番の賭けだった。何しろ私が私にそんな情動を一切期待できていなかった。が、結果は見ての通り。なんと成功したらしい」
「つまり、あの隕石の照準は―――」
確信を持って問いかけてくる立香に対し、モリアーティは断言する。
一切誤解の余地なく、そういうことなのだと。
「そうとも。あの魔弾の照準は君だ、藤丸立香。
あれはバレルに向かって落ちてくるのではない。バレルにいる君を目掛けて落ちてくるのだ」
『待、ってください。それではまるで、モリアーティさんは……魔弾で狙うためだけに、先輩と交友を結び、かつ掛け替えの無い人間だと認識したという事じゃ……!』
「―――そうとも。その通りだよ、マシュくん。
もちろん此処に至るまでの私の行動は何も嘘ではないよ。嘘ではホームズは欺けない。私は全霊をもって善人になるため、自身の邪魔な記憶をバアルに奪わせた。そして私がいつぞや関わった善悪を分離する霊薬の知識を得たバアルの手によって、善心を植え付けられた」
マシュの震える声にあっさりと返し、彼は微笑み返してさえみせる。
「その後の行動は大体君たちと一緒にいた時のものだよ。
ああ、心地よかったとも。悪に心を痛め、善に心を奮わせる感覚はね。
結果として善の私の存在でホームズに勇み足を誘発し、バアルに取り込ませる事も成功した」
「本物のホームズは取り込まれてた、ってこと……!?」
ツクヨミがホームズだったもの、バアルを睨む。
その視線を受けても、魔神は姿勢を崩さない。
魔神が視線を向けるのは、藤丸立香一点だ。
そうしたバアルの視線を受けながら、立香はモリアーティに問いかける。
「……プロフェッサーは何で私を選んだの?」
「カルデアのマスターの中で一番狙いやすいから、というのものあるが……まあそう気を落とす必要はない。これは単純な消去法でもある。
カブトの歴史をギミックに組み込む以上、カブトの継承者であるソウゴくんは狙えない。彼をカブトと見なす以上、隕石を防げずとも隕石が落ちた後に存命するのが確定している。
ツクヨミ君ではバアルの意志が弱くなる。彼女は時間神殿で玉座の間まで行っていないからね。そしてオルガマリー・アニムスフィア、マシュ・キリエライトの両名はレイシフトに不参加。
ついでに言うなら、ロマニ・アーキマンに対してバアルはそっぽを向く」
どこか茶化すかのような彼の声。
それに対し立香が反応を返す前に、バアルが彼をたしなめる。
「モリアーティ」
「冗談だよ、バアル。だが実際、最適な狙いだったのだろう。
私が他人に対して、一定以上の感情を向けるという賭けに成功しているのだから。
私自身、結構驚いていたりする」
そう言ってくつくつと笑い、彼は指で眼鏡を押し上げた。
そのまま立香から黒ウォズへと視線を移す。
「あの隕石には様々な“落ちる理由”が載っている。
ジオウだけで作れる“砕ける理由”ではどうあっても相殺するには足りないほどに。
彼が隕石に押し返されているのはそういうことだ」
「……だが、落ちた後はどうなると言うんだい。
カブトの歴史を利用するということは、あの隕石で地球は―――」
「地球を丸ごと破壊するのは無理だろうね。
歴史の始まりなのだから、この一撃で完結させるのは逆説的に不可能になる。
せいぜいが海を全て干上がらせ、地球を水の無い死の星に変えるのが限度だろう。
ざっと計算しても、地球上から生物が死滅するまでに七年はかかるかな。
―――十分だとも。どちらにせよ地球が死ぬことに変わりはない」
あっさりと言い返され、黒ウォズが口惜しそうに黙り込む。
彼らは全てを理解して、この戦場を敷いていたのだ。
「そして君たちに逆転の目はもうない。
