Fate/GRAND Zi-Order ーRemnant of Chronicleー   作:アナザーコゴエンベエ

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暗黒の三都1783

 

 

 

『ほう、これはまた……』

 

 カルデアから届くダ・ヴィンチちゃんの声。

 彼女がそんな声を上げた理由を同じく見渡して、皆で揃って感嘆する。

 アマゾネスの街からは随分と離れた岩山。

 そこにぽつりと開いた洞穴を抜けてみれば、広がっているのは一面の桃の花だった。

 

「わぁー……」

「景色は綺麗なのよね、景色は」

 

 疲労感に肩を回しながら、目を輝かせる半身の背中を呆れて見るクロエ。

 そんな少女の言葉に苦笑しつつ、周囲の桃林を見回すデオン。

 

(ペッシュ)か……そしてこの岩山に覆われた秘境の様相。東洋の伝説に聞く桃源郷、と言われるものを彷彿とさせるね」

『桃源郷か……4世紀頃の中国の詩人、陶淵明が『桃花源記』に記した理想郷の逸話だね。秦の始皇帝による圧政や、彼が崩御した後に起きた乱世を嫌った者たちが、世間とは隔絶した場所に築いたと言われる平和で豊かな村の事だね』

 

 デオンが出した桃源郷という名をダ・ヴィンチちゃんが補足。

 それを聞いてへえ、と。

 どんなものかを何となく理解した者たちが、一通り村を見回した。

 

 一面の桃林の中に、建築中のものも含めそこそこの数の家屋。

 忙しなく動き回る村の人間たち。

 

「……とは言っても、どうやらこの村に田畑はないようだがネ。桃林は村の内側のみで外には無かったようだし、桃源郷と言うには何とも中途半端な気がするが」

 

 ズルズルと棺桶を引きずって歩いていたモリアーティ。

 彼がいい加減疲れ切った、という顔でそうぼやく。

 

 そんな彼を追いこして、男たちを乗せた荷車がずんずんと進んでいく。

 決まった対応があるのか、迷いなく行動し続ける男たち。

 そんな彼らの背中を見送った後、一番前を歩いていたサーヴァントが振り返った。

 

「ま、名前なんてどうでもいいさ。

 ここはアジトとして使える。今の俺たちにとって、重要なのはそこだからな」

 

 コートを翻しながら笑いつつ、そう言い放った白髭の大男。

 

 想定通り、ある程度離れた時点でヘラクレスからの照準は消えた。

 彼は来た時と同じように空を飛び、姿を隠してしまった。

 そのまま避難民の護衛をしながらここまで来たが、一息つける場所だというなら話ができる。

 

「―――流れで同道する事になったけれど、そろそろ状況を整理しましょうか」

 

 そう言ってオルガマリーがサーヴァントと視線を合わせた。

 

 状況を確認するための話をする、と。

 その雰囲気を理解して、既に変身を解除していたゲイツが振り返る。

 彼が視線を向けるのは同じく変身を解除しているジオウ、常磐ソウゴ。

 

「落ち着いたというなら俺は俺の目的を果たさせてもらう」

 

 ドライバーを腰に当て、腕のホルダーからウォッチを外し。

 目を尖らせた彼は肩をいからせながら、ソウゴに向けずんずんと歩き出した。

 それに応じてソウゴもドライバーに手をかけ―――

 

 歩き出したゲイツの襟首を背後から掴み、ツクヨミが彼を引っ張った。

 

「ぐぉ……ッ!?」

「ゲイツ、ソウゴも。ちょっとこっちに来て話しましょう。とにかく今がどういう状況なのか、共有した方がいいわ。すみません、所長さん。ちょっと私たちで一度話し合ってきます」

 

 返事も聞かず歩き出すツクヨミ。

 そして首を絞められるように引っ張られていくゲイツ。

 ソウゴも一度オルガマリーの方をちらりと見て、しかし彼女たちを追って歩き出した。

 

 それを見送り溜息一つ。

 オルガマリーが集団を軽く見まわした。

 

