Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー 作:アナザーコゴエンベエ
連続する銃声。
その弾丸を撃ち込まれたものが、渇いた音を立てて崩れていく。
彼はそうして解けた拘束に、ようやく安堵の息を落とす。
「いやはや、敗者が順当に敗北する。哀しい顛末でしたな!」
縛られていた部分を擦りつつ、肩や腰を解しながら立ち上がる。
ひたすら仕事をさせられ続けていたがそれもここまで。
解放感と共にシェイクスピアが微笑んだ。
「そうはいっても、随分と大人しい負け様だったようだがな」
そんな彼を見上げつつ笑い飛ばすのはアンデルセン。
「【
などと言っておきましょうか。カルデアを追い詰めたのも、彼らがやはり破滅したのも、全ては己の感情が原因とは。いやはや、なんと物悲しい」
訳知り顔でそんな風に語るシェイクスピア。
どちらかというと、嬉しそうに。
モリアーティとバアルは破滅した。
紛れもなくカルデアとこの世界を追い詰めていながら。
それほどの強さだったからこそ、自分たちさえも滅ぼした。
楽しげな劇作家を解放した黒い男が、そのまま背を向け歩き出す。
彼の仕事は終わりだ。
野望の過程において惑星を破壊するという、魔神の脅威は処分された。
この特異点を維持する最大要因となっていたシェイクスピアもいま解放した。
これでこの特異点の崩壊は進行を加速させ、せいぜい一時間も待たず消え去るだろう。
使命を果たし終えた以上、彼はこんな場所にはもう用がない。
さっさと終わらせるに限る。
「しかしまあ、想像以上に馬鹿だなお前は。
奴隷根性極まれり、挙句にクライアントにまで拘らなくなったか。
大衆のための正義と、大衆が望む正義は別物だろうに」
そうして去ろうとした彼の背中に、アンデルセンの声がかかる。
そのまま歩き去ろうとして、しかし。
彼はつい、あまりに馬鹿らしさに堪え切れず、失笑した。
アンデルセンは彼の本質を視て語っているのだろう。
かつてそうだったものを視て語りかけたのだろう。
だが生憎、彼はもうそんなものではない。
自分の意思で行動を決める正義の味方なぞとうの昔に廃業だ。
“誰かにために”なんて考える必要はもうない。
どこかの誰かが大多数“こうしてくれ”と望んでいるから、それを実行するだけ。
望まれた正義の執行者。要らない部分の処理係。
どうにかしてくれ、という声が上がって初めて動き出せるお役所仕事。
誰かが望んでくれなきゃ動けない、誰かの正義の代行者。
彼自身が何かを望んで動くのではない。
何かを望まれ、スイッチを入れて貰えなければ動けない、機械みたいなもの。
元来の自分などもう残滓でしかないが、落ち着くところに落ち着いただけだろう。
人間のフリをする余分が消えて、もっともらしいものに変わっただけなのだから。
これこそが誰一人望まなかった正義の果て。
大衆が崇めた人間を、ただ一人の判断で悪と認めて殺しにいったからこその結末だ。
それを成し遂げた結果がこの始末。
望まれぬ正義を執行した代償は、望まれた正義だけの代行者になることだった。
大衆の正義を詰める器に中身など要らない。
だからこそ彼は無銘であり―――何が笑える話か、って。
