Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
『緊急だってこっちを呼び出しておいて、随分と時間がかかったわね』
呆れるようなオルガマリーの声。
管制室に入った途端に浴びせられたそれに、揃って目を逸らす。
一人だけ申し訳なさそうに、美遊が頭を下げた。
「すみません、わたしに関して伝達しておかなければいけない事があって……
それで、ここへ向かう足を止めさせてしまいました」
『……いや、別にいいんだけど』
サーヴァントとしてとはいえ、小学生くらいの少女が三人増えた。
そんな事実を改めて噛み締めて、カルデア所長が眉間を押さえる。
頭を痛めている所長に対し、ふと思いついた疑問を投げかけるソウゴ。
「そういえば所長の方はどんな状況なの?」
『そっちが緊急だっていうから応じてるのになんでこっちの話から入るのよ!』
『まあまあ、こっちの状況も無関係じゃない。
レイシフトを実行するなら、またこっちで仕込みをしなきゃいけないわけだしね』
がなるオルガマリーを抑えつつ、ダ・ヴィンチちゃんが笑う。
だが彼女はすぐにその笑みを引っ込めて、神妙な表情を浮かべてみせた。
『とはいえ、実はそう大変なことにはならなそうでね。
レイシフトが必要だというなら、すぐ実行できる状態なんだ』
「なんで? この前のレイシフトは許可を取るにも実行した後も、かなり大変な事になりそうみたいな話だったと思うんだけど」
そのために面倒な根回しをしていたのでは? と。
そう問いかけられたオルガマリーが、小さく肩を竦めてみせる。
『―――あんたたちが前回攻略した特異点……じゃなし。
前回踏み込んだ固有結界ね。あそこに関しての情報が、協会に入ったのよ』
「何かあったの?」
それが相手に知れたところで、何か変化があるものなのか。
むしろ固有結界を特異点と誤認した失点ですらある気がするのだが。
不思議そうに首を傾げる立香。
オルガマリーは目を細め、彼女の後ろへと視線を移す。
その視線を向けられたのは、イリヤと美遊―――そして、二本のカレイドステッキ。
『……嘘か真か。時計塔でも指折りの地位を持つ相手が、わたしたちに称賛を送ってきたのだそうよ。“よくやった、これからも励むように”ってね。嘘か、真か、知らないけど』
じい、と見つめられるルビーとサファイア。
特に何の反応も見せないサファイアと、くねくねと揺れるルビー。
その反応から何となく相棒が何かしたのか、とイリヤが顔を引き攣らせる。
「ル、ルビー……なにしたの?」
「いーえ? なーにもしてないですけど。
いくらわたしでも流石にあのジジイのなりすましなんてとてもとても……」
「ええ、いかに姉さんとはいえそれは無理かと」
「サファイア……?」
まるで共謀しているように口を合わせるサファイア。
そんな彼女を見上げながら、何とも言えない表情を見せる美遊。
―――それが本物からの干渉でも。カレイドステッキによる騙りでも。
カルデアにとっては、別に関係ないのだけれど。
どっちであったにせよ、その答えが出せないのならば協会にだって関係ない。
人理焼却明けの状況、協会はどうあってもここに面倒ごとは増やせない。
だから魔法使いが言及したという事実だけで、カルデアにはそうそう干渉できなくなった。
時間が経って魔法使いから以降の干渉がなければ崩れ去るだろう。
この世界情勢がある程度安定すれば、正規の手順を踏んで解体できるだろう。
別に無理をしなくとも、カルデアに失点が多いのは事実。
現状コールドスリープしているレフの被害者連中だけで潰されるだけの理由になる。
協会が自由に動けるだけの余裕を取り戻し。
そのコールドスリープを解凍するための準備が終わって。
人理焼却の爪痕がおおよそ全て消える、という段階になった時。
それが、カルデアが今まで通りでいられるタイムリミットだ。