 クロエとデオンが視線を交わし、面白そうに笑ってクロエが走り出す。

 アルトリアが美遊に軽く目配せして、彼女の方が歩き出す。

 

 クロエとアルトリアが護衛に向かったのを見送り、オルガマリーが咳払い。

 そんなやり取りを見て、大男が軽く笑って自身の髭を撫でる。

 

「なんだ、そっちはそっちで揉め事でも抱えてるのか?」

「ええ、まあ……あっちの話し合いでも場所をちょっと借りるけれど」

「好きにすりゃいいさ、俺たちだって勝手に使ってるだけだしな」

 

 さほど気にしていなそうに笑うサーヴァント。

 彼はそのままひとしきり笑った後に話を続けようとして、

 

「ライダーさん! 今回は人数が多いんで、すみませんがちょっと手を……!」

 

 駆け寄ってきた男にそう告げられ、困ったように片目を瞑った。

 撤退こそ見事であったが、流石に街一つ分の男を奪い返せるとは思っていなかったのだ。

 行き過ぎた戦果に悩む部下を前に、サーヴァントが帽子の乗った髪を軽く掻き回す。

 

「おおう、ちょっと待ってろよ。さて、どうするか―――」

「じゃあ私たちが手伝うよ。イリヤと……」

「あ、はい!」

 

 白髭のサーヴァントが動く前に、立香が前に出て駆け寄ってきていた男の方に向かう。

 彼女の呼びかけに応えて同じく歩き出すイリヤスフィール。

 歩きながら立香はモリアーティに視線を送り、問いかけた。

 

「モリアーティはこっち?」

「ホームズがいれば問題ないだろう、と言いたいが。私が適当に探偵の領分を侵犯してやらないと彼は出し惜しみするからネェ」

『その棺桶を引き摺るのに疲れて動きたくないだけでは?』

 

 残念そうにそう言ってみせるモリアーティ。

 カルデアからの通信から聞こえるホームズの刺々しい声。

 その事実に彼は肩をわざとらしく竦め、大仰に溜息を吐く姿を見せた。

 

「あ、じゃあ代わりにボクがそっち行こう!」

「どちらかと言えば男手が必要な作業なのでしょう? では僕もそちらに」

 

 言って、アストルフォとフェルグスがついていく。

 そんな姿を人差し指で眉間を叩きながら見送って、オルガマリーはまたも溜息ひとつ。

 

 そうして離れていく立香たちを見ながら、サーヴァントは小さく笑った。

 

「悪いな。じゃあこっちはこっちで話をしちまうか。まあ、他の連中に伝えるべき必要な話があったら、アンタから改めて話してやってくれ」

「……そうね。それでいいわ」

「とりあえずだが、キミはライダーのサーヴァント、ということでいいのかい?」

 

 呆れた風のオルガマリー。

 そんな彼女の後ろから、デオンが確認のために問いかける。

 これまでに何度か彼がライダーと呼ばれていたのは聞いていた。

 改めてそれを確認するための問いに、彼は鷹揚に頷いて肯定を示す。

 

「ああ、ライダーのサーヴァントには違いない。が、俺自身に分かるのはそれだけだ。真名も宝具も分からんっていう状況なのさ。いわゆる記憶喪失って奴だな。

 なんでこうなったのか。もしかしたら召喚に不備があったのか、あるいは別にこうなっちまった理由があるのか……そこまでは分からんが」

「記憶喪失で髭面のサーヴァントねぇ……」

 

 ジャンヌ・オルタが何か言いたげにモリアーティに視線を向ける。口に出さないだけで他の者たちもまた同じように。

 あくまで伝聞でしかないデオンは視線を伏せるに留めるも、そんな風に疑わしげな目を向けられた老爺は如何にも心外だとばかりに間の抜けた表情を浮かべた。

 

「パッと見怪しいが実際は心から信頼できるサーヴァントかもしれない。私はそう言いたいネ」

『その信頼できるか否かがキミを基準にしたもので、比較的キミよりは信頼できるサーヴァントかもしれない、という意味なら私も心情的には大賛成だがね。

 キミより疑わしいサーヴァントがこの地球上に存在するとは思っていないが』

 