自分という中身が腐り堕ちた彼は、“誰かのため”に自分の意思で走れない事に、苦悩も出来ないという事だ。真っ当にやった自分がこうなれば(彼と言う人間の生き方がそもそも真っ当かはさておき)さぞ苦悶する事だろうが、彼はそんな情動とは無縁である。
機械は機械らしく、コインを入れてもらった時だけ動けばいい。人間のフリなぞをして、ろくでもない感情に振り回される必要性などありはしない。
「生憎こっちには依頼主を選ぶ権利もない。いちいち選ぶ気もないが。
そしてオレとは無縁になった誰かのための正義なんぞ、やりたい奴にやらせればいいだろうさ。そう言った手合いは、意外とどこかからでも湧いて出てくるものだ。なにせ、大衆が望む正義だけしか執行されないなんて事になれば、人類なんぞとうに滅びているだろうからなァ。
馬鹿げた話だが、人間は真っ当な活動だけで社会を維持できる生物じゃない」
「ま、そうでしょうな。改善点が無いという事は躍進もないという事ですし。
欠点の克服を史上の命題としていられる内が人類史の華というもの。
等加速な直線とか、ドラマ性に欠けてて吾輩もあまり好みではありませんな」
まあ克服できる、なんてシェイクスピアは一切思っていないわけだが。
もちろん、そういうのに挑戦する人間の生き様は好みである。
欠点を持たない、という事は彼からすればドラマ性の欠如という欠点だ。
そう言っている劇作家に鼻を鳴らし、アーチャーが歩みを再開した。
「善と悪に分類してぶつけ合い、意味なく勝敗に一喜一憂するのはいいガス抜きだ。
いずれ滅びるまで、大人しくそんな事を繰り返しているのが一番だよ、オレたちは」
階段を上がろうとするアーチャー。
その耳に届いてくる鋼の音。
ふと上を見上げてみれば、鎧姿の騎士王がそこに立っていた。
「なんだ、宣言通りに首を落としに来たか?
いいさ、好きにするといい。どちらにしろもう後は消えるだけだ」
「……もはや意味はあるまい。そんな無駄をする気はない」
そうか、とだけ返してアーチャーが階段を上がる。
セイバーは動かずにその姿を見据えて。
擦れ違うタイミングで、再び彼に対して言葉を発した。
「己の正義とは無縁になった、と言ったなアーチャー」
「ああ、言ったな」
彼女の声に足を止め、振り向かぬままに答えを返す。
どうせ消えるまで丸々残った不必要な時間だ。
やる事が問答だろうが何だろうが、特段拒否する理由もない。
「その縁に対する執着はないのか。失った事に後悔は抱かないか」
「―――さあ? そもそも
執着するほどの思い入れも、後悔できるほどの過去も、特に持ちあわせてはいない」
そして、それで別段困っていない。ただの銃弾である事に不満もない。
そこに不満を抱く理由になる自己は、とうに溶けているのだから。
その声に対し呆れ果てた、と。
セイバーが瞑目して僅かに顔を伏せた。
「……よくもそこまで魂を腐らせる事が出来たものだ」
「まったくだ。魂がこうまで腐るんだ、余程イカれた奴に誑かされでもしたんだろうさ」
そう言って彼は小さく嗤い、そのままセイバーの横を通って階段を上がっていく。
遠からず消えるだろうサーヴァント。遠からず修正されるだろう時代。
もう何を訊く事もない、とセイバーはそこから動かない。
彼女は武装を解除しつつ、その場で小さく鼻を鳴らした。
「そういえば、結局あのアーチャーの人がどんな英雄かって分かったの?」
「……そんな余裕はなかったわよ。
っていうかあんた、ポンポン吹っ飛ばされすぎじゃないの?