―――まあそこはいい。分かり切った話だ。
だが、少なくとも今すぐカルデアを無理には潰せなくなった。
必要なのは時間的猶予だ。せめて1年は欲しい。
それだけの時間があれば、なんとか。
本当の意味で、カルデアからデミ・サーヴァントはいなくなるはずだ。
そうなれば彼女はカルデアで生まれたという経歴のただの人間でしかない。
カルデアの財産としては、大した能力があるわけではない一人の人間でしかなくなる。
接収されるほどの利用価値がない、ただの少女に成り下がる。
だから――――
一つ小さく溜め息を落とし、オルガマリーが言葉を続けた。
『……ま、いいわ。何が理由かなんて今は重要じゃない。つまり、お偉いさんからカルデアの功績を認める、という旨の言及があったわけ。
このせいで連中はわたしたちの今回の功績を否定できなくなった。上の連中がやろうと思えば掻き消せなくもないでしょうけど……もしもが怖いわけね』
「その偉い人に怒られたくない?」
『どちらかというと目を付けられたくない、かもね。そこはどうでもいいんだけど。
その結果として、わたしたちはそれなりに立場を取り返せた。
このまま行けば来月頃にはわたしとダ・ヴィンチもカルデアに一度帰れそうなんだけど……』
そこで黙り込むオルガマリー。
彼女に対して首を傾げ、マシュが問いかけた。
「では、あと半月ほど新しい特異点は経過の観察を?」
『そうはいかないでしょ、すぐにレイシフトの許可は取るわ。
新たにサーヴァントを呼ぶだけのリソースは融通できないけど……』
何とも言えないような顔で、彼女はレイシフト実証の許可は取ると口にした。
この現象がもう少し後ならば、現場で参戦できたのにと。
そう言いたげな所長の目を見て、マシュが納得したように下がる。
対して、そこでクロエが一歩前に踏み出した。
「わたしたちがサーヴァント、ってわけね」
『まあ、そうなる、わね』
本当に今更の話ではある。
が、小学生ほどの少女が三人揃ってサーヴァント、となると。
流石に眉を顰めて、オルガマリーは言葉に迷うように小さく呻いた。
『今、彼女たちはカルデアに呼ばれたサーヴァントという状態だ。
とりあえず、改めてマスターたちとそれぞれ契約を結び直すことから始めようか』
ダ・ヴィンチちゃんがオルガマリーの後ろで肩を竦め、そう口にする。
「誰と誰で?」
『それはもうそっちで決めてくれ。私たちで決めるより、君たち自身の感性の方が優先されるべきだろうからね。フェイトを通して契約後、令呪を装填―――するだけの魔力もないね。
まったく、前回のが固有結界でなくて特異点ならリソースの回収もできたのに』
やれやれと、そう言って肩を竦めながら、彼女は所長へと視線を向ける。
こちらからの注意はないということなのか、オルガマリーが小さく首肯した。
そう言うならそうしよう、と。
立香が振り返って、話題を決めるべき事柄に持って行く。
「じゃあどうしよう。私とソウゴとツクヨミと、イリヤと美遊とクロ。
どうやって割り振る?」
「俺より立香が二人と契約する方がよくない?」
ソウゴをジオウとして戦力に数えるなら、それでいいだろうと。
以前に真っ先に彼もマスターになったのは、人理焼却中のリスク分散のためでもある。
マスターを増やすこと自体に意味があった状況と今は違う。
もちろん令呪の装填があるならば、今でもマスターを増やす価値はあるが。
今回はそうではない。
ならば自分ではなく立香に集中させるべきでは、と彼は言う。
「ソウゴは契約してるサーヴァントの位置に長距離転移とかできるじゃない。
だったら、サーヴァントと契約しておけば自由度が上がるでしょう?」
ツクヨミに言われた言葉に確かに、と。神妙な顔で頷くソウゴ。
サーヴァントがいた方が行動の選択肢が増えるのは事実。
あっさりと論破された彼が、胸の前で腕を組んで見せた。