 嘲笑うような名探偵の一言。

 

「私がそう思われていた事を知っていたから、君はあそこでバアルに取り込まれたわけだ。

 重々反省したまえ、ホームズくん。思考を狭める思い込みはいけない事だとネ」

 

 そんな風に仇敵に嘲笑い返される。

 画面の向こうで軽く口端を上げ、微笑むように顔を崩すホームズ。

 

『………………なるほど、確かに。今はカルデアに所属しているから、と。そういった理由で目の前の犯罪者を見逃している事の是非もまた、問うべきことなのかもしれない』

「ロマニ、話が進まないからその探偵を隅に追いやって。アヴェンジャー、こっちも」

「はいはい」

 

 なのでさっさと指令を下し、オルガマリーが二人の退場を命じた。

 考えさせる分には後から映像なり音声なりの記録を投げつければいいだけだ。

 

 旗を回し、モリアーティを引っかけるジャンヌ・オルタ。

 そのまま吊り上げられ、ぶらりと揺れるモリアーティの体。

 勢い投げ出された棺桶を見て、美遊の手がサファイアを握る。

 モリアーティ本人より余程丁寧に浮かされる火薬の詰まった棺桶。

 

「ぐえー」

『ではオルガマリー所長の命に従い、洗濯物か何かのように吊られたモリアーティ教授で留飲を下げつつ、私はここから黙っていましょう』

「私が暴力にさらされてるのにアイツだけ無事なのずるくない?」

 

 ロマニが苦笑している間にさっさと退くホームズ。

 画面から消えた相手への恨み言を並べる男をオルタが軽く振り回す。

 そのやりとりを眺めていたライダーが、またも軽く笑った。

 

「ま、仲が良さそうで何よりじゃねえか。悪いよりはいいだろう?」

「……そうだね」

 

 帽子に手をかけて被り直し、細めた目を隠すようにしながら。

 苦笑するような声をライダーに返すデオン。

 

「――――?」

 

 その姿を下から見上げていた美遊が、デオンの様子に首を傾げる。

 が、その事を問いかける前にライダーの言葉が彼女たちに向けられた。

 

「あー……そうだな。どっから話したものか。そうだな、とりあえずはこの地上……地下か。ここにある勢力について軽く説明することから始めるかね」

「アマゾネス、とヘラクレス以外にってこと?」

 

 頬を掻くライダーにモリアーティを吊るしたオルタが問う。

 

「ヘラクレス、ねえ。あの怪物の事だろう? 奴がそういう名前だってのは今知ったが、とりあえずそれは置いておいて、だ。

 ―――いまこの地底には俺たちレジスタンスを除いて、三つの勢力……国家がある」

「ええ」

 

 アマゾネスを含め三つの国がある、というのは既に持っている情報だ。

 といっても巻き込まれた被害者からの情報だけではなく、反抗しているサーヴァントから同じ情報が得られたというのは大きい。ほぼ確定情報として扱っていい、ということだろう。

 

 一度頷いて、続きを促すように視線を送るオルガマリー。

 その視線を受けて腕を組み、ライダーが考え込むように視線を泳がせた。

 

「……そうだな、まずはイースの事から説明するか。

 東に広がる広大な地底湖に築かれた水上都市。支配しているのは女海賊の一団だ」

『イース……5世紀頃に栄えた背徳の伝説都市だね。海賊公女が治めたというその地は、享楽の果てに大洪水によって一夜の内に海の底へ沈んだ、と言われている』

「伝説の地底国家アガルタの中にまた伝説都市?」

 

 ライダーの口から出た国家の名前に補足をくれるロマニ。

 彼のセリフを聞いて、オルガマリーが胡乱げな表情で彼を見る。

 ロマニがボクにそんな目を向けられても、と肩を竦めた。

 

「明らかに何かがある、と考えられる配置です」

「うん。こうなると他の二国も―――」

 

 美遊の顔の横で浮いていたサファイアが羽飾りを動かし、マスターに声をかける。

 その言葉に同意するように重々しく頷いて、少女は目を僅かに細めた。

 