恐らくホームズと連れ立ってきただろうアンデルセンが、地下に移しておいたシェイクスピアの許にいるのだろうが、君たちならまだしも、彼ではシェイクスピアを繋いでいる拘束を解くのは不可能だ。物語に干渉し得るあの二人に協力を仰ぐ暇は与えん」
この状況に干渉できるのは、二人の文豪。
それを動かす余裕を与えないために、ホームズに勇み足を踏ませたのだ。
そして彼らの護衛が出来る巌窟王を、事前に消費させたのだ。
「探偵と悪党の勝負は既に終わっている。バアルが私に扮した状態でホームズに敗北することで、“悪のモリアーティ”を砕かせている。探偵は勝利したが、裏に潜む私は野放しというエンディング。更にバアルがホームズを取り込む事で、“ホームズ”を私たちの味方にした。好敵手と手を組む、という状況を作る事で、私自身―――ひいては魔弾の射手の強度を高めている」
一度負け、負ける事で発動するギミックを挟んだのはそのためだ。
本来は一度負けた時点で次などない。だが、悪のモリアーティになったバアルを使う事でそれをクリアした。
自分を一度打ち倒した相手と手を組む構図を作り、敗因自体を消失させた。根本の部分で勝利者側である“ホームズの協力者”という立場を手に入れる事で、敗者側という弱点を覆った。
「私の著書を基盤にした計画はホームズに打ち砕かれた。だから、いま隕石が降ってきているのはまったく別口。それを七発目の魔弾として、誘導・強化しているだけだ。
当然の事ながら、支払いは確定している。七発目の弾丸については私とバアルを倒してももう止まらない。これは既に撃った六発の対価として清算されるべきもの。私たちを倒せばむしろ隕石が更に強化される。なにせ受け取り人はバアルで決定している。彼が消滅する前に、君たちの命という対価は必ずバアルの元に届くようになっている。試してみるかね?」
隕石の落下はもう、モリアーティの手から離れたものだ。
シェイクスピアの造った世界観上で、カブトの歴史が再演されているだけ。
そしてそれが此処に落ちようとしているのは、今までの行動によって清算される因果。
もう止める止めないという話ではなくなっている。
「私たちを弱体化させれば弾丸の誘導も弱まるだろう。隕石を無かったことにはできないだろうが、バレル―――藤丸立香に引き寄せる事が出来なくなる。そうなれば隕石は新宿ではなく渋谷へと向かうだろう。この特異点は新宿のみで成立させたもの。渋谷に落ちれば、影響は観測できなくなる。事実上、私たちは失敗したという事になるだろう。だが一体何をどうする。
言っただろう? 私たちの犯罪計画は既にホームズに負けている。もう暴くものなど、何も残していない。私たちが手元に残したのは、今まで使った魔弾に対するリザルトだけなのだよ」
もう六発は放たれた。
その事実を消せない限り、隕石が七発目の弾丸であるという事実は消えない。
魔弾が魔弾である限り、その狙いはモリアーティの照準とバアルの意志を反映する。
だから、あれはもう止められない。
「既に負けておくことで、これから負ける要因を潰した。
バアルが私に成り代わったのは、その被害を最低限に抑えるためでもあった。
もちろん他にもバアルの行動理由はあるが」
モリアーティの言葉に、バアルが全身を戦慄させる。
ホームズに敗北したのは切っ掛けだ。三千年前の屈辱を呼び起こすための。
彼の意識上、あの時間神殿における戦いは三千年前の出来事。
その時の感情を余すことなく、自身に刻まれた屈辱全てを思い出すための儀式だった。
そんな事せずとも、バアルはあの恥辱をいつでも思い出せる。
が、ただ思い出すよりもとても鮮明に思い出せたのは事実。
「もし仮にシェイクスピア、アンデルセンが私の前に立ったとしたらどうするか。
―――君たちのロンドンでの戦績は参考になった。恐らく探偵である