わたしの身にもなりなさいよ、ホント」
ぐったりと、揃って床に転がったイリヤとクロエが言葉を交わす。
ロボに続けて今回も派手に吹っ飛ばされた少女と、彼女と痛覚を共有している少女。
そんな少女たちに歩み寄り、腰を落とす立香。
「二人とも、大丈夫?」
「まー……大丈夫は大丈夫なんだけど、ね」
少女たちは生身ではなくサーヴァントだ。
そのおかげで普通より頑丈になっていて、一応助かっている。
上半身だけを起こしながら、クロエが立香を見上げた。
立香の装備、カルデア礼装からは白煙が上がっている。
どうにも、クールタイム無しに無理をさせすぎたらしい。
ダ・ヴィンチちゃんでなくては手が出ないだろう。
『……ジェームズ・モリアーティ、並びに魔神バアル。消滅を確認。
どうにかこれで決着、と言っていいと思う』
深々と息を吐きながら、ロマニが観測結果を伝える。
新宿における黒幕であった魔と人の同盟、幻影魔人同盟は瓦解した。
後は聖杯さえ回収すれば終わり。この歴史は立ち消えになる。
立香が視線を巡らせて、床の上に見つける水晶体の輝き。
モリアーティが放り捨てた武装に融合していた聖杯だ。
それを確保しようとした彼女の前で、ひょいと。
一人の青年が、水晶体を掬い上げた。
「―――さて、決着というとそれはどうだろうか」
「……ホームズ?」
ツクヨミがその男を見て眉を顰める。
一瞬空気がひり付いたのは、それが直前に見たバアルの皮だったから。
面倒そうに、ジャンヌ・オルタが旗を担ぐ。
それが警戒だと理解して、彼はおどけるように肩を竦めた。
「何とか消滅は免れたようだ。
バアルは私を取り込みはしたが、あくまで別物として隔離しただけだった」
完全に吸収してしまえば、それはただのバアルでしかなくなる。
あくまでも必要なのはホームズ自身。
彼を溶かしてしまっては、取り込んだ意味が消失してしまう。
「私を完全に消化してしまっては、私を確保した意味も無くなってしまう。
彼らはあくまで“シャーロック・ホームズ”の名義を欲しただけだからね。
取り込まれただけの私は結果として、バアルの崩壊に合わせて解放されたわけだ」
酷く衰弱した霊基のまま、彼はそう語る。
消滅こそ免れたが、いつ消えてもおかしくないほどの弱体化。
元から弱り切っていたとはいえ、これ以上は何もできないレベルにまで落ち切った。
「そうなんだ……それはよかった、けど?」
立香が問いかけるような声を投げ返す。
ホームズが無事だった、というのならそれは素直に喜ばしい。
だがそれはともかく、今の発言の真意はどこにあるのかと。
これで決着がついていない、というのなら。
一体何を以て決着と呼べるのか。
『―――……改めて。モリアーティ教授及び、バアル。
共に霊基は完全消滅しています。これで決着は間違いない、と思われます』
マシュが再探査を行って、改めて確信して勝敗を告げる。
それに対して鷹揚に頷いて、ホームズは手にした聖杯をゆっくりと持ち上げる。
まるで今にもそれを使って敵になります、と言いたげな所作。
そんなものを見て、美遊がステッキを強く握り。
ほい、と。
ホームズの投げた聖杯が、ツクヨミに向けて飛んでいく。
それを危うげなくキャッチしつつ、彼女はきつくホームズを見据えた。
「……結局、何が言いたいの?」
「いや、今の流れは失敗だったと思っただけさ。すまなかった。
いきなり出てきて、聖杯を拾って、迂遠な言い回し。これでは敵と見られるのは必然だ。
なら一息で結論まで告げてしまえばいい、と思われるだろうが。
私の性格上、どうしてもそこに行くまで遠回りを避けられないからね」
勿体ぶった言い回しが許される状況ではなかった、と認め。
しかし許されようが許されまいがやっちゃうのが自分だ、と。
特に悪びれもせずに、彼は白状した。
「ここで私がいきなり魔神になりキミたちを襲うとか、そういう展開はないので安心して欲しい。今の私は魔神に乗っ取られる事さえ儘ならないほど、完全に弱り切っているところだしね」