そういった考え方をすればいいのか、と美遊が口元に手を当てる。
「……組み合わせに戦略を考慮する場合、わたしとイリヤでカードの分配も話した方がいい。いまはわたしがセイバー、ランサー、ライダー。イリヤがキャスター、アサシン、バーサーカーをそれぞれ持っているけれど……」
美遊の言葉に合わせて、サファイアが管理していたカードを取り出す。
同じくルビーもそうして、イリヤがそれを受け取った。
それぞれが3枚、合わせて6枚。クロが宿すアーチャーを合わせて、7枚。
「……イリヤが
ちらりと一瞬だけイリヤを見て、クロが言う。
そんな彼女の言葉に対して、首を傾げるイリヤ。
「え、なんで?」
「バーサーカーよ、バーサーカー。
使ってみなきゃどうなるか分からないとはいえ、下手したら狂化して暴走よ?」
当たり前のことを聞くなとばかりにクロエが半身の頬を指でつく。
ぐいぐいと押し込まれて、イリヤがあうあうと呻いた。
「バーサーカーはないものと考えた方がいい、ってこと?」
「まあ、積極的に使いたいカードじゃないわね。
本当に腕力とかが必要な場面なら使いようかもしれないけど」
最後に額を押してイリヤを解放し、肩を竦めるクロエ。
そんなイリヤが持っているカードと、美遊の持つカード。
二人の少女が持つ6枚のカードを眺めつつ。
更にそれらが発揮するだろう力を推測して、ソウゴが目を細めた。
「じゃあ火力のセイバーとキャスター、スピードのランサーとライダー、後は使いづらいアサシンとバーサーカー?」
「ハサンとヘラクレスに怒られるよ」
「ヘラクレス本人よりイアソンの方が怒るかも」
呆れる立香に、いつぞや顔を合わせた相手を思い返しつつそう返す。
そんなやりとりを尻目に、イリヤと美遊がカードを交換しようとする。
が、そこで手を止めるイリヤ。
「……でも結局、どっちがどっちを持てばいいんだろう」
止まってそう言うイリヤに対し、美遊はライダーのカードを差し出した。
先んじて差し出されたそれを受け取りつつ、イリヤは首を傾げる。
「強いて言うならセイバーとランサーは攻勢向け。キャスターとライダーは守勢向けだと思う」
つまり攻めに適したカードは美遊に集め、守りに適したカードをイリヤに集める、と。
既に受け取ってしまったライダーのカードを見て、イリヤは眉を顰めた。
まるでイリヤを前に立たせたくないので自分が前に立つ、というような采配で。
しかし、近接戦闘のセンスで自分が美遊より上とも思えないので、言い辛い。
「……じゃあ立香と契約する方がキャスターとライダーのイリヤじゃない?」
「そうね。私より立香の方がいいと思う」
美遊の注釈を聞き、立香に視線を向けるソウゴとツクヨミ。
隣にいるマシュもまた、大きく頷いてみせている。
「私じゃツクヨミほどは動けないしね……」
「先輩は皆さんの中で最も後衛での調整に向いた方かと」
苦笑している立香に、マシュが首を横に振ってみせる。
消去法でもある。が、周りを見る事に一番集中できるのが立香だろう。
あとの二人が前に出る分、なおさら。
「えっと。じゃあわたしがリツカさんと」
「なら、わたしとクロがツクヨミさんかソウゴさんとですね」
「まあ、わたしとソウゴでしょ。前に出るなら誰か、って考えると」
美遊がそう言った直後にクロエが肩を竦める。
一応魔法少女全員が前衛に立てるが、誰が最も秀でているかというとクロエだ。
彼女にはアーチャーの“眼”があり、転移魔術もこなせる。
それを否定する理由もないのか、美遊が頷く。
彼女たちがそれでいいなら、とソウゴとツクヨミもまた。
「それで、バーサーカーとアサシンはどうしよう?」
ライダーを受け取った代わりにアサシンとバーサーカーを取り出し、イリヤが問う。
その彼女の頭上から声をかけるルビー。
「念のためにバーサーカーはイリヤさんの方がいいのでは?