 

 

 

 

 ある程度歩いた後、ツクヨミの手がゲイツの襟首から離れる。

 そうして解放された彼はつんのめりながらも体勢を立て直し、すぐに彼女へ振り返った。

 

「っ、ツクヨミ……っ! お前、いきなり何をする……!」

「ゲイツこそ、少し落ち着いて。まずは話を……」

 

 仲間の言葉を遮り、ゲイツが自分の首元を掴んで乱れた服を直す。

 ドライバーの装着を終えている彼は、そのまま後からついてくるソウゴを見た。

 伸ばした彼の手は、腕に巻かれたウォッチホルダーに触れている。

 

「話だと? これ以上何か話す事などない。オーマジオウを倒し、未来を変える。

 そのためだけに、俺はこの時代にやってきた!」

「……でも、ソウゴの言葉を聞いて思うことはなかった?」

 

 ツクヨミの言葉を聞いてゲイツの動きが止まる。

 無視して歩こうとして、しかし鈍る足の動き。

 

 戦いの前に交わした言葉。

 そこで感じ入るものがあった事は否定しきれるものではない。

 オーマジオウの言葉にそんなものを感じてしまった、という事実が腹立たしい。

 そして、それと同時に―――

 

「―――私も同じよ、ゲイツ。最初はオーマジオウを倒すためにこの時代に来た。

 でも今の彼を倒す事がオーマジオウを倒す事になるの?」

 

 畳みかけるように言葉を続けるツクヨミ。

 

 最低最悪の未来を作り出した絶対王者、オーマジオウ。

 その悪魔的な存在と今の常磐ソウゴが重なり切らない。

 そんな状態でこの常磐ソウゴを倒すのが正しい事なのか、と。

 一瞬だけそうして浮ついた心を捻じ伏せ、ゲイツは声を捻りだした。

 

「……やがてオーマジオウになる者を倒す事にはなる」

「ならないよ」

 

 だがそれに正面から言い返してくる本人。

 二人に追い付いてきた彼はそこで足を止め、ゲイツを正面から見返してくる。

 やがてオーマジオウとなるもの。

 彼の知るオーマジオウから50年前の常磐ソウゴ。

 

「なに……?」

「俺はオーマジオウになる気なんてない。だからもし俺を倒したとしても、それでオーマジオウを倒した事にはならないよ」

 

 ウォッチを握る腕に力が籠る。

 

「詭弁だな。この時代の貴様が何を言おうと、オーマジオウが貴様である事には変わりない。オーマジオウ……常磐ソウゴを倒せば、オーマジオウが支配するあの最低最悪の未来は消える。俺が求めているのはその結果だ、お前がどう考えているかなど関係ない――――!」

「本当にそう思ってるならそれでいいよ」

「ソウゴ!」

 

 静止するツクヨミの声を聞かず、ゲイツと正面から向き合うソウゴ。

 

「あんたが本当に俺がどう考えているかどうでもよくて、それで今の俺を倒す事がオーマジオウを倒す事だって思えているなら、それでいい」

「なんだと……!」

 

 挑発するような言葉を受け、ソウゴに詰め寄るゲイツ。

 至近距離でぶつかる二人の視線。

 ゲイツがソウゴの腕を掴み、それを自身の方へと引き寄せて、その顔をより強く睨み据える。

 

「だったら! お前がオーマジオウにならないという保障ができるとでもいうのか!」

「保障なんかできない。でもやるよ。最高最善の王様になって世界を全部良くする事で、俺の中のオーマジオウを本当の意味で倒してみせる」

 

 一切迷いなく見つめてくるソウゴを前に、ゲイツが歯を食い縛る。

 オーマジオウが相手なら一切迷いなく戦える。

 だがいずれオーマジオウになる―――筈の少年を前に、彼は踏み切れない。

 戦う事はできても、迷いの全てを振り切ることができない。

 