「そうなったらそうなったでぶっ潰すだけだけど」
旗の石突きで床を叩きつつ、舌打ちするオルタ。
彼女の答えに苦笑して、ホームズは視線を逸らす。
「種明かしは探偵の特権だというのに、犯人の自白で全てを並べられてしまった。
まして相手は私の仇敵、モリアーティ教授。
この事実だけで、引っ繰り返りそうなほどに酷く調子が悪くなるというもの。
―――と、愚痴はこれくらいにしておこう」
やれやれ、と肩を竦めてみせるホームズ。
彼は映像回線の開いた通信先をちらりと見て、軽く瞑目。
「初めまして、ロマニ・アーキマン。まさかキミと顔を合わせる時が来ようとは。
正直、この状況はまったく想定の外。どんな決着、どんな真相であれ、私とキミは顔を合わせないものだと推測していたのだが。
まあこうして顔を合わせたんだ、素直に自己紹介をさせてもらおう」
『え、ボクかい? あ、はい。初めまして、シャーロック・ホームズ?』
困惑しながらも応えるロマニの声。
そんな二人の様子を怪訝そうに見るツクヨミ。
ホームズがロマニを警戒していた。
ロマニには警戒されるだけの秘密があった。
多分、それだけの事でいいのだろう。
そうではないのだろうか。
そんな視線を背中に受けて、ホームズが一つ咳払い。
「魔術王ソロモンにまつわる人理焼却の話。
それらについて、色々言葉を交わしてみたいところではあるが。
とりあえずそれは横に避けておいて、この場で口にするべき事だけを告げよう」
当然の事ながら警戒態勢を取り戻したサーヴァントたちに囲まれつつ。
しかしそれを考慮せずに、彼は調子を崩さない。
そもそも考慮したところで何ができるわけでもないのだし、と。
「この新宿における戦い。
ここでは魔神バアル、そしてモリアーティがキミたちの敵として立ちはだかった。
ゲーティアではないが、ゲーティアだったものの復讐劇。
それこそが今回、この特異点を形作った犯行だ」
あー、と。ツクヨミの表情がどこか翳る。
話題の触りの時点でどこか迂遠というか、回りくどい。
やっぱり話が長くなる、と。
疲労感に満ちた体を立たせながら、彼女は呆れた風に息を吐いた。
そんな反応にも負けず、ホームズが自分らしさを崩さない。
「バアルはキミたちに憎悪を抱き、それだけの事を成し遂げた。
時間神殿における戦闘から三千年を耐え、それほどの事を達成した。
それは誰より、バアルを前にしたキミたちの方がより強く痛感した事だろう」
小さく頷く立香。
「そしてそれを理解したからこそ、次の段階へ思考を回さなければならない。
そうは思わないだろうか、ロマニ・アーキマン」
『それは……そう、だね』
通信先でロマニが唸る。
隣に見えるマシュもまた、言いたいことが分かったという表情。
「相変わらず本題までが長い……」
ここが会議室ならともかく、決着の直後だ。
そうして遠回しな物言いで長引かせず、結論を言ってほしい。
そんな視線を受けつつ、ホームズは困った風に笑う。
「性分なのでね。職業病、ではなく私という人間の在り方として。
探偵だから口が回るのではなく、こんな人間だから探偵になったという。
―――さておき、本題に入ろう」
ホームズ自身もまた言ってしまえば死にかけ。
ただでさえ弱っていた彼は、バアルに一度取り込まれて半死半生。
だというのに自分を崩さず話が長いのは、いっそ称賛するべきなのか。
しかし立ち続けることに疲労したのか、ホームズが戦闘で発生した瓦礫の山に腰を下ろす。
座った彼が両手の指を交わし、そうして再び話を再開した。
「
彼が把握していたのは、残り三柱。
最低でもそれだけの数が、ゲーティアが滅びる前に時間神殿から離脱していた」
意図的にだろう、主語を外した話運び。
それを聞いていた皆はしかし、言われずとも理解している。
「何故そうしたか、という理由は不明だ。
人理焼却という行為に見切りをつけたのは、恐らくは間違いない。
そうでなければ離脱するという選択は、そもそも取らないだろうからね。