落下する隕石があれば、
『相手は、隕石……! なら、もしかしたら……!』
つらつらと並べられる勝てない理由。
状況が最悪だという事が、ひたすらモリアーティの口から語られる。
そんな中、ロマニが何とか声を上げて。
「なるほど、隕石に対する対抗として聖剣は悪くない。
勿論、アルトリア・オルタの聖剣なら、だが。担い手ではない美遊くんではさほど意味ないだろう。言った通り、威力の問題ではないからね。
カブトとなったジオウとエクスカリバー、同時に全力で叩き籠めれば、或いは砕くくらいならば可能かもしれん。だがどうやって撃ち込む? もうソウゴくんは隕石と激突している。纏めて消し飛ばすかね? 隕石を破壊する前にジオウが戦闘不能になれば、結局戦力は足りないだろう。
そもそも現状、ソウゴくんの体力がこれ以上保つかね?」
ロマニが口にする前に、モリアーティが彼の意見を潰す。
空を見上げれば、ジオウが押し返される速度は徐々に上がっていく。
地上、バレルに向かってどんどん迫ってくる。
このままジオウが全力を維持できるという仮定をしても、残っているのはたった数分の時間。
「―――能力的に隕石に干渉できる、君たちの戦力となり得る駒は実はもう一騎いる。
が、彼はこの天秤がどちらに傾くかという争いには参戦不能だ。
根本の部分が敗者側だからね、彼は。この状況での乱入はむしろ君たちを更に不利にする」
いつだって間に合わない男は、全て終わった後にモリアーティを撃ち抜くだろう。
そう。全て終わるまで、彼の存在に意味はない。
彼が動くという事は、全てが後の祭りだという事実を証明してしまうのだから。
そうしてパン、と。両の掌を叩いて、彼はこの話を終わらせる。
もう語るべき事はない、というかのように。
「そちらが得られる勝因は全て事前に潰した。こちらの敗因は全て事前に消費済み。
さて――――宣言しよう、チェックメイトだ」
そんな勝利宣言を受け、バアルが首をもたげる。
彼は存在しない口から嵐のような呼気を吐き、全身を歓喜に震わせた。
「―――嗚呼、長かった。三千年かけたぞ、カルデア……!」
万感。たったその一言に、三千年積み上げてきた感情の全てを載せて。
全てを懸けた言葉に、彼が視線を集める。
『バアル……』
「最初はただ復讐だけを志した。我らの計画を打ち砕いた貴様らを殺すことだけを考えた。
――――だが。俺の憎悪はそこから……千年の間の途中で、折れた」
後悔するように、彼の独白は続く。
「貴様たちは最初から敗北していた。敗北していたはずだ。
完膚なきまでに我らが勝利していたはずだ。
なのにどうしてああなった? なのにどうしてこうなった?
どうして負けた。分からない、私には何も分からなかった」
負ける要因は何一つなかったはずだ。
そのように彼ら魔神は全てを整えたはずだった。
だというのに、彼らは負けた。
だからこそ、それが不思議でならない。おかしくて仕方がない。
「ソロモンだった男が指輪を返還したならまだ分かる。
我らが負ける理由が無理矢理にでも用意されたというなら、まだ理解の範疇だ。
だが、何もなかった。お前たちはそれさえ拒み、自分たちで我らを突破した。
何故、そんなことができた?
常磐ソウゴの魔王の力? マシュ・キリエライトの決死の盾?
それを加味して何度計算しても答えが出ない。どうやっても帳尻が合わない」
何度計算しても、何度あの戦いを再シミュレーションしても、結論は変わらない。
勝つのはゲーティアだったはずだ。負けるのがカルデアだったはずだ。
どんな奇跡が起こっても、ゲーティアが勝ち惑星が新生していたはずなのだ。
「何故、我らは負けたのだ? どうして人間が我らに勝利した?