美遊さんはセイバーとランサーがあれば白兵戦には困らないでしょうし。
もしもの時に備えるなら、バーサーカーの戦闘力は無視できません」
「そっか……じゃあ、アサシンはミユに」
「うん」
再配分を終えて、一息つき。
「―――では、この後に一度召喚室に行ってもらって契約。その後、レイシフトを行ってもらうわけだけど……この場で現状分かっている特異点の情報を説明しておこう」
ロマニに視線を向けられた職員が一度頷き、説明を始める。
「はい。今回確認された特異点ですが、場所は日本の―――東京都、新宿区。年代は1999年。
原因は人理焼却の余波、かと思われますが……」
どこか自信なさげな説明。
それを受けつつ、地球環境モデル・カルデアスに浮かび上がる光点を見る。
確かにその光点が灯った場所は、日本に違いない。
「新宿って分かってるってことは、今回は実は固有結界だったりはしないってこと?」
「そうだね。そういう事態はまず無いと思ってくれていい、多分」
「多分なんだ」
『例外がないとは言い切れないからねえ。よくよく思い知っているわけだ』
確認する立香に何とも言えない顔で返すロマニ。
どこか自信なさげなのは、例外的ケースに慣れ過ぎたからだろうか。
そんな彼をけらけらと揶揄うダ・ヴィンチちゃん。
これから向かう事になるだろう土地の名前を聞き、イリヤが唸る。
「新宿かぁ……お兄ちゃんが修学旅行で東京に行ってたような……新宿はどうだろう。
でも、元の新宿を知らなくておかしな部分に気付けるのかな。行ったことないよ」
「大丈夫でしょ、すぐに見て分かるくらいおかしいから特異点になるんでしょうし。
っていうか日本なの? どうせなら外国見たーい」
『外に出ればたっぷり日本じゃ見れない雪山が見れるわよ』
クロエから飛ぶ要求をばっさりと切り捨て、オルガマリーが軽く手を振るう。
確かにあの銀世界は相当な絶景であったが、と頬を膨らませる少女。
「……意外と範囲も狭いんですね。
あくまで余波として発生するに相応の規模、ということでしょうか」
「チェイテ城を中心に、という時もありましたが……そうですね。
このように発生した特異点としては、明らかに今までより小さいかと」
一都市単位であったロンドンよりなお狭い。
サーヴァントの行動範囲から考えれば、全域が常に戦闘区域とさえ言えるかもしれない。
それこそいわゆる“通常の聖杯戦争”よりも狭い行動範囲だろうか。
その“狭さ”がどう転ぶだろうか、と目を細める美遊。そんな彼女にマシュが特例を口にしようとして、しかし多分参考にはならないと無かったことにした。
「範囲が小さいってことは、変化も実は少ないのかな。
そんなに大きな事件は起こってないかもしれない?
っていうか、1999年の新宿って歴史の中で大事なことって何かあった?」
『流石に近代すぎて日本に限らず歴史の転換点、と言える事象はないね。
もしかしたら100年先には、1999年が特別重要な年と認識されるようになるかもだが。
少なくとも現状では、人理焼却に匹敵する結果には繋がらないと断定できる』
ギリギリ生まれていない年代に対し首を傾ぐソウゴ。
ダ・ヴィンチちゃんは彼の疑問に、何かを思い出すように顎に手を添えながら返した。
「あんまり小さい変化だと探す方が難しそうだね」
『ま、レイシフトした途端に恐怖の大王が宇宙から落ちてきたりするよりはいいだろう?』
「? 大王……王様が落ちてくるの?」
何の話? という顔をするソウゴ。
『私が作品に暗号を隠してるかどうかと同じくらいどうでもいい話さ。
ちょっとしたジョークだと思ってくれたまえ』
「宇宙からの大王……宇宙からビームを降らせてきたアルテラ、みたいな話?」
聞いたフレーズから、今まで見たものを繋げてみる。宇宙と、大王。
破壊の大王と渾名されるアルテラ。
そんな彼女は空の果てから、軍神マルスの光剣を見舞ってきた。
そう言った意味なのだろうかと問うてみると、ダ・ヴィンチちゃんは視線を彷徨わせる。
『んー……まあそれはそれで確かに大変になりそうではあるけど』
「そっか。1999年に本来いなかった宇宙人が攻めてくる特異点かもしれないのか」
横で聞いていた立香がそれに手を打つ。
そんな言葉を聞いたツクヨミが、真面目腐った顔で思考を始める。
「2016年に宇宙人が来る世界はあったし、ありえない事ではないわよね」
「なるほど。でしたら異常の大元は、1999年に本来くるはずのなかった地球外生命体をアブダクションしてしまった誰かなわけですね。新宿のどこかで宇宙と交信する謎の儀式が行われているはず! それを防ぐのが今回のミッションってわけですよ、イリヤさん!」
「なんでそんなにノリノリなの……?」
頭頂部からアンテナを生やして猛るルビー。
イリヤがそんな珍妙な行動をとり始めた相棒にどうすればいいのか悩む。
それを見ながら画面の向こう側で溜め息ひとつ。
『……ダ・ヴィンチ。余計なことを言うのは控えなさい』
『いやいや、この反応はこの反応で心強いと思うけどね?』
「っていうか、宇宙人とも戦ったことあるの?