しかし離脱した連中が
ロマニ・アーキマンが目を細める。
「バアルのように復讐を志すなら、キミたちを襲うだろう。
だがそうではない場合、現状では推測する情報すら足りない」
バアルは酷く直情的な理由で邁進した。
だが全てそうだとは限らない。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げ抜くことを目的としていることさえ否定できない。
この戦いは人理焼却の残務、バアルが引き起こした逆襲では終わらない。
「ゲーティアは滅びた。だが魔神は健在だ。
時間神殿からそれぞれ望んだ時代に逃げ出して、彼らは未だに存命している。
何かを企んでいるかもしれない。何かを企んですらいないのかもしれない。
誰が何を起こすか、起こさないかすら明瞭ではないこの現状。
それでもあえて、私はキミたちにこう言おう」
これは、魔神の残党により引き起こされた新たなる戦いの始まり。
今までしてきた戦いの清算ではなく、これから起こる戦いの烽火である。
それを明確に言葉にした彼が、そこで一呼吸。
「―――事件はまだ終わっていない。犯人はまだ捕まっていない。
人理焼却という大事件の背後に、新たなる事件が隠されていた。
キミたちの戦いはまだ、本当の完結を迎えてはいないのだ、と」
投げかけられる新たなる戦いを告げる声。
それを受け取って、彼女たちは目を細めた。
「大丈夫かい、我が魔王」
「んー……黒ウォズ?」
ビルの上で寝転がっていたソウゴの頭上から声。
見上げてみれば、自分の顔を覗き込んでいる臣下の顔。
それを見て、のそのそと彼は起き上がり始めた。
「向こうは何とかなったって事でいいんだよね?」
「生憎、見届けてはいないんでね。私に訊かないでくれ」
彼はそう言ってぱたぱたとストールを叩く。
疲労感を何とか無視して、力無くも立ち上がるソウゴ。
ビルの上からバレルに視線を向けても、中の様子はわからない。
―――と。
正面の入口から黒い男が歩いて出てくる。
それは紛れもなく武装を解除したアーチャー。
彼は出てきた途端に彼方のソウゴたちを見つけ、唇を歪めた。
そのまま小さく肩を竦め、破壊された道路を歩き出す。
モリアーティに敵対しようとしていた男が役割を終えた、とばかりに去っていく。
ならば、問題なく終わったと言う事なのだろう。
それを見届けてから、ソウゴが黒ウォズに問いを投げた。
「……ねえ、黒ウォズ。訊きたいことがあるんだけど」
「スウォルツが連れていた少年のことかい?」
「うん。加古川飛流、って名乗ってた。で、どう? 何か知ってる?」
訊きたい事はわかっている、とばかりの返答。
それに頷き返して、視線を向ける。
だが黒ウォズも答えを持っていない様子で、眉を顰めていた。
「……いや。まあ、少し私の方でも調べてみるとしよう。
スウォルツが連れ歩いている、と言う事はまた顔を出すだろうし。
それに少々、気になる事も言っていた」
「アナザーライダーの王、ってやつ?」
スウォルツが口にしていた言葉を思い出して、口にする。
そのフレーズを聞いた黒ウォズが、眉根を寄せて表情を渋くした。
「―――――そうだね。気を付けておいた方がいい、我が魔王。
言うまでもないが、ライダーの王はただ一人。
仮面ライダージオウ……つまり、君という事に他ならないのだから」
アナザーライダーの王。
スウォルツがそう口にした以上、精製された怪物は他ならない。
そして彼がわざわざ少年を連れているという事は、その少年こそが契約者。
あの時、ソウゴの前に立った相手。
彼は加古川飛流と名乗り。
そして、彼こそが――――アナザージオウなのだ、と。
「俺の、アナザーライダー……」
疑問に思う事はまだまだある。
だが今それを黒ウォズに訊いても仕方ないだろう。
彼は知っている事を教えない時もあるが、知っている事を知らないと誤魔化す事はあまりない。
今の彼の様子を見るに、少なくとも今の彼も知らない話なのだろうから。