「あんたが俺を倒してオーマジオウを倒そうとしているみたいに、俺だって俺自身をより良く変えてオーマジオウを倒そうとしてる。

 そんな俺のやり方にあんたが本気で納得できないなら、俺は俺の全部を懸けてあんたと戦う。俺より正しくオーマジオウを倒せるとあんたが本気で思ってるなら、いいよ。俺は戦う」

 

 だから、少年の方から言っている。

 戦うというなら受け入れる。でも、その迷いを振り切ってからにしろ、と。

 それを抱えたままではきっと、誰のためにもならない戦いにしかならないから、と。

 仇敵にそう言われたゲイツが掴んでいたソウゴの腕を放り、拳を強く握った。

 

「……ゲイツ。一緒に行きましょう」

「なんだと……?」

「あなた自身の目で今のソウゴがどんな人間かを見るべきよ。戦うにしろ戦わないにしろ、あなたがどうするべきかを見極められるのは、きっとあなた自身だけだから……」

 

 ツクヨミの言葉を聞いて、より強く拳を握るゲイツ。

 

 数十秒、数分。

 結構な時間を揃ってそのまま過ごして、ようやっとゲイツが頭を動かした。

 

「…………いいだろう。俺の敵はお前をオーマジオウと重ねきれない俺の甘さだ……!

 お前を倒す覚悟を決めるために、お前がオーマジオウであるという確信を得るために、俺はお前の中に眠る魔王の本性が顔を出す瞬間を見極めてやる……!」

「そっか。うん、じゃあもし俺がオーマジオウになると思った時はよろしくね」

 

 握手のために手を差し出したソウゴの手を思いきり叩き落とす。

 パッチンと高らかに響く掌同士が打ち合わされる音。

 そのままゲイツはソウゴに背を向けて、腕を組んで黙りこくった。

 

 ソウゴとツクヨミがそんな彼の様子に顔を見合わせる。

 

「話は終わったか?」

 

 丁度そのタイミングで、放り込まれる桃の果実。

 三人揃って投げつけられたそれを受け取って、まじまじと見つめる。

 投げてきたのはアルトリア。

 彼女は自身も桃を口にしながら、のんびりとこちらに歩いてきた。

 

 瑞々しいもぎたての桃。

 特に気にせず受け取ったそれを口に運びながら、ソウゴが答えを返す。

 

「終わったよ。ゲイツもこれから協力してくれるって」

「監視だ! 誰がお前に協力などするか……!」

「俺がオーマジオウにならないように監視してくれるならやっぱり協力じゃん」

 

 不本意な物言いに振り返り言い返そうとしたゲイツ。

 だがソウゴはそれにあっさりと言葉を被せ、それ以上の言及を止めた。

 そうなったせいで、ゲイツがぐぬぬと酷く表情を歪める。

 

 そんな風にしている二人を見ながら溜息ひとつ。

 ツクヨミが投げ渡された桃を口に運んだ。

 

「あ、美味しい。この桃は……って、その辺にいっぱい生ってるわね」

「これどれだけ採ってもすぐに新しい果実が生るんですって。レジスタンスの主食らしいわよ」

 

 桃の花ばかりではなく、果実もよく生った木々の合間をすり抜けてくるクロエ

 桃を食べながらアルトリアに続き歩いてきた彼女が、抱えた桃を軽く持ち上げた。

 

「外には魔獣もいて、ここにも時々ワイバーンなんかが来る事もあるらしいけど。

 ただ基本的に狩猟をやってる余裕はないからこの桃で生活してるって」

 

 道中でレジスタンスの誰かから聞いてきたのだろう。

 そう言いつつ、少女は桃を頬張った。

 

「ここ、魔獣に襲われる事があるの?」

「らしいな。サーヴァントからすれば難敵はいないだろうが、よく持ち堪えているものだ」

 

 言って、アルトリアが周囲を見回した。

 疎らになって動き回っている、この桃源郷にいるレジスタンスの人間たち。

 お世辞にも兵力が足りているとは言えない。

 それでもこの士気を維持しているライダーに思うことがあるのか、彼女は僅かに目を細める。

 

「野生の連中の他にも、アマゾネスはワイバーンとかキメラとか、あと双角獣(バイコーン)なんかまでも引き連れてる事があるんですって」

「あの街にそんな魔獣なんていたっけ?」

 