……あー、あの第六? だったっけ、あそこ?」
「あ、はい。えっと、それもありますが後一つ。映像記録としては通常の特異点攻略とは別にしてありましたので、クロさんも見ていないと思います。
ですがそちらにはちゃんと交流できる宇宙の方もいたので、ご安心を」
そう言って微笑むマシュ。
クロは彼女の一切虚飾のない笑みに何とも言えない顔を浮かべる。
「何に安心すればいいのか分からないけど……」
「決まっているじゃないですか、クロさん。
マシュさんの天然具合に安心すればいいんですよー」
「姉さんは黙っていてください」
「宇宙人……そういうケースもあるんですね」
確かに宇宙人が訪れれば、歴史がまるっと変わるのも納得できる。
人理に対する外敵の襲来を前に、美遊が緊張するように眉根を寄せた。
「―――まあ実際に宇宙人の侵略が原因かはさておき。
行動範囲が狭くなった分、ある意味で脅威度を増しているかもしれない。
レイシフトした瞬間そこが敵の宝具の射程内、なんて可能性が高まったと言えるわけだし。
もちろんそうならないように、こっちでもレイシフト先の情報収集は怠らないけど」
これ以上話を広げさせては、宇宙船を仮想敵にした巨大ロボ戦の話になりかねない。
そう察知したロマニがさっさと話題を切り替える。
外から観察する事に限度がある、というのは分かっている。
つい直近のレイシフトでも特殊な世界に名前を奪われかけたばかりだ。
より緊張感を持って、警戒しておかなければならない。
彼からの忠告に、強く頷くマスターたち。
『……では、契約を完了させた後にコフィンに搭乗。
人理焼却の余波と思われる泡沫特異点、新宿へとレイシフトを行いなさい。
ロマニ、何か問題があればダ・ヴィンチに通信を』
「了解しました所長。
というわけだ、マスター及びサーヴァントは契約の更新を。
その間にコフィンの準備を済ませてしまおう!」
職員たちの了解する声が響き、彼らは動き出す。
―――彼らの向かう先こそ。
時は1999年。日本国首都、東京都新宿区。
何より。誰より。
カルデアからの干渉を待ち望む、憎悪の蔓延る悪逆都市である。
『アンサモンプログラム スタート。
霊子変換を開始 します。
レイシフト開始まで あと3、2、1……全行程
アナライズ・ロスト・オーダー。
「―――確かに引き締まる感じするわね」
「時々ある感じ」
〈ジオウ!〉〈ディケイド!〉
クロのぼやきにそう答えつつ、ソウゴがドライバーを装着する。
落下の勢いに風を感じながら、彼はそのままウォッチを装填。
変身シーケンスに入る。
「いきなり空中に放り出されるのが日常なんですか……!?」
「時々ね」
移動直後に注意する、という話はしていたけれど。
まさかこんなかたちで危険にさらされるとは、なんて。
そんな風に目を回すイリヤに、立香が苦笑を返した。