―――その自問に嵌った時点で、私は自己崩壊していてもおかしくなかった。
それほどに悩んだとも。そしていまなお、その答えは出ていない」
「…………それは」
「黙れ。黙っていてくれ。私には私の結論がある。覗覚星としての推論がある。
……漫然と、それでも貴様たちに復讐するための準備を整えながら。
私は残る二千年の間待った。待ち続けた。己の中で答えが出る事を。
幻霊という武器とする手段を研究しながらも、間違いなく私の心は定まっていなかった。
そしてこの新宿を戦地と定め、計画を始動し―――この男と出会った」
立香を黙らせ、彼は言葉を続けて。
そうして視線を向けられたモリアーティが、苦笑しながら肩を竦めた。
「もはや復讐心すら定かではなかった私の幻霊を用いた計画に、この男は賛同した。
そしてその思考を共有することで、私は私が何故止まらなかったかを理解した」
―――運命だった。
何もかも分からなくなっていた彼は、モリアーティと思考を共有して初めて自分を理解した。
憎しみが、怒りが、悲しみが、何故彼らに対して止まらないのか。
その全てをぶち撒けるために、バアルが大きく腕を広げ全身を蠢かせた。
「ああ……! ああ……!! やっとだ――――!
やっと、俺は貴様たちと対等になった、と宣言できる―――――!!」
目を見開く人間どもを見て、やっと此処まで来たと喜悦に震える。
いま、遂に彼はカルデアの敵になれたのだ、と。
「カルデアども……! あの男の援けなどなく、我らの大偉業を覆した勇者たち――――!!
戻ってきたぞ!! 俺は、ここまできたぞ!!
人理焼却という確定した敗北から、勝利にまで辿り着いた人間たちよ――――!!!」
三千年、再び重ねたのは一体何のためだったのか。
憎悪を晴らすため。それはきっとそうだろう。
人理焼却を阻まれた復讐。なんといかにもそれらしい。
だが、そんな事は後回しだ。
「敗者だ! 敗者だった!! 俺も、モリアーティも!!
確定した敗者である我々が……! 今度は俺が、ここまで――――!!
勝者であった貴様たちの前まで、敗北を凌駕し此処まできた!!」
時間神殿という彼らの本拠に、敗者でしかなかったカルデアは辿り着いた。
その瞬間、敗者は敗者ではなくなった。
カルデアと魔神による、最初で最後の対等な勝負があそこにはあったのだ。
その結果は知っての通り、ゲーティアは敗北し、カルデアは人類史を取り戻した。
「紛れなくもなく勝利していた我々を追い落とし―――!
完膚なきまでに敗北していた貴様たちが這い上がった――――!!
そんな貴様たちに今度こそ勝利するために、三千年……! 積み上げてきたぞ!!
貴様たちと勝負して! 今度こそは勝つために……!
それだけのために、此処まで来たァ――――――ッ!!!」
始まる前から負けていた彼女らが、最後の最後には勝利までしていた。
始まる前に勝ちを得ていた自分たちが、最後の最後には敗北していた。
それに対して抱いたのは疑心か、羞恥か、恐怖か。
そんな事はもうどうでもいい。
「バアル、落ち着き給え」
「落ち着け!? 落ち着けと言ったか、モリアーティ! これがどうして落ち着ける!
やっとだ、やっとここまで来た! 三千年積み上げた我らの偉業に対し、たかが人間が一年の間に果たした事を、魔神である俺が再び三千年かけて漸くスタート地点にまで戻せた!! 全てを懸けて、やっと対等の位置にまで引き戻せたのだ! 今なら言える! やっと言える!!
見るがいいジェームズ・モリアーティ! これが俺と、カルデアの勝負だ!!」
―――ただ。ただ、
今度こそ、もう一度、やり直せれば勝てる。いや、勝てるから戦いたいんじゃない。
勝ちたい。勝ちたい、勝ちたい、勝ちたいのだ。勝ちたいから、戦いたいのだ。
約束された敗北者、ジェームズ・モリアーティ。
彼が望んだホームズに勝利する事への渇望を見て、彼は自分を理解した。
彼は自分を理解して、ジェームズ・モリアーティを無二の協力者だと理解した。
『バアル……!』
「最早何も口にするな、王だったもの……!