 丁寧に見回ったわけではないが、街全体を騒がしたのは確かだ。

 その状況で魔獣など一切見かけた覚えはない。

 だとすれば、あの街にそんなものはいなかったという事だと思う。

 そう言ったソウゴに対して頷きつつ、アルトリアがクロエの抱えた桃を一つ横から取った。

 

「あそこはアマゾネスの本拠地ではなかったそうだ。

 奴らの根城は黄金郷(エルドラド)、密林の奥に位置する秘境らしいな」

 

 じとりとした少女の視線にさしたる反応も返さず、彼女は桃を口にしながら言葉を発する。

 

「エルドラド、って何か桃源郷みたいな特別な名前なの?」

「……大航海時代において実在を信じられた風聞だ。アマゾンの奥地には黄金で出来た都がある、とな。多くの人間が真実とは程遠い噂に踊らされた歴史の教訓だ」

「へー……」

 

 咄嗟に受け取っていた桃を手持無沙汰にして。

 ゲイツはもういっそと噛り付きながら、ソウゴの出した疑問に呆れた風に答える。

 

 黄金の伝説都市、エルドラド。アマゾンの秘境とされたそこをアマゾネスが支配しているのなら、それは道理にあっているのか。何となく納得して、ソウゴが小さく頷いた。

 

 

 

 

 

「悪いな、助かったよ。

 流石に普段はこんなに大人数で帰ってくる事はなくてさ」

 

 荷車から降ろされて、並べられていく男たち。

 まるで野戦病院のような様相。それこそアメリカの特異点で見たような。

 いつかの戦いを思い返しつつ、手伝っていた立香が軽く息を吐く。

 

「こちらこそ。あのまま庇いながらヘラクレスと戦ってたら、きっとどこかで破綻してた。

 あなたたちは今までもこんな風に色んな国と戦ってきたの?」

 

 ライダーにあれほどヘラクレスの狙いが集中する、ということはそういう事なのだろう。

 国家を跨いで戦果が共有されるかは分からない。エルドラドで指名手配される事でイースでも襲われる事になるかは、彼女たちには分からない。

 それでもどちらにせよ、彼らはとんでもない人数の男を解放してきた筈だ。

 

「―――ああ、まぁな。といっても相手はもっぱらエルドラドとイース。

 不夜城には一切攻めたりはしてないんだが」

「けどこうなってくると……ライダーさんが決める事だが、次は不夜城かもしれないな」

「不夜城?」

 

 一通り怪我人の整列を終え、汗を拭ってから桃を齧る男が一人。

 この桃源郷においては、瑞々しい桃の果実が食料でもあり飲料でもあるのだろう。

 とにかくそんな男の発言に対し、問い返す立香。

 

「ああ。まあ不夜城に関しては俺たちも全然情報を持ってないんだがな。

 ただ今まで一切関わってなかったからこそ、捕まったままの連中も多いと思う。

 偵察の意味も含めて、そっちに行くかもしれないって事さ」

 

 立香が三つ目の国の名を聞いて、考えるように口元に手を当てる。

 そんな彼女に届く、カルデアにいるマシュの声。

 

『不夜城……紀元前の中国、山東省にあったとされる伝説上の都市ですね。

 常に太陽が昇り、けして沈まない。その名の通り、夜を知らない国だったと』

「……えっと。イースに、エルドラドに、不夜城……全部が伝説の国、って事ですか?」

『はい。桃源郷を含め、そういうことになるかと』

 

 立香の隣で聞いていたイリヤからの問いに肯定を返すマシュ。

 基盤となるアガルタから始まり四つの伝承都市。実在すら怪しい空想の都市群。

 この場所がそういったものだと聞かされた少女が、どこか難しい顔を浮かべる。

 

 イリヤがそうしている間にも、その男と話を進めるアストルフォとフェルグス。

 