少女の周囲を回っていた魔法のステッキが、ここぞとばかりに飛び出す。
「このまま地上に落ちザクロのようにかち割れて、アスファルトにこびりついた赤黒いシミになるわけにはまいりません!」
「怖い言い方しないで!」
飛び出したルビーに合わせ、美遊の許からサファイアも舞う。
蒼玉の魔法少女たるコンビが心を交わすように、同時に頷く所作を見せる。
伸ばされた美遊の手の中に飛び込むマジカルサファイア。
マジカルルビーもまた強引に、イリヤの手の中へと納まった。
「そうならないためにも、
「コンパクトフルオープン! 鏡界回廊最大展開!」
蒼色と紅色、二色の光が空中で交わりながら膨れあがる。
その中心にある二人の少女が、それぞれ装束を変えていく。
私立穂群原学園小等部の指定制服から、魔法少女らしいファンシーな服装へ。
それは魔法のステッキと契約した魔法少女。
即ち、カレイドルビー及びカレイドサファイアとしての姿。
「―――変身!」
〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉
〈アーマータイム! ワーオ! ディケイド!〉
背負った時計が描き出す“ライダー”の文字。
そして浮かび上がる九つの影を己に重ね、ソウゴも変わる。
マゼンタの追加装甲を鎧ったジオウ。
仮面ライダージオウ・ディケイドアーマー。
彼はそのまま流れるように、ディケイドウォッチに更なるウォッチを装填した。
〈オーズ!〉
〈ファイナルフォームタイム! オ・オ・オ・オーズ!〉
ジオウの背に広がる赤い翼。更なる変化を遂げたジオウが、胸のインディケーターに“オーズ・タジャドル”の名を描き、舞い上がる。
クロエが大きく体を翻し、自身の在り方を切り替える。
他の二人と同じように制服を纏っていた少女の衣装が、赤い外套と黒いボディアーマーへ。
彼女はその切り替えから流れるように、ジオウの肩へと着地してみせる。
カレイドルビーとなったイリヤスフィール。
ルビー曰くプリズマ☆イリヤが、飛行を開始して立香の腕を掴む。
カレイドサファイアである美遊。
彼女は空中に魔力を固めて足場を作り、ツクヨミを抱えて降り立った。
「……とりあえず、組み方はこれで良かったという確証は得られた?」
「確かに、飛行手段を持たないクロエ様がソウゴ様と組むのは良い采配だったかと」
ほぅ、と息を吐き落とすような美遊の言葉に、呆れた様子で返すサファイア。
彼女たちの様子に対し、通信機を通じてロマニの声が返ってくる。
『う……申し訳ない。ちゃんと地上に向けてレイシフトした筈なんだが……
ウルクのように侵入を弾くための結界があった、とは考えづらいんだけど……
どうだろう、レイシフトしてみて新宿には本来なさそうな異様なものがあったりするかい?