貴様にだけは、俺の選択に泥を塗らせてなるものか――――!!」
憧れた、とあの王は口にした。
手の届かない星である、とあの男は口にした。
ふざけるな、とバアルは断じる。
相手が星であるならば、魔神と人間に勝負が成立するものか。
星ほど離れた別物であるならば、彼にこんな感情が煮え滾るものか。
自分と人間は、もっと近しいものだ。厭うしいほどに、似通ったものだ。
負けたくない、勝ちたい、負けた悔恨は晴らさねば思考が安定しないほどに。
「ソロモンとゲーティアが貴様たちに星を見たというのなら、俺は貴様たちの放つ星の輝きに劣等感しか覚えなかった……! 我らの苦悩は貴様らの輝きに踏み潰されるだけのものだったというのか!? 認められん、認められるものか……!!
だから、今度こそ戦いの果てに俺の求めた結論を! 俺の苦悩が! 渇望が! 憎悪が! 例え悪徳であろうとも、貴様らの輝きを上回れるものであると証明する――――!!!」
彼の体内で感情が滾る。
その全てを向けられて、立香が歯を食い縛る。
第七の弾丸に悪魔が求める対価、それは彼女の命。
「いま此処に! 我らが最終式に結論を!!」
「―――では、我らが計画による応報を此処に。
これこそは、幻影に縋った敗者の行き付く光景である―――“
バアルの咆哮に続き、モリアーティが最後の宣言を行う。
ジオウを容易に押し返す絶対の魔弾。
それが更に勢いを増し、この場に向けて加速した。
「ルビー! 何かあれを止める方法は……!」
「――――――」
普段は聞かずともペラペラ喋る相棒が、苦悩するように無言を貫く。
それに何故、とは返せない。
本当に、本当に、本当に、全てを懸けて、彼らはこの一瞬のために尽くしてきたのだ。
計算と推論を重ね、足りない部分は賭けを行い、全てを懸けてこの結果を掴んだのだ。
何が何だか分からないけど何か色々知っていそうな人、という。
そんな理解をしている黒ウォズを見る。
彼ならば、もしかしたら此処から引っ繰り返す方法を知っているかも、と。
そうして見た彼は、ただ眉を顰めて本を握り、歯を食い縛っていた。
「……っ、そんな……!」
もう、本当に。
此処からカルデアが覆す手段は何もないのだ、と理解する。
それでも、諦めるわけではない。
ジャンヌ・オルタが旗を振り上げる。
それに伴い噴き上がる黒い炎に倣い、イリヤと美遊がステッキを握り直す。
健気にも気を持ち直した連中を見て、魔神が称賛の意を示した。
それでこそだ、と。
そんな相方の様子に肩を竦めて、モリアーティが再び隕石を見上げる。
「何をしても変わらんよ。どうにかする手段は全て事前に潰して――――」
――――――――!!
モリアーティの言葉を遮るような、その声。
世界に響く遠吠えを聞いて、彼が動きを止める。
唖然としたような、そんな顔で。
「狼王、ロボ……?」
彷徨っていた。ただ、彷徨っていた。
帰るべき場所を見失った迷い子。
群れを導く太陽だった頃は、きっと、もっと簡単な軌道で動いていたはずだけれど。
彼と言う太陽はとっくに堕ちてしまっていて。
もう自分がどこに沈んで、どこから昇ればいいのかさえ分からない。
このままどこにも帰れず、どこにも辿り着けず。
ただ、自業自得のまま朽ちるのみだった。
そのはず、だった。
「―――――――――」
狼がビルを足場に、震える体を持ち上げる。
足に返ってくるのはコンクリートの踏み応え。
故郷の土には程遠い、人間の文明。
空にあるのは巨大な隕石。
この地を滅ぼす、ジェームズ・モリアーティの計画の粋。
あれが落ちればどうなるだろう。
彼は計算ができるわけではないけれど、そんな事は簡単に理解できた。
この星は滅びる。この星に生きる命は、滅びる。
完膚なきまでに、何一つの例外もなく。
「―――――――ゥ」
とうに砕けて、あとは消えるだけの体に力が漲る。