「外から様子を窺うにも、あそこは都市部の外に幾つも関所を設けてるんだ。

 今までは近づけすらしなかったんだよ」

「関所……アマゾネスたちに攻められないように、とか?」

「ある意味でそうでしょうが、厳密に言うと警戒しているのはアマゾネスではないでしょう」

「って言うと?」

「アマゾネスに攻められるとヘラクレスがやってくる。恐らくそういうことだと思います」

「うーん……その場合ってさ、多分ヘラクレスがアマゾネスを追っ払ってくれるわけだよね? なら別にいいんじゃない?」

 

 桃を流し込むように口に放り込みつつ、首を横にこてりと傾げるアストルフォ。

 フェルグスはそんな彼を困ったように見て、自分も桃を口に放った。

 ごくりと桃を嚥下してから種を吐き出し口元を拭い、そうしてから疑問に言葉を返す少年。

 

「それが都市の外で行われるのであれば、そうだと思います」

「……そっか。街中でヘラクレスに暴れられたら不夜城、っていう都市にとっても損なんだ」

 

 彼の言葉を聞いた立香が手を打って納得を示す。

 そんな様子にひとつ頷いて、フェルグスが続けた。

 

「はい。ヘラクレスは敵を排除しますが、同時に周囲の被害を顧みない。

 であれば、国家の運営をするものとしてはそもそも起動されたくないのだと思います。

 民が全て戦士であるアマゾネス。民が全て簒奪者である海賊。

 きっと不夜城はその両国家とはまったく成り立ちが違う国なのでしょう」

 

 フェルグスの言う事を聞いたそこで名案を思い付いた、と突然に手を叩くアストルフォ。

 

「つまりボクたちが攻め込んだ場合、迎撃にヘラクレスが来るのも含めて酷い嫌がらせになる!」

「ヘラクレスの暴走に捕まっている男性が巻き込まれる危険性を考えなければそうですね」

「あー、そっかー……ダメだね!」

 

 名案だと思った愚考を秒で投げ捨て、アストルフォが訳知り顔で頷く。

 そんな彼の様子に若干表情を引き攣らせつつ、イリヤが首を傾げる

 

「じゃあどうやって戦えばいいんだろう?」

「アマゾネスたちのように街の一角に男性を集めてくれているなら、奪還も何とかなるかもしれませんが……結局のところ、不夜城の様子を一度偵察してみなければ分からないですね」

「関所がどうなってるか、って何か分かりますか? 兵器が置かれてるとか」

「え? ああ、兵士……には見えないが、顔を隠した女たちが詰めてる。

 そいつらがいるだけで、大砲だとかそういうものがあるようには見えなかったが」

 

 立香に問われて、少し考えてから答えをくれる男。

 彼の言葉にマシュが、ここにいるサーヴァントに対して言及する。

 

『ではアストルフォさんのヒポグリフのような、飛行可能な戦力であれば回避は容易いですね。イリヤさんも同じように飛行可能ですし』

「そうですね。関所自体は僕たちサーヴァントなら回避なり突破なりどうとでもなるかと。だから不夜城に近付く事自体は難しくありません。

 そして、都市に侵入して偵察―――何なら堂々と見て回る事さえ、きっとそう難しくない」

「堂々と、って?」

 

 フェルグスの物言いに目を細め、立香が呟く。

 

「迎撃できないんだね、不夜城側からも」

「恐らくは。反撃されてしまったらその時点で被害が出る。そうなればヘラクレスの降臨を許す事になります。()()()()()である限り、不夜城の支配者は自国を防衛するために問答無用の排斥は出来ない―――可能性が高い。不夜城が虐げることができるのは、被害が出る反撃が出来ない者だけなのでしょう」

 

 その呟く声を拾って頷くフェルグス。

 彼は細い目で天蓋の空を見上げながら、小さく唸る。

 

「―――こちらから攻撃を行ってしまえば最早関係ありませんが、一度入ってしまえば向こうも平穏無事に都市を出立して欲しいと考えると思います」

「でもそれは……」

「その都市でいるであろう捕まった人たちに何もせずに帰ってくる、ということですねぇ」

 