一つ息を吐いて、ソウゴが顔を上げようとして。
―――そこで、微かな遠吠えを聞いた。
摩天楼から見下ろす街並みを、白い毛並みが駆けていく。
どこかのビルの非常階段を駆け下りて。
地上に辿り着いて、また駆けて。
疾走は止まらない。
その進路が、いずれどこに辿り着くかも分からないけれど。
行うのはただ、ただ生きるための前進。
地上で生きる獣らしい、単純な舵取り。
でもそれでいい。それがよかった。
この大地の上で生きているのだから、道はそこで探せばいい。
天の頂や、地獄の底にまで向かう必要はない。
走るための地上はここにある。
生きるための場所は、まだここに残っている。
だったら、後は自分の意志ひとつ。
生きたいと思う限り、走っていればいい。
彼らも、彼女らも、そういう生き物なのだから。
眠っていた新宿の街並みが醒めていく。
永かった夜を押しやって、目覚めの時を引き連れた朝がやってくる。
それに追われるように走りながら、遠吠えを一度。
街を震撼させる憎悪の咆哮ではない。もっと意味の無い声だ。
その声は無数にある背の高いビルの壁に吸われ、大して響かず消えていく。
けれどそれが、ここで生きているという何よりの証明だった。
その光景を見下ろしていた黒ウォズの横で、ソウゴが振り返る。
いつも通りに強く、いつも以上に強く、前を見据えた瞳で。
彼が歩むのは只人の道ではなく、天の道ではなく、王が歩むべき覇道。
大地を駆ける獣の姿により強くそれを想い、彼は動き出す。
少なくともこの特異点は、紛れもなく解決した。
これからどうなるにしろ確かな決着を見たのだ。
その区切りをつけるため、仲間と合流しようと彼は歩きだした。
そんな王の背中を視線で追いつつ、黒ウォズが“逢魔降臨暦”を開く。
開かれた頁に目を通しつつ、彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「―――かくして、1999年の新宿における戦いは終結した。
それは同時に人理焼却を越えた先で、新たなる戦いの火蓋が切って落とされたと言う事」
ビルの上に立つ黒ウォズがそう告げて、“逢魔降臨暦”の紙面を撫でた。
「次なる戦いの舞台で待つレジェンドの力は、さて……」
黒ウォズが視線を彼方にまで流す。
明け方を迎え、しかしまだ夜闇を残した地上。
そこに立っているのは、全身に赤い光を走らせる戦士の姿。
戦士の姿は街を駆ける野生の疾走を見下ろしていて。
そうしていた彼が振り返り、黒ウォズと視線を交わした。
垣間見える日の出と被る黄色い眼光。全身を奔る激しく明滅する鮮血のような光。
その光の奥に一瞬だけ見える、灰色の孤狼。
―――太陽がようやく昇る。
頭を出した陽光に照らされて、狼の姿はいつの間にか消えている。
そんな戦士の陽炎を見届けて、黒ウォズもまた歩き出した。
「……夢というものは、果たして。
守るべき宝なのか、戦うための武器なのか、前に進むための櫂なのか。
一つ言えることがあるとすれば――――」
足を止めた黒ウォズが顔を横に向ける。
彼が視線を向けたのは対面にあるビル。
同じ程度の背丈の屋上には、巨神としか言えぬ怪物が立っていた。
巨いなる英雄が全身に力を漲らせる。
灼熱する肉体から、蒸気が噴き出すように吐き出される呼気。
それに反応して周囲に弾ける雷霆。
ただそこにあるだけで周囲の建造物を軋ませる力の渦。
「……その実態が何であったとしても。
我が魔王の夢はいずれ結実し、遍く世界をその掌中に収めるという事実。
これがけして揺らがない世界の絶対真理である、という事だけでしょう」
そんな怪物からも視線を外し、黒ウォズが歩みを再開する。
そうした彼も、怪物の幻影も。
いつの間にかこの世界から忽然と消失していた。
月姫を終わらせたのでエグゼイド編に月姫を混ぜようと思いました。
盛るぜー、どんどん盛るぜー。
このSSがそこに行くまでに月の裏側出してくれよなー頼むよー。