彼の灰色の体毛を、真紅の鎧が覆う。展開は中途半端で怪物になり切れない。
それでも確かに、彼はもう一度。
アナザーカブトへと変生した。
〈カ、ブ…―――〉
「―――――――■■■■■■■■……ッ!!」
空に吼える。どこにも届かない、誰にも受け取ってもらえない。
それでも良かった。
ああ、もう一度。
彼に―――
空高くまで昇るために、全霊を懸けてビルを踏み締める。
彼が今更太陽に戻っても、その光は誰も照らさない。
彼が照らしたかったものは、もう二度と見つからない。
それでも良かった。
きっとどこかにいるから。
どこかで生きていてくれるかもしれないから。
彼にはもう見えない場所で、それでも生きていてくれるなら。
群れを司る王である彼は、その総てを懸けて。
守るべきものたちが歩む道を拓くため、天にさえも喰らい付いてみせる。
「■■■■■■■■■■■――――――――――――――ッ!!!」
狼の足が地上から離れる。
地上から、今再び全てを照らすため、群れの太陽が空に昇る。
軌跡は一直線に隕石を目掛け、光となって押し寄せて。
「ロボ……!?」
全身を軋ませて、反動にスパークしているジオウ。
彼が背後から迫りくる狼王に視線を向ける。
傷が治っているはずがない。損傷が回復したはずがない。
全身の装甲は破壊され、一本角は当然のように折れている。
満身創痍の乱入者に対し、息を詰まらせるソウゴ。
そんな反応を歯牙にもかけず、彼はただ一直線に脅威に爪を向けた。
半死の身が繰り出す一撃。その威力はたかが知れたもの。
―――だというのに。
バキリ、と音を立てる隕石。
アナザーカブトが直撃した部分に、罅が走った。
それがゆっくりと、しかし確かに。
巨大隕石の表面に広がっていく。
「これ、は……!」
―――物語に始まりがあるのなら、当然のように終わりもある。
始まりの隕石に対し、牙を剥くのは終わりの使者。
最後の最後。
隕石から始まった
始まりが保障する無敵に、終わりを齎すものが瑕疵を刻む。
―――いいや。そんな理屈はどうでもいいのだ。
彼とブランカが愛した誰かが、生きているかもしれない世界のために。
ここは
それでもただ、大切なものがこれから生きていく世界のためになら。
彼らは、自分の命を懸けられたというだけ。
赤い鎧も、灰色の毛並みも、黒く焼け落ちて崩れていく。
死力を尽くして牙を立てる彼には、もう吠える余裕さえない。
それでも、良かった。
誰に届かずとも、誰に聞こえなくても、もう何も見えずとも。
彼と言う群れの太陽は、最後の最後に長としてやるべきことを果たした。
もう随分と変わってしまったかもしれないけれど。
憎らしい人間が随分と増えてしまった場所だけど。
それでも。
確かに彼らが走り抜けた大地を、彼は――――
―――地上から、狼の咆哮に応える遠吠えが聞こえる。
小さな声だ。
隕石に挑み、地獄の熱の最中にいるロボに聞こえる筈がないくらいに。
―――地上から、狼の彷徨に報いる遠吠えが聞こえる。
全霊を懸けた彼の体は焼け付いて、最早ものを聞き取る機能さえ停止していて。
だから、そんなものが聞き取れる筈もなくて。
夜闇に包まれて都市で、どこより空に近い摩天楼。
空を切り裂く炎の灯りが、そこにいる白い毛並みを照らし出す。
その場で、白い犬が必死に吠えている。
そんな姿はもう、狼の目には映らない。
元より彼が探していたのは、その犬ではなく彼と同じ狼で。
彼が求めていた者は、誰も彼を見ていない。
彼が求めていた声は、誰からも返ってこない。
それでも、聞こえた気がしたから。
―――ただ、それで良かった。
残骸が落ちていく。
黒焦げになった何かが、そのまま光に還っていく。
〈カ・カ・カ・カブト! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉
「ウ、グォオオオオオオオ――――ッ!!」