それに干渉された結果、こうなったと考えられるかも―――』
「……ある、わね」
わざわざ頭を巡らせるまでもなく。
美遊に支えられながら、ツクヨミがあからさまに怪しい建造物に眉根を寄せた。
「なんでしょう、あれ。塔……?」
「……宇宙人を呼び込むって話が、現実味を帯びてきたような」
揃って見据えるのは、新宿の只中に築かれている巨大な塔。
天を衝くように伸びた、高層ビルよりなお巨大な施設である。
わざわざ探すまでもない異常に対し、ツクヨミは来る前に話していた話題に触れた。
事前にそんな内容を話していたからか、本当に宇宙から何かを招くためのものに見えたのだ。
あんなものがあそこにあって、特異点の原因と関係ないなんて話はありえない。
「えっと……あれって……あの場所、もしかして都庁?」
『―――位置を確認します。……現在地との位置取りからして、間違いないかと。
みなさんが見ている巨大な塔がある場所は、もともと東京都庁があった場所です』
ジオウから問いかけられ、マシュがすぐにマップを確認する。
もはやどこが怪しいか、など話し合う必要すらない。
あからさまに騒動の中心であろう存在が目の前に屹立しているのだ。
揃ってあの施設こそがまず調べるべきものだと理解して―――
「――――ッ! 高度落として!! 速く!!」
ジオウの肩で、塔を見据えていたクロエが叫ぶ。
直後に赤い翼が大きくはためく。
クロエが視線を向けている方向に対し進行し、前に出るジオウ。
「え、なに、なんで?」
「
戸惑うイリヤに一息に叫び返すクロ。
瞬間、彼方に見える塔の上で、何かが昏く瞬いた。
すぐさまそれに対応するように、クロエが片手を前へと突き出す。
起動するアーチャーのクラスカード。
その能力が発揮され、投影される一枚の盾にして、四枚の花弁。
「―――“
本来七枚展開されるそれは、四枚止まり。
そんな事実に対して、クロエが軽く舌打ちする。
他人の力を他人の体で使って、それでも十全以上に使いこなしていたファースト・レディ。
彼女が出来たなら、と思ったがそう簡単にはいかないらしい。
ジオウが腕を伸ばし、少女の足首を捕まえる。
踏み止まるにはあまりに辛い足場。
だがそれでもここで留まるしかない。
後ろには、立香とツクヨミを掴んだイリヤと美遊がいる。
彼女たちを守るには、撃ち落とされるわけにはいかないのだから。
空を裂いて飛来する銃弾。
まるで剣か何かを強引に押し固めて、弾丸に似た形状にしたかのような。
いびつに歪んだそれが着弾すると共に弾け、花弁の盾が一枚消し飛んだ。
衝撃を浴びて体を震わせながら。
しかし耐えつつ、少女は初撃で得た情報に愕然とした。
「この、矢……! じゃない、弾丸……!? 使い方が違う……けど、これは―――!」
「二人に合わせて降りるよ!」
慌てて降下に入るイリヤと美遊。
ジオウが狙撃手と彼女たちを遮る位置を保ちつつ、盾を維持しながらの降下。
次弾はこない。
狙撃手のプレッシャーはまだ感じるが、二発目は何故かこない。
自分の位置だけを主張するような構え。
そんな狙撃手らしからぬ態度に、クロエが強く顔を顰めた。
「待ちの姿勢……? こっちからそこまで攻めてこいってわけ?」
「いったん退いた方がいい。まずはこの特異点の状況を調べるべき」
クロの声の震えを苛立ちと取ったのか、美遊がそう窘める。
それに対し、盾の維持に集中している彼女は肩を竦めるだけの反応に留めた。
そして今の状況を考慮し、イリヤと美遊に怒鳴る。
「まだ撃ってくるかもしれない。射線を切れるビルの影……いえ、ダメ。
正面からの撃ち合いの方がまだ安全! まずは視界が開けた場所に降りて!