 イリヤの言葉を遮るルビー。

 不夜城が侵入者を害したくない―――ヘラクレスに来てほしくない。

 そう思ってこちらを見逃すとしても、それはこちらが何もしない場合だけ。

 積極的に男たち、不夜城の財産を奪おうとすればそんな事になる筈がない。

 ヘラクレスと不夜城、どちらも相手にしなくてはならなくなるはずだ。

 

 納得いかないという表情の少女の前で、フェルグスが苦笑する。

 

「ただしこれはエルドラドに与えた被害によって他国における行動が阻害されない……僕たちが既にイースや不夜城でヘラクレスに襲われる状況になっていない場合に限られますが」

「国際指名手配されてたらダメ、ってことだね」

「はい。ただ聞いた限りでは、国家に与えた被害はそれぞれの国でしか計上されないようなので、大丈夫だと思います。僕たちはエルドラドの勢力圏ではヘラクレスの標的ですが、他の二国ではまだ襲われない筈です」

 

 既にレジスタンスから聞いた話によれば、エルドラドへの敵対は他の二国への干渉を妨げるものではない。となれば、他の二国に対して彼らはまだ自由に干渉できる。

 

「えっと、それってつまり……?」

 

 結局は戦う事になるだろうに意味があるのか、と首を傾げるイリヤ。

 そんな彼女の頭の横で浮いているステッキが少女の至近まで近寄り、耳打ちした。

 

「最終的な目標は今の段階では魔神の発見、撃破になりますから。魔神がどこの国に潜んでいるかを確定できるならその撃破が最優先で、そこ以外と戦って消耗する必要はない、という事ですよ。

 この特異点を消失させられれば、迷い込んだ人たちも解放できます。最速の解決が望めるならば、それに越したことはありません。

 ですので敵対せずに魔神の所在が探索できるならそれ以上はないんですよ、実際」

「あ、うん、そっか……」

 

 一度敵対してしまえば取り返しがつかない。

 ヘラクレスの襲来が前提になってしまえば、魔神の捜索すら困難になる。

 エルドラドはもう遅い。聞いた限りではイースも敵対不可避。

 であるならば、不干渉を望んでいそうな不夜城の内部を偵察する事自体はありだ。

 そう言われてしかし、飲み込めない顔のままイリヤが頷く。

 

 一番有効だろうがどこか受け入れがたい方針。

 それに対して数秒止まる話し合い。

 

「あら、あなたたち」

 

 そうしている彼女たちにかけられる声。

 聞き覚えのあるその声に振り返った立香の前、姿を現すのは一人の少女。

 少なくとも少女らしい外見のサーヴァント。

 

 風に流れるパールパープルの髪。

 いつかアメリカの大地で見たキャスター。

 その女性を前にして、呟くように口にする名前。

 

「……エレナ?」

「ん?」

 

 だがそうして名前を呼ばれた少女は不思議そうに首を傾げた。

 彼女は数秒、困ったように視線を彷徨わせる。

 その後、申し訳なさそうに―――

 

「えっと。知り合い、だったかしら?」

『え。あ、そ、その……人理焼却の時の事は、憶えていらっしゃらない……でしょうか』

 

 そうして問いかけてきた少女に対し、マシュの声が問い返す。

 カルデアからの通信。

 彼女はそんな時の彼方からの声に目を瞬かせて。

 

「人理、焼却―――ああ、なるほど!

 もちろん記録としてだけど、その情報なら今の私も持っているわ!

 そう……あなたたちが星見の民(カルデア)なのね!」

 

 そうして、喜ばしいとばかりに声を張って。

 

「―――このアガルタで出会えたのもきっとマハトマの導きね。

 ええ、よくってよ。サーヴァント・キャスター、エレナ・ブラヴァツキー。

 私、是非あなたたちとも交信(おはなし)してみたいわ!」

 

 このアガルタに呼ばれたキャスターのサーヴァント。

 神智学の祖たるエレナ・ブラヴァツキー。

 彼女が求めたものに出逢えた事に歓喜して、花が咲くように微笑んだ。

 

 

 




 
 エレナがこの特異点に召喚されて受けてた影響ってなんじゃろな。
 
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