その光景を目の当たりにし、限界を超え虹色の翼が加速する。
罅が走った隕石を、このまま粉砕するべく。
それでも単体では押し切れないほどにまだ硬い。
だからと言って押し切られることなど、許せるはずもない。
「―――どうでもいいが、右を通すぞ。オレの邪魔はしてくれるな」
そこに、随分と近くなったバレルの最上部から声がする。
声とほぼ同時に、ジオウの横を抜き去り一発の弾丸が奔り抜けた。
それはそのままロボが作った亀裂の中に吸い込まれていく。
「内側に潜り込ませられれば上等だ。
こうして……
そら、内側から腐り堕ちろ――――“
―――嗤う声。
その直後、隕石の中で
罅から溢れ出してくる無数の剣群。
単純な威力では足りなくとも、そもそもそれが展開されたという事実。
この隕石が世界に保障された無敵の邪魔をする。
隕石の内部が別のルールに取り込まれ、その強度を奪われていく。
「あれが不壊であるのは、この世界に保障されたもの。だったら違う世界に引きずり込めばいい。
それが簡単に出来るなら苦労しなかったわけだが」
弾丸を撃ち放った銃をだらりと下ろし、黒い男は嫌味に笑い飛ばす。
本来の固有結界にモリアーティとバアルを同時に引きずり込めれば一番楽だったのだ。
出来るかどうかはともかく、少なくとも勝ちの目自体は用意できた。
だが結果はこれだ。男は黒化し、別物である自分が召喚されてしまった。
モリアーティかバアル、恐らくバアルの知識を元にモリアーティの入れ知恵か。
世界観によって、固有結界を外に展開するという性質を持たない彼に変えられた。
この時点で抑止は突破されたも同然だ。
「抑止も選定自体は確かだったわけだ。弾丸にするには、オレは最適だったわけだからな。
もっとも対策済みでこの有様に陥っていたわけだが」
彼が敵対した時点で、モリアーティの目的は完遂される。
何せ仕事に取り掛かるのが遅い事が取り柄の掃除屋だ。
だが、こうなった以上は――――
「致命的な失態だ。狼王ロボもおまえの弾丸だぞ、モリアーティ。
つまり、ロボを援護する分にはオレはおまえたちの味方のまま、というわけだ」
無限の剣が隕石の内部で拡がっていく。
内部に存在する生命体を駆逐しながら、数えきれない剣が隕石の強度を削る。
そうして脆くなり始めた無敵だった隕石を。
インディケーターに“カブト・ハイパー”と刻まれたジオウが。
今振り絞れる全ての力を懸けて、全力で蹴り抜いた。
「はぁああああああああ―――――ッ!!」
押し返されていた筈のジオウの足が、隕石を粉砕していく。
隕石に突入し、突き抜けていくジオウ。
巨大な隕石は全体に数え切れない亀裂が走り、崩壊を始めている。
「――――そして既に
壊せない筈の隕石が壊せてしまった以上、世界の保障は最早戻ってこない。
あれは最早七つ目の弾丸ではなく、カブトの歴史の始まりの烽火でもない。
視界に掠める、先程過ぎ去った光景。
ロボが逃亡していく姿を見逃すモリアーティ。
あの時セイバーがロボを斬り捨てていれば、この結果は無かった。
紛れもなく、完全なる敗北が待っていたのだろう。
だがそうはならなかった。
他ならぬ彼自身が許した、狼王ロボの逃亡によって。
「……あの一手さえなければ、貴様の完勝だったろうに。
だがその貴様自身が導いた敗北が、一匹の悪狼にささやかな救いをくれてやったわけだ」
構えた黒い聖剣に魔力が迸る。
もうあれは地球を侵略するためにやってきたエイリアンの母艦ではない。
ただ放たれる光の斬撃でしかない一撃が、夢の残骸にトドメを刺す。
「ろくでもない正義の結果を誇れ、悪党。
“
地上から空に向け、黒い極光が放たれる。
それは弾ける前の隕石の破片を全て呑み込み、蒸発させた。
―――残るものは何もない。
あらゆるものを欺き、地球を抹殺して完遂するところだった計画。
それは、ただの思い付きのような善性に全てを覆された。