防戦しつつそのまま射程外に出るわ!」
地上に足を降ろせれば、ジオウが自分の足場から戦力に変われる。
そうなれば
それを断定したクロエの声に従い、二人が動く。
「え、えっと……戦場になるかもしれない、巻き込んでも大丈夫そうな場所……!?」
「ドクター、マシュ、地図を!」
間を置いて、再び射出される弾丸。
攻めではなく逃げを選んだと理解した狙撃手からの追撃。
それを受け止めて、花弁がまた一枚吹き飛んだ。
『―――周辺の生体反応を探知。ルートを表示します!』
マシュの声とともに、映像が浮かぶ。
周辺のマップと、そこに生体反応を光点として示した図。
それを見て、生体反応が少ない場所へと舵を切る少女たち。
更に放たれる弾丸が、三枚目の花弁を砕いた。
残り一枚、その前に地上に降り立つために彼女たちは加速して―――
目の前に広がる光景に、ルビーが何か気付いたように声を漏らす。
「……これは」
「……なんか、おかしくない?」
その状況で、マップを睨んでいた立香が呟く。
彼女が地図上に走る生体反応のないラインを指でなぞり、眉を顰めた。
新宿全土のマップが明かされたわけではないが、あまりにも。
あまりにも綺麗に、その線状にだけ、生き物―――いや人間がいない。
「これ、地図で線になって伸びてる生体反応がない部分って多分、国道だよね? 街中にはちゃんと生体反応があるのに、国道沿いにだけ不自然なくらい誰も―――」
だがそう言っても、狙撃で狙われている状況は変わらない。
―――だから、進むことを止めることなどできるはずもなく。
思考の暇を奪うように、更なる一撃が盾に直撃する。
弾け飛ぶ最後の花弁。
「ちぃ……! もっかい盾を……!」
「この位置なら降りて俺が弾く方が―――」
余裕などあるはずもなく、イリヤと美遊が国道沿いにまで出た。
それに続いてジオウとクロがそこに飛び込もうとして。
――――その瞬間。
「ああ、クソ。必死に走ってきたが間に合わないとは。それはダメだ。そこは踏み込んではいけないエリアだったのだよ。危険な場所、というわけじゃない。だって、踏み込んだものがどうなるかは確定しているからネ。曖昧に“危険”などと、注意を促す必要がない。この新宿にいる者たちはみんな知っているのだから。
付近のビルの屋上で、一人の男が顔を顰めながら腰を押さえてそうぼやく。
そんな相手を見つけたジオウとクロが、僅かに動きを鈍らせる。
彼はそのまま本気で疲労に震える手で、引っ提げていた白い棺桶を軽く叩いた。
その衝撃で開いた棺桶から、空中に向かって複数のロケット弾が発射される。
「そこは明確な
踏み込んだら間違いなく死ぬ、地獄まで直通の獣道だ。とにかく全力で離脱したまえ。
そうでなければ、脳が脅威を認識する前に死ぬことになる」
打ち上げられたロケット弾が炸裂し、空中を白煙で覆い尽くす。
真っ白に染まる空が、彼方の狙撃手から視界を奪う。
目晦ましで強引に狙撃手の射線を切った彼は、口惜しそうに口にした。
一瞬だけ見えたその男の言葉を聞き、真偽を測ろうとするクロエ。
―――そんな彼女が答えを出すより前に。
地上に降りたら使用する心算だった、ジオウⅡウォッチを手にしていたジオウ。
彼の視界の中に、在りうる未来の光景が掠めた。
そこで視た光景に。
一切の迷いなく、そこでジオウが行うべき行動を決定する。
「――――ごめん、クロ。投げるよ!」
「ちょ、ええ!?」
クロエをビルの方へと投げて、ジオウが全力の加速に入る。
既にそこへと踏み込んだ四人へと迫るジオウ。
彼がその目的を果たす直前、どこか遠く、しかしこの道と繋がったどこかで。
獣が、咆哮した。
ゆっくりと身を起こすのは、一頭の狼。
彼は背中に乗せた首なしの騎士に意識さえ向けず、ゆっくりと立ち上がり。
〈カブトォ…!〉
青い炎のようにざわめく毛並みを、赤い甲殻に覆ってみせた。
昆虫を思わせる鎧。そして額から伸びる巨大な一本角。
まるで四足歩行のカブトムシのような、現れるのはそんな異形。
その怪物が一歩を踏み出した瞬間、世界が止まる。
世界が止まったように、あらゆる全てが停滞する。
音も、光も、何者も、彼の疾走に追い縋ることは敵わない。
異形が走行を開始する。
それは縄張りに敵を感知した、群れの長の使命。
同時に、彼を突き動かす憎悪が求めること。
彼の疾走は、縄張りを荒らす人間を悉く殺し尽くすために行われる。
発生がこの新宿のどこからであろうとも。
彼が狙いを定めた相手に届くまで、数秒さえ必要としない。
その疾走が開始した時点で、軌道に存在する全ての命は刈り取られる。
音を置き去りに。
光を置き去りに。
全てを粉砕する角を突き出した甲殻獣が。
新宿に走る大通りに存在する命を、一掃した。